0087:吸血姫AYA ◆NjB3qY2VYE





少女の美しい面を覆う醜怪な仮面のスリットから、野蛮な眼光が覗く。
思わず身構えたものの、バギーは未だ状況を把握出来てはいなかった。
雄叫びを上げるこの女……気でも触れたか?
しかし、この迫力はなんだ?この迫力、先程の羊の様な女の放てる類の気ではない。
事実、その瞳を見てバギーの脳裏に連想されたのは、忌まわしい麦藁であり、緑髪の海賊狩りであった。つまり、それは何か。
グランド・ラインの猛者達さえ霞む程の気を、眼前の少女は漂わせている。
つまり、それは――獣の気だ。

そこにまで考えが至って、バギーの脳裏から疑問は吹き飛んだ。
確かにどてっぱらに派手に風穴を開けてやった筈なのに、何故かこのガキは立ち上がっている。そんな事はもう、どうでもいい。
死んだはずの相手が生きていた? それがどうした関係あるか。もう一遍、派手にぶち殺す機会が回って来たっていうだけの話だ。
バギーの決断は早かった。こういう手合いは、即座にぶち殺してしまうのが最良。

俺は誰だ?俺は誰だ!?俺は誰だ!!そう、俺は!
「俺は道化のバギー様だッッ!バカやろうッッ」

言うが早いか、バギーのマシンガンが金切り声を上げる。雨あられと降り注ぐ弾丸が、石造りの奇怪な仮面を粉々に打ち砕く。
そして少女の脳天からも、噴水の如く鮮血が吹き上がる……はずだった。
土煙が晴れても、バギーの眼前に少女はいない。
もはや粉々の破片となった謎の石仮面と、先刻バギーが引き裂いたボロボロの上着だけを残して、少女は跡形もなく消えてしまった。
「ど、どこ行きゃあがった、ガキィッ!」
荒い息を吐きながら、バギーは四方に向けて、やたらめったら銃口を振りかざす。
「おい! ビビッてんのかぁッ! 出て来いよ、派手にぶち殺してやっからよぉお!」
バギー自身気付いてはいないが。この気勢は、ある一つの感情を紛わす為の防衛手段だ。
二度だ。殺したはずの女を、二度殺し損ねた。意味が分からない。訳が分からない。
「逃がすと思ってんのかぁ!? 今度はしっかり狙うから!派手死刑だッッ」

そこまで、わめき散らした時だった。

不意に横合いから、白い何かが視界に滑り込んできた。
顔面のすぐ直近に、赤い斑に冒された白い何かが割り込んできた。
それが、姿を消した少女の、血にまみれた左手だと気付くより先に。
鍛えたはずの感覚が、危険から身を逸らす前に。

ぶちぃッッ

まるで、果実をもぎ取る様な音が、響いた。

「みッぎゃあああぁぁああああぁああぁぁあぁぁあぁぁああああッッ!!」
海賊船長『道化のバギー』の『念願』は、思いもよらぬ形で叶う事となった。
血の吹き出す顔面を押さえてのた打ち回るバギーを、静かに見下ろす少女――
東城綾の左手には、リンゴの様な、真っ赤で丸い、道化のバギーの鼻が、握られていた。

東城は、静かにバギーの横にしゃがみ込む。
肌を剥き出した艶かしい上半身を、自身の血とそしてバギーの血に染めて、怖気が振るう程の色気を放つ。
痛みさえ、恐怖さえ忘れてバギーが思わず見惚れる程の妖艶さ。
透ける様に白い肌にコントラストを刻む返り血の赤を浴びた様は、太古の部族の、戦に臨んだ『血化粧』を彷彿とさせる。

東城が、穏やかに口を開く。背骨を直に握られるが如き錯覚すら呼ぶ、鈴の音色だ。

「……『猿』が、『人間』には、勝てませんよね?」
「ひぃい……!」
「あなたはね、『バギーさん』。あなたは、もう……」
首筋を掴む手の平から伝わる冷たさは、もはや人間のそれでは、ない。
「……もう、私にとっての、『お猿さん』なんですよ」

バギーは聞いた。自分の首筋から聞こえる、コリコリという奇妙な音を。
バギーは見た。自分の首筋から覗く、真っ赤に染まった太い管を。
バギーは悟った――ああ、あれは……!
――あれは、俺の……静脈だ……!!

ズギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンッッ!!

唐突に恍惚が押し寄せた。射精の快感に、少し似ている。
しかし、逆だ。
何かを吐き出す悦びではない。これは、この快感は、全く真逆の、被虐の悦び。
口を限界まで開き、身を震わせて、バギーは声にならない雄叫びを上げる。
悦びの故なのか、恐怖の故だったのか。
それはバギー本人にしか、いや、ひょっとしたら彼自身にだって分かっていないのかも知れない。
それほど凄まじい奔流が、バギーの神経を駆け巡り、蹂躙する。
……そして。バギーが、その生涯における最大にして最後の法悦を味わい切ると同時に、
東城の指先が、バギーの精気を吸い切った。

干からびてボロボロのミイラになったバギーの亡骸を打ち捨てて、東城綾は考える。
正確に言うなら、それはもう、正常な人間の思考と呼べるような代物ではなかったけれど。
忘れられないのだ、荒波の様に指先から押し寄せた、快感の余韻が。
こんな、見も知らぬ恐ろしい化け物の様な男の『精』でさえ、これほどの快感をもたらしたのだ。
それが、それがあの人の『精』であったなら、
自分にどれ程の事が起こるのか、どれ程の悦びが手に入るのか。とても想像出来ない。
混然と入り混じった複数の感情が、彼女の唇を歪める。
少しの恐怖心と、それを覆い隠そうとする自制心と、そして……
その全てを覆い隠す血への渇きが、彼女の瞳を赤く染めた。

――行こう、真中君の所へ。そして、私は彼と……一つになるんだ。

数刻前まで『バギー』と呼ばれていた破片が、風に舞って、舞い上がって。
その小さな風の渦巻きの中を、東城綾は歩き始めた。





【福井県(一日目):黎明~早朝】

【東城綾@いちご100%】
 〔状態〕吸血鬼化、健康
 〔装備〕特になし
 〔道具〕荷物一式
 〔思考〕1.真中に会う
     2.空腹を満たす

なお、バギーの所持していたマシンガン、その他支給品一式は、その場に放置してあります


【道化のバギー@ONE PIECE 死亡確認】
【残り 116人】


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最終更新:2024年08月15日 07:07