「くあ~眠い・・・」
成瀬台高校1年生の
荒我拳はそう呟いて小さな欠伸をした。今は授業中。教科は化学。
教壇には荒我にとって喧嘩友達的な存在となっている教師、
餅川晴栄の熱い授業が続いている。
「(退屈だ・・・。さっさと放課後にならねえかな。ふわ~)」
そんな餅川の授業なんぞ右から左へ状態の荒我にとっては退屈でしか無かった。
化学の授業は選択制であり、現在の教室はそんな化学を選んだ他クラスの生徒も含まれている。
荒我は窓側の後ろから2番目の席という絶好のポジションを割り振られており、餅川にも当てられることは少なかった。
化学の授業本日2回目の欠伸を噛み殺していると、後ろからツンツンされる感触が。
「?」
ツンツンしていたのは荒我の友人兼舎弟の
梯利壱であった。その手には紙切れが握られていた。
その紙切れを餅川にバレないようにこっそり受け取って開けてみると、
[今日の放課後はどういう予定でやんす?また救済委員の活動でやんすか?なら晩飯の買出ししておくでやんすよ。この前旨い弁当屋を見つけたんで]
「(ったく、ホント細かい所まで気が利くな)」
荒我は梯の申し出に苦笑いしながらもその好意を受け取ることにした。同じくノートの一部を破って梯に返事を返す。
[そうだな、そんじゃあお前のオススメする弁当でいいぜ。後で代金は払うからよ]
「了解でやんす」
梯は荒我からの返事を受け取った後、小声で了解の意思を伝えた。荒我は人知れず気恥ずかしさを感じていたが、そんな折に梯の右隣の席から小さな笑い声が聞こえてきた。
その声の方角へ首を向けてみると、茶髪ドレッドヘアの男が梯と同じように紙の切れ端をこちらに見えるように向けていた。
[荒我兄貴・・・ひょっとして恥ずかしいんすか?]
「(うるせえ///)」
その男は
武佐紫郎と言い、梯と同じく荒我の友人兼舎弟である。荒我、梯、武佐の3人組は校内でもほんの少し有名である。主に不良的な意味で。
なので、授業中の彼らの態度にも我関せずを貫く生徒がほとんどである。
「(ちっ、何か恥をかいている気分になってきたぜ。あ~、この退屈な授業、さっさと終わんねーかな)」
その気恥ずかしさから目を背けたくて窓の外を見る。窓は全開で、グラウンドでは上級生が体育の授業をやっているようだった。
~授業終了まで後20分~
荒我はうっつらうっつらしていた。顎を手に乗せ、目は半ば閉じ掛けていた。
前の席に座っている生徒を隠れ蓑としているため、餅川から咎められる恐れも少ない。
そんな時である。突如荒我の脳裏に、
『前はラーメン屋が舞台だったからよ、拳を交わすこともできなかったが、今回は誰の邪魔も入らねえ。全力で掛かってこいや!!』
『そっちこそ、全力できなさいよ!後で負け犬になっても遅いからね』
『言うじゃねーか・・・それじゃあ遠慮なく・・・いくぜ!!!』
『望むところよ!!!』
「うわっ!!!」
荒我は思わず大声をあげて飛び上がった。その言動は教室に響き渡る。
「おい、荒我。俺の授業で寝ぼけるとはイイ度胸だな。俺が今説明していた部分は何ページか言ってみろ」
「え、え、えーと、31ページ?」
「馬鹿野郎!!47ページだ!!ったく、次寝ぼけてたら廊下な!!さっさと座れ!!」
周囲の生徒からは偲び笑いが聞こえてくる。荒我は顔をうつむかせ、脳裏に浮かんだ映像を思い出す。
「(さっきのは何だったんだ!!確かあの女はこの前のラーメン屋で偶然一緒になった風紀委員・・・焔火とか言ったか?
何であいつが・・・夢にしちゃあリアル過ぎる気がするぜ)」
さっきの映像について色々考えていたその時、再びあの映像が!!
『くそ、やっぱ風紀委員で能力者ってのはつえーな』
『あなたこそ。まさか私とここまで闘り合えるなんて』
『・・・次闘る時は絶対に負けねえからな!』
『いいわよ。何時でも受けて立ってあげる!さ、手を』
『ちっ///』
その映像が途切れた瞬間、窓の外から雄叫びと大きな衝突音が聞こえてきた。
「どうした!?何があった!!」
「先生、速見の奴がいきなり『うおおおおお!!!』とわけのわからない雄叫びを上げて花壇に猛スピードで突っ込んでいっちゃいました!!」
「何、また“速見スパイラル”の暴走か!!とりあえず、誰か花壇から早く引っこ抜いてやれ!!」
呆気に取られていた荒我だったが、すぐに気を取り直し脳裏に浮かんだ映像を思い出す。
「(やっぱりあれは夢なんかじゃねえ。何らかの能力・・・“精神感応”系統の能力か?
まさか、俺が救済委員だってことを知ってる奴が、俺に何らかの精神干渉をしているんじゃあ?)」
目まぐるしく回転する荒我の頭脳だったが、その最中に右後ろの方から寝ぼけた声が聞こえてきた。
「う~ん、荒我兄貴。頑張れ~。その女の子を落としちゃって下さい~。ムニャムニャ」
「(お前かよ!!!!)」
その声の主は武佐紫郎。彼の能力は『思考回廊』という“精神感応”に属する能力で、
自分の思考を一定範囲内にいる一定の人間にだけ短時間伝えることができる。
どうやら武佐は寝ぼけているようで、自分で能力を使っている自覚は無いようだ。
「(ってことは、さっきから浮かんでくる映像はあいつの思考か?あいつの女好きのせいかこりゃ?)」
~授業終了まで後10分~
頭を抱え悩む荒我。そんな最中にまたしてもあの映像が!!
『ワリィな。手当てまでしてもらってよ』
『ううん、これも風紀委員の仕事だし。全然問題ないよ』
『つってもあの喧嘩は俺の方から仕掛けたんだけどな』
『それに乗った私にも責任はあるよ。その後の後始末も含めてね。ほら、次は頬の傷を』
『ちっ///』
その映像が途切れた瞬間、荒我は窓の外から急激に膨らんだ殺気に気が付いた。
「(ぶるっ!!?何だ、この殺気は。うん?ありゃ確か“成瀬台の変人”・・・?)」
荒我が対象を把握した瞬間、殺気を向けている碧色短髪の“成瀬台の変人”がこちらに人差し指を向けた。
すると指先に光が凝縮されたのである。そして・・・
「こぉぉんのおぉぉ・・・リア充がああぼろろぐわあぁああ!!???」
突如“変人”の足元が爆発し、“変人”が吹っ飛んだ。
「おい、何をしている得世。今は授業中だぞ。何をサボっている」
「ガハッ・・・いや、そこのリア充に天罰を・・・」
「天罰が下るとしたら、それは授業をサボっているお前にだな。無駄口を叩いている暇があるなら、さっさとこい!」
「・・・充、爆発し・・・ガクッ」
結局スポーツ刈りの眼鏡男が“変人”を引きずって去って行った。
図らずも命の危機を免れた荒我は、すぐに気を取り直し脳裏に浮かんだ映像を思い出す。
「(やべえ!!この映像は俺以外の奴等にも流れている場合もあるってことか!?
くそ、あんな馬鹿らしい妄想が他人に垂れ流しって、羞恥プレイってレベルじゃねえぞ!!
これなら風紀委員や警備員の取締りから逃げる方がまだマシだ!!)」
~授業終了まで後3分~
荒我はずっと頭を抱えている。何せもうすぐ授業が終わるこの段階で、武佐の『思考回廊』が活発化しており、
タイムラグの後にすぐ映像が垂れ流される状況になっているのだ。
「(くそ、さっきからタイムラグの7秒が経った途端に映像が流れてきやがる。しかも内容がひでえ!
治療後の交流、遊び、助け合い、デート紛い・・・あの野郎の妄想は留まることを知らねえな。マジで明日からこの高校に通えなくなるかも)」
荒我の思考が不登校や転校までに及び始めた時にあの映像が!!
『ねえ、拳。一つだけお願いしていい?』
『いいぜ。お前の願いなら何でも聞いてやるよ』
『そう・・・。あのね・・・実は・・・』
そこで映像は途切れた。
「(おいおい、何でそのタイミングで途切れるんだ!?そこまで妄想してんなら最後までいけよ!!こんな所でお預けって有り得ねえだろうが!!)」
開き直っているのか、荒我の心のツッコミは激しくなるばかり。全ての現実を受け入れる覚悟ができたようだ。
どこか荒我の頬が赤くなり始めている中、本日最後の映像が!!!
『え、何だこれ?』
『何って、あなたは負け犬なんだから犬耳と首輪と犬小屋の3点セットを付けてほし・・・』
『ふざけんじゃねえええ!!!』
「ふざけんじゃねえええ!!!」
「・・・おい荒我。一度ならず二度までも俺の授業を妨害するとは本当にイイ度胸だな。
もうすぐ授業も終わるから廊下は無しだ。放課後、職員室までこい。必ずだ!!」
余りにも酷い顛末に妄想のみならず現実でも叫びをあげた荒我だったが、それがアダとなった。
餅川から放課後の呼び出しを食らったことで、放課後以降の予定はオジャンになってしまった。
そんな折に窓の外から視線を感じたので思わず振り向くとそこには、
「キラッ☆」
「キラッ☆じゃねえええええ!!!!!」
何故かパンツ一丁(しかもそのパンツも脱ぎ掛けている)のどこぞの神話に出てきそうな美青年が、
すごく良い笑顔+歯を「キラッ☆」とさせて+サムズアップしている姿があった。
そんな青年に本日最大のツッコミを入れる荒我。そのツッコミと同時に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。
解散する生徒達。武佐もチャイムの鈴で覚醒したようで、思いっきり背伸びをしている。
地獄の時間を過ごした荒我に後ろの梯から声を掛けられる。
「どうしたでやんすか荒我君。さっきから何度も奇声をあげてたでやんす・・・。
それにしても今日はあの厄介な餅川先生から目を付けられたでやんすね。
どうするでやんす?やっぱりバックレるでやんすか?」
「いや・・・餅川先生に付き合うわ。今日はそんな気分じゃねえ・・・」
「荒我君?」
放課後、荒我は鬱憤を晴らすかのように餅川と闘り合った。勿論負けたけど。
continue…?
最終更新:2012年04月18日 20:41