――――――この惨状は一体何なのだ。
弓兵のクラスを割り当てられし彼女が召喚された直後、第一に行った思考がそれだった。
英霊にあるまじき失態ではあるが、彼女は数瞬の間呆けてしまっていた。
薄暗い寝室のような室内、ベッドにいる数人の男と一人の女。いいや、その表現は適切とは言い難いか。
男たちの方は体格にバラつきこそあれど、成人男性と呼ぶに相応しい者たちだ。しかし女の方は―――なるほど確かに生物学的には女であるが、何もかもが未成熟であった。
一糸纏わぬ裸体を晒し、光のない瞳で天井を見上げ、平らな胸を上下させている、紫色の頭髪の少女。いや、幼女と表してもいいだろう。
全身、特に陰部に夥しいまでの精液が付着している。全員揃って全裸の男たちを見れば真実は明らかではあった。
そのような無残な姿を晒している少女がよもや聖杯を争い闘争を行うために選ばれしマスターの一人であるなどとは―――マスターとサーヴァントを繋ぐレイラインがなければ到底信じられる話ではなかった。
「おいおい何だ?もう一人コスプレした娘の追加なんて聞いてねえぞ」
「こりゃまたとんでもない美少女だな。なあお嬢ちゃん、ちょっとこっちに来てご奉仕してくれよ?」
身を乗り出して獣のような耳と尻尾を生やしたある種異形のサーヴァント、アーチャーを囲む男達。
アーチャーが呆けていたせいもあるのだろう、彼らはサーヴァントの脅威に一切気づくことはなかった。
そして彼女が状況を把握し次に取る行動を決定した時、彼らは極めて幸運なことに一切の苦痛に気づかぬまま命を落としていった。
間桐桜に与えられたのは、ある種元の世界での環境に準じた役割(ロール)であった。
遠くの街で犯罪組織に攫われ親元から引き離され、別の犯罪グループに買い叩かれ毎日嬲られる。そんな不幸な少女という設定と配役。
記憶を取り戻してから何日経ったのかすらわからない。最後に服を着ていたのが何時だったのかさえ覚えていない。
少なくとも彼女が記憶する限りにおいては、ずっと裸で倒錯趣味の男たちの欲求を満たす日々を送っていた。
しかし桜は一度として現状を打破しようと考えることはなかった。その発想すらなかった。
普通の感性の持ち主ならば正視に堪えない凄絶な環境ですらも、桜の元いた世界のそれと比較すればまだしも、いや、遥かに上等であったからだ。
絶対的存在の祖父によって身体中を無数の蟲に貪られる日々。それを思えば魔術師でもない男性たちとの性行など何ほどのことでもなかった。
だからだろう。サーヴァントによって外の世界へ連れ出されても、それが救済であると認識することができなかったのは。
些か以上に、軽率に過ぎる振る舞いであったかもしれない。
己がマスターを凌辱していた男達を残らず屠り、ひとまず郊外の森まで運んできたアーチャーは冷静さを取り戻しつつある頭でそう考えた。
まだ自分はマスターの名前すら知らないというのに、激情に身を任せ独断でここまで連れてきてしまった。
正しくない行いであった、などとは思わない。けれどもう少しはやりようがあったかもしれない。
「…過ぎたことを悔やんでどうなるものでもない、か」
ともあれ、まずはマスターの回復を待って―――酷なことだとは思うが―――何があったのか、話を聞く必要がある。
特に、家がどこにあるのかは聞いておかなければ。まさかいつまでもこの幼子を裸で野晒しにしておくわけにもいかない。
何よりも、親だ。仮初の関係であるとしても、親元に返してやらなければ。
そうした後、サーヴァントたる自分は聖杯を得るために殺し合いに身を投じるのだ。
マスターが幼子であるという時点で、アーチャーの中に彼女を矢面に立たせるという考えは存在しない。彼女が聖杯に懸ける願いからして到底有り得ないことだ。
故に、全ての敵はアーチャー一人で屠る。聖杯戦争の全てを己一人で片付ける心算だった。
無論、マスターの魔術による支援が受けられないのは単純に考えても間違いなく不利であろう。それでも、その不利はアーチャーの願いと信条を曲げさせるほどではない。
アーチャー自身、マスターの傍らで護衛しながらの戦闘に向いていない、という能力的な事情もないではないが。
「……わたし、間桐桜って言います。
…あなたは、わたしのサーヴァント、なんですか……?」
思考に耽っている時、不意に声を掛けられた。未だ瞳に光を宿さぬマスターであることは自明だった。
しかし妙だ。あれほどの仕打ちを受けて泣き叫ぶでもなく真っ先に聖杯戦争を理解し確認の問いを投げるとは。
だが、どうあれ話ができる状況というのは有難い。今は少しでも情報が必要だ。
「ああ、そうだ。私はアーチャーのサーヴァント。真名を
アタランテという。
大丈夫か、マスター?どこか痛むところはないか?」
「…どうして、助けたんですか?」
「………何?」
またしても、思考が硬直した。それほどまでにマスターの問いはアーチャーにとって夢想だにしない言葉であった。
アーチャーを非難する、というよりは純粋に疑問をぶつけている、という風だ。
しかしアーチャーは、ひとまずその言葉が聖杯に懸けるサーヴァントたる自分が何故見るからに無力なマスターを見捨てなかったのか、という意図から出たと解釈した。
幼子が発する疑問としては異様ではあるが、元々魔術師の家系の子だとすれば理解できないではない。
そう解釈したからこそ、続く言葉は全くの予想外であった。
「服はきせてもらえなかったけど、あそこはここでのわたしの家みたいなところだったんです。ご飯だって、ちゃんと出してもらえてた。
なのに、帰れなくなったら、わたし、どこにも行くところがありません」
「……何を、言っている………?あの地獄のような場所の、どこが………!」
「じごくは、もっとちがうところにあります。ムシグラに入れられるぐらいなら、男の人とするぐらいへいきだから」
この瞬間、アーチャーは如何に己の認識が甘く、過っていたかを痛感した。
マスターたる桜の瞳が虚ろなのはNPC時代の凄惨な体験故だと思っていた。彼女は助けを求めていると、そう信じて疑わなかった。
だが、違う。彼女は以前から、もっと劣悪で醜悪な地獄に置かれていたのだ!
それこそ、男たちに犯され続ける日々ですら地獄とは認識できなくなるほどに。自閉し、助けを求めるという思考すら塗り潰されるほどに。
ムシグラ、と彼女は言った。それはつまり、俗世で言う虫のことではないだろう。
恐らくは、蟲。魔術に用いる蟲を指していると見て間違いない。必然、その蟲を操る、彼女の心を蝕んだ魔術師が存在する。
全ての子が親に愛されて育つとは限らない、とアーチャーは知っている。他ならぬ自分自身が捨てられた子であるのだから。
マスターをここまで壊したのが彼女の親であるかまではわからない。だが一つだけ、はっきりしていることがある。
彼女を追い詰めたのは普通の人間の業ではない。社会の機構(システム)ですらない。悪辣な魔術師の歪んだ悪意こそが全ての元凶なのだ!
だが、それでもマスターに選ばれたならば彼女にも何某かの願いがあるはずなのだ。ならば自分がそれを叶えてやればいい。まだ、諦めるには早すぎる。
「………。そうだマスター。何か欲しいものはあるか?
これは聖杯戦争だ。聖杯ならあなたの欲しいものや、どんな願いも希望も必ず叶う」
「いいです。願いゴトとか、もうないから」
「………!」
抱きしめた。精液で自分の身体が汚れることさえ厭わずに、強く。そうでもしなければ、もはや堪えられるものではなかった。
本当は言いたかった。声を大にして、私があなたを救ってあげる、必ず幸せにしてみせる、と。
だが、駄目だ。彼女がどうやって地獄の中で正気を保っているのか、それに気づいてしまったから。
彼女を支えているのは、絶望と諦観だ。希望など存在しないのだと、心に鎧を纏うことで辛うじて環境に適応してきたのだ。
もしその鎧を無理に剥ぎ取ってしまえば、どうなる?マスターの心は今度こそ取り返しのつかないレベルまで破壊されてしまうかもしれない。
手を伸ばしても、虚しく空を切る悲しみを知っている。
孤独に打ち震え、泣き叫ぶしかない恐怖を知っている。
かつて父に山に捨てられたアタランテはしかし、女神アルテミスが遣わした雌熊に守られ、やがて狩人に拾われた。
絶望から救われたのだ。その喜びを、虐げられる全ての子供たちに与えたい。それこそ誰に恥じることもない、アタランテの願いだ。
けれど、認識が足りていなかったのかもしれない。英雄として信仰を集めた自分の手でさえ届かぬ深い暗がりがあったのだ。
こうして小さきマスターを抱きしめ、彼女の温もりを感じているのに、彼女の心には届かない、届かない!
よしんば届いたとしても、触れればすぐに崩れてしまうほどに罅割れた心を、どうすれば癒してやれる?出会ったばかりのこの自分に?
(…まだだ、まだ残っている)
それでも、アーチャーは間桐桜を救うことを諦めない。諦めるわけにはいかない。
例えばの話、アーチャーが受肉し桜と共に現世に戻り彼女を守るとする。だが、そうしても尚根本的な解決にはならないだろうという予感がある。
時に人間の、魔術師の智謀と悪意は英雄の力さえ容易く越えてくる。ましてアタランテにはヘラクレスの如き絶対の武もケイローンの如き神の智慧もイアソンの如きカリスマや弁論もメディアの如き魔術の腕もない。
あるのはマスターと寄り添い生きていくには向かない脚の速さと狩人の技能だけだ。
孤独を好み孤独に生きようとしたアーチャーが抱える、当然の弱点。
ならば、縋るものは一つしかない。聖杯だ。もとよりアーチャーは聖杯の奇跡を欲して現界したのだ。するべきことは変わらない。
仮にアーチャーの求める願いが聖杯の領分さえ越えたものであるとしても、桜一人の救済と未来の幸福を確約する程度ならば必ず可能なはずだ。そう信じなければ、この身はもはや戦えない。
「…マスター、いや、桜。この先に何があったとしても、私だけはあなたの味方だ。どうか、それだけは信じてほしい」
返事はない。体力が低下していたのだろう、眠ってしまっているようだ。
これからするべき事は数多い。聖杯戦争の趨勢以前にまずマスターの衣食住の確保から始めねばならない。彼女の口ぶりからしてこの街に家や家族はないのだろう。
恐らくこの先、普通の英雄なら忌避する盗人の如き行いもせざるを得ない。その労苦に文句などあろうはずもないが。
所謂公共機関というところに預けることも考えたが、そういった機関に魔術師やサーヴァントが手を伸ばしていないとも限らない。信用すべきではない。
何よりも、桜が捕捉されるようなことだけは絶対にあってはならない。アーチャーは優れた狩人ではあっても優れた護衛ではない。
つまりは孤独。アーチャー単騎で聖杯戦争を制する以外に桜を救う道はない。どう楽観的に考えても不利な戦だ。
「…それがどうした。この子が味わった艱難辛苦に比べれば、何ほどのことでもない」
決意は動かない。仮令この身が砕けようとも、それで桜が救えるなら一向に構わない。
どろりと、濁った憎悪が沈殿していくのがわかる。彼女をこうまで追い詰めた者どもには報いを与えねばならない。
―――ある一人の英雄が修羅へと変わった瞬間だった。
【クラス】
アーチャー
【真名】
アタランテ@Fate/Apocrypha
【パラメータ】
筋力:D 耐久:E 敏捷:A 魔力:B 幸運:C 宝具:C
【クラス別能力】
対魔力:D…一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
単独行動:A…マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用など膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
【保有スキル】
アルカディア越え:B…敵を含む、フィールド上のあらゆる障害を飛び越えて移動できる。
追い込みの美学:C…敵に先手を取らせ、その行動を確認してから自分が先回りして行動できる。
【宝具】
『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:2~50 最大捕捉:100人
守護神アルテミスから授かった『天窮の弓(タウロポロス)』によりアポロンとアルテミスに加護を求める矢文を送る。
次ターンに矢の雨が降り注ぎ範囲攻撃を行う。範囲設定も可能で、対個人用に使うこともできる。
一本ごとの矢のダメージは僅かだが膨大な数が降り注ぐため特に耐久に劣り、敏捷に優るサーヴァントに対して高い効果が見込める。
『神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)』
ランク:B+ 種別:対人(自身)宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人
アタランテが仕留めたというカリュドンの魔獣、その皮を身に纏うことで魔獣の力を我が物とする呪いの宝具。
アタランテは召喚時点ではこの宝具の使用方法を理解しておらず、我が身を顧みない憎悪を抱くことによって初めて使用可能となる。
タウロポロスの封印と引き替えに幸運以外の全ステータスが上昇した状態となるが、Aランクの狂化を獲得したバーサーカーとほぼ同等の状態となってしまう。
敵を仕留めるための論理的思考は保てるが敵味方の識別は困難となり、場合によっては己のマスターでさえ識別できなくなる。
またAランクの変化スキルが追加され戦闘状況と纏った者の性質により形態が変化する。
【weapon】
天窮の弓…狩猟の女神、守護神アルテミスから授かった弓。
引き絞れば引き絞るほどにその威力を増す。アタランテ自身の筋力はDランクだが、渾身の力を込め、限界を超えて引き絞ればAランクを凌駕するほどの物理攻撃力を発揮することも可能。
【人物背景】
ギリシャ神話に登場する狩猟の女神アルテミスの加護を授かって生まれた「純潔の狩人」。アルカディアの王女として生まれるが、男児が望まれていたため生後すぐ山中に捨てられ、女神アルテミスの聖獣である雌熊に育てられる。その後アルゴー船に乗り大英雄達と旅をし、カリュドンの猪の討伐に貢献した。
眼差しは獣のように鋭く、髪は無造作に伸ばされ、貴人の如き滑らかさは欠片も無いため一見すると粗野な女性に見える。しかし他人を「汝」と呼び、自分達を「吾々」と呼ぶなど非常に古風な話し方をするため、不思議な気品がある。
考え方や死生観が獣と同じであるため、彼女にとって生きる糧は奪って手に入れるのが当たり前であり、過度な誇りは犬にでも喰わせるべき代物。ただし自身の境遇故か恵まれない子供には慈悲を見せる。
しかし全く誇りを持っていないわけではなく退廃的、陰謀の気配を持つ者を嫌悪する。
【サーヴァントとしての願い】
この世全ての子供たちが愛される世界を作る。
それが叶わない場合は桜だけでも救済する。
【戦術・方針・運用法】
常に単独行動で敵を仕留めながら優勝を狙う。マスターである桜には誰一人として近づけない。
アーチャーは持ち前の俊足と高速射撃、気配の隠蔽能力などによって攻勢では極めて高い性能を発揮する。
やや決め手にこそ欠けるがサーヴァントを仕留めるのに必要十分な攻撃力は持っており、追撃も撤退もほぼ自由自在。神出鬼没の狩人として戦うのが吉。
反面護衛としての能力は非常に低く、自身はともかくマスターが狙われる状況になると打つ手がない。
マスターを守りながらでは自慢の脚力を活かせず、アーチャー自身の耐久力も最低レベルでしかないからだ。
全ての戦況、戦略の判断をアーチャーのみで行わなければならないのもマイナスか。
とにかく勝つためにはマスターの位置を徹底的に秘匿し続けることが何よりも肝要となる。
【マスター】
間桐桜@Fate/Zero
【マスターとしての願い】
願いも希望も、彼女には既にない。
【能力・技能】
姉の遠坂凛と同等の優れた魔術回路を持つ。
ただし魔術の薫陶をまともに受けていないため魔術行使は不可能。
【人物背景】
極東の魔術の名門、遠坂家の次女だが間桐家に養子に出された。
表向きは遠坂と間桐の同盟が続いていることの証。裏では、間桐臓硯にとっては断絶寸前だった家系を存続させるために、魔術の才能がある子供(というよりは胎盤)を求めていたという事情があった。
また遠坂時臣にとっては一子相伝である魔道の家において二人目の子供には魔術を伝えられず、そして凛と桜の姉妹は共に魔道の家門の庇護が不可欠であるほど希少な才能を生まれ持っていたため、双方の未来を救うための方策でもあった。
間桐家に入って以後は、遠坂との接触は原則的に禁じられる。魔術の修練という名目の虐待で既に人格が擦り切れている。
【方針】
???
最終更新:2015年12月27日 15:18