0322:黒猫の心は黒に蝕まれ





夜の街を影法師が蠢く。
影法師の数は二つ。
片方が先行し、ビルの影に隠れて周囲の様子を窺う。
もう片方は先行した方の合図を待ち、その後に続く。
一人はバズーカを背負った男。片腕が見当たらない。
一人はショットガンを持った男。片目が見当たらない。
『何か』を失った掃除屋達が東京の街を駆ける。

先行している方の影法師が地面を調べている。足跡を探しているようだがもはや日は落ち、確認は出来なくなっていた。
「くそっ、完全に見失った」
スヴェンは歯噛みした。
――早く追いついて護ってやらなければ……
焦る気持ちとは裏腹にロビンの足取りは一向にわからない。
どちらの方向に行ったのかもわからないので、闇雲に走り回るしかないのだ。
合図を出したが、来るはずのトレインがなかなか来ない。見ると足を止めて息を切らしている。
「ハアッ、ハッ……」
――トレインの疲労が激しいな……
無理もない。応急処置をしたとはいえ、重傷の身。
更に片腕が無いとなれば身体のバランスが取れないから、バズーカを背負った状態では疲労が溜まっていく一方なのだろう。
無茶な行動はトレインの疲労を加速させるだけか――
「トレイン、少し休むぞ」
俺は「そんなことより杏子を殺した奴を捜す」と言って聞かないトレインを無理矢理近くのレストランに引きずり込む。
少しは休憩しないとこいつの身が持たない。
案の定もう限界だったらしく、トレインは椅子に座ると同時に荒い息を整え始めた。
この間にさっき拾ったショットガンの整備をしておくか……銃はメンテナンスが最も大事だ。前の持ち主は怠っていたようだが。
ショットガンのメンテナンスをしている俺に、ようやく呼吸が整ってきたらしいトレインが話しかける。
「……聞くの忘れてたんだけど、スヴェンの支給品って何だったんだ?」
その言葉に俺は自分の支給品のことを思い出す。あの使えないにも程がある支給品を――

無言でデイパックの中からカプセルを取り出すと、その中身を出現させる。
出てきた物は小指サイズよりも更に小さい黒い玉。
トレインが「それが支給品か?冗談だろ?」という感じの目で見てくる。俺も冗談だと思いたい。
ただしこの支給品に対する感情は、トレインが感じている「失望」ではなく「恐怖」そのものだが。
「黒の核晶というものらしい。その正体は――凶悪な爆弾だ。
このサイズの物でも家を三つくらい軽く消滅させる程の破壊力だそうだ。つまり――完全に使えないアイテムということになる。
そんな威力の爆弾を使ったら、使った本人も巻き込まれて消し飛んじまう。間違いなくハズレだな」
こんな物、持ってるだけで危険極まりない。本当は捨てたいところだが、何も知らない参加者が拾うことを考えるととても捨てられない。
使うにしても、手動で作動させてから数秒後に爆発する仕組みらしいのでまず逃げられんしな。
――ん?何やら冷たい視線が……
トレインが俺を非難の目で見ている。あれは「何そんな危険な物を軽々しく出してんの?」という目だ!
――いかん、気まずい雰囲気を打破しなければ。
「トレインの支給品はウルスラグナだったんだろ?羨ましいぜ、大当たりじゃないか」
その言葉にトレインは冷たい目を悲しそうな目に変えた。あれ、もしかして地雷踏んじまったか俺?
「俺の支給品は本当は鉄甲だったんだよ。ウルスラグナは幽助の支給品で――」
しまった、藪蛇だったか。幽助といえば確かあのデカブツに殺されたトレインの仲間だったな。
と、何故かトレインが考え込んでいる。
……あまり余計なことは言わないほうがよさそうだな――


スヴェンはトレインを気遣い、銃のメンテナンスに集中する。
だから彼は気付かなかった。トレインが自分の荷物から黒の核晶を掠め取ったことに――


しばらくしてから、話を切り出した。

「悪い……まずいことに傷が開いちまった。こりゃロビンの捜索はできそうにねえわ」
俺の言葉にスヴェンが焦る。
「……く、まずいな。早くロビンを見つけないといけないのに……」
予想通りの反応。こちらも用意しておいた言葉を返す。
「そんなに心配なら、一人で捜しにいけばいいんじゃないか?……俺はここで待ってるからさ」
俺の無責任な言葉。普段のスヴェンなら違和感に気付くはずだが――
「そうか、すまない!ロビンを捜し出したら戻ってくるから、ここを動かないでくれよ!」
だけどスヴェンは気付かない。全く、少しも、気付かない――
俺は走り行くスヴェンの背中に声をかける。
「姫っちのことも頼むぜー!アイツ、多分お前のこと待ってると思うからな!あとリンスもな!」
スヴェンは振り返らずに力強く答えた。
「当然だ!」
俺はその言葉に安心する。アイツなら――俺の最高の相棒ならきっとやってくれるに違いない。
もう、思い残すことはない。決着を付けに行こう。


俺は歩く。東京の街を歩く。
持っているデイパックの中には黒の核晶。
傷など開いてはいない。おとなしくレストランでスヴェンを待つ気などない。
俺の目的は――あのデカブツを倒すこと。
今の状態ではあいつに勝つことは出来ない――しかし、黒の核晶を使えば相打ちには持ち込める。
どうせこの身体ではゲームで生き残ることは出来ない。ならば――せめて最大の障害を撃破しよう。
スヴェンやイヴ、リンスの為に――犠牲になるのも悪くはない。
――幽助、杏子、見ていてくれよ。すぐにそっちに行くかもしれねえけどな……



しかし、運命は彼の覚悟を嘲笑うかのように――
その遭遇は残酷で――



前方から派手な格好をした女が歩いて来る。
その女は俺を見つけると、小走りに駆けて来て馴れ馴れしく話しかけてきた。
「人を見つけることが出来て良かったわぁん。ねえあなた、わらわと仲間になりましょうよぉん。他の仲間と逸れて心細かったのぉん」
その瞳は魅力的で蠱惑的で、脚が勝手にフラフラと動く。俺は何かに操られるように頷きそうになり――

歯車は静かに廻る――
その繰り手は悲劇を紡ぐ――

駄目だ駄目だ駄目だ!一体俺は何を考えてるんだ?あのデカブツを探さなければいけないのに!
この女の目だ!この目を見ると引き摺られる!この目を、見てはいけない!
「お断り…だ」
そう言って、思わず目を閉じてしまった。この時、俺は絶対に目を閉じてはいけなかった。

彼は最大のミスを犯した――
女の目が細められる――

「そう……わらわの誘いを断るのねぇん……」
聞こえた女の声は、ゾッとするほど冷たかった。
ヤバイヤバイヤバイ!目を開けてバックステップで距離を取り、ウルスラグナを、
全てが、遅かった。
目を開けた瞬間――俺の左胸に女の手が突き刺さった。
女の手は皮膚を突き破り肉を貫通し肋骨を押し広げすり抜け俺の心臓を激痛激痛激痛
「が……あ……」
呼吸が出来ない息が吸えない吐き出せない身体が動かせない手が動かせない足が動かせない動かない
そんな俺の様子を女は薄笑いを浮かべながら見ていやがる。俺の胸に突き刺さっていない方の手には黒い鉄の塊が――
「少し気になってることがあるのよねぇん。丁度いい機会だから試してみようかしらぁ」
そう言って女は――俺の左胸の肉を剥ぎ取り掻き分け抉り取り、心臓にその鉄の塊をねじ込んだ。
心臓が破壊され、血が滝のように溢れ出る。
――ちくしょう……ここで終わりかよ……

それが俺の最期の思考には――ならなかった。
心臓を潰され、尚俺は生きていた。

……何で…俺は…生きて…るんだ…?
心臓は確かに潰された筈――ならば、俺の左胸で脈動している”これ”は一体何なんだ!?
「まだ生きてるわねぇ……やっぱりカズキちゃんはこの黒い核鉄で動いていたみたいねぇん。霊珠みたいな物かしらぁ……」
女は一人で納得していて、もう俺のことなど眼中にないようだ。
「……クソ女……一体…俺に何しやがった……」
女が俺を見下ろす。一瞬で――圧倒――された。この目は――絶対に人間の目じゃねえ――
「まだ自分の置かれている立場がわかっていないようねぇん。いいわよぉん、妲己ちゃんが優しく教えてア・ゲ・ル」
女は自分の荷物からテレビを取り出し、うつ伏せに倒れている俺の目の前に置いた。
そのまま背中にのしかかり、両手で俺の頭を固定してくる。指で瞼を無理矢理開けるので、目を閉じることも出来ない。
抵抗――出来ない。
「さあ、人間観察ビデオ『黒の章』始まり始まりよぉ~ん」
目の前に映し出される、映像映像映像映像映像映像映像映像映像映像映像映像映像映像
男女子供若者老人白人黒人黄人病人怪我人善人悪人人人人人人人人人人人人人人人人人
血血血血血血血血血血血血血赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒
虐虐虐虐虐虐虐虐虐虐虐虐虐殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺死死死死死死死死死死死死死
目が乾く渇く乾く渇く乾く渇く乾く渇く乾く渇く乾く渇く乾く渇く乾く渇く乾く渇く!
頼むお願いだ止めて已めて病めてくれ目を閉じさせてくれ頼む頼む頼む頼む頼む頼む!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ブツン、と唐突に映像が途切れた。


俺は見せられたテレビの内容を思い出す。
これでも闇の世界の人間だ。人間の汚い部分は知っているし、この世の地獄と呼ばれる光景も何度も見てきた。
だが、しかし、それでも――
人間って、あんなことが平気で出来るものなのか――?
わからないわからないわからないわからないわからないわからない――
自分の左胸を見る。
肋骨の隙間からは”Ⅲ”と刻印された黒い鉄が覗いていて、心臓は――ない。
――本当に……何で死んでないんだろうな、俺。
丁度”ⅩⅢ”のタトゥーの横に並んでいるから、合わせて16か。ああ、これじゃあ不幸を運べないな。
ふと、そんなどうでもいいことを考えた。





【東京都/一日目真夜中】
【蘇妲己@封神演義】
 [状態]:少し精神的に消耗、満腹、上機嫌
 [装備]:打神鞭@封神演義、魔甲拳@ダイの大冒険
 [道具]:荷物一式×4(一食分消費)、ドラゴンキラー@ダイの大冒険、黒の章&霊界テレビ@幽遊白書
     GIスペルカード『交信』@HUNTER×HUNTER、千年パズル(ピース状態)@遊戯王
 [思考]:1.不明
     2.ゲームを脱出。可能なら太公望も脱出させるが不可能なら見捨てる

【トレイン・ハートネット@BLACK CAT】
 [状態]:左腕・左半身に打撲、右腕肘から先を切断、行動に支障あり(全て応急処置済み)、左胸に穴(中身の核鉄が覗いている)
 [装備]:ウルスラグナ@BLACK CAT(バズーカ砲、残弾1)、黒い核鉄Ⅲ(左胸で心臓の代わりになっている)@武装錬金
 [道具]:荷物一式 (食料一食分消費)、黒の核晶(極小サイズ)@ダイの大冒険
 [思考]:1.不明


【埼玉県/一日目真夜中】
【スヴェン・ボルフィード@BLACK CAT】
 [状態]:肋骨数本を骨折、胸部から腹部にかけて打撲(全て応急処置済み)
 [装備]:ジャギのショットガン(残弾18)@北斗の拳
 [道具]:荷物一式(食料一食分消費)
 [思考]1:ロビンを追う。ロビンに追いついたら説得して連れ戻し、トレインとの待ち合わせ場所であるレストランに戻る
    2:イヴ・リンスと合流

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307:掃除屋達の挽歌 トレイン・ハートネット 322:[[]]
307:掃除屋達の挽歌 スヴェン・ボルフィード 322:[[]]

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最終更新:2024年06月15日 14:06