「あ~、体が痛ぇ・・・」
「・・・派手にやられたそうだな。ここまでの負けっぷりは久し振りじゃないか?」
「そうだな・・・久し振りだ」
ここは、成瀬台の屋上。短縮授業を終えた界刺と不動が昼食を取っていた。
今日の屋上は何時も以上に風が騒がしい。昼食を取るのにも一苦労だ。
「天敵現るか・・・。大丈夫なのか?これからの活動は」
「・・・一応考えてる。ただ、根本的な解決にはならないけど」
不動は界刺から昨日の会合で起きたことを聞いていた。今の話題は界刺の天敵と言ってもいい雅艶対策についてである。
「ほう。その心は?」
「漫才じゃねぇっつーの。・・・奴には俺の『光学装飾』が効かない。それはわかってるよな?」
「ああ」
「なら、それでいい。あの野郎には効かないんだ。それを逆手に取るんだ」
「・・・・・・成程。そういうわけか。確かに根本的な解決にはならないが・・・試す価値はあるな」
「だろ?」
「・・・さすがに己の能力の弱点や限界を把握しているな。その当りの発想転換は称賛に値するぞ、得世」
「褒めても何も出ねーぞ」
会話を交わしながらも飯を口に運ぶ手は止まらない。そして、昼食タイムが終わる。
「さて。行くとしますか」
「?どこにだ?」
「『恵みの大地』。バカ形製と涙簾ちゃんも来る」
「・・・何のために」
「“保険”を掛けてもらうためさ」
「!!得世・・・お前」
「大丈夫だって。心配すんな。んふっ。アホ形製と同じリアクションだぞ、それ」
“保険”。それが意味することを知っている不動は驚愕するが、界刺はあくまで飄々としている。
「・・・・・・全く。普段の『
シンボル』の活動でもそれくらい真剣にやって欲しいものだ」
「それは仕方無ぇよ。俺にとっては“ついで”みたいなもんだし」
そうして、界刺は立ち上がる。
「
春咲桜という少女・・・お前はどう対処するつもりだ?」
「うん?」
「もし・・・もしだ。その少女の身元がバレれば・・・風紀委員でもある彼女に何が起きるか。それがわからないお前じゃあるまい。彼女の身内がいるとすれば尚のこと」
不動は懸念する。もし、春咲の身元がバレるような事態になれば、裏切り者というレッテルは免れない。他の救済委員も黙ってはいまい。
しかも、彼女の身内が救済委員に属しているとなると・・・事態は更にまずい方向に行きかねない。
「・・・俺がどういう人間か、真刺はわかってるよね?」
「・・・やはり、“今”は動くつもりはないと?彼女がどうなっても?」
「・・・理由は聞くなよ?それがわかってて、お前は俺を『シンボル』に入れたんだろ?」
一瞬、互いの視線が衝突する。この瞬間だけ、屋上に吹いていた風が止む。
「くくく・・・」
「ん?何がおかしいんだ、真刺?」
急に不動が笑い出した。それを怪訝に思う界刺は己が親友に問い質す。
「いや、すまん。何だかな・・・・嬉しくてつい笑ってしまった」
「嬉しい?」
「どうやら、私は勘違いをしていたようだ。お前が『シンボル』の活動に不真面目だという勘違いを」
「・・・それって勘違いか?俺にとっては・・・」
「お前自身が自覚しているか、自覚していないのかは私にはわからない。だが、お前こそ『シンボル』の信念に基づいて行動していると私は考える。
『高位能力者が責任と自覚を持って学園都市内の人間を守る手本となる』という信念に基づいてな」
「・・・」
『高位能力者が責任と自覚を持って学園都市内の人間を守る手本となる』。それが、『シンボル』の信念であり、不動が掲げたスローガンである。
不動は今更になって理解した。目の前の親友が、親友こそが最もこの信念に基づいて動いていたことを。
「ならば、私もうかうかしていられないな。己の鍛錬に勤しむとしよう。心身共にな」
「話を勝手に進めるな!」
「得世よ」
「何だ!?」
「もし、私達の力が必要な時は何時でも声を掛けろ!『シンボル』の一員として、
不動真刺として、力を貸そう!!」
「・・・ああ。精々期待しとくぜ!」
そうして界刺は屋上から出て行った。どの後姿が消えるまで不動は見続けていた。
「すみません・・・破輩先輩」
「いや。気にするな、春咲。調子が悪いのなら仕方無い。最近は激務の連続だったしな」
「春咲先輩・・・ぶっちゃけ1人で帰るってのはヤバくないっすか?何なら俺が・・・」
「鉄枷・・・。下心が丸見えですよ」
「うるせぇ!!佐野、お前の嫌味はどうでもいいんだよ!俺はただ春咲先輩が・・・」
「痛っ・・・!!」
「おい、大丈夫か、春咲。やはり、私達の誰かが付いて行こうか?・・・鉄枷は除いて」
「破輩先輩!!それ、酷いっすよぉぉ!」
「だ、大丈夫です。今・・・皆の負担を増やしたくないんです。私達に課せられたものは重い。そうですよね、破輩先輩?」
「・・・」
ここは
風輪学園にある風紀委員159支部。現在居るのは破輩、春咲、鉄枷、一厘の4名。ちなみに、風輪学園も夏休みが近いこともあり、短縮授業に突入していた。
そんな中、支部員の1人である春咲桜が調子の悪さを訴えて、早退を申し出たのである。
「春咲先輩・・・。本当に大丈夫なんですか?無理しないで、私達にできることがあれば・・・」
「・・・大丈夫だって、リンリン。ちょっと頭が痛いだけだから」
一厘の心配の声もやんわりと拒絶する春咲。早退の理由として、春咲は頭の痛みを理由にしていた。
「(でも・・・。頭が痛いというのは嘘じゃ無いんだろうけど、あの挙動は・・・)」
一厘が気にしていたもの。それは、春咲の挙動であった。不自然な動きは、まるで体のどこかを痛めているかのように映る。
「(確か昨日は春咲先輩は大丈夫だったってあの人は言っていた。・・・ということは、やっぱりお姉さんが救済委員だったことがショックだったのかな?)」
界刺の報告では、昨日までの段階では少なくとも春咲に身体的な傷か何かは発生していないと聞いていた。
故に、考えられる可能性としては春咲の姉・・・
春咲躯園の存在であった。
「そ、それじゃあ、今日は失礼します。残している仕事は、体調が戻ったらやるので・・・」
「そんなことは気にするな。まずは静養しろ。私達のことは心配するな。何とかする。今は自分の体を心配しろ」
「破輩先輩・・・ありがとうございます」
「春咲先輩・・・」
「鉄枷君。大丈夫だって。また・・・戻ってくるから。それまで、私の分まで頑張って」
「・・・わ、わかってますって!!こうなったら、先輩の分までバリバリ仕事をこなしてみせますよ!!」
「よし、その心意気買った!!それじゃあ、まずは春咲の残した事務作業の半分を鉄枷に回してっと・・・」
「ブッ!!は、半分っすか!?そ、そこは公平に皆で分けて・・・」
「おや?さっきの威勢のいい言葉はどうした。あれは嘘だったのか?」
「い、いや、それはっすね・・・」
「クスクス」
「ハハッ」
破輩と鉄枷の会話が支部内に響き渡る。その光景に思わず笑う春咲と一厘。
「一厘さん。悪いけど・・・」
「大丈夫ですって!私が春咲先輩の分まで頑張って仕事をこなしますから!春咲先輩はまず、体を治すことだけ考えて下さい!」
「・・・ありがとう」
一厘の答えに春咲は少し微笑んで礼を言う。その表情が・・・儚げで・・・一厘は思わず瞠目する。
「じゃあ、お先に失礼します」
そうして、春咲は支部を後にした。その後姿を見ていた一厘は思う。本当に春咲を1人で帰らせてよかったのか?今更ながらではあるが。
「(あの人への報告は・・・もう少し様子を見てからにしよう。あの様子だと、救済委員の活動もできないだろうし。
それに、学校に通っている以上、どこかで春咲先輩と会える機会は幾らでもある)」
一厘は界刺への報告を―勝手に―取りやめる。別に報告しろという指示は受けていない。
「(そもそも、本当に昨日は何もなかったのかしら?今日の春咲先輩の様子はただ事じゃなかった。昨日支部で会った時はあんな感じじゃ無かった。
もしかしなくても、あの人の見落としっていう可能性もある。・・・全く、あんな深夜に電話してくる余裕があるなら、もっと春咲先輩のことを気に掛けて欲しいわ)」
一厘の心に湧き上がって来るのは・・・界刺に対する小さな怒り。心の中で芽生える・・・それは小さな嫉妬。
「(やっぱり、私が一緒に付いて帰った方がよかったかも。私だったら・・・私ならあの人より春咲先輩のことを気遣ってあげられる。
もっと注意して接してあげられる。あの人よりも・・・もっと)」
「こら!一厘!」
「は、はい!」
「何をボーっとしている。仕事は山積みなんだぞ!さっさと取り掛かれ!!」
「わ、わかりました!」
破輩の叱責を受けて我に返った一厘は、早速自分の仕事に取り掛かる。だが、その仕事中においても、心に抱いたわだかまりは決して晴れることは無かった。
春咲は風輪学園の校門を出る。昨夜
春咲林檎に切り刻まれた体は、どこもかしこも鋭い痛みを発していた。もちろん、頭痛も酷い。
だが、春咲は足を動かす。行き先は・・・救済委員の溜まり場。それは、帰巣本能とでも言うべきか。
春咲にとって、穏健派の皆と一緒に居るあの場所は、春咲が心底落ち着ける場所になっていた。
「さ~て、これからスリル満載のドキドキ探偵ドラマ、“名探偵りんごちゃん”のはじまり、はじまり~」
その春咲の後姿を確認し、尾行する影があった。それは・・・金髪で髪をツインテールにした少女―春咲林檎―であった。
ここは、喫茶店『恵みの大地』。知る人ぞ知るオアシス的な雰囲気を醸し出すこの店の前に、常盤台の制服を着た金髪の女の子が立っていた。
「早く来過ぎた・・・」
その少女―
形製流麗―は、手元の時計を確認しながら呟く。
「さて・・・」
「あら?誰が店の前に立っているかと思ったら、形製じゃない。店の中に入らないの?」
そんな彼女に店の中から声が掛かる。開けっ放しの扉から出てきたのは、『恵みの大地』の店主―
大地芽功美―であった。
「芽功美さん。ご無沙汰してます」
「うん、久し振り」
「店の中にはもう少ししたら入りますよ。ちょっと待ち合わせをしていまして」
「待ち合わせ?・・・もしかして、以前少しした騒ぎになった、あのキラキラボーヤとかい?」
「・・・ええ」
大地は呟きながらあの時の光景を思い出す。休日だったあの日は、『恵みの大地』も学生達で賑わっていた。
そんな時に突如入店してきたのが、上半身が灰色のスーツ、下半身が赤の半ズボンで下駄履き、おまけに緑の腹巻をした無駄にキラキラした碧髪の男だった。
もちろん、そんな格好をした男を店内にいた客は全員笑った。笑いこけた。店主である大地も同様に。
そして、その男が座っていた机に現れた少女が形製だった。もちろん、彼女も男の姿を見て笑ったため、店内にまた笑い声が響き渡った。
あの時の光景は今でもよく思い出せる。
「それにしても、あのボーヤが形製の友達だったとはねぇ」
「・・・友達なんかじゃありません」
「それじゃあ・・・コレかい?」
「!!ち、違います!!ただの腐れ縁です!!」
「ふ~ん。ムキになって否定するトコが怪しいねぇ。それに、形製のそんな反応、あたしは初めて見たよ」
「・・・もう!いいです!」
「あら、スネちゃった」
大地のからかいにへそを曲げる形製。大地もやり過ぎたと少し反省する。
「はいはい。悪かったよ。だから機嫌を直して・・・っと、噂をすれば。形製、お目当てのキラキラボーヤが来たよ。後ろ、後ろ」
「えっ!」
大地の言葉を受けて、形製は後ろを振り向く。その視線の先には・・・
「あ、待たせちゃったか。スマンな」
「流麗・・・待った?」
界刺と水楯の姿があった。2人共、制服を着たままということは学校帰りということだろう。
「・・・・・・」
「ん?どうした、バカ形製?ボーっとしちゃって。早く店へ入ろうぜ。俺、喉がカラッカラで」
「・・・なんで水楯さんがここに?」
形製はここに水楯がいることに疑問を抱く。確か昨夜の電話では、界刺1人だけが来るという話だった筈。
「いやね。ついでっていうか、涙簾ちゃんにも“アレ”を掛けてもらおうかなと思って。だから一緒に。そういえば連絡するのを忘れて・・・」
「・・・もういい!!さっさと店へ入りましょう!!水楯さんも!!」
「流麗・・・?」
界刺の言葉を遮るかのように大声を出して、勝手に店内に入っていく形製。その姿に疑問符を浮かべる界刺。
「な~に怒ってんだ、あいつ。そりゃあ、涙簾ちゃんのことを言ってなかったのは悪いけど・・・あそこまで怒ることは・・・」
「あんたが悪いよ、今回は」
「うん?」
思考の渦に入りかけた界刺を止めたのは『恵みの大地』の店主こと大地その人。界刺はいきなり話し掛けてきた女性に怪訝な顔を向ける。
「全く、女心ってヤツをわかってないね、キラキラボーヤ。それじゃあ女にはモテないわ、うん」
「へっ?な、何いきなりぶっちゃけてんの?何を根拠にそんな・・・」
「前の時も変わった奴だと思ってたけど・・・これは筋金入りかもね、うん」
戸惑う界刺を余所に1人納得する大地は、店内に戻って行く。それを見ながら界刺は同行者で女性の水楯に質問する。
「なぁ、涙簾ちゃん。俺って何かした?」
「・・・私からは・・・何も言えません」
「えっ、ちょ、ちょっと!!涙簾ちゃん!?」
水楯の返答は、やんわりとした回答拒否であった。そして、彼女も界刺を無視して店の中に入っていく。
「???な、何でこんなことになってんの?何か悪いことしたか、俺!?」
1人取り残される界刺は、疑問符を沢山浮かべながら店へ入っていく。この男は、色んな意味で常人とは変わっているのである。
「あー、やっと戻って来た!芽功美さん、どこ行ってたの?」
「晴ちゃん!!店の中で大声出さないの!!他の人の迷惑でしょ!?」
「希雨の方が大きくなかと?」
「金束さん!銀鈴さん!落ち着いて下さいです!」
「ちょっと、青春のあま~い蜜ってヤツを拝んできただけだ。あたしも負けてられないねぇ!まだまだ青春真っ盛り、うん!!」
「「「「えええぇぇぇ!!!」」」」
店内は中々に賑わっているようだった。今もカウンター席には常盤台の制服を着た女の子達が店主とワイワイ話している。
騒がしくも賑やかで楽しい・・・それが『恵みの大地』の日常である。
「・・・・・・」
「おい、形製。いい加減機嫌を直せって。大したことじゃねぇだろ。事前に言うのを忘れてただけなんだし」
「流麗・・・ごめんね。お邪魔だった?」
「い、いえ。水楯さんは何も悪くないですよ。一番悪いのはバカ界刺ですから」
「・・・はぁ。ったく、幼稚園児クラスだな、そのスネ虫加減は」
「なっ・・・!!」
「一度スネたら本当にメンドくさい。お前の悪い癖だぜ、それ。いい加減直せよ」
「う、うるさいわね!人の勝手でしょう!!」
そんな中で剣呑とした空気を醸し出しているテーブルが1つ。もちろん、それは界刺達である。
その原因は、さっきからへそを曲げた形製の機嫌が直らないことが起因している。この悪癖は形製自身も自覚はしている。
しかし、こういう時はどうしてもその悪癖が顔を出してしまうのである。
「こちとら遊びで来てるわけじゃ無ぇっつーのに。いい加減にしろよ」
「!!・・・そ、そんなこと言うなら、最初からあたしを呼ばなければいいでしょ!そうすれば、君だって不快な思いをせずに済むんだし!」
「・・・お前」
「全く!冗談じゃない!あたしは界刺の小間使いじゃ無い!そんな都合のいい女じゃ無い!あたしは・・・あたしは・・・」
「流麗・・・落ち着いて」
「ねぇ、ねぇ。あれって・・・あれって・・・修羅場ってヤツかー!」
「晴ちゃん。大声を出さないの」
「むむっ?あれは・・・形製先輩じゃなかと?」
「あ、ホントですね。そういえば、あの男の方。前にどこかで・・・」
界刺の言葉に益々へそを曲げる形製をなだめようと水楯が声を掛けるが、一向に改善しない。
界刺達のテーブルから聞こえてくる怒声に周囲もざわつき始めた。このままでは、本当に喧嘩別れ、物別れになってしまう。そんな時、
「は~い。当店で今オススメのロシアンルーレットならぬ“ロシアンパンルーレット”だよ~」
「「「!!」」」
『恵みの大地』の店主である大地自らが、皿にアンパンを持って界刺達の居るテーブルへやって来た。
その体からは、えも言われぬ威圧感が滲み出ていた。
「な、何だよ、いきなり!?」
「何でもいいでしょ?それより、これを食べてみるんだ。味は保証するよ。今はお昼のタイムサービスだから無料さね」
「い、いや。俺はもう昼飯を食べて・・・」
「い・い・か・ら!3人で食べるんだよ!!それじゃ」
「(ビクビク!!!)。は、はいいぃぃ!!」
大地から滲み出す威圧感に押され、つい返事をしてしまう界刺。仕方無く大地がそれぞれに配ったアンパンに目を向ける。
「おっ!これは・・・」
「・・・香ばしい匂い」
「・・・・・・」
三者三様の反応だが、いずれも目の前にある焼き立てのアンパンに良い印象を持った。さすがに大地がオススメと言うだけあって、極上の仕上がりになっているようだ。
「・・・し、仕方無ぇなあ。あんだけオススメされちゃあ食べないわけにはいかねえだろ。無料みたいだしな。な、涙簾ちゃん?」
「ええ。そうですね。流麗も、ホラ」
「・・・うん」
水楯に促され形製もアンパンを手に取る。パンから漂ってくる香ばしい香りが形製の鼻腔をくすぐる。
グ~!
「!!」
「・・・おい、形製。今の音は何だ?」
「えっ、いやっ、そのっ!い、今のは・・・」
「流麗のお腹の音・・・ね?」
「///。・・・・・・はい」
「もしかして・・・昼飯まだだったのか、形製?」
「・・・・・・」
形製は恥ずかしいのか、界刺の言葉に答えないまま俯いている。だが、その態度が答えのようなものである。
実は、形製は短縮授業が終わってすぐに『恵みの大地』に向かったのである。当然、昼食は取らずに。理由は・・・言わずもがな。
「・・・形製」
「・・・何?」
界刺は形製に向かい合う。形製は俯いていた顔を上げ、界刺と視線を合わせる。
「すまなかった。お前の気持ちを軽視し過ぎていた。確かにお前は俺の小間使いでも何でも無い。気軽に頼み過ぎていたな。本当に悪かった」
界刺は頭を下げる。形製を知らず知らずの内に―仲間であることに甘えて―ぞんざいに扱ってしまっていたことへの謝罪。
「・・・・・・やっと気が付いてくれたんだ。ホント遅いよね、バカ界刺は」
「・・・今回は俺が悪い。何も言い返せねぇよ」
頭を下げている界刺には形製がどんな顔をしているのかはわからない。だが、今回の件は界刺に非があることは間違いなかった。
「・・・全く。こんな店でとんだ恥晒しもいいトコだ。その点についてもうちょっと考えてよね、アホ界刺」
「・・・・・・もう、そろそろ小言はいいんじゃねぇか?こうやって、頭を下げ・・・」
だが、さすがに我慢の限界というものはある。収まらない形製の小言に文句の1つでも言ってやろうと頭を上げようとする界刺。
ゴン!
「!!?」
「ゴメン。あたしの方こそ・・・意固地になり過ぎていた」
界刺の額にぶつかっているのは・・・形製の額。形製は前に乗り出して、界刺の額に自分の額をぶつけたのである。
周囲からは好奇の視線が向けられる(一部では女子生徒がキャーキャー騒いでいた)が、形製はあえて無視する。自分の言葉を目の前の男に伝えるために。
「界刺の言う通り、あたしは幼稚園児みたいにスネてた。聞き分けがなってなかった。へそを曲げていた。・・・界刺達に迷惑を掛けちゃった」
「・・・」
「さっきの店の前のことも、あれは水楯さんのことを教えてくれなかったことに怒っていたんじゃない。
あたしがこんなに真剣なのに・・・界刺は何時もの飄々とした態度だった。その差が・・・嫌だった」
極度に顔と顔とが近い状態で、形製は謝罪の言葉を重ねる。
「『シンボル』のメンバー失格だね、あたし。界刺は・・・界刺達が必死に頑張っているのに、あたしは・・・それを妬んじゃった」
それは、形製という少女が抱える思い。感情。願い。
「あたしは・・・こうやって裏方に回っているけど。それが、不満みたい。いや、不満なの。あたしだけ安全地帯にいる。あたしだけが・・・界刺達と一緒に戦えない」
「・・・そんなことねぇだろ。現に、こうやってお前に頼んでいるじゃねぇか」
「・・・あたしにとっては、それは一緒に戦っているって言わないの。不動さんや、水楯さんや、仮屋さんや・・・・・・界刺と一緒に戦っていることにはならないの」
前髪で周りからはよく見えないだろうが、界刺にははっきり見えた。形製の瞳に涙が浮かんでいるのを。
「昨日の晩・・・界刺の電話を聞いて、改めて痛感した。あたしは、何をしているんだろうって。あたしは、何のために『シンボル』にいるんだろうって」
「・・・」
「初めはね。君が自分のファッションを広めるって聞いて、そんなことさせるかーって思って入った。ただ・・・それだけだった」
形製は今でもあの時のことを鮮明に記憶している。自分には理解できないファッションセンスを見せ付ける男の姿を。
「でもね。一緒に活動していく中で・・・あたしの気持ちは変わっていった。もっと皆の役に立ちたいって。もっと自分にできることはないかって。
もう・・・“最低限”なんかじゃあ満足できないよ・・・!!待ってるだけは・・・もう嫌だよ・・・!!」
形製は運動が苦手ということもあり、『シンボル』内では隠れメンバーとして扱われた。
最初は形製も参謀という役割に、隠れメンバーとして裏方に回る己の役割に満足していた。でも、それは段々と・・・不足に変わっていった。
「ねぇ。界刺。君の口から教えてくれないかな。あたしって界刺達に付いていけてる?あたしって役に立っている?あたしって・・・あたしって・・・足手まとい?」
形製の瞳が発せられた視線が界刺の瞳を射抜く。そして十数秒後・・・形製の言葉を受けて界刺は言葉を放った。
continue!!
最終更新:2012年05月28日 01:00