「そういえば、月ノ宮。最近の朝練はどうだ?ちゃんと付いて来られているか?」
「はい!界刺様や不動様のお手を煩わせるわけにはいきません!今まで体験したことの無いトレーニングの数々、とっても新鮮です!!」
「春咲チャン。それってな~に?」
「これですか?能力向上のための通信教材です。この前、159支部の皆と『根焼』という焼肉屋へ打ち上げに行った際に、店長から頂いたんです。
私の事情や格好を根掘り葉掘り聞いてきて、それに仕方無しに答えていたら突然プレゼントされたんです。実際に使ってみるとわかりやすくて、今では暇があればこれを。
これからは、風紀委員活動に充てていた時間を自分の能力向上のために費やそうと思って」
「・・・界刺さん。夏休みなのに制服って珍しいですね」
「真刺が、『風紀委員に目を付けられている以上、お前の目立つ服装は話にならん』ってしつこく言うもんだからさ。まぁ、しばらくはこれで我慢だね」

シンボル』の面々が各々会話を繰り広げながら、街中を歩いて行く。目的はパトロールでは無く、『シンボル』の隠れメンバー形製流麗への贈り物を選定するためである。

「やっぱり、形製チャンへの贈り物って女の子に選んでもらった方がいいんじゃない?」
「それもそうだな。私達男性陣では、女性が何を欲しがっているのかというのがイマイチ理解し難いからな」
「そりゃいいな。んふっ、これでバカ形製が贈り物を気に入らなくても俺達のせいじゃ無くなるな」
「・・・界刺さん」
「・・・得世さん」
「・・・界刺様」
「えっ?何か、俺って変なこと言った?」
「「はぁ・・・」」

折角仮屋と不動が言葉を選んで女性陣に押し付けようとしたのに、界刺の一言で全部台無しである。

「へ、変じゃ無いですけど・・・相変わらずのぶっちゃけぶりですよね、得世さんって」
「・・・流麗に対しては、殊更酷くなる傾向がありますよね、界刺さんって」
「そんなんじゃあ、形製様が可愛そうですよ!!界刺様!!!」
「ぬおっ!?な、何か桜も涙簾ちゃんもサニーも、やけにアホ形製の肩を持つね」
「「「当たり前です」」」

女性陣の同時ツッコミにたじろぐ界刺。女心がイマイチわからない男の末路とは、悲惨なものである。

「・・・これは、得世さんに任せたら碌なことにならないよ、水楯さん!サニー!」
「・・・ここは、仮屋先輩の提案に乗って私達で流麗への贈り物を選んだ方がいいですね」
「私も賛成です!形製様への贈り物・・・何がいいですかね」

男性陣そっちのけで、形製への贈り物について議論し始める女性陣。その様を男性陣は見やった後に、

「こうなったら、形製への贈り物は水楯達に任せよう。私達は、本来の『シンボル』の活動であるパトロールへ向かうぞ!」
「そうだね。それがいいよぉ」
「・・・何か俺だけ酷いことを言われまくりな気が・・・」
「「自業自得」」

この場から離れることを決定する。不動が女性陣にパトロールへ向かうことを伝え、男性陣・女性陣は別々の行動を取ることとなった。






「(・・・何者?)」

ある地点で、苧環は気付いた。何者かが自分を尾行していることに。最高峰の『電撃使い』、レベル5である御坂美琴には及ばすとも、苧環もレベル4の『電撃使い』。
『電撃使い』の真骨頂。手数の多さ。苧環は、常盤台の学生を狙った誘拐等に対する日頃からの予防的措置として、
主に外出時において微弱な電磁波を(意識的に)周囲へ発していた。
その反射波を利用したレーダー、今回で言うと自分へ跳ね返ってくる反射波の間隔が先程から一定している物体がいるのだ。
自分が歩いているのにも関わらず一定の距離を保っているということは、それはすなわち自分を尾行している者が居るということ。

「(ストーカー?全く、こっちは色々立て込んでいるというのに!)」

苧環は、心中で毒吐く。今は、一刻も早く月ノ宮達を見付けなければならないというのに。日も沈み、街は人工的な光で彩られている。残された時間は少ない。

「(こうなったら・・・さっさとこのストーカーを潰すに限る!今私を尾行している奴を連れたまま、月ノ宮達の所へは行けない)」

苛立ちも手伝って、苧環は自分を尾けている人間を叩き潰すことを決意する。
明かりに満ちた街道から逸れ、光届かぬ路地裏へと足を向ける苧環。尾行者も同じく路地裏に入って来る。

「(もう少し行った先で、仕留めてやる!フッ、このモヤモヤをストーカー退治で晴らさせてもらうわ!!)」

苧環は、自分を尾けてくるストーカーを退治することに集中する。ここまで奥に入れば、派手に暴れても人目にはつかない。自分の実力に自信がある故の判断。
次の角を曲がった所で迎え撃つ。そう苧環は決断し、目前に迫った角を見る。そこから・・・






「ここら辺は、スキルアウトがよく通る道だ。得世!仮屋!気を抜くな!」
「へいへ~い。つっても、俺の『光学装飾』で基本的には感知できるけど」
「オ~ケ~。でも、そろそろお腹が空いてきたなぁ・・・」
「!!?」

その角から現れたのは、界刺、不動、仮屋の3人。後方の尾行者に集中したために、前方への注意が散漫になっていた苧環は、3人の登場に意表を突かれる。

「んで、そこに居るのは・・・ゲッ!!き、君は・・・!!」
「む?お前は・・・確か常盤台の・・・」
「ん?だ~れ、この綺麗な娘?」

それは、3人も同じ。界刺だけは『光学装飾』で感知していたものの、サーモグラフィによるものだったので顔までは詳細に判別できておらず、こちらも意表を突かれる。

「か、界刺・・・得世・・・!!」
「確か・・・サニーの保護者の・・・苧環だったっけ?」

路地裏の一角で図らずも対峙することになった苧環と界刺。

「サニー?一体誰のことを言って・・・」
「誰って、君んトコの娘。月ノ宮向日葵って言った方が良かったか?」
「!!」

界刺の口から出た月ノ宮の名前。半ば予測していたことだが、苧環は確認のために問い質す。

「・・・月ノ宮はやっぱり『シンボル』に?」
「えっ?サニーなら、今理由があって別行動中だけど・・・えっ?もしかして、サニーって君に自分が『シンボル』へ入ったことを伝えていないの?」
「・・・!!」

予測は当った。月ノ宮は、今『シンボル』の一員として目の前の男と行動を共にしている。
ならば、もう1つ確かめなければならないことがある。

「・・・月ノ宮が『シンボル』に入った理由って何?」
「ん?え~と、何て言ったかな?確か・・・『憧れたんです。「シンボル」に。そして・・・界刺様に』だったっけ?」
「・・・月ノ宮が?・・・あなたを?」

言葉に詰まるのを何とか悟られないように、苧環は懸命に言葉を搾り出す。だが・・・

「らしいね。後は・・・『この人と一緒なら、この人から学べたら、私はきっと成長できる』とも言ってたっけ?」
「ッッ!!!」

言葉が止まる。息が止まる。心臓さえ止まってしまったと錯覚する程の衝撃。苧環は、呆然としてしまう。

「・・・・・・・・・」
「サニーらしい理由なのかな?んふっ。保護者としては心配になるのは仕方無いか」
「ねぇ、不動。あの娘って誰?(ボソッ)」
「月ノ宮が常盤台で所属する派閥の長だ。以前、成瀬台に来たことがあってな。そこで知り合った(ボソッ)」

界刺達の言葉に、今の苧環は何の反応も示せない。頭が真っ白、放心状態なのだ。

「・・・お~い。俺の話、聞いてる?」
「・・・・・・界刺・・・得、世。わ、わた、私のか、代わり、に・・・つ、月ノ、宮につ、伝えて・・・も、もら、え・・ないか・・・し、ら?」
「・・・苧環?」

苧環のおかしな様子に、界刺も気付く。それは、苧環から放たれた次の言葉で決定的となる。何故なら・・・






「あ、あなたは・・・私の派閥から卒業よ・・・。そ、そして・・・こ、こんな頼りない先輩で・・・ご、ごめんなさいって・・・伝えて頂戴・・・!!」






泣いていたから。涙を流しながら、界刺へ月ノ宮への言伝を頼む苧環。その泣き崩れように、界刺、不動、仮屋は驚愕する。

「お願いね・・・そ、それじゃあ!!!」
「チッ!!」

言うだけ言ってその場から離れようとする苧環の腕を、相対した界刺が掴む。

「は、離して!!」
「馬鹿言ってんじゃ無ぇ!!そんな泣き顔見せられて、おめおめと帰らせられるか!!
そんなことを許したら、ますます『女心がわからない』って女性陣からガミガミ言われるっての!!」
「お、億ボルト単位の電撃を喰らわすわよ!!」
「そんじゃ、その前に・・・勘弁しろよ!!」
「グハッ!!」

電撃によって脅しを掛ける苧環に、界刺が不意打ち気味の膝蹴りを鳩尾に叩き込む。その一撃に、地面に倒れ込む苧環。

「ガハッ・・・ゴホッ・・・」
「ちったぁ落ち着いたか、苧環?ヒステリックになるのもいい加減にしろよ?前もそうだったけどさ」

膝を曲げ、苧環と同じ目線に自分の目線を合わせる界刺。それが、その余裕を見せ付ける態度が、苧環にとっては力の差を見せ付けられるかのようで。

「な、何であなたなのよ・・・!!」
「ん?どういう意味?」

自分が抱く苦しみを理解できない男に向かって、苧環は思いのままに言葉を放つ。

「わからないの!?月ノ宮はあなたを選んだのよ!!私じゃ無くてあなたを!!私を・・・頼りにならない私を見限ってあなたを選んだ!!」
「・・・何でそんなことが言えんの?」
「月ノ宮の言葉を聞いてわからないの!?月ノ宮はあなたに憧れてるのよ!!あなたと一緒に居れば自分は成長できるって言ってるのよ!!
わ、わた、私じゃ無くて!!あなたと一緒に居ればって!!何よ・・・何なのよ・・・!!
あなたは、一体何なのよ!!急に私の前に現れて!!私の大事な友達を奪い去って!!」
「・・・・・・」

涙は流れたまま、目は充血し切っていて、それでも眼光鋭く苧環は目の前の男に向かって吠える。

「何が『自分の力なら何でも解決できるなんて思ってるんじゃないだろうね?』よ・・・。何が『人間だからだよ』よ!!
結局あなたがしたことって、私から大事な友達を奪って、私との力の差を見せ付けて!!高い場所から私を見下ろしただけじゃない!!
ハッ!その場所から見る風景は、さぞ気分がいいでしょうね!!強者であるあなたにとって・・・弱者を叩き潰すことはそんなに楽しいものなの!?
結局あなたは・・・グッ!?」
「・・・・・・」

苧環の激しい吐露が中断する。界刺に胸倉を掴まれたからだ。

「・・・・・・」
「・・・何よ?何とでも言えばいいじゃない?他人に“恐怖”を与えて、“恐怖”に怯えさせて、そんなのに屈した私を・・・笑ってみせなさいよ!!」

苧環は、界刺を睨み付ける。確かに、自分は界刺に敗北したのかもしれない。いや、敗北したのだろう。だが、それでも・・・

「・・・それはさ、サニーが君に対して言ったことなの?」
「えっ・・・?」

男は少女に問う。それは、いの一番に確認しなければならない人間が言ったことなのかと。

「・・・その様子だと、君はサニーに何の確認もしていないんだな。何で彼女が『シンボル』に入ったのか。その理由“全て”を、今の君は知らない。そうだね?」
「理由・・・“全て”・・・?」


『あの時・・・私はこう思いました。「この人と一緒なら、この人から学べたら、私はきっと成長できる」って。
何時も苧環様に守られてばかりの私でも・・・誰かを守れるようになれるんじゃないかって』


界刺は思い出す。あの公園のベンチで、月ノ宮が自分へ言った『シンボル』に入る理由を。

「・・・君は臆病なんだな」
「!!」

苧環は瞠目する。界刺の言葉が、自分の世界(こころ)に深く突き刺さる。

「そんなことは俺に聞くんじゃ無くて、最初からサニーに聞くべきだったんだ。それか、俺の言葉を聞いたとしても、その後にサニーへもう一度確認しなきゃいけないんだよ。
俺がさ、サニーの全てをわかっているとでも思ってんの、君?」
「そ、それは・・・」
「ヒステリックに喚き散らすのは勝手だけどね、やることやってから喚けよ。何でサニーから目を逸らしてんの?何で君はサニーから逃げてんの?」
「わ、私は逃げてなんか・・・」
「だったら、何でこんな所に来る前にサニーに確認しなかった!?同じ学生寮に住んでいるんだろう?
サニーに問い質す暇なんか、幾らでもあった筈だ!でも、君は確認しなかった。何故か?」

界刺が、苧環の胸倉を自分の顔に引き寄せる。互いの息が掛かる程の位置で、界刺は怒りを込めた言葉を放つ。

「・・・恐かったんだろう?もし、サニーに真正面から自分を否定されたら自分は絶対に立ち直れない。そう心の何処かで思ってたんだろう?
君は、俺の“恐怖”に怯えていたんじゃ無い。『自分が否定される』という、自分自身が生み出した“恐怖”に怯えていたんだよ」
「!!!」

目の前の男から聞いた月ノ宮の言葉と同じくらいの衝撃を、苧環は感じた。頭がクラクラする程に、その衝撃は苧環の頭を、体を、心を巡り巡って行く。
界刺は、苧環の胸倉を掴んでいた手を放す。力無く項垂れる苧環。そして、地べたに胡坐をかく界刺は話を続ける。

「まぁ、その件はサニーに任せるとして。・・・俺はあの時こうも言った筈だよ?
『人間の暴力ってのはいずれ世界に潰されるもんだよ。世界の一部・・・そう、人間の手によってね』って」
「せ、世界・・・?」
「そう。だから、君が言う『快楽欲しさに強者が弱者を叩き潰す』場合、その強者は世界によって潰される。
つまりだ、君の言う通りの俺だったら・・・俺は世界に潰される。よかったね、苧環。いずれ俺は世界に叩き潰される」
「・・・!!」

この男は何を言っている?自分が潰されることを、どうしてこうも平然として受け入れられるのだ?この男・・・もしかして・・・

「まぁ、俺もできるだけ世界を敵に回さないように気を配っているつもりだけど・・・。
もしかしたら、どっかで敵に回してんのかなぁ?・・・だから、絶賛女難中だったりして?あ~嫌だ嫌だ」
「・・・・・・馬鹿じゃない?」
「ん?」

苧環は、ほとほと呆れていた。意味不明。理解不能。この男を評するのならば、これ等の言葉がピッタリだと思ってしまう程だ。自分の理解できる範疇を超えている。

「あなたって、本当に馬鹿。前も思ったけど・・・今度こそ思い知ったわ。馬鹿も馬鹿。こんな馬鹿を理解しようだなんて思ったことが間違いだった。
フフッ。そうなると、そんな馬鹿で間違いだらけの行動を取っていた私は、あなた以上の・・・極め付きの大馬鹿ね。これで常盤台生だって言うんだから、呆れてしまうわ」
「・・・何か馬鹿のバーゲンセールだね」
「そうね。本当にその通り。・・・ねぇ。1つだけ聞いていい?」
「ん?何?」

馬鹿で間違いだらけの行動。そう断じた苧環が、それでも尋ねる。この理解不能で意味不明な男なら・・・わかるかもしれないと思ってしまったから。

「あなたって、“壁”にぶつかったことってある?もちろん、ここで言う“壁”は物体としての“壁”じゃ無いわよ?」
「・・・それなりには」
「・・・その時、あなたはどうやって“壁”を乗り越えたの?」
「・・・君はどうなのさ?乗り越えた経験は?」
「・・・・・・私は、結構前に1つだけ乗り越えたんだけど、また“壁”が幾つも立ちはだかってるの。どれも頑強そうな物ばかり。
あなたの言葉を借りるわけじゃ無いけど・・・本当に嫌になるわ」

苧環は、脳裏に学園都市第三位のレベル5である御坂美琴を思い浮かべる。かつて、『常盤台最高の電撃使い』の称号を賭けて挑んだもののあえなく惨敗。
上には上がいる。それを苧環は嫌と言う程思い知らされた。当時は、他の常盤台生にも無残に散った敗北者として陰口を叩かれた。周囲の冷たい視線に怯える毎日。
文字通り失意のどん底に突き落とされたそんな時、常盤台女子寮に近い女子中学校に勤務するある教師が苧環にある言葉を投げ掛けた。

『御坂は、元はレベル1で努力を重ねてレベル5になった。苧環、お前はこんな所で立ち止まったままか?失意の底無し沼に沈んで行くだけか?
お前の目は何のためにある?お前の耳は、鼻は、口は、頭は、手は、足は、体は、能力は!?
お前がお前自身の力で、自分だけの道を切り開いて行くためにあるんじゃないのか!?』

苧環にとっては、頬を引っ叩かれたと思うくらいの力のある言葉だった。 それ以降苧環は考えを改め、今では1人の『電撃使い』として御坂美琴を越える日々を夢見て、
日々能力向上に努めている。 今では周囲の評価も回復し、自ら派閥を形成するまでに至った。
そんな自分だけの道に、再び立ちはだかった何枚もの“壁”。その頑強な存在に弱音を吐いてしまう苧環へ、界刺は自身の経験を元にした意見を述べる。

「そうだねぇ。俺の場合は・・・『世界に嫌われないように努める』・・・かな?」
「・・・それが意味不明なんだけど」
「伝わらない?それじゃあ・・・こう言えばわかるかな?『いわれなき暴力を振るわない強者で居ること』。これならどう?」
「『いわれなき暴力を振るわない強者』?・・・駄目だわ、よく理解できない。理由があろうと無かろうと、強者が暴力を振るっていることには違いないわよね、それって?」
「君・・・本当に頭いいの?もしかして、とびっきりの馬鹿なんじゃないの?君の言葉を借りるわけじゃ無いけど・・・本当に常盤台生?」
「・・・あなたに言われたらお終いね」

苧環は、顔を手で覆う。この男に馬鹿と言われたらお終いだ。話にならない。絶望だ。ある意味、月ノ宮に否定されるのと同レベルで立ち直れないかもしれない。

「それじゃあ、今ここで例を示してあげようか?」
「えっ?」
「最近なんかツイてないし、こりゃあ少しは世界の機嫌を取っておかないと。偶には進んで『シンボル』のお仕事を頑張ってみようかな。よいしょっと」

言葉の意味がわかっていない苧環を無視し、界刺は地面に落ちているショルダーバッグの手を差し向ける。






シュッ!






微かに聞こえた何かが焼き切れる音。苧環は気付かず、界刺だけが『光学装飾』で気付いていたそれは・・・“糸”。

「あ、あなた・・・」
「真刺!仮屋様!苧環をサニーの所まで案内してあげて。俺は、ちょっくら仕事に励んでからそっちへ行くよ。『これ』は、涙簾ちゃん達には内緒な!!」
「得世・・・。っ!!」
「界刺クン・・・。ッ!!」
「・・・ハッ!ま、まさか・・・」

苧環は気付いた。自分が今まで失念していたこと。自分を尾行する者の存在。それに、界刺は気付いていたのだ。

「あ、あなた1人に任せるなんてできない!私も残る!!」
「ここまで来て我儘は止めて頂戴。こいつは・・・君には無理だ。手に負える相手じゃ無い。君みたいな・・・レベルが高いだけでどうにかなるような奴じゃ無い。
感じない?この尋常じゃ無い殺気をさ。よくもまぁ、こんなのを隠し切れるもんだぜ」
「えっ・・・?殺気?」

苧環は、その時になって界刺が緊張していることを理解した。目を逸らせば、同行者である不動や仮屋の冷や汗をかいている姿が目に入った。

「真刺・・・仮屋様・・・頼む!!」
「得世・・・必ず生きて私達の元へ来い!!いいな!?」
「し、死んじゃダメだよ!?界刺クン!!」
「あぁ。わかってるって。そこまで世界の機嫌を損ねた覚えは無ぇよ!!人間死ぬ時はあっけなく死ぬっつったって、自分から死にに行くつもりは無いしな!!
それに、あのバカ形製に贈り物を届けられなかったら、死後の世界ってヤツにまで『分身人形』を飛ばして洗脳した上で、
俺を現世へ復活させて罰ゲームを押し付けるに決まってる!!そんなのは、絶対に嫌だっつーの!!」

界刺、不動、仮屋の会話を聞いて、苧環はようやく悟る。今自分達が居るのは・・・戦場。自分が参加するのには不適格と断じられた、命懸けが当たり前の場所。

「苧環!」
「・・・わかった。わかったわ。・・・あなたの言う通りにする」

苧環は立ち上がる。この戦場から逃げるために。自分が居ていい場所じゃ無いから。自分には、そこに足を踏み入れる資格さえ無いのだから。

「苧環!」
「だからわかってるって言って・・・」
「『いわれなき暴力を振るわない強者で居ること』!!」
「!?」

界刺は、この戦場における苧環への最後の言葉を高らかに響かせる。

「俺がこれから相手をするのは、たぶん『いわれなき暴力を振るう強者』。その中でも、きっと上位に位置する人間だ!
だから、俺が生きて君の所へ行けば・・・『いわれなき暴力を振るわない強者で居ること』の証明になる筈だ!!
か弱い君を護るために、強い俺が理由ある暴力を振るう!!わかった!?」
「!!あ、あなた・・・こんな時に何を・・・」
「こんな時だからこそだ!!苧環!世界ってヤツは、頑張ったり意地を見せた奴には微笑んでくれるぜ!?
“壁”なんてのは、世界から俺達に贈られた愚痴(プレゼント)みたいなもんだ!その愚痴(プレゼント)をどう捉えるのかは、受け取った奴次第だ!!
だから、俺は世界のヤツに対してこういうお礼を言ってやるよ。『いわれなき暴力を振るわない強者で居てやるから、ちったぁ愚痴を零すのを控えろ』ってな!!」
「あ、あなた・・・キャッ!!」
「じっとしててね!行くよ、2人共!!」

何かを言い掛けた苧環を、不動を左手に抱えた仮屋がその右手で抱える。『念動飛翔』による飛行は搭乗者1名に限られるため、
今は、地上に置ける運用―曰く「どすこいモード」―による高速移動にてその場から去って行く。












「・・・そろそろ出て来いよ?」

『光学装飾』によって、不動達がこの場から離れて行くことを確認した界刺は、路地の一角に身を潜める人間に声を掛ける。

「・・・・・・」

その声に促され暗闇から姿を現したのは、火の付いた煙草を口に咥え、戦慄する程の殺気を撒き散らす長身の男。傭兵ウェイン・メディスン
だが、界刺とは視線を合わさない。人と対峙しているのにも関わらず視線を地面に彷徨わせている様は、薄気味悪いを通り越して怖気が走る。
着ている漆黒のコートが暗闇に溶け込んでいるように感じられるのは、その男からも『闇』の気質を感じられるからか。

「アンタ・・・何者だ?苧環に何か用でもあったのかよ?」

界刺は、全神経を目の前の男に集中する。常時携帯している警棒を何時でも手に取れるように身構える。

「・・・いや。あの女に特に用があったわけでは無い」

初めてウェインが喋る。その言葉はどこか陰気臭く、気だるげで、それでいて凄まじい程の殺意を帯びていた。

「だが・・・これはこれで悪くない。貴様からは、何処となく俺と似通った“匂い”がする。ククッ、少しは楽しめそうだ」

ウェインは、ポケットにしまっていた左手を外界に晒す。指がポキポキと嫌な音を奏でる。
対して、右手は口に咥えた煙草に掴むために上がっていく。程無くして、口から右手へと煙草が移る。
最後に、地面に彷徨わせていた視線を上げる。その濁った瞳は、今尚界刺を見ていない。それは視線の遥か先、虚空の彼方にある“何か”を凝視しているかのようだった。

「さて、世界の理はこの殺し合いに何を齎すのか・・・行くぞ・・・!!」


ウェインの右手から煙草が零れ落ちて行く。それは・・・『光』と『闇』が交錯する最初の刹那ー!!

continue…?


両者の戦闘については―幕間―とある男子高校生と傭兵

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最終更新:2013年02月25日 00:35