午後9時を回り、満月が空に煌々と輝きを放つ頃、重徳のスキルアウトが根城にしているある廃墟では、
今夜にでもやって来るであろう風紀委員への準備が進められていた。
「おい、銃弾の予備は何処だ!?」
「ライトの配置はどうなっている!?」
「おそらく風紀委員はこの大通りからは攻めては来ないのでは・・・」
怒声や大声が飛び交う中、リーダーである重徳は静かに目を閉じて座っていた。
その落ち着きぶりを遠目で見る部下達の心には、安堵の感情が湧き上がっている。自分達のリーダーはこの程度のことで慌てる小心者じゃ無い。
「さすが俺達のリーダーだな」
「ったく、前のグループはホントに馬鹿なことをしたよな」
「そうそう、こんな頼りになる人を裏切り者扱いして追い出すなんてな」
小声で言葉を交わす部下達。彼らは重徳の過去―能力者故に裏切り者としてスキルアウト集団から追放された―を知っていた。否、知らされていた。重徳本人から。
部下達は全て無能力者である。能力者に対して嫉妬を抱いたことは幾らでもある。
しかし、
重徳力という男に対してはそんな感情が湧かなかった。何故なら、
「あの時のリーダー・・・すごく悲しそうな目をしていたもんな」
「余程ショックだったんだろうね」
「かもな。だからこそ、今回は俺達の手であの人を支えてやんねえと。俺達は何があってもアンタを裏切ら無えってことを、風紀委員とのバトルで証明するんだ」
「「おおー」」
部下達はそんな言葉を小さな声で交わしながら、早々に準備を再開する。
「(お前等・・・今度こそ、本当に裏切らねえよな・・・!!)」
そんな部下の心情を目を閉じている重徳は知らぬまま、裏切りへの恐怖を必死に押さえ込む。
それから十数分後・・・
「リーダー!!!奴等を、風紀委員らしき男を2名確認しました。大通りから、真正面から乗り込んでくるみたいです!!」
「何であんな狙われやすい所から来るんだ!?ナメてやがんのか!!?」
「風紀委員の連中め!!」
風紀委員の来襲に部下達が騒ぎ始める。重徳は落ち着き払った声で指示を出す。
「落ち着け・・・。早急に捩野と五十部にも知らせろ。『エモノが来た』とな」
「は、はい!!」
「大通り付近に待機している奴等にはまだ手を出すなと伝えろ。その2人は囮だろうが、容赦はしねえ。包囲して一気に銃弾の嵐をくれてやる」
「りょ、了解しました!!」
「廃墟の外側に待機している奴等には、くれぐれも監視を怠るなと言っておけ。人数が少な過ぎる。別働隊が他方向から襲撃してくる可能性が高い」
「わかりました!!」
「それ以外は俺と一緒に来い。その2人を直に拝みに行くぞ!!」
「「「了解!!!」」」
部下達に手際よく指示を出し、自らも前線に立つ重徳。その勇ましさに、部下達は勇気を貰っているかのような感覚を抱くのであった。
「重徳力及びそれに付き従っている者達に告ぐ!!貴殿等に残された選択肢は2つしか無い!!
おとなしく投降するか、武力を用いて我等に鎮圧されるか、2つに1つだ!!」
「君達が成瀬台の学生に変装して行った数々の乱行は、全て白日の下に晒されているよ!!」
来襲したきた風紀委員―寒村と勇路―が今は姿が見えない重徳達に勧告する。しかし、反応は無い。
「ふむ、これはあの金髪のお嬢さんの予想通りかな」
「そのようだ。・・・『別働隊』とのタイミング合わせにも気を配らねばなるまい。ぬかるなよ、勇路?」
「ああ、もちろんだとも」
小声で言葉を交わす2人。そこに、
ピカッ
「むう!?」
「こ、これは・・・光!?」
光が照らされる。どうやら大通りの両側―廃墟の屋上から―巨大ライトによって寒村と勇路が照らされているようだ。
暗闇に目が慣れていた2人にとって、突然のライトアップは動きを奪うのに十分であった。
次の瞬間、両側の建物から銃や機関銃が幾つも突き出される。砲口の先にあるものは、もちろん寒村と勇路の2人。
「成程・・・我輩達は袋の鼠となったわけか」
「どうやら前方や後方にも銃器を持ったスキルアウトがいるようだね」
迅速な速さで前方や後方も塞ぐスキルアウト達。知らず知らずの内に冷や汗をかく寒村と勇路。そんな2人に前方―部下達の後方に構える男―から声を掛けられる。
「今更聞くまでも無いが・・・お前等は風紀委員だな?」
「いかにも」
「右に同じく」
スキルアウトのリーダー、重徳が確認するように問い掛け、それに回答する寒村・勇路。
「そうか。・・・だが、俺達を相手に風紀委員がたった2人ってのはナメ過ぎじゃねえか?・・・『別働隊』がいるな?」
「いや、いないよ」
「ここにいる風紀委員は我輩と勇路の2人だけだ!!」
「・・・テメェ等。今の状況がわかってんのか?今すぐにでもテメェ等の体を蜂の巣にしてやろうか!?」
「本当にいないんだけどな」
「断じて嘘では無いぞ!!」
「(こいつ等・・・。マジで言ってんのか?)」
風紀委員の『別働隊』がいると踏んでいた重徳だったが、目の前にいる風紀委員の態度からは嘘をついているとは感じられなかった。
ならば、この2人の実力が並外れているということなのか。たった2人で重徳達を鎮圧できる程の実力を保持しているとでもいうのか。
「・・・とりあえず目ェ瞑れ。両手も上に挙げろ。おとなしくしていれば、危害を加えるつもりは無え。こっちも好き好んで風紀委員と敵対したいわけじゃ無い」
この2人の実力が未知数な以上、迂闊に近づくのは危険である。今の所は何の素振りも見せていない以上、この状態を保持するのが得策だと重徳は判断した。
仮に、こちらから仕掛けた場合、奴等が能力を開放し、結果としてこちらに大きな被害が出てしまっては本末転倒である。
重徳は向こう見ずな無鉄砲男では断じて無い。“今の所は”。奴等が仲間と連携している可能性も捨てきれない以上、この2人を人質として扱える可能性もある。
今できる最善は、この2人から少しでも情報を引き出すこと。それも自然に。
「どうする、寒村?」
「ふむ。銃器で囲まれておる以上、ここはおとなしく従った方が良いかもしれん」
「(・・・こいつ等でも銃弾の嵐を喰らったらヤベェってことか?)」
成瀬台の風紀委員とぶつかり合うことを想定していた重徳は、各々の風紀委員の持つ能力についても調べ上げていた。もちろん全てというわけでは無いが。
この2人は確か肉体再生系統の能力者である。本当に何を喰らっても再生出来るなら、こんな風におとなしくしているわけが無い。
「(再生出来る場所が限られている、もしくは再生限度の問題か?・・・どうやら不死身ってわけじゃ無さそうだ)」
寒村と勇路の言葉からそう推測する重徳。再生に何らかの制限があるならば、こちらにも勝機はある。
無意識に口が綻ぶ重徳。視線の先には、今まさに寒村と勇路が無抵抗を示すかのように両手を上に挙げようとしていた。
「ということで」
「頼んだぞ、『
シンボル』!!!」
2人が手を挙げた瞬間、その手から4つ地面に落ちていくものがあった。時間にしてほんの1~2秒の時を経て、それは地面に落ちる。
ピカー!!
「(な、これは閃光弾!!)」
そう、寒村と勇路が落としたのは閃光弾。その閃光により他のスキルアウトは一時的な失明状態に陥る。
唯一重徳だけが閃光が煌く前に本能として危険を察知、腕を目に被せる体制をとったために、閃光の影響は受けなかった。
もちろん、目を瞑っていた寒村と勇路も閃光の影響は受けない。闇を切り裂くような閃光。
しかし、この閃光、何時まで立っても消えないのである。それどころか、閃光の範囲が広がっていく。
「(どういうことだ?閃光が何時まで経っても消えねぇ。一体何が・・・)」
つい最近になって部下からもらったサングラスを掛けることで、周囲の様子を窺おうとする重徳。その目に映るのは、
グワン!!!
「な、何だありゃああ!!!」
それは満月を背に浮かべ、空から急降下してくる『人間』。
その『人間』の背に別の人間が跨り、更にその人間から出ている“水”に巻き付かれた2人の人間の姿もある。
「(飛行系能力者だと!?ま、まさか“花盛の宙姫”がここに!?)」
スキルアウトの間でさえその名が轟いている、ある風紀委員を思い浮かべる重徳。
確かにここは、あの“宙姫”が所属する風紀委員支部の管轄。奴が成瀬台の風紀委員と行動を共にすることは別段おかしくは無い。
しかし、地上との距離が近づくにつれ、飛行している『人間』が男であることに気付く重徳。
「(いや、違う!!確か“宙姫”は女!!ってことは別の奴か?あんな奴が風紀委員に・・・いや待て)」
混乱する頭で必死に考えを纏めようとする重徳は、ふと目の前の風紀委員が先程口に出した言葉を思い出す。
「(確かあの風紀委員は言った。「頼んだぞ、『シンボル』!!!」と・・・はっ!!シ、『シンボル』だと!!?)」
ここに至って重徳は、もう1つの予想を頭に思い浮かべる。それは、おそらく正しい予感。
「(まさか・・・あの変人がいるグループが風紀委員に協力を!?)」
スキルアウトの間でさえ無駄にキラキラした変人がいるとしてその名が轟いている、あるグループの思い浮かべる重徳。
「(ということは、この閃光もあの変人の仕業か!!)」
そう重徳が推測している間にも地上に近づく『人間』。
次の瞬間、様々な衝撃波が飛行物体から地上―正確には寒村と勇路を照らしていた巨大ライト―に向けて放たれる。
ドカーン!!!
ボコーン!!!
「ラ、ライトが・・・!!」
巨大ライトが全て破壊されたことに呼応するかのように、地上の覆っていた閃光が消失する。
それに気を取られた重徳が上空から目線を切った瞬間に、飛行物体から“水”が廃墟の屋上に向けて放出される。“水”に巻かれた人間も一緒に。
しかし、重徳はそれどころでは無かった。目の前に展開していた数十人にも上る部下達がたった2人の男に蹴散らされていたからである。
「脆弱!!脆弱!!脆弱!!!この程度の筋肉で我輩を止められるとでも思うたかー!!!軟弱者がー!!!」
それは、喩えるなら筋肉の車。立ち塞がるもの、障害となるものを全て木っ端微塵に蹴散らす肉の戦車。
それは、喩えるなら“剛”の極み。仕掛け・小細工一切関係無しに問答無用で踏破する筋の結晶。
その男―
寒村赤燈―こそ、筋肉の神に愛された漢。神の祝福を受けた人間に敵う者などこの世に存在しない・・・筈である。
「さあ!!マッスル・オン・ザ・ステージの開幕だ!!皆、思う存分楽しんで逝ってくれ!!!」
それは、喩えるなら筋肉のワルツ。華麗に宙を舞い、優雅に足技を放っていく姿は、まるで肉のバレエダンサー。
それは、喩えるなら“柔”の極み。気品溢れるその一挙手一投足に誰もが魅了されて止まない筋の微笑。
その男―
勇路映護―こそ、筋肉の女神に愛された漢。女神の愛撫を受けた人間に敵う者などこの世に存在しない・・・筈である。
寒村と勇路の猛攻に重徳は思わずたじろぐ。その隙を狙って突っ込む寒村と勇路。だが!!
「む!?」
「うお!?」
その歩みを止め、急に後方へ跳ぶ2人。
それどころか、勇路の左胸は鋭利な刃物で斬られた跡があった。
血も僅かながら出ているのを確認する勇路。寒村も仲間の状況を見て、少しだけ顔を顰める。
それもその筈、重徳の前に寒村程では無いが、一般的には巨体に分類されるであろう、奇妙なマスクを被った大男と、
サバイバルナイフを逆手に持ち、その表面に付着した勇路の血を舐める、背の低い少女が立ち塞がったからである。
「・・・リーダーさんよ。もうちっとシャッキリしたらどうだ。アンタがやられたら、折角の金もやる気もパーになっちまう」
「そうそう。こっちもアシが付く覚悟で風紀委員と殺り合おうと思ってんだからさ!!リーダーならそれらしくドシっと構えてなさいよね!!」
「ああ・・・すまん。醜態を見せちまったな」
「捩野さん!!五十部さん!!」
重徳に声を掛けるのは、能力者狩りの捩野と五十部の2人。彼らの登場に色めき立つ部下達。重徳は、自らの失態を詫びる。
「いや、別に非難してるわけじゃねえ。・・・さすがに、奴等も色々仕掛けて来てんな」
「全くメンド臭いったらありゃしないわ。・・・にしても私の一撃をかすらせる程度でかわしたあの男・・・できるわね」
「とりあえず、アンタは部下を連れて一旦下がれ。そこから全体の状況を把握しろ。奴等の仕掛けがこれで終わるとは考え難い」
「ハッキリ言って戦闘の邪魔になりそうだし、ここは捩野の言う通りにした方がい・・・痛っ!何すんだ、捩野!!」
「余計なことを言ってる暇があるなら、目の前の相手に集中しろっつーの!!・・・手を抜いて勝てるような相手じゃ無えだろうが!!」
「そ、そんなこと、あんたに言われなくてもわかってるわよ!!」
「・・・すまん」
捩野と五十部の言葉を受け、未だ意識を保っている少数の部下を引き連れて一旦下がって行く重徳。
それを確認した後、改めて目の前の敵について吟味する捩野と五十部。
「さて、俺の相手は・・・ったく何を食ったらこんだけデカくなれるんだ?ちったあ、ウチの五十部にも分けて欲しいもんだ」
「う、うるさいうるさい!!よ、捩野の方こそ、敵に足掬われても助けてやんねえからな!!バーカ!!」
「・・・勇路」
「わかってるよ。油断大敵・・・でしょ?」
警戒する寒村と勇路。死闘幕開けまで・・・あと数秒。
筋肉コンビVS能力者狩りコンビ Ready?
ある廃墟の一角に退避した重徳は、引き連れた部下達に矢継ぎ早に指示を出す。
「とりあえず、状況の確認が最優先だ。外部の監視している奴等にも連絡を取れ!!
空から降りてきた・・・おそらく『シンボル』の連中も廃墟のどこかに潜んでいる筈だ!!
各自武装を固めて対処するように伝えろ!!」
「りょ、了解です!!」
部下達が重徳の指示を受け、足早に部屋を飛び出していく。
携帯電話を使った方が手っ取り早いが、盗聴の危険性もある。敵の狙いがそこにある可能性も否定できない。
廃墟自体はそこまで広くは無いので、外部との連絡交換も走れば10分前後で可能だ。
部下を全て連絡作業に使わしたために1人になる重徳。否、1人にした重徳は心の中で震える。
「(大丈夫・・・大丈夫だ!!今回は前のようにはならねぇ!!あいつ等は俺の能力も過去も全部知った上で従ってくれている!!
今度は・・・今度こそ、俺は見捨てられねぇ!!!そうだろ、お前等!!!)」
窮地、あるいは土壇場で仲間に裏切られないか疑心暗鬼になりながらも、心の中で必死に否定する重徳。
それ程までに彼の心の傷は深いのか?目を瞑りながら打ち震える重徳。その時、重徳がいる部屋の扉が勢い良く蹴り破られる。
「見ぃ~つけた!!」
「お前は・・・」
突然の侵入者に思わず尋ねる重徳。黒髪をリーゼントで固めたその侵入者は拳を振り上げ、重徳に向かって高らかに宣言する。
「俺は『救済委員<ジャスティス>』の1人、
荒我拳!!テメェのツラをぶん殴りに来た男だ!!!」
荒我拳VS重徳力 Ready?
continue!!
最終更新:2013年04月04日 23:56