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いつかきっと - (2007/05/14 (月) 15:41:12) のソース
「アメジスト、海って何ですか?」 唐突に、ホープが聞いてくる。 一瞬からかわれているのか、次は哲学的な問いなのか考えた後、無難にこう答えた。 「大きな水溜り」 途端、後頭部を軽く叩かれる。 「月長石、人の頭を気軽に叩くな」 「アメジストの答えはいい加減すぎなの!」 「……ああ、そういえばここは内陸だったな」 ホープは人目を避けるように暮らしてきた宝石乙女。 海を見たことがなくても不思議ではないのかもしれない。 「この本に詳しく書かれているよ。遠国の旅行者の記録だ」 ホープに一冊の本を渡す。 「ありがとうございます。いっぱい勉強しますね!」 笑って受け取るホープ。つられて私も笑う。 本一冊くらいでこんな顔をしてくれるなら、本当の海を見せてあげたら、どんなに喜ぶだろう。 そう思った。 #ref(jm1478.jpg) ◇ 「月長石、月長石。お願いがあるの」 ホープがあたしのドレスの袖をつんつんと引っ張る。 ほえほえしたこのお姫様、嫌いじゃないんだけど時々苦手。 「なーに?」 「あのね、海が見たいと思うの」 唐突にこんなお願い事をされるとは……ちょっと予想外。 「あー……あのね、海ってすっごい遠いんだよ?」 「そうなの?」 しゅんとしょげるホープ。 あーもう、やっぱりこの子は苦手。こんな顔されたら、なんとかしてやりたいって思っちゃうじゃない。 ◇ 「アメジストー、ちょっと……」 「ん?」 「これとこれ、どこかにない?」 「確か倉庫にあったような……でも、何に使うんだい?」 「んふふ、秘密」 ◇ 「月長石、早く、早くっ」 「ちょ、待ってよホープ!」 私はうきうきして、つい早足になっていたみたいです。 月長石が海を見せてくれるって言ってたのです。 方法を聞いた私は、つい楽しくなってしまってはしゃいでしまいました。 「ね、これで足りるかしらね。アメジストにも見せてあげましょうね」 「もう、ホープったらはしゃぎすぎだよ」 ほっぺを膨らませる月長石。 照れてるみたい。 こんなに優しい姉妹がいて、私、幸せです。 #ref(jm1479.jpg) #ref(jm1480.jpg) ◇ 『アメジストっ』 「何だい?二人揃って」 愛らしい乙女二人が揃って満面の笑みを浮かべる姿は、それはもう眼福というもので。 しかし。 「どうしたの。こんなに汚れて」 絵の具のようなものが二人の顔までついている。 布で拭ってやると二人とも大人しく目をつぶる。 「むー」 「うー」 猫の世話をしているようで笑いがこみあげた。 「で、どうしたの」 二人は顔を見合わせてくすくす笑い、弾丸のように喋り始めた。 「あのねあのねっ、海を見たかったんです」 「でね、アメジストにも見せてあげる」 「ねー」 両側から腕を引っ張られる。 「ちょ、ちょっと」 「早く早くっ」 「こっちです」 #ref(jm1481.jpg) 中庭に連れて来られた私の前には、一面の青。 #ref(jm1483.jpg) 「本当の海は遠いからって、月長石が考えてくれたんです」 「気分だけでも、ねー」 古いシーツを広げ、二人で染料につけたのだろう。 大きな青い布は、本物の海のようにそこに広がっていた。 「……これはこれは」 無邪気に遊ぶ二人の姿に、思わず笑みがこぼれる。 「きれいな海だね。二人はさしずめ、伝承に聞く人魚かな?」 また、顔を見合わせてくすくすと笑う、ホープと月長石。 「じゃあ、アメジストは船で私たちの海を通るといいわ」 「歌を聞かせてあげるから、船が沈まないように気をつけてね」 「じゃあ、私は歌に答えて花を贈ろう。ほら」 中庭に咲き誇る薔薇の花を二輪摘んで、二人の髪に挿す。 「今日はここでお茶を飲もうか」 穏やかな日差し、はためく広い広い青。 ――いつかきっと、本当の海を見に行こう。 この幸福な日の笑い声を道連れに。