聖杯戦争が開幕してからまだ半日と少ししか経過していないにも関わらず、このK市は既に惨憺たる様相を呈し始めていた。
  白昼堂々から行われる襲撃、衆目に触れることを厭わない凶行。
  殺人鬼と双子の主従は未だ暗躍を続けており、街には力に溺れた急拵えの禁術使いが這い回る。
  そして現在何よりも注視すべきであろう事象は、やはり一個の島を溶解させながら、本土へと汚濁の軍勢を届かせつつある怨念に塗れたデミ・サーヴァントだろう。
  反則的なほどの軍勢能力を有するそれは、着々と勢力を拡大しつつある。現在進行形で、だ。
  遠からずあのサーヴァントが、全ての主従を脅かす事態を引き起こすのは想像に難くない。ほぼ確実だと言ってもいい。

  当然それは、松野おそ松というマスターにとっても決して無関係な事柄ではなかった。
  彼とて聖杯戦争に呼ばれた、願望器を得る権利を持つ者の一人であるのだから、当然の話だ。
  むしろ彼とそのサーヴァント・シャッフリンにとっては、致命的と言ってもいい。
  先刻勃発した戦いでは彼女達が優勢に進めたが、軍勢型の弱点として、個のスペックと数の双方で優る敵に対して勝利をもぎ取れる可能性はごくごく低いことが挙げられる。
  スペードのエースという、アサシンでありながら三騎士クラスに匹敵したステータスを持つ最強のカードの存在を含めても、決して容易な相手ではない。
  彼が真っ当なマスターであったならば波乱の気配を察知し、いち早く動いていたに違いない。
  しかし生憎と、おそ松は真っ当ではなかった。
  かと言って、無能でもない。それ以前の問題だから始末が悪いのだ。

 「な……っ」

  おそ松は、その光景に瞠目する。
  心臓の鼓動が早まり、背筋をじっとりとしたものが伝う。
  吐息は荒く、目は左右に忙しなく動いて動揺ぶりを示していた。
  馬鹿な――これはなんだ? こんなことが、本当にあるのか?
  言葉にこそしなかったが、おそ松は、目の前の現実を理解できずにいた。
  そして理解が追い付く頃、彼はゆっくりとシャッフリン……ハートの3へと振り向く。

 「シャッフリンちゃん……」

  そうして絞り出した言葉は。

 「ヤバいくらい勝ってる……!!」

  歓喜と戦慄を五分五分ほどの割り合いで同居させた、駄目人間の状況報告であった。
  おそ松が座り、かれこれ一時間ほど没頭しているスロット台の真ん中には、黒線で縁取られた真っ赤な『7』の文字が三つ並んでいる。
  子供でも、その意味は分かるだろう。つまり、大当たり。
  休日でもないのに真っ昼間からパチンコ屋で金を溶かしている駄目人間達が等しく切望する、一つの到達点である。

  ハートの3は霊体化しておそ松の戦いを見守っていたが、彼女にはスロットの楽しさはいまいち伝わっていないようだった。
  五月蝿いし、店内の匂いもお世辞にも良くないしで、出来ることなら早く帰りたいと思っている。ただ、マスターは実に楽しそうにしているので、彼女は黙ってそれを見守っていた。
  銀玉の積まれた箱の数がまた増えていく。彼女は知る由もないことだが、現在松野おそ松はそのパチンコ人生の中でも、間違いなく三本指には入るだろう大勝ちをしていた。
  使える資金が増えるという点では、確かに悪いことではない。ただ、おそ松のことだ。
  大方、この勝ちで得た金のほとんどはくだらないことに消えるか、更なるギャンブルで儚く消え去るだろう。NPCとはいえ欲の塊なことは変わっていない、兄弟達に徴収されるかもしれない。
  とにかく、長持ちする金ではない。おそ松と黄金律のスキルは、生涯無縁なのだ。

  マスターはスロットの絵柄に熱狂し、サーヴァントがそれをじっと見ている。
  聖杯戦争の一幕とは思えない、異様な光景であった。
  しかし幸か不幸か――いや、間違いなく不幸であろう――、彼らの状況はこれより動く。
  そのきっかけとなったのは、知性にもとるシャッフリン達を統率するジョーカーからの連絡だ。

  連絡自体は、先程もあった。
  それは定期的な報告のようなものであり、ハートの3番は素直にマスターと散歩中、とジョーカーへ伝えたのを覚えている。
  だが、今度のは報告ではなく、指令だった。ジョーカーからハートの3番への、今の局面では少なくとも彼女にしか出来ない仕事の命令。

  マスターを護衛しつつ、家まで戻れ。

  その指令を受けたハートの3番は霊体化を解除し、未だスロットにお熱なおそ松の袖をくいくいと引っ張る。

 「え、ちょ、なになに! 今めっちゃ大事なところだからちょっと待って!!」

  ジョーカー以外のシャッフリンが持つ知性は極めて低い。それどころか、そもそも言語らしいものを使うことがまず出来ない。
  おそ松に家へ戻った方がいい旨を伝えようにも、それすら上手く行かない。
  まともに出来ることがこうして袖を引いたり、下手くそなジェスチャーをしてみたりすることしかないので、当然伝わるわけもないのだ。
  普段ならばまだしも、パチンコは人を狂わせる。プレイヤーが勝っている時は特にだ。
  パチンコの件はさておき、ジョーカーも自分以外のシャッフリンがこと意思疎通の必要な場面では役に立たないことは承知している筈。
  このまま此処で待っていても、いずれジョーカーの方から迎えに訪れるだろうが、シャッフリンの指揮官であり軍勢の霊核にも等しい彼女を無闇に動かすのは決して得策ではない。
  キィキィという言葉にならない声で必死に彼へ伝えようとするハートの3番は実に健気で、バカなマスターを持ってしまったことに同情したくなるほど哀れだった。

  しかしそんな時、可哀想な少女への救世主が現れる。

 「お・客・様~~?」
 「だあ~っ、今度は何!!」

  ハートの3番とは逆側の肩を掴み、ぐぐぐぐと力を込めているのは見知らぬ男だった。
  パチンコ屋の制服に身を包んだ全身像は決して醜いわけではなかったが、あまりにも目立つ一パーツが他の要素を彼方へ置き去ってしまっている。
  上顎から突き出た、見事なまでの出っ歯だ。
  その歯はかつて世界中を賑わせたこともあるのだが、ハートの3番はそんなことは知らない。

 「ってお前かよイヤミ! お前此処でバイトしてたの!?」
 「クズだクズだとは思ってたけど、まさかそんな幼女に手を出す変態だったとは思わなかったザンスよチョロ松」
 「いや俺おそ松!」
 「と・に・か・く、パチンコ屋に子供連れで入店するのは違法行為ザンス。そのせっせと稼いだ玉ぁ置いて、とっとと出てってチョ!!」 
 「んだとぉ……!」

  拳を握るおそ松だったが、しかし、彼は周囲を見回した時に気付く。
  周りの客(クズ)から注がれる、軽蔑したような視線の数々。
  反射的に席を立ち上がったおそ松は、思わず後ずさりしてしまった。

 「な、何でだ!?
  俺達は同じ穴のムジナ、数多くの戦いと世間からの陰口を共にした戦友じゃないか!?」
 「分からないザンスか~? 今このクズどもがチミに思っていることは、『下には下がいるんだな』ってことザンス!!」
 「そ、そうなのかっ!?」

  周りの客達は次々目を逸らすか、自分の台へ視線を戻し始める。
  子供連れはねえよ、と誰かが呟いたのが聞こえた。
  事情を知らない者にしてみれば、ハートの3番の姿はこう見えた筈だ。
  パチンコに熱狂する保護者に振り向いてもらおうと、必死に気を引こうとしているように。

 「分かったらとっとと家へ帰るザンス、クズ松~~~!!」

  ショックを受けたように目を見開くおそ松を、イヤミと呼ばれた店員は満面の憎たらしい笑顔を浮かべながら蹴り飛ばし、サッカーボールのように彼を店外まで吹き飛ばした。
  慌ててそれを追いかけ、ハートの3番も外へ出る。
  おそ松は頭にタンコブを作ってこそいたが、意識はあるようだ。
  ギャグ補正という言葉を知らないハートの3番は、そのことにほっと胸を撫で下ろす。
  この時、店内ではおそ松の出玉を全部横取りして換金しようとしたイヤミが客にボコボコにされていたりするのだったが、彼と彼女にはもはや関係のない話だ。

 「いってぇ……イヤミの奴、鬼の首を取ったみたいに……」

  次会ったら覚えてろよと、おそ松は負け惜しみを叩きながら顔を上げた。
  パチンコの勝ちが消滅してしまった以上、もはややることもない。ついでに言うなら金もない。

 「そういえばハートの3番ちゃん、さっき何か言おうとして――」

  そこまで口にしかけて、おそ松は思わず動きを止めた。
  パチンコ屋の隣には個人経営の電化製品店があって、その店先では展示品のテレビでニュース番組が放送されている。
  しかしそこに写っているのは、いつもの退屈な政治の話でも、芸能人のスキャンダルでもない。
  ヘリコプターで撮影された、海を埋め尽くす勢いで広がっている、汚濁の海域。
  知識がなくとも一目で有毒だと分かるそれはあまりにも非現実的な光景で、荒唐無稽なことには慣れっこなおそ松でさえも、思わず眉間に皺を寄せてしまう。

 「……何だよ、これ……」

  まるで怪獣映画だ。
  おそ松がそれを見て最初に思ったのは言葉にした通りの疑問であったが、次に思ったのは『いつもと違う』ということだった。
  これまで幾度なく巻き込み巻き込まれを繰り返してきた、とんでもない出来事。
  聖杯戦争も、おそ松に言わせればその一つだ。しかし画面越しに見る汚濁の海は、完全にそれらと一線を画していた。
  実際に現場を見ていなくても分かる、強すぎる怨念。
  質の悪い心霊写真を見た時のような悪寒が、自然と体を突き抜けていく。

 「……あのさ、これって」

  聖杯戦争と関係あるやつだよね? と、おそ松はハートの3番へ問うた。
  ハートの3番は、こくりと頷く。
  その時、松野おそ松は初めて、聖杯戦争という"ゲーム"に恐怖を抱いた。
  高所から真下を覗いた時のような、克服し難い死の気配を、彼は感じ取ったのだ。

 「とりあえず、帰ろう」

  ハートの3番の手を取って、おそ松は少しだけ焦りながら家路を急ぐ。
  彼は、気付かなかった。
  その後ろ姿と、霊体化していないハートの3番を見ている者があったことに。



 「リリィさん、あの子……」

  臨時下校。
  サーヴァントの襲撃により、予定より早く帰宅することになった越谷小鞠が遭遇したのは、マスターに手を引かれながら何処かへと向かうサーヴァントらしき少女であった。
  根拠は、ステータスが見えることだ。
  ほとんどの項目が最低ランクであったが、耐久だけは群を抜いて高い。それでも、何か特別な宝具を持ってでもいない限りは、戦えばセイバー・リリィが勝つだろう。

 『どうしますか、コマリ』

  その問いに、小鞠は慌てる。
  確かに、戦ったなら確実に勝てる相手だ。
  しかし忘れてはならない。小鞠は、聖杯戦争がしたいわけではないということ。むしろその逆で、彼女はこの恐ろしい戦いから帰りたいと思っていることを。
  質問をしてから、リリィは酷なことをしてしまったと反省した。
  小鞠は中学生。無力な少女だ。下手をすれば命の行方を左右するような決断を、彼女だけに委ねてしまうのはあまりにもあまりな話。助け舟を出そうとリリィが口を開きかけた時、小鞠は、既に一人と一騎の後ろ姿を見ては居なかった。

 『コマリ? 何を見て――』

  追ってリリィも視線を動かした。もし彼女が霊体化を解いていたなら、彼女はきっと強張った顔をしていたことだろう。
  汚濁の溢れる海。原因不明の公害が、K市近郊の海域を中心として爆速的に広がりつつある。
  その原因に、彼女達は心当たりがあった。
  ――まず間違いなく、サーヴァントの仕業だろう。しかし、これだけ暴れては討伐令が下らないとはとても思えない。
  マスターがサーヴァントを制御できていないのか、それとも……

 "マスターも、既に……" 

  あの汚濁(ヘドロ)に、呑まれているのか。  
  リリィはおぞましい想像に、見えざる顔色を曇らせた。
  何か、大きなことが起ころうとしている。
  聖杯戦争の最初の節目となるような、大きな波乱が。


【A-3/パチンコ屋付近/一日目・午後】

【松野おそ松@おそ松さん】
[状態] 健康、軽度の焦り
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(赤) 、シャッフリン(ハートの3)と一緒(方針:マスターに同行)
[道具] なし
[所持金] 金欠(イヤミの妨害により悪化)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にして豪遊する
1:家に戻る
2:シャッフリンちゃんたち、大丈夫かな
3:『彼女たち』には、欠けてほしくない
[備考]
※聖杯戦争を正しく認識していません。
※シャッフリンをそれぞれ区別して呼ぶようになりました。

【アサシン(シャッフリン/ハートの3)@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを勝利させる
1:家に帰るまで、マスターを護衛する


【越谷小鞠@のんのんびより】
[状態] 健康、不安
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:何、これ……
2:目の前の二人を追う?

【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン<リリィ>)@Fate/Unlimited cords】
[状態] 疲労(中)
[装備] 『勝利すべき黄金の剣』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを元の世界へと帰す
0:目の前の主従をどうするか考える
1:コマリを守る
2:バーサーカーのサーヴァント(ヒューナル)に強い警戒。
3:白衣のサーヴァント(死神)ともう一度接触する機会が欲しい
4:これは……

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最終更新:2016年05月20日 16:45