夢を見ていた。
  嫌な、胸糞の悪い夢だった。
  夢の舞台は日本ではなく、どこかの外国。
  多分、今からそう遠い昔でもない時世が舞台であったと思う。
  ぐっしょりと汗で濡れた衣服の感覚が、夢の中で浴びた血糊を思わせて具合が悪くなる。

  サーヴァントを使役するマスターは、時折英霊の生前の記憶を夢に見ることがあるという。
  だとすると、あの夢は「彼」の記憶だということになる。

  なんとなく、彼が自分のサーヴァントとして召喚された理由が分かった気がした。
  要は、自分達は「失った」「奪われた」側なのだ。
  あの食えない飄々とした雰囲気を醸すアーチャーも、かつては幸せな暮らしに甘んじていたらしい。
  それをある日、強大なものによって奪い取られた。
  大切なものを目の前で壊され、殺された、その光景こそが彼のルーツになっているのだろう。


  それでも、デリュージは自分のサーヴァントを好ましく思えない。
  聖杯を勝ち取るため、そこに協力関係は必要不可欠であるということは無論理解している。
  だがそれを差し引いても、アーチャーはどうにも心から信を寄せたくないタイプの男だった。
  顔立ちも言動も柔和だが、その端々から形容しがたい胡散臭さが滲み出ている。
  戦いが終わるまで、絶対にデリュージはアーチャーに気を許すことはしないと決めていた。
  それは今でも変わらない。

  あの神父は、きっといざとなれば平然とデリュージを切り捨てる。
  自分の目的のために、一時はマスターと呼んだ仲間を見捨てることが出来る。
  その性根は裏を返せば、戦力として非常に有能なことを意味している。
  つまらない良心や様式に拘らず、柔軟にその場面を勝ちへ導くことが出来る人物だ。
  聖杯を堅実に狙う上では、一番望ましいカードと言ってもいい。
  だからこそ、デリュージは彼を信用しない。
  それこそが、彼女なりのアーチャーという戦力を最大限に活かすための策だった。

  絶対に使い捨てられるわけにはいかない。
  デリュージには、聖杯を使わなければ叶えられない願いがある。
  どんな魔法を持ってきても叶えられない、唯一無二の望みがあるのだ。
  敵のみでなく味方にも気を張らねばならない、というのは存外疲労の募るものであったが、出来なければ自分が詰むだけだ。

 「おや、お目覚めになられましたか。マスター・デリュージ」

  寝室の扉から、見慣れた金髪の笑顔が覗いていた。
  恐らく万人に人当たりのよい人物という印象を抱かせるだろう風貌。
  デリュージ以外に、彼の素性を知っている人物は……今のところ、いない。

  この世界でのプリンセス・デリュージ――青木奈美という少女は、孤児という扱いになっている。
  何年も前に身寄りを無くし、町の教会で保護され、養われている。そういう「設定」だ。
  全てを失って戦う自分への皮肉じみた役柄に、唾の一つも吐き捨ててやりたい気分になった。

 「……今、何時ですか」
 「もうじきお昼になります。休日とはいえ、少しだらけ過ぎですよ」

  軽口を無視し、のそりとベッドから起き上がった。
  部屋の入口に立っている長身の神父こそが、デリュージのサーヴァント、アーチャーだ。
  一口に、英霊らしからぬ人物だった。
  別に大仰な弓を持っているわけではない。
  雰囲気だけなら奸計に長けたキャスターかアサシンのクラスと言われた方がまだ信憑性がある。

 「昼食はどうしますか?」
 「今日はいいです」
 「そうですか。それは残念。美味しいサンドイッチが冷蔵庫にあったのですが……」
 「アーチャー」

  声のトーンが変わったのを自分でも感じる。
  それを彼も察知したのか、柔和な雰囲気が影を潜めた。

 「聖杯戦争は現在、どういう状況ですか?」
 「本格的な開戦には未だ至っていない――良くも悪くもまだ「待ち」の段階。
  私は前線で八面六臂の活躍が出来るようなスペックはしていませんので……
  悪戯にこちらの人相を周知されるよりかは、時が来るまで極力は裏方に徹した方が良いでしょう」

  アーチャーの言い分は至極もっともだ。
  デリュージも頭ではそう理解していたが、しかしやはり拘泥たるものを抱かずにはいられない。
  焦っていると自分でも分かる。
  焦ってもどうにもならず、ただ自分の首を絞めるだけだということも承知している。
  それでも、こればかりは如何ともし難かった。
  プリンセス・デリュージは冷静ではない。
  失ったものを取り戻せる好機に恵まれたことが、彼女の平静を狂わせている。

 「急いては事を仕損じますよ、デリュージ」
 「分かっています」

  そんなこと、言われるまでもなく分かっている。
  事を仕損じるなどということは絶対にあってはならない。
  そう、絶対に。
  こんな機会は二度と巡ってこない。

 「私も、貴女も。
  決して聖杯を逃すわけにはいかない――なればこそ、慎重な立ち回りを怠ってはいけません。
  虎視眈々と時を待ち、狩るべき時に狩る。戦とは何時の時代も、そのようにして進めるものです。
  特に、我々のような者の戦争は」

  デリュージも、アーチャーも、力だけで全ての敵を押し潰すような芸当は出来ない。
  だから策に徹する。
  そうして聖杯に辿り着く。
  それでもって、最後には――必ず聖杯を獲る。

  デリュージは決意新たに唇を噛み締めた。
  それから、怜悧に覗く神父の眼光と視線を交錯させ、夢の内容を思い出した。

  今までに出会った、どんなものよりも恐ろしく見えた黄金の男。
  それに付き従う火傷顔の女、無機質な男、白い少年。
  少年の銃が子どもを虐殺した。
  血が飛沫し、肉が飛ぶ。
  それを、どこか枯れ木のような神父が眺めている光景。

  目の前の彼は、とてもではないがあの草臥れた印象とは無縁の若さだ。

  しかしきっと、あの神父が彼なのだろう。
  人間が魔法少女になるように。
  彼も何かに憧れ、なり変わったのだろうか。
  そんな益体もないことを考えながら、プリンセス・デリュージは堪らず視線を背けた。




  青木奈美。
  プリンセス・デリュージ。
  魔法少女としての彼女がどの程度やれるのかを、アーチャーは未だその目で見たことはなかったが、少なくとも一介の魔術師程度に遅れを取るようなことはないだろうと推測する。
  何よりも、目が違う。
  あれは修羅場を掻い潜り、覚悟を決めたものの目だ。
  生きた時代柄、そして職業柄、ああいう目をした人間に出会うことは度々あった。
  そういう存在が集ったのが、アーチャー……ヴァレリア・トリファが名を連ねた騎士団。黒円卓だ。

 (聖遺物の使徒に肩を並べるほどの奮戦を期待するのはいささか酷ですが、申し分はないでしょう。
  むしろ今危惧すべきは彼女の暴走だ。強い少女だが、だからこそ私が手綱を握らねばならない)

  もしも手に余ると感じる時が来れば、その時は鞍替えも視野に入れるとして。
  少なくとも今のところは、代えのマスターを探す必要はないだろうとアーチャーは踏んだ。
  きっと自分は運がいい方に部類されるのだろう。
  覚悟はあり、願いに貪欲で、力もある。
  そんなマスターを引いておきながら、これ以上を求めればバチが当たる。

 「そういえば、先ほど私を見つめていた時の彼女の目――」

  あれは、複雑な心境を滲ませた目だった。
  これまでデリュージは自分を警戒の目でしか見ていなかったと記憶しているが、果たして何故。

 「ああ……」

  そういえば、契約したサーヴァントの過去を夢で見ることがある、という話があったか。
  だとすると、彼女が何を見たのかは大方察しがつく。
  ヴァレリア・トリファという英霊の根底と来れば、己が最も忌むあの日の記憶に違いあるまい。

 「いやはや――これは、お恥ずかしい物を見られてしまいましたね」

  となれば、彼女も理解したことだろう。
  ヴァレリア・トリファが何を聖杯に願うつもりなのか。
  何がきっかけとなり、邪なる聖人(クリストフ)という存在が生まれ出たのかを。  
  その通りだ。
  自分と彼女は、絶対に聖杯を手に入れなければならないという一点で共通している。
  かつて奪われたものを取り戻したいという願いも同じだ。
  そして、それが揺らぐことは決してない。

  聖餐杯は壊れない。
  聖人はただ、黄金の器で唄い続ける。
  あらゆるものを破滅へ導く、邪なる説法を。


【クラス】
アーチャー

【真名】
ヴァレリア・トリファ@Dies irae

【ステータス】
筋力E 耐久EX 敏捷E 魔力A 幸運D 宝具EX

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
 ただし、後述の宝具によってこのスキルは上塗りされている。

【保有スキル】
エイヴィヒカイト:A(―)
 人の魂を糧に強大な力を得る超人錬成法をその身に施した存在。
 聖遺物(この場合は聖人の遺品ではなく、人の思念・怨念・妄念を吸収した魔道具のこと)を核とし、
 そこへ魂を注ぐことによって、常人とはかけ離れたレベルの魔力・膂力・霊的装甲を手に入れた魔人。
 エイヴィヒカイトには四つの位階が存在し、ランクAならば「創造」位階となる。

精神感応:-(A)
 超能力。またの名をサイコメトリー。
 これによりアーチャーは相手の本質を手に取るように理解することが出来る。
 対象と同調することで対象自身も忘れ去り、心の底に沈めている真実すら抉り出せるという強力なものだが、現在彼は自らの肉体ではなく他者の肉体を使用しているため、このスキルは失われている。

貧者の見識:A
 相手の性格・属性を見抜く眼力。
 言葉による弁明、欺瞞に騙されない。

扇動:A
 他人を導く言葉や行い。
 個人に対して使用した場合には、ある種の精神攻撃として働く。

偽装:D
 実体化していてもサーヴァントであると感知されない。
 ただし一度でも正体が割れた場合、二度と作用しなくなる。

【宝具】
『黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
 愛すべからざる光――数百万の魂と恐怖を吸収したラインハルト・ハイドリヒの肉体。
 アーチャーの現在使用している身体そのものであり、攻撃力こそ然程でもないが、究極と呼ぶべき防御力を持つ。
 対物理・対魔術・対時間・対偶然と肉体にはあらゆる防壁が施されており、まさに単純な理屈故に穴がない無敵の鎧。
 同ランクの宝具であれ突破不能の鎧だが、超える方法が三つ存在する。
 無敵の耐久力を超える攻撃を加えること、防御力を無視して対象を終焉させる幕引きの拳、そして後述する究極の矛を抜いた時に生ずる鎧の隙間を狙うことである。
 もっとも一つ目の方法は火力に特化したサーヴァントであれまず不可能な次元で、二つ目も事実上論外。必然的に、アーチャーを倒すにはマスター狙いに絞るか、宝具使用後の隙を狙う以外にはない。

『神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士(ヴァナヘイム・ゴルデネ・シュヴァーン・ローエングリーン)』
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1
 ラインハルト・ハイドリヒの聖遺物――かつてかの聖人を貫いた、『聖約・運命の神槍』を限定召喚する。
 本来聖槍は規格外中の規格外でラインハルト以外に扱える代物では到底ないが、彼の場合「自分はラインハルトである」という狂信を具現化することで、一時的に不可能を可能としている。
 とはいえ自在に使いこなせるわけではなく、召喚した聖槍をただ矢のごとく射出するのみ。
 だがその威力はあまりにも絶大で、召喚された聖槍は距離と空間を無視し、概念的に存在するものすら破壊可能。
 直撃などしようものならば、どうなるかは想像に難くない。しかしマスターにかかる負担も必然的に大きなものとなるため乱発は控えるのが吉だろう。
 また、聖槍召喚時は黄金聖餐杯の防御が働かず、アーチャーの魂が完全に無防備になるため、この瞬間こそが無敵の守りを
突き崩す唯一の隙となる。

【weapon】
 徒手空拳

【人物背景】
 聖槍十三騎士団黒円卓第三位、ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン。
 61年前のベルリン以降現世に留まった団員をラインハルトに代わって統率し、黄金練成を成し遂げる儀式を遂行する役目を持つ狂気の司祭。
 平常時での物腰が非常で柔らかで正に聖職者と言った風の人物だが、狂的なまでの愛を内に秘め、そのために様々な陰謀・策謀を巡らせ外道的な手管を用いて暗躍する。
 元は東方聖教会の司祭であり、本名はヴァレリアン・トリファ。
 霊的感応能力を持っていたために他者と真に理解し合うことができず、そんな中でラインハルトとメルクリウスに見出され騎士団に勧誘される。
 その後双首領のあまりの恐ろしさに騎士団を脱走して孤児院を作り孤児たちと暮らしていたが、数ヶ月後騎士団によって発見され、ラインハルトに逃げた代償として生贄に捧げる孤児十人を選べと命じられ、彼は当時劣等と蔑まれていた人種の子どもを選び惨殺させ、挙句騎士団に連れ戻されてしまう。
 これをきっかけに、彼はラインハルトへの生贄として城の一部になった子供たちを救うべく騎士団に参加する。

【サーヴァントとしての願い】
 子供達の救済。


【マスター】
 プリンセス・デリュージ@魔法少女育成計画ACES

【マスターとしての願い】
 ピュアエレメンツの復活

【weapon】
 三叉槍

【能力・技能】
固有魔法「氷の力を使って敵と戦うよ」
 触れたものを凍らせることが可能。凍らされれば並外れた腕力の持ち主である魔法少女さえも動けない。
 また、人造魔法少女であるため変身や力の使用に特殊な手順が必要となる。

【人物背景】
 人為的に生み出された人造魔法少女の一人で、かつて「ピュアエレメンツ」と呼ばれた魔法少女達の生き残り。

【方針】
 聖杯を狙う

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最終更新:2015年12月08日 01:43