0385:天に立つ者、地に伏すけもの ◆Ga7wkxwkZg




「…………」
「……別に言って君たちが困る情報でも無いと思うのだがね……」
藍染のその台詞と同時。急き立てるように、まずは二倍の重力がかけられる。
「ぐっ……」
「ああっ!」
ダイや星矢には、動きの邪魔になるというほどのものでもないが、
両津たちの額の苦悶に刻まれた皺はさらに深くなり、倒れたその姿勢は、巨人の足に押し潰されたように更に不自然なものとなる。
「……わかった……おれが知ってる情報は全部教えるよ。だから約束してくれ。皆の命は取らないって……」
悔しそうに地面に目を落としながらもダイがそう答えると、藍染は、いっそ優しいくらいの表情を浮かべてこう言った。
「ああ、いいとも―――――君も、話してくれるね?」
ぎしり、とまた少しだけ盤古幡が加重を上げ、両津が喉の奥で、麗子とまもりが唇の間から悲鳴をあげる。
「……くっ!!」
ダイの懇願するような目配せに、星矢も、ついに折れた。
自らはどれほどの拷問を受けても、笑って見せることができるのに、他人の些細な痛みにはすぐに音を上げる。
こういう種類の人間は、藍染の居た世界にもたしかに存在したものだ。まったく、本当に、どうしようもない―――
「……でもバーンについては、おれもそれほどよくは知らないんだ……
 地上を破滅させようとしていること、大魔王とか、魔界の神とか呼ばれていること、強大な魔力を持っていて……」

………………………………………………………………………………

「……ハーデスは冥界の神だ。沙織さん、いや、女神(アテナ)の、神話の時代からの宿敵で……」

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「……こんなとこだな。さあ約束だ!! 皆を解放しろ!!!」
「…………」
全てを話し終えたというのに、無言で盤古幡を操り続ける藍染に、星矢が焦れたように要求する。
藍染が何故無言なのかといえば、結局つまりはこういうことだった。
(……これでは……ほとんど何も分からないのと一緒だな)
『魔界の神』『冥界の神』『凄い魔力』『死者を復活させることができる』『底知れない』『とんでもない』
抽象的すぎて、どれも手がかりと呼べるようなものではない。
ハーデスと同格の神というポセイドンの強さや、光魔の杖という武器の凄まじい威力など、
少しは参考になると言える情報もあるにはあるのだが―――
(……凄い、凄い、とにかく凄い、か……)
ひょっとしたら藍染の目指す『天に立つ者』としての領域に、主催者たちはすでに立っているのかもしれない。
ダイや星矢の、語彙力のなさのせいもあるのだろうが。
その漠然として巨大な印象しかない説明は、ある種の苦笑と、それなりの畏怖を、却って藍染に齎していた。
嘘を吐いているとは思わなかった。
根本的に、ダイや星矢たちにとって、これは『守らねばならない情報』では無いはずなのだ。
馬鹿な意地さえ張らなければ、おそらく誰にだって明かす話であろう。
同じ世界の出身とはいえ、彼らは仲間ではなく敵同士なのだ。
どちらかといえば藍染も、主催者側からの妨害工作を恐れていたくらいである。
(……放置するわけだ)
この程度の情報、知られたところで、主催者たちには痛くも痒くもないのだろう。
「―――おい!! いい加減に!!」
「……ああ、そうだったね」
ふ、と周囲を不自然に歪めていた重力圏がかき消える。
「!!!」
まさか本当にあっさり解放するとは思っていなかったのか、一呼吸、呆然とする間があって、次の瞬間。
「!!ペガサス流星――――」
「星矢ッッ!!!」
その隙を逃すまいと腰だめに拳を構えた星矢を、ダイが、悲鳴交じりに制止する。
見ると、
「くっ!」
未だただ一人、縮小された加重領域に囚われている、姉崎まもりの姿。
「ダイ君に感謝したまえ。今のは危なかったぞ―――もちろん彼女の命が、だが」
「どういうことだ!? 約束が違うじゃ」
「……おいおい。まさか君、私が君たち二人の攻撃を甘んじて受けると、そんな風に信じていたとでも言うのかね?」
馬鹿めと一瞬でも思わなかったはずがない星矢を、そのまま交叉法で虚仮にする。
「ありえないだろう?私は所謂―――君たちの言うところの、悪党、なんだからね?」
「………っ」
文字通り、行き場を失った星矢の拳が、体の横にだらりと下げられる。
それでも、せいぜい彼女を人質にして、逃げるくらいだと思っていた。そんな星矢の思惑をも軽々と裏切って藍染が笑う。
「さ、次だ―――」
「つ、次!?」
「さっきも言ったがね――――もう一度言おう。 君たちの支給品を教えてくれないか?」
「…………」
もはや、この場の空気を支配しているのは、完全に一人ぼっちの藍染だった。
霊圧も幾分か和らげられたのか、頼りない足取りで、両津と麗子が起き上がる。
しかし。先ほどのダイと星矢のそれに比べ、
四人が交わす視線には、本当にほんの僅かな―――藍染が気づかないくらいの僅かな―――温度差があった。
『まもりの為に、今持つ全てのアイテムを……?』
おそらく、奪うつもりなのだろう。
いくらなんでも、どういった物が支給されているかを聞き、それだけで済ますなんてことが、あるわけがない。
それくらいは、ダイや星矢の頭でも十分察せられることだ。
それでも例えば、両津や麗子が人質だというのなら、やむを得ないと割り切ることはできた。
だが、未だマーダーの疑いも色濃いまもりのために、手持ちのアイテム全てを失うというのは―――
「……ふう、しょうがない」
微妙に淀む空気に、藍染が気づく直前。ため息ひとつ吐いてまず動いたのは両津だった。
「わしの持っている支給品は、これだ」
マグナムリボルバー、自転車、爆砕符、ベンズナイフ、焦げた首輪…
半ば放るようにして、次々とアイテムが藍染の前に落とされていく。
最もまもりを警戒していた男。
戦闘力はさておき、実質、このチームを率いてきたリーダーとも言える男のその行動に、
他の者も、悔しそうに、でもどこかほっとしたような気配も混ぜて、それぞれのアイテムを披露し始める。

………………………………………………………………………………

「…………」
最後にクライストを手放す寸前、ダイは少しだけ躊躇した。
勿体無いとか、そういうプラス面での惜しさでなく、
これを手放してしまって本当にいいのだろうかという、マイナス面での不安があった。
いまだ余裕綽々の(とダイには見えた)藍染に対し、
オリハルコンの剣を失った自分、ペガサスの聖衣を失った星矢が対抗できるのだろうか、と。
藍染が約束を守ると信じたい、信じるしかないが、それでも、藍染がいきなり襲い掛かってくる可能性はゼロではない。
どころか、その可能性はものすごく高いようにも思えるのだ。
ならばせめて交渉のため、必要最低限の戦闘力くらいは残しておくべきではないのか―――

ザシャッ

そうは思うが、もう今更どうしようもない。
地面に突き刺さったクライストが、速やかに藍染の掌中に渡る―――

………………………………………………………………………………

一通りのアイテムの説明が終わり、服装もあってか、鬼が島から凱旋した、お宝満載桃太郎のようになる、藍染。
「……そうだね、そこらへんでいい」
麗子一人を少し離れた位置に立たせ。自らも少し、立ち位置を変える。
最後の一歩を踏み出したところで。
「ぁあうっ!?」
麗子が、無様な格好で倒れこんだ。重力の加圧領域が、まもりから麗子へと切り替わったのだ。
「さ、今度は君だ」
盤古幡から解放され、四つんばいのままで息を切らせ、暗い瞳で見上げてくるまもりを、
藍染の、見た目だけなら涼やかな瞳が鋭く射抜く。
「……彼女の装備は、魔弾銃っていうおれたちの世界の武器だよ……弾丸の中に呪文を込めて……」
喋ることすら辛そうなまもりを慮ってか、ダイが代わりに説明役を買って出る。
ぺこりとダイに頭を下げたまもりが、バッグの中を探って見せ、「あとは食料しかありません」と呟き、それも差し出す。
「―――で、そこの石に指をあてて呪文を唱えれば、また中身が補充されるんだ」
「ふむ」
興味深げに、しかしこれっぽっちの油断もなく空の弾丸をいじっていた藍染が、ぽいと無造作に、それをダイに放り投げた。
「試しに何か入れて見せてくれないか? ―――そう、君はどんな呪文が使える?」
自然極まる会話の流れ。
それがある一言を誘導する、一石二鳥の問いかけだとも知らず、ダイは素直に質問に答える。
「……俺が使えるのは―――」

………………………………………………………………………………

「ベギラマ、イオラ、バギマ、メラミ、ヒャド…」
それぞれの弾丸を記憶を刻みつけるように、一つずつバッグに仕舞い込みながら、藍染は黙然と考える。
(ルーラが『入らなかった』のは残念だが……)
やはりダイは、探していたルーラの使い手でもあった。
しかしやっと見つけた人材だが、これ以上の欲をかくのはまずいと、藍染の理性はそうも告げていた。
ダイは、たとえ人質が居たとしても、連れて歩くには危険に過ぎた。
鏡花水月があれば話は別だろうが、今の段階では、見逃すしかない。
殺すのも無理だ。今、彼らは『失わぬ』ために屈辱に耐えているにすぎない。
死に物狂いにさせればおそらく―――自分は二人に負けるだろう。
(そろそろ本格的に辛くなってきたし、な……)
それほどの高重力ではないとはいえ、長時間の宝貝使用の疲労は、深刻なものとなりつつある。
しかし、そんな奥底の疲れは一切表には出さず、藍染は、安全な逃走のために、最後のペテンを打ちに出た。
「……さて、では、約束どおり私は去ろう」
這いつくばる麗子以外に向き直った藍染が、徐々に、徐々に盤古幡の倍数を減らしながら全員を見渡す。
「君たちに、最後に与える命令は二つだ。『追うな』『話すな』―――
 追うな、はわかるね? そうだな―――少なくとも十分間は、君たちがこの場から移動することを禁じる。
 話すな、は私の能力、支給品、人相、私がした質問に至るまで―――他の人間に、その情報の一切を与えることを禁じる、ということだ」
「っ!」
悔しげに星矢が歯噛みする。
両津が何かを言おうとするのに、畳み掛けるように藍染。
「私は、君たちを殺そうと思えば殺せる。
 だが、支給品を全て奪った今でも、ダイ君の呪文や星矢君の技には少なからぬダメージを受けるだろう。
 目分量だが、ぶつかり合えば、負けぬまでも、体力の三分の一くらいは削られてしまうんだ」
それでは困るのだよ。と、もっともらしく『理由』を述べる。
「私が君たちを殺さないのはつまり、君らを、死に物狂いにしたくないからだ。
 信用できるだろう?ある意味。 逆に言えば、君らがどうしても私に向かってくると言うのなら、
 戦いを有利に運ぶため、私はなんの躊躇いもなく麗子君やまもり君の命を狙う。
 君たちはそれを庇って、ろくな迎撃をすることが出来ないだろうからね―――」
真実に、嘘を混ぜる。
理路整然としたその内容は、下手な情や信頼に基づかないため、却って両津たちへの説得力となる。
「『話さない』という約束を破った場合も、ある意味同じだ。
 そういった事実があったかどうか確かめるための盗聴のような能力を、
 私は持っているかもしれないし、持っていないのかもしれない。
 また能力がなくとも、知ることができるかもしれないし、知ることができないかもしれない―――
 何も言う気は無いよ。そこらへんは、好きに想像してくれ。しかし――――」
ぶわり、と抑えていた霊圧を開放する。プレッシャーを、一時的にとはいえ緩めていたのは、このギャップを演出するため。
「―――知れば、殺す。誰が喋っても、同じだ。 順番は、まもり君、麗子君、両津君、星矢君、ダイ君―――
 弱者を守りたければ、強者も黙れ。 もし『多分大丈夫だろう』『多分ハッタリだろう』で、
 まもり君や、麗子君の命をベットする気になれるというのなら―――それならもう、好きにしたらいい」
ゴミを見るような目。殺気。物理として痛いほどの霊圧。息苦しさ。
言葉を後押しするそれら具象が、星矢とダイすらをも、病的なまでに蒼褪めさせる。
「……以上だ……では……マヌーサ」
踵を返し。送電鉄塔の近くにまで迫っていた森に、藍染の背中が、ゆっくりと遠ざかる。
その背中を、覆い隠すようにして霧がどこからともなく現れ、立ち込める。
(すごい……こいつ、マヌーサを完全に使いこなしてる……!)
さっきの星矢との戦いで使っていたそれもだが、ダイの知るマヌーサとは、『まぼろし』というキーワードくらいしか共通項が存在しない。
ダイの知るマヌーサは、霧と手応えのない分身を操る、ある程度の実力を備えた剣士なら大して怖くない呪文でしかなかったが、
藍染のそれは、星矢の時はむしろ催眠術に、今使ったこれはどちらかといえば天候操作に近い呪文となっている。
自分と星矢が万全の状態であったとしても、果たしてこの男に勝てるのか―――?

暗澹たる気持ちで聞く、遠ざかる足音も、やがては霧の奥深くに消えていった。

数秒後、42.195を走りきったマラソンランナーのように、がくんと腰を落とした両津の顔は汗に塗れてベトベトだった。
「―――くそっ!!!」
ドゴンッ!!!と大地に小さなクレーターを穿ち、
しかしもう自分勝手に追う事もできない星矢が、苛立ちの全てを続けざまに地面に向かって叩き込む。
「くそっ!くそっ!くそぉ――――っ!!!」
全て自分の責任だ。因縁に拘り、一対一に拘り、
まもりというあまりにも些細な、何よりまだ危険かどうかも定かでない者を言い訳にして、一人で立ち向かった自分の責任だ。
いや、そもそも先に相手を捕捉したのは自分の方だったのだ。
ならば、問答無用で不意を撃ち、流星拳を叩き込めば、それで全ては終わっていたかもしれない。
……今まで、認められなかった。だが、おそらく―――心細かったのだろう。自分の半身とも言えるペガサスの聖衣を失って。
だから帰ってきたそれに、自分はもうなんでも出来るなんて、思い上がっていたのだ。
自分の力を過信し、そのくせ、一度見た幻影にまたも懲りずに引っかかり、挙句の果ては、仲間たちの全ての支給品を奪われる大失態。
皆に合わせる顔などどこにも無かった。
「…………」
ダイもまた自分を責めていた。
やはりあの時、星矢を一人で行かせるべきではなかった。
せめて、ライデインを確実に当てていれば。
ちくしょう。どうしてマヌーサなんかに引っかかったんだろう。
闘気を感じ、心の目を開けば、きっときっと見抜けただろうに。
「……ごめんなさい……」
麗子は、自分がダイや星矢の枷になっていることは、知っているつもりだった。
だがこれほどまでに直截的に―――あからさまにその事実を突きつけられたのは、これが初めての経験だった。
どうしたらいい?
どうしたら、いいのだろう?
麗子は、今回はまだこの程度で済んだと、それほどまでに思い詰めていた。
次か、その次、嫌な予感がする。
星矢かダイか、その両方か。
彼らはきっと、『負けて』死なない。
麗子かまもりか両津を庇って、それで―――

そして姉崎まもりは――――



風のように森を駆け抜けながら、一度だけ背の高い木に登り、送電鉄塔のある草原を振り返り、追っ手の来ないのを確かめてから、
ようやく藍染惣右介は、唇を歪め声も無く嘲笑を漏らした。
(まあ、上々だろう……)
そもそもが望んだ戦いではない。
そしておそらく、戦力だけで言えば自分は彼らに劣っていただろう。
しかし。

勝ったのは自分だった。

(思いもかけぬ特典も付いてきた)
斬魄刀でこそないが剣が、呪文を溜め撃つことができる銃が、不思議な凄みを発する毒の刃が、ありえぬほどの硬度を誇る神秘の鎧が。
藍染の一面、未知の呪物に相対する研究者としての一面が、抑えきれぬ歓喜に湧いていた。
(……とはいえ、まずは休息だ)
Lとその仲間たちを追うことを諦めるつもりは無いが、
このまま誰に出会うとも知れぬ状態で移動し続けるには、自分は少し疲れすぎている。
ペテンにかけられた屈辱が、別の人間をペテンにかけたことで少しだけ晴れたと、そんな側面もあるだろう。
(時間をかければかけるほどLたち(やつら)は遠くに逃げるだろうが……)
しかしまあ、だからと言って今すぐ向かっても、いまだあの場所をウロウロしている道理もない。
(とりあえず数時間……休みながら、ダイを、ルーラをどう利用するかを考える、か)



姉崎まもりは――――ちいさく、口の中で、数をかぞえていた。
「3……2……1……」

「………ゼロ……」



  ッッドゴォ――――――――――――――――――ンンンッッ!!!!

  ドゴドゴドゴォ―――――――――ンンッッ!!!!ドゴドゴオォォ――――――――――――ンンンンッッ…!!!!



突如周囲一帯に響き渡ったその轟音に、規模からすれば、明らかに少ない、何羽かの鳥が、慌てたように森から飛び立った。
跳ねるよう顔を上げた両津たち全員の眼前で、遠く、森の奥の炎と黒煙が、それでもはっきりと網膜に焼きつく。
「――――!?」
「なんだっ!?」
「…………」
「あれは……藍染の逃げた方角か……!?」

「……時限爆弾です」

ただ一人、平然と立ち上る黒煙を目で追いながら、姉崎まもりは毛筋一本ほどの動揺も見せずにそう言った。
「爆弾…!?」
ダイが少し脅えるように、麗子が呆然と、星矢は呆気に取られたままで、馬鹿のように言葉を失う。
「………」
両津だけが見開いていた目を少し眇め。そして、何かを言おうとする、その機先を制する形で。
「……とにかく行ってみませんか? たぶんもう、追いかけても大丈夫だと思います」
まもりはそう言うと、誰の返事も待たずに歩き出した。



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382:流星、嵐を切り裂いて 姉崎まもり 385:天に立つ者、地に伏すけもの(後編)
382:流星、嵐を切り裂いて 星矢 385:天に立つ者、地に伏すけもの(後編)
382:流星、嵐を切り裂いて 秋本麗子 385:天に立つ者、地に伏すけもの(後編)
382:流星、嵐を切り裂いて ダイ 385:天に立つ者、地に伏すけもの(後編)
382:流星、嵐を切り裂いて 両津勘吉 385:天に立つ者、地に伏すけもの(後編)
382:流星、嵐を切り裂いて 藍染惣右介 385:天に立つ者、地に伏すけもの(後編)

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最終更新:2024年07月14日 09:11