0052:狼牙の受難 ◆zOP8kJd6Ys





女性の悲鳴が聞こえてから程なく、轟音がヤムチャの鼓膜を震わせた。
何かが爆発したような音だ。
悲鳴の主を助けに行こうか悩んでいたヤムチャだが、その爆音を聞いて頭を振る。
「畜生、やっぱ止めだ! 
 格好つけるより命が優先だぜ! 逃げる!!」
そして入り口のドアノブに手を掛け……思いとどまる。
先ほどの音は意外に近辺から聞こえてきた。
今外に出て発見されれば薮蛇もいいところだ。
ここは襲撃者が通りすぎるのを待つべきか……
ふと気付く。
ここは京都の市街からははずれにある民家だ。
隠れるにはいい場所だが、襲撃者もそう思うのではないだろうか?
『……そうだ、この場所に襲撃者が目をつける可能性は高い』
発見されるのを覚悟で外に逃げるか、鉢合わせを覚悟で潜伏を続けるか。
どちらが正解の道なのか……ヤムチャは悩み続けてとうとう結論を出した。
椅子にドカリと座って、大きく溜息をつく。
潜伏を選んだ。
決断したわけではない。悩んでいるうちに時間ばかりが過ぎてしまったため、
今更逃げても意味はないと結論したからだ。
つまりは優柔不断の賜物であった。
一息つこうとテーブルの上の壷に付属していた湯呑みを手に取り、壷の中身を注ぐ。
そしてそれを口につけようとして……
「うおおおおおおっ!!
 あ、危ねぇ……思わず超神水を呑んじまうとこだったじゃねぇか……!」
何とか湯呑みをこぼさずにテーブルに置くと、全身から冷や汗が溢れ出てきた。
自分の間抜けさに呆れ果てる。
『足元どころか脳みそもお留守かよ俺は……とにかく落ち着け、俺』
必死に自分に言い聞かせ、深呼吸を数回繰り返す。
「よし、落ち着いた」
そしてヤムチャの心臓が―――

ガチャリ

――― 一回飛ばして打った。
全身を硬直させたまま、機械の様にギギギと首を回し入り口のドアノブを見やる。
しばらく見つめるが異常はない。
気のせいか――と、思った瞬間。

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャッ!!

ガタタンッ

今度は連続でノブが鳴り、ヤムチャは驚いて椅子を蹴飛ばしてしまう。
そしてそれと同時にノブも鳴るのをピタリと止めた。
ヤムチャは自分の愚かさをこの時ほど呪ったことはなかった。
全身から脂汗を噴出させてヤムチャはドアの前にいる存在に神経を集中させる。
チラリと後ろを見て、退路を確認してみる。1m四方の窓があった。
いざとなればその窓をぶち破って逃げ出すしかない。

―――コン、コン

ノックの音が響く。
ヤムチャは応えない。
猫足立ちに構え、いつでも動けるように体勢を整える。
すると――

「あの、夜分に申し訳ありません。私は姉崎まもりと申します。
 今、暴漢に襲われて逃げてきたところなんです。
 お願いします、警戒するのは解りますけれどどうか匿って貰えないでしょうか?」

若い女性の声。その声にヤムチャは聞き覚えがあった。
『さっきの悲鳴と同じ声……か?』
何分聞いたのが悲鳴なので判断が難しい。
それに何か違和感が粘りつくように頭の中に残る。その違和感の正体は判らないが。
しかし、その証言と状況は一致する。
ここは同一人物と判断してもいいかも知れない。
だが今ここで問題なのは、襲撃者だ。
ここでヤムチャは意を決して尋ねてみることにする。
「その、あんたを襲った暴漢とやらはどうした?」
「何とか……撒けたと、思います。
 しかし今も私を探しているでしょう。
 お願いです! 私を助けてください!」
最後の方は涙声になっていた。
流石に罪悪感と同情心がヤムチャに芽生える。
自分の身を優先する余りに、か弱い女性にこんな仕打ちをしてしまうとは……
ヤムチャは自分の行いを上辺だけ恥じ、ドアノブに手を掛ける。
「すまない、不安だったろう。さぁ入って!」
ドアを開けるとそこにはヤムチャのストライクど真ん中の美少女が目に涙を溜めて立っていた。
余程怖かったのであろうか、そのままヤムチャの胸に飛び込んでくる。
『ウホッ♪』
ヤムチャは思わぬ役得に、相好を崩す。
「怖かっただろう……今からは俺が君を護るから安心して……」
まもりの肩に手を回そうとして、身体の動きが鈍いのに気が付いた。
「?」
何故だか脇腹の辺りが熱い。
それを自覚した瞬間、その熱さは灼熱へと変わりヤムチャの全身を貫く。
その灼熱がナイフで刺された痛みだと理解し、ようやくヤムチャは違和感に思い当たった。

『警戒するのは解りますけれどどうか匿って貰えないでしょうか?』

――今、暴漢とやらに襲われたばかりなのに
――こんな殺し合いなんて異常な状況に放り込まれているのに

 何 故 彼 女 の 方 が 警 戒 し な い ?

それは彼女の方が襲撃者だから――
ヤムチャは自分の愚かさを海よりも深く後悔しながら、床に倒れ伏した。
まもりは扉を閉め、ヤムチャを部屋の中央まで引っ張っていく。
「……ぐっ、ち、畜生……頼む、助け……」
「あなたも、喋れるんですね。
 それともこういう毒なのかな?」
まもりはヤムチャから手を離すと、不思議そうに血の付いたナイフを見やる。
ヤムチャは全身が痺れ、感覚が殆ど無くなって意識も霞がかっていたが、
未だ気を失ってはいなかった。
痺れのおかげで痛覚も鈍くなり、何とか助かろうと考えをめぐらす。
しかし――まもりにナイフを喉元に突きつけられ、言葉を失くした。
「ごめんなさい……こんなこと本当はしたくないんですけど……仕方ないんです。
 質問に答えてください。あなたは小早川セナという少年を知っていますか?」
突然の質問にヤムチャはブルブルと慌てて首を振る。
そしてヤムチャは心底から震え上がった。
『ごめんなさい』
普通ならこの状況でこんな言葉をかけられても白々しいと考えるところだが、
ヤムチャには解ってしまった……この少女は 本 気 で謝っている!
それは彼女が正気であることの証明。
しかし行動そのものはこの殺人ゲームの狂気に囚われたとしか思えない。
狂気の領域にいながらにして正気を保っている。
その彼女の精神の危うさにヤムチャは絶望を垣間見る。

自分はもう――助からないかも知れない。

まもりはそのヤムチャの答えに落胆したようだが、次の質問を開始する。
「あなたの知り合いと、その弱点になり得ることを教えてください」
ヤムチャは考える。
この女は悟空たちも自分のように罠にはめて殺そうとしている。
なら嘘の情報を教えてしまえば……
ヤムチャはニヘラ、と愛想笑いをして、偽情報をまもりに吹き込んでいく。
ヘラヘラと笑いながら調子に乗って喋っていると、突然右の小指を切り飛ばされた。
「うぎゃぁああああああ!?」
痛みは鈍い。しかし自分の指が目の前で切断されるのを見て正気でいられる筈もない。
怯えながらまもりを見ると、哀しそうな表情でこちらを見つめていた。
「ごめんなさい……でも、本当のことを教えてほしいんです。
 あなたの先ほどからの言葉は少しも信用ができませんでした……
 仲間を想う気持ちは解ります。でも私も必死なんです。
 どうかお願いします――」
ペコリ、と頭を下げるまもりを見て。
ヤムチャは喋った。
今度こそ真実の情報を。
内から湧き出る恐怖に押し出されるかのごとく、湯水のように吐き出した。
その情報をまもりは脳内に書き込んでいく。
必要なことを全て記憶し、今度はヤムチャの支給品について尋ねた。
その時、ヤムチャの脳内に電球が浮かび上がる。
机の上の超神水。説明書は自分の胴着の懐だ。
まもりがその詳細を知るには自分の口をもってするしかない。
『よくもさんざん嬲ってくれたな。報いを受けさせてやるぜ!』
「つ、机の上にある壷に入った水がそうだ……
 飲むと自分の中に隠された力が目覚めるらしい。
 あ、あんたは見たところ普通の人間みたいだが
 その水を飲めば、超人になれるぜ?」
嘘は言っていない。
毒に耐えるだけの素質があれば超人になれるはずだ。
しかし目の前の少女にはどう見ても毒に耐性があるようには見えない。
「そうですか……」
まもりは机の上にあった湯飲みを手に取る。
『やった! こっちを疑っていない!
 そのまま飲んでくたばっちまえ!!』
ヤムチャは必死に頭の中で念じる。
すると、まもりはクルリとヤムチャのほうを振り向いた。
ビクっと硬直するヤムチャ
「じゃあ、ヤムチャさん……これが最後のお願いです」
『最後? 最後ってことはこれで解放されるのか?』
僅かな希望に顔を輝かせる。
「この水を飲んでみてください」

――時が……止まった


……そして時は動き出す。
「え?」
「この水を飲んでくださいと言いました」
「え? いや、でも。
 それ飲むと俺の隠された力が目覚めてアンタに危害を加えるかも……」
「そうですね。でもあなたが強くなったからといって
 その全身を侵している毒を消せるとは思えないんです。
 どうかご心配なく」
まもりは湯飲みを手にしたままゆっくりとこちらへ近づいてくる。
上体を起こされ、湯呑みがヤムチャの唇に近づく。
「ま、待て! やめてくれ!」
「どうしてですか? これであなたは強くなれるんでしょう?」
「そ、それは……」
まもりの右手がヤムチャの左頬を撫でる。
その手がヤムチャから離れたとき、その手にはいつの間にかナイフと、
奇妙な何かが指の間に挟まれていた。

――それは……ヤムチャの左耳だった。

「うぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
血がダラダラと顎を伝って胴着を朱に染める。
「どうしてですか? これであなたは強くなれるんでしょう?」
先ほどと一言一句同じ質問。しかし威圧感は全く別物だった。
観念したヤムチャは超神水の毒性も、説明書のことも全てを話す。
悟空だけしか成功者がいないと後から伝え聞いたことも。
「そうだったんですか……」
まもりは説明書に目を通しながら、深く頷く。
「それじゃあ、今度こそこの水を飲んでください」
「ちょ、ま、さっき説明しただろう?
 俺には超神水の毒に耐える自信なんてない!
 頼む、助け……」
「私もこの水の毒がどういったものなのか知る必要があるんです。
 私があなたに要求することはこれが最後です。
 どうかお願いします」
そう言いながら、まもりはヤムチャの鼻をつまみ超神水を
ヤムチャの口に流し込んでいく。
身体の自由が利かないヤムチャはろくに抵抗することも出来ない。
「がぼっ、ぐぼぼ……グクンッ――プハッ、ケホッケホッ」
飲み込んだ。そして少しの間咳き込む。
「あれ?」
なんともない。
『まさか俺には悟空に匹敵する才能があったのか!?
 いやっほ……』
脳内で歓声を上げようとして、突如襲ってきた激痛に思考が中断される。
最初にナイフに刺されたときの痛みなど比ではない、
全身を焼けた鉄串で滅多刺しにされるかのような激痛。
「がっ……!ぐあ、ぎぇええ……!!」
全身が麻痺しているため暴れることも出来ない。
身体を痙攣させながらヤムチャは必死に声を絞り出す。
まもりは少し離れた場所で恐ろしそうにヤムチャの様子を見守っていた。
涙を流し、鼻水をたらし、涎を垂れながらヤムチャは白目を剥いた。
時折、思い出したように身体がビクッと痙攣する以外は、
もうピクリとも動かない。声も上がらない。
山吹色の胴着の股間あたりから湯気と液体が染み出してくる。
まもりは一つ、溜息をつくと超神水をカプセルに戻してデイパックの中に入れた。
入り口のドアを開け、思い出したかのように振り返る。
「ありがとうございました。
 嘘でも私を護るといってくれて嬉しかったです……さようなら。
 そして、本当にごめんなさい」
ヤムチャに向かって深々とお辞儀をする。
そして――

キィィィィーーーーパタン。

まもりはその場を後にした。




その時、まもりは一つのミスをしたと言えるかも知れない。
それはヤムチャの死を確認しなかったこと。
彼はここまで精神と肉体を蹂躙されながらも未だ生きていた。
麻痺毒で暴れることが出来ず、結果体力の消耗を抑えられたのが、
一つの幸運だったかも知れない。
気絶して痛みを遮断できたのが一つの幸運だったかも知れない。
その結果、仮死状態となり身体機能が低下したため、
傷口からの出血が止まったのが一つの幸運だったかも知れない。
そしてそれは……生きようとする狼の執念だったかも知れない。
ともかくヤムチャの命運は未だ尽きてはいなかった。
しかし例え目覚めても精神に傷を負っているかも知れない。
このまま彼が目覚めることなく黄泉の眠りにつくのか……
それとも新たな力に目覚め、立ち上がるのか……

それは誰も知らない。





【京都府 (1日目)/黎明】
【姉崎まもり@アイシールド21】
 [状態]:若干の疲労
 [装備]:中期型ベンズナイフ@HUNTER×HUNTER
 [道具]:魔弾銃@ダイの大冒険 空の魔弾×1
     メラミ×1 ヒャダルコ×2 イオラ×2 キアリー×2 ベホイミ×2 
     超神水@DRAGON BALL
     支給品一式、食料・水3人分
 [思考]:セナ以外の全員を殺害し、最後に自害

【ヤムチャ@DRAGON BALL】
 [状態]:仮死状態、麻痺毒、超神水の試練中、失禁
     右小指喪失、左耳喪失、左脇腹に創傷、中量の失血
     現在は止まっているが活動を再開すれば再び出血の可能性アリ
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考]:………

※ヤムチャの麻痺毒は例え目覚めても解毒されませんが、解毒自体は可能です。
 超神水の毒は試練が終了するまで決して消えません。
 目覚めても精神的疾患を負っている可能性があります。


時系列順で読む


投下順で読む


035:月下の誓い 姉崎まもり 085:見えない価値
026:噛ませすらになれなかった漢 ヤムチャ 105:大蛇と餓狼

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2023年11月19日 16:59