賭雀敗北記念「ある日のレストラン」

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テーマ「ストレッチマン」「タイタンの幼女」「うみねこ」「濃厚なはるちは」

 ここは海辺のレストラン「stretchman」
 新鮮な食材と腕利きのシェフを抱えたこの店は、決して交通の便はよろしくないのだが、
 常にお客が店内を埋めており、その評判の良さが伺える。
 店はそこそこの広さがあり、座席の数も決して少なくはないというのに、
 驚く事にstretchmanはわずか二名の従業員によって運用されているという。

 一人はどんな大量の注文であろうと、その両腕に叩き込まれた最短かつベストの調理時間を完璧な効率をもって捌き
 なにより長年の経験によって培われた食材の味を引き出す技術は「まるで腕が四本ついているようだ」と評される、
 ギリシア神話の巨神を思わせる筋骨隆々のstretchmanチーフ、通称タイタン。
 もう一人はまだ十代の名残を思わせる風貌ながら、事務からウエイトレス業までを一手に引き受け、
 あらゆるトラブルの種をその両眼をもって事前に察知し、そこに種があった事すら感じさせない手腕を誇る、
 その猫っぽさと近くに飛ぶ海鳥のウミネコとを掛けた神速ネコ目のstretchman総支配人、通称うみねこ。
 彼女らによってその日もstretchmanは何事もなく平和に一日を流れていくのだと、
 その時が来るまでは、誰もがそう確信していた。

 ◆

「うう、うわあぁぁん……!」
 大ピンチだ。
 創業以来最大のピンチが今わたしを襲っている。
 おカネの勘定からクレーマー、駐車がらみや突発的なハプニングまで、
 経歴は浅いながらもいろんなトラブルに対応し、少しずつ自信が付いてきた矢先にこれだ。

「あー……えっと、トイレ……は聞いたし、たっ、タイタンならもうすぐ帰ってくるから!」
「うぅっ……んぐっ……うわぁんっ……!」
 先ほどから怪獣にメガホンを掛け合わせたような声で泣き続ける少女、タイタンの娘さんだそうだ。
 あの寡黙に沈黙を掛け合わせたようなタイタンの子のくせして、どんな突然変異なんだろう。
 もうかれこれ二十分は泣きっぱなしで、主に子どもが泣く原因を一通り聞いてはみたけどのれんに腕押しぬかに釘。
 泣く子を尻目にお仕事できる胆力があればこの問題も解決するのだが、あいにくそんなモノは持ちあわせてはいない。
 まあ、そんな胆力を子どもを見捨てるのに使うのは、なんというか人としてどうかと思うけど。

「うっ……うぅっ……うっ……」
 使い古された言葉だが泣きたいのはわたしの方だ。そしてきっとキミの手に握りしめられているウサギさんの方だよ。
 開店にこそまだ余裕はあるが、やる事なんて山ほどある。
 接客業は笑顔が肝心とはいえ表情筋もこのまま固まってしまうのはごめんだし、
 両膝もしゃがみっぱなしで正面に見える悲鳴にもうひとつ上乗せさせるわけにもいかない。
 ええいまったくこの大変な危機にタイタンはどこ行った!なんでお子さんを連れて行かなかった!
 そんなのわたしが食品と酒類の仕入れを指示してお子さんの面倒を引き受けたからに決まってんじゃないかあああああああ!

 ◆

 魂が抜けるというのはあれのことを言うのだろうな。やあそれにしても。
 トラブルと無縁な世界に生きている彼女が我が娘ひとりにきりきり舞いとは。
 そんなレアな様を見るのはなかなか愉快ではあったが、そろそろシメにしないと私も困る時間帯だ。
 私が帰ってきた事にも気づいていないようだし、本来は仕入れを終えた事を知らせるべきなのだが
 あえて抜き足差し足で厨房に入り、コック帽もかぶらぬままにガス台に火を付けた。

 うかつな事を言い出して困るのはギャンブルだけにしておけ、それも俺が相手の時にな。と何かのマンガで見た記憶がある。
 しかしわたしが言い出したことはうかつな事じゃない。「買い出し行くならその子預かるよ」って、それだけだ。
 ギャンブルで失敗して自滅するだなんて、そんなまさか。
 それはともかく今は彼女だ。彼女が泣いている原因がわからない事にはどうしようもない。
 病気なのかと思って「どこか痛いの?」とも聞いたが、大きく首を横に振ったのでそれはないはず。
 それがわかったところでどうしようもないのだけれど……
 ああ、早く帰ってきませんかねお父さん。わたしは無力なのです。
 あなたの存在が今ほど大きく感じている事はありません。今もあなたの厨房の「じゅー」と言う音が……
 ん、じゅー?なんで音すんの?という疑問が生まれ、そして同時に解決した瞬間、思わず叫んだ。

「たっ、たっ、たたっ、たっ、たいたああああぁぁぁぁぁあああああん!!!」
 当然の絶叫に娘さんが泣く事を忘れ、ぽかんとした表情でこちらを見つめている。
 あ、泣きやんだというちょっとした感慨。
 と同時に、なんで泣きやますの手伝ってくれなかったのという感情がふつふつと湧いてくる。
 ここまでのこれがすべてタイタンの作戦通りだったのだとしたら……、百回は殴りに行こう、そう心に決めた。

 ◆

「悪い、世話をかけたようだ」
 よくもまあぬけぬけと言ってくれるものだ。一見無表情を保ってるくせして声が微妙に高い。
 内心ではこんなちっちゃい子に翻弄されてるのがおかしかったのだろう。本気で減給を考える。

「いえいえ、それよりお父様は悲しみにくれる娘様をほっぽり出して厨房で何をされていたのでしょう。
 それはきっと娘様の涙よりも、生鮮食品の鮮度よりも大切なものだったのでしょうけどもね。ああ嘆かわしい嘆かわしい」
「私はいつでも娘と妻一筋だ」
 大げさな身振りをしながら生鮮食品についてチクリ刺してみたものの、効いてないどころかノロケ返してきやがんの。

「それ二筋ってゆーよね……で、何作ってたのさ」
「ああ、娘のな」
 見るとちょっと色の濃い目なチャーハンがお皿に盛りつけられていた。
 娘さんをテーブルに座らせてお皿を置くと、彼女は涙とは違った目の輝きを見せ始めた。
 おー、ニコニコ顔でもりもり食べよる。親ってすげー。父ってすげー。

「食欲旺盛でな。娘が泣く原因もお腹が空いたぐらいしか思い当たらなかったので調理を最優先した」
「そのいいわけ今考えたでしょ」
 まあ泣きやんでくれてよかった。これでようやくいつものstretchmanの一日がスタートを切れる。
 娘さんも「はるちゃはー♪ はるちゃはー♪」とご満悦だ。
 ん、はるちゃは? なんだこれ。

「はるちゃは?」
「春雨チャーハン、娘は濃い味のこれが好きでな」

 あー。

おわり。

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