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名前で呼んでっ! - (2007/02/07 (水) 18:10:19) の編集履歴(バックアップ)


「ベリルとレッドベリルは違うの。だからベリルって呼ばないでよ」
「そんなこと言ったって、レッドベリルって呼びにくいんだよ」
  これ、いつもの俺と小娘の会話。
  一日に数回はこのやりとりをしている気がする。どちらも一向に譲る気配はないが。
  しかしレッドベリルという名前、微妙に長いし人名として呼ぶには語呂も悪いような気もするし、とにかく呼びにくい。
  で、俺はベリルと呼ぶようにしてみたところ、このやりとりが始まる。
「呼びにくいからって他の子の名前呼ぶのは失礼でしょー」
「失礼って、別にあだ名みたいなモンだからいいだろ」
「あだ名じゃなーいーっ!」
  ベリルのぽかぽか攻撃。痛くはないから放置。
「あーはいはい。じゃあ今までのマスターにはどう呼ばれてたんだよ?」
「はふぅ……むぅ、前の? えーっと……あ」
  そこで何かを思い出したかのような顔。
「……ベリルだった」
  そしてしょんぼり顔。
  ……いや、原因の俺が言うのもなんだが、ちょっと可愛そうな気がしてきたぞ。きっとまったく同じやりとりをしていたに違いない。
「うぅ、みんなであたしの名前覚えてくれないとか……もう最悪」
「いや、覚えていないわけじゃないぞ。ただ言いにくいだけで――」
「似たようなものでしょーっ!」
  で、またぽかぽか攻撃。やっぱり痛くないから放置。
「それじゃあお前はどう呼ばれたいんだよ?」
「ちゃんとレッドベリルって呼ばれたい。当たり前でしょ」
「じゃああだ名はベリルで」
「マスターっ!!」
  またまたぽかぽか攻げ……あだっ!  拳っ、拳飛んできた!!
「お、お前なぁ、顔面クリーンヒットはマジ勘弁」
「知らないっ」

  あれから数時間。俺が呼んでもベリルは反応しない。
  あーあ、ふてくされた顔しちゃって。
「なぁ」
  無視。
「おい」
  やっぱり無視。
  ちゃんと名前を呼ばなかったら断固反応せずってところか。
  しかし、ここでちゃんと呼んだらなんだかこいつに負けた気がしてならん。
「ったく、シカト決め込むなら一向にかまわないけどさ……」
  立ち上がり、簡単に身支度を調える。
  今日は寒いからな。少し厚着をして……。
「……どっか行くの?」
「用事だ、用事。行ってきます」
  いつも通りに声をかけ、外へ出る。
「……少しぐらい、呼んでくれたっていいじゃない」
  背後でベリルが何かを言った気がするが、その声は小さくてよく聞こえなかった。

  えっと、確かこの家だと思ったんだけど……。
  表札を確認して、インターホンを押す。
『はい、どちら様でしょうか?』
  聞き慣れた知人の声。
「あ、私です」
『あ、はい。少々お待ち下さい』
  インターホンからの声。
  それからすぐに、玄関のドアが開く。
「こんにちは。今日はお休みなのですか?」
「まぁ、そんなところ。いきなり来てすみません」
「いいんですよ、この時間は一人で退屈ですから。寒いですから、どうぞ中へ」
  ペリドットさん。
  宝石乙女のことで困ったことがあれば、彼女を頼るのが一番いい。
「またレッドベリルちゃんと喧嘩でもしましたか?」
  彼女の後に続いていると、そんなことを尋ねてくる。
「あはは……」
  ホント、この人には敵わない。

  リビングに向かい合って座る二人。
  ペリドットさんが用意してくれたお茶を飲みながら、先ほどのことを相談する。
「あらあら、女の子にそんなこと言ったらめーですよ」
  で、さっそく諭される俺。まぁ分かっていたからしゃーないけど。
「でもあだ名だって言っても聞く耳持たないのはどうかと……」
「貴方の場合、呼びにくいと言ってしまったのがよくないのですよ」
「そりゃまぁ、そうだけど」
  うぅむ、相談しに来たのはいいが、頭が上がらないのは辛い。
「いいですか。宝石乙女に限らず、女の子は気になる人にはきちんと名前を呼んでもらいたいのですよ」
「き、気になるって。そんな大げさな……」
「大げさではありません。特に私たちはマスターとなった人間以外と触れ合うことがあまりありません。しかも異性ともなると、本当に触れ合う機会は限られてしまいます」
「は、はぁ……」
「だから、数少ない異性として、あなたも気を遣ってあげて下さい。そうすればきっと、レッドベリルちゃんとも仲良くできますよ」
  ……少しだけ、納得がいかない話だな。
  詳しい説明もなしに、マスターになるかならないかを選ばさせられたこちらの身にもなって欲しいというものだ。
  でもまぁ……あいつもマスターを選ぶことができなかったんだよな。
  なんというか、似たもの同士の立場というか……。
「どうしました?」
「ん、あぁごめん。ちょっと考えこと」
  互いに気を遣って、初めて成り立つのかな。宝石乙女とマスターの関係って。
  うぅむ、難しい……。
「とりあえず、あの子のことはちゃんと名前で呼んであげて下さい。私からもお願いします」
「い、いやペリドットさんまで改まってそんな……分かってるよ、うん」
「ありがとうございます」
  ホント、妹想いのいいお姉さんだよな。
「あなたも、あの子のことをちゃんと考えてくれるいいマスターですよ」
「なっ……読心術?」
「ふふふ」

「ただいま」
  ペリドットさんの話し相手をたっぷりさせられて帰宅。
  ちょっと……いや、かなり疲れた。だってあの人の質問って色恋沙汰が多いんだもん。なかなか話を逸らすのも難しいし……。
  ……で、やっぱり反応なし。いつまで拗ねてるんだよあいつは。
「おい、まだ拗ねてるのか?」
  リビングでテレビを見ている小娘。
  やっぱりこちらへ返事をするつもりはない。というか完全に無視。
「ったく」
  まぁ、俺のまいた種だから仕方ない。文句を言ったところで解決もしないし。
  それよりももうすぐ晩飯だ。さて今日は何食うか……。
「おい、レッドベリル。お前何食いたい?」
「え……?」
jm1039.gif
  予想外の言葉だったのだろう、レッドベリルが目を丸くしてこちらに顔を向ける。
  ……ホント、呼びにくい名前だな。
「だから何が食いたいって聞いてるんだよ」
「う、うん……カレー。隠し味にリンゴの入ったやつ」
「カレーね。リンゴ残ってたっけなぁ……お前いつも食ってるから減るの早いんだよな」
  冷蔵庫の野菜室を調べてみる……お、奇跡的にあった。
「う、うるさいなぁ……いいじゃない、好きなんだから」
「はいはい。で、何俺の隣に立ってるんだよ?」
「帰ってきてすぐじゃあかわいそうだから、手伝ってあげるだけ。今日だけだからねっ」
「あー、はいはい。ありがとさん」
「むぅ、ちゃんと感謝しなさいよ!」
  ……さて、デザートは何つけてやろうかな。やっぱり普通にリンゴかな。


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