捩野は手元にある手榴弾に手を伸ばす。これを使って一時的に寒村との距離を取る。
その後遠距離から機関銃を寒村の脳天にぶち込むことで仕留める。そのためにも、

「(タイミング・・・切欠がいる。奴の気を逸らす何かが)」

慎重にタイミングを探る捩野。寒村も拳銃を警戒してか、積極的な攻勢は控えている。気を張り巡らす捩野。そして、その時が来た。


ガシャーン!!


「むう!?」
「(今だ!!)。おりゃああ!!」

少し離れた場所からガラスが盛大に割れる音がした。
大方スキルアウトの誰かの仕業だろう。そう判断した捩野は手榴弾のピンを抜き寒村の近くに落ちるように放り投げる。

「何!?」

この再生する筋肉バカに手榴弾程度が致命傷になるとも思えないが、多少の動きは制限できる筈。避けた所で手榴弾の爆発によって姿を隠せる。
そう判断し早急にこの場から逃走する捩野だったが、

「捩野ォォー!!助けてぇー!!」
「なっ!?五十部!?」

そこに飛び込んできたのが捩野の仲間である五十部であった。どうやら、先程のガラスの割れる音は彼女の仕業らしい。
その五十部が捩野の声を頼って飛び込んだのは・・・手榴弾が投げられた場所。そして・・・


ドカーン!!!


「五十部ェェー!!!!」

手榴弾の爆発に巻き込まれる五十部の姿を目に映す捩野。彼は一時の間茫然自失状態に陥ったが、すぐさま逃走を再開する。

「(今は・・・今は!!奴を仕留めることだけを考えろ!!い、五十部の奴だって死んだとは限らねぇ!!)」

それは現実逃避か、寒村を仕留めることだけに集中しようとする捩野。しかし、彼の目にはうっすら涙が浮かんでいた。本人は気付かないまま。




「・・・う、う~ん。あれっ、私・・・」

結果から言うと、五十部は生きていた。しかも、手榴弾による傷は一切負っていない。

「あ、気が付いたかい?どこか痛む所は無い?」
「へっ・・・うわっ!!」

五十部の目の前にいるのは所々焦げた跡が残っている勇路であった。近くには寒村も居る。

「あ、あんたが何でここに・・・。火傷してる?ま、まさか・・・」
「何でって・・・君を助けるために手榴弾の爆発に突っ込んだからねえ。結構な威力だったんで、少し再生に時間が掛かっているんだ」
「手榴弾・・・?はっ!!」

勇路の言葉を聞いていく内に、自分の身に何が起きたのかを思い出す五十部。
捩野の声を耳にし、助けを求めようと声の聞こえた先に突っ込んだ五十部の目に映ったのは、ピンが抜かれた手榴弾であった。
飛び込んだ勢いから、手榴弾の爆発を避けることなどできない。五十部は瞬間的にそう判断し、死を覚悟した。
そこに五十部の後方から突っ込んできたのが勇路であった。
彼は『治癒能力』による己の身体能力の限界を超えた動きを瞬間的に発揮し、一瞬で五十部に追い付いた。
その後、彼女を近くに居た寒村へ向けて放り投げる。受け取った寒村も己の筋肉をフル稼働し、その場を離れる。
その姿を勇路が確認した瞬間、手榴弾が爆発したのである。幸い勇路は再生能力を使うことで致命傷を避けることに成功したが。

「な、なんで助けたのよ!?あんたと私は敵同士でしょ!!?」

敵に命を助けられたという負い目もあってか、大声で勇路に問う五十部だが、勇路は平然とこう呟く。

「人助けに理由がいるのかい?」
「!!」
「それに、君は僕のマッスル・オン・ザ・ステージに尽力してくれた大切な恩人だ。その恩人を助けるためなら、僕は何でもするさ!」
「・・・・・・」
「寒村もあの刹那によく反応してくれたね。感謝の気持ちで一杯だよ、僕は」
「何のこれしき。貴殿のアイコンタクトがあればこそであった。マッスル・オン・ザ・ステージ、見事な終幕であった!!」

勇路達の言っていることはよく理解できなかったが、彼等のおかげで自分が助かったという事実を認識していく五十部。
命がある・・・その事実に安堵してしまい、脱力してしまった彼女にはもはや戦闘継続の意思は無かった。
そこに勇路の態度が無関係だったとは言い難いであろう。

「ホント・・・馬鹿なんだから。あんた達は!」
「馬鹿でも何でもいいよ。人助けが叶ったのだからね。それに、僕は今最高に気分がいい!!
何故なら、マッスル・オン・ザ・ステージがフィナーレを無事迎えることができたからね!!」
「へっ、フィナーレって確か・・・(ジ~~)・・・キャアアアアアアアア!!!」

上機嫌の勇路の言葉を不審に思った五十部が、彼が少し前に言った「フィナーレ」の意味を思い出し、
不覚にも彼の体のある“部分”を目にしてしまい・・・五十部は暗闇に覆われた空に向かって絶叫をあげた。




荒我は苦戦していた。それは自身の体が悲鳴をあげているのもあるが、それ以上に、

「(ヤベェ・・・血を流し過ぎてんな、こりゃ)」

重徳の猛攻を受けて血を流し過ぎたために、意識が朦朧とし始めたのである。
対する重徳は荒我の一撃を顎に喰らったものの、まだまだ余裕がある。

「どうした!!さっきまでの威勢は何処行きやがった、あぁ!!?そんなふらつきっぱなしでよぉ、俺の『重力操作』を出し抜けんのかよぉ!!クソ野郎が!!」
「(ちくしょう・・・)」

何処か吹っ切れたような、あるいは自暴自棄のような重徳の張り切り様に、荒我は心の中で舌打ちをする。
ここまで来て負けるわけにはいかない。あれだけの啖呵を切って倒れるわけにはいかない。
そう己を叱咤する荒我であったが、彼の体はもはや限界に来ていた。

「そっちが来ねぇなら・・・こっちから行くぜ!!」
「!!」

荒我の状態を見切り、攻勢に出る重徳。

「おらああぁぁー!!!」
「クソッたれぇぇ!!!」

荒我も最後の力を振り絞って右腕を振り上げようとする。しかし、


ガクッ!!


「!!」

それは重徳の『重力操作』によるものか、自身の体が遂に限界を迎えたためなのかは、荒我にはこの時理解できなかった。
前のめりに倒れて行く荒我。ぼやけた視界には、今まさに殴り掛かろうとする重徳の、何処か悲しそうな顔が映っていた。
迫る重徳の拳が荒我の顔面に突き刺さろうとしたその時!!






「“は~~~~~や~~~~~み~~~~~スパ~~~~イラル”!!!!!」






ドコオオーン!!!!
「グヘッ!!」
「な、ガアアアァァァッッー!!!!」

突如大音量で聞こえてきた声と共に荒我達に超特急で突っ込んできたのは、
成瀬台風紀委員にして、今回の事件の最大の被害者であると言っても過言では無い男―速見翔―であった。
彼は追試が終わった後に、すぐさまこの廃墟に向けて“速見スパイラル”を用いながら向かったのである。
“速見スパイラル”を用いたがために、多少以上に遅れてしまったが。
その速見の突っ込みをまともに背で受けた荒我が振り被っていた右拳が重徳の顔面に突き刺さり、速見以外の2人は思いっきり吹っ飛ばされた。
実は、先程の荒我のバランスが崩れたのは荒我自身の体が限界であったせいで、重徳自身は能力を使っていなかった。
しかし、荒我の後方にいた速見は視認することができなかった。また、その時間的余裕も無かったために、速見に対しては能力を行使できなかったのである。

「あれ?確か君は・・・荒我君だったよね。何でこんな所に・・・ってうわっ、重徳力が何でこんなにボロボロになってるの!?」

「テメェの仕業だよ」と荒我ならツッコミを入れただろうが、その荒我と重徳は揃って気絶していたので速見の疑問はますます深まるばかりであった。

「わけわかんない・・・けど、とりあえず今は荒我君の手当てと重徳力の拘束が最優先だね!!椎倉先輩達にも連絡を入れないと!!」

とりあえず、自分には意味不明な今の状況は後で考えることにした速見は、急いで荒我達に駆け寄っていくのであった。




「(五十部は無事か・・・。あの全裸男が助けたみてぇだな)」

捩野は大通りを見渡せる少し離れた廃墟の3階から、己が仲間の状況を確認していた。
周囲には他のスキルアウト達も数名居る。

「(・・・五十部を助けてくれたことには感謝するが・・・これも仕事でな。悪いがここで死んでもらうぜ、風紀委員さんよ!!)」

廃墟の影から遠距離用の機関銃の銃口を風紀委員―正確には五十部の近くにいる勇路では無く、2人から少し離れた場所にいる寒村―の脳天に向ける。

「(本当にすまねーと思っているが・・・じゃあな!!)」

らしくも無い躊躇を挟み・・・機関銃の引き鉄を引こうとする捩野。その時、


ブオォォォー!!!


「(ぬおっ!?何だ、この煙は)。ゴホッ、ゴホッ!!」

引き鉄を引こうとした瞬間、怒涛の勢いで煙が吹いて出たのである。それは、捩野や他のスキルアウトが居る部屋全体を数秒で覆い尽くす程であった。

「ゴホッ、ゴホッ!!何だ、こりゃあ!?目や喉が痛ぇ!!くそっ、何か混じってやがんのか!?マスクをしていても防ぎきれねぇ・・・!!」

部屋を覆っている煙には何か刺激物質が混じっているようだ。それは、マスクを被っている捩野でさえ完全には防ぎきれない模様。


ピカー!!


「ぬぁっ!!眩しい!!」

正体不明の煙に苦しむ捩野をどこからともなく湧いた光が照らし出す。光に当てられた煙にうっすら映った捩野のシルエット。そこに・・・

「ぬううおおおおおー!!!!」
「ゲヒャアアッ!!」

人を抱えながら20mも跳ぶことができると言われている寒村のジャンピングタックルが、捩野をまともに捉えた。
部屋の奥の壁まで吹っ飛ばされて気を失う捩野。部屋に居る他のスキルアウト達は捩野の惨状を見て戦意を喪失したようだ。

「手応え十分!!・・・ゴホッ、ゴホッ!何だ、この煙は・・・。むっ、煙が薄れていく・・・」

寒村が部屋に飛び込んだと同時に煙も薄れ出していたようで、数秒も経たずに煙は消失してしまった。

「?何だったのだ、今の煙は。光に関してはあ奴の仕業であろうが・・・うおっ、携帯電話が・・・。こちら寒村!!おおっ、椎倉!!・・・・・・成程、相判った!!」

電話の主は椎倉。寒村は椎倉からある情報を耳にする。そして、周囲のスキルアウト達に向かって宣言する。

「貴殿等に伝えるべきことがある!!貴殿等のリーダー重徳力は先程我等の仲間の手によって拘束された!!」
「ええぇ!!」
「そんな・・・リーダーが負けた・・・?」
「安否については安心するが良い。多少の傷は負っているものの、命に別状は無いそうだ。
加えて、もうすぐここに我等の仲間や警備員が増援として駆け付けて来る。これは脅しでは無い!紛れも無い事実である!!
こうなった以上、これ以上の戦闘継続に意味は無い!!おとなしく投降せよ!!!」

重徳が風紀委員に拘束されたことを知り、完全に戦意喪失するスキルアウト達。
手に持った武器を続々と落としていく彼等を見て、寒村は今回の事件の終結を感じ取っていた。




「お疲れさん!『軍隊蟻<アーミーアンツ>』の煙草先輩?」
「・・・チッ、てめぇか」

そこは大通りから遠く離れた廃墟の一角。ここを根城にしていたスキルアウト達が連絡経路に使っていた通り道。
その道を1人歩いている男―煙草狼棺―に声が掛けられたのである。

「もしかして、今回の件に『軍隊蟻』が関わっていたりして?」
「あぁ?別にてめぇには関係無ぇだろうが・・・殺すぞコラ」
「わかってるって。冗談冗談。・・・今回は単独行動でしょ?あんただったんだねえ。靴に画鋲を入れられた3年生って。どう、気分は晴れた?」
「・・・・・・」
「もし『軍隊蟻』が直々に動いていりゃあ、俺達が出張る間も無くここは潰されていただろうし。あの“お嬢”の指揮と一個大隊並みの軍事力によって」
「・・・樫閑はてめぇの首を欲しがってるぜ?」
「えっ?何それ!?あいつ・・・まだ“あの件”を根に持ってたりすんの?勘弁してくれよ?もう終わったことじゃん。
それに、あの時はあんた達が風紀委員や警備員の目を盗んで逃走するのを手伝ったじゃん。それでおあいこじゃ無ぇのかよ」
「そんなこと、俺が知るか」

飄々とした目の前の男の態度は、学校で目にしているものと何も変わらない。

「はぁ・・・最近女運が滅法悪いなあ・・・。まさか、あの時からだったりして?あー、やだやだ」
「・・・そんなことを言いにわざわざ俺に声を掛けたのか・・・界刺」

その男―界刺得世―は煙草のイラついた声を全く聞いていないかのように言葉を続ける。

「まぁ、ちょっとした朗報をね、伝えにきたんだよ」
「朗報?」
「うん、朗報。・・・もうすぐここに風紀委員の連中が大勢の警備員を伴ってやって来る。逃げるんなら急いだ方がいいよって」
「・・・!!それを早く言いやがれ!!てめぇの世間話、丸々不必要じゃねーか!!」
「俺達はもう逃走手段は確保してるから余裕だけど」
「てめぇ・・・覚えてやがれ!!」
「いや、覚えてないんで」

少し足を引き摺りながらも足早にこの廃墟から脱走に掛かる煙草。その背に界刺から最後の言葉が掛けられる。

「煙草先輩ーい!!」
「何だ!?」
「最近『ブラックウィザード』や『紫狼<パープルファング>』の動きが活発化し始めているみたいだから、お気を付けてー!!」
「・・・あぁ、わかったよ!!」

煙草が去っていく後姿を見ながら、界刺は仲間との待ち合わせ場所に向かう。
これからバイキングでの食べ放題に付き合う羽目になっている。自分の財布の中身を計算しながら、界刺は仲間の元へ走って行く。




「こ、ここは・・・」
「おや、気が付いたか?」

目を覚ました重徳が耳にしたのは風紀委員―椎倉撚鴃―の声であった。手を動かそうとするが、手錠によってそれは叶わない。

「そうか・・・負けたのか」
「ああ、そうだ」
「俺以外の奴等はどうした?捩野や五十部は?」
「各個人の名前なんざ覚えちゃあいないが、ここにいる奴等は全員拘束したぜ?幸い死者は1人も出なかったようだな」
「・・・そうか」

誰も死んでいない。それだけのことに何故か涙が出そうになる重徳。

「俺は・・・間違っていたのかもな」
「うん?」
「俺は・・・逃げていた。あのクソ野郎の言った通りだ。こんなことになるくらいなら、
ハナッから全部話すべきだったんだ。俺は強くなんか無いって。
仲間から裏切られるのにいつもビクビクしている臆病者だって。そうすりゃあ、あいつ等にこんな結果を押し付けずに済んだ筈なのに・・・」
「・・・・・・」

重徳は憑き物が落ちたようにスッキリした顔になっていた。

「こんな奴がリーダー気取ってよぉ・・・馬鹿だ、俺は。謝っても謝り足りねぇ。
あいつ等に恨まれても仕方無ぇよな。こんな出来損ないで身勝手な男の我儘に巻き込んじまったんだもんな。・・・仕方無ぇよな」

こんな騒動に巻き込んでしまった以上、あいつ等とは今後一生関わることはできない。
また1人に逆戻り・・・そう思っている重徳に椎倉が声を掛ける

「確かにお前がやったことは最低だ。巻き込まれた連中もさぞかし不幸だっただろう」
「・・・ああ」
「だが、お前の行動を最低とか不幸だと感じるのは、あくまで俺達から見たモンに限ってのことだけどな」
「?」
「どうやらお前の仲間達は、こんな結果に至っても自分達が不幸だとは考えていないようだぜ?」

椎倉の言葉を受け思わず顔を上げた重徳の視線の先には、重徳と同じように手錠に繋がれながらもどこか明るい部下達の顔と声があった。

「リーダー!!落ち込まないで下さい!!俺達が付いていますから!!」
「今度こそ風紀委員なんか軽く捻り潰してやりましょう・・・痛っ!!わかったよ!黙って歩きゃいいんだろうが!!」
「刑務所から出たら・・・また皆で集まってバカ騒ぎしましょうね、リーダー!!」

警備員に連行されながらも、自分達のリーダーに明るく声を掛けていく部下達。
それは、重徳が欲しがっていたモノ。心の底から求めていたモノ。

「・・・へっ!何だよ。・・・ハナッからあったんじゃねぇか・・・。こんな近くによぉ」

重徳は嗚咽を抑えるかのように顔を伏せる。いや、顔を伏せたのは今の自分の顔を部下達に見せたくなかったからか。

「ホント・・・ホントによぉ、俺って馬鹿だよなあ。何で気が付かなかったんだろ。何で見ようとしなかったんだろ。
こんな・・・こんな近くにあったのに・・・。俺が欲しかったモンが・・・すぐそこに・・・」

そこから先はもう言葉にはならなかった。そんな重徳を横目に椎倉はようやくの安堵につく。

「(『絶対に生きて帰って来い!!!』・・・よく守ったな、お前等!!上出来だ!!!)」


敵にも味方にも死者は出なかった。結果として後味の良い結末を迎えられたことに椎倉は心の底からホッとした。顔には決して出さなかったが。

end!!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年04月18日 21:01