0394:キン肉マンVS志々雄真実
【プロローグ~不吉~】
数多の超人達が好闘を見せたキン肉星王位争奪サバイバル・マッチから数ヶ月。
我々取材班は、優勝したキン肉マンチームのメンバーの一人、テリーマンのいるテキサスアマリロを訪ねた。
その日、テリーマンはいつものスリースターパンツを身につけ、我々が歓声を送ったファイティングスタイルで汗を流していた。
――王位争奪サバイバル・マッチも終わり、当面はファイトのご予定もないようですが、今日はどのような目的でトレーニングを?
「超人レスラーたるもの、日々の鍛錬は怠らないものさ。
確かに戦いの日々は去ったが、いつまた同じような危機が訪れるかは分からない。
アイドル超人軍の一員として、いざという時に戦いに赴けないようではファンが泣くからね」
――一流超人らしい意志の強さを感じますね。では今日のトレーニングメニューは?
「今日は親友であり、同じ正義超人のジェロニモを招いてスパーリングを行うことになっている。
彼もハワイチャンプとして鍛錬を積む毎日だからね。誘ってみたら快く了承してれたよ」
――さすがは正義超人。見習いたいくらいの厚い友情ですね。
「HAHAHA。正義超人といえば、一にも二にもまず友情。この絆のおかげで勝てた試合が何度あったことか。
特にあの男……そう、彼との友情は特別厚かった。
今は母星で王位を継ぎ忙しくしている頃だろうが……またいつか会いたいものだ……あっ!?」
――どうなされましたか?
「ゲェー! 新調したばかりのシューズの紐が切れた! ま、まさか……彼の、キン肉マンの身に何かが……?」
思わぬアクシデントの直後、テリーマンは予定していたトレーニングを全て中止し、我々の取材も已む無く中断されることとなった。
突然切れてしまったテリーマンのシューズの紐。それが何を危惧しているのか、詳細は誰にも分からない。
【ラウンド1~開幕前の論争~】
車窓から見える景色は、豪快な横殴りの雨と、煌びやかな京都の町並み。
汽車内に車窓を覗く余裕がある者はいない。
乗客三者、見つめるのは、互いの視線のみ。
キン肉マンは、志々雄の瞳を。
志々雄は、キン肉マンの瞳を。
ウソップは、双方の瞳を交互に。
大阪駅を出発して約十分。ゴングはまだ鳴らされていない。
一触即発、いつ殴りかかってもおかしくないほど憤っているキン肉マンを抑え付けているのは、積もりに積もった仇敵への恨み。
友人二人を殺された怒り、爆発すれば相当なパワーを生むであろう感情は、蓄積されすぎたせいか抑制となって働いているのだ。
対する志々雄も、キン肉マンが向かってこないのであれば手を出す必要はない。
与えられた試合時間は一時間。その八分の一の時間しか戦闘を行えない志々雄にとって、展開を急くことは愚にも等しい選択だった。
会話もないまま二人の顔を見回すのは、完全に巻き込まれただけの不運な男。
人は彼を、海賊キャプテン・ウソップと呼ぶ(本人談)。
立会人としてここに残ることを強制されたが、元来臆病者の気質を持つ彼は、いつ始まってもおかしくない殺し合いにビクビクしていた。
三者が睨みあったまま、動かない。
均衡を破るのは、果たして誰になるのか。
『京都~京都~』
やがて、汽車は京都に到着した。
一旦停車し、揺れを失くす車内。
その空気を感じ取って、一人が先陣を切る。
――旦那ぁ。いつまでこうやって睨み合ってんのさ。
意外や意外。言葉を発したのは、志々雄の腰に下げられた一本の刀――宝貝『飛刀』――だった。
「ん? まぁ焦るもんでもねぇだろ飛刀。
あちらさんは相当いきり立っているみてぇだが、どうやら俺の容姿を見てビビっちまってるらしい。
仕掛けてこれないのも仕方ないさ」
「な、なにを~! わたしはおまえを目の前にして、
ラーメンマンやたけすぃの無念を噛み締めていただけじゃい!
だ~れがおまえみたいな包帯男にビビるか!」
「ななななんだ、いよいよ戦るのかおまえら?
だったらこのウソップ様が、立会人としてちゃんと試合を見届けてやるぞぉ……は、離れたところで」
飛刀の言葉が口火を切り、一斉に喋りだす一同。
汽車は京都駅を発車し、滋賀県へ向かおうとしている。
すっかり騒がしさを取り戻した車内では、いよいよ因縁の対決が幕を開けようとしていた。
「志々雄。おまえと戦う前に一つだけ確認するぞ。
わたしが剣八と試合をしている最中にたけすぃを誘拐し、その後ラーメンマンを殺害したのは……本当におまえなんだな?」
キン肉マンが今一度、志々雄に確認を取る。
Lの推理を信じないわけではないが、キン肉マンはラーメンマンや
たけしの死亡の瞬間を目にしたわけではない。
万が一、二人の死が不幸な事故、もしくは恨み自体が見当違いであるような結果であったとするならば、
無理に拳を振るう必要はないのかもしれない。
「ああ、本当さ」
しかし無常。志々雄は悪気のない顔であっさりと答え、キン肉マンが作る怒りの表情に口元を緩ませた。
「ラーメンマンを殺したのは確か昨日の夜だったな。
重傷の身体でほっつき歩いてたんで、ちょっと喧嘩をふっかけてみりゃ、あの様だ。
あの時は失望したぜ。正義超人ってのは見掛け倒しなだけで、こうも弱いものなのかってな」
キン肉マンが右拳を握り締める。指と指の隙間から汗が滲み垂れる。
「そういや、結局てめぇと更木の試合はどっちが勝ったんだ?
更木はいつの間にか死んじまったみてぇだが……殺ったのはてめぇじゃねぇな。
弱っちぃ正義超人なんかに、人殺しができるはずもねぇ」
キン肉マンが左拳を握り締める。指と指の隙間から血の汗が滲み垂れる。
「たけしを殺したのはラーメンマンを殺した後だったな。
本当はもう少し生かしておくつもりだったんだが……案外使えなくってな。
やはり所詮は小僧。俺の手駒になるほどの器じゃなかったみてぇだな」
キン肉マンが唸る。グムム……グムム……と。必死に、何かを堪えるような表情で。
静かに、志々雄の術中に嵌められないよう、静かに思いの丈を解放していく。
「ラーメンマンはなぁ、それはそれは強い超人だったんだ」
「あん?」
「初めて会った頃のあいつは、血も涙もない残虐超人だった……
だがわたしたちとの試合を通して、確かな友情で結ばれた掛け替えのない仲間だったんだ」
顔を俯かせ、表情を見せないよう、志々雄に友のことを熱弁する。
「中国出身で、千の技を持ち、一部では闘将とまで呼ばれていた男……それがラーメンマンだったんだ」
拳がワナワナと震えている。
「たけしにしたって……年齢を感じさせないほどの立派なリーダーだった。
将来は正義超人にも負けない、たくましい男になっていたに違いないんだ」
キン肉マンが、
「それを、それを」
顔を上げる。
「おまえごときが、勝手に語るなーーーー!!!」
目からは、涙が溢れていた。
身が震え、耳は痺れるほどの声量だった。
友を思うキン肉マンの感情。
それは抑え付けられるようなものではなく、爆発は免れないものだったのだ。
「わたしは、死んでしまった二人のためにも志々雄、おまえを倒す! 絶対にだ!」
何よりも、『友情』を大切にしてきたキン肉マンだからこそ、この戦いは譲れない。
この戦いは、単なる仇討ちなどでは括れない。友の尊厳を懸けた、世紀の決戦。
超人オリンピック決勝なんかよりももっと貴重な、一世一代の大勝負だった。
その思いを感じ取ったのか、
(こいつ……最初に見た時はおかしな野郎だと思ったけど……仲間思いのメチャクチャいい奴じゃねーか)
ウソップは思わず貰い泣きし、すっかりキン肉マンに感情移入していた。
そして、この刀もまた。
――こいつが、ラーメンの旦那が言っていたキン肉マン……
噂に聞いた通りの人物像。飛刀は亡きラーメンマンを思い出し、心を痛めていた。
しかしやはりこの男は、
「……ククク……ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
言葉、などというものでは惑わされたりしない。
「何が可笑しい」
「可笑しいもなにも、ここまで笑える話もなかなかねぇぜ。正義超人っていうのは、ここまで笑える連中だったのか」
志々雄の大胆すぎる嘲笑に、キン肉マンは更なる怒りを蓄積させていた。
これが挑発なのだということは分かっている。
だからとて、感情が抑えられるはずがない。
友が、馬鹿にされているのだ。
「仲間が死んで悲しみ、恨みを抱く。人間らしいもっともな感情だ。
だがよ、それは所詮、一時の心情に過ぎねぇ。時が経てば悲しみも晴れ、復讐心も失せる。
なのに一時、死人に振り回され、自らを死に追いやる。馬鹿以外の何者でもねぇだろうが」
そういう人間は嫌いじゃない。復讐心は、最も利用しやすい感情だからだ。
だからといって志々雄自身がそういう人種であるかどうかは別だ。
彼とて大勢の仲間がいたが、その間を繋いでいたのは、共通の悲願成就を目的とした信念によるもの。
時には利用し利用される間柄。それでも瓦解することはなかった、強い絆。
正義超人達のような馴れ合いから生まれる友情ではない。信念から来る、絶対的な鎖の絆だった。
汽車は京都を越え、滋賀県に入る。
乗車してから、間もなく三十分が経過しようとしていた。
「そろそろ頃合か……さて、俺からも確認させてもらうぜキン肉マン。
これから俺たちがやるのは試合なんかじゃなく死闘。
ルールもなけりゃ邪魔者もいない。
もちろん、逃げ場もなしだ。決着はどちらかの死で決まる」
「デス・マッチというわけだな~、望むところだぁ!
ラーメンマンやたけしを侮辱し、更にはわたしたちの友情までをも嘲笑った罪、このキン肉スグルがとくと味わわせてやる!!」
口闘が終わり、本当の意味での死闘が始まる。
がたんがたんと揺れる車内で、見詰め合ったまま立ち尽くす二人の闘争者。
開戦の合図を待ちながら、キン肉マンはファイティングポーズを取り、志々雄は飛刀を抜く。
(……ひょっとしてこれ、俺待ち?)
立会人としてその場にいたウソップは、何故かそう感じた。
決闘の開幕ともなれば、それなりの合図が必要だろう。それを実行できるのは、この場にはウソップしかいない。
「えー、こほん。ではでは! これよりキン肉マンVS志々雄のルール無制限汽車内デス・マッチを執り行う!!
勝負の行く末はこのウソップ様がちゃんと見届けてやるから、安心して戦え!
くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も! 俺にとばっちりは与えてくれなよ!
んじゃあ…………FIGHT!!!」
【ラウンド2~体術と剣術~】
カ~ンというゴングの音は鳴らなかったものの、今ここに、キン肉マン対志々雄真実の決闘が開戦された。
リングは縦に伸びた、動く汽車の内部。横方向への回避は制限され、逃げ場は後方にしかない。
偶然選ばれた試合会場とはいえ、血で血を洗うデス・マッチを行う場としては、これ以上ない最高の舞台だった。
「うりゃあぁぁぁ! 行くぞ志々雄ぉ!!」
開幕早々、キン肉マンがダッシュで志々雄に詰め寄る。
それほど広くはないバトルフィールド、目立ってスピードの速いわけではないキン肉マンでも、志々雄に接近することは容易だった。
志々雄は、突進してくるキン肉マンを黙って待ち構え、相手が自分の間合いに足を踏み入れたところで、一閃。
「わひぃ!?」
横に振るった飛刀の一撃を、キン肉マンは咄嗟にしゃがむことで回避した。
屈んだ体勢のまま、上方に聳え立つ志々雄を捉える。
カエルの跳躍のように反動をつけ、そのまま前方にジャンプし、フライングチョップを繰り出した。
志々雄は飛刀を手元に切り戻し、キン肉マンのチョップを刀身で受け止める。
衝撃で弾かれ、二、三歩後ずさる志々雄。
反撃できなかったのは、キン肉マンの攻撃が思っていたより重厚であったのが一つと、
満足に剣が振るえない狭い戦場の悪条件が重なったためだった。
「チッ」
志々雄が思わず舌打ちする。
縦に振るえば天井に剣を取られ、横に振るえば客席が邪魔になってしまう。
剣術家自慢の、長い得物を利用した戦法が却ってあだになる舞台。志々雄はこの状況に劣勢を感じた。
しかし、すぐにその心配が杞憂であったことに気づく。
あったではないか。
この狭い空間で、一方的に相手を攻め立てることが出来る剣術が。
「どうした志々雄! この狭い汽車内じゃ、満足に剣も振るえないんじゃないか~!?」
「……あいつの技なんざ好んで使いたくはないが……この馬鹿にゃちょうどいい戦法かもな」
志々雄がニヤリと口元を歪ませ、体勢を変える。
飛刀を地に対し水平に構え、切っ先はキン肉マンに向けたまま握り手を引く。
空いた片方の手は剣先に添え、そこで停止した。
縦でも横でもなく、前方だけに焦点を絞った必殺の型――刺突の体勢である。
今までとは違う構えを見せる志々雄に対し、若干の悪寒を覚えたキン肉マンだったが、それでも高ぶる戦意は抑えられない。
真正面から志々雄に突っ込み、今度は関節技を決めようと四肢を捉えにかかる。が、
距離にして五歩、いや六歩はあっただろうか。
間合いに踏み込むまでにはまだ余裕がある。
そう睨んでいたにも関わらず、志々雄は飛刀を前方に突き出した。
――剣術において、突きは縦斬り横斬りよりも一方向の間合いが格段に広いとされている。
その方向とは、前。
攻撃範囲が前方のみのため、縦や横などの多様な死角を招くことになり、
相当の達人でなければ自ら死を招くことになりかねない危険な技だが、この汽車内の狭い空間ではそのリスクも少ない。
しかも剣術という分野で考えれば、この世界に志々雄ほどの達人はいないだろう。
熟練の剣術家が繰り出す突きは、その突撃力から一撃必殺の至宝、剣道では禁じ手ともされている。
前後に広いだけの汽車内で、これほどまでに有効な剣技は他にない。
そして、最も恐れるべきはその想像以上の攻撃範囲ではなく、何よりも速度。
前に突き出すだけの単純な行為だけに、空気抵抗はほぼ皆無。
さらに踏み込みの速度が加わるため、その一撃を形容するとなれば正に――――神風の如し。
ゲェー! 速い!
キン肉マンがそう感じた時点で既に、飛刀の刀身は伸びきっていた。
剣先はキン肉マンの胸――ではなく脇腹を掠め、どうにか致命傷は避けている。
「腰を捻って串刺しだけは避けたか。思ったよりいい反応だ。が」
志々雄は突き出した飛刀を引っ込めようとせず、そのままの型から、横に、
「詰めが甘い!!」
振るった。
キン肉マンの身体に横一線、斬撃による裂傷が伸びる。
飛び散る鮮血が志々雄の顔面を濡らし、微笑を誘った。
刺突を外されても、間髪入れずに横薙ぎの攻撃に変換できる。
これこそ、戦術の鬼才・新撰組副長土方歳三が考案した『平刺突』である。
また、この技を見知った者はこうとも呼ぶかもしれない。
――『牙突』と。
「痛っでェェェ!!! このヤロー、これくらいでわたしが参ると思うなよ~!」
斬撃を受けながらも、さすがは厚い筋肉を鎧のように身に纏うキン肉マン。
果敢にも突攻を続け、志々雄の身体をホールドする。
「喰らえ! 52の関節技……カンガルー・クラッ」
そのまま締め上げにかかった、刹那。
志々雄の右手が僅かに動き、キン肉マンの身体に触れ、
ドンッ、と一衝撃。
強固に掴んでいたキン肉マンの関節技が、一遍に解かれた。
裂傷から来る痛みに加え新たに襲ってきたのは、内臓が揺さぶられているような気持ちの悪さ。
頭がグラつく。視界が揺れる。足元が覚束ない。
カンガルー・クラッチを破られ、一瞬無防備になったキン肉マンの身体に、志々雄の反撃が襲い掛かる。
キン肉マンの胸板に、飛刀の柄による打撃が与えられる。
零距離のため、斬り込みが来なかったのが唯一の救いか。
衝撃で吹き飛ばされ、元居た場所まで戻されるキン肉マン。
地を転がり悶絶しながらも、完璧に倒れ伏すことはなかった。
すぐさま立ち上がり、戦闘続行の意思表示となるファイティングポーズを取って見せるが、ダメージの影は隠し通せていない。
「ほう。まだ立てるのか。今のはラーメンマンを仕留めた技だったんだが、どうやら手前は奴より頑丈らしいな」
「な、なに? これがラーメンマンを苦しめ、死に至らしめた痛みだというのか……」
自身も苦しみを噛み締めながら、再度殺されたラーメンマンのことを思う。
立っているのも辛い現状、ラーメンマンもさぞかし苦痛に苛まれたのだろう。
考えていたら、またムカムカしてきた。
他人が苦しんでいる様を見て、笑っていられる外道、志々雄真実。
やはりここで見逃すわけにはいかない。
身を挺してでも、二人の友の仇討ちのためにも、
「志々雄ぉー! 貴様はここで倒ォォォスッ!!」
がむしゃらに、突き進む。
「学習能力もないのか、こいつは」
やれやれとボヤキながらも、瞬時に構えを取る。
先程と同様の、待ちの体勢から放たれる即行の片手平刺突。
キン肉マンの喉仏を狙った剣筋は、若干逸れて左肩を貫く。
「ギャアアァァァァァ!!」
決して大袈裟とは言えない苦声を上げ、キン肉マンは再び地に倒れてしまった。
今度はすぐに起き上がれない。
ここが本当のリング上であるならば、レフェリーにダウンを取られ、カウントを読み上げられるところだった。
倒れるキン肉マンを見下ろしながら、志々雄がそっと歩み寄る。
「飛刀、さっきの一撃だが……あれはキン肉マンが避けたから狙いが外れたわけじゃねぇ。一体どういうつもりだ?」
――…………
「都合が悪くなるとだんまりか? まさか、ラーメンマンが恋しくなったわけじゃあねぇだろ?」
先程の刺突、志々雄は確かにキン肉マンの喉元を狙った。にも関わらず軌道はずれ、左肩を貫く結果となってしまった。
何故か。刀を握っていた志々雄には明白である。
剣先が触れる一瞬、飛刀が僅かな身震いをし、狙いが外れたのだ。
まるで、キン肉マンの死を拒むように。
機は逃したものの、戦況が志々雄側に傾いていることは揺ぎ無い。
静かに歩を進め、キン肉マンに止めを刺そうと、
「す、ストッ~プ!」
歩み寄った射線上、長鼻の乱入者によって道を阻まれた。
【ラウンド3~乱入者~】
「あん? なんのつもりだ長鼻」
「も、もう決着は付いただろうが。勝負はおまえの勝ち。このキャプテン・ウソップ、しっかり見届け」
「寝言言ってんじゃねぇよ」
既に勝敗は決したと判断し、キン肉マンと志々雄の間に割って入ったのは、長鼻の立会人ウソップ。
ガクガクと笑う膝を懸命に奮い立たせながら、血に塗れた志々雄と向き合う。
「俺達がやってんのは飯事みてぇな試合じゃねぇ。『死闘』なんだよ。
どちらかが死ぬまで決着なんてものは付かねぇ。最後に立っているのは、一人だ」
妖しい狂気的な笑みでウソップを牽制しながら、志々雄は淡々と言葉を紡ぐ。
その見た目以上の気迫に押され気味のウソップだったが、それでもその場を動くことだけはしなかった。
今自分が退けば、後ろにいるキン肉マンが殺されてしまう。
「け、けどよぉ……」
「志々雄の言うとおりだ……」
志々雄相手に尚も食い下がろうとしたウソップの後方、満身創痍のキン肉マンが、懸命に立ち上がる姿があった。
「これはお互いの意地を懸けたルール無用のデス・マッチだ……
わたしはこの試合を受けたからには、最後までリングを降りることはない。
もちろん、ギブアップもな……ゴハッ!!」
それでも、志々雄の放った『衝撃貝』のダメージが残っているのだろう。
床に勢いよく吐血し、再び膝を突いてしまう。
「お、おい! 大丈夫かよ」
「大丈夫かだと~……当たり前じゃー!
ここでわたしが志々雄を倒さなければ、いったい誰がラーメンマンやたけすぃの仇を取ると言うんだ!」
言っていることは力強いが、当の身体はフラフラで、とても見ていられるような状態じゃない。
「……なんで、なんでそんなに頑張るんだよ……仇討ちって言ったって、自分が死んじまったら意味ねぇじゃねーか……」
ウソップが呟いた。
己の身を削ってまでも戦いを挑むキン肉マンの奇行の意味が知りたくて、その熱意の真意がなんなのか、知りたくて。
「ラーメンマンは、一番の親友だった。
共に戦い、何度もお互いを助け合った仲だ……」
息も絶え絶えで、苦しそうな瞳を投げかけながら、キン肉マンが喋り続ける。
「たけすぃは、この世界に来て初めてできた友達だった。
共にした時間こそ少ないが、掛け替えのない親友になれるはずだったんだ……」
キン肉マンの姿が、言動が、不思議と輝いて見える。
「そんな二人が殺され、侮辱された……ッ! 親友であるわたしが、どうして……どうして黙っていられると言うんだァァァ!!!」
心が、ハートが、震えた。
久しぶりに聴いた、心に響く大声。ああ、ルフィの声もこんくらいやかましかったな……などと思いながら。
「泣かせるじゃねぇかキン肉マン。だがもう勝負は着いたも同然だ。長鼻、さっさとそこを退い」
「退かねぇ」
その一言で志々雄から笑みが消え、周囲一帯に冷たい空気が張り詰めた。
「……意味が分からねぇな。てめぇは単なる立会人としてここにいる。
そして俺とキン肉マンの死闘はまだ終わっちゃいねぇ。まだ理解できてねぇのか?」
「分かってるさ。どっちかが死ぬまで納得がいかねぇってのも。俺が手を出すのは見当違いだってことも。だけど退かねぇ」
「……まさか、キン肉マンを庇うってのか?」
「……ビンが」
「あ?」
「ロビンが死んだんだ!!」
志々雄相手に声を荒げ、ウソップは堂々と言ってのけた。
「俺は、ロビンが死んだって知った時……弔いの鐘を鳴らしてやるって決意をした……笑っちまうよな、何が弔いの鐘だよ……」
声が震えている。だが、この震えは恐怖から来ているのではない。
不甲斐ない自分への、怒りから来ているのだ。
「ば、ばかも~ん……ロビンマスクの奴なら、今頃母国で嫁さんと仲良くやっとるわい……」
力ないキン肉マンの指摘も、今のウソップには届かなかった。
「俺は、仲間の死に対してそんなことくらいしかしようとしなかったんだ……
ここにいるキン肉マンみてぇに、仇を討つなんて考えもしなかった。
仇が誰か分からなかったからじゃない。俺が弱かったから、俺に仇討ちなんて無理だって、諦めちまったから」
もっと、強さがあれば。
もっと、度胸があれば。
もっと、勇気があれば。
自分も、キン肉マンのように。
「仲間が死んだってのに、俺は直前まで、隅っこで隠れてて、仲間を守ろうともしなかったのに……!」
次第に、ウソップの目から涙が流れ落ちていた。
それこそ滝のような勢いで、何が悲しいのか、志々雄には理解できなかった。
この涙は悲しさから来ているのではない。悔しさから来ているのだ。
「もう、仲間を失うのなんて嫌なんだよ……頼むから、殺さないでやってくれよ…………」
「この期に及んでそれを懇願するか? 第一、そいつはてめぇの仲間なんかじゃねぇだろ」
確かにそうだ。ウソップとキン肉マンが出会ったのは、ほんの数十分前。
仲間になるとも言っていなければ、ろくに会話もしていない。
なのにウソップは、キン肉マンに対し仲間と――麦わら海賊団のみんなのような暖かさを感じて――何ら変わりない感情を抱いていた。
きっかけはなんだったのか。仲間を思うキン肉マンの姿勢に心打たれたのか。
「だったら!」
ただ、キン肉マンに死んで欲しくない。
それだけで、ウソップは志々雄の前に立ちふさがった。
「こいつは今から、我がウソップ海賊団の一員だ!
船長が仲間を守るのは当然の行為。キン肉マンを殺すつもりなら、俺が相手になってやらぁ!!!」
言った。言ってしまった。
伝説の人斬り相手に、宣戦布告してしまった。
ちっぽけな海賊団の、単なる嘘つきな狙撃手が。
「そうかい」
ウソップの宣言に対し、志々雄は短くそう返した。
そして再び歩を進め、ウソップとキン肉マンに接近する。
「ウソ~ップ、ライフル!」
向かってくる志々雄に臆しながらも、ウソップは懸命に虚勢を張って対抗した。
スナイパーライフルを構え、銃口を志々雄に向ける。
(安心しろ……俺は狙撃の名手だ。こんな近距離、絶対に外すはずがねぇ)
ウソップと志々雄の距離は約7~8メートル。
麦わら海賊団の狙撃主として活躍し、魚人や能力者とのタイマンでも勝利を収めたことのあるウソップが、万が一にも狙いを外す要因はない。
(大丈夫、大丈夫。俺は、この射撃の腕で何度も死線を越えて来たんだ。今度だって……うまくやってやらぁ!)
ウソップが引き金を引く。
銃声が鳴る。
銃弾が飛び出た。
銃弾は一直線に志々雄へと伸び、
頬を掠めて奥へと消え去った。
「…………ハズした。この、俺が?」
唖然とするウソップを尻目に、銃弾を回避した志々雄はダンッと踏み込む。
同時に飛刀を下方から振り上げ、ウソップの構えていたスナイパーライフルへと一閃。
――やめてくれ! 志々雄の旦那ァ!!
交差による金属音が木霊した瞬間、飛刀の悲痛な叫びが上がったような気がした。
錯覚ではない。ウソップのスナイパーライフルが志々雄の手によって斬り弾かれた瞬間、飛刀は志々雄に懇願したのだ。
剣を振るな。ウソップを襲うな。と。
志々雄がそれを聞くような男でないことは、既に分かりきっていた。
ウソップの手から弾かれたスナイパーライフルは、回転しながら天井にぶつかり、志々雄の後方へ落下した。
回収は不可能。距離的にも、時間的にも。
ウソップが次の行動を取るより先に、志々雄は動く。
飛刀が振られた。
剣筋は一直線に、刺突の型で。
貫いたのは、ウソップの胸。
「……恐怖で竦んだか? 手元が丸見えだったぜ」
ウソップの敗因は、近距離でライフルを使用したこと。
対抗できる武器がそれしかなかったとはいえ、本来なら長距離で性能を発揮するものを使ったのは、明らかに失敗だった。
何しろ志々雄は幕末を生き抜いた生粋の剣士。
ウソップの手元を見れば、引き金を引くタイミング、銃弾が飛び出るタイミング、そしてそれを回避するタイミング、全て把握することが出来る。
明治政府を恐怖のドン底に叩き落した人斬り相手に、近距離からの銃撃など意味を成さない。
「ま、死闘中の事故なんざよくあることだ。運がなかったと思って、諦めな」
自分は人質だから、自分を殺したらパピヨンや
ポップを敵に回すことになるから。
そう考えていた自分が馬鹿だった。
この男は、この志々雄真実という男は、
そんな『常識で考えられるような生き方』はしていない。
崩れ落ちるウソップを見て、キン肉マンは身震いした。
志々雄の枠に嵌らないほどの狂気。
彼が今まで戦ってきたどの超人たちよりも、異質。
冷酷、冷血、冷徹。どの悪魔超人をも凌駕する非道さ。
歴戦を戦い抜いた勇者であるキン肉マンでも、昔の、弱虫だった頃の感情を思い出さずにいられなかった。
――怖い、と。そう感じてしまった。
「……飛刀、どうやらてめぇも、キン肉マンに絆されちまったみてぇだな」
――あ、あ、あ、ああ……
大変なことをしてしまった。
そう悔いるように涙を見せる飛刀に、志々雄は無情な言葉を浴びせた。
ウソップを、傷つけてしまった。
ウソップだけではない。
キン肉マンも、たけしも、剣心も、乾も、みんな、飛刀の刀身がやったことだ。
「まあいい。どんなに拒もうが、おまえは単なる俺の『得物』だ。
どんなに泣き叫ぼうが、使い手に対する拒否権なんてものは存在しねぇのさ。
――ラーメンマンの時もそうだったようにな」
ああ、そうだ。
あの時も、自分は大変なことをしてしまった。
ラーメンマン……忘れていたはずのかつての持ち手を思い出し、飛刀はまた、涙を流した。
最終更新:2024年07月16日 08:02