5
「あ~、クソッタレ。何が楽しくて俺ぁ星嶋の奴の援護に回らなくちゃならねぇんだ?」
寒空の下、全崩は腕をさすり鼻をすすりながら、遠くから轟音が響いてくる研究所にやって来ていた。
「面倒くせぇ……。『戦闘に入ったということは想定外の事態が起こる可能性があるということ。特に星嶋はそうした「想定外」に弱いタイプの戦闘スタイルだ。機械だからな。念の為様子を見に行ってくれ』とか……。持蒲の奴、俺があのババァと折り合い悪いの知らねぇのか? ……いや、俺基本的に『
テキスト』の女子メンバー全員と折り合い悪いよな……」
そう言って溜息を吐く全崩。持蒲ともそこまで良好な関係とは言えないが、それでも会話は出来る。女子メンバーに至っては対面どころか目を合わせることさえ厳しいのだから、彼のヘタレっぷりもよっぽどである。
「オイ部下A。そうだ。そこのテメェだよ。状況はどうなってやがんだ?」
適当そうな全崩の声に頷いた
死人部隊の男は、しばし考え込むようにするとやがて話し始めた。
死人部隊は脳に埋め込まれたマイクロチップからの指令によって動いているため、その指令を応用することで無線機を介さずデータを同期することができるのだ。
「……現在、星嶋さんが
手駒達の指揮を執っていると思われるリーダー格の女を倒そうとしていますが、
手駒達にいる『能力者』の妨害によってなかなか上手く行っていないのが現状です」
「能力者……? ……ああ、そう言やぁ、あの連中の主な兵力はクスリで頭ぶっ壊したガキどもだったか」
「はい。我々
死人部隊にも『能力者組』はいますが、工場の破壊を目的として能力者との戦闘を考慮していなかった星嶋さんの部隊には『能力者組』はおらず、
星嶋さんだけでは決定打が得られないというのが現状です」
「そこで、ただの
強能力者である俺に白羽の矢が立ったってわけだ。…………っざけんなバーカ!! んなもん俺に出来るわけねぇだろうが!! なめんな!!
強能力者なめんな!! 俺知ってんだぞ!? あのババァが使ってる『ファイブオーバー』!! たかだか
大能力者程度のガキどもだけならともかく、あの荷電粒子砲が飛び交うような戦場、流れ弾だけで一〇回は死ねるっつぅの!!」
「訂正させてもらいますと、計算では一〇回ではなく三〇回は死ぬことになります」
「そぉいうこと言ってんじゃねぇんだよ!! これだから死体野郎は!!」
はーはー、と肩で息を吐いた全崩は、気を取り直して歩みを進めていく。爆音の元も近い。戦闘の余波は既にそこまで近づいてきていた。いつまでもおちゃらけていて荷電粒子砲の流れ弾でジュッ!! など、笑い話にもならない最期だ。
「さて、連携を取るためにもまずは星嶋のババァと連絡を取るかね……」
そう呟いて、全崩が無線機を取り出した瞬間だった。
ジュワッ!! という音を立てて、光の奔流が全崩のすぐ隣の壁と一緒に彼と行動していた死人部隊の一人を呑み込んだのは。
「ぎゃー!! ぎゃーぎゃーぎゃー!! !! 馬鹿! もう馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ーっ!! オイテメェクソババァ、いきなり殺す気か!! っていうかこっちは部下が一体消えたぞ!! 文字通り!!
暗部ジョークにしてもボケ一つで荷電粒子砲ぶっ放すってどぉいう神経してんだコラ!!」
突然の光に意味もなく右手で目を擦りながら、全崩は手に持った無線機に絶叫する。誰が撃ったかなど分かりきっている
超能力者の中でも第一位、第三位、第四位……まあ後は第七位とかくらいしか放てないだろう光量。考えるまでもなく星嶋の『ファイブオーバー』である。
「……チクショウ、まだ目がチカチカしやがる……。オイ、どうした応答しやがれよ」
しばらく応答のなかった無線機だが、やがてガガガ、と音を立てて相手方から返答が来た。
『「……全崩さん、いたのですか」』
感情のない、機械的な女性の声だった。
「……あん? 何だテメェ。
死人部隊か? 俺ぁ星嶋に無線連絡したんだが」
『はい。星嶋さんは全崩さんと連絡を取り合うことを拒否しましたので、止むを得ず私が仲介に入って連絡をとることになりました。私の言葉は即ち星嶋さんの言葉だと思って頂いて構いません』
「チクショウあのクソババァ!! 人を殺しかけといて謝罪どころか人形寄越すってか! ナメやがって、」
『ちなみにこの会話はダイレクトで星嶋さんも聞いています』
「ゑ?」
『「謝罪代わりに荷電粒子砲を撃ち込んで差し上げましょうか?」』
「ひぃぃぃ!! ごめんなさいごめんなさい!! ババァじゃないですお姉さまです超美人です超結婚してください!!」
『「必死なのがキモいです、全崩さん」』
「ちくしょう!! 元が九州弁で言われてると思うと腹立つが敬語で言われるとなんかこうグッと来る!!」
馬鹿なことを言いながら、全崩は自分の位置情報を教えることでこれ以上無駄な被害を出さないように努める。一瞬『教えた位置情報を元に狙い撃ちされるんじゃね?』とも思ったが、相手も暗部のプロだ。流石にそれはないだろうと思い直した。
「とりあえず、持蒲さんからのお達しだ。そっちが『
ブラックウィザード』のカスどもを惹きつけてる間に俺が背後から敵を潰す」
『「できるんですか? あなたに」』
「俺にしか出来ねぇ仕事だろうがよ。ハッ、相手はたかが
大能力者程度の有象無象だ。
超能力者ならいざ知らず、潰すのなんざ訳ね、ッ!!」
根拠もなく自信満々に言い切った全崩は、そう言ったところで急いで体を建物の陰に隠した。
『「……どうしました?」』
「敵と遭遇した。今から潰しに行くから、援護射撃でうっかり殺しちまったとか言うのは勘弁してくれよな」
『「それは良い案ですね、思いつきませんでした」』
「チクショウ!! 本当に勘弁してくれよ!!」
半分本気で泣き叫びながら、全崩は建物の陰にもぐりこむ様にして敵集団に気付かれないよう密かに接近していく。
近くで見てみると、相手がどうやって『ファイブオーバー』の攻撃を回避しているのか分かった。
リーダー格の女に付き従っている男たちは、それぞれ荷電粒子砲は
電撃使いが、迫撃砲や機関銃は
念動使いや
火炎使いがそれらの能力をフルに使って狙いを逸らしている。その動きは、
死人部隊の機械的な動きよりもよっぽど効率的であるように感じた。
まるで、兵隊そのものが『リーダー格の女を助けたい』という熱い意志に従っていることが原因で普段以上のスペックを発揮しているような……。
「いや、それは流石にギャグだろ」
一瞬思いついた想像を半笑いで切り捨てると、いよいよ全崩は行動を始めた。
全崩が懐から取り出したのは、野球ボールくらいの大きさの鉄球だ。それを握る感覚を確かめながらガン! と鉄球に一発拳を叩き込むと、慎重に握りを確認しながら建物の陰から少し顔を出す。
狙いはリーダー格の女だ。
「しっかし、こうして見るとブッ殺すのが勿体無くなるくらい良い女だなぁ……」
取り巻きの男たちの中心にいるリーダー格の女を見て、全崩は軽く溜息を吐いた。
リーダー格の女は一〇代後半くらいの少女だった。腰くらいまであるだろう茶色がかった黒髪を一つにまとめてアップにしているが、ヘアピンらしいヘアピンが見られないのが特徴だった。大方、結った髪で髪自体を押さえているのだろう。服装は、薄ピンクのタンクトップにちょっと前の硬派な不良が着ていそうな蛮カラを羽織り、蛮カラと同系色のミニスカートにハイニーソという出で立ち。
オタクの文化に疎い全崩でも分かる。何かのキャラのコスプレだった。……
手駒達の何人かが前かがみになっているのは偶然だと思いたい。
「まあ、殺すんだけど」
一通り観察を終えた全崩は、それで見納めとでも言うかのように一瞬リーダー格の女から視線を逸らすと、鉄球を握る拳に力を込める。
「いっくら俺様の能力がすげぇからって、体も鍛えてねぇ訳じゃないんだぜ、っとぉ!!」
ブン!! という音を立てて、鉄球は空気を引き裂いて飛来する。しかし、そんな攻撃に誰も気がつかないはずがない。鉄球の接近に気がついた
念動使いの一人が、鉄球に力場を叩きつけることで攻撃を防ごうとする。
「……が、俺様の
二重衝撃の前では無力なんだよなぁ!!」
瞬間、ただでさえ加速していた鉄球が急速に加速し、その動きに追いつけなかった
念動使いの防御網を抜けてしまう。
「はッ! 見たかバーカ!! この技を身に着けるためだけにわざわざ無回転のナックルボールまで習得したんだぜ!? 食らいやがれ!」
最早鉄球を防ぐものは誰もいない。プロのスポーツ選手並みに鍛えた全崩の肩から投げられたボールは、少なくとも時速一〇〇キロ以上のスピードは叩き出している。このまま行けば、反応しても回避できないリーダー格の女の頭部にヒットし、遠目からでも分かるほどに可愛らしいその顔をグチャッと潰してしまうことだろう。
しかし、そうはならなかった。
リーダー格の女の胸の谷間から飛び出したフライパンが、鉄球をアッパーカットするように弾き飛ばしてしまったからだ。全崩は自分の投げた鉄球が弾かれた事実よりも、胸の谷間からフライパンが飛び出すという事実の方に驚愕した。
「ど、どっから出たそのフライパン!?」
「ムネからだけど?」
「どんなトリックだ!!
空間移動系!? それともアポートか!? いや、にしても今のは明らかに『飛び出して』来てたぞ!? おっぱい削れないのねえおっぱいせっかくのおっぱいなのに!!」
「……タネも仕掛けもないよん♪」
「んな馬鹿なッ……、」
おっぱいを連呼するおっぱい全崩に対し、一瞬表情を凍りつかせたリーダー格の女だったが、すぐに持ち直すとにっこりと微笑んだ。普通にリーダー格の女とやり取りしていた全崩だったが、ふとそこで我に返る。リーダー格の女の周囲の男たちの様子がおかしい。
「あらあらー? どうやらこのコ達の逆鱗に触れちゃったみたいね?」
能天気そうな調子で笑うリーダー格の女の周囲には、悪鬼の如く顔を歪めた男たちの姿があった。
そこには、まず最初に後悔があった。守るべきものを守りきることが出来なかった後悔。狂おしいまでの後悔がそこにある。しかし、彼らはそこで止まらない。後悔だけでは終わらない。ずっと前に誓ったのだ、何があろうとこの少女を守ると。たとえ命を捨てることになったとしても、この少女の笑顔を守りきると……!! だから、彼らはそこで止まらない。後悔だけでは終わらない。もう二度と同じ過ちは繰り返さない!! そう心に誓って、もう一度立ち上がる!! あとおっぱい連呼するとか完全セクハラだろブッコロス!! !! !!
思わずそんな心情描写が垣間見えてしまう
手駒達がそこにいた。
「む……、」
ともするとどこぞの騎士団などよりもよっぽど男気に満ち溢れた集団を見て、全崩は思わず後ずさりして、
「む?」
「無理ゲーすぎんだろコレぇぇぇぇぇぇ!! !!」
さっさと逃げ出した。
6
「死ぬって!! 絶対死ぬってコレ!!」
はーはーと肩で息をしながら、それでも全崩は全力疾走を続ける。時折背後から食らったら確実に四肢のうちどこかが吹っ飛ぶような圧力の塊が飛んできたり、掠りでもしたら炭化しそうな炎の玉が飛んできたりしてきたが、奇跡的に全崩はまだ無傷でいられることが出来ていた。
『「全崩さん、何を逃げているんですか。移動しているだけで防備が全然崩れていませんよ?」』
「無茶言え!! あんな連中相手にしてんだぞ!? 死なないだけマシだと思え!!」
唐突に来た無線に、全崩は噛み付くように答える。
『「……分かりました。もう貴方は頼りにしません。諸共に潰します」』
「は!? 待て、待て待て待て!! 分かった、やるから!! 話せば分かる!!」
『「もう遅いです」』
瞬間、ドンッッ!! !! という轟音と共に、地面が縦に揺れた。
「なッ――」
『「荷電粒子砲を地面に照射することで地中一〇メートルほどの地点で大爆発を起こしました。この距離ならば、移動に専念している手駒達の方々による能力の妨害を受けることもありません」』
手に持った無線機から機械的な声が響き、
『「――早く逃げないと、あなたも『第二波』に巻き込まれますよ?」』
それに対し全崩が具体的な行動を起こす前に、全てが弾け飛んだ。
何分が経っていただろうか。何時間かもしれないし、何秒かもしれない。とにかく、それだけの間全崩は意識を飛ばしていた。
「ぐ、」
ぼんやりと起き上がった全崩はまず自分の五体満足を確認した後、無線機の無事を確認した。
「く、クソが!! ふざけんな!! おい、何とか言いやがれ!! いきなりぶっ放しやがってぇぇ!!」
『「うるさいですよ、全崩さん」』
噛み付くように無線機に叫んだ全崩だったが、伝言でも分かる冷気さえ伴っていそうな殺意に思わず凍り付いてしまう。
「クソ……。連中はどうなったんだ? 死んだのか?」
『……星嶋さんが「教える義理はない」と仰っているので私が代わりに伝えますと、生死不明です。現在死人部隊を二人ほど斥候に出しているので、自ずと結果は分かるでしょう』
死人部隊の女の言葉に『星嶋が教えないって言ってるのにテメェが教えたら意味ねぇだろうが』と思いつつ、全崩は頷いた。荷電粒子砲が直撃したのならともかく、地面が爆発しているだけなのに死体が出てこないというところを見ると、おそらくリーダー格の女を含む手駒達の集団は生きているのだろう。
正直このまま雲隠れして、星嶋が殺されるのを手伝っても良いとさえ思う全崩だが、それをやればおそらく彼は持蒲の報復によって死ぬよりも恐ろしい目に遭わされる。どっちにしても、戦うしかないのだった。
「……手持ちの武器は……鉄球一個と、『コントローラ』、それに拳銃か」
一応、彼も暗部として生きている。学園都市の薬物によるドーピングで鍛えられた肉体での格闘戦などは、そこらのアスリートなどよりもよっぽど優れていることだろう。しかし、相手は肉体の通用しない能力者。彼の『二重衝撃』もどこまで通用するか、といったものである。
と、そこまで考えて全崩はあることに気がついた。
「……いや、待てよ。おい星嶋代理」
『ご用件は』
「確か、テメェらは脳みそにブチこまれたマイクロチップによって情報をやりとりしてるんだったな」
『はい。そうですが』
「じゃあ、向こうの手駒どもはどうなってんだ? 話を聞く限りテメェらの下位互換って話だが」
『……情報によると、「手駒達」構成員の頭皮には電気信号を送る為の小型アンテナが設置されており、別地点から送られている命令に従って動いているようです。尤も、精度が低い為それでもある程度彼ら自身の意識は残っているようですが、今回の場合はそれが私達にとってマイナスに働いています』
死人部隊の女の報告に、全崩は軽く表情をゆがめる。
「……クソッタレ、無気力な肉人形を覚醒させるとかあの美人の姉ちゃんはどんな魔法を使ってんだか……、……魔術?」
悪態を吐いた全崩は、そこで間抜けな顔をしながらボソリとそんなことを呟いた。
今は学園都市の『闇』の中で蠢いているが、『テキスト』の本来の業務は学園都市の外部の敵との戦闘である。つまり、それは学園都市以外の『異能を扱う組織』――魔術師との接触がある、という意味だ。
そのご他聞に漏れず、全崩もまた魔術の存在を知る数少ない人間の一人だった。
『「くだらない事を言っている暇があったら手を動かしてください。今すぐに貴方を殺してもいいのですよ?」』
「チクショウ! いきなり従順とドSのギャップを発動させてんじゃねぇぞ! せめて順序を逆にしやがれ!」」
死人部隊の女越しに感じる星嶋の殺意に慄きながらも、全崩は懐から『コントローラ』を取り出しながら走り出す。
『「何をするつもりですか?」』
「ああ? それは今はどうでもいい!! っていうかさっさと終わらせてぇんだよ、俺は!! 頼みがある!! 向こうの手駒どもの命令に使われてる電波の周波数を調べてくれ!! ご自慢の『ファイブオーバー』の走査能力ならどうにでもなるだろ!!」
『「……私に、命令するんですか? 貴方が」』
「お、おおおおお願いですお願いですお願い!! 命令なんてとんでもないこれが最善だから仕方なくですよーハハハー!!」
『「……まぁ、分かりました。失敗しても貴方が死ぬだけですし。……『ファイブオーバー』を小間使いにするんですから、失敗は許されませんよ」』
「もももっ、勿論でございますサー!!」
『「……私は女です」』
「イエスマムっ!!」
ガクガクガクガク――っ!! と情けなく震えながら、通信を切った全崩はそこで一気に全身の緊張を解いて呟いた。
「……チクショウが。さっさと終わらせねぇと、マゾヒストにジョブチェンジしちまうぞ、俺」
7
最初に敵を発見したのは、念動使いの能力を持つ手駒達の男だった。
先ほど屠殺場の豚よりも情けない悲鳴を上げて逃げ出した白い男が、何故だか不敵な笑みを携えて戻ってきている。
「……伊利乃様」
手駒達の男は、とても薬物中毒者とは思えない落ち着き払った声で奥の廃材に座り、爪の手入れをしていた彼らの主――伊利乃希杏に声をかけた。普段は言葉にもならないうめき声をあげるしか出来ない彼らだが、アンテナからの電波を受け取り、指示に沿った行動をしているときだけはこうした態度をとっている。尤も、彼女のそばにいるときはそれを差し引いても理知的すぎるような気がするのだが。
「来た、みたいだね」
「おう。テメェを掻っ攫いにな、お姫様」
すっくと立ち上がった伊利乃に、全崩はクズらしい下卑た笑みを浮かべる。
無論、彼にこの場で伊利乃を乱暴するなどといった意志はない。確かに伊利乃は美人だがそんなことをしようものなら星嶋に文字通り消されるし、何より彼はこんなところでそんなアホなことを考えるほど平和ボケしてはいない。
殺せる相手は殺せるうちに殺さないと逆に殺されてしまう、そんな世界で生きているのだ。手加減など有り得なかった。
「きゃー、私攫われちゃうんだって」
しかし、そんな不敵な笑みを浮かべる全崩にも伊利乃は余裕を崩さず、きゃっきゃと笑いながら両手を頬に当てて体をくねらせた。彼女の言葉に呼応して、周囲の手駒達が一斉に殺気立つ。明らかに全崩のことをナメきった態度だが、不思議とそうしている間にも彼女に隙はない。
(……か、格上か!?)
彼女が高位の能力者という報告はなかったが、そもそも『ブラックウィザード』は能力開発用の薬物を横流ししている組織である。独自に開発を行うことで高位の能力を手にしている可能性も否定できなかった。
そして、全崩と言う人間は格上に対してあまりにも弱い。
「流石に私も攫われたくないからぁ……、ガンバってっ! 勇者さん☆」
「「「「ぐォォォおおおおおおおッッッ!! !!」」」」
にっこりと、魔性の笑みを浮かべた伊利乃の言葉に呼応するように、周囲の手駒達は一斉に行動を始めた。
いくらヘタレとはいえ、一応全崩も暗部の端くれだ。理性を失っている高位能力者の複数人くらいなら捌くことは出来る。
しかし。
全崩が念動使いの圧力を、火炎使いの炎弾を、電撃使いの電撃を回避しているその時。彼の視界の端で、伊利乃が身じろぎする。それだけで、既に彼女に対して心を折っている全崩は目に見えて動揺してしまう。
(な、何かが来る!? 俺の対応できない攻撃か!? ここは回避……いや、それじゃ攻撃が、う、ああ!!)
そして、いくら理性がないとはいえ伊利乃の為という目的の下に立ち上がった手駒達相手に、片手間の思考で対応できるはずもない。
――瞬間、訪れる衝撃。
「ごっ……がァァァあああああッ!?」
直撃ではなかった。念動使いの攻撃によって削られた地面の破片が、その余波を伴って全崩の腹に衝突しただけだ。しかし、それだけで全崩は枯葉か何かのように数メートルも吹っ飛ばされた。
(なん、何が!? 俺は今何をされッ……、ぐ、腹が!! 腹が燃えてるみてぇに熱い!! 発火能力を食らったのか!? ちくしょうちくしょうちくしょうッッ!! もうやだ、こんなの嫌だ、帰りてぇっ!!)
地面を転がりながら、全崩はそんな情けないことを考える。しかし、この場から逃げることは許されない。そんなことをしたら最後、遠距離からこの場を監視しているだろう星嶋にピンポイントで荷電粒子砲を打ち込まれることだろう。
(まだか……、まだなのか……ッ!?)
焦燥で二、三歳ほど老けて見える全崩は、今度こそ攻撃を食らわないようにと過敏すぎるくらいに周囲への注意に精神を尖らせる。注意するあまり、体は中腰にして両手を左右に広げたその体勢は滑稽以外の何者でもなかったが、その場で彼を笑う人間は一人としていない。
「チ……、クソがァァあああッ!!」
思い切り三下のようなことを口走りながら、全崩は拳で鉄球を殴りつけると、それを思い切り手駒達の一人に投げつけた。当然、そんな馬鹿正直な攻撃は念動使いの男に抑えられ、圧力により鉄球はバラバラに砕け散る。
しかし、これこそ全崩の狙いだった。
「……ッ! 吹き飛べぇ!!」
すぐさま襲い掛かってきた電撃や炎弾を回避する為に物陰に飛び込んでいた全崩は、そう言って頭を両腕で庇う。必要のない動作だが、精神的に弱い彼にとっては必要な動作だったのだ。
瞬間、ドガガガガッ!! という音の後に、いくつかの破裂音が飛び散った。
(……二重衝撃の応用、ってな……)
投げつけた鉄球が砕かれるのは、先ほど同じような手を使って念動使いのことを出し抜いていたこともあって分かりきっていることだった。同じ相手に二度同じ策を使うということは、その時点で既に愚策なのである。
だからこそ、砕かれたことによってばらばらになった鉄球に二重衝撃を発動させることにより、乱雑な方向に破片を飛び散らせる即席の手榴弾にしたのだ。尤も、所詮拳による衝撃なので大した威力にはならないが、至近距離だった念動使いの男くらいはこれでダウンしているだろう――と、そう考えて陰から顔を出した全崩は思わず絶句した。
そこにいたのは、無傷で佇む手駒達だった。
それだけではない。
手駒達の中にいる電撃使いの男の周囲には、バラバラに砕け散っていた鉄球が衛星のように浮かんでいた。
(……ッ!! 磁力か!! ちくしょう、抜かった!!)
そう考えるのとほぼ同時に、全崩は殆ど飛び込むような勢いで物陰に飛び込んだ。
ズガン!! という音が、地面に鉄球がめり込んだ衝撃とほぼ同時に全崩の耳に届く。
(クソッタレ!! 鉄球はこれで品切れ、拳銃もあの分だと通用するはずがねえ、徒手空拳であとどこまでやれる!?)
思わず、逃げてしまおうかという思いが彼の脳裏に去来する。
しかし、逃げるわけにはいかない。先ほどにもいったとおり、彼の背後に退路は存在していなかった。
彼は、しばし自分の置かれた状況について考え、そして静かに自分の次の手を決断する。
「……、……ええいもうやぶれかぶれだッ!!」
ヤケになったかのように叫ぶ全崩は、そのまま物陰から身を躍らせた。
当然、そんな全崩は手駒達にとって格好の獲物だ。念動使い、火炎使い、電撃使いなどの男達が各々自分の出せる最高の技術を以って彼をボロ雑巾に変えようとする。
……最初に違和に気がついたのは、彼らを従える伊利乃だった。
「……どうしたの、皆? 動きが止まってるよん?」
手駒達の男達は、それぞれ自らの周囲に能力を発現させた状態のままで動きが固まってしまった。まるで、それ以上どう動けばいいのか分からないとでも言うように。
「……流石は劣化死人部隊、だな」
今までのヤケになった表情はどこへやら、どこか安堵したような表情で全崩は呟いた。
「……うーん、キミ。どうやってこのコ達のアンテナをおシャカにしちゃったのかな?」
少し困り顔で、伊利乃は全崩に問いかけた。その声色と表情には相変わらず余裕があったが、全崩はそれを空元気だと断ずる。
「ハッ。まあいい、教えてやるぜ。コイツだよ」
そう言うと、全崩は懐から携帯ゲーム機のような端末――『コントローラ』を取り出す。
「『コントローラ』、正式名称『痛覚遮断性電波干渉装置』。ウチの不死者の姫君をお手伝いする為の装置なんだがよぉ、複数ある痛覚遮断の電波の内、特定の人間に効く電波『だけ』を遮断する必要性がある関係上、コイツは『上』の遠隔操作で『干渉する電波の周波数』を変更することができるんだよ」
そして、痛覚遮断による電波への干渉を目的としているとはいえ、同じ電波である以上はこの装置で干渉できない道理などない。
「……もしかして、このコ達の頭についてるアンテナ全部ジャミングしちゃった……とか?」
余裕のない笑みを以って答えにした全崩に対し、伊利乃はたらーりと冷や汗を浮かべるコミカルな反応で返した。そんな伊利乃に対し、全崩は蔑みと嘲りを前面に出した笑みを浮かべて言う。
「良いのか、そんな風に余裕を晒してよぉ。妨害がなくなった以上、お前にこっちの最終兵器を止める手段はないんだぜぇ?」
勝ち誇る全崩に、伊利乃は一瞬だけ呆れたような苦笑を浮かべつつ言う。
「うん……、まあ、いっか。それじゃあ最後に良いものを見せてあげるよ」
そう言った入りのは、ステージに立つように軽やかな足取りでバックステップして手駒達から距離をとる。
「さぁ~って! 見ててよ~……! タネも仕掛けも、ありません、っとっ!!」
そう言った瞬間だった。
ジャオッッ!! !! という熱したフライパンに油を敷いたときのような音と共に、光の奔流が手駒達と伊利乃を包み込んだのは。
「おんぎゃあああああ~~~~~~っっ!? !? !?」
次の瞬間、全崩は伊利乃の意味深な言葉も敵に勝利した喜びもかなぐり捨てて、強力な光にやられた目を抑えてもんどりうった。ごろごろごろごろ、と転がりながら、全崩は意味がないと知りつつも痛みを誤魔化す為に両目を擦り続ける。
「ちくしょうっ!! あの野郎さっきまでの余裕の態度はこれが目的か!?」
そう言いつつ、全崩はそうではないと確信していた。
最後の瞬間、伊利乃は両手を広げて荷電粒子砲による消滅を受け入れたように見えたが、実際はそうではない。
光の奔流が伊利乃を飲み込む一瞬前、彼女は自ら虚空に吸い込まれていたのだから。
「それこそ『種も仕掛けもなく』……」
まだ少しだけ目を擦りながらも、少しだけ立ち直ってきた全崩は、体を起こしながら無線機を耳元にやる。
『「首尾はどうです?」』
すると、即座に無線機の向こうから声がかかってきた。
「お人形さんは全部壊れた」
『「お人形遊びが趣味のお嬢さんは?」』
無線機の向こうから聞こえる無機質な声に、全崩は気が滅入る思いを感じながら呟いた。
「…………種も仕掛けもない脱出マジックを成功させやがったよ」
8
「……ははーん。上がどうして俺らを使おうとしてたのかいまいち腑に落ちなかったが、こういうことなら納得が行くな。相手が『魔術』に一枚噛んでるなら、俺ら『テキスト』の出番が回ってくるのもある意味当然だし」
全崩がまとめたデータを一瞥して、持蒲は興味深そうに頷いた。
結局あの後、全崩と星嶋は別々に第七学区にある『テキスト』の隠れ家に戻っていた。星嶋は既に『ファイブオーバー』を脱いでいるが、ライダースーツのような
駆動鎧はそのままだった。
隠れ家には両手を真っ赤に染めたままの超城と、どこか憔悴している様子の陵原が既に休んでいる。状況を見るに、超城と陵原でコンビを組んで別の工場を叩き潰していたのだろう、と全崩は床を見ながら思った。
「どういう経緯でそうなったのかは不明だが、その『リーダー格の女』……『伊利乃』はまず魔術師、あるいは何らかの霊装を持っていると見て良いだろう。
空間移動系の応用という可能性もあるが、その場合は魔術師よりも対応自体は簡単だから考えなくて良い」
「『魔術』との境界を割ってる可能性はなかと?」
持蒲の言葉に、元々軍人であり学園都市の対外関係に敏感な星嶋が問いかける。
「それに関しちゃ問題ないだろうさ。もしそんな実験があったなら、もう既に実験体ごと他の連中が叩き潰してる。それがなかったってことは、『境界は割ってない』っていう判断を上がしたんだろうさ」
星嶋の問いに軽いノリで答えながら、持蒲は『それより』、と続ける。
「全崩の『
手駒達の電波を逆算して妨害する』という作戦だがな、これが意外に良い結果を残した」
言いながら、持蒲はノートパソコンの画面を翻して他の『テキスト』の面々に見せる。
「逆算の際に入力した
手駒達の操作用電波のデータを用いて、電波の発信位置を逆算してみた。……結果はこの通りだぜ」
ノートパソコンには第一〇学区のものと思わしき地図が表示されており、その一角に大きな赤い丸が点滅していた。
「……
手駒達の親玉の所在地、だね?」
「……これで、仕事が、随分、楽に、なるの……。……全崩、お手柄なの」
ずい、と体を前に倒して画面を食い入るように眺める陵原の隣で、超城はふっと体の力を抜いて全崩に向かって言う。他の女子メンバー二人と違って根本的なところで全崩に嫌悪感を抱いていない超城は、割と普通に彼に話しかけていた。尤も、当の全崩は超城の醸し出す人を眉一つ動かさず殺せる雰囲気が怖くてまともに相手もできないのだが。
「(……情けなくびびりよって、ほんまに駄目な奴やね)」
そんな全崩に、自分のことは軽く棚に上げて星嶋は呟く。先ほど何故あんな連携が出来たのか不思議に思うほどの扱いだった。いや、無線から伝わってくる彼女の態度は大体こんな感じでもあったのだが。
そんなカオスを軽く一瞥し、持蒲は軽く咳払いをする。それだけで全員、空間が数段引き締まったような錯覚を感じた。
先ほどの軽い口調から一転、闇に属する人間の雰囲気を漂わせた持蒲は冷たい口調で言う。
「ともかく、だ。とりあえず研究所破壊の邪魔をし、内部に魔術師もどきの能力者を擁している疑惑のある『ブラックウィザード』のガキどもを潰すのは確定。それなら、まずは奴らの手足を潰すところから始めなくちゃならない。……
クイーンに関しては星嶋と全崩のファインプレーでとりあえず引っ込ませることはできた。……今度は、キングを潰すぞ」
言いながら、持蒲はとん、と指先で赤い丸を叩く。
学園都市の闇の底を盤にしたゲームは、まだ始まったばかりだ。
最終更新:2013年02月25日 16:55