ここ学園都市に住まう生徒は主に学生寮に住んでいる者が大半だ。
そんな中で
春咲桜は親が科学者で学園都市に居を構えていることもあり、一軒家に住んでいた。
但し、当の両親は仕事のためかほとんど家にはいない。同様に春咲桜も中々家に帰らない、否、帰ろうとしない。
その理由は、言わずと知れた長女及び三女による家庭内暴力である。
特にここ最近は救済委員活動をしていたために、連日に渡って家に帰っていなかった。
「・・・」
春咲が住む一軒家は学園都市の技術がふんだんに使われている。今春咲が通過した門扉もその1つ。かの風紀委員支部と同じように、
指紋、静脈、指先の微振動
パターンの3つを認証しなければ中に入れない仕組みになっていた(それ以外の人間は、家に居る者が監視カメラで確認した後に入れている)。
「・・・ただいま(ボソッ)」
そんな家にあえて帰って来たのには理由がある。それは、彼女の姉である
春咲躯園のことである。
春咲は今日の会合で初めて姉が救済委員であることを知った。それは、何故なのか?その理由をそれとなしに聞こうと思っていた。
春咲からすれば、いくら過激派とはいえ躯園が花多狩や農条のように救済委員として活動していることが信じられなかった。自分よりレベルが低い者を蔑むあの姉が。
もしかしたら、自分のように他人には言えない、家族にさえも言えない何かを抱えているのではないか。
そう思った―“思ってしまった”―春咲は、自分への暴力を覚悟して我が家に舞い戻ったのである。
「・・・躯園お姉ちゃん・・・林檎ちゃん・・・もう寝た?(ボソッ)」
界刺に肩を貸して歩いていた春咲は、帰宅がかなり遅くなってしまっていた。故に、春咲は姉が自分より早く帰宅していると考えていた。
一応救済委員活動用の服等はコインロッカーにしまってきたので、そこまで不審がられることはない。何せ救済委員加入前でも家に帰らなかったことは幾らでもある。
「(うん?居間の明かりがついている?もしかして・・・)」
玄関からの渡り廊下を歩いている最中に、居間の明かりがついていることに気が付いた春咲。もしや、姉はまだ眠っていなかったのか。
そう考えた春咲は、居間に向けて足を動かす。そして、居間に入る扉の前に立つ。
「躯園お姉ちゃ・・っっっ!!!!!」
居間へ入る扉を開けた瞬間、突如として頭の中に大音量で響き渡る“音”。その“音”によりその場にうずくまる春咲。
「グアアアアァァァッッッ!!!!アアアァァッッ!!!!」
思考が弾け飛ぶ。それこそ、頭が“音”で崩壊しかねない程の痛みにまともに言葉を発することができない春咲に、その“音”の発生源から声が掛かる。
「や~と帰って来たか。桜、ここんトコずっと家に帰って来なかったよな。何処ほっつき歩いてたんだ、コラ。この林檎ちゃんの手を見てみろよ」
その声の主は
春咲林檎。春咲家三姉妹の三女である。普段ならツインテールにしている髪は、今は解いている。
「お前が帰って来ねぇから、ずっとあたしが家事をやる羽目になってたんだぞ!おかげで手がカッサカサだっつーの!
おい、桜ぁ。お前って才能ねぇんだから家事位キチッとやれって、うん?」
「グハッ!!ゴホッ!!」
林檎は己の能力『音響砲弾』で苦しむ春咲の腹めがけて蹴りを叩き込む。もちろん春咲にはそれを防ぐ力等残されていなかった。
「あ~、やっぱり桜が苦痛に歪む顔って格別だなぁ・・・。あ、いいコト思い付いちゃった」
そう言いながら、林檎は春咲の着衣を全て脱がしていく。春咲が抵抗しようとするとすかさず『音響砲弾』のボリュームを上げて動きを封じる。
「よ~し。これですっぽんぽんだあ。クスッ、林檎ちゃんの思い付いたいいコト発表!!パチパチ!!それは・・・桜の体に“血文字”を刻むコトでぇす!!」
「!!!アアアアァァァッッ!!!」
裸になった春咲が“音”に苦しみながらも林檎の言葉を理解した瞬間に、林檎が春咲の腹めがけてジャンプする。その着地先は・・・
「グハアッッ!!!ゴホッ!ゲホッ!」
「大丈夫。外から見える所には傷刻まないからさ。この林檎ちゃんにぜーんぶ任せなさい!まずは・・・このわき腹当りかな~」
林檎の手に握られているのは・・・カッターナイフ。それを目にした春咲は青ざめていく。
「んで、次はおへそ。その次は脇。太もも、背中・・・お乳は・・・最後にしよう。キャハッ!!想像するだけでゾクゾクしてくる~。たまんない!」
「・・・や・・・やめ・・・て・・・」
春咲は掠れ声ながらも懇願する。自分はこんな目に遭うために帰って来たわけじゃない。躯園に会って話をするためである。だが、
「何だぁ。林檎ちゃんに反発する気かぁ~。能無し風情の穀潰しが!!こうなったら、最初はこの左のお乳にしてあげる。」
「や・・・や・・・やめ・・・ギャアアアアアァァァ!!!!」
そうして、春咲桜にとっての地獄―春咲林檎にとっての快楽―は、明け方近くまで続いた。
一方、春咲と別れた界刺は、携帯電話のアドレス帳を開いていた。これから連絡を取る人物のアドレスを選び、掛ける。数コール後、
「ど、どうしたんですか~。こんな夜中に・・・。ハッ、ま、まさか春咲先輩の身に何かあったんですか!?」
「いや、何も無いよ」
「ハッ、ハァ~。もう!驚かさないで下さいよ。心臓がビクビク言ってますよ」
「あー・・・ゴメンね、リンちゃん」
その相手は一厘であった。彼女は常盤台の学生寮で就寝していた。
「いや・・・別にいいです。・・・もしかして、救済委員の活動中ですか?こんな時間まで?」
「いんや、今はその帰宅途中だよ。まぁ、救済委員の活動時間帯って主に夜だから、こんな深夜になるのは普通だね。ある時は午前3時過ぎまでやってたかな」
「・・・そんな遅くまで」
一厘は界刺から耳にする救済委員の活動実態に驚きと申し訳なさを抱いていた。こんな時間帯まで活動していたら、確かに春咲の疲労は半端では無いだろう。
もちろん、この電話の向こうにいる男にとっても同様に。
「・・・すみません」
「ん?何でリンリンが謝るの?」
「だって・・・」
「変な気を回さなくていいよ。君は君のやるべきことがあるんだろ?それに集中すればいい」
「・・・はい」
界刺の言葉に一厘は、しかしどうしたって申し訳なさを感じずにはいられない。己の力で解決することが叶わない、自分自身への怒りも同時に感じる。
「そんなことより・・・報告がある。だから、こんな時間帯に電話をしたんだよ」
「報告?何ですか?」
「今日・・・もう昨日か、リンちゃんに調べてもらった春咲家の長女・・・実は彼女も救済委員だった」
「えっ!?それって・・・」
「詳しいことはまだわかんないけど。救済委員にも穏健派と過激派って分類があることくらい、風紀委員の君なら知ってるだろ?」
「は、はい!」
「彼女・・・春咲躯園はその過激派に属する救済委員だった。ちなみにお嬢さんも知らなかったみたいだよ。知っていたら救済委員になっていないってのは本人の弁だけど」
「・・・何と言うか、すっごい運命的な何かを感じますね」
「嫌な運命だけどね。不幸中の幸いというか、春咲躯園の能力についてもわかったのが救いかな。あのお姉さん・・・お近付きにはなりたくないね」
「会ったことないですけど・・・やっぱりヤバい系ですか?」
「うん、ヤバい系。俺もこんなことしていなけりゃ一生関わり合いたくないってタイプだな」
界刺の報告から会話を続ける2人。
界刺から、明日(正確には今日)における春咲の様子をそれとなく観察して欲しいと指示される一厘。
「わかりました。それとなく春咲先輩の様子を探ってみます」
「よろしく。それと・・・君のルームメイトにもちょっと代わってくれないかな」
「え・・・形製さんにですか?形製さんって夜中に起こされるのをすごく嫌っているんですけど。『美貌に悪影響が出る』とか何とか」
界刺の依頼に顔をしかめながら、ルームメイトの方に視線を向ける一厘。そのルームメイト―
形製流麗―はぐっすり寝入っていた。
「はぁ?バカ形製の美貌?んなもん知ったこっちゃない!あいつ、自分の顔を『美貌』って形容してんのかよ。あ~、気色悪い」
界刺の形製に対する嫌味・悪口は止まらない。
「そもそも、あいつが自分で自分のことを美しいなんて思ってるのが信じられねぇ。美しいってのはあくまで他人の評価だ。自分で評価を下す代物じゃ無ぇ。
それに、あいつの何処が美しいんだ?逆に、美しい部分ってあるのか?俺からしたらあいつには美しさというもんは・・・」
「は~い、バカ界刺。君にとってあたしには美しさというものが・・・何だって?」
界刺は思わず息を止める。今電話の向こうから聞こえた声は・・・
「い、イヤだな~リンリン。アホ形製の声真似なんかしなくたっていいって。だからさ、さっさとあいつを起こしてくれる?」
「フフッ。一厘に頼まなくたって大丈夫だよ、アホ界刺。どっかのマヌケ界刺の大きい声で、ぐっすり就寝中だったのを叩き起こされたから」
つまり・・・一厘が界刺の愚痴が始まった瞬間に携帯電話を形製の耳元に持っていった・・・というのが真相である。
「ねぇ・・・あたしは睡眠を邪魔されるのが大嫌いだってことは知ってるよね?事と次第によっては・・・わかってるわよね?フフッ」
「ま、まさか・・・。この前みたいな腕立て・腹筋・背筋地獄を・・・!?」
「いや、それ以上のこと。さ~て、何がい・い・か・な?」
「ま、待て!!ちゃ、ちゃんとした用件ならあるぞ!!だから、そんな嬉しそうな声ではしゃぐな!!」
「さ~て・・・どうしっよかな~」
界刺と形製のやり取りを見ながら、一厘はほとほと感心する。何時も界刺にからかわれている一厘にとって、形製の応対は見習う所満載だ。
「・・・形製。冗談はここまでにしようぜ。大事な話だ」
「・・・全く。君の方から言ってきたんじゃないか。大事な用件なら早く言ってよ」
界刺の声が低くなる。これは、界刺が真剣になった証拠である。それに応じて形製も声のトーンを落とす。
「明日(正確には今日)の放課後、会ってくれ。場所は『恵みの大地』」
「何の用で?」
「俺に“保険”を掛けてくれ」
「!!」
形製の表情が驚愕に染まる。その変化に一厘は怪訝な視線を向ける。
「“保険”・・・今回君が関わっていることは、そんなにヤバいことなのか?」
「ヤバいっていうか・・・俺なりに見極めたいことがあってね。それに対する“保険”って形かな?」
「・・・何ならあたしも参加しようか?そうすれば・・・」
「駄目だ」
「!!」
「お前は『
シンボル』の隠れメンバーで、参謀で、切り札だ。そんなお前を軽々しく命のやり取りしている場所に出せるかっての。そんなこと、お前が一番よくわかってるんじゃなかったっけ?」
「・・・そうだね」
「だから、今回俺が関わっている件にお前の助力は最低限でいい。本来なら俺1人で片付けるつもりだったけど、そうもいかない空気になって来たんでな」
「そうか・・・わかったよ。それじゃあ、明日『恵みの大地』で」
「ああ。待ち合わせの時間はまた連絡するから、よろしくな。じゃあ・・・」
「界刺!!」
「ん?何?」
「死んじゃ駄目だよ。必ず・・・生きてあたしに文句を言いに帰って来てよ・・・!!」
「・・・ああ。わかってるって。お前に言われなくてもな」
そして、通話が途切れる。静まる室内。重苦しい空気。形製は通話が途切れた後からずっと携帯の画面を見続けている。その目は前髪のせいで見ることはできない。
この重たい沈黙に耐え切れない一厘が、場の空気を変えるために何かを喋ろうとしたその時、
「はい、一厘。これ」
「えっ?あ、ありがとうございます」
形製は持っていた携帯を今更のように一厘に返す。それを受け取った一厘は、言葉を続ける。
「だ、大丈夫ですって。界刺さん、ああ見えていざという時は頼りになるんですから。今回の件だって、力不足の私に代わって色々対処を・・・」
「『頼りになる』・・・?君は本当に心の底からそう思っているのか?君は本当に“それ”で納得しているのか?」
「えっ?それってどういう・・・」
「それに!『界刺が頼りになる』?そんなことは・・・わかってる。あたしが一番よく知っている!!」
「ご、ごめんなさい・・・。出しゃばった真似でした」
しかし、その言葉を遮るかのように形製が言葉を発する。怒りさえ込められたその発言に謝るしかない一厘。
そして、形製は一厘に向かい合う。その目は、その表情はまさに真剣そのものであった。
「一厘・・・」
「は、はい」
「これは・・・君への忠告。心の片隅にでもいいから、覚えておいて」
「・・・はい」
形製の忠告。きっと、それは
一厘鈴音という少女にとって今後の自分を形作るに当ってキーポイントになるであろう言葉。
「界刺は・・・容赦しないよ」
「・・・えっ?そ、それだけですか?」
「うん。それだけが言いたかった。どうやら君は界刺という男のことを、まだよく理解していないようだから」
一厘は拍子抜けする。それも当然、何時も界刺にからかわれている一厘にとってからすれば、界刺の容赦の無さは十全に知り得ていた。
成瀬台のグラウンドで、バイキングで、公園で見て、聞いた界刺の姿は今でも一厘の記憶に深く刻まれていた。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「えっ、あっ。・・・お、おやすみなさい」
形製は深く説明せず、言うだけ言った後に速攻で床に入ってしまった。そのために、一厘は忠告の意味を問うタイミングを逸してしまった。
仕方無く自分も床に入る一厘。彼女は形製の忠告の意味を考えながら、睡魔に吸い込まれていった。
「はぁ・・・何時になったら私の前に白馬の王子様は来てくれるのかしら」
朝っぱらから、何やら妄想に浸っているこの少女の名前は
吊橋恋呼。彼女は
国鳥ヶ原学園に通う中学2年生にして、同校の風紀委員に所属する生徒である。
「もしかすると、待っているだけなのがいけないのかも。こうなったら、私の方から仕掛けるべきなのかな。
そのためには・・・王子様との出会い溢れる場所に赴く必要があるわね」
ただ、彼女には妄想癖がある。
それは理想の王子様像を追い求め彷徨い続けるといったものであり、友達や風紀委員に理想像を語るだけ語りまくるという、何ともハタ迷惑なものであった。
「そういえば、最乃が言っていたわ。最近色んな男性が集まる焼肉屋があるって。全く、ノーマークだったわ!業種で敬遠していたけど、これからはそうも言っていられ・・・」
「朝から騒々しいな、吊橋?」
「げっ!!雅艶・・・先輩」
そんな吊橋の妄想を打ち破ったのは、同じ国鳥ヶ原学園に通う・・・雅艶。
「何だ、嫌そうな顔をして。心外だな」
「心外も何も、私達国鳥ヶ原学園の女子生徒にとってアンタは本来ならば敵なのよ!!」
「ん?何故だ?」
「い、言わないとわからないなんて・・・。アンタの頭はどうなってんのよ?」
「そんなことを言われてもな。わからないものはわからん」
吊橋の怒りのボルテージが一気に最高潮にまで達する。そして・・・over!!over!!
「もう、あったまに来た!!それじゃあ言ってあげるわ。
アンタが私達国鳥ヶ原の女子生徒の裸身を全て見ているからよ!!ついでに何枚かこっそりとヌード絵も描いていることも知っているわよ!!」
「裸身?ヌード絵?何だ、それは?」
「はっ!?わ、私をからかってるんじゃないでしょうね?」
吊橋は知らないことだが、今の雅艶は七刀の『思想断裁』によって、“ヌード絵を描く”という思考ができない。
裸身についても七刀に“断裁”される際に、雅艶が救済委員だけでは無く今までの全ての裸身を思い浮かべていた(!!)ために、
雅艶の記憶から裸身に関する全ての記憶が吹っ飛んでいるのだ。
「ア・ン・タ・の・『多角透視』で!!学園中の裸身を全て見て!!しかも『芸術の一種』なんて理由でヌード絵を描いていたって言ってんのよ!!」
「・・・裸身?ヌード絵?芸術?・・・・・・あ、頭が・・・痛い」
「ちょ、ちょっと!どうしたのよ、うずくまっちゃって!!こ、これって私のせい?」
狼狽する吊橋を尻目に雅艶は己の記憶と格闘する。無い筈の記憶。それなのに、何処から思い出せと訴えてくるこの痛みは・・・・・・
「・・・・・・」
「ね、ねぇ。雅艶・・・先輩。だ、大丈夫・・・」
「があぁぁっっ!!!」
「うわっ!」
蹲っていた雅艶を心配して声を掛けようとする吊橋。だが、突如として雅艶は叫び声を挙げながら、立ち上がった。
「・・・思い出した。思い出したぞ!!裸身!ヌード絵!!芸術!!!全く七刀の奴め。くだらん真似をしてくれる」
「な、何。どうしたの?どうなってんの?」
「いや、こっちの話だ。驚かせてすまなかったな」
「は、はぁ・・・」
七刀の『思想断裁』によって切り捨てられた記憶が復活したのである。何故か?
『思想断裁』によって斬られた“傷”とは、すなわち“心の傷”である。間違っても外傷等では無い。
そして、『思想断裁』によってできた傷が何らかの理由で治った場合、斬られた記憶は復活するのである。
ここで厄介なのは、外傷ならば自然治癒可能だが、“心の傷”を治癒するというのは並大抵のことではない。それには、本人の強靭な意思や切欠等が必要になる。
雅艶の場合は吊橋の言葉が切欠になったとはいえ、記憶を復活させるに至った最大の要因は彼に備わっている強靭な意思である。
言い換えれば、それだけ裸身やヌード絵に執着していたということである。恐るべし、芸術。
「それより、お前に調べて欲しいことがある」
「えっ・・・また救済委員絡み?いい加減にしてよ。こっちはアンタの小間使いじゃ無いっつーの」
「別にいいだろう?学園内の治安活動に協力しているんだ。ギブアンドテイク。いい言葉じゃないか」
「・・・・・・全く。面と向かって言い返せない当りに、この学園内の治安の悪さが証明されているような気がするわ」
「学園外でも・・・だろう?」
「・・・はぁ」
吊橋は溜息を吐く。それもその筈、現在国鳥ヶ原学園では、学園内外で様々な問題が発生している。
スクールカースト、近隣の工業高校との確執等、問題は山積みだ。
雅艶はそこに付け込み、学園内で起きた事件を『多角透視』によって発見・監視し、それを同校の風紀委員達に教えているのだ。これがギブ。
その代わり、風紀委員は雅艶の救済委員活動を見逃している。これがテイク。
「で、何なのよ。その調べ物って」
「何。人探しをしてもらいたいだけだ。この少女のな」
「またヌー・・・おや、珍しい。雅艶・・・先輩が見せる人物絵がヌード絵じゃ無いのは」
「・・・たまたまだ」
それは、少女の似顔絵であった。似顔絵といっても雅艶程の描き手ならば、それは写真に迫る程の代物だ。
「『書庫』を使って、この少女の身元を調べて欲しいんだ。できれば今日中に」
「・・・救済委員として必要なこと?」
「ああ。必要なことだ」
「・・・わかったわ。何とか放課後までには調べ上げておくわ」
「すまない」
そうして、雅艶と吊橋は一緒に登校していく。実は、雅艶は昨日の会合で、春咲の態度に不信感を抱いていた。
それは・・・春咲躯園が現れて以降、茫然自失状態であった春咲に対するもの。彼の『多角透視』ならば、ガスマスクをしていようとその人物の顔はお見通しである。
そして、あの時春咲の顔に浮かんでいた表情は・・・驚愕と蒼白。
「(さて、どうなるか。そして・・・『シンボル』のあの男がどう動くのか・・・楽しみだ)」
始まるのは、絶望へのカウントダウン。春咲桜が自ら望んで踏み入った領域は・・・彼女に鋭い牙と爪を向けようとしていた。
continue!!
最終更新:2012年05月13日 01:13