第一章 種も仕掛けもない制圧戦 Dolls_And_The_Queen.


   1

「おう、帰ってきたか」
 第七学区にて、『調合屋(バーテンダー)』を捕獲した超城は、捕まえた調合屋(バーテンダー)を下部組織に引き渡すと同学区にある『テキスト』の隠れ家のとあるホテルの一室に戻ってきていた。
 室内には四人の男女がいた。
 超城に軽そうな調子で声をかけたのはそのうちの一人、豪奢なソファに腰掛けたヴィジュアル系バンドのボーカルみたいな金髪の優男だ。ホストが着ていそうな高いスーツを大胆に着崩しており、胸板がチラリと見えている。目元を隠すようにサングラスをかけていて、その心中は読み取れそうもなかった。
 彼の名は持蒲鋭盛。超城も所属している『テキスト』のリーダーであり、学園都市の大半を占める『能力者』ではなく、それらを開発する『研究者』をしていた男である。
「ん。『調合屋(バーテンダー)』は、何か、吐いたの?」
 気安く右手を挙げて挨拶した持蒲に、超城は見向きもせずに問いかける。しかし持蒲はそんな態度も気にした様子を見せずに軽く肯いてみせた。
「そっちの方は、今頃全崩の奴がやってるはずだな」
「……あのお馬鹿に、尋問なんて、できるとは、思えないの」
 全崩、という名前に軽く眉を顰めた超城は、心配そうに呟いた。
 全崩零。今この場にはいない、『テキスト』の下っ端だ。……いや、元々は超城に次いで『テキスト』のナンバースリーだったのだが、後から来たメンバーに次から次へと立場を追われ、今では『テキスト』のカーストの最底辺にて這い蹲っているという可哀相な経歴を持っていたりする。
「あー、まあ、大丈夫だろ。いくらあの馬鹿でも何とかなるだろうさ。仮にもお前の痛覚遮断(ペインキラー)の影響下に置かれてる奴相手の尋問だ。それでもちゃんと尋問できねえっていうんなら、そのときは今度こそお払い箱だな」
「持蒲さん、いくらあの人でもそれはどうかな~と思うんだけど」
 どこか遠い目であっさりと味方を切り捨てる旨を仄めかした持蒲に、拍子抜けするくらい明るい声がかけられる。
「安心しろ、宮雹。ちょっとしたジョークだ。アレでも一応使える能力者だし、殺して処分するくらいなら死人部隊(デッドマンズ)に編入させるさ」
 持蒲が声のした方に向き直ると、そこには赤茶けた色の髪をツインテールにした少女がデスクに腰掛けていた。モデルのように豊満なバスト、引き締まった腰、形の良いヒップ、すらりと伸びた肉付きの良い太腿と、超城とは似ても似つかない容姿を黒のノースリーブワイシャツとチェックのミニスカート、茶色い革のブーツで包んでいて、容姿だけを見ればどこかのアイドルのようだ。
 少女の名は陵原宮雹。暗部組織『テキスト』の中では、一番の新顔だったりする。
「ええと、いや、そういうことじゃなくってね……」
「宮雹ちゃん、心配なかとよ? あのクズはそんくらいされにゃいかんことばしとるたい」
 言い淀む陵原に吐き捨てるように言ったのは、持蒲とは違う大きなソファに寝転がって筋骨隆々(マッスルマッスル)な男達の載っている雑誌を読んでいた長身の女性だった。黒のタートルネックの上にレザー素材のジャケット、ジーンズを履いたその女性は、長い黒髪をポニーテールにしていた。長身で露出の少ない服なので分かりづらいが常人よりはよっぽどスタイルは良いものの、その印象を上回るような筋肉質が特徴的だった。
 彼女の名は星嶋雅紀。暗部組織『テキスト』の中では『四番目』に加入した人間であり、元軍職の人間だ。
「まあ、雅紀の言うことも尤もだけどな。宮雹はウチの中でもダントツトップの善人だし、このままの方が良いっちゃ良いだろ。せっかくのプリティフェイスが憎しみで歪むのは見たくないぜ~?」
「……あーやめてー当麻以外にそういうこと言われると鳥肌がやばいんだよ~っていうか当麻以外にそう言うこと言われるのマジで耐えられないしホントやめてあーかゆいかゆい蕁麻疹出るとうま助けて当麻当麻当麻当麻」
「……あー、また始まった。コイツはこれさえなけりゃ良い子なんだが……。なぁ雅紀」
「こうなったのも、アタシらの責任たい」
 持蒲の言葉に、苦々しく顔を歪めた星嶋は、雑誌を放り投げて立ち上がるとがくがく震えている陵原の頭を撫でる。すると同性に触れられたことで安心したのか、陵原はふぅ、と溜息を吐いて落ち着きを取り戻した。
 何もなかったかのように『ほら、見てよこの鳥肌』と言いながら腕をさする陵原。超城は『それは、寒い格好、してるからなの』と思ったが、言わないでおいた。そもそもツッコミどころが違うのは仕様である。
 超城は、基本的に持蒲に全幅の信頼を置いている。
 それこそ、自分を持蒲の手駒と自称して憚らなかったり、彼に能力の『調整』を任せ、ほかの人間の命令には従わなかったりするほどに。
 しかし反面、彼以外の『テキスト』のメンバーとはあまり仲が良くない。というのも、星嶋も陵原ももともとは『表』の世界の住人で、暗部の活動を目撃してしまったがために『口封じ』代わりに持蒲の手によって暗部に落とされた人間だからだ。落とされた、といっても持蒲が冷徹というわけではない。むしろ、彼はそのままだと殺されるしかなかった彼女たちの命を救った人間だ。
 問題は、いずれの場合も持蒲がそうした措置をとる前に超城と接触してしまっているという点にある。超城は普通の暗部の人間だ。つまり、自分のことを目撃した人間は殺す。そういう性格をしている。
 要するに、二人は最低でも一度ずつ、超城に殺されかけていた。
 だから仲良くなれるはずなんてないし、超城もそれで良いと思っていた。だからこそ、突っ込みを入れられる場面になっても彼女は我関せず、といった風にして手元にある携帯端末をじっと見つめていたのだった。
「ん、そういえば、そんな機械も作ったな。どうだ? 全崩の奴、仕事してるか?」
 持蒲の言葉に、携帯端末の液晶画面を眺めていた超城は画面から視線をそらさないまま頷いた。
 携帯端末には波長を示していると思わしきグラフが表示されているが、それは通常の滑らかな曲線を描いているわけではなく、ところどころで歪に落ち込んだり飛び上がったりと変化していた。超城が頷いていることから、それが『仕事をしている』ということなのだろう。
「どうやら、大丈夫、そうなの」


   2

「クソッタレ、何で俺がこんな下っ端みてぇな真似をしなくちゃならねぇんだよ……」
 刑事ドラマか何かで登場するような装飾が為されたマイクロバスの中で、携帯端末を弄りながら少年は溜息を吐いた。
 少年を一言で表すとしたら、『白』という言葉が当てはまるだろう。
 肩にかからない程度に短く切りそろえられた髪は真っ白く染め上げられ、服装も白一色。パンク系のファッションを意識しているのかシルバーの装飾が目立つなど、ぱっと見れば誰もが派手なヤクザか何かかと思うだろう。
 しかし、圧倒的に釣り合っていなかった。
 何がと言うと、彼の凶暴な外見と、彼自身が醸し出す雰囲気が、である。外見は寄らば斬るぞと言わんばかりの風貌であるくせに、彼ときたらそれらの風貌を支えるだけの『凶悪な雰囲気』というものがない。一般の人間であればその外見に気圧され何もいえないだろうが、彼の住む闇の底ではただの三下も同然だった。
 それが彼、全崩零だ。
(あー面倒くせえ……。あの男が女三人侍らせてイチャついてるときに何だって俺は野郎の尋問なんざ……)
 はあ、と溜息を吐きながら、彼はガラス一枚隔てた先にいすに固定されているガスマスクの人物を眺める。着ている白衣は暴れたせいかぐしゃぐしゃになっており、ガスマスクの端からはどこから出たものとも分からない体液が漏れていた。
 それが、全崩の『尋問対象』である。
「大っ体よぉ……、俺がいつの間にか正規メンバーから落とされてたのってアレ、あいつが正規メンバーとイチャつきたかったからじゃねぇの?あーそう考えてたら腹立ってきたぜ……。陵原と星嶋は無理としても、超城くらいなら……」
 そう考えて、包帯ぐるぐる巻きの超城を想像する全崩。
「……無理だ……。俺、あの人は強さとか弱みとかじゃなくて純粋な相性の問題で頭が上がらねえし……。そもそも細すぎて女として見れね、」
「がァあァああああァァァあああああああああッッッ!! !! !!」
「あーチクショウうるせぇ。ちゃんと防音処理してろっつーんだよこのカスども。まあそうしたら尋問できねぇけど」
 唐突に聞こえてきた絶叫に、全崩はつまらなそうに舌打ちすると近くにいた黒服の男に悪態を吐いた。実際は彼が変なことを考えていたせいで携帯端末の操作をミスし、『尋問対象』にいらぬ負荷がかかったが為に起こった状態なのだが……、彼は、自分よりも地位の低い相手にはとことん強く出る。まして、相手は自我があるかどうかさえ危うい存在だ。
 ――『死人部隊(デッドマンズ)』。『テキスト』の下部組織に、そんな組織がある。
 総勢八六人、全て超城の『痛覚遮断(ペインキラー)』によって痛覚を断たれた上、薬物による洗脳で思考判断能力を奪われた人間によって構成されている。その上、脳内に埋め込まれたマイクロチップからの命令によって行動し、マイクロチップからの命令であれば、コンビニ弁当を作る工場の単純作業から各国首脳が出席する外交会議までこなすことができるなど、『普通の人間』の領域を軽く超えている。
(前に一回、そうとは知らずに任務中の死人部隊(デッドマンズ)の女と一回ヤったが……結局最後まで演技だって気づかなかったからな……)
 ゲーム機のようなサイズの黒い精密機器を手の中で弄くりながら、苦虫を噛み潰すような表情で思い返す全崩。あの事件は黒歴史だった。お陰で持蒲にまた一つ弱みを握られ――、そうじゃない。
「おっと、俺の任務はこれだったな」
 喉に激痛を与えることで絶叫を封じていた全崩だったが、『尋問対象』が呼吸困難に陥っているのに気がついて手元の精密機器を操作する。すると、『尋問対象』は今まで襲ってきた激痛がなくなったのか、急に呼吸を再開した。
「……なあ、えーっと名前何だったか? ……そうそう、調合屋(バーテンダー)さんよ。いい加減吐く気になったかね?」
「はっ……はっ、ははっ、はっ……」
 無論、『ブラックウィザード』とはそこまで深く関わっていなかった調合屋(バーテンダー)に彼らの情報をこうまでして秘匿する義理などない。実際は自分が暇を潰したいが為にわざと相手に激痛を与えて情報を吐けないしていたくせに、全崩は白々しい調子で溜息をつく。
「あーこりゃ駄目だ。何でこんなに忠誠心が強いのかねー。報告書じゃウィンウィンの関係で、ズブズブの信頼関係だったとは書かれてねぇが。このままじゃこの『痛覚遮断(ペインキラー)電波干渉装置』……通称『コントローラ』を使って塞き止めていた激痛電波を開放するしかないなー」
 精密機器――『コントローラ』。正式名称、痛覚遮断(ペインキラー)性電波干渉装置。
 『テキスト』が擁する大能力者(レベル4)、超城万里の有する能力『痛覚遮断(ペインキラー)』が発する電波を探知、干渉することでその能力によって発生する感覚を意図的に操作する装置。元は超城の謀反を防止する為に持蒲が開発した装置だったが、彼女のあまりの忠誠心のせいで早々に必要なくなってしまった為、今は『特定パターンの電波しか干渉できないようにする』ことで彼女がいちいち能力を操作しなくても、第三者によって『痛覚遮断(ペインキラー)』の能力を扱えるようにカスタマイズされた機械が全崩を含めた一部の下部組織の人間に支給されていた。
 ……何気に下部組織にカウントされている全崩。哀れな男である。
 ちなみに、全崩が今使用している『コントローラ』は『尋問対象』……調合屋(バーテンダー)にしか機能しないようセッティングされていた。
「ま、がはっ、まげ、待っでくれ……!」
 適当そうに『コントローラ』を玩んでいた全崩に、調合屋(バーテンダー)は息を荒げながら止めに入る。
「しゃ、べるっ……しゃべると、いっている……! もう、やめ、やめてく、れっ……」
 必死に懇願する調合屋(バーテンダー)に、全崩は軽く溜息を吐き、億劫な調子で言う。
「……やっとかよ。あーよかったー。俺も野郎の絶叫聞く仕事なんざ願い下げだったからなぁ。じゃ、話してもらおうか。
 『〇九三〇』事件以降、学園都市の『裏』に妙な薬物(クスリ)が出回った訳ってのをよぉ」


   3

 そもそも、今回『テキスト』が調合屋(バーテンダー)を襲撃したのには単なる治安維持以上の理由が存在する。
「学園都市の裏にある『薬物売買ルート』が大きな変動を見せている、でしたっけ」
 白髪の全崩が、携帯機器を操作してどこかに指示を送っている持蒲に問いかける。全崩は先ほど調合屋(バーテンダー)の尋問を済ませ、ホテルにいる『テキスト』のメンバーと合流していた。尤も、持蒲以外のメンバーは出払ってしまっている為今は全崩と持蒲の二人しかいないが。
 持蒲は、適当そうな様子でその質問に頷いてみせた。あまりにやる気のない返答だったが、全崩としても彼が自分に良い印象を抱いていないことは知っているので気にしない。
 先ほどまで少女達に見せていたものとは別種の、闇に属する人間が見せる鋭い表情で持蒲は淡々と話す。
「新興スキルアウト、『ブラックウィザード』……。確か、『ビッグスパイダー』とかいうガキどもの集まりが潰れた後、消えたそのガキどもの縄張りをそのまま掠め取って、あたりのガキどもを吸収合併っていう話だったか。奴らが入ってきてから学園都市の裏ルートにあった薬物売買の方面が活発化した訳だが、
『〇九三〇』事件を境に出回る薬物の種類にさらに少しばかり変化が生まれてきている」
「……、」
「その中の薬物に、少しばかりヤバいモノがあってな……。『アムリタ』『延年益寿』『トキジクノカク』……、いずれも、元は能力開発に使用されていたものだが、改造されて中毒性の高い薬物になっている。タイミング的に『ブラックウィザード』が流しているのは間違いないが、『アムリタ』を始めとしてこのテの薬物はたかがスキルアウトのガキどもじゃ手の届かないはずの薬物だ。何せこの薬物は『脳を異常な状態に置くことで効率の良い開発を目指す』っていう名目で、正式に研究所で作られたものだからな。そいつを横流ししている研究所がある……、そいつらを叩き潰すが今回のミッションだ」
「ああ……なるほど。それで、俺はその流通ルートに一枚噛んでる調合屋(バーテンダー)の尋問を任されてたと。何で流通ルートのことを重点的に尋問してんだろうと思ってたけど、それが理由だったんスね」
 合点が行ったような表情で全崩は頷く。
「今は……確か、星嶋が『延年益寿』の開発をしていた研究所を制圧(ヽヽ)していたところだったな」
「せ、制圧て……。……、ま、制圧みてぇなモンッスけど。……ですが、いくら研究所を潰したところで『ブラックウィザード』の連中なら別の研究所からまたヤバげな薬物を引っ張り出してくるから結局イタチゴッコになるんじゃねぇッスか?」
「それについては問題ない」
 携帯端末を操作していた持蒲は、そう言って初めて画面から視線を外し、全崩の方を見てやはり感情を感じさせない調子で言う。
「……たった今、星嶋の行動内容が制圧から戦闘に切り替わったところだ。防衛の為の『手駒』を用意してるってことは、連中にとっても工場を壊されるのは面白くないということだろう?」


   4

 持蒲と全崩の会話から数分前。
「動き始めとる……みたいやね」
 先遣隊として向かわせた死人部隊(デッドマンズ)の何人かが死亡したという連絡を聞いた星嶋は、誰に言うでもなくそう呟いた。彼女は先ほどまで着ていたレザー素材のジャケットやらは全て脱いでおり、全裸の上にぴっちりしたライダースーツ、要所要所に近代的なデザインのアーマーが装備された形の駆動鎧(パワードスーツ)を身に着けていた。
「敵は?」
「薬物で強化されていると思わしき能力者の集団。……報告にあった『手駒達(ドールズ)』であると思われます」
 手持ち無沙汰になったのか、星嶋は近くに控えさせた死人部隊(デッドマンズ)の女に問いかける。
 ちなみに傍仕えが女なのは、持蒲の指示だったりする。何でも、女エージェントの隣にいるのがムサイ男というのは我慢ならないとか。大方持蒲の友人である金髪グラサンアロハシャツの男の入れ知恵だろう、と星嶋は思う。同時に、なんてくだらない思考なんだろう、とも。
「劣化『死人部隊(デッドマンズ)』、だったけ? あんたらも『あの程度』と同類扱いされんのはムカつくと?」
 意地悪な質問だと自覚しつつ、星嶋はさらにそう問いかけた。
 死人部隊(デッドマンズ)の人員は、すべからく薬物によって思考能力を破壊した上で脳内にマイクロチップが埋め込まれており、そのマイクロチップから送られる指示に従って死人部隊(デッドマンズ)は精巧な動作を行うことが出来る。
 今彼女たちが殲滅しようとしている集団の下部組織、手駒達(ドールズ)に関しても同じような措置が施されているらしく、頭皮に備え付けられたアンテナから命令の電波を受信、行動しているとか。尤も、精度が低い上に薬物による自我破壊も完璧ではない為、操作されながらも少しばかり自我が残ってしまうとか、ジャミングなどの電子攻撃に弱いとかといった欠陥も存在しているのだが。
「質問の意図が分かりかねます」
「……だろね」
 近くに控えさせた女の死人部隊(デッドマンズ)の一人と会話した星嶋は、ふぅ、と溜息を吐いた。死人部隊(デッドマンズ)は、命令をしやすいように限りなく人間に近づくように『プログラミング』されてはいるものの、それは『限りなく人間に近い演算結果をたたき出すプログラム』であって、感情があるわけではない。
 分かりきっていたことだが、改めて認識するとこうして会話をするのも億劫になる、と星嶋は思う。
「他は?」
「『手駒達(ドールズ)』の中心に一人女性の姿が確認されました。周囲の構成員はその女性を特別に扱っているようです」
「そいつがその集団の首領らしかね。……うん、何人かはその女ば追って、あたしらは施設ば破壊しよ」
「了解しました」
 死人部隊(デッドマンズ)の女が頷き無線機で何事かを話し始めるのを確認した星嶋は、近くに控えさせておいた大型の駆動鎧(パワードスーツ)に乗り込む。
 機体名(コードネーム)『FIVE Over. Modelcase “MELTDOWNER” test type』。
 その駆動鎧(パワードスーツ)は、一言で言えば『異形』だった。
 主な兵装は両腕の荷電粒子砲。右腕は連射用となっており、一〇本の砲がリボルバーの様に回転、毎分二〇〇〇発のプラズマ砲弾を撃ちだす仕組みになっている。左腕に備え付けられた砲は大出力放射用。大口径のキャノン砲から極太の荷電粒子砲を放出し続ける。
 それだけでも十分異様だが、この兵器の異様なところはそれだけではない。このファイブオーバーの動力には、並みの機体では想像もつかないほどの電力が用いられている。その電力をまかなう為に機体後部には本体と同程度以上のサイズの発電機が搭載され、その移動をまかなう為に何本かの足とその先に搭載されたホイールが備え付けられ、さらに大きくなったことで増えた死角をまかなう為に星嶋の趣味もあって迫撃砲やミサイルポッド、機関銃なども搭載したところ、全体のシルエットはさながら『兵器で作られたクモ』といった風になってしまっていた。
 学園都市で四番目の怪物、麦野沈利の超能力(レベル5)原子崩し(メルトダウナー)』を再現しようとして生まれた産物。結果として『それ』を再現することには成功しなかったこの兵器だが、その威力は折り紙つきだ。
「そんじゃ、これから照射ば開始するばい」
 ガチャリ、と重い音を響かせ、星嶋が右腕のガトリングを持ち上げた。
 近くにいた死人部隊(デッドマンズ)が遮光ゴーグルを装備して物陰に隠れるのと、周囲の音が消し飛んだのはほぼ同時だった。
 ボジャジャジャジャアアアア!! !! と、何かが蒸発する音が数瞬遅れてファイブオーバーの中にいる星嶋の耳に届く。肉眼で見ればそれだけで網膜が焼き切れそうな光を浴びた研究所の外壁は、最早形すら残っていなかった。
 それだけではない。外壁を貫通した荷電粒子砲は、ちょうど星嶋から五〇メートル圏内にあるもの全てを焼き尽くしていた。それは、研究所の内部もある程度破壊していたということだ。ファイブオーバーの致死範囲ギリギリにいた人間の成れの果てを見て、星嶋は少しだけ眉を顰めた。
「……シンクロトロンの応用で光速の数十パーセントまで加速させた荷電粒子やけん、速度の関係で五〇メートルまで殺傷範囲ば確保できたのは良いかもしれんけど……中途半端も考え物やね」
 言いながらも、星嶋は人の死そのものに動揺を見せることなく進んでいく。彼女もまた暗部の人間だ。元々軍事を司る仕事をしていた人間だったということもあり、誰が死のうと自分が傷つこうと心を乱すことは有り得ない。
 歩きながら、ファイブオーバーに備え付けられたセンサー群を使い周囲を走査していく。動作に関しても補助のAIが星嶋の動作を元に自動で無駄をなくし、最適化してくれる為動きは生身のときよりもスムーズだ。毎度のことだが、これを使っているといつか生身で動けなくなるんじゃないか、と星嶋は不安に思う。
『こちら別働隊。リーダー格の女を発見しました。どうしますか?』
 と、そんなことを考えていた星嶋の耳に死人部隊(デッドマンズ)の別働隊から連絡が届いた。この工場にいるという『手駒達(ドールズ)』のリーダー格らしい女を追っている部隊だ。
「……遠距離から狙撃。まずはそのリーダー格の女ば狙って、そん後に他の連中に攻撃ば仕掛けりゃいいよ」
『了解しました』
 打てば響くように無線機の向こうから了承の言葉が聞こえ、それを確認した星嶋も無線を切る。
 リーダー格の女がどんな能力を持っていようと、『手駒達(ドールズ)』などという手下を連れている以上、単純な戦闘能力自体は低いのだろう。であれば、遠距離……一キロ弱の距離から放たれる、弾体に特殊な溝を掘ることで空気抵抗を最大まで軽減させて殺傷距離を格段に上げた磁力狙撃砲を防ぐ術などない。
 そして、リーダー格が潰れれば指揮系統を失った『手駒達(ドールズ)』は烏合の衆となる。そうなれば、後はただの『制圧』が始まるはずだった。
 そう、『はず』だった。
 ドゴォオオオン!! !! という爆音を響かせ、研究所の外壁から内部の薬品生産レーンまでを一直線にブチ抜いたちょうどその時だっただろうか。
 星嶋の耳に、それこそ耳元で囁かれているかのようにクリアな音が入ってくる。
『ガガ……緊急……ガッ……狙撃……失ぱガガガ……能力者ガガ……全めビガガガガガ』
「……チッ、失敗か」
 断片的な報告からその事実だけ判断した星嶋は、忌々しげにそう吐き捨てると未だに断続的な爆発を起こしている工場から踵を返し、囁くように言う。ファイブオーバーはそんな小さい声量さえももらさず拾い、離れた場所で待機している死人部隊(デッドマンズ)に送る。
「……別働隊は壊滅。代わりにあたしがリーダー格の女ば潰す。あんたらは援護ば頼むね」
『了解しました』
 言いながら星嶋は、死人部隊(デッドマンズ)が全てやってくれれば良かったのに、と心の中で吐き捨てる。
 『闇』の領分に踏み込んできたとはいえ、『表』の時代に守るべき対象だった少年少女達を殺して平気でいられるほど、星嶋はまだこの世界に浸かりきっていなかった。

序章 目次 第一章②

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最終更新:2012年01月21日 00:01