夏休みも本番に入った8月3日、夏休みの間は、勤務日を映倫生と小川原付属生の二つで日替わり制にするのが176支部の決まりだ。なぜそうなっているのかと言うと、小川原付属が出す夏休みの課題の量と内容が尋常ではないからである。 そのため効率よく課題を終わらせるために日替わりのシフト制にしてあるのだ。
そして、今日は映倫生がオフに日だ。従って稜は今、正美の付き添いでセブンスミストにいる。
「神谷く~ん!!」
稜が声のしたほうに振り向くと、正美が紙袋を持って洋服売り場から出てきた。
「待った?」
「別に?」
そう言って、稜が正美の持っていた紙袋を持って歩きだそうとした時、稜の耳に妙な話しが入ってきた。
「ねぇねぇ聞いた?昨日スキルアウトの団体が一斉にやられたって話」
「あぁ~!知ってる!でもその人、風紀委員でもない無名の男子生徒って噂なんだよ?」
「きゃ~!かっこいい!!」
「…」
稜は歩きだそうとした足を止め、会話で盛り上がっていた女子たちの方を一瞥して、気難しい表情をした。
「どうしたの?神谷くん、難しい顔なんかして?」
「え?あ、別に…」
「ふぅ~ん…タイプの娘でもいたの?」
正美が訝しげな表情で稜の顔を覗き込むように見ながら聞くと、稜は正美の顔を見て内面ややドキッとしながらも、顔には出さずに返答する。
「いや、ちょっと気なる会話が聞こえてきたからな」
「気になるって…今の噂話?」
「ああ…」
「どこが気になるの?」
「『無名の男子生徒』ってとこだな…アンチスキルや風紀委員じゃないやつが事件に首を突っ込み力を行使することは言語道断、れっきとした犯罪者だ」
「なるほど~、でも、神谷くん、緋花さんから聞いたんだけど、前にそんな人を見逃したんでしょう?」
「う…。つーかそんなことよか、買い物は済んだのか?」
「うん!」
正美の鋭い指摘に稜は言葉を詰まらせ強引に話を逸らせたが、確かに正美の言ったことは当たっていた。過去に稜は緋花を助けるためとは言え、苦渋の決断を強いられた結果、一回だけ犯人を見逃したことがある(詳しくは《番外編:2.5話、見えない武器》を参照)。とは言え、緋花が正美にそんなことを話していたことに、稜は驚いた。
話題をなんとか逸らした稜は、ついでに昼時ということもあり、近くの飲食店で食事をすることを正美に提案した。
「んじゃどっかで飯食おうぜ?腹減ってきた」
「じゃあ、どこにする?」
「近くのファミレスでいいだろ」
「じゃあ行こう!!」
二人はファミレスに向かい、楽しく昼食を取ったあと、正美の提案で二人は公園でのんびりする事にした。
「?…まさか、昨日倒されたスキルアウトってのは!」
「そうだ!お前たちが捕まえることのできなかったあのブラックウィザードだ!!ま、下っ端の方ばっかにちょっかいかけてたら少し厄介なことになったがな…」
天牙が言い終えると、彼から殺気を感じ取った稜は喘ぐように叫んだ。
「!!…。逃げろ!正美!!」
「え…」
「いいから!!とっとと寮に戻れ!!」
稜に促され、正美は強く頷いて寮の方へ走り出した。
「…そこをどけ」
天牙は静かにそう言うと、稜の後ろで肩を抑えて地面にへたり込んでいる正美の方へと向かおうとした。しかし、天牙が進もうとしたとき、ジャリィン!!と音を響かせ、稜が閃光真剣を地面に突き立てて静かに言った。
「悪いな…ここから先には行かせない…」
「なぜ邪魔をする?!あいつは犯罪者だ!!ブラックウィザードの手下だぞ!!なのになぜ?!!」
しかし稜は何かを悟ったような表情をし、穏やかな口調で言った。
「そうか…やっぱりあいつ…《あいつら》の仲間だったんだな…」
「知っていた。みたいな口調だな…」
「俺は人の過去に興味なんてない。けど…偶然、知る機会ができちまってよ…」
そう、稜は正美の荷物が届いたあの日に、彼女の机の上の奥の方にブラックウィザードの紋章が入ったリストバンドが置いてあったのを見てしまい、それで勘づいていたのだった。しかし、稜はそれでも彼女に対して警戒はしていなかった。
「でもあいつは、よっぽど嫌だったんだろうな…」
「どう言うことだ!」
天牙は苛立ちめいたように言うと、稜は穏やかな口調のまま言葉を続けた。
「あいつのリストバンドに血が滲んでた…辛い思いをしてたんだな…」
「それでもあいつは…「風川は!お前の知っている前の風川じゃない!!」
稜は強く言って。さらに強い口調で言葉を続ける。
「だから…風川は俺が守る。絶対に!」
「そうか…」
天牙は静かに言葉を返すと、今度はニヤリと笑みを浮かべて言う。
「では稜、お前は…偽善者のままでいいのか?」
「は?」
突然の天牙の発言に稜は意味を理解できていないが、天牙は構わず言葉を続ける。
「今のままで、悪は滅ぼせない!!だから、俺と一緒に悪を滅ぼそう!!」
天牙が右手を差し出してそう言うと、稜は地面に突き立てていた閃光真剣を抜き取り、剣先を天牙に向けて言った。
「断る…って言ったら?」
「なぜだ!?なぜお前は偽善者の殻に閉じこもる?!!自分の正義に素直になれ!!!稜!!」
「お前の《正義》って何だ?悪という名が着くものはすべて滅ぼすって意味なのか?」
「そうだ!!」
「じゃあ俺と意見は合わねぇな…。俺はあくまで風紀委員だ!人を傷つけるだけの正義は、お生憎だが持ち合わせちゃいないんでね!」
「この偽善者どもが…」
「偽善者なんかじゃねぇ!!」
「偽善者だろうが!!!お前たち偽善者どもが何をしてきた?!闇に逃げ込む悪を放置してきただろう!!」
「はぁ~…これ以上は平行線だな…仕方ねぇ…
麻鬼天牙!!暴行罪でお前を務所にぶち込んでやる!!」
「来い!
神谷稜!!俺は偽善者になんか負けはしない!!」
分かり合えない。とお互いがそう感じ合った結果、二人は同時に戦闘態勢に入た。そこで一時の静止。その次に瞬間。
「食らえぇ!!」
「!!」
先に動いた天牙は、稜に向かって《閃光小針(ライト二ードル)》を弾丸のように飛ばし、先制攻撃を仕掛けてきた。そして、僅かの差だが遅れて稜も接近戦に持ち込むべく間合いを詰めるが、容赦なく飛んでくる光の弾丸を躱す為、思うように進むことができないのだった。
「そらどうした!!あの頃より違うってか?」
天牙は余裕な顔で稜にそう言った。しかし、稜はニヤリと笑って言う。
「あの頃と変わってねぇな…全然…」
「なに!?」
その言葉を聞いた瞬間、天牙は攻撃をピタリと止め、怒鳴るように言った。
「お前だって遠距離相手は苦手だろ!!」
「確かに今でも苦手だぜ。けど…何の対策もしないわけねぇだろ」
「じゃあ見せてもらおうではないか!!その対策とやらをなぁッ!!」
叫ぶように天牙は言うと、光の玉をマシンガンのように高速で飛ばし始めた。
「ほら、よけねぇと直撃だぞ?…な!?」
稜は弾が飛んでくる方向、天牙の方に向かって走り込んで行く、それは天牙から見れば自爆行為だ。しかし、稜は閃光真剣で自分の方に飛んでくる光の弾丸を次から次へと斬り消していき、天牙との間合いを詰めていった。
「な…馬鹿な…。クッ!」
天牙が稜の進歩に驚愕と戸惑いを覚えた時、稜は天牙との間合いを詰めきり、閃光真剣で水平の斬撃剣線を描いて天牙に斬りかかった。しかし、天牙はその一撃を咄嗟に閃光で包んだ鉄爪で防いだが、その一撃はかなりと言っていいほど重いのだった。
「…なるほど…前のお前とは違ったか。なら…。フンッ!!」
「!?」
天牙は稜の閃光真剣の刀身を抑えている左腕の方に力を入れ、強引にバッシュをした。その瞬間、稜の閃光真剣の剣先はあさっての方向を向いてしまった。そして、天牙はすかさず右手の鉄爪を閃光で包み、斜め下から勢いよく振り上げ、稜に斬りかかった。
「終わりだ!稜!!」
「まだだ…。!!」
「ぬ!?」
稜は左斜め下から迫ってくる閃光を纏った鉄爪の軌道を読み、思いっきり後ろへと仰け反るように躱して見せ、反動で身体が宙に浮いたがそのまま空中で後ろに回転した後に綺麗な着地をし、間髪を入れずに閃光真剣を振り上げた。しかし、天牙もその一撃をギリギリのところで躱て見せたのだった。
「見事な動きだな。が、今ここで俺は深手を負うわけにはいかない」
「抵抗したら深手は負うぞ…」
「それはまずいな…」
そう言うと、天牙は腕を組んで靴のつま先をトンと音を立たせて地面を軽く蹴った。すると…。
「本当に呼ばれるとは思わなかったよ、ってね」
「!?」
その声と共に、突如草むらから一人の柵川中の制服を着た少年が姿を現した。彼の名は農条 態造(のうじょう たいぞう)。そして、態造はすこしおどろいている稜をスルーして言葉を続ける。
「天牙、追っ手がかななり多いってね」
「…どのくらいだ?」
「う~ん、幹部に、構成員ってところってね。あ、手駒達(ドールズ)もいるからやばいってね」
「そうか…。というわけだ。だからここで深手を負ってまで戦うわけにはいかない」
天牙がそう言って逃げ出そうとした時、稜は短く言った。
「逃がすと思うか?…」
更に続けて。
「お前らは俺が捕まえて務所にぶち込む…」
稜は言い、閃光真剣を構えなおす。天牙はそんな稜を見て、やむを得ないと心の中で呟き、同じく閃光小針を構えた。すると、態造が片腕で天牙を制して言った。
「残念だけど…一応仲間だから。務所にぶちこませるわけにも、ブラックウィザードに見つけさせるわけにもいかない、ってね」
「どういう意味だ…」
「こういう意味…ってね」
態造がそう言いながらポケットの中を探ると、片手に土でできた団子を一個取り出して見せ、それを地面に投げつける動きを見せた。その瞬間、稜は勢いよく地面を蹴って目の前の二人に向かって走り出した。
「!!待て!」
しかし、時は遅かった。
「さよならってね」
地面に投げつけた土団子が煙幕のように二人を隠すと、態造はそう言い残して、天牙と二人で姿を消したのだった。
「ッ!?」
そして、残った土の煙幕に中に突っ込んでしまった稜は、目に砂利などが入り、とてもじゃないが二人を探せる状態ではなかった。そしてしばらくの後。
「…クソ…」
小さく自分に毒づき、思考を切り替えてボソリとつぶやく。
「待てよ…今、あいつらはブラックウィザードの幹部らに追われてる身なんだよな…てことは…今あそこには《あいつ》だけのはずだ…なら…」
稜はそこで意思を固め、ストレンジへと向かった。行き先はもちろん、《ブラックウィザード》の根城だ。
ストレンジ、《ブラックウィザード》の根城にて。
稜の考えたとおり、《ブラックウィザード》の根城には、リーダーの真慈だけしかいなかったのだった。そして、稜のそんな考えを見通してたかのように、真慈は言った。
「来たのか…神谷稜…」
「来るのを知ってたみたいな言い方だな…」
「大体は知っているからな」
苦笑とともに真慈がそう言うと、稜は我慢をしきれず、怒鳴るように言った。
「教えろ!!東雲!どうして風川を仲間にした?!!」
すると、怒れる稜を虫けらを見るような目で一瞥してから、真慈は静かに語る。
「もともと、あいつはチャイルドエラーだったが、研究の実験台(モルモット)として、研究施設をたらい回しにされていた。そこで俺はたまたま知り合いの研究施設であいつを見掛け、要らないと言われたから俺が引きとった」
「な…。けど、なんでお前が風川を…」
知られざる正美の過去を真慈から語られ、稜は驚きを見せたが、すぐに驚きを隠して更に疑問をぶつけた。
「テレパス系の能力は手元にあったほうがいいからさ…。だが…あいつは人を傷つけたくないと言って、俺の命令には従わなかった!!どんなに蹴りを入れても、どんなに殴っても、あいつは一回も能力を人に向けることはなかった!それで、俺はあいつから今までの記憶をコピーし、破壊した…。スパイとして使うためにな」
真慈の返答は、決して穏やかに聞けるような内容ではなかった。そして、真慈はポケットからUSBメモリーを取り出し、稜に見せつける。 すると、稜は全身からドッ!と怒りが沸き起こり、真慈に向かって、叫ぶように言った。
「ふざけんな!!てめぇの勝手な理由で風川を苦しめてたってのか!!」
「ならどうした?」
「
東雲真慈、プライバシーの侵害、及び暴行罪、そして、違法薬物所持の罪で…お前を務所にぶち込んでやる!!」
「なら俺も全力で相手をしよう!!」
二人は同時に構えを取りった果たして稜の運命はいかに。
END