時刻は午前八時を少し回った頃。
 日本中が起床を終えて一日のルーチンへと向かい始める時間帯にも関わらず、岡部倫太郎はネットカフェの一室に居た。
 一応の身分は大学生ということになっているが、彼はこの数週間、一度も学び舎へは足を運んでいない。
 それどころか一応の自宅にも、彼が創設した未来ガジェット研究所にも、全く寄り付かずにいる有様だった。
 ではどこで過ごしているかと言うと、それはこのネットカフェである。
 時たま個室付きの漫画喫茶にもなるが、ホテル以上に安値で気軽に利用できる宿という意味では同義だ。

 朝っぱらからパソコンのモニターへと向き合い、黙々とネットサーフィンに徹する。
 そんな彼の姿をもし人が見たなら、世の九割五分は彼を社会からドロップアウトした哀れな若者と見做すに違いない。
 しかし、岡部の目には確かな光が灯っている。
 断じてそれは進むことを諦め、自分の内側へと逃避したものの目ではなかった。

 何かを成し遂げたい情熱で瞳を爛々と輝かせ一心不乱にキーボードを叩き、表示される情報を片端から叩き込んでいく。
 特筆して強い力を持つわけでもなければ、生まれてこの方戦いらしい戦いをした経験すらない。
 いわゆる魔術師と呼ばれる人種に比べ、そういう意味で岡部は圧倒的に劣っている。
 サーヴァントはおろかマスター相手にすらも、ろくに戦えはしないだろう。
 だとしても、彼にとて出来ることはある。
 彼女達がより万全に戦えるよう、情報を揃えて作戦を練ることならば、岡部にだって出来るのだ。

「ライダー、起きているか」
「ん」
「起きていますわ、マスター」
「そうか。なら、少し聞いてほしいことがある。今後の方針にも関わってくる話だ」

 マウスカーソルを移動させ、一番左のタブへ。
 そこにはニュースサイトの画面が映し出されていた。
 「XX電機が永久機関の開発に成功 人類史上初の快挙」……そうでかでかと見出しが貼られ、にこやかに笑う重役らしき人物の写真が掲載されている。
 一週間ほど前のニュースだったが、この速報が駆け巡った時、ネット上は非常に大きな盛り上がりを見せた。

 永久機関と言えば、理論上まず実現不可能とされていた疑似科学理論の代名詞だ。
 SF(サイエンス・フィクション)の世界でこそ時たま登場することはあったものの、実際の所誰も、三次元(リアル)の表舞台でその名を聞くことになるとは思っていなかったに違いない。
 厳密にはそもそも此処も現実世界ではないのだが、それは一旦置いておく。

「お前達が知っているかは分からないが、このニュースは俺に言わせれば、どこのSF小説だって話なんだ」
「あら、これなら私達も聞き覚えはありますわ。そこまで詳しい訳ではありませんけれど」

 岡部は知らない話だったが、二人の海賊が生きた時代には、この永久機関を巡ってちょっとした騒ぎがあった。
 当時から実現の可能性は限りなくゼロに近いとされていた永久機関装置を完成させたと豪語する者が現れたのだ。
 それが嘘か真かは結局明らかとならず仕舞いだったものの、彼女達も風聞で、永久機関の概要くらいは知っていた。
 外部からエネルギーを受け取ることなく、仕事を行い続ける装置。
 手が届かないというところまで引っくるめて、真に夢の機関と呼ぶべき代物である。

「なら話は早い。お前達は、これがNPCだけの手で生まれた成果だと思うか?」
「それはないだろうね」

 否定したのはメアリーだった。
 続いてアンも同意するように頷き、岡部も二人の反応を見て満足げな顔をする。

「NPCってのは、つまり舞台装置ってことでしょ? 
 マスターの現実でも同じように発明に成功していたなら別だけど……装置の枠を超えた行いだと僕は思うな。
 これが本当に触れ込み通りの品物だとしたら、それこそ人類史に名を残すくらいの大偉業だし」
「俺もそう考えた。誓って言うが、俺の知る現実世界ではそんな大発明があったなんて発表は一切なかった。
 『永久機関の発明』というのは、この電脳世界だけで起きているイベントという訳だ」
「と、なると――」
「ああ。聖杯戦争の関係者が一枚噛んでいる可能性が高い」

 この聖杯戦争では、殆どのマスターに各々固有のロールが与えられる。
 それを上手く活かすことで他の参加者相手に有利な立ち回りが出来る訳だ。
 そう考えると、民間企業に取り入った理由も自ずと見えてくる。

「何しろ物が物だ。実践してみせた上で提供すると嘯けば、どこの会社も喜んで飛び付いてくるだろうさ。
 どれだけの額を支払っても、まず永久機関の存在だけで黒字は確実だからな……」
「なるほど。体よく扱いやすい後ろ盾を得た、ということですね」

 とはいえあくまでも存在を確信出来ただけで、敵の手の内に関してはさっぱり分からないのが現状だ。
 それでも、敵は相当なやり手だと岡部は思う。
 永久機関などという代物を持っていることも、協力を取り付ける手腕と強かさも。
 自分などでは到底及びもつかない知略と行動力の冴え渡る人物であることを予想させるには十分すぎる情報だった。

 曰く、発明された『永久機関』を使用するには、特殊なスーツを着込む必要があるらしい。

 何らかの魔術か、サーヴァントの力によるエンチャントを施された品物。。
 宝具そのものということはないだろうが、いずれにせよ、あの内側で何か特殊な力が働いているのは間違いない。
 彼の提供した永久機関の原理は未だ明かされていないが、魔力を動力源としたものと見るのが最も現実的だろう。

「それで? マスターは、どうするつもりなのさ」
「……そこをお前達にも考えてほしいのだ」

 岡部は得意気に語っていた様子から一転、顰め面に表情を変えて言う。

「存在が確認できたからと言って、個人の身分にまで踏み込める訳ではない。
 このマスターを最初の標的として追っていくべきなのか、それとも頭角を現すまで無視すべきか」

「そりゃ、無視に限りますわね」

 返答は、すぐに返ってきた。
 よもや即答されるとは思っていなかったのか、岡部は一瞬だけ呆気に取られる。

 ――彼女達は海賊だ。かの大航海時代を生き抜いた、海の覇者達の一人だ。
 熾烈極まる大航海時代でのし上がろうと思うなら、単純な力技で押し通せば済むなどという幼稚な考えは捨てねばならなかった。海で名を上げるには、船内での謀略や政府との交渉、果てには異なる旗を掲げる海賊達への対処まで、あらゆる場面で頭を巡らせることが腕っぷしの強さ以上に要求される時代だった。
 実際、それを怠って数え切れないほどの海賊が海の藻屑、或いは処刑台の露と消えてきた。
 海賊ジョン・ラカムの下で培った経験、ノウハウ、知恵、戦略術。
 アンとメアリーは大航海時代を生き、歴史へ名を残した大海賊として、当然それらを修めているのだ。

「先ほどご自分でも仰っていたでしょう? 聖杯戦争を有利に進めるため、金銭目的で企業へ取り入ったと。
 では、絞った金を何に使うか。当然、守りを固めることや拠点の整備、物資の調達などに用途は限られてきます。
 いわば、万全の体制があちらにはあるという訳ですわね。マスターはそんな相手へ堂々挑んでみたいと?」
「マスターがやれ、って言うなら僕らはそれに従うよ。
 ただ、僕らは決して多芸じゃない。守りの宝具も、絡め手や便利アイテムみたいなものも持っちゃいない。……少し癪だけど、流石にちょっと厳しいと思うな」

 アン・ボニーとメアリー・リード。
 二人一組という異例の現界を果たした彼女達ではあるが、あくまでも彼女達はいち海賊だ。
 魔術師ではないし、神話の偉業を成し遂げた訳でもないのだから、物珍しい宝具やスキルはない。
 あるとすれば二人であることを活かしたコンビネーション。しかしそれも、殆ど役立つのは戦闘時に限定されるものだ。

「……そうか。分かった、ひとまずは頭の片隅に置く程度に止めておこう。
 こいつらが尻尾を出し、討伐可能と判断されてからでも遅くはない、ということだな」
「理解が早くて助かりますわ、マスター。昨日のお姿とは大違いでしてよ」
「からかうな、ライダー。俺はただ……」

 目が覚めただけだ。

 そう呟く岡部の目には、昨日メアリーから諭されるまでのどこか鬱屈とした感情はどこにも存在していなかった。
 サーヴァントからの激励。
 それは彼へ……友を救うために時間を繰り返し続ける旅人へ、強い覚悟を呼び起こさせた。
 椎名まゆりを救う。
 その願いを叶えるには膨大な世界線移動の繰り返しをあてもなく続ける必要がある。
 更に、それだけではない。
 あまりにも絶望的な話だが、『そもそも世界線移動では不可能』な可能性も、決して存在しないとは言い切れないのだ。
 本来であればそれは、世界線の原理からしてもあり得ない話。
 しかし、椎名まゆりは世界に死を望まれた人間だ。
 彼女に定められた運命を、常識に当て嵌めて考えようとすること自体が無意味。
 ――だとすれば、どちらにせよ、俺は聖杯を手に入れなくてはならない。

 その思いが、岡部倫太郎に覚悟を決めさせた。
 まゆりを助けるために他の全てを倒し、聖杯の恩寵を以って彼女を救うという、強い覚悟を。

「……ま。この様子なら、僕らが心配する必要もないかな。思う存分戦いに専念できそうだ」
「あ、その話なんですけれど、マスター。結局『討伐令』についてはどうなさるおつもりで?」

 『ヘンゼルとグレーテル』、そしてそのサーヴァント『アサシン』を撃破せよ。
 ……とのクエストが発令されたのは今朝方のことだった。
 明らかにやり過ぎたペースで屍を重ねていた彼らが見咎められるのは予想していたが、その名前は些か奇妙だ。
 ヘンゼル『と』グレーテル。この名前では、あたかも殺人鬼のマスターは二人いるように思われる。
 もしかすると、本当に二人いるのかもしれないな。岡部は自分のサーヴァント達を見、そう思った。

「討伐クエストには参加の方向で考えようと思う。
 報酬が欲しくないと言えば嘘になるが、他の主従について情報を集める上でも都合がいいからな」
「ふむ。つまり、あまり積極的に下手人の首を狙う必要はないってこと?」
「目の前に姿を現したなら話は別だがな。そうでない限りは、あくまで余力を温存しつつ程々に、だ」

 今夜――いや、それどころか昼間中にでも、聖杯戦争は何らかの動きを見せる筈だ。
 これまでのように呑々とした時間を過ごせるとは思わない方がいいだろうし、また、そうするつもりもない。
 アンもメアリーも、バリバリ戦闘向きの性能をしたサーヴァントだ。
 ならば、彼女達が最も輝ける前線へ積極的に出してやるのが一番その真価を発揮させられるのは当然のこと。
 隠れ潜んで時を浪費するのはもうやめだ。これからは積極的に聖杯戦争へ関わり、敵を倒していく。
 そして、最後には。

 必ず、我が未来ガジェット研究所の一員を運命の檻から救い出してみせる。

 それまでは、たとえ誰が現れようとも――この足は、止めるものか。


【D-4/ネットカフェ/一日目・午前】

【岡部倫太郎@Steins;Gate】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 白衣姿
[道具] なし
[所持金] 数万円。十万にはやや満たない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1:討伐クエストへ参加しつつ、他マスター及びサーヴァントの情報を集める
2:『永久機関の提供者』には警戒。
[備考]
※電機企業へ永久機関を提供したのは聖杯戦争の関係者だと確信しています。

【ライダー(アン・ボニー)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 長銃
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:討伐クエストへ参加する

【ライダー(メアリー・リード)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] カトラス
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:討伐クエストへ参加する

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最終更新:2015年12月30日 14:32