0027:豹変




 東城綾は、木を背凭れに体育座りをしながら、視線を目の前に投げ打った。
 視線の先に映るのは、視界いっぱいに立ち並ぶ、木。
 人の気配は無い。だが、人の気配があった方がいいのか、ない方がいいのか、
 彼女にその判断は出来なかった。
 人がいなければ、弱い自分はずっとこのまま。
 人がいても、その人がいい人とは限らない。
 殺し合いなんて出来ないししたくない。
 でも、自分の身を守れる何かがあるかもしれないと思って、支給品を覗いてみた。
 ――だめだった。こんなものは、とても使えない。
 この極めて異常な状況では、彼女の持つ学力も文才も何の役にも立たなかった。
「真中くん・・・」
 弱弱しく、呟かれた。
 その瞳に透明な液体が浮く。
 今まであったことが頭に浮かんでくる。
 目が覚めたら違う場所、あきらかに人じゃあない容貌を持つ者たち、
 恐ろしい雰囲気を持った3人、わけのわからない「ゲーム」の説明、
 呼び出された剃髪の大男、爆発、爆発、塵になった大男、
 見知った顔――西野さん、北大路さん、真中くん――真中くん、真中くん、真中くん。
「真中くん…真中くん、真中くん……!」
 涙をぼろぼろと零しながら、来るはずもない助けを呼んでいた。
 身体が震え、木に張りつけられてしまったかのようだった。
 逢いたい。
 誰かに逢いたい。
 あたしは、1人じゃ何もできません。
 でも、誰かが手を差し伸べてくれるなら、きっと、あたしは頑張って生きていきます。
 ですから、お願いです。誰でもいいから、優しい方をあたしに巡り会わせて下さい。
 神様。カミサマ。
 乱暴な人はイヤです。優しくて頼りになる方と巡り合せてください。もし出来るなら、真中く―――
 手を組みながら俯き、ひたすら涙を流して祈りを捧げていたその時。
 タイプライターのそれを乱暴にしたような音が鳴り響き、彼女の両足が、跳ね上がった。

「あ……」
 一瞬、何が起こったか分からない衝撃。
 何故、どうして、あたしの足が跳ね上がったのか。それに、今の音は?
「チクショ~、ハデに狙いを外しちまったじゃあねぇか。銃はあんまり得意じゃあねーんだよな」
 ぼやきながら、木々の向こうから、男が歩いてきた。
 海賊帽を被り、海賊のような格好をしたピエロ。あたしが受けた印象だった。
「まぁ、足はもう使えねぇし、何よりこんなガキだ――ちくっと楽しんで行くかぁ」
 その男からは、怖い――優しくて、頼りになる方とはまるで無縁の雰囲気を感じた。
 不意に、足に目が向いた。
 赤い何かが流れていた。何で? 良く見れば、あたしの足に、いくつもの穴ぼこが穿たれていた。
 足元に出来てきた水溜りが、脹脛にぬるい感触を与える。
 男が手に持っているものと、足を何度も見比べた。
 穴ぼこ、機関銃、穴ぼこ、機関銃、穴ぼこ、機関銃。
 痛覚が戻ってくるのは、唐突だった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 あたしの喉元を大声が突き破った。
 パンツを見られた時だって、こんなに叫んだりはしなかった。
 ――その絶叫は、あたしのお腹を思い切り殴りつけた機関銃の逆側で、止められた。
「ガキぃ、大声出して、この道化のバギー様を困らせるんじゃあねーぞ!」
 そんな小さめの怒鳴り声を、しかしあたしは咳き込むのに夢中でまともに聞き取れない。
 咳き込むのを止めたあたしの目に、また、自分の足が入ってきた。
「……あ、か…い……」
 何でこんなことを言うのか、自分でも分からなかった。
 今度は、頭を殴りつけられた。


「だ・れ・の・鼻が赤いだとォォォ!?」
 バギーの頭には血が昇っていた。それも、全くの勘違いで。
「悪かったなぁ!? これが自前で悪かったなぁぁ!?
 テメェみてぇな小娘までデカッ鼻って馬鹿にすんのか!?
 あぁ!? コラぁ!!」
 全く、周囲に気を配ることなく、何度も、何度も。
 最初に、すぐさま止めを刺さなかったのは、犯すなり甚振るなりして、時間と状況が許す限り遊ぶのが目的だった。
 しかし、バギーの頭には、もうそんなことは残っていない。
 東城は、ただ殴られるがままだった。
 上着を引き裂き、背凭れの木から身体がずり落ち、血溜まりに沈んでいく。
 いやだ。
 彼女の心に生まれたのは、はっきりとした拒否だった。
 死にたくない。
 死にたくない。
 西野さんに逢いたい。北大路さんに逢いたい。でも、誰よりも何よりも、真中くんにまた逢いたい。
 彼女がいたっていい。ずっと友達のままだっていい。
 ただ、あたしの小説を彼が読んで、彼がそれを映画にして。そんな日々がずっと続けば―――
 逢いたい。
 死にたくない。
 生きたい。
 そんな想いが、彼女の手を、デイパックへと伸ばさせた。怒り心頭のバギーの目には入らなかった。
 取り出した『それ』が、顔を覆い、血に染まる。


 ふたつの音を聞いた。

 いい加減、飽きた男の銃弾があたしのお腹を打ち抜くところ。
 耳の外側より、内側から響くような、何かが音を立てて幾数も突き刺さる音。

 最初に感じたのは、充実感だった。
 カーテンを開けたら、晴々と朝日が入り込んできたような爽快感。
 あれだけ痛かった足はもう痛くない。お腹だって。顔だって。
 みるみるうちに、痕が残りそうな怪我は塞がり消えていった。
 顔から『それ』を剥ぎ取る腕は、自分でも驚くほどよく動く。思わず握り潰してしまいそうなほどに。
 華奢な両足が、地面を掘り返さんばかりに力強くあたしを支えてくれる。
 殺したと思い込んで、あたしのデイパックに手をかけていた男が、慌てて後ろに後ずさる。
 喉が渇いた。
 ひどく喉がからからで、今すぐ飲みたいと思っている。
 何を飲めばいいのかは、自然とあたしには分かった。
 男の方を焦がれるような目で見て、あたしはあたしを解き放つように、咆哮を上げた。

「UUUURRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!」




【福井県(1日目)/黎明】

【東城綾@いちご100%】
 [状態]:吸血鬼化、至って健康
 [装備]:特になし
 [道具]:荷物一式と、支給品の石仮面@ジョジョの奇妙な冒険 は、近くに放っている。
 [思考]:1.バギーの生き血を吸う。
     2.知り合い(真中を優先)に会う。

【道化のバギー@ONE PIECE】
 [状態]:健康、東城の変化にかなり面食らっている
 [装備]:ヒル魔のマシンガン@アイシールド21
 [道具]:荷物一式。
 [思考]:1.東城を殺す。
     2.ゲームに乗る。


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最終更新:2024年08月13日 09:39