♀ × ♀
レナたちは、ひぐらしがなく頃に、さすがにここまで直接的に血生臭い戦いではなかったけど、死線を潜り抜けたことがある。
多分結衣ちゃんとかからしたら、想像できないぐらいに、私たちは、壮絶な戦いをしてたんだと感じる。
梨花ちゃんの抱いていた驚くべき真実や、私たちに住み着いているという恐ろしい寄生虫。
鷹野三四さんが実行していようとしていたおぞましき計画やら、『東京』とかいう組織。
様々な思いが交錯していたあの戦いに私たちは挑んで、勝った。
――『神様』、『羽入ちゃん』にだって、会ったことがある。
時間を跳んで、っていう言い方も、ちょっと違うけど、ニュアンスとしてはそんな風だとレナは思う。
それだけに、詩ぃちゃんの行動は私から見て、ちょっと違和感あるものだった、というのも正直なところだけれど。
こんなところにいたら、混乱して奇行にはしるって言うのもまた頷ける話。そこは今、どうこう言う話じゃない。
「……ま、答えておくよ」
故意じゃなくて、たまたまの偶然だったけど、
放送が流れて、本当答えづらい空気の中、結衣ちゃんは、そういって私の問いの答えを言ってくれた。
ちょっと困った風にしてたのは、申し訳なく思うな。
「レナが言うんだったら、特にそのことに否定する気はないよ。既に私は、人が猛獣に変わるところだって見てるんだ。
超常現象に対して、とやかく言おうだなんて思えない。レナは、きっとさっき『詩ぃちゃん』を助けようとしてたみたいに、勇敢に戦ってたんだと思うよ」
その言葉は、素直にうれしかった。
けれど、結衣ちゃんの言葉はそこで終わらなかった。
「――ただ、一つ訊いていいか?」
「なに、かな?」
「いや、さ。ほら、その神様とやら。――主催者が言ってた、『神にも等しき力』だっけ。よく覚えてないけど、こんなことを可能にした力とかさ。
あとは、秋瀬の言ってたような……って秋瀬は、こんなこと言ってたんだけど」
と、あの不可思議な男、秋瀬或くんの言を述べる。
――神に等しい力を与えるだなんて、言い出す奴はどんな奴だと思う?
――神がほしい人、かな。知り合いにいる?
――じゃあ、神をやめたい人。つまり神様はどう?
――いるよ。神様には一人、知り合いがいる。
まるで。
まるで全部梨花ちゃん――或いは羽入ちゃんでも示してるかのように的確に。
私の心当たりのありそうなことを射抜く。
「……で、そのレナと一緒に戦ったという神様は――これに関係してるのか?」
確かに、羽入ちゃんなら、造作もないことなのかもしれない。
時を止めることが出来るなら、カケラを渡り歩くことができるなら――。
今に至る過程において遭遇してきた全ての事象を証明できるのかもしれない。
でも、だよ。
「レナは、そうは思わない。『神様』は。私の知ってる『神様』は、そんなことしない」
あんないい子が、こんなことするとは思えない。
むしろ――あの子と梨花ちゃんは、レナたちを救おうと、励んできたんでしょ?
なのに私たちがここにいるのは、違和感どころの話じゃない。
結衣ちゃんは、一頻り(ひとしきり)悩む様な挙動を見せると、一回肩をすくめて、私に言った。
「……そっか。ならもうそれは私の疑う話じゃないな。私はレナを信じるよ」
いとも簡単に、結衣ちゃんは、私を信じてくれた。
簡単なようで、難しいことを、結衣ちゃんはさらりとやってのけたんだ。
たとえば私は信じなかった。信じ切れなかった。
この話には、直接は関係無いにしろ、『仲間』を信じてあげることすら、叶わなかった。
そんな『あり得ない』記憶がある。
圭一くんが、私の為に色々尽くしてくれたおかげで、俗に言うハッピーエンドで終えれたけれど、私は魅ぃちゃんとか、梨花ちゃんとかを信じることが出来なかった。
それはきっと夢なのかな、って言えばそれまでだけど。
多分それは現実で起きたことだと、私は考える。――それにどっちであったところで、信じなかったのは私だ。
対し、結衣ちゃんは私の言葉を信じてくれた。
言葉上だけだったとしても、それは、私にはできなかったこと。
結衣ちゃんは私を『強い』って評してくれたけど、全然結衣ちゃんの方が、芯がしっかりしていて、強いんだと思う。
「ありがとう、結衣ちゃんは、強いんだね」
心の底から溢れた気持ちに、嘘偽りなんてなかった。
私はそこまで天邪鬼に生きている訳じゃない。
「そんなことないよ。――で何でまたレナはそのことを?」
「いや結衣ちゃんと或くんが言った通り、この殺し合いには、どうも私たち――普通の人ではどうにもできないような、『神様のような力』が作用してるんじゃないかってレナは思うの」
私が知ってるのは確かに『羽入ちゃん』だけど。
なにも『神様』はそれだけに限らないよね。たとえば神社の数だけ『神様』はいる。
――たとえばそう、『オヤシロさま』だって、存在する。
『羽入ちゃん』が――詩ぃちゃんを殺すだなんて、思えない。
『オヤシロさま』が――詩ぃちゃんを殺すだなんて、思えない。
私の知ってる『神様』は、そんなことをしない。
改めて神様と言うものを認識していると、
「あ、それなら」と結衣ちゃんが控えめに手を挙げると私に伝えてくれた。
「これなんだけど……」
と、支給品の携帯画面を見せてくれる。
しかし、それは私も知らない画面――多分私の携帯には内蔵されてない『そふと』ってやつなのかな。
「これは『The wacther』って言うんだって。これを使うには契約って前段階があったんだけどさ、その時にムルムルっていう奴が出てきたんだ」
ムルムル、聞いたことがない。
羽入ちゃんも梨花ちゃんも、それを匂わせた言動も行動も特にこれと言って心当たりはないかな。
「これ、あの最初の年取った男の声とは違う、なんだか時代がかった喋り方ではあったけど、ちっちゃい女の子の声だった。きっと、一番最初の人ではなかったと思う」
「そうなんだ、レナ、それは知らなかったな」
だけど、これは複数犯だってことは分かった。
小さい様だけど、主催を打破するためには大きな一歩かな。
「ムルムルも言ってたけど、優勝したら――確かに神様の座を得れるんだって。嘘かもしれないし、私には生憎その重大さって伝わってこなかったけど」
「信じない方が利口だよ。そんなの、みんなを狂乱させる口実に過ぎないかもしれないし」
「だよな」
一際、結衣ちゃんは携帯電話を強く握りしめると、そのまま携帯電話をポケットに仕舞う。
何だか、悲しそうな表情をしていた。
……私は、そのことを特別指摘はしない。私は手を差し伸べた。
だから後は、結衣ちゃんの問題だ。……圭一くんなら、しつこいぐらい呼びかけるんだろうけど。
私は私なりのやり方で、やらしてもらう。
「まあ、言っても私が知ってる情報もこれぐらいだよ。真希波さんの話は小難しくてよく分からなかったし」
「レナもまだ、まともに話したことがあるのが結衣ちゃんだけだし。残念だけど知ってることはないんだ……」
まあ、仕方ないよ。と結衣ちゃんは言った後。
気まずそうに、頬を掻いて私の反応を窺っていた。
……分かってる。結衣ちゃんが言いたいことは分かっている。
だったら、対応をとり辛くさせちゃった私が、話題にあげるべきだよね。――流石にこれに対して無頓着にいくわけにはいかないし。
「じゃあ、放送の話に移ろっか」
結衣ちゃんの息を飲む音が響いた。
……私だって、その実、声が震えていた。
怖くないわけが、ない。
悲しくないわけが、ない。
だって、だって――ッ!
「真希波さんは、確認してたけど。……詩ぃちゃんも死んじゃったね」
大切な『仲間』の詩ぃちゃんが。園崎詩音ちゃんが、呼ばれた。
私にとって、まるで鐘が響くように何時までも轟き続ける。
余韻が――何時までも。
「レナ……」
心配そうに結衣ちゃんが声をかけてくれる。……本当優しいね、結衣ちゃんは。
でも、私は……私は。
「大丈夫だよ、結衣ちゃん。心配しないで。もう、心の整理はついてたから。……詩ぃちゃん一人あそこに取り残したまんまにした時点で、分かってたことだから」
私たち――私が南下に賛成したのは。
正確には、元の場所に戻ろうだとか、言いださなかったのは言わなかったのは。
『今からでも遅くはない! ちょっと詩ぃちゃん助けるのを手伝って!』って言えなかったのは。
武器に不安があるだとか、あの三人が怖いからっていうのも、結衣ちゃんを危険な目に遭わせたくなかった、てのも理由としては勿論ないわけではないかもしれない。
けれど、心の底には、詩ぃちゃんの死体を見るのが怖かったっていう気持ちがある。
もう詩ぃちゃんが死んでいるって想像付いたからこその諦観。
ショックは確かに大きいよ。
実際に死んだって伝えられて、ショックを受けないわけがなかった。
……ただ、驚きを禁じ得ない内心かといったら、多分これは違うんだと思う。
ある意味ではレナにとっては丁度いいタイミングでの放送だったのかもしれない。
――心を落ち着かせる時間は、たっぷりとあった。
「レナ……本当に大丈夫か?」
「うん、ありがとう。結衣ちゃんこそ大丈夫?」
「大丈夫……って言いたいとこだけど、やっぱ無理、かな。……うん、挫けそうだ」
「……」
結衣ちゃんは、ハハ、と空笑いを木霊させる。
だけど――その目には、意志が消えていた訳ではない。
むしろ、先ほどのものよりもより凛々しくて――格好良くすら見える。
「でも、まだ、戦える。……レナの辛さに比べれば、まだまださ。私が、挫けるわけにはいかないさ」
私たちの繋がれた手が、強くに握られて、結衣ちゃんの両手が、私の手に添えられる。
温かい手。死人のそれとは全然違う、生きている温かさ。
一人じゃないってわかる、人肌。
真摯な結衣ちゃんの瞳が、私の瞳を射抜く。
「ねえ、レナ。まだ諦めるには早い。全てが終わった訳じゃない。――レナと違って知り合いが一人も死んでないし、
レナを怒らせるぐらい、甘えた言い分かもしれないけどさ。けど、諦めちゃダメだ。
私と一緒に。まだ――これから、一緒にいてくれないか? 一緒に戦ってくれないか?」
ある意味では、レナが一番聞きたかった言葉だった。
私も、多分一人でいたら、気が狂っていたかもしれない。
――『オヤシロさまの祟り』とかなんとかで、死に近い生活はちょっとぐらいしてきたけど、慣れるものではやっぱりないの。
「私はまた部活がしたい。――笑って過ごせる、部活がしたい」
最近、二時間もしない内に聞いた言葉。
だけどそれは、確か自分が言った言葉だった。
――今は、結衣ちゃんが、その言葉を言っている。
「京子の無茶ぶりだったりに付き合ったり、ちなつちゃんの個性的な作品を見て、なんとか取り繕ったり、あかりをちょっとだけおちょくったり。
京子と綾乃のやりとりを見て鼻血を出す千歳を支えたり。……そんなくだらないことだっていい。……私はまた笑いたい、笑いあいたい」
すっかり立場が逆転しちゃってるね。
ぎゅっと握られて温かい掌からも、その必死さってのは、否応なしに伝わってくる。
……もしかしたら、私が結衣ちゃんを支えてあげようだなんて考えてるのも、要らない心配なのかもしれない。
「今更さ、その輪の中にレナがいないだなんて、誰が許そうとも私は許すつもりはないよ。
レナは私の大切な『友達』だからな。お前みたいないい奴をみすみす手放すほど、私は強くないんだ」
結衣ちゃんはそう言ってくれる。
私を必要と言ってくれる。
けれど――ならば、私も、竜宮レナも言わなきゃいけないことがあるんだ。
「それは、私もだよ。――レナも、結衣ちゃんと一緒にいたい。一人は、嫌だよ」
そう言うと、結衣ちゃんは、私の身体を抱きとめてくれた。
――私は一瞬、膝から崩れ落ちそうになったから。
命を救いきれなかったのは、どうしても重い。私の身には重かった。
真希波さんの時とは違う、『救おうとした命』が助けられないのは、とても。
今更になって、その重荷が私の身体を責め立てる。
弱音を吐いたから。
堪え切るという行為を止めたから。
少しばかり、力が抜けちゃった。
結衣ちゃんがいなきゃ、腰が抜けて座り込んでいたかもしれないね。
不安げに結衣ちゃんが訊ねる。
「レナ、大丈夫?」
「……うん」
「立てるか?」
「うん」
私は立ち上がる。
結衣ちゃんは不思議そうに、私の顔色をうかがっていた。
仕方のないことなんだけどね。
本当、いい『友達』にレナは出会えた。
こんなにも心地のいい友達に出会えて、私はこれでもここでは幸せ者の部類なんだと思う。
……きっと、京子ちゃんも、ちなつちゃんもあかりちゃんも綾乃ちゃんも、幸せだったんだろうな。
結衣ちゃんみたいな友達思いの子も、そうそういたものじゃないよね。
けれど……なら。
私のすべきことは、ある。
結衣ちゃんを心配させない様に、私もそろそろ前を向かなきゃ。
圭一くんたちに、馬鹿にされない様に、私も、何時までも俯いてばかりじゃいられないよね!
詩ぃちゃんを見捨てるだなんて言わない。
けれど、私は、圭一くん達を見捨てるわけにもいけない。
いつまでもくよくよして、現実逃避ばっかりしてるばっかじゃいられない!
こんな素敵な友達が傍に居ながら、下ばかり見るわけにはいかないよ。
――私は独りじゃない。
そんなのことは、わかっていたのに。
「じゃ、行こうか」
私の声に、結衣ちゃんは小さく頷いた。
♀ × ♀
――新しい明日は―――――?
そういえば、と振り返る。
私にはいつだって、隣に誰かしらいたんだと思う。
風邪だった日にすら、京子がいた。
京子だけじゃない。
あかりもそうだし、ちなつちゃんもそうだ。
もっと言えば生徒会の面々だって、その一員。
認めたくはないけど、やっぱ私は寂しがり屋なのだ。
京子あたりには絶対馬鹿にされそうだけどさ。
なんだかんだで一人暮らしなんかしてるけど、結局は京子が住み着いてるようなもんだし。
私は開始早々とホームシックになったりしてさ、思えば一人暮らしも向いていない人間だったかも。
そんな私が、こんな理不尽極まりない場所に放りこまれて、大丈夫だったかと言ったら、まあ「いいえ」なわけで。
私はここに至る道中に、割と沢山の人と出会った。
中学生探偵、秋瀬。
つまるところ命の恩人、真希波さん。
雰囲気とかあわせ対面しただけで怖かった、桐山。
そんな桐山と話していた、七原。
サルっぽい顔した男って言うのも失礼だけど、宗谷……だっけ?
緑髪が印象的で私たちを襲った詩ぃちゃん、こと園崎詩音。
――それに、今私の隣にいる竜宮レナ。
壮年の男の声を聞いてから今歩くに至るまで、とてもこれまでの十数年間の人生を凝縮したところで敵いっこないぐらい濃密な時間を過ごしてきたわけだ。
訳がわからなかった。
訳が分からなくなりすぎて頭がどうにかなりそうだった。
アッカリーンとか爆友とかそんなチャチなもんじゃ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を……とか言いたくなってくるぐらいに。
意味不明なことに巻き込まれて、私の頭は案の定パンクした。
思考の迷路っていうのがあったとしたら、確実に私は迷子扱いだ。
支離滅裂、とも言わないにしろ、サイクルする思考にウジウジと悩んでいたんだろうな。覚えてる。
それこそ中二病っぽく例えるなら、自分探しの旅に出たきり、といったところかな。
そんな最中に流れた放送。
レナの本来であればツッコミの伴うような衝撃発言で頭半分をもっていかれていたとしても、
或いは、放送だけに意識を集中しなかったおかげか、私にとっての放送は――勿論悪いんだけど、後ろ向きな感情が芽生えたけど、決してマイナスにだけ進んだかと言ったらそうでもなかった。
私の中に、希望が芽生えた。――希望って言うか、唯一の光。
私の元からの友達が、誰一人として死んでいなかった事実。
確かに園崎詩音は死んでしまったけれど、私は、意識半分だったからか、とやかく考えないで、素直にうれしく思った。
特にあかりだ。
あかりの名前が仮に呼ばれたなら、きっと私はレナとかも構わず、呆然自失……少なくても戦意喪失は免れなかったんだと思う。
言うまでもないけど、だからといってこっから先なら死んでいいかって言うと違うんだけどな。
ともあれ。
悲観ばかりに暮れていた私にも、こういうのも真希波さんとかも含めて死んでいった人たちに申し訳ないが。
私は、まだ戦う意義、生き抜く意味があることに、気付いた――というより思い出した。
京子たちが生きてるなら、私は挫けちゃいられない。
私が挫けるのはまだ早い。
――まあ、今までだって似たようなことは感じてきたし決意してきたんだと思うけど。
今回のこの意志と言うものは、一味違う……ていうか圧し掛かる意味合いも違うんだろう。
現に今、こうして沢山の人が死んだのには変わりないわけだ。
京子たちが生きてるっていっても、重傷を負ってるかもしれないのは変わりない。
生死の境を彷徨ってるのは、私を含めて相も変わらず変わらないのだ。
それなのに、一人でウジウジとしているのは、なんだかとても悲しいって思えた。
悲観に暮れてる悲しさとは違う悲しさ。
言いかえるなら、寂しいって思えたんだ。
さっき私は自分の事を、薄情者だと自虐したけど、できたらそんなの願い下げだ。
友達思いな人間になりたい! っていうとそれもそれでどうなんだ、って感じだけどさ。
それでも見捨てるような人間にはなりたくないのもまた確かな訳で。
多くの人の死を伝えられて、皮肉なことかもしれないけれど、私のその気持ちは高まった。
京子もあかりもちなつちゃんも綾乃も、レナも当然として、前原たちとも、一緒に帰るんだ。
前を向く。
鬱葱とする森の中、全くと言っていいほどピントを私からずらさないレナの瞳があった。
『詩ぃちゃん』が死んだというのに、動揺の色をほとんど見せない姿は、薄情だとか言うよりも、立派なんだと思う。
けどそれは、レナの言い分を借りるなら立派であっても――強くはないんだ。
どう切り込んだらいいか、ちょっと分からないけど。
いつまでもだんまりする訳にはいかなかった。
「……ま、答えておくよ」
先刻レナは言っていた。
『一人で耐えることは強さじゃない』。
なら、今のレナの様子だと、あれは強さには見えない。
私との会話を区切ってでも、泣くぐらいしたっておかしくないはずだ。
仲間思いなレナならなおさら。
一度救おうとしていた『詩ぃちゃん』が死んだ事実は心に突き刺さらないわけがない。
それなのにレナは、うろたえる素振りすら見せなかった。
これを我慢と言わずして、なんと言おう。
「レナが言うんだったら、特にそのことに否定する気はないよ。既に私は、人が猛獣に変わるところだって見てるんだ。
超常現象に対して、とやかく言おうだなんて思えない。レナは、きっとさっき『詩ぃちゃん』を助けようとしてたみたいに、勇敢に戦ってたんだと思うよ」
とかいっても。
私は正義の味方だとか、ヒーローになんてなるつもりはない。
格好いい説教だとか、胸が躍るような戦闘なんて出来ないけど。
友達を慰める――隣にいてやることぐらい出来るさ。むしろ私はそれ以外にここでは能がないみたいだから。
せめてそれだけは頑張って行きたい。
まあ、レナに言ったことに嘘偽りはないわけだけど。
あんなもん見てしまったら、もう頷くしかないんだろうな。
――――神様だって、或いはいるのかもしれない。
ふと、そこまで至って、疑問に思う。
単純だけど、私には解き様もない疑問。
「――主催者が言ってた、『神にも等しき力』だっけ。よく覚えてないけど、こんなことを可能にした力とかさ。
あとは、秋瀬の言ってたような……って秋瀬は、こんなこと言ってたんだけど」
秋瀬の事を大まかに伝え、レナに訊ねてみる。
レナからの返事は、私の仮定ってのも違うけど、連想を断ち切るもので。
ちょっと判断に悩んだけど、私も安心した。
それからというものは、さしあたって特筆するべき事項はないな。
別に特別なことをやったわけじゃなし。というか、私が出る幕もなく、レナは一人で持ち直したんだ。
本当、凄いと思う。
放送の話を訊いても、戦える。
なんていうかボキャブラリーが貧困で悪いんだけどさ、私には凄いなあ、って感覚が一番身近だ。
私には真似できないことだ。
真似していければ、いいんだけど。
そういうわけで。
これからの話をしよう。
意気揚々とまでは言わないにしろ、前を向くことぐらいはできるようになった私たち一向(二人)は、
ことのついでということで、支給品の確認をしている。
正確に言うと私もレナも既に各々の確認は済んでいるから、見せあいっこ的な流れだ。
私がレナのシャベルの事を知らなかったように、レナも私の支給品を知っている訳ではない。伝えたつもりもないし。だからこれも必要と言えば必要だ。
……なーんていっても。
「かぁいいいいいいいいいいいいい!!」
絶賛シリアス崩壊中であった。
今まで積み上げてきた真面目ムードを返してくれ。
私は全力でそう突っ込みたかったが、だからといってシリアスに戻りたいかと言ってもそうでもない気がする。
そんな狭間で揺らいでいて中々突っ込めない! なんてのが現状でもあった。ああ悲しきかな。
レナは今、真希波さんのディパックに入っていたあの不思議な果物(説明書曰く『眠れる果実』というらしい、じゃあ寝てろよ)を抱いていた。
……え? どうしてあの強暴な果物を抱けるかって? 決まっている。以下の通りだ。
サッ(私がディパックから果実を取り出す音)
↓
ガブガブッ(果物が私に噛みつこうとして来る音)
↓
サッ(レナがディパックからシャベルを取り出す音)
↓
ガッツン☆(レナがシャベルで果物を殴る音、なお形は全くと言っていいほど崩れなかった。絶妙な力加減である)
↓
バタッ(果物が名前通り眠る音。ただしそれは睡眠と言うより昏睡だった)
↓
ギュウ(レナが果物を抱きかかえる音)
↓
ギュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!(激烈の感嘆符)
というわけで、ご理解いただけただろうか。
そういうことである。それ以上もそれ以下もない。
行数稼ぎではないからあしからず。
しかし何時まで経っても昇天から戻ってこない。
そんなにこいつ可愛いか? 私にはよく分からない。
……もしかするとちなつちゃんのセンスも「美しい」って褒め称えることが出来る有望な人材かもしれないな。希有だ。
ただこのままでも困るのも事実な訳だ。
「はぅううううううううううううううううううう!」
「落ちつけ」
「お持ちかえりイイイイイイイイイイイイイイイ!」
「落ちつけ」
「かぁいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「落ちつけ、って何回言わすんだ」
どっかで言ったことのある台詞だった。
紆余曲折あり閑話休題。
レナも落ち着いた頃、私は一つの支給品を出していた。
「眼鏡……?」
「眼鏡(×100)だな」
私の支給品だ。
真っ赤な縁の眼鏡。おそらく100均なのかな。
100均で、本当に100円で売られてしたとしても、100×100は10000。つまり一万円だ。
中学生の私からすると凄い話だな。私にはこんな無駄遣いできない。
レナにも一つ授けた。減るものだが、もはや減るもんじゃないというレベルだし。むしろ消費したい。
「ふーん、こういうものも支給されるんだねえ」
「らしいな、役に立たないことこの上ない」
「そんなことないよー」
と、言いつつ眼鏡をかけた。
良く似合っていると思う。
「水金地火木土天海冥ッ!」
おなじくどこかで見たことある光景だった。
「ちなみに、冥王星は今は違うからな」
「そ、そうなの!? う、うぅ……レナ知らなかった。外されたの?」
「結構前にな」
「む、むむむ」
「まあ、恥ずかしがることないんじゃないか、私だってつい最近まで知らなかったし」
京子だ言ってたのもあるけど、私も言ってたし。
レナもつけてるし……どうせなら私もつけてみようかな。
「……」
ま、他人のものと言うこともあり、つけ心地は決していいわけではないが悪いわけでもない。
おそらく万人向けに作られたものであるからだとは思うけど。
「お、おぉおおお! 似合ってるよ結衣ちゃん!」
「そ、そうか……?」
言われて悪い気はしない。
レナも似合ってるけど。
「……水金地火木土天海」
サービスである。
だが不思議なことにレナからの反応はない。
なんだかすごく悲しいんだけど、そういう反応も。
そう思い、レナの顔色を窺う――すると、レナはまたしても、またしても!
「か、か、かぁいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「落ちつけぇええええええええええええええええええええええええ!!」
久々に叫んだ気がする。
私に叫ばせるとはとんだ困った奴であった。
ま、別にいいんだけどさ。
ふう、と一息つく。
互いに目が合って、なんだかおかしくなって笑ってしまう。
なんだかおかしな感覚だ。
ほんの十分二十分前には考えられないほど、笑っていた。
幸せなことなんだと思う。
京子たちがこんなに明るくやっていけてるかと言われると自信がない。
比べると、私は本当、恵まれてる奴なんだろう。
何のとりえもないクセに。特別凄いことが出来るかと言うとそうでもなく。
どこにでもいそうな、一般的で平均的な女である私は笑えている。
不思議でいて、温かくって、幸せだ。
笑い門には福来る、全くもってその通りだ。身を以て感じる。
ポケットの中に入れられた携帯電話をぎゅっと握る。
文字通りの命を繋ぐ生命線。ライフライン(意味が違うか)。
多分馬鹿にはされないんだろうけど、どうにも摩訶不思議な出来事、真希波さんの時も思った話しだが、揚々と言えるはずがない。
あの時は必至だったから。あかりのことで頭がいっぱいいっぱいだったから。我武者羅に相談もしてみたけど、今となっては、冷静なさっきなら話も違う。
『The watcher』のこと自体は言ったけど、まさかこの携帯の破壊が、私の命の消滅とイコールになるなんて、どう説明したらいいんだろう。素直にそう思った。
けど、今なら。
レナになら、言える気がするし、言っておくべきだと思うし、言わなければいけないんだろう。
……私も、レナになりふり構わず吐露したい。
信じてもらいたい。レナなら、受け入れてくれるだろうから。
私も、少しぐらい、強くなりたいから。
すっかり明けてきた空を見る。きっとこの空の続く場所に、みんなはいるんだろう。
そう思うと、なんだかめそめそなんてしていられなくて。
私はしっかりと前を向き、現実と抗っていこう。そう思った。
……なんていうのも、本当は恥ずかしいんだけどな。
だけどこの選択肢は、間違ってないと思うから。
私は、この道を歩きたいから、歩き続けていくんだ。
♀ × ♀
――新しい私たちはここにいた。
そういえば、と振り返る。
このパラドックスな世界の中。
この矛盾だらけの、ごゆるりともできない世界の中。
私はふと口ずさんでいた。
何故だか頭に浮かんだフレーズを。
強くなる秘訣なんかない
私だって寂しくなるさ
曲った事はできないけど
真剣さなら見せてあげる
弱い自分見たくなんかない
逃げ出すなんてもってのほか
眠れぬなら朝までずっと
隣にいるよ語り合おう
ちょっぴりお願い『神様』
チラッとすき間見つけても
たまには違う景色見たって
何も言わないでしょ、そう、一休みね
【B-5/山中/一日目・朝】
【船見結衣@ゆるゆり】
[状態]:疲労(小)
[装備]:The wacther@未来日記、裏浦島の釣り竿@幽☆遊☆白書、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2、眠れる果実@うえきの法則、ワルサーP99(残弾12)、奇美団子(残り2個)、森あいの眼鏡(残り98個)@うえきの法則不明支給品(0~1)
基本行動方針:友達と一緒に、元の日常に帰りたい
1:レナと行動。互いの友達をさがす
2:南下してみる。
[備考]
『The wachter』と契約しました。
【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:疲労(小)
[装備]:穴掘り用シャベル@テニスの王子様、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式、奇美団子(残り2個)、不明支給品(0~1)
基本行動方針:知り合いと一緒に脱出したい。正しいと思えることをしたい。
1:結衣ちゃんと行動。互いの友達を探す。
2:南下してみる。
[備考]
※少なくても祭囃し編終了後からの参戦です
【森あいの眼鏡(×100)@うえきの法則】
船見結衣に支給。
三次選考で行われた森あいVSキルノートンにおいて森あいがリュックから出した眼鏡の数々。
原作では数ページでほぼ全てが破壊された。大胆な使い道である。
最終更新:2021年09月09日 19:28