0394:キン肉マンVS志々雄真実


【エキシビジョンマッチ~ラーメンマンVS志々雄~】

 時は遡り、約半日前。

「私の、答えは……これだ!」

 あの時、ラーメンマンは志々雄の誘いに対して拒否を示した。
 正義超人として、悪である志々雄に徹底抗戦の意思を貫いたのだ。

「百戦百勝脚!」

 歩み寄りながら、志々雄に蹴り技を仕掛けるラーメンマン
 しかし志々雄はそれを苦もなく避けて見せ、微笑を作った。
 まるで、ラーメンマンがこの選択をすることを予期していたかのように。

「烈火太陽脚!」

「回転龍尾脚!!」

「飛翔龍尾脚!!!」

 ラーメンマンはしきりに技を繰り出すが、そのどれもが志々雄にとっては児戯に等しかった。
 数々の蹴りは掠りもせず、ラーメンマンの疲労は蓄積されるばかり。

――駄目だぁ旦那。どんどん技のキレが落ちてきちまってるよ。
「……分かっているさ飛刀。だが……!!」

 ラーメンマンは、自分の力が衰えていることを承知の上で、尚も志々雄を攻め立てる。
 何が彼をそうさせるのか。
 もう理解している。
 正義超人の持つ、信念だ。

(例えここで力尽きようとも、きっと仲間の超人がこの男を倒してくれる。
 だから――私は少しでも、この男を倒すために尽力するのみ!)

 飛刀は、ラーメンマンを『馬鹿』だと思った。
 知恵は備えているが、考え方が意固地すぎる。
 ラーメンマンが信頼する友――キン肉マン、バッファローマン、ウォーズマンとは、それほどの男達なのか。

「――最後の勝負だ! いくぞ志々雄!!!」
「おもしれぇ。受けて立つぜラーメンマン

 ラーメンマンは最後の力を振り絞り、志々雄の背後に躍り出る。
 そのまま股座に肩を差込み、両足を掴んで持ち上げ、跳んだ。
 ラーメンマン最強のフェイバリット・ホールド『九龍城落地(ガウロンセンドロップ)』の体勢である。

――いけぇーーーー旦那!! このままいっちまえぇぇぇ!!!
「おうさ! 飛刀!!」

 これが決まれば、ラーメンマンが勝利を掴む。
 超人レスラーならともかく、ただの人間である志々雄にこの技を解くことは不可能。
 絶対的な自信があった。ラーメンマンも、飛刀も。
 しかし、ラーメンマンの高度が頂点にまで昇りつめたその瞬間、

「うっ」

 ラーメンマンの身体が揺れた。
 グラつき、体勢が崩れる。

(馬鹿な……私の限界は、もうここまで……)

 力尽きた。
 趙公明戦のダメージを押してここまで来た利子が、今になって襲ってきたのだ。

 地に落ちたラーメンマンは、その後一歩も動けなくなってしまった。
 体力が切れたのも原因の一つだが、何よりもまず、体勢が崩れた際に受けたダメージが甚大だった。

 志々雄が隠し持っていた、『衝撃貝』による攻撃。
 ここぞというところで食らわされた衝撃に、ラーメンマンは成す術もなく崩れ去る。

「じゃあな、ラーメンマン。この刀は貰って行くぜ」

――旦那! 旦那!! 旦那ァァァァァ!!!

 ラーメンマンと飛刀。
 あまりにも残酷で、無情な別れの瞬間だった。



 その後ラーメンマンはなんとか意識を取り戻し、最後の力を振り絞って友にメッセージを残した。
 もしあの時、飛刀がもっと強く撤退を勧めていたら。
 もっと分かりやすく、趙公明の危険性を説明していたら。

 ラーメンマンは、死ななかったのだろうか。



【ファイナルラウンド~決着~】

(無理だ……あんな残虐非道な悪魔に、わたしが勝てるわけがない)

 ――また泣き言か? キン肉マン。

(だって仕方がないだろう……あの男はわたしの親友だったラーメンマンを殺したほどの実力者なんだぞ)

 ――君はラーメンマンよりも強かったではないか。

(確かに、わたしはラーメンマンと戦い、勝利したことがある。だがあの男は別格だ……誰も、誰も勝てやしないんだ~ッ)


 ――屁のツッパリはいらんですよ!


(……へ?)

 ――これはおまえの台詞だったろう、キン肉マン。

(お、おまえは…………ラーメンマン!)


 血の臭い漂う汽車の中、倒れ落ちたキン肉マンは、友の幻影を見た。
 強大な敵に立ち向かう自分を鼓舞しに来たのか。
 それとも、情けない自分を叱咤しに来たのか。
 どちらにせよ、合わせる顔がない。
 キン肉マンはもう、立ち上がれない。


 ――自力で立ち上がれないってんなら、俺達がいくらでも手を貸してやる。

(ば、バッファローマン……おまえまで…………)

 キン肉マンの左手を、いつ現れたのか、バッファローマンが握っていた。

 ――我らはいつでも共にある。友がピンチなら、いつでも駆けつける。それが正義超人の友情というものだろう。

 右手を、ラーメンマンが握る。

 友情の握手(シェークハンド)で繋がれた三人の超人。
 この絆があったから、ここまで来れた。
 この絆がなかったら、ここまで来れなかった。

 友情パワーがあるから、正義超人は強いんだ。

(立ち上がれ、キン肉マン! おまえの力はまだこんなものじゃないだろう!!)
(私が成し遂げられなかった悲願を、叶えてくれキン肉マン!!)


「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 キン肉マンが、燃え上がった。


 その瞬間、飛刀は三つの幻影を見た。

 一つは、立ち上がったキン肉マンを囲うように燃え広がった、炎の幻影。

 一つは、キン肉マンの左手を握る牛角の巨人の幻影。

 そしてもう一つは、


――…………嘘だろ

 見慣れた、懐かしい、

――旦那……旦那ァ……

 額に『中』の一文字を記す、拳法着の超人、

 ラーメンマンの幻影が、キン肉マンの右手を掴んでこちらを見ていた。


 おそらく、それを見たのは飛刀だけだったろう。
 志々雄は、尚も交戦の意思を示してくるキン肉マンに「ふん」と鼻を鳴らし、再び飛刀を構えて迎撃に出るだけだった。

「志々雄……わたしはもう逃げはしない。今度こそ、貴様を倒す」

 沸騰しているような熱気を帯びるキン肉マンは、さっきとはまるで別人のようだった。
 これが、ラーメンマンが信頼し、後を託した『友』。

――(ああ、これなんだな。正義超人の『友情』ってのは……)

「うおおおおおおおおおお!!」

 気合一声、キン肉マンが突っ込んだ。
 もう幾度となく繰り返されているパターンに飽き飽きしつつも、志々雄は片手平刺突の体勢に移る。
 飛刀に拒否の兆候は見られない。とうとう諦めたか。
 何にせよ、今度こそこれで片がつく。
 今までで最高の速度を乗せた剣を突き出し、一直線にキン肉マンを襲う。

「肉のカーテン!!」
「――ッ!?」

 突き出された飛刀は、キン肉マンの両腕によって挟まれた。
 分厚い筋肉の付いた両腕による、真剣白刃取りである。

(なっ……!? う、動かねぇ……)

 切っ先がキン肉マンの身体に触れるより前に剣撃を止められてしまったため、志々雄の攻撃は不発に終わった。
 それどころか武器を取られ、硬直状態へと誘われる結果に。
 志々雄は、肉のカーテンからなんとか飛刀を抜き取ろうとするが、キン肉マンの怪力がそうはさせない。
 元より、戦うために神から超パワーを授かった超人と、ただの人間では強度が違いすぎる。

「火事場の……」

 肉のカーテンによる挟み込みが、いっそう強固になった。
 捕らわれた得物、飛刀の刀身を捻じ曲げるのではないかと思うほどの圧力。
 だが、そんなものは関係ない。

――やっちまえーーーー! キン肉マーーーーン!!

 飛刀にとっては、ただただ『ラーメンマンの友達』が志々雄を圧倒してくれていることが嬉しかった。

「……クソ力ーーーー!!」

 キン肉マンが豪快に叫び、挟み込んだ飛刀をそのままの形で投げ飛ばしてしまった。
 天井をぶつかり地にバウンドし、車内の明後日の方向まで飛ばされた飛刀を見て、志々雄は初めて劣勢を感じた。
 飛刀を握っていた手が痛む。得物を獲物を無理やり引き剥がすほどのこのパワー。
 本来の志々雄なら、単なる怪力相手に畏怖を示したりはしない。
 この時劣勢を感じたのは、このキン肉マンという男に、パワー以上の『凄み』を感じたからだった。

バッファローマン! わたしに力を貸してくれぇーーー!!」

 得物を失い隙の出来た志々雄に、キン肉マンがここ一番で勝負をかける。
 左腕を大きく振りかぶり、志々雄の顔面目掛けて振るう。
 激厚の筋肉によるラリアットは、まるで大木をそのまま振るわれたようで。

「がっ……!!」

 威力に耐え切れず、汽車の遥か後方まで飛んでいく志々雄。
 キン肉マンはそれを逃すまいと、執拗に攻め立てる。

「そりゃあ~! マウントパンチ!!」

 倒れた志々雄に覆い被さり、身体をガッチリとホールド。
 身動きが取れなくなったところを、上から一方的に殴りつける。

 攻撃を受けている、というだけでも屈辱的なものを、さらにはこの体勢。
 志々雄の怒りは頂点に達し、その怒りが超人にも匹敵するパワーを生み出した。

「調子に……乗ってんじゃねぇ!」

 唯一フリーになっていた両腕を動かし、キン肉マンの拳撃の間を縫って、目潰しを食らわせてやった。

「ウギャァアアアアァ!!! め、目が~」

 浅かったものの、効果は抜群だった。
 本来なら相手が怯んだこの瞬間に攻守を逆転させたいところだが、生憎今はそんな余裕はない。
 仕方なくキン肉マンから目線を外し、志々雄は一路後方、汽車の最後部目指して走り出した。

 東へ進む列車を、逆走する形で西に逃げる志々雄。
 キン肉マンもすぐにそれを追うが、足の速度では志々雄に若干の分があった。

 やがて、最後部車両まで到達した志々雄は、そこで足を止めた。
 飛刀を失った今、頼れる武器は諸刃の効果を持つ宝貝『青雲剣』のみ。
 戦況の悪さは誰が見ても明白だった。

 懐から純白に輝く羽を取り出し、見つめる。
 緊急脱出用に残しておいた、『キメラの翼』。
 これを使えば、汽車内からの撤退も容易だろう。

 どうする――逃げるか――戦うか――

(逃げる?)

 考えてから、違和感を覚えた。
 逃走、撤退、退却、どう言葉を組み替えても、戦闘中の離脱には違いない。
 分が悪いから逃げる。戦略的なことだ。ここで無理をする必要はない。利口な人間なら、これを使うことを選ぶ。

(――――あばよ、キン肉マン)

 思考を止め、志々雄がキメラの翼を放り投げようと、

「――待てぇぇ!! 逃げるつもりか志々雄ぉぉぉ!!!」

 した時だった。

(逃げる……ねぇ)

 キン肉マンの声が耳に響き、思い留まった。
 戦って、劣勢になってきたから逃げる。
 これは本当に、戦略的撤退と呼べるのだろうか。
 違う。これは違う。これでは単なる――

「志々雄ぉ!」

 ――弱者の取る行為ではないか。

 志々雄が突っ立つ最後部車両に、キン肉マンが追いついた。
 息を切らしながら、志々雄と対面する。
 共に満身創痍といった状態の両者。一瞬の硬直が生まれた。

 キン肉マンの瞳を眺めながら、志々雄は再度考える。
 その上で、質問をしてみる。

「……なぁ、キン肉マン。おまえは、何があっても絶対に貫くっていう『信念』を何か持ってるか?」
「な、なに?」

 突然の質問に、頭を捻るキン肉マン。
 一体どのような意味を込めているのだろうか。

「な、なんじゃい信念って」
「なんでもいい。てめぇが絶対に信じて疑わない事柄ってやつさ」

「し、信じて疑わないもの……それなら友情だァ!
 正義超人の友情は、何者にも劣らない絶対的なもの! この友情があるから、わたしはここまで来れたんだ!」

 ――そうだ。今まで経験してきた数々の戦いを思い出せ。
 超人オリンピック、超人タッグトーナメント、キン肉星王位争奪サバイバル・マッチ、
 どれも仲間の超人達との友情があったから勝利できた戦いだ。
 この志々雄戦も、バッファローマンラーメンマンが支えてくれた。
 だからこそ、絶対に勝たなければならない。

「そうかい。なら、今度は俺の信念ってやつを教えてやるよ」

 志々雄は、握り締めたキメラの翼をその場に捨て、代わりに一本の刀を取り出した。

「俺の信念は、『弱肉強食』。弱き者は死に、強き者が生き残る。俺が目指したのは――そんな国だ」

 志々雄の瞳に、消えかけていた炎が蘇ってくるようだった。
 信じれば裏切られる。油断すれば殺される。殺される前に殺れ。
 彼が掲げる信念、『弱肉強食』が、キメラの翼による逃走を許さない。
 もしここで負けて死ぬというのなら――それは、志々雄がキン肉マンより弱かっただけのこと。
 あれだけ政府を弱いと貶し、人斬りをやめた先輩に失望した自分が――こんな甘ちゃんに負けるわけにはいかない。

「最後の決着といこうぜ、キン肉マン」
「おう! 望むところだ!!!」

 ぽっぽ~、と丁度よく汽笛が鳴った。
 名古屋駅はもう間もなくだろうか。
 どちらにせよ、決着は、もうすぐ付く。

「「勝負!」」

 両者、一斉に飛び出した。

 志々雄は依然、平刺突の構え。
 だが前回までのような待ちの体勢ではなく、自ら踏み込んでの超速の太刀。

 対してキン肉マンは、何も考えがないのか、肩からぶつかるただのタックル。
 勝負の行く末は見え見えのようにも思えたが、その突進力だけは目を見張るものがあった。

 志々雄の剣が、一足先にキン肉マンの身体に到達した。
 青雲剣の効果も相成って、突きは三重の太刀筋を見せ、まるで螺旋の如く渦巻いて貫く。
 さながらドリルを思わせるような剣撃も、相手がタックルのために姿勢を低くしていたからだろうか、急所を外れ、右肩に命中した。

(と、とまらねぇ――!?)

 渾身の一撃も、キン肉マンの分厚い筋肉に阻まれ、決定打を与えられていない。
 それどころか、右肩に突き刺さった剣は埋もれたようにビクともしなくなり、志々雄の連撃を困難にさせた。

 そして、今度はキン肉マンの番――

 志々雄が平刺突を放った際の猛進力に逆らうことなく、敵の頭を左腕で捕獲。

 同時に頭を敵の左肩下に潜り込ませ、右腕は敵を持ち上げるための支えとして用意。

 両腕の絡みを強固にし、大地の巨木を引き抜く心構えで、敵の身体を高く差し上げる。

 そして両内腿を押さえ、身体の自由を奪ってしまう。

 ――準備は整った。が、ここでは狭い。
 キン肉マンは志々雄を逆さに抱え上げたまま、再びダッシュ。
 目指す先は、列車最後部。

「うおりゃあああああああああああああ!!!」

 しかし、ここは既に最後部車両。
 これより後ろに待っているものといえば、車内よりもって狭いデッキと――外界。

(こいつ――まさかぁ!?)

 最後部車両を越え、デッキを越え、外へ、跳んだ。
 志々雄を抱えたまま、汽車のスピードに逆らった逆走体勢から。


 敵を抱え上げた状態から高く舞い上がり、稲妻の如き勢いで地に叩きつければ、
 首、背骨、腰骨、左右の大腿骨の五箇所が粉砕される。

 これぞキン肉族48の殺人技の一つ、五所蹂躙絡み。

「喰らえ志々雄ォォォォォーーー!!!」

 またの名を……


「 キ ン 肉 バ ス タ ー !!! 」





 キン肉マンが見たのは、歪み拉げた、レールの敷かれた大地。
 志々雄が見たのは、どこまでも青い青い、空。

「………………ぐはっ!!」

 激走する汽車から飛び降り、そのまま直接地に叩きつけた、決死のキン肉バスター。
 その衝撃といえば、いくら名うての超人であっても耐えることはできない。
 キン肉マンのホールドが解かれ、志々雄の身体が崩れ落ちる。
 意識は……既になかった。

「やった……やったぞ……」

 満身創痍のキン肉マンの身体が、プルプルと震える。
 歓喜に震えているのだ。志々雄を、友の仇を倒したという確かな充実感に、身を震わせずにはいられなかった。

「勝ったんだ……わたしは、ラーメンマンやたけしを殺した志々雄に、勝ったんだぁ~~~ッ!!!」

 号泣し、キン肉マンはその場で咆哮を上げた。
 雨がまだ降っていたが、もはやそんなものは関係ない。
 今はただ、勝利が嬉しくて。

「やった! やった! やっグホッゲホゲホッ!?」

 喜びのあまり小躍りしていたキン肉マンだったが、急にむせ返り、吐血してその場に倒れこんでしまった。

「う~む、さすがに汽車から飛び降りてのキン肉バスターは無理があったか……下は砂利道だし、せめてマットだったらなぁ」

 決死で放ったキン肉バスターは、自らにもダメージを及ぼすほどの凄まじいものだった。
 それに加え、技をかける際に受けた志々雄の突きによるダメージも大きい。
 右肩には抉られたような風穴が開き、出血は甚大。
 生きている方が不思議なくらいの、大ダメージだった。

「グムー。すぐにでも列車を追いたいが……これじゃあ動くこともかなわん。ていうか、なんだか眠くなってきたわい……」

 キン肉マンがその場で力尽き、瞼を閉じかけた一方。

 その姿を見つめる視線は、確かに見開いていた。

(時間は……どれくらい経過した? 14分……いや、もう15分経つか……関係ねぇ。ここまできたら、もう)

 意識は――まだある。

 腕は――関節が痛むが、まだ動かせる。

 脚は――やはり関節が痛むが、まだ動かせる。

 まだだ。
 まだ。まだ。まだ。まだ。まだ。まだ――
 まだ。まだ。まだ。まだ。まだ。まだ――
 まだ。まだ。まだ。まだ。まだ。まだ――


 執念が、志々雄真実を呼び起こす。



【ファイナルラウンド2~『友情』と『弱肉強食』~】

 目の錯覚か――違う。
 背後に聳え立つ狂気、熱気、殺気は、どれも本物。
 本物の、志々雄真実のもの。

「あわわ……」

 キン肉マンはその姿に怯えつつも、再び戦意を奮い立たせようとした。
 だが無理だ。とうに限界は超えている。
 この男とて――限界は超えているはずなのに。

「な、に、を、驚、い、て、や、が、る」

 そこに立つのは、炎の魔人。
 全身を炎に焼かれ、その上で尚も君臨する、人型の化け物だった。

 志々雄真実という男は、過去に全身を油で焼かれながらも、地獄の淵から生還した実績を持っている。
 その時の後遺症として、戦闘活動時間が十五分――即ち限界を超えると、体温が臨界点まで上昇。
 血液を蒸発し尽くす程の高熱を帯び、結果、人体発火を引き起こす。

 この男、自身の人体発火を利用したのだ。
 雨をものともしない大火災にまで進展した炎を纏い、志々雄は正に、業火の化身となった。
 かといって、炎など鎧のように気軽に纏えるものではない。
 今の志々雄の状態は、灼熱のマグマに全身を浸しているようなもの。
 そんな状態で何故立っていられるのか。キン肉マンに剣気を向けられているのか。

 理由は、なんだというのか。

「志々雄……おまえは、わたしが今まで戦ってきた悪魔将軍やネプチューンマン、
 スーパーフェニックスなどの強豪超人に勝るとも劣らない素晴らしい実力者だったよ。とても人間とは思えん」

「そ、い、つ、は、光、栄、だ」

 執念? 根性? 意地? ――どんな言葉でも説明がつかない。
 一度、いや二度、地獄を味わったことのある志々雄だからこそ、この業火の中でも君臨していられるのかもしれない。

「これが本当の本当の本当に最後になる。もうほとんど力なんて残っちゃいないが……わたしは手を抜かんぞ」
「あ、た、り、ま、え、だ」

 ファイティングポーズを取って見せるが、自分の巨体を覆い尽くすほどの猛炎に、キン肉マンはほぼ立ち尽くした状態だった。

 しかし志々雄は、剣を振るう。
 業火の中で、
 灼熱を帯びた刃で、
 青雲剣の効果を含めた、
 三乗の太刀で、
 最後の秘剣を。

「死、ね」


 ―― 終 の 秘 剣  火 産 霊 神 ――






 ――半壊した線路の脇、残されたのは、原型も分からぬほどに燃え上がった二つの焼死体。


 その最期を見た者は誰もいない。その二人の勝負を見届けた者は誰もいない。


 一時、地獄の業火がこの大地に召喚されたことを知る者は、誰も――








【エピローグ1~大嘘つきは最後に虚勢を張る~】

 キン肉マンと志々雄の決着が付いたほぼ同時刻。
 名古屋へ向かう汽車内では、取り残された死に掛けの一人と一本の刀が、お互いを呼び合っていた。

「なあ、おまえ……飛刀って言ったか? あいつらは……キン肉マンと志々雄は、どこ行ったんだ?」
――わかんねぇ。後ろの方へ走って行ったきり、帰ってこねぇ。

「そっか。キン肉マン……勝ったかな?」
――当たり前さ! キン肉マンは、ラーメンの旦那があれだけ信頼していた『親友』だ!
  きっともうすぐ戻ってきて、あんたを治療してくれるさ!

「治療、ね……あのおっさんにそんな器用な真似できるとも思えねぇけど……そう信じたいぜ」

 床に仰向けになって倒れるウソップの胸からは、大量の出血が確認できた。
 他でもない、志々雄が飛刀を振るってできた傷が原因だ。

「痛ぇんだよなぁこれ……めっちゃくちゃ痛ぇんだよ」
――見りゃ分かるさ。

「つーか、死にそうなんだけど」
――それも、見りゃ分かる。

「じゃあ、助けてくれよ」
――そりゃ無理だ。刀に傷の治療なんてできねぇよ。

 いつしか、ウソップは泣いていた。
 悲しみや悔しさから来るものではない。
 純粋に、『痛み』から来る涙だった。

「いてぇ……いてぇよぉ……」
――……

 この時ウソップは、心から願った。
 死にたくない。まだ死にたくない。この痛みから救ってくれるなら、なんでもする。
 神様でも仏様でもパンツ一丁のレスラーでも包帯男でも喋る刀でもなんでもいいです。
 頼むから、助けてください。死にたくないんです。お願いします。おでがいぢまずがらぁ……

「死にたくねぇよぉ……チクショー! 死にたくでぇー!! じにだぐでべんだびょぉぉぉ!!!」

 どこで何を間違えたんだ。
 自分は、勇気を出して仲間を救おうとしただけなのに。
 実力不相応のことをしたのがいけなかったのか、自業自得なのか。
 ルフィならもっとうまくやれたのに。ゾロなら、ナミならサンジならチョッパーならロビンなら。
 なんで、なんで自分だけこんな。

――ウソップの旦那……

 ウソップの悲痛な雄叫びに、飛刀は何も言えなかった。
 彼を傷つけたのは志々雄だとしても、その傷を作ったのは自分自身だ。
 今も飛刀の刀身には、べったりとウソップの血がこびりついている。

 罪の意識に苛まれながらも、単なる刀に過ぎない飛刀は、ウソップに何もしてやることが出来ない。
 精々励ましの言葉を送ってやれるくらい。そんなもの、気休めにもならないのに。

「ぎげぇぇぇ!! 飛刀ぉぉぉ!!!」
――!!

 悲しみと後悔にくれる飛刀の前で、ウソップが突然奇声を上げた。

「俺の……偉大なる海賊、キャプテン・ウソップの最後の言葉だ! しかと聞いて、後世に伝えろォォォ!!!」
――…………ああ!

 ウソップの意思に、飛刀はすぐ同調した。

「キャプテン・ウソップの生き様は、最後まで立派だった!」
――キャプテン・ウソップの生き様は、最後まで立派だった!

「キャプテン・ウソップの死に様は、海の男らしい晴れ晴れした最後だった!」
――キャプテン・ウソップの死に様は、海の男らしい晴れ晴れした最後だった!

「偉大なる英雄にして世界の海を制した大海賊……キャプテン・ウソップは!」
――偉大なる英雄にして世界の海を制した大海賊……キャプテン・ウソップは!

 外を流れる雨音にも、レールを走る激走音にも負けず、飛刀はウソップの言葉を復唱していく。


「 サイコーの、仲間思いだァァァァァゴハッッ!!? 」

――サイコーの、仲間思……ウソップぅぅぅうっぅぅうぅぅぅぅぅぅうぅ!!!


 派手に吐血し、ウソップはそこで力尽きた。
 瞳から生気が消え、顔面が蒼白になっていく。

 これが、男の死に様。
 これが、ウソップという偉大なる海賊の死に様。
 飛刀は決して視線を逸らさず、この男が最後を迎えるその時まで。

――うっ、うっ、ぐぅ~~~~~~っぐ、じょぉおおおっぉぉぉ~~~~…………

 泣きながら、見届けた。



【エピローグ2~さぁ行こう、みんなが待ってるあそこまで~】

「グムー。志々雄の奴め、最後の最後であんな大技を放ってくるとは……」

 どことも知らない空の上を浮遊しながら、キン肉マンはしきりに唸っていた。
 ふよふよと、実体のない状態で浮くその様は、まるで幽霊のようで。
 実際、つい先ほど死んでしまったわけだから、『ようで』とは言えないわけだが。

 それにしても、最後に受けた志々雄のあの技は、どの超人のフェイバリット・ホールドにも劣らない、素晴らしいものだった。
 まさか人体発火で巻き起こった炎を利用し、それを剣に纏わせて放つとは。
 あの技の前にやられたというのであれば、ファイターとしても本望に思えた。

「だが勝敗はダブルノックアウト。引き分けじゃい。
 わたしは別に負けたわけじゃないからなぁ~、向こうに行っても文句言うなよラーメンマン

 自分が死んだことよりもまず、志々雄相手に素晴らしいファイトができたことが、清々しかった。
 最初は、ラーメンマンやたけしを殺された恨みしか持っていなかったのに、今は不思議と晴れやかだ。
 できることならもう一度、今度はリングの上で戦いたい。そう思えるほどに。

「おーい、待ってくれキン肉マーン」
「ん?」

 呼ばれたので振り向いてみると、後ろからふよふよと漂う霊体が一つ。
 まーた誰か死んだのか、とキン肉マンが足を止めた次の瞬間、その顔を見て仰天した。

「ゲェー! ウォ、ウォーズマン!?」
「よう。久しぶりだなキン肉マン」

 半透明に見える霊体ながらも、重厚感の漂う黒のメタリックボディを持つあの肉体は、紛れもない正義超人のウォーズマンだった。

「お、おまえまで死んでしまったのか!?」
「ああ、たった今な」

「アホー! おまえまで死んでしまっては、あのゲーム内に正義超人が誰もいなくなってしまうではないか!」
「ああ、確かに正義超人は全滅してしまった。だが、心配はないさ」
「な、なぁにぃ?」

 フフフと微笑むウォーズマンを、キン肉マンは訝しげに睨む。
 正義超人がいなくなっては、誰が人間達を守るというのか。
 志々雄を倒したとはいえ、あのゲーム内にはまだまだ凶悪な殺人者達が――

「あのゲームに参加している人間達は、みんな強い心を持った奴らばかりだ。
 俺たち正義超人が手を貸さなくても、きっと無事に生還してくれる。
 中にはDIOのような頭の回る悪もいるが……奴はきっとケンシロウが倒すだろう」

 自信ありげにウォーズマン・スマイルを浮かべる。

「でぃお? けんしろう?   誰のこと  じゃそりゃ?」
「向こうに  着いたら話すさ  キン肉マン   俺のやってきた    罪も  全部含めて」

 二人の超人の身体が、どんどん薄くなっていく。
 死んだ超人達は超人墓場に送られるというが、この二人が行き着く先もそうなのだろうか。


「  罪って  何やらかしたんじゃ    おまえ    」
「   それは    向こうに  着いてから     話す  さ」


 白く霞んでいく空に、晴天を見たような気がした。もうすぐ雨が晴れるのだろう。
 道中ぶらり、今だけは使命も忘れて、気長に進む。

 先に逝った二人の待つあの場所まで、超人同士、友達同士の雑談は続く――



【エピローグ3~志々雄真実という男~】

 蔓延る暗黒の空気、六月の湿気も寄せ付けぬ陰湿な空間、そこに詰まれた骸の山。
 志々雄真実は、その頂上で目を覚ました。

「お目覚めですかな、志々雄様?」
「……………………方治か」

 長い眠りから覚めた彼を出迎えたのは、数万にも及ぶ死者の軍勢。
 十本刀、“百識”の方治を筆頭に、同じく十本刀“盲剣”の宇水、
 そして、志々雄の夜伽役であり愛人でもある駒形由美。

『友情』などというちっぽけな感情では括れない、志々雄真実の信頼できる仲間達である。

「随分長い間お眠りになっていたようですが、夢でも見ていらっしゃったのですか?」
「夢、ね…………そうだな。とても長い……夢を見ていた気がするぜ」

 骸の山を降り、軍勢の中心に踊り出る志々雄。
 全員の視線は志々雄に向き、隣には由美、背後には方治と宇水が付き従う。

「ねぇ志々雄様。そろそろ再開しましょうよ、『地獄の国盗り』」
「ああ……そうだな。もう、夢は覚めた。ここからが、俺の世界だ」

 志々雄が歩を進めれば、由美が、方治が、宇水が、大勢の配下が後を辿る。
 その先に何が待っていようとも。
 その先に真の地獄が待ち構えていようとも。
 突き進む。

 それが、志々雄真実。

「さぁ、次は閻魔の首を取りに行くぞ! 『地獄の国盗り』は、こっからが本番だ!」

 泡沫の夢から覚め、彼は地獄で活動を再開する。




 ――大阪を出て、名古屋に向かう汽車の中で起きた、ちょっとした情事。
 ――そんなちっぽけなエピソードも、この世界の掛け替えのない一部。
 ――何が起ころうと、汽車は平穏に走り続ける。
 ――本日の運行、滞りなく。





【大阪府~愛知県/2日目・昼】

※ウソップの死体は名古屋行きの上り列車の中、キン肉マンと志々雄の焼死体は愛知県最西端の線路沿いに放置。
※ウソップの荷物一式(スナイパーライフル残弾13→12発)、飛刀@封神演義、キメラの翼@ダイの大冒険、は列車内に放置。
※キン肉マン、志々雄の荷物一式は炎により消滅。
 青雲剣、衝撃貝、コルトローマンMKⅢ、ゴールドフェザー、シルバーフェザー、鉛星、
 は辛うじて原型を留めていますが、どれも焼け焦げてしまっています。
※キン肉バスターの衝撃により、愛知県最西端の線路が一部破損されました。脱線の恐れがあります。


【キン肉スグル@キン肉マン 死亡確認】
【志々雄真実@るろうに剣心 死亡確認】
【ウソップ@ONE PIECE 死亡確認】
【残り32人】


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388:関西十一人模様 キン肉スグル 死亡
388:関西十一人模様 ウソップ 死亡
388:関西十一人模様 志々雄真実 死亡

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最終更新:2024年07月17日 04:01