0382:流星、嵐を切り裂いて ◆kOZX7S8gY.




「いいかダイ。わしら警察官は、一人の犯人に対して一人で向かっていくような馬鹿な真似はせん。
 必ず複数でチームを組み、より確実に犯人を確保するために協力し合うのが普通だ」

「分かるよそれ。俺のいた世界でも、モンスターと戦う時はパーティーを組むのが普通だったから」

 兵庫県――南部に位置する市街地を抜け、両津たちは瀬戸内海沿岸に歩を進めていた。

「だが星矢の場合は違う。藍染とかいうヤローは確かに悪党だ。本当ならわしらが束になって捕まえるべき相手ではある。
 しかしだ。藍染は悪党であるよりも先に、星矢の因縁の相手でもある。仲間の仇っていう名目のな」

 動かす歩のスピードは若干の早足で、余裕が見当たらない。
 先頭を行く両津とダイもそうだが、後ろを行く女性陣二人――特に麗子は、しきりに後ろを振り向きおろおろとした表情を見せる。
 大方、単身藍染を迎え撃とうとする星矢が心配なのだろう。
 リョーマとの合流に失敗し、キルアの死体を見てしまった後だからなおのことである。

「男と男の一騎打ちだ。わしらが手を出していいもんじゃない。
 祭りと喧嘩は江戸の華――昔からよく言ったもんだが、星矢は心意気ってもんを知ってる」
「でも両ちゃん、私やっぱり心配だわ……だって星矢ちゃんはまだ子供なのよ? もし万が一のことがあったら、私は……」

 キルアを守れなかった麗子だからこそ、星矢を気にしないことができなかった。
 星矢は言った。自分は聖闘士だから。ただの子供じゃないから。麗子を守ってやれるほど強いから、と。
 しかし実際に星矢の実力を確認したわけでもない麗子にとっては、そんなものは単なる強がりにしか思えなかった。
 キルアだって、強ぶっておきながら死んでしまったのだ。子供はやはり、守られるべき存在なのだ。

「心配するな麗子。わしだってアイツのことは信頼しているが、まったく心配していないわけじゃない。
 だからこうやって、『ある場所を探している』んじゃないか」

 両津たちが目指す場所は、『四国ではない』。
 一人残り、宿敵藍染との決着をつけようとしている星矢を、誰が放って置けようか。
 仲間思いの警官と勇者のパーティーは――約一名、不気味に佇む少女を除いて――『とある場所』を目指す。





 兵庫県市街地を、一陣の風が駆け抜ける。
 見た目は白く、それでいて中身は禍々しいほどまでの黒さを漂わす、死神の風。
 それを追うは、さらなる一陣の風。
 黄の輝きに身を包み、超高速のスピードで死神の『瞬歩』に縋りつくは、聖闘士の風。

「ここまで来ればいいだろう」

 市街地を抜けたところで、二つの風が停止した。
 舞台はコンクリートで構成された建造物地帯から深い雑草が生い茂る草原に移され、停止した風はいよいよ対峙する。

「戦うのなら、このような広大なスペースの方がいいだろう? ここなら誰にも邪魔はされない」

 死神――藍染惣右介が場所を移したのは、物陰に隠れた伏兵を恐れての配慮だった。
 またいつぞやの時のように、五、六人に袋叩きにでもされてはたまらない。雑兵とはいえ、集えば百万の大群にも匹敵するものだ。

「好都合だ。場所がどこだろうと関係ない。藍染惣右介……アテナの名の下に、このペガサス星矢が貴様を倒す!!」

「あまり吼えるな……弱く見えるぞ」

 死神と相対するは、女神に選ばれし聖なる闘士。
 ペガサスの聖衣を身に纏い、今、万全の状態で決戦が始まる。

 開戦の合図を灯すように、空を暗雲が包み込んでいく。
 本日午前の天気は、曇りのち雨。黒雲は不穏な音を響かせ、縮小日本に大規模な影を作り出す。
 時刻はもう朝なのに、まるで夜が再来したかのようだった。
 草原に生い茂る雑草が、風に吹かれて音を立てる。津波のように撫でられながらも動きは微弱。
 正に、嵐の前の静けさか――

(心地のいい小宇宙だ……)

 一日目、星矢は何もできないまま、数多もの死者を出してしまった。
 刻々と減っていく参加者への嘆き、指を咥えて見ていることしかできない自分への憤り、藍染ら殺人者への滾る小宇宙。
 そして迎えた二度目の朝。星矢は、いよいよ聖闘士としての役目を果たす機会に遭遇した。
 久しぶりの戦場の感覚。身に纏ったペガサスの聖衣が、やたらと頼もしく思えた。

 ズン

 途端に、空気が重くなる。
(ぐ……この小宇宙は……藍染!)
 間もなく開戦の時――敵方、藍染惣右介もそれを心得ているのだろう。
 自ら小宇宙(コスモ)――正しくは『霊圧』だが――を高め、星矢にプレッシャーを与える。

 尸魂界に謀反を企て、天の座に着こうとせし死神――藍染惣右介
 その力の全容は未だベールに包まれ、計り知れない不気味さを漂わせていた。
 彼にとっては小さなことなのかもしれない。
 この殺し合いというゲームも、今始まろうとしている星矢との対決も。
 天を目指す死神にとっては、些細な小事にすぎないのだ。

「嘗めるなよ藍染! アテナの祝福を、聖闘士の底力を!」

 それでも、聖闘士である星矢は霊圧などには屈しなかった。
 藍染は霊圧などとは比べ物にならないほどの重圧、すなわち本物の重力を操ることができるはず。
 それを頭に入れて弾き出した答えは、先手必勝。高速戦闘を得意とする聖闘士の十八番とも言える戦法だ。

 正面から突撃し、拳による連打を叩き込む。重力を操作する暇は与えない。
 圧倒的なパワーと速度で勝る、近接戦闘型の星矢。対して藍染は、得意武器である刀を失い打つ手なしと思われた。

 しかし藍染は、星矢の拳を受け流す。流水のような流れる体術で。
「素晴らしい速度だ。体術だけならば二番隊の砕蜂と同格、もしくはそれ以上か」

 藍染が駆使するのは、『白打』と呼ばれる死神特有の攻撃体術である。
 斬魄刀による攻撃を主とする死神にとって、素手での戦いは望むところではない。
 だがこの状況では致し方ないだろう。武器を持たぬ藍染は果敢にも、聖闘士相手に素手での近接戦に望んでいるのだった。
 もちろん、単純な殴り合いならば聖闘士に分がある。藍染も星矢の動きを見てそれを理解していた。
 だからこそ攻撃には転じず、『白打』に移動補助体術『歩法』を加え、回避と防御に専念する。
 優勢であることに変わりはない。しかし藍染の不敵なまでの立ち振る舞いは、星矢に動揺を誘った。
「くっ!」
 星矢が拳を撃ち出すごとに、藍染はそれを弾く。
 カウンターを恐れた星矢は更なる追撃を繰り出すが、それも弾かれ、力はあらぬ方向へと流される。
 流れる肢体は、決して掴むことのできぬ風のようだった。
 死神の二大基本体術、『白打』と『歩法』を最大にまで活用した結果が、今の藍染なのだ。
 攻撃は命中しているのに、決定打を与えられない。星矢は未知なる敵との戦いに、焦りを見せ始めていた。

(落ち着け俺……! 藍染はこっちのスピードに付いてくるのもやっとのはず。一撃に集中すれば、奴は仕留められるはずなんだ!)
 星矢の焦りの原因は、この世界における制限にあった。
 ペガサスの聖衣を取り戻し、完全な力を取り戻したと確信した矢先の戦闘。
 実際に拳を振るってみれば、思ったよりも鈍速。
 ――馬鹿な。星闘士のスピードはこんなものじゃないはずだ。これは驕りなんかじゃない。俺はもっと、速かったはずだ。
 実際に体感してみる『制限』の重圧に苦しめられ、星矢は本来の動きを取り戻せずにいた。
 ただでさえ藍染は防戦一方、攻めに転じないので、星矢の拳を突き出す速度も、無意識に早まってしまう。
 速度を求めれば、その分変則性を削ぐ結果となるのは必定。当然、防御も容易くなる。

「――!」
 星矢が己のミスに気づいた時にはもう遅い。
 繰り出した正拳は安直な軌道を描き、藍染ではなく空を切る結果に終わる。
 受け流されたのではなく、完全に避けられた。
 藍染は訪れた好機を見逃すつもりもなく、『歩法』の最終形、『瞬歩』により星矢の背後に回りこむ。
 首筋がゾクリとした。背後に死神を背負う感覚――霊圧でも小宇宙でもなく、もっと単純な『嫌な予感』を感じる。
 人間が持つ危機回避能力が星矢を突き動かした。高速戦闘において敵に背後を見せることは、死を招くことに変わりないのだから。
「破道の四“白雷”」

 青白い稲妻の閃光が、星矢の身体を通過する。
 藍染による予想外の放出攻撃に一瞬戸惑った星矢だったが、受けてみればなんてことはない。
 聖衣に包まれた身体は、ほぼ無傷で現存している。
「ほう……低級の鬼道とはいえ、ダメージはほとんどなしか。速度だけでなく、防御も優れているらしいな」
 自分が劣勢だとは、露とも思っていないのだろう。
 藍染は防御に重点を置きながらも、冷静に聖闘士なる存在の力量を測りながら戦っている。

「だがやはり、私と戦うには力不足だ」
 ゲーム開始から、現在までにおける藍染の目測。その全てには、ある共通点が存在していた。
 崩玉の奪取に成功し、尸魂界全土の死神を欺いた藍染ゆえの――『自信』である。
 いつでも脱出できるという『自信』。主催者すらも鏡花水月で翻弄できると思った『自信』。世界最高の頭脳をも欺けると考えた『自信』。
 この戦いにおいても、聖闘士という未だ全貌が明らかになっていない相手に対し、絶対に勝利できるという『自信』を持っている。
 このまま星矢を殺すことも容易いだろう。だが、あえてそれはしない。藍染は、決して『自信』に溺れているわけではないから。
 今回の戦闘における目的は、あくまでも情報収集。星矢の名乗る肩書き、聖闘士といえば、第四放送でフリーザが口にしていた名だ。
 死者の蘇生――嘘だと思うのなら、聖闘士に聞いてみろ、と。
 おそらくは主催者の一人、ハーデスと関係がある人物なのだろう。だとすれば、殺すには惜しい。
 主催者の能力、蘇生は本当に可能なのか、そしてハーデスとやらに監視の術はあるのか。
 鏡花水月を取り戻した時のためにも、これらの情報は今入手しておきたかった。
「力不足だって? ハッ、笑わせるなよ藍染。
 こっちはやっと調子が戻ってきたところなんだ……力不足なんて言うのは、これを見てからにしろ!」

 その瞬間、藍染は完全に虚をつかれた。
 星矢の拳が発光する。何かが来る。死神である藍染が、悪寒を感じるほどの何かが。

「ペガサス彗星拳!」

 星矢の拳が一点に集束し、一直線に伸びる。
 レーザーのように照射されたのは、紛れもない星矢のパンチ。ただし、百発前後の。

 本来、聖闘士の繰り出す拳のスピードは、一番下級に位置する青銅聖闘士のものでも音速、黄金聖闘士クラスは光速にも上る。
 このゲームにおける制限下ではその力もままならないが、聖闘士の拳が常人の目にも止まらないことには変わりない。
 藍染は今、確かにその片鱗を見た。

 ビュッという瞬く間の轟音を残し、頬が風を感じた。
 両眼が思わず横を向く。そこにはなにもない。今は。
 既に通過した拳は、藍染に触れることはなく。代わりに背後の地面を破壊した。
 振り返らなくとも分かる。今巻き起こった轟音は、藍染の背後を粉砕した音に違いない。
 破砕した地面からの土煙が身を包み、それでも藍染は動くことなく佇んでいた。驚きを隠せぬ瞳に、笑う星矢を映して。
「チッ、こっちに来て初めての彗星拳だったから、狙いが外れちまったぜ」
 自嘲気味の笑み。彗星拳を外したのは、果たして故意か偶然か。
 ペガサス彗星拳――秒間百発超にも及ぶ拳の連撃を一点に集中し放つ、星矢の必殺技である。

 ――見えなかった。恥を捨て、素直にそう認めよう。
(……どうやら、認識を改める必要があるようだ)
 藍染は垣間見た星矢本来の力量に、底知れぬ畏怖を覚えた。
 情報だけ入手して逃走する? とんでもない。この少年は、この先明らかな障害となる。
 藍染は気を引き締め――それでも決して『勝てない』とは考えず――再び星矢に向き直る。
 霊圧は冷たく、狂おしいほどに増していた。

「君の能力は理解した。その上で問おう。君のその『支給品』はなんだ」

 ペガサス彗星拳を目の当たりにしてのからの第一声が、それだった。
 能力と支給品の詳細を訊く。藍染がこのゲームで幾度となく繰り返してきた行為が、星矢にも実行された。
 戦闘中であるにも関わらず、この男は何を血迷ったことを言い出すのか。思い出すだけでも腹立たしい。
 星矢の支給品、雪走は、他でもない藍染自身が石崎を殺害し奪い取った。まさかそれを忘れているわけではあるまい。
 不快に思った星矢だが、笑みを零して悠々と答えてやった。

「これは、『ペガサスの聖衣』さ! 仲間が俺に託してくれた、大切な力だ……聖衣を纏った聖闘士に、勝てると思うな藍染!」
 藍染が興味を惹いたのは、現在星矢が装備しているペガサスの聖衣についてだろう。
 初遭遇時には、星矢はこんなものは着けていなかった。だから、星矢の強さがこの聖衣にあると睨んだのだ。

「やはり、この世界における『支給品』はどれも魅力的なものばかりだな……
 まだここを出るには惜しい。精々楽しませてもらうとしよう」
「世迷いごと言ってんじゃねぇ! 藍染! 貴様は俺がここで倒す!!」

 星矢が再びアタックを仕掛ける。
 彗星拳の一撃で確かな手応えを感じた星矢に、もはや戸惑いはない。
 制限がどれほどのものかも理解し、その上で藍染を潰しにかかった。
「ペガサス彗星け――」
 音速の領域に住まう聖闘士の攻撃。超速度により生み出されるパワーは、当たれば一撃で終わる眉唾物の破壊力だ。
 もちろん、その力を理解したのは藍染も同じ。だからこそ、油断はしない。

「破道の三十三」
 聖闘士に音速の拳があるなら――死神には超高速移動術『瞬歩』がある。
 彗星拳を撃とうとした星矢は、瞬時に移動した背後の藍染に気づき、行動を攻撃から回避にスイッチする。
「“蒼火墜”」
 星矢の立っていた地点に、蒼の爆炎が巻き起こる。星矢は、既に移動した後だった。
 雷の次は炎か、と星矢は藍染の攻撃の多彩さに感服する。が、それも当たらなければ意味がない。
 先ほどの白雷という技も、威力はないに等しいものだった。
 聖衣を身につけた聖闘士には、もはや下級の鬼道などでは対応できない防御力が備わっていたのだ。
 炎を回避した星矢は間髪入れず振りを変え、拳の矛先を藍染に構えた。
 今までの戦いで、気づいたことが一点ある。それは、藍染の使う『瞬歩』は連続では使用できないということ。
 死神の中でも使い手は希少な、高等な移動術。
 星矢は直感でそのカラクリを見破り、ならば間を入れる必要はない、と連撃を加えにかかった。
 しかし、藍染が反撃を予期していないわけがない。

「縛道の一“塞”」
 藍染の正面、その拳を振り下ろそうとした星矢の身体が――停止した。
 縛道は、攻撃に用いる破動と違い、主に伝令や移動系などの補助に用いる鬼道。
 その中でも一番最下層に位置する“塞”は、ほとんどの死神が使用できる基本中の基本だった。
 効果は、対象の捕縛。もちろんその効力は絶対とは言えないし、
 制限下、加えて聖闘士が相手では、止められる時間も精々0.3秒がいいところ。
 だが星矢にとって、この僅かな時間が死を招くこととなる。

 一瞬の停止から解放された星矢が次に味わったのは、地に落とされる感覚だった。
 まるで航海船の積荷を一片に背負わされたかのように、途端に身体が重くなる。
 倒れこそしなかったものの、肩が落ち、腰が折れ、拳は止まってしまった。
 瞬間的に、自らの身に起こった現象を理解した。思い出されるのは、麗子と共に藍染に奇襲を仕掛けた際の展開。
(これは……藍染の重力操作!)
 重い。身体だけではなく、身に纏う空気自体に重圧を感じる。
 星矢の周囲に生えた雑草は見事に地ベタを撫で、上方向から来る力に抗うことなくペタンコになる。
 これが『重力の増加』なのだと、思い知らされるようだった。

 重い瞼を大きく見開き、前を見る。
 黒球が、握られていた。両手では収まりきらない巨大な黒の塊に、辺りを散開する小型の黒球の群れ。
 藍染はスーパー宝貝『盤古幡』を起動し、天より星矢を見下ろしていた。

「『支給品』の力は、その使い手と用途により大きく左右される。この『盤古幡』もまた、私だからこそ扱える代物だ」
 星矢の動きが鈍ったことを確認し、藍染は悠長に語りだす。業者が家畜を見下ろすような、冷めた視線を送りながら。
「これが、私と君の差……天に立つ者と、地に伏す者の違いだ。
 飛ぶ術を持たぬ輩が身体を浮かせてみたところで、地に落とされるのは必然。
 この『盤古幡』は、実によくその事実を証明してくれる」

 藍染の顔に、動揺や焦りの色は見られない。星矢から反撃が来るとは思いもしていないのだろう。
 完璧なる余裕。藍染のそれは、既に勝利を確信した男の佇まいだった。
(くそっ……この重圧感、たぶんあの時くらった10倍の重力よりも重い! いったい藍染は何倍まで重力を上げられるんだ……!?)
 スピードを殺され、一転して窮地に立たされた星矢は、打開策が思いつかないまま静かに藍染の顔を睨みつけていた。
 もちろん、動こうと思えば動ける。だがやはり、10倍以上の重力の中では聖闘士本来の速度を発揮できない。
 そんな中で動けば、反撃を食らうのは必至。
 ただでさえ藍染には『瞬歩』があるのだ。『盤古幡』が発動したことで、速度の優劣は完全に逆転したと考えていい。
 なんとか、藍染が余裕という油断をしている内になんとかしないと。

「……どうやら、無闇やたらに動く気はないようだな」
「嘗めるなよ藍染。これくらいの重力で、俺がへこたれると思うな」
 膝を折らなかったのは、星矢のプライドが許さなかったのか。
 身体は沈んでいるものの、確かに二本の足で立っている。ここで倒れたら負けと、星矢はそう考えていたのだ。

「ちなみに、今君に課している重力は15倍だ。
 キルア君でも辛うじて歩くことがままなる倍率だったが……君ならその状態で私に攻撃することも出来るだろう?」
「…………」
「――やはり、か。君は強い。この私を本気にさせるほどの実力を持っているのは確かだ。だが」
 沈黙の中、星矢は拳を握り締めた。
 もはや重力など関係ない。目の前にムカツク男が、仇討ちの対象がそこにいる。どうして殴れずいられようか。
 星矢は小宇宙を集中させ、感覚を研ぎ澄ませる。相手が慢心している今がチャンス。
 もう一度渾身の彗星拳を繰り出し、今度こそ仕留める。それで石崎の無念は晴らされる。
 星矢が滾る思いを爆発させようと、

「これが『100倍』になっても――君は耐えられるかな」

 した矢先だった。藍染が思いも寄らぬことを口走ったのは。
(なん……だ、と?)
 百倍なんて、とても耐えられるものじゃない。動くどころか呼吸をすることも不可能、即座に身体が潰れ終局になる。
 最悪の想像をしてしまった星矢は、思わず拳を引いた。藍染の言う百倍が、くだらぬ虚言とも分からずに。

 そして、隙を突くことにかけてはこの男は一流だった。
 人差し指をちょんと突き出し、その切っ先が星矢の身体に触れる。
 たったそれだけ、たったそれだけで、

「破道の九十“黒棺”」

 星矢の身体は、崩れ落ちてしまった――

「ふむ。やはり九十番台の詠唱破棄ともなれば、本来の威力を発揮させることはできないか」
 全九十九種存在する破道の中でも、最も高ランクな九十番台に位置する“黒棺”。
 対象を霊気で構成した黒の箱に閉じ込め、身を破壊する、攻撃力に特化した鬼道だった。

「がっ……は……」
 全身に傷を負い、地に仰向けとなった星矢は吐血しながら苦しんでいた。重力は、現在7倍の環境である。
「ほう。狛村左陣をも一撃で仕留めた黒棺を受けて、なおも息があるか。
 これはこの世界の制限が齎した結果か、それとも君自身の実力なのか……まぁ、どちらでもいい。生きているというなら好都合だ」
 いかにペガサスの聖衣といえど、全身を覆う霊気の波には対抗できなかった。
 それでも所持者の命だけは死守し、破損もそれほどではない。
 問題なのは、星矢自身。拳はまだ動く。頭も機能している。重力が若干抑えられたことも幸運だった。
 しかし、立ち上がる気力が湧いてこない。

「君には、色々と聞きたいことがある。ハーデスという人物はいったい何者なんだね?」
 星矢は答えない。虚ろな視線で、天に立つ藍染を見上げていた。
 これが、天地の差。
 ひとえに『盤古幡』の力が強大すぎただけでは、説明が付かない。
 女神に選ばれし聖闘士である自分が、なぜこうも劣勢になっているのか。
 戦い方を誤ったのだろうか。堂々と正面から向かうことなどせず、小宇宙を感じたところで奇襲をかけていれば。
 今は悔やんでいる時ではない。身体は動くのだ。藍染を倒さなくてはならない。
 空を覆う暗雲は、なおも増していく。薄暗さが、その後の展開を危ぶむようであった。

「答えたまえ、聖闘士星矢。沈黙は――死を招くぞ」

 倒さなくてはならない、仲間の仇。
 その仇が、今は死神にも思えてきた――





「あった! お誂え向きな場所に建ってやがったぜ!」
 両津を先頭に海岸沿いを進む星矢の仲間たち。
 先ほどから、すぐ近くで鳴り響いている轟音に不安を覚えつつも、両津の言う『ある場所』を信じて足を走らせていた。

「両ちゃん、あれって…………廃棄された送電鉄塔じゃない!」
 両津が着いたと明言する傍らで、麗子は異議を唱えた。
 目の前に聳えるのは、天高く突き上げるような三角錐の建物。廃棄済みで電線の通っていない、鉄塔だった。
 こんなところに来てどうするのか。麗子が説明を求めるものの、両津は聞く耳持たずに鉄塔を昇り出してしまった。
「ダイ、おまえはわしと一緒に昇って来い! 麗子、おまえはまもりと一緒に下で待ってろ!
 もし『誰かが落ちたり』したら、危ないからな!」
 耳を裂くような怒鳴り声が、頭上から振り下ろされる。既にダイは両津の指示通りに動き、鉄塔を昇り始めている。
 目的は見当もつかないが、二人とも考えあってのことなのだろう。
 変に『誰かが落ちる』という部分を強調した両津の言葉は、部外者による邪魔を恐れる意味があったと考えられる。
 部外者とはもちろん、麗子の横で無表情を浮かべているまもりのこと。要するに、麗子の役目はまもりの見張りなのだ。
 もしまもりまで鉄塔に昇り、後ろから誰かを突き落としたりなんかしたら洒落にならない。
 鉄塔には碌な足場もなく、相当身体能力が高くないと昇れなさそうなので無用の心配にも思えたが。

「うおお! やっとるぞやっとるぞ! あそこで星矢と藍染が戦ってるぞ!」
 やがて、鉄塔を昇り切った両津は徐に辺りを見渡し、目的の二人を見つけ出した。
「本当、両津さん!? ……小さくてよく分からないよ」
「わしの視力をあまく見るなよダイ! 子供の頃から眼鏡なんてものとは無縁。超健康視力のわしの目を信用しろ!」
 二人の大声会話は、下に残った女性二人にも十分聞こえる。
 鉄塔の上から、星矢と藍染の戦いが見えるのだろう。戦況を知りたくなった麗子は、両津に呼びかけようとするが、

「あっ!? 星矢の奴が変な箱に閉じ込められたぞ!」
「えぇ!?」
 声に出そうとした矢先、両津の口からショッキングな実況が告げられた。
 思わずハラハラしてしまう麗子を知ってか知らずか、両津は声に出すことをやめない。
「箱が消えた! ……が、星矢がズタボロだ!
 マズイぞこれは、藍染のヤロー星矢のすぐ傍まで来てる! とどめを刺すつもりかあのヤロー!?」
「ちょ、ちょっと両ちゃん! それどういうことよ!? 星矢ちゃんは無事なの!? ねぇ、ねぇってば!?」
 麗子が喋りかけても、両津は返事をくれなかった。
 野球観戦に夢中な頑固親父のようなふてぶてしさで目を見開き、しきりに「あ、馬鹿」とか「やめろコンニャロー」と叫んでいる。

「ええい、やはりもう黙ってはおけん! ダイ! さっき言ったとおりに作戦決行だ!」
「うん、両さん!」
 両津の合図を受けて、ダイが天に手を翳し、なにやら集中し始めた。
 ますます訳のわからない麗子は再度声を荒げようとするが、それよりも先に、今度は両津から話しかけた。
「なぁ麗子、空を見てみろ!」
「空?」
 なんのことかと思いつつも、言われた通り空に目をやる。
 暗かった。時刻的にはもう少し明るくてもいいはずの空は、真っ黒な雲に覆われ今にも雨を吐き出しそうだった。
 というか、今正に降り出した。ポツポツと雫が垂れる様子から、あっという間に勢い旺盛な豪雨へ変貌する。
 フリーザの天気予報に偽りなし。午前中、雨は確かに降り始めたのだった。
「ヒデェ天気だよなぁ。傘なんて用意する暇もないし、風も強い。これは下手すりゃ嵐になるぞ」
「? なんなのよ両ちゃん! 何が言いたいのよ!?」
 麗子は、両津相手に天気の話をする気など毛頭ない。今はそれよりも、星矢の安否の方が重要なのだ。
「嵐ともなれば、風が吹いて洪水になって、あと カ ミ ナ リ ! とかも落ちるだろうなぁ! こりゃあ大変だぞ!」
 一部分をやたらに強調して、両津は雨を相手に子供のように喜ぶ。
 その様子が変におかしくて、そしてさすがに気づいた。両津とダイが決行しようとした、『ある事』の正体が。
「でもちゃんと主催者が降るって言ってたんだからな! 突然落雷とか起きても、俺たち参加者は文句言えねぇよなぁ!
 そうだろダイ!? そう思うよな麗子!」
「両ちゃん……あなたまさか……」
 両津が回りくどい仕草で何を言おうとしているのか、ダイが何を行おうとしているのか、全て理解できた。
 その上で、さすがは両津勘吉だと敬服してしまった。

「……もう、両ちゃんったら! 本ッッッ当にワル知恵が働くんだからっ!」
「褒めるな麗子! さて…………今だダイ! やってくれ!」
 両津の指示を受け、ダイが手を振りかざす。
 自然界の法則すらも捻じ曲げる、魔の言霊を放ちながら。

「ライデイィィィィィィィン!!」

 火事、地震、洪水、落雷等。
 災害なんてものは、自然が気まぐれに起こすイタズラみたいなもの。
 人間はただそれを恐れ、いつ起こるか分からない厄災に注意を払うしかない。
 いつ起こるか分からないのだから、厄災なのだ。
 たとえ真剣勝負の最中に落雷が起こったとしても――不思議ではない。






 雨粒は大きく、豪雨の勢いは増すばかり。
 藍染惣右介は、雨が嫌いだ。天から降り注ぐ水などに、なんの意味があるのか。
 降雨など天に立つ者には無縁の現象。端正なオールバックを塗らす水滴が、煩わしいことこの上なかった。
「……黙、か」
「…………」
 尋問対象の星矢は、依然として口を割ろうとしない。
 主催者の一人について聞き出すチャンス。できれば殺したくはなかったが、このまま黙秘を続けるようであれば、制裁が必要だろう。
「残念だよ星矢君。君ほどの人物なら、きっと最後まで生き残ることも可能だったろうに。
 ……だが、この私を怒らせたのはまずかったな」
「…………」
 最終宣告だ。
 星矢は悟った。藍染がとどめを刺しに来る。
(すまない麗子さん……どうやら、俺はみんなのところには帰れないみたいだ)
 心の中で、弱音を吐いている自分がいる。
 アテナの聖闘士にあるまじき惨めな行為。いったい何が星矢の心を折ったというのか。

(俺は、みんなのところには帰れない。でも。きっと。いや絶対)
 ――星矢の小宇宙は、まだ燃え尽きてしまったわけではない。
 ただで殺されてたまるか。今の重力下なら大したことはない。技も問題なく繰り出せる。
 たとえここで全ての力を使い果たしても、ハーデスを倒す力を消費したとしても、藍染は倒す。
 相打ちをも恐れぬ星矢の小宇宙は、静かに、だが雄雄しく燃え上がっていた。

(藍染は倒す。この俺の、ペガサス星矢の小宇宙に懸けて)

 星矢が最後の力を振り絞り、起き上がろうと力を込める。
 反撃が来るのは覚悟の上だ。回避されたとしても、何度も攻撃を撃ち続ける。藍染が倒れるまで、俺は倒れない。
 粉骨砕身の決意が、星矢を奮い立たせた。そんな時だ。


 ごろごろごろごろー………………ぴしゃーん


 空が、鈍く鳴った。
 空が、一瞬光った。
 空が、何かを落とした。

「――――何?」

 藍染が上を見る。
 落ちてくる。地に立つ者を恐怖させる、大自然の厄災が。


 どごーん


 耳がはち切れんばかりの落下音。その最中、星矢は見た。
 藍染が、厄災の餌食になるところを。

「ぐ……馬鹿な!? 落雷だと!?」
 天から降り注いだ突然の閃光――落雷は、藍染目掛けてその猛威を振るった。
 直撃こそ避けたものの、立っていた地面はクレーターを作るように萎み、全体を真っ黒に焦がす。
 突然の『不運』に動揺する藍染の視界の外、星矢はその身を起こして笑っていた。

(ダイだ……)
 藍染目掛けての落雷なんて、あまりにも都合が良すぎる。なにか裏があると考えるのが普通だった。
 そういえばダイは雷の呪文を使えると言っていたな、とそんなことを思い出しながら理解した。
 この落雷はダイの仕業だ。
 手を出すなと、一人でやらせてくれと言ったのに、あの連中は今もどこかでこの勝負を観戦しているのだろうか。


 両津は、星矢と藍染の一騎打ちを邪魔したくはなかった。
 だが、脱出を目指すチームとして、星矢という仲間を失うわけにはいかない。
 加勢したいが、それには星矢の誇りと意地、そしてまもりという不安要素が邪魔だ。
 そこで両津が考えたのは、『自然災害に見立てての遠方からのサポート』。
 落雷ならば、邪魔されても文句は言えまい。まもりも何もすることができないはずだ。
 ――どうだ星矢。これならちゃんと生きて帰ってこれるだろう。
   ? わしらはなんもしとらんぞ。ありゃ事故みたいなもんだろ。
   地震雷火事オヤジってのは、いつ起こるか分からないからこそ怖いんだ。


 そんなメッセージが聞こえてきそうだった。
 星矢は笑みを抑えられずも、この好機を棒に振るつもりはなかった。
 仲間が作ってくれた一世一代のチャンス。必ずモノにする。


「うおおおおおおおおお!!! 燃え上がれ、俺の小宇宙(コスモ)!」


 星矢の全身が、光を帯びて燃え上がる。
 今度こそ全力全開だ。重力も制限も関係ない。聖闘士の本領、とくと味わえ!

「くらえ藍染!―― ペ ガ サ ス 流 星 拳 !!! 」

 聖矢の拳が原型を失い、光の速さになって藍染を襲う。
 秒間百発を越える無数の乱打。ただの連続パンチではない。その威力は、さながらビッグバンの再発も思わせる程。
 降り注ぐ光の拳は、藍染の顔を、腕を、脚を、肩を、身体中の至るところに炸裂し、無様な姿へと拉げてしまう。
 光速の拳は本当の光を生み、砕いたものを光と同化させる。

「ぐはあああああああああ!? こ、この私が、この藍染惣右介がこんなところでェェェ!!?」

 藍染の醜い悲鳴が、光に溶けて虚しく消える。
 ペガサス流星拳をその全身に浴びた藍染は光となり、跡形もなく消滅した。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
 今――全てが終わりを告げた。
 豪雨の中、立っているのは星矢ただ一人。石崎を殺し、数々の参加者を苦しめた藍染は――死んだ。
「やった……やったよ石崎さん……」
 勝敗が決したのだ。仇討ちが終わったのだ。仲間の無念を晴らしたのだ。
 星矢は喜びに打ちひしがれ、吼えた。
 藍染打倒に高揚した今となっては、痛いほどに降り注ぐ雨すら心地いい。

 最後まで誇りを捨てなかった、若き聖闘士の死闘。
 それは、勝利という形で幕を降ろした。





【星矢@聖闘士星矢】
[状態]極度の興奮状態、中程度の疲労、全身に無数の裂傷
[装備]ペガサスの聖衣@聖闘士星矢
[道具]食料を8分の1消費した支給品一式
[思考]1:歓喜
   2:四国へと向かう
   3:弱者を助ける
   4:沖縄へと向かう
   5:主催者を倒す


【藍染惣右介@BLEACH 死亡確認】
【残り39人】


時系列順で読む


投下順で読む


369:あの男との邂逅 姉崎まもり 382:流星、嵐を切り裂いて(後編)
369:あの男との邂逅 星矢 382:流星、嵐を切り裂いて(後編)
369:あの男との邂逅 秋本麗子 382:流星、嵐を切り裂いて(後編)
369:あの男との邂逅 ダイ 382:流星、嵐を切り裂いて(後編)
369:あの男との邂逅 両津勘吉 382:流星、嵐を切り裂いて(後編)
369:あの男との邂逅 藍染惣右介 王大人「死亡確認!!」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2024年07月14日 08:05