「う・・・う~ん」

窓から朝日が差し込む。蝉の鳴き声がうるさく聞こえる。ここは、常盤台学生寮にある救護室。
そのベッドの上で寝ているのは、成瀬台高校2年生界刺得世

「こ、ここは・・・痛っ!」

まだ寝惚け気味な目を擦り起きようとする界刺は、頭に走った微かな痛みでもう一度ベッドに体を預ける。

「(この痛み・・・。そうだ、確かバカ形製へ贈り物を届けるために、常盤台の学生寮に向かって・・・不時着して・・・それ・・・)」

時折チクチクする頭で思考を纏めていた界刺が横を向いた瞬間、彼の思考がストップする。何故なら・・・

「ス~・・・ス~・・・」

自分のベッドに腕と頭を預けながら寝ている少女―形製流麗―を目に映したからだ。彼女は界刺が目覚めたことに気付かず、穏やかに眠っている。

「(形製・・・)」

そういえばと界刺は思う。自分が意識を一時的に回復した際に、形製の耳に突き刺さるような叫び声を聞いた気がした。
もし、あれが自分の勘違いで無ければ・・・

「(心配掛けちまったな・・・)」

この様子だと、自分が意識を失っている間はずっとここに居たんだろうと界刺は推測する。
頭の痛みも治まった界刺は体を起こし、眠っている形製へ己の手を運んで行く。

「悪かったな、形製。折角お前への贈り物を届けに来たってのによ・・・。心配掛けちまった」

界刺の大きな手が、形製の金色に染まった髪を撫でる。そして、その手を耳へ、頬へ移動する。
形製の頬には、まるで涙を流したかのような跡が残っていた。それに気が付いた界刺は、自身の不甲斐無さに少しだけ憤る。

「形製・・・。・・・・・・」

界刺は、形製の頬にできた跡をなぞり、その痕跡を消して行く。そして・・・気付く。

「・・・おい。お前・・・何時の間に起きてやがった?」
「・・・バレたか」

何時からか寝たふりをしていた形製が目を開ける。そして、自分の頬をなぞっていた界刺の手に自分の両手を重ねる。

「俺の『光学装飾』を舐めるなよ?」
「舐めてなんかいないよ。ちゃんと、バカ界刺の能力だけは認めているんだから」
「だけとは何だ、だけとは!」
「言葉通りの意味だよ、アホ界刺」

ベッドの上でくだらない言い争いを始めた界刺と形製。これが、この2人の日常。

「はぁ・・・。心配したんだよ?急に大きい音がして慌てて窓を開けてみたら、界刺が頭から血を流して倒れてるんだもん。
勢い余って窓から飛び降りちゃった。水楯さんのカバーが無かったらヤバかったかも」
「・・・相変わらずその前に出る性格は直って無ぇんだな」
「・・・みたいだね。これに関しては、返す言葉も無いよ」

形製は、未だ自分の体をベッドに預けたままである。界刺の手も自分の頬に寄せたまま、まるで少しでも長くこの状態を保ちたいという風にも見える。

「・・・そろそろ手を離せよ。何時までもお前の頬に触れたままってのは・・・」
「い~や。あたしを心配させた罰ゲームだよ。もうちょっと、このままの状態で居ること!前も思ったけど・・・バカ界刺の手って大きいよね」
「そりゃ、男だからな」
「そうだよね・・・。でも、意外にスベスベしてるんだよね、界刺の手。不動さんとトレーニングしてる割には。フフッ、ヤミツキになりそう」
「・・・猫かよ、お前」
「・・・かもね。ハァァ・・・。気持ちいいなぁ・・・界刺の手」

形製は、界刺の手を自分の頬に引っ付けたまま転がす。その感触が、形製を気持ちよくさせる。
そんな少女を見て、先程『光学装飾』で看破したある事実を総合的に判断して、界刺は心の底からの忠告を少女に与える。

「気持ちよくなるのは勝手だけどな。そろそろ離した方がお前のためだぞ、形製」
「何よ?また、アホ界刺お得意のペテン?へへ~んだ!あたしは騙されないよ!今は、界刺の手はあたしのものなんだから!ハァァ・・・」
「・・・そうか。なら、こう言ったらお前でも理解できるか?・・・俺の『光学装飾』を舐めるなよ?」
「ん?その言葉、さっきも聞いたよ?それがどうしたって・・・・・・」

事ここに至って、形製は界刺の言葉の意味を理解する。綻ばせていた表情は、一瞬として焦りの表情に変貌する。
そして形製は・・・ゆっくりと顔を後ろへ振り向ける。そこに居たのは・・・






「ムフフ。ムフフフフ。やっぱりアタシの目に狂いは無かったようね・・・!!ムフフ」
「さすがは晴ちゃん。それにしても、形製先輩のあんな表情・・・初めて見た・・・」
「こんが彼氏と彼女のラブラブっちゅーヤツかい、月代?」
「そ、そんなこと聞かれても・・・男性と付き合ったことの無い私にはわかりませんです」
「あら、(自称)常識人の鉄鞘さんにもわからないことってあったのですね。世の中は不思議ですね~」






救護室の扉の隙間から界刺と形製のやり取りをこっそり見ていたのは、金束晴天、銀鈴希雨、銅街世津、鉄鞘月代、真珠院珊瑚の5名。
この内、金束、銀鈴、銅街、鉄鞘の4名を指して“常盤台バカルテット”と言う。

「き、君達!!!こ、これは・・・あの・・・その・・・」
「そんな所でコソコソ見てないで、こっちにおいでよ。誤解も解いておかないといけないしな」

先程までの自分の行動を見られていた形製がテンパる中、界刺は冷静に状況を見定めていた。

「ど、どうする!?彼氏さんの許可が出たけど、これって・・・形製先輩の交際を邪魔することにならないかな!?」
「だ、大丈夫なんじゃないかな!?な、何か私達も緊張してきた・・・!!」
「・・・いいから入って来な!!聞こえないの!?」
「「「「「は、はい!!!」」」」」

逡巡していた金束達に、界刺が強い言葉を向ける。その声を受けて、金束達が救護室の扉を明けて、界刺と形製の居るベッド前に来る。

「(希雨!ア、アンタから質問してよ!)」
「(そ、そんなこと言ったって!こ、ここはせっちゃんから!)」
「(な、ないごあたい?こ、こがんは常識ば詳しかろう月代が!)」
「(だ、だから、私はこういうのはサッパリ・・・)」
「形製先輩は、この殿方と健全なお付き合いをしていらっしゃいますの?」
「「「「ズバっと行ったー!!!」」」」

“常盤台バカルテット”の面々が中々切り出せない中、真珠院がズバッと核心を突いた。この恐れるものは何も無い的な性格は、さすがは生粋のお嬢様と言った所か。

「そ、それは・・・その・・・あの・・・」

形製は顔を真っ赤にして、しかし返答に詰まってしまう。それを、自分の質問の仕方が悪かったと判断した真珠院は、更なる追い討ちをかける。

「あら、質問の仕方を間違えてしまったのかしら?それでは・・・形製先輩はこの殿方の何処に見初められてお付き合いを始められたのですか?」
「見初め・・・!!え、えっと・・・あの・・・その・・・。・・・・・・///」

もはや、形製にはまともな言語機能を発揮できる思考能力が無い。真っ赤な顔を下に向けて、スカートの裾を指で摘まんで、モジモジするだけになってしまった。

「(あの反応・・・やっぱり!)」
「(みたいだね。形製先輩は、あの人が好きなんだよ)」
「(男子ば好きになっちゃると、あんの茹蛸ぽくなっちゃるのなー)」
「(わ、私も何時かはあんな風になるのかなぁ・・・です)」

“バカルテット”は、いよいよ自分達の推測に確信を持つ。これは、常盤台生徒間における大ニュース(異性編)である。
以前の『バカルテットは見た』は、普段の彼女達の行動から然程信憑性を持たれること無く、あくまで噂程度に生徒の間に流行した。
もちろん、当の形製が完全否定したため『バカルテットは見た』は何時もの法螺と断じられようとしていたのだ。
だが、目の前の光景は厳然たる事実。動かしようの無い現実である。これで、自分達の話を信じて貰える。そう確信固い金束達の耳に・・・

「見初め・・・ね。そういや、あれってどっかの洋服店だったけ、形製?」
「えっ!!?み、見初めって・・・!!界刺・・・。君!!」
「(お次は彼氏さんだー!!)」

界刺の言葉が聞こえて来る。その言葉に形製がビクっと反応し、金束が更なる追加材料を得るために次の発言に耳を傾ける。

「確か・・・え~と・・・。あっ、そうそう。初めて形製と会ったのは、少しボロっちいファッション店でさ」
「うんうん」
「休みの日にそこへ偶々寄ったらさ、何とそこに形製も居たんだよ」
「うんうん。それで!?それで!?」
「そしたらさ、こんのバカ形製が俺のファッションを見て『絶対に有り得ない!!そんなクソダサい服装なんて、このあたしが絶対に許さない!!』とか言って来たからさ、
俺もカチンと来て大激論になったんだよ。あの時は1時間以上互いの持論をぶつけていたっけ?」
「成程、成程!それが、2人が交際する切欠になったんだよね!?」

界刺と形製の最初の出会い。その話を聞いた金束は、興奮そのままに核心について界刺にも質問を投げ掛ける。だが・・・






「交際?俺が?このアホ形製と?んなことあるワケ無ぇじゃん」
「「「「えええええええぇぇぇっっ!!!??」」」」

界刺の口から出たのは、完全なる交際の否定。

「だ、だってさっき彼氏さん言ったよね!?見初めがどうのこうのって!?」
「うん、言ったよ。『初めて会う』って意味でしょ?ならさっきも言ったように、そのボロっちいファッション店なんだけど。何かおかしいことでも言ったかい、お嬢様達?」

金束達(+形製)が思っていた見初めとは、『一目で異性へ恋心を抱く』という意味である。
対して界刺の言う見初めとは、『初めて会う』という意味である。確かに、見初めという言葉には両者の意味が存在した。

「あら、そうでしたの?私、てっきりあなた様が形製先輩と交際しているとばかり考えていましたわ。これは、失礼致しました」
「いや、こちらこそ誤解の生むような真似を見せてすまなかった。
それに、付き合いっつってもバカ形製とは色んなことで助けられたり迷惑掛けられたりって関係なんだよ。・・・え~と」
「真珠院珊瑚と申します。以後お見知りおきを」
「俺は界刺得世だ。よろしく、珊瑚ちゃん」
「ちゃん・・・」
「ん?気に入らない?」
「いえ・・・今までそのように呼ばれたことは無かったもので・・・。では・・・よろしくお願い致します、得世様」
「おう、よろしく」
「あっ・・・。///」
「「「「「・・・・・・」」」」」

界刺が握手するために真珠院の手を取る。異性と触れ合う機会が無いのか、僅かに頬を赤く染めている真珠院の姿を見て、“バカルテット”(+形製)は呆気に取られる。
何だ、これは?何、この光景?一体全体どうしてこうなった?

「(な、何がどうなってるの!?何で形製先輩の次に、珊瑚の奴が顔を赤く染めてんのさ!?)」
「(わ、わかんないよ、晴ちゃん!!もしかして・・・あの人って女ったらしなんじゃあ・・・!?)」
「(女ったらし・・・。あんが・・・女の敵!!)」
「(で、でも!それじゃあ、形製先輩が可哀想過ぎです!!)」
「(・・・・・・)」

“バカルテット”が口々に界刺に対する印象や疑問を出す中、1人ほったらかし状態の形製は無言のままだ。恐ろしい程に静かである。そんな様々な空気が漂う救護室に・・・






「あああぁぁ!!界刺様が!!界刺様が起きてますよ、苧環様!!」
「本当!?・・・・・・!!ハァ・・・よかった・・・!!」
「界刺さん!!意識が戻ったんですね!!何処か痛い所とか無いですか?」
「あっ。サニーに苧環。リンリンも。余計な心配を掛けちゃったみたいだね。もう大丈夫だよ」

月ノ宮、苧環、一厘が入って来る。いずれも、怪我を負った界刺の様子を見に来たようだ。

「界刺様!!本っ当に大丈夫ですか!?」
「うん、大丈夫。ありがと、サニー」
「界刺得世・・・。昨日は本当にごめんなさい。今回の件は、私にも責任があるわ」
「こんなの、俺がトチっただけだよ。そう気にすること無いって」
「そうは行かないわ!でないと、私の気が治まらない。だから・・・え~と・・・」
「ん?・・・リンリン、彼女は何を言いたいの?」
「苧環はお礼も兼ねて、今日この寮内で開催予定のパーティーに界刺さんを招待したいんですって!私も今日は風紀委員活動もお休みなので、参加する予定なんです」
「成程・・・。ん?そういや、何か腹が減ってるな。サニー、今何時?」
「今は午前7時15分です!!もうすぐ、寮の朝食の時間ですね!!寮監様の特別許可を頂いています!お体が大丈夫でしたら、界刺様も一緒に食堂へ行きましょう!!」
「えっ。そんなんアリ?」
「「「アリ」」」
「得世様。それでしたら、私が食堂への案内役を務めさせて頂きますわ。・・・個人的にあなた様とはもう少しお話をさせて頂きたいですし」
「そう?ありがと、珊瑚ちゃん」
「珊瑚・・・ちゃん?」
「界刺さん・・・。何時の間に・・・」
「わぁー!!もう、寮の人達と仲良くなってらっしゃるとは、さすがは界刺様!!そのフレンドリーさ、私も見習いたいです!!」
「「「「「・・・・・・」」」」」

界刺に群がる月ノ宮、苧環、一厘、真珠院を見て、“常盤台バカルテット”(+形製)は更に呆気にとられる。
何だ、これは!?何、この光景!?一体全体どうしてこうなった!?

「(な、何がどうなってるの!!?何で向日葵、苧環先輩、一厘先輩と次々にあの男へ群がってんの!!?ドサクサに紛れて珊瑚の奴もちゃっかり居るし!!)」
「(サ、サッパリわかんないよ、晴ちゃん!!!もしかして・・・あの人って極度の女ったらしなんじゃあ・・・!!?)」
「(極度の女ったらし・・・。あんが・・・常盤台(の生徒)の敵!!!)」
「(で、でも!それじゃあ、形製先輩が超可哀想過ぎです!!!)」
「(・・・・・・)」

“バカルテット”が口々に界刺に対する印象や疑問を更に出す中、1人ほったらかし状態の形製は無言のままだ。恐ろしい程に静かである。そして・・・遂に少女は動いた。



ガシッ!!!



「・・・・・・」
「グッ?け、形製!?く、苦しい・・・!!」
「け、形製さん!?」
「形製様!?な、何をしていらっしゃるんですか!?」
「ちょっと、形製!!彼は怪我人なのよ!!今すぐそんな馬鹿な真似を止めなさい!!」
「怪我人・・・?フッ。そんなことなら、あたしの方がずっと、ず~~~~っと重傷状態だよ!!!!!」
「グアッ!!痛い痛い!!」

界刺の頭を脇に掛けて締め上げる形製。所謂ヘッドロックである。ちなみに、自分の胸を界刺の頬に押し付けている意識は、今の形製には無い。
彼女は重傷状態なのだ。主に精神的な。

「あら、形製先輩って意外にはしたないんですのね。得世様と交際することが叶わなかったからと言って、そのような品位を欠く言動に及ぶのは慎むべきではありませんか?」
「き、君にそんなことを言われる筋合いは無いね!!君に、バカ界刺の何がわかるって言うんだい!?」
「あら、少なくとも今の形製先輩に比べればわかっていると思いますよ。得世様は、形製先輩のはしたない行動による被害を味わっている。違いますか?」
「君ぃ・・・!!!」
「あら、恐い恐い」
「いいから、その腕を早く離しなさい!!」

形製と真珠院の言い争いが続く中、苧環が界刺を絞めている形製の腕を無理矢理外した。ヘッドロックから解放された界刺は、痛む頭を抑えながら呻く。

「痛っ・・・。あぁ、苦しかった」
「界刺さん。大丈夫ですか?」
「あぁ。とりあえずは大丈夫だよ、リンちゃん・・・。ん~?」

心配する一厘の声に答える界刺の腹の音が小さく鳴る。本人しかわからないその音を感じて、界刺は中々に緊迫感溢れるこの場を収めるために提案をする。

「とりあえずさ、俺も腹が減ってるから早く食堂に行こうぜ。食事の時間とかってのも規則で決まってんだろ?常盤台の規則ってすごく厳しいって聞いてるけど?」
「あぁ!!もう20分を過ぎてる!!早く行かないと、寮監様に怒られますよ!!」
「もう、そんな時間か・・・。ありがとう、月ノ宮。さぁ、行くわよ!!」
「チッ・・・」
「フフ・・・」
「界刺さん・・・立てますか?」
「あぁ。問題無い」
「「「「・・・・・・」」」」

朝食の時間が差し迫っていることもあり、とりあえずはこの場を収めることに成功した界刺は靴を履いて立ち上がる。
そんな彼を中心に、形製、真珠院、一厘、月ノ宮、苧環が共に歩く。その光景に、“常盤台バカルテット”は戦慄する。

「(こ、これは・・・アタシ達の手で何とかしないと!!希雨!世津!月代!)」
「(うん!!このままだと、この寮の皆があの女ったらしの餌食になっちゃう!!)」
「(女の敵ば、このあたいが成敗しちゃる!!)」
「(私にできることは少ないかもしれないけど・・・皆のためなら私は頑張るです!!)」


“常盤台バカルテット”が女の敵として見做すは・・・界刺得世その人。これは、“常盤台バカルテット”が駆け抜けた、短くも長い壮絶極まる1日の始まりでもあった。

continue!!

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最終更新:2012年06月15日 21:00