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0325:『清里高原大炎上戦Ⅱ』プラネタリウムに花束を。






望ちゃん。
何かを成すには誰かの犠牲がつきものなんだよ。
それが大きな事であればあるほど犠牲の数も比例する。
でも僕らは決して自分を棄てた訳じゃない。
自分で決めたことだから、同情も憐れみもいらない。
ただ、悲しんでくれればいい。


――― 普賢、またわしは繰り返してしまうのか。


火の海。風圧と舞い散る火の粉に、太公望は瞼を閉じかける。
大地に突き刺した如意棒がぐんと伸び、先端にしがみついた太公望を運ぶ。

届け。願いを込めて、太公望は決して屈強とはいえぬその腕を、精一杯に伸ばした。
デスマスクも触手の狭間から辛うじて手を出し、縋り付こうとした。

「――――!」

太公望は天を呪った。二人の指先はあと一寸の差で繋がった筈だった。
だがその時、その刹那、デスマスクは趙公明の食虫花に呑み込まれていた。

次の瞬間、太公望は伸びた如意棒と共に、趙公明の『元型』をも飛び越え、頭から炎の中に突っ込んでいた。
転げながら火を打ち消し、なんとか炎から逃れた太公望の視界に入ったのは、デスマスクを完全に呑み込んだ趙公明と、その身に起こる異変だった。

「やめろ、やめるのだ。趙公明」

太公望が叫んだのと同時、大地が揺れ、大音響が響き渡った。
直後、身体が宙に浮いた。地面を突き破り突如現れた何かが、太公望に激突したのだ。
弾き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられ、その衝撃に胃液が逆流した。
太公望を直撃したのは、趙公明の『元型』より生えた凄まじい速度で成長する樹根であった。
振動と轟音は止まるを知らず、太公望は身を伏せて事態を見届けることしか出来なかった。趙公明の周囲にたちまち新たなる森が形成されてゆく。

やがて振動が収まった時、そこには第二の密林があった。
流石に規模は、遥かに縮小していたが、目論見どおり趙公明はデスマスクを養分として取り込み、失った体力を回復させたのだ。

「―――、――趙・・・公明」

再び種子を撒き散らし始める趙公明の巨大花。
更に迫る炎の手の中で、太公望は悲鳴を上げる四肢を叱咤し、如意棒を支えにして立ち上がった。

~2~~~~~

『【バックドラフト】のように燃え上がる戦場。なんて素晴らしい舞台(ステージ)なのだろうか』

見渡す限り朱色、灼熱地獄と化した草原。その美しさに趙公明は声を上げた。
眼下には太公望が如意棒を振り回し、無数の『下僕』達と格闘を続けている。
何故、彼はこうまでして戦うのだろうか。趙公明は悪戯心を覚え、問いかけてみた。

『何故、人間なんかに拘るんだい?逃げる事も出来たはずだろう、キミ一人なら』

無言で如意棒を振るい立ち向かってくる太公望。大方、予想が付いているのだろう。
もし太公望が逃げる素振りを見せれば、避難している二人の人間に、この自分が何をするのかを。
性格も、手の内も知り尽くした間柄だった。企んでる事は分からないが、心の底に抱いている想いは分かる。

『可哀想に、キミはいつも、抱えきれない程の重荷を背負い込んでいるんだね』

聞こえたのかどうか、返事代わりに太公望が飛ばした真空波が、趙公明の巨大花を掠めた。
そう言えば、前にもこんなことを聞いたか。だが当時、返ってきた答えは趙公明の中に釈然としないものを残した。
今、改めて聞いたのは、ささやかな好奇心である。趙公明は、やれやれと肩を竦めた。つもりだった。

『ところでキミは、気付いているかい?世界を裏で操る何か・・・
僕らを砂の城でも作るかのように操作し、生かし、殺す。その“存在”に』

その言葉に、太公望が僅かに反応を見せた。その瞬間、今度は『下僕』の飛ばした手裏剣の様な木の葉が、太公望の額を掠める。
呻き声を上げ、傷口を押さえる太公望。直後に如意棒が一閃し、趙公明の操る植物がひとつ両断され地に落ちた。

『大いなる意思の前には、あらゆる力も、祈りも、努力も、無力に過ぎない。
 所詮僕達は、運命の道標に抗う事などできないのさ』

太公望が、切り刻まれた上着衣をばさりと脱ぎ捨てた。どうやら、こちらの話を聞くつもりは無いようだ。
あくまで攻撃の手を緩めず、趙公明は物思いに耽る。或る日、気付いた途方も無い“存在”。
所詮自分も駒に過ぎないのなら、自分の生とはなんなんのか、死はなんなのか。
一体、自分は何処から来て、何処へ行くのか。結論は出なかった。それならば、と前置きして趙公明は続ける。

『僕は悟ったよ。どうせ、踊らされる運命なら、楽しまなければ損じゃないか。
誰かの荷物を背負って、息苦しく生きるのが幸福と呼べるのだろうか』

態度にこそ出さぬが、デスマスクを喰らったとはいえ、趙公明の消耗は深刻だった。増殖力も低下し、思うように植物達を操れない。
しかも火の手が、もう間近の『下僕』達に移り始めていた。そろそろ転移を始めなければ、手遅れになりかねなかった。
だが、太公望の疲労は自分の比では無い筈だった。まさに多勢に無勢、四方から繰り出される植物達の波状攻撃に、太公望は徐々に追い詰められてゆく。
食虫植物のひとつになんとか如意棒を突立てた太公望。その血塗れの顔がにやりと笑って言った。

「やはり、何万年立ってもおぬしとは意見が合わぬのだろうな」

死を、恐れている目ではなかった。
むしろ、あの二人の人間が助かるのなら、自分はどうなっても構わないと、そう考えているのか。
くだらない。全くもって理解できない。だがこれこそが太公望であり、また趙公明の目論見通りでもあり、
それでいいじゃないか。と趙公明は思った。

『そうかもね。それでもキミは足掻くのだろうね。
誰かの意思で戦い、誰かの荷物を背負わされ、誰かの意思で死ぬのだとしても』

不意に太公望が倒れた。足元へ伸ばした植物の蔦が、太公望の片足を浚ったのだ。
追い討ちを掛けるように、幾本もの樹根が、続々と太公望に絡み付いていった。
成す術もなく、根の中に呑み込まれてゆく太公望。もう充分だろう。趙公明は勝利を確信した。
そのまま窒息死するのが先か、炎に巻かれるのが先か。

『アディオース、好敵手よ。トレビアーンな戦いをありがとう』

遂に自分の身体にも火が移り始めた。太公望の最後を、拝めないのが無念であるが、ここまでが限界だった。
勝利の祝砲でも上げたい気持ちを辛うじて押さえ、『核』を安全な場所へ『転移』させるために、趙公明は精神を集中させた。

~3~~~~~

呻き声を上げる太公望。幾本もの樹根に締め上げられながら、意識を手放すまいと精神を奮い立たせた。
しかし、それは絶望的な戦いだった。身動きの取れぬ太公望に続々と絡みつく樹根。
凄まじい強さで圧迫され四肢が軋む。最早、呼吸をすることも困難になっていた。視界も霞む。

わしは、ここまでなのか。

遠ざかる意識の中で太公望は思った。思えば、趙公明の言にも一理あるやもしれぬ。
結果的に、みんなを脱出させることも、主催者を倒すことも出来なかった。
挙句の果てに趙公明にやられ、そもそも自分には荷が重すぎたのか。

―――――(まだ諦めるのは早いぜ、太公望)太公望さん!!

不意に聞こえた自分を呼ぶ声。一瞬、デスマスクの声が重なったのは気のせいか。
一体どれだけ意識を失っていたのだろう。大きな、温かい手が太公望を捕まえていた。
そのまま一気に身体が引き上げられる。抱きとめられて、まず目に入ったのは、忘れもしない針ネズミのような髪型。
その男、仙道が、真っ黒になった顔でにっこりと笑った。

「おぬしは、何故」

呆然と呟く太公望を包むかのように、火の粉が舞い上がる。背後で趙公明の『華』が音を立てて炎上していた。
しかし、燃えているのは、いわば蝉の抜け殻と言っていい。既に『核』そのものは、何処かへ転移してしまったのだろう。

それにしても仙道。遊戯王カードとやらの最後の一枚(闇の護風壁)。それを使ってここまで来たのか。
身をわきまえて、避難しておればよいものを、何故わざわざ死地に赴いて来た。
太公望は拳を握り締めた。殴ってやろうか、とも思った。

「何故・・・」

伝えなければならぬ事もあった。
だが、それ以上、言葉が出ず、太公望はうつむいた。

~4~~~~~

「急ぐのだ仙道とやら。熱くて叶わん」
「太公望さん。まだ、慌てるような時間じゃないっす」

仙道はぼろぼろの太公望を背中に背負い、炎上する森の中を駆けていた。
駆け抜けた直後、燃え盛る大木が音を立てて傾き、背後に倒れた。その衝撃で巻き起こる熱風が身体を打ち付ける。
趙公明の森を脱出すると、炎が草原を覆い尽くしていた。しかし、良く見るとまだ、風下に火が弱い場所がある。
そこを通り、大きく迂回すれば、香の待つ風上の丘へ辿り着けるかもしれない。その方向を指差して、仙道は言った。

「あそこを抜ければ」
「うむ、だが趙公明がまだ潜んでいるやも知れぬ。用心するのだ」

走りながら仙道は、ちらりとデスマスクの事を考えた。聞くことは、許されない雰囲気だった。
いつか、話してくれる時が来るまで、仙道は待とうと思った。今は生き残る事だけを考えよう。
火を避けながら無我夢中で走る仙道。正直疲れていた。だが、まだ走れる。生きている。
止まれ、という太公望の声が聞こえる前に、仙道は足を止めていた。正面に立ちはだかる者がいたのだ。

『なんとなく、だったのだがね。驚いたよ。本当に、キミは僕を楽しませてくれる』

~5~~~~~

炎を背景にして、趙公明の巨大花が揺らめいていた。
まさかというべきか、やはりというべきか。何処までも一筋縄ではいかぬ相手だった。
勘のいいヤツ、と太公望はひとりごち、仙道の背中から降りて、趙公明と向かい合った。

「もうやめにせぬか、趙公明」
『この期に及んで、野暮なことは言わないで欲しいね。太公望くん』

愚問だった。ここまで来て見逃すようならば、はなから待ち伏せなどする筈が無い。
全く持って迷惑な話である。仙道の前に立ち、太公望は如意棒を構え、嘆息をついた。

「最早、何も言うまい」

如意棒を低く構え間合いを詰める太公望。触手を揺らめかせ、今にも攻勢に出ようとする趙公明の巨大花。
懐に忍ばせた『五光石』が切り札だった。転移直後の、植物の守りが手薄な今なら、命中させられる筈だ。
同じ世界から連れ去られ、そして再会したふたり。まさに腐れ縁だった。だがそれもこれで終わる。

おそらく勝負は一瞬。紅が、津波の様に広がりゆくこの清里高原で、ふたりの時間が止まった。

~6~~~~~

二つの影が同時に、炎の向こう側に倒れるのを、少し離れた場所で、槇村香は見ていた。
胸騒ぎに負けて、様子を見に来てしまったのだ。
悔やんでも悔やみきれなかった。何故、仙道を信じて、待っていることが出来なかったのか。
そうすれば少なくとも、自分だけは、死ぬことはなかったのに。
全てが手遅れだった。既に燃え広がる炎は、完全に四者を包囲している。脱出は絶望的になった。

太公望と趙公明の戦いは、相打ちだった。

太公望が放った石の様な物(五光石)が趙公明の『核』に命中したのと同時。
趙公明が大地より飛び出させた、槍の穂先の様に鋭い木の根が、太公望を串刺しにしていた。
枯れ木が傾くように、まず趙公明が地に伏した。太公望も胸板を貫かれ、ゆっくりと倒れた。

仙道が太公望に駆け寄り、必死に声を掛けている。香はそれを眺めている事しかできなかった。
隠れている香の存在に気付いていたのは、趙公明だけ。しまったと思った時には、捕らえられていた。
今も香は樹根に巻きつかれている。全身を束縛され、もがくことはおろか、声を出すことも出来ない。
趙公明が倒れた今も、その呪縛が弱まることはなかった。

その時、影がひとつ、起き上がった。
見る影も無くひび割れた巨大花。その中心で趙公明の相貌が歪んだ。

『まだ、だよ。まだ僕は、戦える』

~7~~~~~

激痛に遠のく意識を奮い立たせ、食虫花の触手を太公望に向けて伸ばした。
デスマスクを捕食したように、太公望を喰らい、生命力を回復させてやる。

『さあ、仙道くん、だったかな、おとなしく、そこを、退き、たまえ』

声が切れ切れになる。痛みは激甚という言葉でしか表せなかった。制限の解除された『五光石』が、もろに『核』に命中したのだ。
趙公明は、明滅する意識の中で、『転移』が出来るほどの精神力が、もはや残されていないことを自覚した。
生命力が尽きるのが先か、炎に焼かれ燃え尽きるのが先か。だが、趙公明にはまだ起死回生の策が残されていた。
それは賭けだった。太公望を喰らえば、また新たな場所に、『転移』が出来る程度には回復するかもしれない。

『悲しむことは無いよ、太公望くん。僕の中で、デスマスク君も待ってくれているから』

仙道が、何かを言ったようだが、趙公明にはよく聞き取ることが出来なかった。
視覚も聴覚も乱れ、致命傷に近い傷を負わされながらも、趙公明を支えていたのはただ、執念だった。
眼下には、太公望を懸命に助け起こそうとする仙道の姿が、微かに見える。無駄なことを、と趙公明は嗤った。
既に完全に炎に取り囲まれ、脱出など不可能である。戦う力を持たない、生身の人間に何が出来る。

「オレはバスケットマンですから」

荒んでも、沈んでもいない声が、趙公明へはっきりと届いた。霞んだ視界の焦点が徐々に合わさってゆく。
静かな、それでも毅然とした意思の光を発する仙道の瞳に、趙公明は微かなたじろぎを覚えた。

~8~~~~~

「さあ、いこーか」

冷たくなり始めた太公望を、地面にそっと横たえて、仙道は歩き出した。腕には如意棒が握られている。
不思議と心は落ち着いていた。仙道は趙公明の巨大花を見上げて、声を張り上げた。

「一緒に連れてこられたオレの知り合いは、みんな死にました」

何故、戦わなければならないのか。何故、死ななければならないのか。自分達が一体何をしたというのか。
人は死ぬ。そんな当たり前のことを、知らない世界にいた。だが、それを嘆く事に、意味もなかった。

「香さんもオレと同じです。大切な人を失って、苦しんで、それでも一生懸命、前を向いて生きようとしてます」

デスマスクも太公望も、身体を張って自分達を守ろうとした。三井は、襲撃者から香を庇って殺された。
香は、大切な人達を失った悲しみと戦い続けている。趙公明はおし黙っていた。仙道は続ける。

「みんな、何かを守るために精一杯、戦ったっす。だから、こんなオレでも、って」

手当をしても、助からないかもしれない。炎の中で、焼け死ぬことに、変わりは無いのかもしれない。
それでも、命を懸けて自分を守ってくれた人達のために、少しでも報いることができるなら。

「ここからは絶対に抜かせない。その根っ子を掴んでもな」

そう言い放ち、仙道は如意棒を構えた。
剣道を真似たつもりなのだが、我ながらぎこちない構えである。笑うなら笑え、と思った。
やがて、暫し口を閉ざしていた趙公明が、ゆっくりと話し出した。

『誰が何と言おうと、キミは、正真正銘の戦士だ。この僕の、最後の相手に相応しい』

~9~~~~~

明らかに慣れない手つきで如意棒を振り回し、絶望的な戦いを繰り広げる仙道を、槇村香は涙を流しながら見ていた。
趙公明の攻撃が仙道の身体を捉え始める。何度倒れたか解らない。それでも仙道は趙公明に立ち向かっていった。

『殺し合うのが戦だ、弱い者が死ぬのが戦だ、大切な人が死ぬのが戦だ』

心底、楽しそうに趙公明が叫んでいる。ぎりり、と香の首元を締め付ける樹根の力がさらに強まった。
どうやら、最後まで見届ける事も叶わないようだ。絶望感と共に、香の意識は闇に堕ちた。

――――まだ手は残されている。後はお前次第だがな。

一面の闇。前触れも無く聞こえた、覚えのある声に、香は驚いた。
声は聞こえど、姿は見えず。だがその声は、紛れも無いデスマスクのものだった。

デスマスク。何処にいるの?

香の叫びが闇の中に木霊する。やがて、何者かの姿が、徐々に浮かび上がった。
切れ長の瞳、人を食ったような表情、靡く銀髪。紛れも無い、デスマスクの姿だった。
どうして、と呟いた香に向かい、デスマスクはこれまでの経緯を簡潔に話し始めた。

――――オレは、死を司る蟹星座の黄金聖戦士・・・

そう前置きをして、淡々と話すデスマスク。溢れる気持ちを抑え、香は黙って聞いていた。
趙公明と太公望達の会話から推察はできたが、やはりデスマスクは趙公明に取り込まれてしまったらしい。
しかしそのおかげで、こうして趙公明の内部から、現実の世界に干渉ができるのだ、とデスマスクは言った。

――――それももう長くは無いがな。じきにオレの意識も消えちまう。だがその前に、おまえに受け取って欲しかった。“これ”を、

デスマスクが両手で差し出す“それ”を、香は無言で受け取った。直後、小さく声を上げる香。
重量のせいか、それとも重圧のせいか、香は“それ”の重みに耐え切れず、膝を落としてしまった。

――――『アイアンボールボーガン』だ。感謝しろよ、鉄球は詰めてある。

ぶっきらぼうに言い放つデスマスク。ボーガンのあまりの重みに跪く香を、無言で見下ろしていた。
しばしそのまま、見詰め合った。彼の表情の中に、微かな自嘲が見え隠れし、深い理由も分からず、香は胸が痛くなった。
やがて、香の心境を感じ取ったのか、デスマスクが諭すように言う。

――――まあ、どうせ早かれ遅かれだ。気楽にやりな。

そう、命中するかどうかも分からない。そして、もし趙公明を倒したとしても、この炎の中から脱出する術は無いのだ。
無駄な事を、させられようとしているのかもしれない。それでも、香はボーガンを抱え、しっかりと立ち上がった。

「ありがと、デスマスク」

片目をつぶり、香が微笑むと、デスマスクも、にやりと笑った。
ごめんね。最後まで世話をかけて。今度はあたしが、仙道君を守るよ。
あばよ、と言って闇の中に消えてゆくその男の背中に、香はもう一度、ありがとうと叫んだ。
直後、暗闇に光が指した。眩しさに眼が眩む。熱い、眩しさの正体は、迫り来る業火だった。

気が付くと、初めからそうであったかのように、香は炎の原野に立ち尽くしていた。

夢だったのか。だが、全身を締め付けていた樹根は解け、力なく足元に散らばっている。
そして、腕の中に抱かれた、ずっしりとした重量感が、全てを物語っていた。

鉄球が込められた『アイアンボールボーガン』、それが香の両腕にしっかりと抱えられていた。

~10~~~~

趙公明と仙道の戦いはどうなったのか。
眼を移すと、血塗れになった仙道が、肩で息をしながら、倒れた太公望と、趙公明の狭間で仁王立ちしていた。
何かを叫びながら、趙公明が触手を伸ばす。仙道はもう、立っているのもやっとのようだった。一刻の猶予も無い。

腰を落とし、香はボーガンを構え、趙公明に照準を合わせた。
香が人を殺す事を、誰よりも拒んでいた“あの人”はもういない。でも、言い訳なら彼の世でできる。迷いは無かった。

「―――!」

ボーガンの引き金を引いた。発射の衝撃に身体が弾き飛ばされる。
背中から、ふわりと地に倒れた。誰かが支えてくれたと思ったが、柔らかい草叢の中に倒れただけだった。
そのままの姿勢で、飛んでいく鉄球の軌跡を眼で追った。

放たれた鉄球は、趙公明の巨大花の中心に、吸い込まれるように向かっていった。

~11~~~~

趙公明であったモノが地に倒れる振動を、仙道は全身で感じた。
同時に吹き付ける熱風、狂い舞う火の粉。それに耐えられず仙道は片手で顔を覆う。
傍らには、胸板を貫かれた太公望が、大きな岩に凭れ掛かっている。
夜空に立上る業火は、容赦なくその包囲の輪を狭め、着実に仙道達の元へ迫っていた。

「香さん」

来ていたのか。煙の中から出てくる槇村香に仙道は手を上げた。
状況はよく解らないが、趙公明を倒したのは彼女なのだろう。
待っていろ、と言ったにも関わらず来てしまった香。しかし彼女を責める事は出来なかった。
自分と同じ気持ちで、ここまで来たのだろう。香は強風に靡く黒髪をたくし上げ、舌を出してはにかんだ。

「ごめんね、仙道君。あたし、戻ってきちゃった」

そう言って、香はしゃがみこむ。倒れて動かぬ太公望を抱きしめ、取り出した布で、すすと血で、汚れた顔を拭き始めた。
少し、きれいになった顔で、眠るように横たわる太公望。結局、それが関の山だった。
そして、まもなく自分達も、生きたまま火葬されようとしている。せめて、一緒に死んでくれる人が居て。
それは果たして救いと呼べるのか。ただ、香の表情はどこか、晴れ晴れとしていた。

「香さん、すいません。太公望さんも、デスマスクさんも、守りきる事が出来ませんでした」

頭を下げる仙道に、香が婉然と微笑んだ。ずきりと胸が痛む。言わなくてもいいことを、言ってしまったようだ。
己の無力さも、惨めさも、噛み締めてきた。きっと、想いは同じ。だから、それ以上、言葉はいらない。
仙道も、香の傍にしゃがみこんだ。まるで他人事の様に、目前に迫り来る炎を眺める。綺麗だな、と思った。

「くぁ」
「もう、こんな時に」

あくびが出てきた。それを見て香が、くすりと笑う。だって、考えても見ろよ。丸一日、寝てないんだぜ。
それでも練習をサボったと、田岡監督は怒るのだろうな。

「帰ったら、釣りに行きたかったなあ」

のんびりと言って、大の字に横たわる。
目を閉じれば、太陽に煌く湘南の海が、今でも鮮明に瞼の裏に浮かぶ。
それにしても、疲れたな。全身が傷だらけだ。もうきっと、立つことは出来ないだろう。

「・・・虹鱒(ニジマス)は、釣れるのか」

不意に聞こえた声に、仙道は仰天して起き上がった。
見ると、薄目を開けた太公望が、力なく苦笑していた。

「仙道君。あれは」

太公望の目が、指が、何かを指し示していた。その方角に“あるもの”を見て、まず香が声を上げ、そして走り出した。
仙道は太公望に視線を戻した。太公望も仙道を見た。その顔に浮かぶ何ともいえない苦笑いに釣られ仙道も、にっこりと笑って言った。

「美味しい梭魚(カマス)が釣れます。そうなったらもう、アツい夏の始まりですよ」

~12~~~~

香と仙道が運び、大岩に固定され立掛けられたウェイバー。そこから噴出する竜巻以上の豪風により、炎の中に道が切り開かれた。
その道を、支え合う様に走り行く仙道と香、その後ろ姿が遠ざかるのを、太公望はぼんやりと眺めていた。
燃え盛る炎は既に、足元へ達しようとしている。そして、もはや空気も燃え尽きたのか、呼吸をすることも困難になってきていた。

誰かが、エンジンを掛け続ける為に、残らねばならなかったのだ。そして、彼らはわかってくれた。
『五光石』に根こそぎ体力を奪われ、趙公明に致命傷を与えられたこの体に、せめて出来ることはそのくらいだった。
四国にいる協力者、愛染という男の謎、そして富士山へ向かう目的。始めに出会った時に、伝えなければならぬ事は伝えてある。

・・・最早、わしがおらんくても大丈夫だろう。

煙のせいか、視力がなくなってきているのか、二人の姿はもう、見えなくなっていた。次第に意識も遠のき始める。
ふと視線を足元に落とすと、一輪の花がそこにあった。それは趙公明の名残、小さな小さな山百合の花。
風に散り欠けた花弁、熱に焦げた葉、しなだれた茎。それでもこの炎の中で、美しい花だと太公望は思った。

ほれ、ホイミ♪

心の中で試しに念じてみると、淡色の光が山百合を包み込んだ。若干であるが生気を取り戻したように見える。
ささやかな奇跡。喜びが孤独なものだと、分かったような気がした。

太公望は幻を見た。

青い空、芳しい香りが鼻腔を擽る。薄い霧に包まれた花畑に、太公望は立っていた。色とりどりの百合の花が、地平線の彼方まで咲き乱れている。
苦しさは何処にもない。徐々に霧が晴れてきて、やがて、目の前に立つ人影があることに、太公望は気がついた。

『太公望くん。僕はキミに改めて問う』

それは人型に戻った趙公明。この期に及んでか、とげんなりする太公望に、
趙公明は両手を広げ、微笑みながら、語りかけてきた。さすがに敵意は無いようである。

『何故、キミはそこまでして、人間に拘るんだい?
 この閉ざされた世界から、抜け出せたところで、どうなる。
 人間達は、いや僕達ですら、所詮は大いなる意思に操られるマリオネットに過ぎないのに』

しかし、趙公明は答えを待たず、気障な仕草でフッと微笑み、でもね、と言葉を被せた。

『もっとも、今なら分かる気がするよ。あの仙道くんと、もう一人のマドモワゼル(香のこと)。
僕はあの二人を、所詮は力も持たない人間と決め付けていた。だが、彼等が勝負を決めた』

デスマスクくんも素晴らしい強さだったけどね、と趙公明は付け加え、まだ話を続ける。太公望は眼を逸らし、唇を尖らせた。

『太公望くん。キミは、彼らの気持ちが、何者かに操られた結果ではなく、
あの者達の内から出て来たものであって欲しいと・・・』

太公望はゆっくりと目を閉じた。思い出が、走馬灯の様に甦る。富樫との出会いを、共に過ごした時間を、そして別れを。
ダイの真直ぐな瞳。四国に集った者達の願い。デスマスクの捻くれた優しさと仙道と香の勇気を―――。

『―――そう思うのだね』

趙公明が、天使達に囲まれ、満足そうに微笑みながら昇天してゆく。
最後まで派手に、光の中に消える趙公明に向かい、拳を突き上げ、ちゃうわいボケ!と叫んでやった。ざまあみろ。

やがて、花畑に太公望は、独り取り残された。深く息を吸い、改めて思う。

この悲劇に救いは、終わりはあるのだろうか。現状では、正直難しいかもしれぬ。
だが、楽観的過ぎるだろうか。このアホらしいゲームを、それでも仙道ならきっと、
もとい、残された者達、意思を継ぐ者達が、きっと何とかして、終わらせてくれるのではないかと・・・。

「さらば、生きとし生けるものよ」

声に出して、呟いた。花畑の中、太公望の身体も、ゆっくりと天に昇っていく。
いい友がいた。共に生き、力の限り駆けた。

「さらば」

上を向くと、純白の世界が待っていた。
柔らかな光の中へ、太公望は溶け込んでゆく。

「さらば輝ける日々」

光の彼方、太公望は微かな懐かしさを覚えた。
自分が笑ったのが、わかった。


~13~~~~

柱に掛けられた時計の針は着実に時を刻み、程無くして二廻り目の終焉を迎えようとしている。
主催陣の集う城塞。最上階のテラスにて、何処からともなく流れる西洋芸術音楽の旋律に身を任せ、大魔王バーンは浅いまどろみの中にいた。
設けられた玉座。その傍らの円状の小机には、ささやかな嗜み。葡萄酒の小瓶と杯が置いてあった。
ふと、大魔王バーンは、階段を上って来る者の気配を感じ、顔を上げた。

「報告します。長野県と山梨県の境界にて、大規模な火災が発生いたしました。
ただ現在は降雨により、火災は収束の方向に向かっている模様です。
尚、現地にて行われた戦闘により、デスマスク、趙公明、太公望以上三名の死亡が確認されております」

片手を挙げて労いの言葉をかけると、短く返事を残し、兵士は音も無く退出する。
既に半数の参加者が脱落していた。戦いに果てた者も、予想外の裏切りに命を落とした者もいる。
そこには善も悪も無く、ただ現実があった。人の想いなど押し潰し、絶望も希望も呑み込みながら、運命の車輪は廻り続ける。

「もののふは死んでゆく」

詠うように呟いて大魔王は、視線を彼方にやった。視界に入るのは、晴天の夜空に、何処までも流れる星屑の河。
大魔王は思う。かつて、星に名を名付けた者に敬意を表そう。風情に理解を示す魔族など、魔界広しといえども一握に足らぬ。
常闇の世界で戦に明け暮れ、明日をも知れぬ日々を送る我等が眷族に、趣など幾ばくの糧にもなりはしないからだ。

「・・・」

まもなく放送である。洋杯を置いて玉座を立ち、本日最後の一瞥を天にくれた。
この空の下に、数々の生が、死が流れていった。そしてこれからも流れ続けるだろう。
星屑の如く、閃光の如く、人は生まれ消えてゆく。

それでも星の名は受け継がれるだろう。
名付人の名も、星に馳せた想いも、いつかは悠久の時の流れの果てに、葬り去られるのだとしても。
それでも余は忘れることはない。
限られた時の中で、閃光の様に輝き、散っていった儚き生命の賛歌を。

頭を振り、いざ任地へ向かわんと、足を踏み出したその刹那。
大魔王は、夜空に広がる満天の星空に、一筋の流れ星を見たような気がした。





【長野県と山梨県の県境、清里高原/一日目真夜中】

仙道彰@スラムダンク】
 [状態]:疲労大、負傷多数(致命傷ではない)。軽度の火傷。太公望からさまざまな情報を得ている。
 [装備]:如意棒@ドラゴンボール
 [道具]:支給品一式
遊戯王カード
     「光の護封剣」「真紅眼の黒竜」「ホーリーエルフの祝福」「闇の護風壁」…二日目の真夜中まで使用不可能
     「六芒星の呪縛」…二日目の午前まで使用不可能
     五光石@封神演義、トランシーバー×3(故障のため使用不可)※脱出前に太公望から貰った。
 [思考]:前向き

【槇村香@CITY HUNTER】
 [状態]:右足捻挫。少し走れる程には回復した。太公望からさまざまな情報を得ている。
 [道具]:ウソップパウンド@ONE PIECE。荷物一式(食料三人分、※太公望から貰った。)
アイアンボールボーガン(大)@ジョジョの奇妙な冒険(弾切れ)
 [思考]:前向き

備考1:デスマスクと趙公明の支給品一式、太公望の鼻栓、ウェイバー@ワンピース、
神楽の仕込み傘(弾切れ)@銀魂、アイアンボールボーガンの鉄球×2@ジョジョの奇妙な冒険、は炎に呑まれた。
備考2:真夜中現在、降雨により、炎は鎮火の方向に向かっています。


【デスマスク@聖闘士星矢 死亡確認】
【趙公明@封神演義 死亡確認】
【太公望@封神演義 死亡確認】
【残り59人】

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最終更新:2010年05月06日 03:43