ターミナル出入り口から中央方向へ戻り、“花盛の宙姫”によってあちこちのコンテナが凹み、ひび割れ、崩れているその場所を春咲と躯園は戦場とした。

「(“静止”・・・。“静止”してくれないと、発動できない・・・!!)」

“静止”というキーワードが意味するもの。春咲桜の能力『劣化転送』に隠された秘密とは。
『劣化転送<インポート>』。レベル2の空間移動系能力。視界に収まる範囲にあるものを自分の手元にしか転送できず、
また手元にあるものを視界に収まる範囲にしか転送できない。複数の物体の空間移動不可。
限界距離32.7m、限界重量が30kgジャストという距離・重量に至る課題もあるが、最大の課題はその精度にある。

「ほらぁ、お得意の『劣化転送』でこの拳銃を私から取り上げてみなさいよぉ。まっ、こうやって“動いて”ちゃあ無理でしょうけど」

『劣化転送』における精度。つまり、“どういう状態”にある対象物を、“何処”へ空間移動させ得るのか。
春咲の場合、“どういう状態”“何処”共に“静止”していなければ空間移動を行使できないという大きな弱点があった。具体的な例を示そう。
『劣化転送』では、『手に握り込んで“静止”させている小石を限界距離範囲内にある“動かない”壁や“動いていない”人間へ向けて空間移動』を行使できる。引き寄せる時も同様に。
逆に、『他人が拳銃を持っている手を“動かしている”場合、それを空間移動によって引き寄せる』のは不可である。
『手に握り込んで“静止”させている小石を限界距離範囲内に居る“動いている”人間へ向けて空間移動』を行使することも不可。
より厳密に言うならば、手に持つ物体を空間移動させるには自分自身も“静止”しなければならない点が戦場という場所では致命的なのだ。

「(何とか・・・何とかしないと・・・!!)」

そのために、春咲は“動いている”人間へ『劣化転送』を用いて仕掛ける場合は、わざと対象である人間に突っ込むことで条件反射的に相手を立ち止まらせ、
自分も“静止”した後に『劣化転送』を発動させるという自身にとってもかなり危険な行動を取っていた。
故に、第159支部リーダーである破輩は春咲を後方に置いたのである。春咲が情報管理能力に秀でているというのも大きな理由ではあったが、
最たる理由は『劣化転送』が戦場ではとてもじゃないが使い物にならないことを、破輩自身が見抜いていたからである。
人殺しのためでは無い、犯罪者達を取り押さえるために前面に出る者としては看過できない致命的な弱点を見抜き、
後方に置いていたがために春咲は自身を追い詰めていったとも言えるが。
そして、その弱点をかつて春咲から暴力でもって無理矢理聞き出した躯園は嘲笑と共に・・・


『あなたの能力名が低レベルの分際で物体転移だったら同じ物体転移能力の人に失礼。だからあなたの能力名は今日から劣化転送よぉ?』


と言い放ったのである。






ガタン!!



「(しまっ・・・)」
「そこか・・・!!」

瞬間、意識が遠くなった春咲が、その頭を隠れているコンテナにぶつけてしまったのだ。
それは、致し方の無いこと。もはや・・・思考をすることすらも限界に来ているのだ。
だが、躯園には関係無い。こちらへ全速力で向かって来た。春咲は、何とかその場から離れようとしたが、足がもつれてしまう。

「あっ・・・!!石が・・・!!」

手に持っていた幾つもの小石が、躓いた拍子に零れてしまった。ガスマスクを入れている袋も一緒に。転がる小石。それを拾おうと咄嗟に右腕を伸ばす春咲。



バン!!



「ギャアアアアアアアァァァァッッ!!!!」
「全く・・・。時間を使わせてくれるわね。出来損ないの分際で・・・」

春咲の右手―躯園によって日本刀を突き刺された箇所―を撃ちぬいたのは・・・躯園。
彼女は、『劣化転送』に使用できる小石を全て蹴り飛ばし、春咲の衣服に入っている小石等を全て遠くへ放り投げた。もちろん、春咲の視界に入らない場所へ。
その後、撃ち抜かれた春咲の右手へ足を向ける。そして・・・

「クズの分際でええぇぇ!!!」
「ガアアアアアァァァッッ!!!」

先程撃ち抜いたばかりの右手を思い切り踏み付け、踏み躙る。その激痛に悶え苦しむ春咲の激痛に歪む顔を見て、躯園は満足そうな笑みを浮かべる

「さぁて、私の貴重な時間を盗んでくれた泥棒には・・・もっとキツイ制裁が必要ね」

そう言って、躯園は踏み躙っていた足を春咲の顔面へ叩き込む。

「ガハッ!!」

後方の崩れかけているコンテナへ吹っ飛び、仰向けで倒れる春咲の腹を躯園は踏み付ける。そして、顔に蹴りを叩き込む。
時には両手両足を踏み躙り、時には顔面へ膝蹴りも喰らわす。その繰り返しが続く。

「ハッ・・・。カハッ・・・。ゲホッ・・・」
「ハァ・・・ハァ・・・。フフッ、いい気味ね、桜ぁ」

瞼と頬は腫れ上がり、鼻血が噴出し、歯は何本も折れ、体中が血と傷に塗れ、意識も朦朧としている。春咲は・・・もう立ち上がれない。

「でも、前はこの状態で『劣化転送』を使われたし・・・念には念を入れるべきかしら?」

躯園は余裕であった。今、春咲の手には何も握られていない。『劣化転送』は、手にある物体しか空間移動できない。
倉庫で喰らったような失態は二度と起こさない。躯園は言葉を続ける。

「この拳銃で桜の手首を撃ち抜いて切断ってのもアリっちゃあアリね。でも、そうするとさすがに死んじゃうわよねぇ。死なれると面倒だ・・・」
「移』よ・・・」
「ん?」

躯園の言葉を中断させたのは・・・甚大なダメージによって倒れている春咲の声。

「私の・・・名は・・・送』じ・・・て『物・・・よ・・・』
「桜ぁ。さっきから何ボソボソ言ってるのぉ?そんな声じゃあ、私には届かないわよぉ?全く何処までも手が掛かる愚か者。フフッ!!」

躯園の嘲笑を受けながらも、春咲は声を発することをやめない。今度こそ・・・今度こそ己が姉に届かせるために、その身に残る力の全てを振り絞って言葉を放つ。






「わ、たしの・・・能力・・・名、は・・・『劣化転送』・・・じゃ無く、て・・・『物体転移』・・・だ、よ・・・!!!」
「!!!」

それは、春咲桜という少女が心の奥底に封じていた思い。姉に勝手に変更され、受け入れさせられて、自分でも仕方無いと諦めていた想い。
その重い封印を・・・春咲桜は解く。それは・・・あの男と交わした約束。
この戦いが終わった後に自首することを、あの公園であの男だけに伝えた時に交わされた重い約束(おもい)。


『この戦いで・・・お姉さんとの戦いで、もし自分が挫けそうになった時に言ってごらん。お姉さんに向かって堂々と。耳が痛くなるくらい大きな声で。そうすれば、きっと―』


「『そう・・・戦える』」

あの男―界刺―との約束とは違い、堂々とは言えなかった。大きな声も出せなかった。でも、それでも、春咲桜は言葉として躯園に言った。言うことができた。だから―戦える。

「私は・・・戦える。こんな状態でも・・・手を撃ち抜かれようとも、ボコボコにされても、立ち上がる力が無くても・・・私は・・・戦う。戦える」
「・・・!!」

躯園は、腫れ上がった瞼の隙間から自分を睨み付けて来る春咲の目を見た。
その目に宿る強靭な光(いし)には、些かの衰えも見て取れなかった。そんな光を・・・躯園は畏怖した。

「な・・・何言ってんのよ!?今のアンタはもうボロボロなのよ!?もう立ち上がる力も無いクズに一体何ができるって言うの!?
意識が朦朧とし過ぎて、自分が置かれている状況さえ理解できなくなってるんじゃないの、桜!?」

うろたえる躯園の言葉を、しかし春咲は聞いていない。春咲は、朦朧とする頭で必死になって考える。躯園へ一撃を入れる術を。ひたすら、唯ひたすらに考え続ける。


『行って来い、春咲桜。自分の力を、君のお姉さんに・・・この世界に見せ付けてやれ!!』


「(考えろ・・・考えろ、春咲桜!!こんな・・・こんな無様な結果をあの人に見せるわけにはいかない!!絶対に!!!)」


『レベルなんてどうでもよくね?能力ってのは使う奴次第だし。この能力を生かすも殺すも君次第だろ?君次第でこの能力は化けると思うぜ?』


「(使えるものは・・・『物体転移』に使えるものは・・・何でもいい!何か!!私の能力を活かせる物を!!!)」


『俺って光を操る関係上、周囲の位置取りとかって気にするんだよねぇ』


「(周囲は・・・!!後ろはボロボロのコンテナ!!前には躯園お姉ちゃん!!他に・・・他は・・・!!!)」

春咲は、激痛が走る首を無理矢理左へ向ける。『物体転移』に使える物を見付けるために。それは、今の春咲にできる最大限の努力。そして・・・


『でもさ、世界ってヤツは頑張った奴や意地を見せた奴には、少しは微笑んでくれるぜ?』






「春咲先輩!!!!!」






「!!!」

図らずも、界刺の言葉通りに世界が動き出す。それは、春咲を探してこの戦場を駆け回っていた男―鉄枷―。


『なら、何で鉄枷に謝らなかった?』


コンテナの角から飛び出してきた鉄枷の姿をその目に映した春咲は・・・何故か何時かのバイキングで界刺から指摘されたことを思い出した。

「!!?誰っ!?」
「うわっ!?拳銃!?春咲先輩・・・!!!」

躯園は急に現れた鉄枷に向けて拳銃を向ける。それに驚いた鉄枷が、自身が飛び出て来たコンテナの角に身を隠す。


『君は最初から鉄枷に謝る気が無かったんだよ。 君は鉄枷が自分のために怒ったのは認めても、自分が直接手を汚したことじゃないから、
鉄枷に対して謝罪という選択肢が浮かばなかった。 何故なら、俺を殴ったのは鉄枷の自発的行為だと君が考えているから。いや、そう仕向けたから』


その間にも界刺の言葉を思い出していた春咲は、かつての行いの非を今ようやく認める。そして、認めて・・・考えて・・・“利用する”。
かつての自分が抱いた思いとは別種の思いを胸に抱いて。あの人のように、口八丁手八丁を地で行く界刺得世のように、この状況を“利用”する。すなわち・・・






「鉄枷君!!!」
「はい!!!」

久し振りと感じる程の短い時間―矛盾を承知で―を経て耳にした春咲の掛け声に、躯園が向ける拳銃の恐怖も脇に置いた鉄枷が反応し、コンテナの角からその上半身を出す。
暑さだろう、はだけているワイシャツの内側に彼が何時も持ち歩いている“ソレ”を確認した春咲は、彼を“静止”させるために、大声で謝罪の言葉を叫ぶ。

「ごめんなさい!!!!」
「へっ!!??」

春咲の突然の謝罪に、意味がわからず固まってしまう鉄枷。躯園も、妹が叫んだ意味不明な謝罪に思わず思考停止状態に陥る。
春咲は・・・躊躇わずに『物体転移』による鉄枷の衣服の内側にある“ソレ”、つまり“手錠”を自分の左手に転送する。そして・・・



ガッ!!



「グッ!?」

自分に覆い被さるように立っていた躯園の左脚(向う脛)を、自身の右手で打つ。それは、春咲に残されていた僅かな力。
その全てを込めた一撃による脛の痛みに躯園はバランスを崩し、倒れないように目の前にあるコンテナに手を着く。それは・・・躯園が“静止”した瞬間。

「ッッッ!!!!」

その瞬間に、春咲は『物体転移』を発動する。転送物は、左手に乗っている手錠。転送先は・・・躯園の右手を巻き込んだコンテナ。

「えっ・・・?」

初めは、躯園も理解できなかった。自分の身に何が起きたのか。だが、1秒、2秒・・・と時間が経つ中で、それは認識される。
自分の右手の中心が2つある手錠の輪の1つによって貫通し、その輪の根元ともう一方の輪が目の前にある崩れかけのコンテナに埋まっている光景を。

「あ・・・ああ・・・ああああああああぁぁぁぁっっっ!!!!!」

躯園は、己の惨状に狼狽し、混乱する。そして、傷口から発生する赤黒い煙。『毒物管理』によって体内に蓄えられていた毒素が体外へ出て来たのだ。

「鉄枷君!!躯園お姉ちゃんを早く気絶させて!!!後、対外傷キットを!!!」
「えっ!?はっ、はい!!!!」

春咲は、すぐに鉄枷に言葉を掛ける。躯園は次第に顔色が悪くなって行った。
このままでは、躯園自身が『毒物管理』を維持できなくなって、最悪自身の体にも命の危機を迎えてしまう。
逆に、気絶なり何なりさせて意識を奪ってしまえば、混乱状態に陥って維持が困難な『毒物管理』も何とか正常に戻る。
そう、春咲は考えていた。そして、その読みは当っていた。
鉄枷が速やかに躯園を気絶させた後は、躯園の顔色も少しずつ良くなって行った。
それを確認した後に、『物体転移』によって躯園の右手を貫通している手錠を移動させた。
そして、赤黒い煙の発生源となっている右手に鉄枷がガスマスクを被りながら対外傷キットにある薬剤を貫いている手錠ごとぶっ掛けた。
その結果・・・何とか毒素を多分に含んだ煙を封じ込めることに成功したのである。






「春咲先輩・・・ホントに大丈夫っすか?」
「大丈夫・・・じゃ無いけど、ここでいいよ」

躯園をその場に寝かせ、春咲は鉄枷に担がれて少し離れた場所に腰を落とした。鉄枷も、春咲の隣に座る。
ちなみに、鉄枷が持っていた止血等に使う薬剤は、躯園への処置の際に全て使ってしまっていたために、春咲が負った多くの傷に対する処置はできていない。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

春咲と鉄枷は沈黙する。周囲から轟音が聞こえる中、この場にだけ束の間の静寂が訪れる。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

沈黙する、してしまう理由は互いの胸の内にあるのだろう。喋らず、目も合わせず、時間だけが過ぎて行く。

「・・・て、鉄枷く・・・」
「何も言わないで下さい!!!」
「!?」

その沈黙を破ろうと自ら口を開こうとした春咲を制するかのように、鉄枷が大声を挙げる。

「俺は・・・俺には、ぶっちゃけ春咲先輩に合わせる顔が無いんです!!春咲先輩が抱えていたモノを、春咲先輩が俺達に抱いていた思いを何一つわかってあげられなかった!!」
「・・・鉄枷、君」
「俺は・・・ただ、春咲先輩に一目会いたかった!!!それだけだった!!!本当は、春咲先輩に伝えたいことが山程あったのに。今はもう・・・それだけしか無いっす!!」

何時の間にか鉄枷は泣いていた。その涙の意味は、春咲が無事だったからか、春咲に会えたからか、春咲の思いに気付けなかった自分に対する不甲斐無さか。
それは、鉄枷本人にもわからなかった。

「・・・鉄枷君。これは、私の独り言。だから、聞かなくてもいいよ」
「えっ・・・?」

春咲は呟く。誰に向けたものでも無い、唯の独り言を。鉄枷の耳に届くように。

「私は・・・159支部の皆が煩わしかった。それは・・・多分本当だったと思う」
「・・・!!!」
「『大丈夫だよ』とか『レベルなんて関係無い』とか・・・何でこの人達はそんな無責任なことが言えるんだろうってずっと思ってた。
レベルの高い人にレベルの低い人間の気持ちなんてわかるわけが無い。そう、考えていた。
だから・・・救済委員(ここ)に来たの。自分の力を、1人でできるってことを証明するために」

救済委員になってから、否、なる前から159支部の人間に一度も明かしたことが無かった本当の思いを、独り言に乗せる春咲。

「でも・・・私は救済委員(ここ)に来るまで自分の力を、能力を、何一つ真剣に考えたことが無かった。
周囲の環境に僻んで、自分の才能を恨んでばかりで、どうやったら自分の能力を活かせるのか、自分の力で一体何ができるのかとか・・・全然考えていなかった」

救済委員になってからも、最初は自分にできることをサッパリ把握していなくて、それで穏健派の皆に迷惑を掛けてしまった。

「レベルなんて関係無い。自分にできることを理解していない人間が、何をしてもうまくいくわけが無い。それを・・・救済委員(ここ)で何度も思い知らされた。
挙句の果てに、自分の姉が救済委員(ここ)にいて・・・。風紀委員を続けたままの私は『裏切り者』として姉達に制裁を、過剰な暴力の嵐をこの身に刻み付けられた。
殴られ、蹴られ、突き刺され、切り刻まれ、焼き印を押し付けられ、記憶すら断ち切られて・・・。あの人なら自業自得って言うんだろうな」
「・・・・・・!!!」

己が敬愛する先輩の身に降り掛かった惨状に鉄枷が絶句しているのにも気付きながらも、独り言を止めない春咲。
失敗に次ぐ失敗ばかり。何をやってもうまく行かない。姉達を含めた救済委員から地獄(せいさい)すら与えられた。そんな自分を・・・ずっと見ていた人が居た。

「そんな、馬鹿で、愚かで、自分のことすら碌にわからなかった私を・・・すっと見ていてくれた人がいたの」
「・・・・・・ぶっちゃけあの“変人”っすか?」
「そう。その“変人”。あっ、しまった・・・。今のは独り言だからね」
「わ、わかってますって!」

あの人のようにはいかないなあと内心思う春咲は、ゴホンと咳払いした後に独り言を再開する。

「あの人は、私をずっと見てくれていた。情けない所も恥ずかしい所も全部ひっくるめて。普通なら途中で放り捨ててもおかしくないのに、あの人は絶対に放り出さなかった。
見ていたって言っても、しょっちゅう嫌味言ったり、からかったりで私の気持ちを逆撫でするようなことばっかりだったけど。
それでも、あの人は私を、私自身を見てくれた。私の言葉を聞いてくれた。私の全てを・・・あの人はあの人なりの考えで認めてくれたの」

胡散臭い笑みを浮かべる碧髪の男を、春咲は脳裏に思い出す。

「嬉しかった。すっごく嬉しかった。私が今まで生きて来た17年間の中で、一番嬉しかった。人に認められるってことがこんなに嬉しいことだったなんて・・・知らなかった。
だから、頑張れた。こんな体になっても、こんな目にあっても諦めるなんて選択肢は出て来なかった。
あの人だけじゃ無い。私のために命を懸けてくれる人達が居る。その人達の思いに・・・私は応えたかった。もうそこには・・・レベルの高低で悩んでいた私は居なかった」

穏健派の皆や同僚の一厘、『シンボル』の人達が、自分のために立ち上がってくれた。それは・・・その光景を春咲は一生忘れない。

「だから、私の方こそ鉄枷君に・・・159支部の皆に謝らないといけないの。
私の身勝手な考えや行動で皆を振り回してしまったことを。私の独り善がりな思いで皆を妬んでしまったことを。皆の信頼を裏切ってしまったことを」
「そ、そんなこと・・・!!俺、俺達だって!!!」

春咲の謝罪に、鉄枷は狼狽する。
本当に謝れなければならないのは、春咲の苦しみや痛みに気付かず、あまつさえ無意識的とは言えその苦しみや痛みを与える側となっていた自分達の方だと鉄枷は考えていた。
そんな鉄枷の様子に心を痛めながら、しかし春咲はけじめをつけるために更に踏み込む。それは・・・

「だから・・・捕まえて、鉄枷君」
「へっ・・・・・・!?だ、誰を・・・!!?」
「風紀委員でありながら救済委員になった私を。元々けじめをつけた後に自首するつもりだったんだけど。鉄枷君に捕まるなら、それもいいか」
「なっ、ちょ、ちょ・・・!!へっ!?」

鉄枷は混乱の極みにあった。敬愛する先輩の自首。敬愛する先輩の手に手錠を掛けるのは・・・自分?何だ、これは?何がどうなって、こんな現実になっている?

「鉄枷君・・・。お願いだから・・・私を・・・」
「へっ!?はっ!?な、なな、何で春、春咲せ、先輩、を、おおお、俺・・・がた、たた、たい、逮捕し、ししししなきゃ、い、いいいけない、んんだだだ!!?」

もはや、鉄枷には正常な思考ができなかった。春咲を思うが故に。そんな鉄枷に嘆願する春咲の視界に・・・それは映った。






パシュン!!






「じ・・・自首・・・?そ、そんなこと・・・させないって言ったでしょう・・・桜・・・!!!」
「!?躯園お姉ちゃん!!?」

突如戦場を覆っていた光源が消滅したと同時に動き出した者。何時から気付いていたのか、鉄枷によって気絶させられその場で寝かされていた躯園が体を起こそうとしていた。
その目は血走り、表情には春咲に敗北したことに対する屈辱と怒りが満ち満ちていた。

「まだ・・・まだ負けていないわよ、桜ぁ。私が・・・この私が、アンタみたいな出来損ないのクズに・・・」

鉄枷は未だ混乱から脱しておらず、躯園が意識を回復したことにも気付いていない。春咲は、何とか動こうとするも激痛から仰向けに倒れてしまう。
一方崩れかかったコンテナに手を掛け、何とか立ち上がった躯園は左腕を自分の体の前に持って来る。そして・・・

「負けるわけ無いでしょうがあああああぁぁぁぁっっっ!!!!!」

爆発させた負の感情のまま左腕を後方のコンテナに叩き付ける。
その衝撃と音が、先程まで轟音で騒がしかったのに、何時の間にか不気味な程に静まり返っている戦場に響き渡る。



ガタン!!



「躯園お姉ちゃん!!危ない!!!」
「えっ・・・?」

それは、崩れかかっていたコンテナに詰められていた金属性の大きな箱。重量が数十キロあるそれが、躯園が左腕を叩き込んだ衝撃でもって、今まさに落下しそうになっていた。
数十キロもの箱がもし落下する場合、その落下先に居るのは・・・躯園。
春咲が放った警告の意味に、躯園は気が付いていない。箱を留めていた枷は、もう箱の重量に耐え切れない。
数秒も待たずに箱は、躯園の頭上へ落下する。そう判断した春咲は・・・1つの決断を下す。






ガン!!!






「さ・・・桜・・・?」
「・・・春咲先輩?」

躯園が目に映し、混乱の渦中にありながらも何かがぶつかった音に反応した鉄枷が視線を向けた先にあったのは・・・
『物体移動』により躯園に落下しそうになっていた箱を、倒れた拍子に自分の顔面近くにあった左手へ咄嗟に転送させ、
しかしながらその手で数十キロ(正確には25キロ程度)もある金属製の大きな箱を受け止められる筈も無く、その重量をまともに頭に喰らって血を流す・・・春咲。

「なっ・・・。!!!」
「は・・・春咲先輩!!春咲先輩!!!」

その直後、自身の左手に後方のコンテナから色んな箱が堰を切ったように落ちて来た躯園は、
それを急いで避けるのと同時に落ちて来た箱と春咲の頭に落ちた箱が同種であることに気付く。
そして、大声で先輩の名を呼ぶ鉄枷の姿を、昏倒したかのように目を瞑って倒れている春咲を見て・・・躯園は歩き出す。自分を助けた己の妹の下へ。

「な・・・なん、何で・・・わ、私を助けたりなんか・・・したのよ・・・さ、桜ぁ・・・!?」

春咲に近付いて行く躯園の足取りは重く、そして震えていた。

「春咲先輩!!春咲先輩!!し、しっかりして下さい!!!目を、目を開けて下さいよ!!!」
「あ、あん、あんなに酷い目に合わした私を・・・何で・・・どうして・・・」

もはや悲鳴となっている鉄枷の声すら、今の躯園は届かない。春咲の頭上にまで来た躯園は、新たに血を流している己の妹を見る。

「さ、桜・・・。ど、どうして・・・」
「・・・ちゃんだ・・・ん・・・」
「は、春咲先輩!!!」

鉄枷の大きな声が暗夜に木霊する中、春咲は、自分が助けた姉に向かって声を放つ。

「さ、桜・・・!!」
「だって・・・お姉ちゃんだもん。ど、どんなに酷い目に合わされたって・・・私には1人しか居ない・・・お姉ちゃんなんだもん・・・」
「桜・・・!!!」

春咲は涙を浮かべながらも、意識を失う前に己が姉に言葉を伝える。

「わ、私には・・・お姉ちゃんを切り捨てるなんて・・・無理だよ。お姉ちゃんも・・・林檎ちゃんも・・・私には1人しか居ないお姉ちゃんと妹なんだもん。家族なんだもん。
だから・・・だから・・・勝手に体と頭が動いちゃった。
でも・・・また失敗しちゃった。自分の頭にぶつけちゃった。・・・へへっ、またお姉ちゃんに怒られちゃうね。これじゃあ」
「桜・・・!桜・・・!!桜・・・!!!」
「こ、こんな出来損ないの妹で・・・本当にごめんなさい、躯園お姉ちゃん。
でも、失敗しても・・・頭にぶつけても・・・躯園お姉ちゃんを助けられた。それだけで・・・私は満足してるの・・・。だから・・・だから・・・」
「えぇ。えぇ!!桜!!あ、あなたは・・・私を助けてくれた。それは・・・紛れも無い事実よ!!あなたの・・・力よ!!!桜!!!」

春咲と同じく、躯園の目にも何時しか涙が浮かんでいた。その理由は・・・目の前にある。姉のために命懸けで頑張った妹の意志を・・・躯園は生まれて初めて認めたのだ。

「へへっ・・・躯園お姉ちゃんに褒められるのなんて・・・初めて・・・だ・・・な・・・」
「さ、桜・・・?桜!?桜!!?」
「春咲先輩!!!春咲先輩!!!」

遂に意識を手放した春咲を、必死に呼び掛ける躯園と鉄枷。そこに、上空から猛スピードで飛び込んでくる“人間達”が居た。






「ええーん!!恐かったよぉ!!ええーん!!」
「悪かったって、抵部。何回も謝ってんだがら、少しは泣き止めよ」
「だってぇぇ・・・。グスン・・・」

閨秀と抵部は、暗闇に覆われたターミナルの上空に居た。あの時、落下していく抵部を助けた閨秀は、一先ず抵部の損傷具合を確かめるために戦場から退避していた。
その後、抵部の傷は銃弾が掠った程度ということもあって、早急に処置を済ませ戦場に舞い戻ったのである。

『恐かったら、お前1人だけここに居るか?』
『1人は嫌ー!!そらひめ先輩と一緒がいいー!!』

当初は、掠り傷ながらも傷を負った抵部を安全な場所に退避させた後に閨秀1人だけが戦場に戻る予定だったのだが、
1人になることを恐れた抵部が同行することを執拗に希望したため、こうして一緒に行動している。

「いい加減泣き止めって。ここは戦場だぞ?泣き声に反応する奴等も居るかもしれないぜ?」
「!!(ゴシゴシ)。わ、わかりましたー!!」
「よしっ!それじゃあ・・・」
「さ、桜・・・?桜!?桜!!?」
「春咲先輩!!!春咲先輩!!!」
「ん!?誰の声だ・・・!?春咲・・・春咲!?」
「あー!!もしかしてあのはるさき桜って人ですかねー!!」
「チッ!今は暗ぇからこっからじゃあわかんねぇ。行くぞ、抵部!!」
「りょーかい!!」

閨秀達は、近くから聞こえて来た春咲の名を呼ぶ男女の大きな声のする方向へ急行しようとする。その時!!






ピカー!!!






「なっ!?」
「目がー!!目がー!!!」

閨秀達の眼前に、突如として光源が発生したのである。さっきまで戦場に浮かんでいた物と同様なそれを発生させた男が、閨秀達に向けて声を放つ。

「おーい!!そこの胸がものすごく小さい“宙姫”さ~ん!!!こっちこっち!!!」
「だ、誰の胸がすごく小さいだぁぁ!!?」
「何でそらひめ先輩の胸が小さいことを知ってるのー!?」
「抵部!!テメェ!!」
「・・・やっぱり、女性って胸の大きさを気にするんだなぁ(ボソッ)」
「誰が胸の大きさなんか気にするかー!!」
「ゲッ!!ボソっと喋ったのに・・・。あいつ、胸のことに関しては地獄耳なのか?」
「つーか、テメェは誰だ!?救済委員か!?それとも、春咲桜の関係者か!?あたし等は、今忙しいんだよ!!テメェなんかに構ってる暇は・・・」
「俺~?俺はねぇ・・・」

苛立つ閨秀。今は、春咲桜の確保が先決。そう考えていた閨秀の思考を、碧髪の男が放った次の言葉がひっくり返す。

「『シンボル』のリーダーって言えばわかるかぁ?“花盛の宙姫”さん?」






「春咲先輩!!春咲先輩!!」
「さ、桜!!しっかりして!!」
「・・・とりあえず、春咲さんの体からこれ以上血液が漏れ出ないように『粘水操作』で。あの病院へ着くまでは持つ筈です」
「よし・・・。仮屋。くれぐれも慎重にな」
「わかってる!それじゃあ、行って来る!!」
「・・・・・・・・・フムフム。そういう結末になったのか。一応ターミナルに戻ってからは『光学装飾』を解禁して“見ていた”けど、声とかは聞こえなかったからねぇ。
あのお嬢さんらしいって言えばらしいのかな?」
「得世。お前という奴は・・・。“見ていた”のならば・・・」
「悪ぃな、真刺。俺はこういう性分だ。それに・・・そっちにいけない理由が隣に居るもんで」
「・・・まさか・・・!!」
「うん。そのまさか。ねっ、“宙姫”さん?」
「・・・気安く呼ぶんじゃ無ぇよ。“『シンボル』の詐欺(ペテン)師”」

不動の携帯を通じて春咲とその周囲の事情を大体察した界刺の隣には、“花盛の宙姫”と謳われる閨秀と後輩の抵部が座っていた。
界刺も座っているその場所は、あるコンテナの上。ちなみに、『光学装飾』により不動達の姿は見えなくなっている。
声は聞こえるので、閨秀達はその声を便りにその場に行こうと思えば行けるのだが、その場合は界刺が邪魔をすると事前に公言したために、
実力が未知数な『シンボル』のリーダーを警戒して閨秀達は界刺と行動を共にしていた。
もちろん、危害を及ぼして来るのなら応戦するが、今の所はそんな気は界刺には無いようだった。

「“詐欺師”?何それ?“変人”とか言われたことは結構あるけど、“詐欺師”ってのは初めて聞くんだけど?」
「・・・お前等『シンボル』は、以前に重徳力という男がボスだったスキルアウトを成瀬台の風紀委員が潰すのを手伝っているよな?
その時に捕まった下っ端から聞いたんだよ。『光で斬れるなんてペテンを掛けやがって!!』ってな」
「全然記憶に無いなぁ」
「トボけんじゃ無ぇ!!」
「そ、そらひめ先輩。おちついてー!!」

界刺の態度に、苛立ちを隠せない閨秀。そして、それを宥める抵部の姿を見て、ガクッと項垂れる閨秀。

「あ、抵部に宥められるなんて・・・不覚だ」
「ひ、ひどーい!!」
「その制服を見る限り・・・花盛学園の生徒だよね。まぁ、“宙姫”さんが花盛のエースってのは知ってるからわかってたことだけど」
「わ、わたしははなざかり支部の準エース、抵部莢奈ですよー!!」
「えっ、そうなのかい?そんじゃあ、改めてよろしく。俺は『シンボル』の・・・」
「和気藹々的な空気を作るんじゃ無ぇ!!抵部!!“詐欺師(こいつ)”の空気に乗せられてんぞ!!」
「えぇー!!そ、そうなんですかー!!」
「いや、そんな気はこれっぽちも」
「こ、こいつ・・・!!!」

いけしゃーしゃーと丸分かりの嘘を吐く界刺に閨秀は目を引きつらせる。“『シンボル』の詐欺師”とはよく言ったもの。
あの下っ端のセンスだけは褒めてやってもいいのかもしれない。半ば本気でそう思う閨秀に界刺から声が掛かる。

「まぁ、世間話もこの辺りにしようか。そっちも色々聞きたいことがあるんでしょ?」
「あぁ、聞きたいことは幾らでもある。まずは・・・」
「春咲桜は救済委員だよ。いや、だったと言った方が正しいかもしれないね」
「!?どういうことだ?」

閨秀が質問を先取りする界刺。会話の主導権を相手に与えない、そんな界刺の話術の妙こそが、界刺の最大の武器なのかもしれない。

「今回の件は、ようは姉妹喧嘩だったんだよ。規模が派手な・・・ね」
「姉妹喧嘩だぁ?」
「そう。実は、彼女の姉・・・春咲躯園も救済委員でね。その姉が、妹が救済委員であることにムカついて他の救済委員の力を借りて暴力を振るったんだ。
その仕返しに妹が、これまた別口の救済委員を引き連れて殴り込みに来たってだけの話なんだよ」
「・・・すっごく掻い摘んでねぇか、その説明?」
「君達にわかりやすいように要約してあげたんだよ。んで、ひょんなことから『シンボル』のリーダーである俺が巻き込まれたんだ。理由は女難。うん、女って生き物は恐ぇな」
「女難・・・?何だが段々と話の方向が下世話な方へズレていってねぇか?」
「真実を言ってるだけだけど。そんでもって、そんな規模のデカい姉妹喧嘩に君達が首を突っ込んできたわけ。
さすがに、姉妹喧嘩っていう内輪に外野を割り込ませるわけにはいかないってことで、君達を『シンボル』が足止めしていたってわけ。
別に君達と敵対するためにやったわけじゃ無いし。それに、風紀委員を敵に回して俺達が得することなんて無ぇし」
「あいつ等が『シンボル』・・・?ってことは、あの花盛の1年も『シンボル』の?」
「涙簾ちゃんのこと?だったら、そうだよ。あの娘も俺達の仲間だ。それが?」
「・・・お前もあたしのことを知ってるってんなら、あたしがお前等みたいな奴等を嫌っていることも知ってるよな?そいつ等がどんな末路を辿ったのかも」

閨秀の視線が鋭くなる。界刺の出方次第では戦闘も辞さないその問いに、“シンボルの詐欺師”は平然と答える。

「あのさぁ、風紀委員じゃ無かったら、人様を助けちゃいけないんですかー!?はい、抵部君!!」
「えっ!!わ、わたし!?わ、わた、わたしは・・・別に助けてもいいと思いますー!!」
「抵部!?お前・・・!!」

閨秀の視線にビクつきながらも、抵部はちゃんと回答する。

「だ、だってー!!人間だれしも人がこまっていたら助けたいって思うのは当然じゃ無いですかー!!
こ、これはじゃっじめんとの信念とかじゃなくて、私の思いですー!!」
「よくできました。ほら、“宙姫”さん。抵部君もこう言ってるじゃん。そもそもさ~、風紀委員じゃ無い俺達が何で君達風紀委員の信念なんかに縛られないといけないの?」
「そ、それは・・・」
「そういや・・・。おい真刺!!」
「む?何だ?」

言い淀む閨秀の隙を突くために、界刺は未だに電話を繋げていた不動にこう尋ねる。

「お前と仮屋様がさぁ、“宙姫”さんと戦闘になった時ってお前等の方から仕掛けたの?」
「いや、攻撃を仕掛けてきたのは“宙姫”の方だ。私と仮屋が“宙姫”を見失わないように近付いたら、突然コンテナ等をブッ飛ばして来たのだ」
「・・・!!」

不動の答えにニンマリする界刺と、冷や汗をかきはじめる閨秀。通話を切った界刺は、より一層馴れ馴れしく問い質す。

「ねぇ・・・“宙姫”さん。これってどういうことなんですかー?学園都市の人間を守っている風紀委員が、何で攻撃も仕掛けていない人間を問答無用で攻撃してるんですかー?」
「そ、それは・・・。あたし達を待ち構えるようにそいつ等が上空に居たから・・・」
「んにしたって、職質とか幾らでも手はあるじゃないですか~。
なのに、そんな手順を吹っ飛ばして攻撃を仕掛けて来るなんざ、始末書モンじゃないですかねぇ?ご愁傷様、同行していた抵部君?」
「えぇー!?また始末書ー!?い、いやだー!!もう書きたくないー!!」

抵部の叫び声が暗闇に鳴り響く。閨秀と抵部は、花盛支部においてNo.1、No.2の始末書常連メンバーなのだ。

「それに・・・こんなにターミナルをメチャクチャにしちゃって・・・。真刺の件と併せて、ヤバイんじゃないのぉ、君達」
「ハッ!!そんなモン、標的(ホシ)を挙げるためって言えばどうってこと・・・」
「残念だけど、春咲桜は自首するよ」
「何!?」
「自首ー!?」

界刺の言葉に、驚愕する閨秀と抵部。

「あぁ。この姉妹喧嘩が終われば、彼女は自首するつもりだった。さすがに、今はそれ所じゃ無いけど。少ししたら自首するよ。
それに、他の救済委員達は春咲躯園を除いてもうこのターミナルからトンズラこいてるぜ?」
「・・・!!テメェ、さっきからどうでもいい話ばっかりしてると思ったら、あたし達を引き付けていたのか?」
「何だ、意外だね。そんなことはとっくに承知の上で俺と話してると思ってたのに」
「・・・!!!」

閨秀は、界刺のネタ晴らしがあるまでそのことについて頭が回らなかった。それだけ―かつて成瀬台の風紀委員に手を貸した―『シンボル』という名前は大きかったのか。

「とりあえず、標的(ホシ)を挙げたければ春咲桜のお姉さんでも捕まえれば?俺が案内してあげるよ?そうすれば、とりあえずは君達の面目も潰れないでしょ?」
「・・・本当に春咲桜は自首するんだろうな?」

それは、閨秀が下した妥協。界刺の言葉と今の状況から判断した・・・彼女の選択。

「あぁ。それは間違い無い。絶対に。何なら、俺の通っている学校とか教えとこうか?
そうすれば、もしあのお嬢さんが自首しなかった場合は、虚偽でも何でも罪を作り出して俺を捕まえに来いよ?」
「・・・わざわざ、罪を作ってまで行こうとは思わねぇよ。そんな真似をしたら・・・それこそ風紀委員失格だ」

閨秀の言葉を受けて、界刺はようやくこの戦場が収束するのを実感する。後は、不動に連絡して閨秀に気取られずに鉄枷をこの場から脱出させることだけに気を払えばいい。
(ちなみに、この時点で界刺の意を汲んだ不動が水楯に指示を出し、鉄枷を説得した後に、すぐさまターミナルから脱出させていた)

「おい、“変人”!!」
「うん?何?今度は“変人”呼ばわりかよ・・・」

そんなことを考えていた界刺に、閨秀から声が掛かる。

「その・・・春咲躯園って奴の所に行く前に、テメェの名前を聞いとこうと思ってな。“変人”とか“詐欺師”とか呼ばれるのは嫌いなんだろ?」
「そうだね。・・・それじゃあ、“宙姫”さんの名前も聞いておこうかな?別にいいよね?」
「あぁ、いいぜ」

そう言って2人は立ち上がる。1人は『シンボル』のリーダー。もう1人は“花盛の宙姫”と謳われる風紀委員。互いの視線が交錯する。そして・・・

「俺は『シンボル』のリーダー、界刺得世だ。よろしく!」
「あたしは花盛支部の閨秀美魁だ!!もし、テメェとぶつかる機会があったら今日の借りを返してやるよ!!」


夜風に2人の言の葉が舞い踊る。この両者の出会いがこの世界に何を齎すのか。それは―今は誰にもわからない。

continue!!

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最終更新:2012年05月27日 13:29