追われていた。
後ろを振り向くと、おどろおどろしい姿の大きな斧を持った巨漢が叫び声をあげながら迫って来ている。
ありえない。かれこれこの追いかけっこを十分近く続けているのに、相手はまるで疲れた様子がない。
もっともそれはテンペストも同じだったが、彼女は人間ではなく魔法少女だから当たり前のことだ。
魔法少女は強い。運動能力も見た目も、ただの人間とはまったく比べ物にならないものがある。
しかしこの追跡者は、そんなテンペストの考えを上回ってくる怪物だった。
魔法での攻撃を受けてもびくともしない。
斧の攻撃は明らかにテンペストの力を凌駕していた。
これは不利だと判断して逃げに徹しても、この通りちっとも撒ける気配がない。
それどころか、気を抜けば追いつかれてしまいそうな程だ。
今のテンペストがピュアエレメンツの仲間を伴わず、一人でいるからというのもある。
だがそれを加味しても、明らかに相手の戦力は異常だった。
ディスラプターより遥かに人間的な外見をしているのにも関わらず、力はあれよりはるかに上だ。
想像もしたくないことだが、あの斧による一撃をもしまともに受けてしまうようなことがあれば。
その時テンペストはきっと、あっさり物言わぬ屍に変わってしまうに違いない。
このままではジリ貧だ。
意を決して振り返り、テンペストは戦うことにした。
別に勝てなくたっていい。倒せなくたって構わない。
逃げられるだけの時間稼ぎなり足を奪うなり、その程度の痛手を与えられれば上出来。
風の力を宿した得物を使って、手堅く足を攻撃し始める。
だがそれは相手にも読まれており、斧であっさりと止められた。
手数を増やしてみるが、それでも護りを崩せない。傷一つ付けられない。
焦燥が胸の内に溜まっていく。
逃げておけばよかったかなとは思ったが、きっとあのままでは追い付かれてしまっていただろう。
相手はまるで本気を出していないように思えた。
そして、それは今もだ。
その気になればいつでもテンペスト一人ごとき殺せるのではないか――そう考えるとどうしようもない不安に襲われる。
けれど、死ぬわけには絶対にいかない。
こんなわけのわからないところで、こんなわけのわからない相手に殺されるなんて。
まだまだやりたいことがいっぱいある。翔くんのことだって何にも進められていないのに。
そんなテンペストの心を嘲笑うように、巨漢がにたりと笑い、バックステップで後退して斧を振り上げた。
そこに藍色の光が集まっていく。
テンペストは一も二もなく逃げ出した。
あれはまずい。あれは、どこからどう見ても「必殺技」の構えだ。
逆に言えばそれほど分かりやすい動きであり、隙だったが、テンペストの力でそこを突いてもたかが知れている。
「■■■■■■■―――――!!!!」
何事かを咆哮し、斧が振り下ろされた。
振り返り、テンペストはおのれの運命を悟る。
アスファルトを巻き上げながら轟音と共に、藍色の破壊光がテンペストを飲み込まんと迫っていた。
どうしようもない。
ぺたりとへたり込み、震えるのも忘れてそれを見ていた。
――死ぬ。
あまりにも明確な現実だけが、残酷にそこにはあった。
――だが。これが聖杯戦争という儀式の一端である以上、プリンセス・テンペストはひとりではない。
彼女が彼の存在を知ったのはこれが初めてだった。
そもそも何が起きているかすら、テンペストは理解できていなかったのだ。
いきなり見知らぬ風景に立たされていて、追い回されていた。
それだけの認識であったのだから、無理もないことである。
破壊の光を、割って入った青年が大きな槍で止めていた。
槍。槍――だと思う。
ただ、それはあまりにも大仰な武器で……どこか剣のようにも見えた。
「■■■■……!?」
「サーヴァント、バーサーカーだな」
驚愕を浮かべる巨漢――バーサーカーにそう確認するが、答えの代わりに斧が飛んできた。
彼とバーサーカーの体格はあまりにも違いすぎている。
テンペストを助けた彼も引き締まった体をしていたが、あくまでそれは東洋人としての範囲だ。
恐らく外国人であろうバーサーカーの巨体を前にしては、正直なところ霞んで見える。
だが、またしてもその大斧は容易く止められた。そして今度は、彼も守るのみではなかった。
斧を握る腕を掴み上げ、そのまま槍の穂先で切断する。
武器を失ったことにバーサーカーが吼えるより早く、追撃で四肢を奪った。
速い。速すぎる――目にも留まらぬ手際で全てを奪われた狂戦士は。
「■……■■■■■――」
「終わりだ」
最後まで言葉らしい言葉を発することなく、その霊核を貫かれて消滅した。
この間、僅か十秒弱。
これほどまでに圧勝という言葉の似合う戦闘は、テンペストも経験したことがない。
「怪我はないかい」
「は、はい……」
「そうか。なら良かった……
分からないことは沢山あるだろうけど、今はとりあえずここから離脱するよ。
戦闘の音を聞きつけて新手がやって来ないとも限らないからね」
助かった。
もとい、助けられた。
その実感が出てくるよりも先に、慌ただしく走る羽目になった。
何が起こっているのか、それをプリンセス・テンペストが知るのはこれから十分ほど後のことになる。
彼女は聞かされる。
ここは聖杯戦争という儀式の舞台として用意された偽の現実で、自分はその参加者として選ばれたらしいこと。
そして自分を助けたこの青年がランサー……テンペストを導く、サーヴァントであるということを。
◇
「聖杯にかける望みはない。本当にそれでいいんだね?」
「………うん」
ランサーの問いに、プリンセス・テンペスト――に変身することの出来る少女、東恩納鳴は小さく頷いた。
どんな願いでも叶えられるという響きには確かに魅力的なものがある。
もしも聖杯戦争という過程なく願いを叶えてもらえるというのなら、鳴はきっと飛びついただろう。
だが、そんな甘い話がそうそう転がっているわけもないのが現実だ。
聖杯を手に入れるには、他の参加者を蹴落とすという過程を辿らなければならない。
蹴落とすとはすなわち、殺すということだ。
鳴はそれを聞いて、聖杯に願うのは悪いことだと思った。だから、やめることにした。
「……いや、それでいい。その答えを聞いて……身勝手だけど、少しだけ安心したよ」
こんな幼い子供が、人を殺してでも叶えたい願いを抱いているとなれば相当なことだ。
だからランサーは素直に鳴の答えを聞き、安堵した。
しかしそれと同時に、罪悪感を覚えずにはいられなかった。
その理由は一つ。単純にして明快な話だ。
ランサーは聖杯という望みを捨てられない。
どんな手を使ってでも叶えられない願いを成就させる至高の宝具をみすみす取り逃すことは出来ない。
「鳴ちゃん。君のことは責任を持って僕が元の世界へ送り届ける。
けれど、これだけは分かってくれ。僕は聖杯を必要としている――あれを手に入れなければならない」
それはつまり、殺すということ。
鳴の表情にも不安と困惑の色が浮かんでいた。
無理もない話だ。子供にこんな顔をさせたくはなかったが、しかし隠しておくわけにもいかない。
「ただ、なるべく君の意向には添うから安心してほしい。
……それに、これは希望的観測だけどね。
もしかしたら、戦わないでも聖杯だけを横取りできるような手段があるかもしれないだろう?」
上手く笑えたかは怪しかった。
しかし鳴の顔が僅かに緩んだ辺りからして、きっと上手く笑えていたんだろうとランサーは思う。
同時に自己嫌悪をより強めた。
櫻井戒という男は――どこまで腐りきった屑なのだ、と。
櫻井螢。
それが、ランサーを駆り立てる妹の名前である。
彼女を偽槍の宿命と黒円卓の存在、その双方から遠ざけて幸せな人生へ導くこと。
それを叶えるには、通常の手段では到底不可能だとランサーはかつて思い知らされた。
だからこそ、ランサーは聖杯を手に入れなくてはならない。
鳴には到底見せられないような外道に手を染めてでも、絶対に聖杯に辿り着かなければならない。
せめて、彼女だけはちゃんと元の世界へ戻そう。
自分のせいで巻き込んでしまった、この幼い少女を死なせない。
その誓いだけは絶対に守り通そう。それだけが、自分にできる唯一のサーヴァントらしいことなのだから。
【クラス】
ランサー
【真名】
櫻井戒@Dies irae
【ステータス】
筋力B+ 耐久A+ 敏捷C 魔力A 幸運E 宝具A
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
【保有スキル】
エイヴィヒカイト:A
人の魂を糧に強大な力を得る超人錬成法をその身に施した存在。
聖遺物(この場合は聖人の遺品ではなく、人の思念・怨念・妄念を吸収した魔道具のこと)を核とし、
そこへ魂を注ぐことによって、常人とはかけ離れたレベルの魔力・膂力・霊的装甲を手に入れた魔人。
エイヴィヒカイトには四つの位階が存在し、ランクAならば「創造」位階となる。
心眼(真):B
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
直感:B
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。
視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。
【宝具】
『黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~8 最大捕捉:1
ハインリヒ・ヒムラーの命により鋳造されたとされる、神槍の偽作。
第二次大戦当時著名であった刀鍛冶・櫻井武蔵が極東より呼び出され、この槍の鋳造に携わった。
「常人にも扱える聖槍」を目標に製造されたこの偽槍は、櫻井の者のみが精錬方法を知る特殊金属『緋々色金』によって造られた代物であり、使用する者によってその姿・大きさを様々なものに変えるという特徴を持つ。
あまりの完成度から、贋作は聖槍の性質を歪んだ形で備えるようになり、結果偽槍は櫻井一族の魂を狙い撃ち、一度偽槍を手に取った者は、例外なくその体と魂を喰らわれ、生ける死者に変えられてしまう呪槍となった。
単に所有者となっただけでも症状は進行するが、偽槍を一度でも行使すれば速度は一気に跳ね上がる。その強制力は尋常ではなく、櫻井の魂を食わんとする偽槍の意志を直接向けられたわけではない第三者でも、意志の醜悪さに慄くほど。
殺した相手の武器・能力を奪い取るという力を常に発現させており、これによりランサーは倒した英霊・マスターの宝具やスキル、更に櫻井一族の創造位階、ランサー自らの手で殺した戦乙女の創造までも使用可能となっている。
但し、それらを扱うためには後述する最後の宝具を使用する必要がある。
ココダクノワザワイメシテハヤサスライタマエチクラノオキクラ
『許許太久禍穢速佐須良比給千座置座』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1
自己の腐敗毒への変生、すなわち己を毒の塊へと変える創造。
この状態のランサーに触れることは毒の海に飛び込むようなものであり、触れればたちまち毒を受けて腐っていく。
当然、彼からの攻撃を受けても毒を喰らうことになる攻防一体の宝具。
凶悪さに反して元手となった渇望は、「大切な人たちが美しくあるよう、全ての穢れを己が引き受ける」という、自己犠牲による他者の救済と防衛の祈りである。
『継承される原初の魔名(トバルカイン)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1
「櫻井戒」から「トバルカイン」という、偽槍に取り込まれた成れの果てへと変貌する為の宝具。
こうなったランサーは幸運を除く全てのステータスがワンランク上昇するが、代わりに狂化し、令呪を用いない一切の指示を受け付けない狂戦士に成り果てる。攻撃方法も主に稲妻を扱ったものへ変異する。
死者を扱うことに長けた術者であり、同時に彼へ友好的な人物ならば手綱を引くことも可能だが、しかしマスターのテンペストではまずそれは不可能だろう。
宝具発動後のランサーは前述通り、過去の櫻井一族が持つ創造、戦乙女ベアトリスの創造、自らの手で屠ったマスター、英霊の術理をも宝具として使用できるようになる。
『戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1
トバルカインの内側に存在する聖遺物。少なくとも現状は無意味であるもの。
【人物背景】
聖槍十三騎士団黒円卓第二位、三代目トバルカイン。
屍兵の呪いを自分の代で終わらせ、妹を汚させないという確固たる信念を持って行動していたが、後に偽槍を手に取りトバルカインへと取り込まれた。
【サーヴァントとしての願い】
妹の幸福。ただそれだけのために聖杯を求めている。
【マスター】
プリンセス・テンペスト@魔法少女育成計画JOKERS
【マスターとしての願い】
元の世界に帰りたい。死にたくはないが、聖杯が欲しいかと言われると微妙
【weapon】
ブーメラン
【能力・技能】
☆風の力を使って敵と戦うよ
風の力を宿す魔法。
刃に鎌鼬を宿すなどして飛行をも可能とする。
【人物背景】
人造魔法少女「ピュアエレメンツ」の一人。
【方針】
帰りたい
最終更新:2015年12月14日 20:54