0053:暴走列島 ◆XksB4AwhxU
「銀さああああァああん!!神楽ちゃあああーーーーん!!聞こえたら返事してくださーい!!」
1人の少年が風を切って走っていく。眼鏡が曇るほどに顔を上気させてペダルを漕いでいる。
鬼気迫る表情だった。滝のような汗。激しい呼吸の合間に声を上げ続ける。
「ドコですかァ!!聞こえたら返事してくださギブッ!!」
少年は舌を噛んだ。口の中に血の味が広がる。
思わぬ痛みと勢いでバランスを崩した彼は、あっというまに自転車から放り出される。
次の瞬間、芸人も真っ青で逃げ出すスピードで少年は荷物とともに道路を転がった。
自転車は土手を駆け上り一転二転して転げ落ちた。閑散とした道路にガシャーンと金属音が響く。
志村新八はゲーム開始から休みもとらずにかれこれ5時間近く支給品の自転車にまたがり爆走していた。
とにかく呼ぶ。呼んで探す。それしか浮かばなかった。思いつく前に新八は走り出していた。
銀さん、神楽ちゃん、沖田さん…途方に暮れるのは足腰立たなくなった後でいい。
体力の続く限り銀さん達を探そう―――
探しながら全力でかぶき町を目指す。互いの居場所すらわからない以上そこへ行くしかない。
万事屋銀ちゃんの本拠地。関東の江戸。地図には何故か東京と表記されている場所に!
カラカラカラと倒れた自転車の後輪が回る。
「……」
肺が、全身が焼けるように熱い。自分の汗の蒸気で眼鏡が曇って空も見えない。
不意に孤独感が身体を突き抜けた。
ここは一体なんなんだ?地図と道路看板のおかげで自分の現在位置はなんとかわかるものの、
支給された日本地図の不自然さに新八は疑問をもたずにはいられなかった。
あのバーンだか
フリーザだかいう変な服装の天人が作り上げたのだろうか。
湿った夏の風が吹き新八の身体も冷えていく。
一心不乱に前だけを見て走ってきたが、疲労に飲まれ止まってしまった今、
新八は自分が1人である事実に酷くこたえていた。
今日中に見つかるだろうか。夜になるまでに自分は彼等を探し出せるだろうか。
「銀さん…神楽ちゃん…早く出てきてよ…
僕がいないで誰がアンタらに突っこみするんだよ……」
心細さに再び眼鏡が曇る。
いつまでも休んでるわけにはいかない。向こうもきっと必死で僕を探している。
銀さん――糖分切れで廃人になっていないだろうか。
神楽ちゃん――酢コンブ切れで誰かを困らせてないだろうか。
いま、僕が行くからね。3人そろっての万事屋じゃないか。
新八はなんとか呼吸を整えながら土手に転がっている自転車に向かう。
「良かった…どこも壊れてないみたいだ」
驚いた事に自転車にはかすり傷ひとつ付いていなかった。なんて頑丈な材質でできてるんだろう。
新八はハンドルに手を伸ばした瞬間、自分の指が妙な方向に折れていることに気がついた。
「………ぎゃあああああ!!曲がってるゥ!!曲がっちゃいけない方向向いちゃってるゥゥ!!」
越前リョ―マは山陽自動車道を京都方面に向かって北上していた。
4月にアメリカから帰国したばかりで日本の地理に関して全く疎かった越前は、
思案のあげくこの国の血管ともいえる高速道路を選んだ。
案内板を見ながら進んでいけば最短の距離で迷うことなく東京に行ける。
そしてやけに山や森林が多い日本でこのウェイバーをより早く走らせるためにも、
それが最適の道といえた。
「まったく全国大会前だってのに」
馬鹿馬鹿しい事に巻き込まれたな。越前はため息をつくとウェイバーのスピードを上げた。
タイヤすらついてない奇妙な乗り物だが慣れれば快適なものだ。
越前は前方に人間がいる事に気がついた。
「んだよチックショー!!僕が何したってんだよォォ!」
その眼鏡は…もとい眼鏡をかけた少年は怪我をしているのか右手を押さえて転げまわっていた。
越前はウェイバーを道に倒しておくと眼鏡少年の顔を覗き込んだ。
「……何やってんの?」
「うっうわらば!き、君こそ何やってんのォ!?こんなところでェ!!」
「あ…」
眼鏡もとい新八は反射的に立ち上がり後ずさるも足がもつれてまたコケた。コントのようだ。
「大丈夫っスか?」
あきれたような顔で越前は再び新八に近づいた。
「だ、大丈夫さ…むくくくく」
新八は痛みに顔をピクピクさせながら答えた。
「痩せ我慢は止めた方がいいっスよ。骨折してるじゃないスか、ソレ」
「言わないでよ!見ないようにしてるんだから言わないで!このまま無視させてェ!」
眼鏡から、いや眼鏡の下から滝のような涙が噴出している。鼻水も。
越前は小さくため息をつくと、自分のデイパックからサービスエリアで失敬してきた観光名所の名前入り手ぬぐいをとりだす。
そして小さな爪きりで軽く端を切りそこから細かく裂き始めた。
「とりあえず固定するから痛くても我慢してください」
言うなり越前は新八の曲がった数本の指を無理矢理元に戻し、
これまたサービスエリアで失敬してきた観光名所ペンケースに動かないよう右手全体を手ぬぐいで縛り付けた。
「おんぎゃああああああああああ!!!」
「腕や脚も酷い擦過傷っスね。マキ○ンで洗うから静かにしててください」
「おんぎょおおおおおおおおお!!!やめて!せめて水でお願い!!」
「我慢してください。水は貴重っスから」
越前の冷たい声が響く。行動は親切だが容赦がない。
薬品より水が貴重とは変な話だが、立ち寄ったどのサービスエリアでも水道が止められ、
自動販売機も(とりあえず石で壊してみたが)中身はもぬけの殻であった。
食料を期待して立ち寄っただけにその事実は痛かったが、
ないよりマシとばかりに売店で詰めた小物が役に立ったのは幸運だ。
護身用の武器になりそうな物も置いてなかった。
駐車場にある持ち主不在の自動車類も鍵がなければただの箱だ。
怪我人の多発するテニス部に所属している越前は、
スポーツ事故や障害に対しての簡単な応急処置術は心得ていたし、血には慣れていた。
ただ、大抵は手当てをしてもらう側なので処置に関しては多少強引であった。
「ええ!?それじゃ君も江戸…じゃなかったヒガシキョウを目指してるの」
「ヒガシじゃなくてトウ。トウキョウと呼んでください」
「トウキョウねぇ」
東の京と書いて東京。右腕と左腕と右足左足両頬含め着物から出ている素肌の擦過傷の手当てを終え、
半ミイラ男状態となった新八は越前と向かい合っている。群青と白の見慣れぬ洋装の少年。
「それでその…越前くんは住んでた東京に帰りたいと」
「この世界の東京に行ったって家には帰れないでしょ。
俺には俺と同じにこの世界に飛ばされた仲間がいて、どこにいるかわかんないから適当に東京目指して走ってるだけっスよ」
「見つけるアテはあるの?」
「なーんもないっス」
越前は無表情にそう言った。子供らしからぬ落ち着きだ。夢だと思ってるんじゃないか?
思わず新八は疑う。
「僕もつれがいて探してるんだけどなかなか見つからないんだ。
若白髪で糖尿病持ちの銀さんて人と、神楽ちゃんていう怪力でツッコミの激しい、君と同じくらいの歳の女の子。
真選組の沖田さんて人も。
越前くん、走ってて誰か見かけなかった?」
「悪いけど俺、この世界で人間に会ったのはアンタが初めてです」
新八はがっくりと肩を落とした。
「こんな馬鹿なゲームで誰かが死ぬとは考えたくないけど、
もし、万が一、帰るためにゲームに賛同する人間がいたら…」
自分は戦えるだろうか。剣術の腕前は褒められたものではないが、
万事屋の仕事に関わっていくうちに多くの荒事をこなしてきた。銀時ほどではないが乱闘には慣れている。
だが、殺し合いとなれば話は別だ。
主催者に逆らわないまでも殺気を放ち続けた狂相の化物たち。
あいつらと戦う?僕が?マジで?丸腰で?
神楽より年下の子供だっていたのに。
新八は震えた。このゲームが持つ本当の恐怖が見えた気がした。
「あああっもうっ!なんでこんなことに…」
「悩んでるとこ悪いんだけど――」
先進みませんか。越前は立ち上がる。帽子をかぶりなおすと倒してあったウェイバーを起こした。
「ここで休むのは暑いっスよ。
次のサービスエリアまでこの自転車ロープで引っ張りますから、うまくついてきてください」
「は?引っ張ってくれるの?それは有り難いな」
越前は手際よくロープ(これは駐車場で失敬した物)でウェイバーと自転車を結ぶ。
「アンタを後ろに乗せてもいいけどこれ一人用なんだよね」
「いいよいいよ」
新八はふと越前の心遣いに感心した。
見知らぬ相手に、それもこんなゲームに参加しているにも拘らず、警戒もせずに淡々と自分の話を聞いてくれた。
傷の手当てだって当然のようにしてくれた。
新八は自分が礼を言っていないことに気づく。その時越前の口が開いた。
「こんなフザけた馬鹿みたいなゲームに参加するヤツなんかいないっスよ。
人の心配するより自分の心配しなよ。今アンタが倒れてもアンタの仲間は助けに来れないんだから」
少し苛ついてる口調で越前は言う。
「俺はとりあえず東京を目指すけど俺の仲間の情報が手に入ったら迷わずそっちに行く。
ずっとアンタの宅配するわけにはいかないんだよ」
宅配って人を荷物みたいに言うなよ…新八は心の中で突っこんだ。
「そこまで君に面倒見てもらおうなんて思っちゃいないよ!
勝手に怪我したのは僕なんだ。自分の面倒は自分で見るさ!」
「そーして下さい」
越前はニヤリと笑った。なんだ、元気じゃん。と呟いたのが聞こえた。
「きみ…いい人だね」
「……どーも」
越前は帽子で表情を隠した。照れ隠しがヘタだな。新八は微笑んで自転車にまたがった。
右手が動かないよう触れないように細心の注意をして。
「あーそれから新八さん。
このウェイバーは風を噴出して走る仕組みらしいんすけど、眼鏡飛ばされないようにしてください」
「え?ブッ」
動き出したウェイバーの風が新八を直撃した。
眼鏡どころか身体ごと吹き飛ばされそうな勢いだ。
右手の事など構っていられず、新八はあわてて自転車にしがみついた。
越前のクールな「行きますよー」の声と同時に、
「ノォォォォーーー!!」
新八の絶叫が道路に響いた。
【兵庫県(1日目) 山陽自動車道のどこか/出発から5時間】
【志村新八@銀魂】
[状態]:中度の疲労、全身所々に擦過傷。特に右腕が酷く、人差し指、中指、薬指が骨折
[装備]:なし
[道具]:荷物一式、両さんの自転車@こち亀
[思考]:仲間との合流。かぶき町(東京)を目指す。
とりあえず休憩したい。
【越前リョ―マ@テニスの王子様】
[状態]:心身ともに健康
[装備]:なし
[道具]:荷物一式、サービスエリアで失敬した小物(手ぬぐい、マキ○ン、古いロープ
爪きり、ペンケース、ペンライト、変なTシャツ)ウェイバー@ONE PIECE
[思考]:仲間との合流。情報を集めながらとりあえず地元である東京へ向かう。
怪我人を休憩できるところへ送る。
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最終更新:2023年11月19日 17:00