第2話「ショタコンは欲望であり、母性は義務感である。」

9月某日 ドイツ ミュンヘン市街地
310平方キロメートルの面積と135万人の人口を誇るベルリン、ハンブルクに次ぐドイツ第三の都市である。
失業率が低いために道行く人々は笑顔を見せ、警察のモラルも高いためか、ドイツ国内でも1、2を争うほど治安が良い。各種インフラも整備されており、「世界で海外駐在員が最も住みやすい都市」で8位に選ばれている。
ザルツブルク、インスブルック及びドイツとイタリアを結ぶ交通の要衝であり、ヴィッテルスバッハ家の宮廷都市として栄えた。ドイツのみならずヨーロッパ文化の中心地の一つである。
ゴシック様式の建築が立ち並び、街が一つの芸術作品として構成されている。
そんなミュンヘンにある国立美術館「アルテ=ピナコテーク」
世界最古の部類に公共美術館であり、もとはバイエルン王家ヴィッテルスバッハ家の収蔵品を市民を対象に展示する目的で作られた。その後、バイエルン王国のドイツ帝国への編入を経て、国有化され、現在にいたる。
ちなみに「アルテ(alte)」は「古い」を意味しており、「新しい」を意味する「ノイエ(neu)」の名を冠する「ノイエ=ピナコテーク」が新館として隣接している。
美術館の前にある広場の片隅で男、尼乃昂焚は待っていた。
人の目を引きつける棺桶のようなトランクを携えているが、幸い、今は平日の昼間なので誰も広場にはおらず、美術館の職員がたまに通り過ぎるのを軽く会釈するだけである。
彼はとある女性と待ち合わせしているのだが・・・約束の時間から既に5分も過ぎているのに、相手は一向に姿を現さない。

10分後:一人しりとりを開始

12分後:一人しりとりの虚しさに気付く。

12分30秒後:美術館前にある奇怪な形状の像は一体、何を表現しているのかを考える。

20分後:魔術の知識として、美術・芸術の知識に自信はあったのだがやっぱり分からなかった。

21分後:あまりにも遅いので、連絡をとろうとするが、電話に出てこない。

22分後:トランクの凹みや傷が気になり始める。

25分後:携帯ゲーム機で遊び始める。ソフトは「超機動少女カナミンインテグラルぽ~たぶる!“嵐を呼ぶ暴食シスターの逆襲!”」という学園都市で新発売されたソフトであり、内部にいる友人から裏ルートで発送してもらったものだ。ジャンルはアクションらしい・・・。

1時間後:騎兵メイド“魔依渦”の強さに涙目になりながらも第4ステージクリア

そして、1時間10分後
トランクを横に倒し、そこを椅子にしてゲームに熱中する昂焚の姿があった。

「なんてことだ・・・・。魔依渦を倒した途端、冥土王“喪賭覇流”が現れるなど、不測の事態だ。」

そう言いつつも少ないHPとアイテムでやりくりしながらゲームをプレイする昂焚。
そんな彼の背後から、一人の女性が近付いて来る。
23歳くらいの灰色の髪の美女だ。氷のような白い肌に男性の性欲を掻き立てるF~Gカップの爆乳の持ち主。そして冷徹な性格を表すかのような冷たい表情をしている。
見下すような冷たい目をしながら、彼女はゲームに熱中する昂焚を見つめ、こう言った。

「遅れてすまなかった。」

その一声で、昂焚はゲームを一時停止して振り向いた。
目の前にあるのは、母なる大地と二つのボイン。女性にそれほど興味があるわけでもない昂焚でも危うく、飛び込んで顔を埋めたくなる。

ミランダ=ベネットか。遅かったじゃないか。」

だが、そんな欲望にも全く動じず、昂焚はゲームの電源を切って、ポケットに入れる。そして、立ち上がってトランクを立てる。
ミランダの表情は冷徹なものから、サンタクロースからオモチャを欲しがる子供の様な輝いた目へと変わり、頬を染めながら昂焚に訊いて来た。

「その・・・例の物は・・・あるんだろうな?」

「ああ。苦労したが、ちゃんと手に入れた。」

そう言うと、彼のこれからの行動を予測したのか、トランクの蓋が自動で開き、昂焚が中に手を突っ込んで例の物を取り出そうとする。

「ああああ!」

突如、ミランダは慌てふためき、無理やりトランクの蓋を閉める。

「どうした?」

「いや・・・その~ここじゃ、色々とマズイからな。私のホテルで開けてくれないか?」

「まぁ・・・そうだな。この国だと違法な物かもしれないし、警察に見つかったら大変だ。」

そうして、昂焚はミランダについて行って、彼女が部屋を借りているホテルへと向かった。



ミランダの借りているホテルはミュンヘン界隈では最高級のホテルだ。
しかもその最上階のスイートルームとなると、一般人の常識では考えられないほどの莫大なお金がかかっているのだろう。
ミランダの借りた部屋は正にゴージャスそのものであり、何もかもが快適で、煌びやかで、ビジネスホテルやカプセルホテルばかり利用する昂焚にとっては何もかもが触れがたく、眩しかった。

「さすが、イルミナティ幹部となると、こんな部屋も借りられるのか。」

「昔はフロアを貸し切りにすることも出来たのだが、最近はメイラの散財が酷いんだ。」

メイラというのは、彼女と同じイルミナティ幹部であるメイラ=ゴールドラッシュのことだ。金銭魔術という特殊な魔術の使い手であり、その魔術の特性と彼女の性格のせいで散財が酷いらしい。

「ああ。彼女の浪費癖はどうしようもないからな・・・・。」

彼女は着ている上着を脱いでベッドに放り投げる。上着を脱いだことで彼女の爆乳が更に強調され、更に下着が透けて見えるんじゃないかと心配(期待)したくなるほどの薄いワンピース1着のみの姿となる。
ミランダに「荷物を置いて、好きなところに座れ。」と言われるがまま、昂焚はスイートルームの中心にあるソファーに腰掛ける。

「それじゃあ、例の物を出してもらおうか。」

ああ―――と答えると、昂焚はトランクの中から1枚のDVDを取り出した。
学園都市外部で販売している市販のDVDであり、これといって特筆するようなものではなかった。
それを見た途端、ミランダは震えながらもDVDへと手を伸ばす。

「それは・・・まさか・・・?」

「ああ。そのまさかだ。全ての魔法少女アニメの始祖とも言える“魔女の子ハニー・ベル”から最新作“超機動少女カナミン・インテグラル”まで古今東西、全ての魔法少女アニメの全裸変身シーンのみを編集して作り上げた“魔法少女変身のスベテ”だ。」

「やっと来たか・・・。それほどではないが、待ちわびていたぞ。何せ、この前、ニコライに全裸変身ショーを見せたのだが・・・・」

それは数週間前の出来事だった。

~~~

不定期で行われるイルミナティ幹部会議。それが終わり、隠れ蓑としている聖堂の中を一人の男が歩いていた。
金髪碧眼でそこそこ鍛えられた身体付きの男だ。自身が使う魔術の為に目は目隠しで覆われており、自らの視覚を遮断している。しかし、視覚を遮断しているとは思えないほど、しっかりとした足取りで聖堂の中を歩き、遮蔽物や人を避けていた。
彼の名はニコライ=エンデイルミナティの幹部である。

「ニコライ。ちょっと頼みがあるんだが・・・」

同じ幹部であるミランダが彼の背後から話しかける。

「どうした?またヴィルジールにでもいじめられたか?」

「いや、その件とは別なんだが、私の魔術を見て欲しい。」

「黙示録の四騎士のことか?」

「ああ。」

「目隠しで視界を覆っている私に“見てくれ”とは、随分と皮肉だな。」

「どうせ、別の魔術で視力を補っているんだろ?」

「ふん・・・。いいだろう。見てやる。」

ニコライが鼻で笑いながら承諾すると、ミランダは少しニコライから数メートル離れた位置に立つ。

「apocalypsis666(黙示録を警鐘する者)の名において、黙示録の四騎士の招聘をここに宣言する。」

そう言うと、周囲に虹が出現し、ミランダを包みこんでいく。
薄く張られた虹の膜からは彼女の着ている服がどこかに飛ばされ、全裸になっていることが容易に窺える。そして、手の甲、足先、腕、太股という身体の先端部分から装着するというエロチックで色々と順番を間違えている鎧装着シーン。
そして、最後に胸部の鎧が装着されると、彼女が魔術で出現した馬に跨った状態で虹が消え去った。

「誰も逆らえない王の矢を射る者。支配の第一騎士!白騎士!」

どこぞの特撮ヒーローみたいなポーズとダヴィッドの「アルプス越えのナポレオン」の構図を組み合わせた決めポーズで彼女は締めくくった。

「どうだ?この変身ショーは?」

ミランダはニコライに感想を求めるが、当のニコライは自信に湧き上がる欲望を亡き妻への愛で押さえつけ、活性化するアドレナリンを聖書を脳内で復唱することでなんとか冷静を保つ。

「まだ、これだけではない。」

そう言って、ニコライの理性を破壊するかのように、赤騎士、黒騎士、青騎士バージョンを次々と見せていった。それらが全て終わった頃、ニコライ=エンデは多量の鼻血を流し、聖堂の床を真っ赤に染めながら倒れていた。

~~~

「あまりにも変身シーンが酷かったのだろう。鼻血を出しながら倒れるほど私の変身シーンの酷さに憤慨していたようだ。」

(いや、それは違うと思うが・・・・。)

彼はそこを指摘するつもりはない。何故なら、そうした方が面白いことになりそうだからだ。

「じゃあ、この魔法少女(以下略)DVDで変身エフェクト、決めポーズ、セリフを勉強するんだな。」

「ああ。今度こそ、ニコライに「素晴らしい!」と言わせてやる。」

(多分、心の中ではそう思ってるだろ・・・・。)

ミランダはDVDをテーブルの上に置くと、更に輝く様な眼差しで昂焚に土産の催促をする。

「服と本、どっちが先がいい?」

「本の方だ・・・。早くしろ・・・!私はもう我慢できないんだ。」

顔を真っ赤にし、息を荒げるミランダに対し、昂焚は紙で包まれた一冊の本を渡す。
まるで誕生日プレゼントを受け取った子どものように彼女は本を受け取ると、すぐに紙を破いてその辺に放り投げる。
昂焚がミランダに渡した本、それは「月刊ショタコンホイホイ」という名の“あれな趣味の紳士・淑女”のための雑誌だった。ショタに関することなら何でもござれというショタコン歓喜本だ。

「おおおお!!!流石、変態の国ニッポン!!頼んではいたが、まさか本当にこんな本があるとは!!」

我を忘れて歓喜し、暴れまわるミランダ。
そのまま本を胸に抱いてダイブし、ベッドのスプリングと自身の胸部の弾力性ではね上がり、寝転がって喰いつくようにショタコンホイホイを読みあさる。
あまりのテンションの上がりっぷりに自分がショタコンであることを隠そうともせず、本を読んだ感想をそのまま大声で叫んでいる。

「フォォォォォォォォォォォォォォォ!!!これだ!これぞ、私が求めていた少年だ!!」

―――と叫び、

「何っ!数年後設定という禁忌を犯しつつも少年が少年であることを失わせないとは!!この作者め・・・分かっているではないか!!」

―――と称賛を贈り、

「クソッたれ!!ショタは愛でるものだ!虐めるものではない!こいつは全然、分かっていない!こんな奴まで少年愛を語るから、世界は滅ぶしかないんだ!!」

―――と批判と世界滅亡論を唱え、その全身全霊を以って喜怒哀楽を表していた。
そんな光景を見ながら、昂焚は勝手に頼んだルームサービスで調達したソーセージとビールでその光景を眺めていた。

(やっぱり、ドイツに来たらビールとソーセージだな。)

昂焚は、ベッドの上で自身の性癖を的確に刺激する魔導書(ショタコンホイホイ)の毒に侵されるミランダのことなど気にせず、高級ホテルのルームサービスを(勝手に)楽しんでいた。
だが、そこで彼はあることに気付く。
彼の視線の先にある衣装箪笥だ。先ほどからドンドンと音を鳴らして箪笥が揺れているのだ。
ミランダがベッドの上で激しく暴れる(性的な意味ではない)からなのでは?と思っていたが、どうやら彼女による振動とは別の原因で揺れているようだ。
昂焚は知的好奇心からなのか、衣装箪笥の前に立った。
衣装箪笥は鎖で厳重に扉を固定され、中で暴れる何かを必死に抑えているようだった。

『んんー!・・・んんー!』

中からは何かの鳴き声のようなものも聞こえ、必死に叫んでいるのが窺える。
厳重にロックされているにも関わらず、昂焚は何のためらいも無く扉を開ける。
神道系魔術である擬神付喪神で鎖を疑似的な付喪神とすることで意志のようなものを与える。昂焚の場合には「既に契約を交わした従順な意志」を与えるため、実質的にはモノを使役する為の術式である。
その「既に契約を交わした従順な意志」を示す言葉(東洋版のルーン)が書かれた紙を単語帳から抜き取り、それを鎖に張りつけたことで鎖に「開錠せよ」と命じた。
鎖はそのまま解かれ、箪笥にも同様の術式を使うことで扉を開かせた。
観音開きの扉を開けると、そこには一人の少年がルーンが刻まれたロープで縛られていた。
年齢が10代中頃、茶髪に青い瞳、ミランダの直球ど真ん中のストライクゾーンを狙うような童顔だった。上半身は脱がされ、半裸の状態だった。

「んんー!んんー!」

少年は昂焚に助けるように必死に求めるが、当の昂焚は何か遠い目をしたまま、少年の懇願を無視して、そっと扉を閉めた。

(運び屋とは点と点を結ぶ線であり、あくまで点ではない。ならば、線である運び屋は点である依頼人のプライベートに干渉してはならない。我々はあくまで運ぶための人間なのだ。例え、俺が副業だとしても、片足を突っ込んでいれば、運び屋の流儀には従わなければならないだろう。)

彼は再び箪笥に「扉を閉じろ」と命じ、鎖には「元に戻れ」と命じた。
そして、テーブルに戻って残りのソーセージを食べようとした。
その頃にはミランダもショタ(以下略)を読み終えており、その余韻に浸っていた。
そこにビールの注がれたジョッキを片手に昂焚が話しかける。

「どうだ?ショタコンのお前としての感想は?」

昂焚がそう問いかけた途端、ミランダは顔が真っ青になった。そして、すぐに顔を真っ赤にして反論する。どう考えてもフォローは出来ない。

「こ、これはショタコンの友人のために発注したものだ!断じて、私がショタコンではないからな!」

「だったら、来月号からはその友人のところに直送するように書店と契約しておこうか?」

「・・・・・る、ルーシーは同居人がいるから、同居人に受け取られると、まずいんだ・・・。」

「ほう?ショタコンの友人はカレンじゃなかったか?」

「る、ルーシーもカレンもショタコンなんだ!」

こうして、彼女の(架空の)ショタコンの友人は日に日に増加していくのであった。

「お前の周囲にはショタコンしかいないのか・・・。」

昂焚の問い詰めに反論する度にミランダは墓穴を掘っていく。

「つ、次だ!服の方はちゃんと準備しているんだろうな!!」

「ああ。こいつが一番苦労した。」

昂焚はトランクの中からゴソゴソと紙袋に包まれた何かを取り出した。

「これだろう?」
中身を見てもいないのに感涙し、昂焚から包を奪うと獣の如く紙袋を引き裂き、中にあるものを取り出した。

「ついに手に入れたぞ!ゲテモノ執事服シリーズの最新作!エンジェルポロリ執事服を!!」

「良かったな。」

「ああ!!これをルシアンに・・・フフフフフフ腐・・・・」

ミランダがエンジェルポロリ服を着たルシアンの姿を妄想し、競市のマグロのようにヨダレを垂らしていた。
―――が、突然、少年が閉じ込められていた衣装箪笥が吹き飛んだ。
2人は衣装箪笥の方を振り向くと、そこには先ほど閉じ込められていた少年がU字型の霊装を背中に抱え、周囲に小さな竜巻を起こしていた。
彼の名はルシアン=ハースト。情けない姿だが、ミランダと同じイルミナティの幹部である。

「はぁ・・・はぁ・・・やっと出られた。」

少年は部屋全体を見渡すと、そこにはゲテモノ執事服を抱えるミランダの姿が目に映った。

「ミランダさん・・・、まさかその服を着せるために閉じ込めたわけじゃないよなぁ、オイ。」

「着たい♪」

「着たいわけないだろうがぁ!!!」

ルシアンの背中にあるU字型の鷲の翼を意識した霊装「鷲人の翼《フレースヴェルグ》」によって操作された風が4つの竜巻を作りだし、ホテルの家具や絨毯を吹き飛ばしながらミランダに襲いかかる。
しかし、昂焚が咄嗟にベッドを擬神付喪神で使役し、竜巻の盾にしたことで攻撃を防いだ。ベッドは粉々に吹き飛ばされた。

「さっきも見たけど、あんたも仲間か?」

「俺は単に副業として運び屋をしているだけだ。」

「だったら何で助けなかったんだよ。どう考えても誘拐じゃねぇかよ。オイ。」

「依頼人のプライベートには干渉しないのが運び屋の流儀だ。(と言われた。)」

「ああ。そうかい。仲間ってことには否定しないんだな!!」

ルシアンは再び、鷲人の翼《フレースヴェルグ》で起こした竜巻を昂焚に向けて攻撃する。圧縮された4本の風の槍が昂焚に向けて一直線に向かう。
昂焚は咄嗟にしゃがみ込んで捲れ上がった絨毯に擬神付喪神の札を張る。
すると、絨毯は突然、宙を舞い、大きく大の字に広がってルシアンの視界を塞いだ。

(しまった!)

ルシアンの操作を失った風の槍はそのまま絨毯を突きぬけて穴を開け、天井に激突して消滅した。
その隙を突いて昂焚はルシアンに急接近し、彼を蹴り飛ばした。
突然の接近戦に対応できなかったルシアンは彼に蹴り飛ばされ、尻もちを突く。

「確かに俺は彼女の味方かもしれないが、別に君に敵意はない。だが、君たち十字教関係の魔術師は戦う時に殺し名として魔法名を名乗るのが礼儀だと聞いた。魔法名を名乗らずに魔術で攻撃を仕掛ける無礼者は気に食わない。それに・・・」

昂焚がルシアンにミランダを方を向くように促すと、ミランダはニコライに見せた時と同じ全裸変身ショーを披露していた。
あまりの光景に昂焚とルシアンは敵同士でありながらも「胸がでかい」という意志は共通していた。

「誰も逆らえない王の矢を射る者。支配の第一騎士!白騎士!」

ニコライの時と同様のポーズと構図で2人に黙示録の四騎士の一人を披露した。

「変身シーンと詠唱、あと感動シーンの間は静かに待ってやるのが戦いのルールだ。」

「んなこと、知るかぁ!!」

怒りに任せて自分を中心とした突風でルシアンは昂焚を吹き飛ばした。
そして、その怒りの矛先を全ての元凶であるミランダへと向ける。

「caelum523(大空を抱く者)!」

「apocalypsis666(黙示録を警鐘する者)!」

互いに魔法名を名乗るとミランダとルシアンは激突した。
ミランダは屋内で白馬に跨りながら、ルシアンに対して数本の矢を同時に射る。
これは黙示録の四騎士の一人、白騎士が支配を司る存在である神話から作り上げたものであり、個の矢に命中したものはミランダに絶対の服従を誓うのだ。
そんな矢に当てられてしまえば、どんな辱めを受けるか分からないルシアンは突風で吹き飛ばす。

「やっぱり、矢は効かないのか・・・。だったら・・・」

ミランダは某ライダーのようなポーズをとると、「換装!」と叫び、再び全裸変身ショーを開始する。
真っ白な鎧が弾け飛び、代わりに彼女に精錬中の金属のように真っ赤な鎧が装着される。白馬の代わりに真っ赤な馬に跨り、燃え上がる炎のような大剣を携えている。

「その闘争心を力に変える者。紅蓮の第二騎士!赤騎士!」

ルシアンのカマイタチのような斬撃の風を炎剣で弾き、代わりに焔の斬撃をルシアンにお見舞いする。
風と炎の一進一退の攻防となっていた。
そして、その光景を尼乃昂焚は奇跡的に無事だったソーセージを食べ、ビールを飲みながら観戦していた。だって、もったいないじゃないか。
昂焚が見積もるには、勝つのはミランダである。
彼女の戦闘スタイルは4つあり、風の攻撃一辺倒のルシアンでは歯が立たないという見立てだ。
彼の予想通り、戦いはルシアンが不利だった。
彼が仕切りに窓の位置や外を確認しているのは、逃げるための算段を立てているのだろう。
そして、昂焚の見積もり通り、ルシアンは窓を突き破って十数階の高さから飛び降りて逃走したのだ。
その際、狼の毛皮を着た戦士であり、狼男の原型となったウールヴへジンの伝承を応用し、鷲の羽毛に対応させることで4m級の「鷲の巨人」に変身していたのだから、そのまま地上から見えないくらいの高さまで飛び立って行った。

「逃げるな!せめてエンジェルポロリ執事服を着てから・・・ルシア~ン!」

彼を求めて空に手を伸ばすミランダだったが、彼が戻ってくるはずもなかった。

「そんなことより、その炎剣でソーセージ焼いてくれないか?ちょっと生っぽいんだが・・・」

そして、彼女の怒りの矛先は昂焚に向けられる。
突如、彼女が馬で突進し、炎剣で斬りつけて来た。
昂焚はギリギリのところで攻撃を避ける。そして、獲物を失った炎剣はそのまま壁や床に火を灯していた。

「どういうつもりだ?」

「ルシアンに・・・ショタに嫌われてしまった。だから、もうこの世界は滅ぶしかないんだぁぁぁ!!」

怒りに身を任せて炎剣を周囲に振り回すミランダ。彼女が剣を振るえば振るうほどに部屋は炎で真っ赤に染まってく。

(流石に丸腰で勝てる相手ではないか・・・)

昂焚の意志を察知したのか、トランクが一人で蓋を開け、剣の柄のようなものを突きだした。昂焚はそれを握り、一気にトランクから引き抜いた。
そして、ミランダの炎剣とぶつかり合い、鍔迫り合いになる。
小さな刃物が千羽鶴のように幾重にも折り重なり、枝分かれした異形の剣が昂焚の霊装だった。見た目は1m50cmもの七支刀(ナナツサヤノタチ)であり、蛇の腹を彷彿させる。
それが尼乃昂焚が持つ霊装「都牟刈大刀(ツムガリノタチ)」である。
八岐大蛇の尾から取り出された伝説の剣のレプリカであり、蛇が雨や雷をもたらす天候神であることから、剣は常に水がしたたり、水がミランダの炎剣によって蒸発することで蒸気が発生していた。

「だから、何ですぐに世界滅亡論に辿りつくんだよ・・・。よく考えろ。この世界には60億人の人間がいるんだ。その中にショタが何人いると思っている?その中にはお前のことが大好きなショタだっているはずだろ。それに今現在、人類は1日に4人は増加している。この世界のどこかで、お前の大好きなショタが毎日、生まれているんだぞ。むしろ、希望に満ち溢れた世界だ。そんな世界を、たった一人のショタに嫌われた程度で破壊するつもりなのか?」

「そ・・・それは・・・・」

「お前を嫌うショタがいれば、お前を好むショタだっている。喜べ。お前が思っている以上に世界は希望が散らばっている。」

昂焚の都牟刈大刀の枝分かれした剣の一つが伸びて、まるで蛇のようにミランダに襲いかかる。
剣の枝の一つがミランダの身体に巻きつくと、そのまま彼女を振り回して赤馬から引きずり降ろした。
ミランダの黙示録の四騎士は馬に跨っていることが発動条件だ。ならば、落馬させられた彼女はそのまま鎧が無くなり、変身前の下着の透けそうな薄いワンピース姿へと戻った。

その後、ホテルのスプリンクラーが発動したことでミランダの赤騎士が起こした火災は無事に鎮火した。昂焚の服が半分ほど焼け焦げる程度で済み、2人は大きな怪我も無く、無事にホテルを出ることが出来た。

~~~

それから3日後
昂焚はミュンヘン国際空港にいた。
ミランダから受け取った金で黒を基調とした高級スーツに新調し、魔術で焦げ付きを修復したトランクを傍らに置き、航空チケットを握っていた。
ホテルでの一件から3日間はドイツ観光を楽しんでいた。
そして、大量のお土産を買い、自分の土産を待つ依頼人のところに飛び立つ為に飛行機に乗るのだ。
彼はロビーにある椅子に腰かけ、目の前にある大型テレビでニュースを見ていた。
今はミュンヘン界隈の地域的なニュースを放送していた。

『最近、幼い少年に声をかけては卑猥な服を着せようとする女性の通報が相次いでおり、警察は不審者としてその女性の捜査を開始しました。犯人の特徴は20代前半の女性でグレーの髪、胸はF~Gカップあり、帽子とサングラスで顔を隠しています。付近の住民の皆さまは―――』

そんなニュースを昂焚は流し眼で見ていた。そして――――

(『世界は希望が散らばっている』とかカッコつけて言ったけど、最近のミュンヘンの物騒になったな・・・・。)

―――とこの街の治安について心配していた。
どう考えても元凶は昂焚だが、本人はそれに無自覚であった。


そして、とある公園
幼い少年たちが楽しげに遊んでいる光景が見える・・・と思ったのだが、皆が一方向に走って逃げていた。

「わー!魔女が来たー!逃げろー!」

「捕まると悪魔の服を着せられるー!」

「びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

半分、おふざけで逃げたり、本気で泣き喚いて逃げたりする少年たち。
その背後を帽子とサングラス、そしてマスクで素顔を隠し、F~Gカップの爆乳を揺らせながら一人の女性が追いかけていた。彼女の手にはゲテモノ執事服が握られている。

「あ・・ちょっと待て!逃げるな!別に怪しいものではない!待て・・・・・・」

だが、彼女はどの子どもを捕らえるか悩んでいる間に全員に逃げられてしまった。
そして・・・


「私がショタに嫌われる世界なんていらない!今度こそ!今度こそ、私は世界を滅ぼす!!」


彼女の人生で何度めかの世界滅亡宣言が欧州で叫ばれたのであった。

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最終更新:2020年10月31日 14:03