0203:慟哭そして……
「チクショウッ!」
放送を聞き終えた若島津は、悔しさの余り拳を木に叩き付ける。
殴りつけられた樹木は身を震わし、ヒラヒラと何枚もの木の葉を宙に浮かべた。
「日向さん……」
打ち付けた拳をそのままに、若島津は俯きその名を呟いた。
東邦学園で共に打倒南葛を目指し、苦楽を共にし鍛え上げた日々が脳裏を過ぎる。
彼はキャプテンとしてチームの精神的支柱であり、若島津自身も彼に絶対の信頼を置いていた。
猛虎のように逞しく、常に上を目指す気高い人。
その日向が死んだ。そのショックは計り知れない。
そして共に日本代表として戦った石崎も死んだ。
気のいいヤツだった、死んだなんてとても信じられない。
「クソッ!」
振り切るように吐き捨て、若島津は移動を再開する。
砕かんばかりに噛み締めた奥歯がギリリと音を立てる。
何もできない歯がゆさ。
何より自分の無力さに腹が立つ。
自分は弱くはないはずだ。
プロのスポーツマンである上に自分には空手がある。
だが、殺し合いの中でそれが何処まで役に立つのか。
鉛玉の前には空手など無意味に等しい。
何より、遠くで死に逝く仲間達に対して自分は何もできない。
それが悔しくて、とてつもなく歯がゆい。
怒り、悲しみ、不安、悔しさ、歯がゆさ。
いろんな感情が入り混じりどうにかなってしまいそうだ。
それでも決して足は止めず、若島津は移動を続ける。
残る希望は翼だ。
どんな絶望的状況でも諦めず。いつも奇跡を起こしてきた男だ。
翼なら、翼ならこの状況もなんとかしてくれる。
すがるようなそんな思いを抱え、若島津は森林を駆ける。
そしてしばらく走った頃、森林の終わりが見え、街中に差し掛かる。
ここで若島津は歩を緩め、狙撃や待ち伏せを警戒しながら歩き始めた。
そして前方に小学校を発見する。
慎重に中を警戒しながら、その校門を通り過ぎようとした時、若島津はグラウンドの端に何かを発見する。
ここからはそれが何かはよく見えず、若島津は目を凝らす。
発見したそれは黒く、木炭のように見えた。
だが、木炭にしては大きすぎる。
その大きさは……
そう、丁度■の大きさに似ている。
胸がざわつく。
黒い靄がかかったようだ。
得点を取られる直前や怪我をする前に似ている、嫌な予感だ。
だが今の重圧はそれとは比べ物にならない程重い。
嫌な汗が訳も無く流れる。
喉が渇く、気分が悪い。
「……なんだ?」
導かれるように若島津の足が動き、それに近づいてゆく。
―――後にして思えば、なぜ近づいてしまったのか。
一歩一歩近づいていくたび、その全貌が明らかになっていく。
よく見れば黒く焦げているのは遠目に見えていたこちら側だけで、逆側は別の色をしている。
それは■の色に似ている。
そしてある程度近づいた頃。
その正体。それが何であるかを若島津は理解してしまった。
人だ。
これは、人の死体だ。
頭の片隅にあった悪い予感の的中に吐き気がした。
これ以上それを見てはいけない。
脳が激しくそう訴えかけている。
その警告とは裏腹に視線は動かず、それを見つめ続ける。
焼け残った半身がこちらを見つめ、自分が誰であるかをこちらに語っているようだった。
そして、水晶体の蒸発した眼球と目が合った。
「い……」
それを確認した瞬間、若島津は脳髄に燃える様な熱さを感じた。
両目が見開かれ瞳孔も開いている。
カラカラに渇いてへばり付いた喉が震える。
「石崎イイイィィィィィ!!」
激しい慟哭が響き渡る。
泣き叫びながら、変わり果てた仲間の元に駆け寄って、黒焦げた手を握る。
だが、握った腕は脆く、焼け焦げ風化した腕はゴミの様にボロリと崩れ去る。
自分の手から零れ落ちる仲間の腕。
その光景、その事実に。
「オェェッッ……ウエェッ!」
堪えきれず、若島津は激しく嘔吐した。
連れ去られる前に食べた物、支給された貴重な食料、それも全部吐き出した。
胃の中身が空になって、吐くものがなくなっても吐き続けた。
胃の痙攣が止まらない、気絶しそうなほど気分が悪い。
「ウェッ……ハァ…ハァ……」
胃液すら出し尽くしたのか、もう出すものは無いと胃の痙攣が止まる。
胃液に濡れた口元を拭う。
「うぁ……あぁぁ」
土下座にも似た体勢で力無く崩れ落ち、嗚咽のような声を漏らす。
爪は砂を掻き、握られた拳を振るわせる。
その拳に呼応するように、体全体を震わせ。
「チクショオオォォオオ!!!」
叫ぶ。
喉がはちきれんばかりに。
「畜生! 畜生!!」
感情のまま何度も地面を打つ。
打ち続けた拳が血に濡れようともそれは止まらない。
胸に様々な感情が渦巻く。
中でも一番強いのは怒りだ。
だが、その怒りは何に対してのものなのか。
こんなゲームを始めた主催者達か。
こんな真似をした殺人者か。
それとも友の死に叫ぶしかできない自分自身にか。
「……畜生」
力尽きたようにゆっくりと地面に血塗れた拳を下ろす。
そしてそのまま、若島津は声も漏らさず動かなくなってしまった。
警戒も策も無く若島津は平伏す。
その場に動くものは無く。
遠目から見たその光景は、まるで時が止まってしまったよう。
もし、この状況で悪意あるものに遭遇したならば、彼の命は無かっただろう。
偶然にもこの近辺に人気は無く、それは彼にとってこの場に於ける唯一の幸運だった。
どれほどそうしていただろう。
なんとか崩壊寸前の自分の精神に整理をつけた若島津は、ゆっくりと立ち上がる。
「痛てぇ……」
今頃になって裂けた拳が痛んだ。
だが、痛みは若島津に現実感と生きている実感をくれた。
「石崎……」
虚ろな目で嘗ての戦友を見下ろし、その名を呟くも、それに続く言葉は無い。
若島津はその無残な姿を目に焼きつけ、その場を立ち去った。
その胸に一つの決意を固め。
「キャプテン、石崎……必ず……」
誓いの呟きは風にさらわれ、その決意を誰に伝えることも無い。
胸に誓うは復讐か、それとも……
【鳥取県南部/日中】
【若島津健@キャプテン翼】
状態:精神的に疲労、拳に軽傷
装備:ベアークロー(片方)@キン肉マン
思考:1.不明
2.翼と合流
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最終更新:2024年02月14日 02:00