0277:闇のゲーム! 妲己vs遊戯





「妲己さん! どうして? どうしてカズキくんを!?」

遊戯は妲己を問い詰める。
先の戦闘で妲己がカズキの死体を盾にしたところを目撃されていたのだ。
周囲には爆発によって細切れとなったカズキの肉片が散乱している。
妲己は遊戯の問いには答えず、キルアの逃げ去った方向をチラリと見やった。

(ふ……ん、止めを刺せないのは残念だけれど、あれだけの深手と消耗では恐らく生き残ることは無理ねぇん。
 それなら、こちらを優先させるべきだわん)

妲己はキルアが倒れた際に取り落とした黒い核鉄を拾い上げると懐にしまい、遊戯へと振り向いた。
「妲己さん、答えて!」
「遊戯ちゃん、落ちついてぇん。少し誤解があると思うわん」
ニッコリと微笑む妲己のその言葉を聞いて、遊戯は意表を突かれた顔になる。
「誤解?」
「そうよん。カズキちゃんはわらわを護るためにその命を犠牲にしてくれたのぉん。
 だったらその気持ちを汲んで死体もわらわを護るために使ったほうが、カズキちゃんは喜んでくれると思うわぁん」
酷薄な笑みと共に紡ぎだされるその言葉に遊戯は絶句する。
もはや妲己に自分の本性を隠すつもりはなかった。
見られてしまった以上は取り繕うことは無駄な行為。ならば自分の真意を明かし取り込むほうがいい。
それが妲己の判断。
「そんな……そんなコト!」
「納得できないようねぇん遊戯ちゃん。ウフフ、確かにわらわは遊戯ちゃんたちに隠し事をしていたわぁん。
 でもそれは遊戯ちゃんもそうよねぇん? その逆錘形の首飾り……何か力があるのでしょう?」
遊戯は咄嗟に胸の千年パズルを庇うように押さえる。
「これは!」
「遊戯ちゃんがわらわを信用できなくなってしまったのはわかるわぁん。
 だから取引をしましょう」
「? 取引だって?」
「わらわがこのゲームからの脱出を望んでいるというのは本当よぉん。
 でもわらわだけではそれはどうやら難しいようなのん。協力者が必要だわん」
妲己は遊戯を打神鞭で指し示す。
「だから遊戯ちゃんのような無力な子供が仲間に居れば他の参加者の信用も得られやすいのぉん。
 信用を得るということは仲間を集める上で重要なことよん」
淡々と妲己は自分の目的を話す。
遊戯はそれをまるで肉食獣でも見ているかのような瞳で見つめていた。
「わらわに協力しなさいな遊戯ちゃん。そうすればわらわが遊戯ちゃんを守ってあげるわぁん♪
 この世界に居る他の殺人者たちからねん。そして一緒に脱出しましょう」

「嫌だ!」

遊戯は目に涙を浮かべ、ブルブルと震えながらも断固として妲己を拒絶した。
「冷静に考えて、遊戯ちゃん。
 ここで断ると、わらわはわらわの信用を護るために遊戯ちゃんを殺さなくてはいけないわぁん。
 できればわらわもそうしたくはないのよぉん。ここで死ぬよりも脱出の可能性に賭けた方が懸命でしょん?」
妲己は聞き分けのない子供を窘めるかのように優しく諭す。
しかし遊戯は首を横に振り、それさえも拒絶する。
「カズキくんはいい人だった……本当にいい人だった。この世界に来て一番の友達……こ、こなごなにして……!
 僕は怒ったぞ! 妲己!!」
遊戯は妲己を指差す。
「カズキくんはあなたを信じてた! それなのに……あなたは僕だけじゃない、カズキくんの信頼も裏切ったんだ!
 絶対に許さない!」
妲己はフゥ、と一つ溜息をつくと打神鞭を構えた。
周囲の気圧が変化し、風が唸り始める。
「残念ねぇん……ほんの少し利口になるだけで生き延びられたのに……
 わらわを許さないならどうしてくれるのぉん?」
妲己は獣を思わせる殺意の瞳で遊戯を睨みつけた。
(もう一人のボク!)
(ああ、後は任せな相棒!)
遊戯は首から下げる千年パズルに心を委ね、その力を引き出す。
「何、これは?」
妲己は千年パズルから発せられる濃厚な闇の気配を感じ、警戒する。
千年パズルは金色の光を発したかと思うと、遊戯の額にウジャト眼が浮かび上がり、その表情が一変した。
パズルに封印されていた闇の人格が目覚めたのだ。
「妲己! アンタは俺の心の領域を侵した! よって俺の遊び相手になってもらうぜ!!」
雰囲気が豹変した遊戯を見て妲己は震えていた。
(素晴らしい……凄いわぁん、遊戯ちゃん。どんな力を持っているのか……ますます興味が出てきたわん♪)
「妲己、アンタはその気になれば俺を一瞬で殺すことができるだろう。
 だがゲームならばどうかな? 妲己、俺とゲームをしてみるつもりはないか?」
「ウフ、いいのよ遊戯ちゃん。駆け引きも、挑発も必要ないわぁん……そのゲーム受けてア・ゲ・ル♪
 だってそうしないと遊戯ちゃんの力を見極めることができないでしょぉん?」
(チ、完全にこっちを嘗めきっている……どんな勝負でも自分が上だと確信しているんだ。
 だがその思い上がり、俺が打ち砕いてやるぜ!)
「ゲームを『受けた』な妲己!? ならばもう後戻りはできないぜ……この『闇のゲーム』からはな!」
遊戯と妲己の周囲を暗黒の気配が満たす。視界に変化はない、ただ心に直接重圧が圧し掛かってくる。
(これは……空間宝貝?
 それも自分の世界に引きずり込むのではなく、王天君の紅水陣のように現実に自分の世界を作り出すタイプかしらん?)
「闇のゲームでの敗北やルール破りには……妲己、罰ゲームが待ってるぜ」
「フフ、それは楽しみねぇん」
不敵に笑う妲己だが、その頬には一筋の汗が流れていた。


二人はログハウスへと移動するとガーデンテーブルに向かい合い座る。
この場を戦場と決めたのだ。
遊戯はポケットからトランプを取り出し、テーブルの上に置く。
「勝負はドローポーカー! 3戦行い、2戦先に取ったほうが勝ちだ。
 カードチェンジは一度、ジョーカーは使用しない。
 親は最初に強いカードを引いた方が先に行い、後は順に交代する。異存は?」
「いいわよん、でも遊戯ちゃん。遊戯ちゃんはわらわに3つの提案をしてわらわは全て受け入れたわん。
 ゲームの方法、その種目、ルール、その3つをねぇん。
 だからわらわも3つの提案をしたいわん、そのほうが公平でしょう?」
「……言ってみな」
遊戯は妲己を促す。
「一つ目。イカサマを認めること」
「何!?」
「普通に勝負していても面白くないわぁん、互いに全ての技術を使って戦いましょう。
 それに、相手がイカサマを使っているかどうか疑うよりも、使っていると分かっていた方がより楽しめる勝負になるわん。
 もちろん、イカサマが見つかったらその場でアウト、どうかしらん」
遊戯は妲己を提案を考える。
(コイツ……イカサマをするならば黙ってやればいい。わざわざ相手に警戒を施す必要はない。
 それなのに提案をしたということは……闇のゲームを警戒したな)

『闇のゲームでの敗北やルール破りには……妲己、罰ゲームが待ってるぜ』

(妲己は俺の言葉でイカサマを使用した瞬間に『闇のゲーム』にルール破りと判断されることを危惧した。
 だから最初からそれをルールに組み込むことでそれを回避することが狙いだ。
 ……だがこの提案は俺にもメリットがある。ここは……)

相手がゲームにイカサマを使ってくるならば、こちらもそれで返すのが遊戯の流儀。
「いいだろう、2つ目は?」
「互いにノーペア、また同じ役だった場合の取りきめよぉん。
 普通はカードの順位の合計が高い方が勝ちだけれど、今回は変則的に合計の低い方が勝ちということにしましょう」
「? その取り決めに何の意味がある!?」
「別に……単なる気まぐれよぉん。こうした方が面白いと思ったからねん」

(何を考えている妲己? 自分の手が相手よりも数値が低いかどうかなど判るはずがない。
 カードを操作してそういう風に持っていくことも無意味だ。
 そんな操作ができるなら普通に強い手役を作ればいい。意味がない……この提案には意味がない……)

ハッと遊戯は何かに気付く。

(意味がない、それこそが妲己の狙いか! 俺に提案を深読みさせて心に迷宮を作り出す精神攻撃。
 提案の内容ではなく、意味のない提案そのものに意味がある! 成る程、その手には乗らないぜ!)

「受けるぜ妲己。3つ目を言いな」

(あら、結構簡単に受け入れたわねぇん……まさか目的を読まれた?)

(2つ目の提案は俺に心の隙を生み出させ、本当の目的から目を逸らす為のフェイク。
 妲己の本当の狙いはおそらく次の最後の提案!)

「わらわの最後の提案……それはもし勝負が3戦目にもつれ込んだ場合、3戦目はカードチェンジを無しにすること」
「!」
「その時点で1勝1敗ならば両者の力はほぼ互角。
 それならばイカサマをする機会を減らすことによって、より高度な勝負をすることができるわん。
 完全決着には相応しいでしょう?」

(この提案が受け入れられればわらわのキル・トラップは完成する……さて、遊戯ちゃんはどうでるかしら?)

(まだ親の先行がどちらか決まっていない状態でこの提案。
 もし自分が先に親になった場合、このルールは最終戦で自分の足を引っ張りかねない。
 妲己の戦法ではカードチェンジを使わないのか、俺が親を取るという確信でもあるのか……
 前者ならばイカサマの機会を減らすことで見破られる危険を減らす。
 後者ならばイカサマの機会を限定することで見破りやすくする目的。
 恐らくは後者。前者は後者のメリットがそのままデメリットに変わる。
 後者ならばたとえ見破れなくても相手のカードコントロールを減らすことは子にとって有利になる。
 もしこういう考えならば……甘いぜ!)

「その提案、受けてたってやるぜ!」
「流石だわぁん遊戯ちゃん。これで楽しめそうねぇん」

「さぁゲームスタートだ」
すると妲己は手を上げてそれを遮った。
「その前に……わらわが負ければ罰ゲームを受ける。
 ならば遊戯ちゃんはわらわが勝ったら、何をくれるのかしらん?」
遊戯はニヤリと笑うとキッパリと言い切った。
「命をやるぜ!」
「つまらないわん」
「何ッ!?」
妲己は肩を竦めて首を振り、遊戯のアンティをバッサリと切り捨てる。
「遊戯ちゃんの命を貰っても、ただこの世界のカウントが一つ減るだけ。
 それだけでは普通に殺せばいいだけだものぉん。メリットが低いわん」
「じゃあ妲己。アンタは何を望む?」

「遊戯ちゃんの魂」
「!」

「遊戯ちゃんは従えと言って素直に従う子じゃないのは良くわかったわぁん。
 でもそれがゲームのルールなら? 誇りに懸けて……破ることはできないわよねぇん?
 負けたらわらわの物になりなさい、遊戯ちゃん」
(もう一人のボク! 駄目だよ、この提案を受けちゃ!)
(戦う前に敗北を考えればその時点で勝利はない。大丈夫だ相棒、俺は絶対に勝ってみせる!)
「いいだろう妲己! 賭けよう、俺の魂を!」
「Good!」

「行くぜ!!」

 ―― G A M E  S T A R T ――

遊戯はカードを切り混ぜると妲己の前に揃えて置いた。
「さぁ、カードを引きな妲己」
「えぇ」
ゆっくりと妲己は手を伸ばし、山札の半ばほどでカットする。
そして残った山の一番上のカードを捲った。

そのカードは……ハートのQ。

「あはぁん、わらわに相応しいカードねぇん。
 数値は12、これに勝てるのはキングとエースだけよん。幸先悪いわねぇん遊戯ちゃん」
「悪運が強いな妲己。だがまだ勝負は決まってないぜ」

今度は妲己がカードをシャッフルし、遊戯の前に山札を置く。
遊戯はカードに手を伸ばし……山の2/3ほどの部分でカットし、カードを引く。

現れたカードは……スペードのA。
52のカードの最高位。これより強いカードは存在しない。

「!?」
「俺の勝ちだ、つまり1回戦と3回戦の親は俺が務める」
遊戯はカードを手に取るとシャッフルを始めた。

(今のは……トリックなの? 全く見切れなかった……これは、思ったよりも歯応えがありそうねぇん)

「フッ」
遊戯は笑い、カードを切り混ぜながらカードの端を弾き、癖を直す。これでトリックの証拠は消えた。
遊戯はスペードのエースの端を少しだけ折り曲げ、僅かに癖をつけていたのだ。
熟達したギャンブラーならばその僅かな癖だけで山札からそのカードを100%引き当てることができるという。

「たいしたものねぇん、でも遊戯ちゃん。スペードのAは最も強いカードであるとともに不吉のカードでもあるわん。
 象徴するは対立と裏切り……そして不運。ゲームに影響がないといいわねぇん」
「……妲己、揺さぶりは無駄だぜ」
「ウフフ」

 ―― F I R S T G A M E ――

遊戯はカードを手際よく切り混ぜていく。
その様子を妲己はじっと見つめていたが、トリックの痕跡を見つけることはできない。

(シャッフルの段階で恐らく遊戯ちゃんは自分に有利なカードを集めている。
 でもそれを見抜くのは困難ねぇん……子はカード操作の機会が殆どない。
 つまり勝つには親のトリックを見破ることが早道。狙いは集めたカードを手札とすりかえる瞬間よぉん!)

遊戯は切り終えたカードを揃えるとテーブルの中央に置く。
「カットしな」
「ええ」
妲己はカードの上半分ほどを取り、テーブルの端に置く。この部分は捨て札となりゲームには使われない。
これはイカサマを防ぐ手段として有効な方法とされているもので、
ディーリングの前にこれを行うのは暗黙の了解とされている。
遊戯は残った山を取ると妲己、遊戯の順番で交互に上からカードを配っていく。
じっと見ていたが遊戯の配る手つきに怪しい動きは見られない。
5枚ずつが配られ終わり、妲己は自分のカードを見た。

スペードの9、ハートの3、ダイヤのJ、ハートのJ、スペードの7
配られた時点で役はJのワンペアが完成している。

(……これは遊戯ちゃんの操作かしらん?)

遊戯もまた自分の手札を見る。

クラブの2、クラブの10、スペードの2、ハートの6、クラブの6
遊戯もまた2と6のツーペアが完成していた。

(フッ、妲己。俺の仕込みは既に完了しているぜ。さぁ見切れるかな?)

妲己はワンペアの残し3枚のカードを捨てた。
「3枚チェンジよぉん」
「OK」
遊戯は自分の手札を伏せてテーブルに置くと、山札の上から順に3枚を妲己へと配る。

配られたカードは……スペードのJ、クラブのA、ハートの5
これで妲己はJのスリーカードが完成する。
(遊戯ちゃんは……?)
「さて、俺は……『4枚』チェンジする」
「え!?」
(一度にそこまで大量のチェンジを? しかもジョーカーがないこのゲームで1枚を残す意味は……ない!
 ここでトリックを使う気ねぇん!)

妲己は遊戯の手元へと視線を集中する。
遊戯は山札に手を取ると……上から順に4枚を自分へと配った。
そして山札を元に戻すと自分の手札を手に取り眺める。
ニヤリ、と笑って遊戯は妲己を見た。

妲己の額から一筋の汗が流れる。

(見えない……今遊戯ちゃんは正々堂々と上から順にカードを配ったようにしか見えなかった。
 わらわの視線でトリックが使えなかった? いいえ、とてもそうは思えないわぁん。
 思ったよりも……手強い!)

「さぁ、行くぜ」
「ええ、ショウダウンよぉん」

二人は同時に手役を公開する。
妲己はJのスリーカード。そして遊戯の手役は……

「Kのフォーカード!」
「何ですって?」

場には間違いなくスペード、ハート、ダイヤ、クラブのKが揃い並べられている。端札はクラブの10。

「この勝負、俺の勝ちだな」
「……そのようねぇん」

ギシッ、と妲己は一度歯を噛むと、後は何事も無かったかのように微笑みカードを回収する。
(この借りは二回戦で返させてもらうわぁん……)
(フゥ、妲己には見抜けなかったようだな。俺のトリックは)
遊戯は最初のシャッフルの段階で4枚のキングを山札の底に集まるように操作した。
これならばカットされても集めたカードに影響は出ない。
そして妲己のカードチェンジが終わり、妲己がカードを確認する為に視線を落とした瞬間、
山札の底にあるキング4枚を山札のトップへと移動させた。
これはパスと呼ばれる技法で、手品などではよく使われる技である。
妲己が目を戻した時には、既に山札の上から4枚はキングに成り代わっている。
そして遊戯は何食わぬ顔で上からカードを自分に配り、フォーカードを完成させたのだ。

「さあ、次の勝負だ」

 ―― S E C O N D G A M E ――

妲己は回収し終えたカードをシャッフルしていく。その手つきは遊戯のそれに勝るとも劣らない。
そして妲己はカードをテーブルに置いた。
「さぁ、好きな部分で分けてぇん」
「フン」
遊戯は上から1/3ほどを掴むとそれを捨て札にする。
「じゃあ配るわねぇん」
互いに5枚のカードが配られる。

妲己の手札はスペードの8、ハートの2、ハートのQ、クラブの5、ダイヤのA
全く役を作れないノーペアだった。

一方、遊戯の手札はクラブの6、クラブの3、ハートの5、ダイヤの7、ダイヤのK
(見事にバラバラだ……いや、低確率でストレートを狙えるか?
 ここは手札で勝負するよりも相手のトリックを見抜くことに全霊を懸けるべきだ)

遊戯は妲己を見つめる。そして手札からKを取り出すと場に捨てた。
「1枚チェンジだ」
「わかったわん♪」
妲己は手札を揃えてテーブルに伏せて置くと、山札から一枚カードを配る。
遊戯がカードを受け取り、開くとそれは――ハートの4。
(ストレートが完成だと?)
妲己を見ると手札を左手に持ち、山札をテーブルに置くところだった。
その瞬間、遊戯の中を違和感が走る。

(なんだ、今の感じは。何か……おかしい、俺がストレートを揃えられたことに対する違和感か?
 そうだ、これは妲己のカードコントロールによるものなのか……くそ、判らない!)
その時、ふと遊戯はいつまでも妲己が動かないことに気付いた。
「妲己、アンタのカードチェンジだぜ」
「結構よぉん」
「何!」
「わらわはこのままで勝負するわぁん」
(もう奴のトリックは完成している!? 馬鹿な、いつやった!?)

「……ショウ……ダウン」
どうしようもなく遊戯は先に手役を公開する。
「ストレート!」
「あらあら、強い役ねぇん……でも、ショウ・ダウン」
妲己は手札を開く。
「ストレートフラッシュ」
「!」
そこにはスペードのAから5までが綺麗に揃えられていた。
(フフ……借りは返したわぁん)
(いつだ……いつすり替えを……くそっ)
遊戯は屈辱を感じながらもカードを回収する為、山札に手を伸ばす。

その山札の位置を見た瞬間、遊戯の身体を電撃が貫いた。

(やられた! カードコントロールではなくこんな大胆なすり替えを行ってくるとは!
 心理的盲点を突かれた!)
遊戯は妲己の使ったテクニックに気付く。
山札が置いてあった位置は……妲己が遊戯のカードチェンジをする際に手札を置いた場所だった。
妲己は最初のシャッフルでストレートフラッシュをカードの底に集めた。
遊戯のカットが終わり、そしてその後のカードチェンジの段階で、妲己は手札を揃えて自分の前に伏せ置いた。
そして遊戯にカードを配った後、妲己は左手で山札の底の5枚を抜き取りそのまま手に持ち、
右手で山札を机に伏せてある本来の妲己の手札に重ねたのだ。

 妲己を見ると手札を左手に持ち、山札をテーブルに置くところだった。

この時に遊戯が感じた違和感は、妲己が既に手札を左手に持っていることだったのだ。
一瞬でも動作の流れに淀みがあれば遊戯は見破れただろう。
単純すぎるが故にこの上なく実行が難しいトリック。それを見事に妲己は完遂した。

「…俺の、負けだ」
「あはん、さぁ最後の勝負ねぇん」

 ―― F A I N A L G A M E ――

「確認するけれどこの勝負ではカードチェンジはできないわぁん」
「承知しているぜ」

(俺の全ての力を使って妲己を倒す!
 妲己には1%の可能性も残さない。俺が揃えるカードはロイヤルストレートフラッシュ!
 見破られさえしなければ俺が勝つ!)

(さて、わらわも正念場ねぇん。もう認めましょう、遊戯ちゃんのカードコントロールはわらわよりも上。
 わらわの動体視力でも遊戯ちゃんのトリックを見極めきれない……恐らく妙な制限のせいねぇん。
 でも、それだけで勝負が決まるわけではなくてよん、遊戯ちゃん)

遊戯はシャッフルを終えるとカードをテーブルの中央に置く。
「さぁ、最後のカットだ」
「ウフフ……」
妲己はカードへと手を伸ばす。そしてその時、視線を遊戯へと移した。
遊戯と妲己の視線が交差する。その全てを見透かそうとするかのような視線に、遊戯は瞬時に心を閉ざした。
(俺を見透かそうとしても無駄だぜ妲己。ポーカーフェイスは基本中の基本。
 俺からトリックのヒントを掴むのは不可能だ)
「遊戯ちゃん、自信たっぷりねぇん。でも、最初に遊戯ちゃんが引いたカードを覚えてる?」
「何?」

最初に遊戯が引いたカード。それは……スペードのA。

「裏切られないといいわねぇん」
「……動揺を誘おうとしても無駄だぜ、さっさとカットしな」

遊戯が妲己と目を合わせたのは一瞬だけ。後はずっと妲己の手元に集中していた。
妲己にカードを操作する機会はない。

(後は見破られなければ……俺の勝ちだ)

妲己はカードを1/5ほど取り、捨てる。
そして遊戯の手によって互いに5枚ずつのカードが配られた。

(やはり……見えない……)

妲己の背中を冷や汗が伝う。妲己はついに遊戯のトリックを見極めることができなかった。
配られたカードはお互いに確認しない。ルールにフォールド(勝負を降りる)は存在せず、
さらにカードチェンジができない以上無意味だからだ。後は互いのショウダウンを残すのみ。
妲己、遊戯、二人の視線が……闘志が交差する。

 「「 SHOW DOWN !!」」

同時に宣言し、カードを開く。
妲己のカードは……ダイヤの2、ハートの7、ハートの3、クラブの4、ハートのQ
ノーペア(役なし)だった。
「あらぁん、残念」
「フッ、俺の手は……何ィッ!?」
遊戯のカード、それはスペードの10、スペードのJ、スペードのQ、スペードのK、そして……ハートの4。
「馬鹿な、ノーペアだと!?」
確かに揃え、自分へと配ったはずのロイヤルストレートフラッシュが崩れている。
信じられない思いで遊戯はそれを見つめた。

「うふぅん、互いにノーペアだった場合のルールは最初に決めたわねぇん」
「!」

 「互いにノーペア、また同じ役だった場合の取りきめよぉん。
  普通はカードの順位の合計が高い方が勝ちだけれど、今回は変則的に合計の低い方が勝ちということにしましょう」

 「受けるぜ妲己。3つ目を言いな」


カードの合計が低い方の勝利。妲己の合計は28、遊戯の合計は……50。
あの時、意味のない提案と遊戯が判断したルール。それが遊戯を切り裂いた。
「わらわの……勝利ねぇん」
「馬鹿な……妲己にはカード操作のチャンスは与えなかった。俺が……ミスを?」
「遊戯ちゃん、わらわには一度だけカードを操作するチャンスがあったわぁん」
「何!?」

遊戯はゲームを思い返す。
自分は最初のシャッフルでRSF(ロイヤルストレートフラッシュ)を揃え、カードの底に集めた。
そして次にそれを妲己がカットするが、RSFには影響はない。
そして交互にカードディーリングする際、そこに遊戯はトリックを使った。
妲己へ配るカードは普通に上から配り、自分へのカードは山札の底から配るテクニック、
ボトム・ディールを使い、底にあるRSFを自分に配ったのだ。
ボトム・ディールは高等テクニックであり、上級者が行うボトム・ディールはプロのギャンブラーでも見抜けないという。

この一連の流れの中で妲己がカードを操作するチャンスは……カットの時しかない。
「まさか!?」
遊戯はテーブルの端に置かれた捨て札を見る。その一番上のカードを開くとそれは……スペードのAだった。

「やっぱりその子に裏切られちゃったわねぇん、遊戯ちゃん♪」

キッと遊戯は妲己を睨みつける。

「だが、俺はカットの時アンタの手元に集中していた! こんな単純なすり替えを見逃す筈がない!」
「フフ、それは間違いねぇん。遊戯ちゃんはその時、一瞬だけど別の物を見たはずよぉん」
「何……!」
遊戯の心臓を氷柱が貫く。

 妲己はカードへと手を伸ばす。そしてその時、視線を遊戯へと移した。
 遊戯と妲己の視線が交差する。その全てを見透かそうとするかのような視線に、遊戯は瞬時に心を閉ざした。

「あの時、わらわの目を見たわよねぇん。遊戯ちゃんは心を読まれない為にわらわの目を見返す必要があった。
 その一瞬、ほんの一瞬があればわらわには十分だったわぁん」
それこそが妲己の誘惑の術。
妲己は遊戯と目が合ったその一瞬で山札を僅かに浮かせ、底の一枚を抜き取り山札の一番上に置いたのだ。
そして何食わぬ顔で山札をカットし、一番下に置かれていたスペードのAはそのまま死に札となった。
「最初に決めたルールも……」
「わらわは最後になれば、遊戯ちゃんが確実に勝つためにロイヤルストレートフラッシュを揃えると思っていたわん。
 カットがあるから集めた役は山札の底に集めなくてはならないことも最初からわかっていた。
 でも分かっていても遊戯ちゃんの技を見抜くことはできなかったけどねぇん。流石だわん」
妲己は一つ溜息を吐いた。そして再び説明を続ける。
「ロイヤルストレートフラッシュは数値の合計も高い。一枚抜いてもおいそれとは負けないわぁん。
 もしそれ以上の数値がわらわの手札に集まるなら、それは何らかの役が出来てる可能性が高いしねん」
遊戯はガックリと机に手を突いた。
(俺は……カードを完全に支配したつもりでいた。だが妲己はゲームそのものを支配していた。
 トリックに拘り、可能性を排除した時点で……
 ゲームの本質を忘れた時点で俺の敗北は決まっていたのかも知れない……)
遊戯にゲームの本質を忘れさせた原因。
それはゲームの最中に常に妲己から発せられていた圧倒的なプレッシャー。
その強大な殺意を前に遊戯はパートナーを護るため、確実に勝つトリックに拘ったのだ。
だが妲己はその上を行った。
「素晴らしい勝負だったわん、遊戯ちゃん。本当に強かった。
 でも、わらわは遊戯ちゃん以上の策士なのぉん♪」
(俺の……完全な負けだ。すまない、相棒)
妲己は席を立つ。

「さぁ、約束を覚えているかしらぁん……このゲームのアンティをねん」

遊戯は無念に目を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
(諦めちゃ駄目だよ、もう一人のボク!)
(相棒、だが俺はゲームに負けた。アンティを払わないことは許されないぜ……)
(ボクに考えがあるんだ。ボクに変わって!)
(何?)
遊戯から闇の気配が消え、表の遊戯が浮かび上がってくる。

(何、遊戯ちゃんの雰囲気が変わった……元に、戻った?)

遊戯は千年パズルを首から外すと手に持った。
「妲己、あなたの望む魂はここにある。千年パズルに封印された闇の知恵と力。
 それがもう一人のボクだ。負けたからにはボクはこの魂をあなたに渡さなくちゃいけない」
(相棒、何をするつもりだ! まさか!)
「渡すよ妲己。でも……」
遊戯は千年パズルからピースを外す。パズルはバラバラになり地に落ちた。
「このパズルはあなたには絶対に組むことはできない!」

「へぇ……そぉん。わらわの望む魂はそのパズルの中に……じゃあ遊戯ちゃんは、いらないわねぇん」

風が唸りを上げて二人の周囲を渦巻き始めた。

「ボクは信じる! 結束の力を持つ人が必ずボクの仇を討ってくれるって!」
「それが遊戯ちゃんの最期の言葉ねぇん……あはん、可哀相な遊戯ちゃん♪」


 「 罰 ゲ ー ム ! 」

 ―― GAME OVER ――




夕陽を浴びて朱に染まるログハウス……2階のサロンにて『食事』を終えた妲己は上機嫌でくつろいでいた。
「ふふぅん、いろいろとあったけれど『美味しかった』から許してあげる遊戯ちゃん♪」
妲己はテーブルの上に置いてある千年パズルのピースと黒い核鉄を見やる。
そしてまず黒い核鉄を手に取った。
(多分これはカズキちゃんが言っていた核鉄ねぇん。黒いというのは聞いていないけれど。
 カズキちゃんの心臓の部分からこれは出てきた…つまりカズキちゃんは宝貝人間のようなものだったのかしらん。
 これを誰かに埋め込めば、カズキちゃんのような力が使えるのかしらねぇん……実験してみてもいいかも)
黒い核鉄を袋へと入れると次は千年パズルのピースを見る。ナプキンで全てのピースは包んであった。
(遊戯ちゃんはわらわには絶対に組めないと言っていた。あの顔からしてあながち根拠のない話でもなさそうねん。
 だったら誰か可能性のある子に組ませてみましょうか……結束の力とやらを持つ子にねぇん)
妲己は千年パズルも袋の中に仕舞うと、ゆっくりとチェアにもたれた。
(闇のゲームは楽しかったけれど、少し精神的に消耗してしまったわねぇん。
 放送まで少し休むことにしましょう……それまでに方針を練り直しましょぉん♪)

(場合によっては……わらわ自らカウントを減らしていくのも……アリ、かもねぇん)

そしてゆっくりと時は過ぎていく……





【滋賀、三重の境にある小山 ログハウス/夕方】
【蘇妲己@封神演義】
 [状態]少し精神的に消耗、満腹、上機嫌
 [装備]打神鞭@封神演義 、魔甲拳@ダイの大冒険
 [道具]荷物一式×3(一食分消費)、黒い核鉄III@武装錬金、ドラゴンキラー@ダイの大冒険 
    黒の章&霊界テレビ@幽遊白書、千年パズル(ピース状態)@遊戯王
 [思考]1:これからの方針を練り直す
    2:仲間と武器を集める
    3:本性発覚を防ぎたいが、バレたとしても可能なら説得して協力を求める
    4:ゲームを脱出。可能なら仲間も脱出させるが不可能なら見捨てる


【武藤遊戯@遊戯王 死亡確認】
【残り74名】

時系列順で読む


投下順で読む


273:交錯する想い、光……そして闇 蘇妲己 296:白夜特急青森行き
273:交錯する想い、光……そして闇 武藤遊戯 死亡

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最終更新:2024年04月24日 12:22