「え~、今回は実際に被害が報告されている花盛支部から説明してもらいたい。いいか?」
「わかりました。では、順を追ってご説明させて頂きます。まずは・・・」
椎倉から促され、六花が『
ブラックウィザード』と違法ドラッグに関する詳細を説明し始める。同時に円卓には、それぞれ資料が配られた。
そんな中1人泣き崩れ、今もずっと顔を下に向けている少女がいる。
「(・・・ッッッ!!!)」
176支部員の1人である焔火である。彼女は、先程固地から幾度と無く浴びせられた辛辣な言葉に耐え切れず、今も心の中で涙を流していた。
「(緋花・・・!ほら、ハンカチ。これで涙を拭いて。ね?)」
「(・・・ありがとうございます)」
隣に座る加賀美からハンカチを貸してもらい、涙を拭く焔火。
「(債鬼君の言葉に負けちゃダメ!負けて終わっちゃダメ!!背筋を伸ばして、顔を上げるの!!それくらいの意地を・・・リーダーである私に見せて頂戴!!)」
「(・・・!!)」
「(債鬼君も、あなたがこの委員会をどういう形で終えるのか見ている筈よ!
自分の言葉に打ちのめされたまま終わるのか、態度だけでも負けるもんかっていう気概を自分に見せて終わるのか。
彼は、ただ辛辣な言葉を吐くだけの傲慢な人間じゃ無い。正論でもって容赦無く他者を圧倒する『悪鬼』なのよ。
彼に立ち向かうには・・・緋花、あなた自身の信念も大事だけど、それに見合うだけの正論と度胸が必要よ)」
「(正論・・・?度胸・・・?)」
加賀美は、言葉の暴力に晒された己が後輩を労わる。それは、かつて自分も経験したこと。
風紀委員に成り立ての頃に固地と知り合い、彼の辛辣な言葉を浴びつつも絶対に食い下がってやるという気持ちだけで応酬を繰り広げた(応酬自体は全戦全敗だったが)。
そして・・・何時しか固地からの辛辣な言葉は少なくなった。彼曰く、『疲れた』とのこと。
つまり、固地は加賀美の粘り強さに根負けした。それは、
加賀美雅という少女を固地が認めたことに他ならない。
「(そう。私も、昔債鬼君にはメチャクチャ苛められたの。同学年だったもんだから、一際辛辣だったわよ。
でも、そのおかげで私は色んなことを痛感した。させてもらった。
信念、正論、度胸・・・。他にも色々あるけど、1つ1つが理解できるものばかりだった。もちろん、納得できないこともあるけどね)」
「(・・・)」
加賀美の言葉を受けて、焔火は顔を上げる。その視線を、自分をこき下ろした男へ向ける。
「・・・・・・」
男―固地―は、現在議論されている議題には興味が無いのかシルクハットを深く被り、俯いたまま微動だにしない。
だが、その顔の向きは・・・その体の向きは・・・まるで焔火と相対するかのようだった。
今は帽子と髪で覗うことのできないその凶悪な視線さえ、自分へ向けられていると錯覚してしまう程に堂々と。
「(・・・!!)」
「(緋花。今のあなたには信念、正論、度胸、どれをとっても不足していると債鬼君なら言うでしょうけど、
私から言わせてもらえれば、それはまだ芽が出たばっかりというだけ。
その出たばかりの芽をどう伸ばすかはあなた次第。だから、今は少しの度胸でいいから発揮して、債鬼君を思いっきり睨み付けてやるんだ!!
あなたには絶対に負けないって!!)」
加賀美の言う通り、固地は自分の態度を見極めているのかもしれない。今この時も。
『だからよ、緋花。お前もガンガン言ってやれ。あんな野郎の言葉に負けてんじゃ無ぇよ。
俺もお前も、実際の喧嘩じゃあいつに負けちまったけどよ。それでも・・・この心(ハート)だけは意地でも屈しないって姿を堂々と見せ付けてやろうぜ』
「(荒我・・・。そうだ、ね。リーダーの言う通り。私は・・・私は・・・!!!)」
だから、焔火は固地を思いっきり睨み付ける。絶対に屈しないという意志を込めて。加賀美や荒我の言葉が、焔火の背中を力強く押す。その目に・・・再び光が灯る。
「フッ・・・」
その瞬間、固地の口元が僅かに緩んだ。そして・・・微かな笑い声を焔火は聞いた気がした。
「―以上が、現在判明している事柄です」
「・・・成程。纏めると、『ブラックウィザード』なる組織が“レベルが上がる”というのを謳い文句に違法ドラッグを氾濫させている。
そして、そのドラッグ中毒者が
花盛学園の生徒から出た。しかし、『ブラックウィザード』の捕捉には至っていない。そういうことですね?」
「その通りです。管轄する支部の一員として、組織に関する情報を殆ど入手できていないのは心苦しいのですが・・・」
一厘の確認に答える六花が、難しい顔をする。現在、『ブラックウィザード』なる大型スキルアウトについて入手している情報は殆ど無いも同然であった。
「あたし等も色々調べちゃいるんだが、どれも芳しく無くてな。目撃情報とかがあっても、そこを調査する時にはいっつももぬけの殻なんだよな」
「・・・何時も?」
「そうなんだよ、破輩先輩。つくづく空振りに終わってんだ、あたしらの調査。
花盛学園(ウチ)から出た中毒者の日頃の行動範囲を全て洗ってみても、痕跡の1つさえ見付からない。予知能力者でも居るんじゃねぇかってくらいだよ」
閨秀が、髪を掻き毟りながら説明する。彼女も六花と同じく、自分達の捜査が芳しくない現状に苛立ちを隠せない。
「・・・となると、寒村。“これから”か?」
「であろうな。“これから”が本当に警戒せねばならぬ時期か・・・」
「椎倉先輩?寒村先輩?」
「んんーん!?ど、どど、どういうことですかー!?」
椎倉と寒村の言葉に、初瀬と抵部が思わず反応する。
「おおぉ!!さっきから元気が無いから心配しておったのだぞ!!!おぬしのような小さき身では、このような委員会は緊張するばかりであろう!!?」
「ビクッッ!!!こ、こないでくださーい!!!」
「お、おい。抵部・・・」
「むぅ!?我輩、何かおぬしに避けられるようなことでもしたのか!?」
巨漢である寒村の反応に抵部がビクつき、すぐに閨秀の背中に隠れてしまう。以前の実況見分の折に寒村に頭を掴まれた抵部は、あれ以来寒村が苦手になっていた。
普段は騒いでうるさい抵部がおとなしくしていたのは、委員会に出席する緊張とは別に、寒村がこの場に居たからである。
「むぅ・・・?」
「お前達の質問に対する回答だが・・・“これから”はその学校も夏休みに突入するだろう?それが、答えだ」
「あっ・・・!!夏休みに入れば、俺達風紀委員の目が更に届き難くなって、ドラッグの氾濫が加速しかねない・・・そういうことですね、椎倉先輩!?」
「そうか・・・。その『ブラックウィザード』っていう組織は、花盛支部の捜査の網を全て掻い潜るような相手。
今でさえ情報が乏しいのに、夏休みに入ったら今後益々被害者が増加する可能性が高い・・・」
「その通りだ、初瀬、真面。夏休みというのは、ある種の開放的期間とも言える。普段は自制している学生達も、ハメを外しやすい。
このドラッグは・・・『ブラックウィザード』はそこにもつけ込んでくるぞ?この様子だと、学区を越えて拡大するのも時間の問題かもしれん」
初瀬と真面の意見を、椎倉が纏める。思った以上に深刻な違法ドラッグの氾濫に、顔を顰める風紀委員達。
「・・・となると、各支部が協力する合同捜査という形になるのでしょうか?」
「・・・双真が自分から発言した・・・!!ビックリ・・・!!雹でも降って来たりして・・・!!」
「網枷先輩・・・頭でも打ちましたか?」
「・・・酷くないですか、リーダー?それと、焔火。お前もな」
「うん?お前は・・・網枷と言ったか」
加賀美や焔火が放った言葉に抗議しながら、椎倉に視線を向ける網枷。この男は、176支部内では目立たず、騒がず、地味な少年だった。
「はい。先程椎倉先輩がご指摘された事柄・・・学区を越えたドラッグの氾濫という事態が現実化すれば、合同捜査の可能性もあるのではないかと思った次第で」
「俺としては、そういう事態になる前にこそ合同捜査本部・・・つまり風紀委員会(カンファレンスジャッジ)を設置するべきだと思っている。
普通の警備組織にはできない、生徒による自治組織だからこそできる迅速さというものを発揮する時だ。
『ブラックウィザード』という組織を潰し、違法ドラッグの氾濫拡大を抑えるためにも」
網枷と椎倉の会話の意味する所・・・風紀委員会による『ブラックウィザード』及び違法ドラッグの殲滅という大仕事に、背筋を震わす風紀委員達。
「確かに・・・。その方が、被害を拡大させずに済むという意味では有効かもしれませんね。
今回の救済委員の件で、傷が付いた風紀委員の威信を回復させるチャンスかもしれませんし。どうでしょう、リーダー?自分達176支部もこの件に参加するというのは?」
「えっ、えっ?う、う~んと・・・そうだね。緋花の失態を挽回するいいチャンスかもしれないね。
そもそも、そんな危険なドラッグをこれ以上広まらせるわけにはいかないし。緋花はどう思う?」
「わ、私も参加するべきだと思います!い、いやっ、私の失態どうこうじゃ無くて・・・」
「わかってるよ、緋花。それにしても・・・やるじゃない、双真!・・・緋花のためでもあるんでしょ?」
「・・・・・・」
「ありゃ、黙っちゃった。意外に恥ずかしがり屋さんだったのか・・・。双真らしい」
「網枷先輩・・・!!」
加賀美や焔火の視線から避けるように、そっぽを向く網枷。そんな仲間の心遣いに、加賀美は目を細め、焔火は感謝する。
「破輩先輩・・・」
「あぁ。わかってる。私達が抱えてる問題が片付いた後なら、その合同捜査に私達159支部も参加していい。
いい加減、平穏を享受したいしな。今後私達に牙を向ける可能性がある連中なら、さっさと叩くに限る」
「そ、そらひめ先輩―い!!むつのはな先輩―い!!わ、わたしたちは・・・」
「そりゃ、決まってんだろうがよ!この問題が片付くまでは、あたし達に夏休みは無いと思っとけよ、抵部!」
「そ、そんなー!!いっぱい遊びたいのにー!!」
「だからこそ、早く終わらせるに越したことは無い。私達の夏休みのためにも・・・違法ドラッグをこれ以上氾濫させないためにも・・・!!」
「「(・・・やっぱり夏休みを楽しみたいんだなぁ)」」
「椎倉先輩・・・」
「・・・あぁ。本当なら夏休みを満喫してぇ所だが、風紀委員として見過ごせる案件じゃ無ぇしな。
まぁ、夏休み全部がオジャンにはならねぇだろう。持ち回り制って言った所か?ったく、最近は立て続けに色んなことが起きるな」
「だが、やらねばならぬ!!何の罪も無い一般人に、甘言をもって中毒に陥らせるなど言語道断!!成敗せねば!」
「・・・ですね!」
176支部、159支部、花盛支部、成瀬台支部の面々は、一様に色めき立つ。
合同捜査本部としての風紀委員会は、普段警備員のように重要極まる任務に就かない彼等にとって、唯一と言っていい重要任務を遂行する機会であった。
特に、今回は戦力が充実している159支部と176支部、そして先日あった2つの騒動において活躍した成瀬台支部と花盛支部が加わる。
重要任務に就ける嬉しさ、頼もしき仲間、正義感溢れる意志の高揚等がこの会議室に広がって行く。
「固地。お前達178支部はどうする?風紀委員会に参加するのか、しないのか。どっちだ?」
「あの“兄”の訴えは・・・これは俺の落度か(ボソッ)」
「固地先輩?」
「うん?あぁ、そうだな・・・」
椎倉が固地達178支部の参加の有無を確認する。椎倉は、内心では178支部の参加を望んでいた。正確には、固地の参加を。
今回の委員会を見てもわかる通り、能力者であるが故か各々我が強く、加えて支部を越えた連携となると絶対的な纏め役の存在が不可欠である。
椎倉もそれなりの才覚はあるが、集団を纏めるという意味では固地が上回る。そのために、椎倉は固地の返答を緊張の面持ちで待っていた。
(ちなみに、元カノである花盛支部の冠要の存在がネックであったことは言うまでも無い)
「・・・いいだろう。俺達178支部も、今回の『ブラックウィザード』に関わる風紀委員会に参加しよう。だが、1つだけ条件がある」
「条件?」
「あぁ。俺達178支部の単独行動を可能にしてもらう。それが、条件だ」
「!!」
「はぁ!?何言ってんだ、テメェ。皆で力合わせて戦おうっていう雰囲気に、水差してんじゃ無ぇよ!!」
椎倉が瞠目し、閨秀が非難するが、固地は頑として譲らない。
「別に常時単独行動を可能にしろと言っているんじゃ無い。風紀委員会の指示には基本的には従うさ。だが、俺達には俺達のやり方がある。
そのやり方に付いて来られないだろう、他支部に気を使ってやってるんだ。感謝して欲しいくらいなんだがな、“宙姫”?」
「誰が感謝するか、アホ!!」
「椎倉さん・・・」
「ふむ・・・」
固地と閨秀の応酬の間に、六花が椎倉にどういう判断を下すのか問う。固地の容赦無い扱き使い方は、他支部にも聞こえてくる程だ。
そのせいで、178支部の中には性格そのものが変わってしまった人間も居るとか居ないとか。
固地の言うことも理解できなくは無い。だが、単独行動を認めるということは、その認めた支部を特別扱いしていると受け取られかねない。判断に迷う椎倉。とそこに・・・
「・・・もし、さっき言った条件とは別の条件を呑んでくれるのなら、単独行動の件は無しにしてもいいんだがな。どうだ、椎倉?」
「・・・その条件ってのは何だ?」
固地が椎倉に出した助け舟。それは、ある観点からすると容易いことなのかもしれない。
「なぁに、簡単なことだ。風紀委員会に参加する176支部のメンバーの1人、
焔火緋花を当委員会から外せ。
“風紀委員もどき”と同じ戦場に立つ等、考えただけで虫唾が走る!!」
「「!!!」」
だが、それは“当人達”からしてみれば絶対に許容するわけにはいかない条件であった。
「・・・とまぁ、俺がそう発言したら猛反発を喰らってな。結局は、俺達の単独行動が認められた。全く、余計な情は命取りだと言うのに・・・」
「・・・だが、計算通りなんだろう?最初に呑めるか呑めないかギリギリの提案を吹っ掛けた後に、
それを認めさせるために一部の人間が絶対に認められない条件を吊り下げる。
組織における自分の存在価値を知っているからこそできる芸当。さすがは“風紀委員の『悪鬼』”と言った所か」
ここは、ある路地裏の一角。その壁越しに話しているのは、2人の少年。その内の1人は・・・“風紀委員の『悪鬼』”こと
固地債鬼。
「褒めても何も出ないぞ?まぁ、折角善意溢れる一般庶民の願いを聞いてやった所だ。1ついい情報を教えてやろう」
「・・・」
「春咲桜の処分は、無期限の停職という形に落ち着きそうだ。何とか、免職は免れそうだな。
アンタにしては珍しい温情じゃないか?あの女に借りでもあったのか?」
「いや・・・別に」
「そうか?それにしては、あの女と警備員のやり取りを盗み見し、その情報を俺によこし、わざわざクソつまらない風紀委員会(かいぎ)に参加要請するくらいだ。
偶々委員会が紛糾し、翌日に延びたから良かったものの、俺が関われない可能性もあった上での依頼だ。
何か特別な事情でも・・・。フン。まぁ、いい。余計な詮索はしないでおくか」
「賢明な判断だ」
後ろにいる長髪の男を、これ以上挑発するのを止める固地。今のギブアンドテイクな関係を、不用意な失言で歪ませるのは得策では無い。
「後は・・・そうだな。“後輩”については徹底的にこき下ろしたが、これで“先輩”の機嫌は取れそうか?」
「あぁ。その感じだと、お前も存外楽しんだんじゃないか?」
「まぁな。あれ程苛め甲斐がある女も中々居ないな。そして、少しは骨もありそうだ。今後は、『ブラックウィザード』殲滅任務の折に大いに楽しませてもらうつもりだ」
「・・・いい性格をしている」
「お前もな」
そして、別れの時間が訪れる。これ以上の道草は、支部の人間達に怪しまれる危険性がある。
「これからも、質のいい情報を期待しているぞ。今後は、アンタや“先輩”の力が必要になる場合もありそうだ。・・・何やら“キナ臭い”奴も見付けたしな(ボソッ)」
「・・・いいのか?天下の風紀委員が、俺みたいな人間と付き合っていて」
「フン。さっきも言っただろう。善意溢れる一般庶民を守るのが俺達の仕事だ。
だったら、俺が善意溢れる一般庶民の1人である
国鳥ヶ原学園の雅艶(せんぱい)と付き合って、何の問題がある?」
固地の後ろに居る盲目の少年、救済委員が1人である
雅艶聡迩は、小さな笑みを浮かべながらもたれていた壁から離れる。
「・・・いや、何の問題も無いな。では、失礼する」
「あぁ」
そうやって、2人は別れた。そして、路地裏から街道へ戻る瞬間に・・・固地は独り言のように呟く。
「最良の結果を出すためなら・・・俺はどんな手でも使う。そこに、余計な異物(びいしき)は必要無い・・・!!」
continue…?
最終更新:2012年07月06日 19:47