必要悪の教会
対魔術師に特化したエリート魔術師で構成されている、完全実力性の組織だ。
「悪事を為す魔術師を狩るため」に、「汚れを一手に引き受けた」と書くと聞こえは良いが。
必要悪の教会……そこで重視されるのは実力だけで、人格性は二の次、三の次なのである。
……そもそも魔術師と言う者は、大なり小なり変人が多いのであって。
必要悪の教会に、性格的に一癖も二癖もある人間が集まっているのは当然の事なのであり……。





「なあ、おい。てめぇは俺を舐めてんのか?」
隠す気もない侮蔑を滲ませて、声を荒立てる中肉中背の男性。
「…………」
男の侮蔑の先には、黒いローブをすっぽりと被った女性。
ローブのせいで唇しか外部に露出していない彼女は、何も言わずに黙っている。
……これだけだとチンピラが女性に難癖を付けており、女性は怯えて何も言えないように聞こえるかもしれないが……。
男の外見は異様すぎた。服が?いや違う、『傷』だ。
男の顔は傷だらけなのである、刃傷、火傷、凍傷などの負傷の痕が至る所にあり、
首筋に沿って傷が大きく広がっている所からも、服の中も傷だらけだと推測できる。
更に異様さを際立たせているのが、『首飾り』だ。
なんと男は、十も二十もある干し首を縄で括って首から提げているのである。
微かに漂う異臭から、それは土産物のレプリカで無い事は判断できるだろう。
――人種や性別、年齢も雑多な干し首の集団が、何かを囁くように口を動かしているのは目の錯覚か。

「覗き見しかしてねぇ癖に、それだけで現場で働いてる奴より立場が上だと思って調子こいてんだろ?」
そんな男が焦点の合ってない目で恫喝してくる怪異。
ホラー映画の一幕である。警告無しで警察から射殺されても文句は出てこない。
その怪人物の名は冠華霧壱。元々は日本で活動していた魔術師であるが、日本の魔術結社の不甲斐無さに業を煮やして、つい最近に必要悪の教会に所属した経歴を持つ。
……と本人は嘯いているが。
冠華霧壱の名を聞くと、日本の魔術結社の魔術師達が露骨に顔を顰めて、何かを清めるように塩を撒いたり。
日本を拠点としておらず、海外で働く事の多い日系魔術師……。トランクケースを持ったサラリーマン風の男が、乾いた笑いを出して強引に会話内容を変える事から。
余りの変人っぷりに日本を追い出されただけだと思われる。……本人は自分から日本を出たと言っているが。
さて、そんな特級の変人に絡まれた女性はと言うと。
「…………」
『怖いよおねーさん!首狩族がガン飛ばしてるよ!』
『ボーラの貞操の危機!早く警察に通報だ!』
似たり寄ったり……と言うと、さすがに失礼だろうが。この女性も変人であった。
ビー玉を目玉にして、黒く塗った布を羽にした、カラスのような粗末なヌイグルミ二つ。
それで腹話術をしているのである。常人ならば背を向けて逃げ出す事態でも、平然とこんな真似ができるとは凄い胆力である。
……よく見れば唇に薄っすらと笑みを浮かべている。
そんな女性の名はポーラ=ウェッジウッド。必要悪の教会で諜報部に勤めているのだが、どうにもこの腹話術や笑みのせいで周囲の人間に引かれている変人だ。
侮蔑に、それ以上の罵倒を返したボーラ。怒りの余りに髪が逆立つ冠華(干し首の目が発光したのは錯覚だろうか)を尻目に腹話術を続ける。

「…………」
『こんな偉そうな事を言ってるけどさぁ、この首狩族って日本じゃうだつの上がらない下っ端だったんだってね!』
『へぇ!それは酷いな!それに新参者に癖に、何でこんな偉そうな事を言えるのか、その神経が分からないぞ!』
『そうだねフギン!おねーさんも、こんな礼儀を忘れた駄目人間になっちゃ駄目だよ!』
火に油を注ぐ罵倒をするボーラ。目に殺意が篭る冠華……そんな一触即発の空気で固まる場だが。
「失礼します」
と、良く言えば穏やかな、悪く言えばボーっとした声が二人の後ろから聞こえた。二人が声のした方を振り向くと、そこには金髪碧眼の男が立っていた。
男の姿を見た瞬間にポーラの体が一瞬固まる。冠華も殺意を篭った目を向けたが、口は何故か笑っている。
「すみません、何か取り込んでるようですがお邪魔しますね」
マイペースなままに近寄る男。服装はスーツだが、靴は何故かスニーカーだ。歩き易さを重視しているのだろうか?。
「貴方はポーラ=ウェッジウッドさんですか?私の名前はモリス=スウェインです。冠華さんは……前に自己紹介しましたから大丈夫ですよね?」
「おおよ。中々に骨のある奴だったから、しっかり憶えてるぜ」
「…………」
「それはどうも、ありがとうございます」
にこやかに交わすモリスと冠華(目は殺気で濁っているが)。対してポーラの顔(と言っても唇しか見えないが)は少し硬い。
「そんで。お前が来たって事は、魔術師ぶっ殺しの命令が下ったって事か?」
「ええ、そうですね。話が早いと私も嬉しいです。さっき私と冠華さんで組んで討伐しろとの指令がありました」
あんまりにもあんまりな要約をする冠華。だが、それに苦い顔をする所か暢気な顔で肯定するモリス。
これは人間としての器の広さがそうしているのか……。
「子供を攫って鍋で煮込む……まあ良くある邪悪な魔術師達なんですが。隠れるのが上手くて、最近まで居場所を察知できなかったようなんですね」
「……かぁー。一気にやる気が落ちたんだけどよ。そんな下衆の首を獲りたくねぇぞ俺は」
「いえいえ、そう言わずに……手強いと聞いてますし、ボディーガードで冠華さんのご趣味に合う獲物を雇ってるかもしれませんし」
モリスの顔が少し変わっている。それは笑みだろうか。何の為に浮かべているかは分からないが。
「…………」
ポーラだけは何かに気付いてるのか、唇をへの字に曲げてボソリと何かを口走った。
『殺 人 狂』その場の誰にも聞こえない声だったが、確かにそう呟いたのだった。




そして男二人は日本人街を歩いていた。
「何が手強いだよ!歯応えの無い奴ばっかだったじゃねぇか!」
「私の勘違いでしたね。全くすみません冠華さん、奢りますので機嫌を直して下さい」
今日は人が多く道は混雑していると言っても良いのだが、人が勝手に避けるおかげで殆ど支障無く歩けている。
それはまるで海を二つに割ったモーゼのようだ。……原因は、冠華の干し首にあるのは一目瞭然だが。
と、そこで二人は人が妙に少ないオープンカフェを見付けた。
「ああ、あそこにしません?」
「おいおい、何で日本人街に来てドーナツを食わなきゃならねぇんだ?」
「ドーナツはお嫌いでしたか?」
「いや嫌いってわけじゃないけどな……ああもう良いドーナツで良い」
冠華が諦念と共に椅子に座ると。モリスがそこで何かに気付いた。
「あの二人は……」
つられて目を向けた冠華は、そこに見知った女と男を見た。
「あの太陽を見てください、あそこに住まうウナギとイワシが彗星の所有権を巡って棒倒しをしてるんですよ」
「うんうんすごいね、それでどう?この後に俺の大人の魅力がたっぷり詰まった棒を味わうってのはさ」
「月も彗星の所有権争いをして綱引きをしているんですよ、近々地球も月と彗星を巡って二人三脚をする事になると聞きました」
「へぇ、それはすごいすごい、この後に俺と大人の綱引きや二人三脚をするってのは嫌かな?」
「地球なんですけどマントルと地殻に刻んだミミズの卵が、つい最近孵化してハンバーグにされてるようなんですね」
「マントルってえっちい響きだよねぇ、おじさん興奮してきたから、この後にホテルに泊まるのはどうかな?」

……明らかに会話のキャッチボールをしていない。電波さん丸出しの女と、それにめげずに卑猥な言葉でナンパしている男。
周囲に摩訶不思議な異空間を形成している。人が少ない理由はこれなのだろう。
「ハンバーグのお肉とピクルスが出会ってハンバーガーになったんですけど、それに私はイカとタコの邪悪な談合があったのを疑っているんですよ」
電波丸出しの女は守音原二兎。よく張った胸に引き締まった腰に突き出た尻。それを包む服は布地が極端に少ない魔改造巫女装束とも言うべき物で。
それに下着は着けていないのか、よく見える隙間のどこを見ても下着の紐が見えないのだ。
これなら、道行く男は誰もが振り返りたくなる容姿をしているのだが……キリッとしていれば美しいと表現できる顔も……。
…………眼が虚ろである、更に口が半開きである、駄目押しにそこから涎が垂れるのが見える。
どうしようもなく残念な美人であるのが良く分かる。彼女を見てしまったら、人種を問わずに老若男女が眼を背けるのは間違い無いだろう。
「ふうん、物知りだねぇ。それでこの後に俺達もイカとタコの触手みたいにヌルヌルするのはどうかな?」
電波丸出しの発言を気にせず卑猥にナンパする男はオージル=ピサーリオ。ウェーブのかかった髪の毛を、後ろで纏めて一本にしており。ジーンズにボロシャツと言う快活な出で立ちをしている。
外見のどこを見てもおかしい所は無いが、どう見ても電波さんな彼女に向かってナンパし続ける精神は異様と言っても良い。

「守音原とオージルか、一緒に居る所を見るなんて珍しいもんだぜ」
「どうです冠華さん?親睦を深めるために、彼等と一緒にお食事しますか?」
「どうでもいい、お前の好きにすれば?」
……それに嫌な顔一つしない、この男達もネジが飛んでいると表現できる。
モリスと冠華の会話が聞こえたのか、守音原が虚ろな眼の顔を向けてにじり寄って来た。
「ああ貴方達もモナリザを見付けに来たんですか?ダヴィンチが描いた太陽とウナギの絵は素晴らしいですよね」
椅子から立ち上がる際に、布地が極端に少ない魔改造巫女装束から陰部がモロに見えそうだったが、
何を食べるかでメニューを迷っているモリス、頬杖を付いて焦点の合ってない目で宙を睨む冠華、アルカイックスマイルを浮かべるオージル。
顔色一つ変えずに一切の動揺を見せない男三人。……これは色欲に惑わされない不動の精神力と言えるのかどうか。
「守音原さんとオージルさんはまだドーナツの注文をしていないですよね?折角ですから私達と一緒にどうですか?」
「俺は良いけど、守音原ちゃんはどう?4人で一緒に裸の付き合いをするって興奮する?」

「モナリザは木星からの電波が送信されて、地球上で組み合わさってミケランジェロの脳波と干渉された結果に油絵になったのよ」
「はい、御同伴ありがとうございます。ええと、守音原さんはドーナツの何がお好きですかね?」
「絵の具にある赤色は太陽の涙と月の血を混ぜ込んで初めて出来るって知ってましたか?」
「なるほど、私が決めても良いんですか。ありがとうございます」

「はは、嫌だなぁ冠華君、そんな目で見られてもおじさんはノーマルだからさ。勘弁してくれないかな?」
「良いねぇ!そうやって俺の殺気を流す技量はなぁ……首が欲しくなるぜ……」
「おじさん、男と二人でイチャイチャする趣味は無いからねぇ、守音原ちゃんと一緒に3Pはどうかな?」
「はっ!そう言ってさり気なく構えを取る抜け目無さ……お前最高だぜ」
「いやいや、最近はちょっと性的な意味で欲求不満でねぇ。さっきの守音原ちゃんの姿を思い出して興奮しちゃったんだ」

「冠華さん、最近はハーティさんとヴィクトリアさんで、よくコンビを組んでるようなんですけど。どう思いますかね?」
「何がどう思うって……何がだ?そんなもんは誰とどう組もうとそいつらの勝手だろうが」
「いやいや、おじさんはアレにはちょっと百合の匂いを感じられる、同性愛は非建設的だと個人的に思うねえ」
「緑色赤色白色黄色黒色灰色……何でダマスカス色が無いんでしょうか?これはきっと神様が私達に与えた試練だと思います」

そんな風に和やかに話す四人。
そんな彼等を嫌な物を見るかのように遠巻きに小声で話す群集。
争いの無いとても平和な光景であったとさ。めでたしめでたし。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年04月23日 06:57