「乙女を飾る想いの名は」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

乙女を飾る想いの名は - (2007/03/12 (月) 09:40:50) の編集履歴(バックアップ)


  散歩をしていたら、珊瑚と金剛石が立ち話をしているのを見かけた。なんだか話しかけるタイミングがつかめなくて、ついつい立ち聞きしてしまった。
「三倍返しとな」
「うん、バレンタインデーに贈り物をもらった男の人は、女の人に三倍の価値のある贈り物を返さないといけないんだって!」
「なんと、奇妙なしきたりがあるものだ。某は主殿に受け取っていただけただけで充分……」
「とかいって、楽しみになってきたんでしょ」
「なっ!? そんなことは……!!」
「照れない照れない、はい斧下ろして。うふふ~、何をもらえるのかな~。アクセサリーかな、お菓子かな、それとも二人きりのディナーなんて……きゃー!」
「は、破廉恥な!!」
  ……す、すごいことを聞いてしまった……。
「バ、バレンタインデーのお返しって……マスターと二人きりのディナー!? そ、そんなつもりじゃ……ああ、でも何着てこう? そうだ、こんなときはあの人に……」

  目の前に広げられた、ドレス、アクセサリー、小物たち。どこから出てくるんだろうってくらい、次々と並べられる。
「あの……もうそのへんでいいですから」
「おや? まだあるのに……瑪瑙はいつも遠慮がちだねぇ」
  残念そうに手を止めるアメジスト。
「いや、遠慮とかじゃなく……」
  このままじゃドレスに埋もれて窒息してしまうよ。
「しかし、嬉しいね。こういう機会に私を頼ってきてくれるとは」
「……お世話になります」
  ホワイトデーには男性と二人きりのディナーに誘われると聞いてしまって、僕はよほどあわててたんだろう。いつも着せ替えされて遊ばれてるアメジストのところに駆け込んでしまったのだ。
  だって、僕は女の子らしい服なんて持ってない。
  ……冷静になってみれば、鶏冠石にでも相談すればよかったんだろうけど。遊ばれるのが目に見えてるのに、なんでこの人のところに……。
  でも、僕の予想に反して、話を聞いたアメジストは一言、
「君は本当に可愛いね」
  と言って、月長石を締め出し(しっかりカメラも取り上げて)、真剣にドレスを選んでくれている。本当、読めない人だなあ。
「……これなんかどうだろうね」
  緑色の、柔らかなドレープが心地よさそうなワンピース。
「きれい……でも、僕に似合うかな……」
「ストップ。謙虚なのは美徳だけどね、自虐はよくないよ」
  アメジストは、鏡の前に立った僕に後ろから手を回してワンピースをかざし、優しい声でささやく。
jm1235.gif
「君は充分魅力的な女の子だよ」
  僕の髪を撫でて……うわあ、なんだか顔が熱くなってきちゃうよ。相手は、僕と同じ宝石乙女のアメジストなのに……。
「あ……あのっ!」
「ああ、そうだ。ちょうどいい、これ」
  耐えられなくなって声を上げると、アメジストはぱっと離れて何か取り出し、僕の髪にさっと挿した。
「私から、ホワイトデーのお返し。おいしかったよ、瑪瑙のトリュフ」
「え……あ?」
  鏡を見ると、薔薇の花をかたどった髪飾り。
「こんな高価そうなもの、いただけません」
「いいのさ。うちにあっても似合う人がいなくてね」
  微笑んでアメジストはワンピースと小物を手際よく包んで、僕に渡した。
「可愛い女の子に身につけてもらった方が、コレにとっても幸せだろう」
  アメジストはちょっとおどけたように言って、髪飾りに軽くキスをした。
「……!」
  だから、突然そういうことをするのはやめて欲しいんだけどな……。

    ◇    ◇    ◇    ◇
「……しっかし、見事に勘違いしてたねー」
「ま、あちらのマスターに根回ししておくかな。乙女の期待を裏切るのは何よりも重い罪だからね」
「……ねえ、あの髪飾り……」
「ん、まあ、ね。しまわれているだけよりも使ってもらった方が『彼女』も喜ぶだろうし」
「……馬鹿ね」
「ん? 何か言ったか、月長石」
「何でもなーい。ね、それよりあたしにはお返しないの?」
「あーはいはい」


目安箱バナー