Dear My Friend   ◆j1I31zelYA



『[05:45]
私は言いました。
「中学校が見えてきました。見える範囲に人の姿はありません」』

とことこ、と。
急ぐでもなく、一定の歩調で。
しかし、足取りは重たそうに、歩みを続ける。

ロベルトなる少年と別れた初春飾利は、一路『学校』を目指していた。
見つけた『人間』を殺していく方針を取る以上、ぶらぶらと歩くより『人間』のいそうな場所を目指そうという考えもある。
しかし、主目的はまた別にあった。
桑原和真のディパックから回収した、支給品である『宝の地図』。
それに記された『宝』の目印が、中学校を示していたからだ。
十か所ある『宝』の場所では、学校のそれが最も近くにある。その宝物を回収するのが主目的だった。
現状でも火炎放射器という強力な武器があるけれど、装備はたくさんあって困るものじゃない。
なにより、学園都市にいた初春は、生身で火炎放射器に立ち向かえる異能者なんてたくさんいることを知っている。
人間離れした『人間』はいるのだという経験が、初春の動きを慎重にさせていた。
アドレス帳に書かれていた名前にも、そういった能力者はいる。

例えば、50メートルの射程から一瞬で敵を吹き飛ばせる『超電磁砲(レールガン)』の――

ずきんと、偏頭痛のような痛みが頭を貫いた。
記憶がヴェールをかけたように曇り、そのヴェールの向こうに快活な茶髪の少女が隠れる。
それ以上、思い出してはいけないという警鐘がかかった。
それは、思い出したくないから?
違う、思い出せば『迷い』が生まれるからだ。

ロベルトという少年に同士だと言われてから、初春は努めて『輝いていた日々』のことを思い返さないようにしていた。
理由は分からないが、思い出そうとすると胸が苦しくなるからだ。

輝いていた日々だったのだろう、とは覚えている。
思い出しかけては封じ込めようとする思い出は、その断片が瞬いては消えることを繰り返す。
学校返りに立ち寄ったクレープ屋さんだったり、
ツインテールの少女と、風紀を守る為に走り回ったことだったり、
虹がのぼる場所を見つけに行こうと、見晴らし台に続く階段を登ったことだったり、
日常として存在していたはずなのに、その景色はテレビ画面ごしに見る異国の景色みたいに遠かった。
そうなったのは、初春自身の感覚が、変質してしまったせいなのだろう。

「中学校が見えてきました。見える範囲に人の姿はありません」

『交換日記』で予知された通りの台詞を言って、初春は開かれた鉄扉を目指した。
中学校は、どこにでもありそうな鉄筋コンクリート4階立ての建物だった。
おそらく公立中学なのだろう。
外観の印象は、第七学区のきらきらした校舎よりも、初春の通っていた柵川中学のそれに近い。
校舎の窓に人影がないかを警戒しつつ、初春は門扉をくぐった。
同時に、もうひとつの交換日記を確認。

『私は校庭を歩いています。
「宝の場所は、校庭で一番高い木の根元のようです」』

地図を広げ、校庭の風景と宝の位置を照らし合わせる。
なるほど、宝を示すバツ印は、運動場の隅っこの、ひときわ背が高い杉の木の立ち位置と重なっていた。
バツ印の横に、小さな字で『木の根元』とメモ書きがあることからして、まず間違いない。

「宝の場所は、校庭で一番高さのある木の根元のようです」

だんだん面倒さを覚えつつも、予知に書かれた文章をそのまま反復して発言する。
基本的に、交換日記の予知には逆らわないことを決めているからだ。
杉の木の根元へと歩を進めながら、初春は次の予知を待った。
日記の予知を確認すれば、いち早く『宝物』が何なのか分かるだろうから。

『私は、すぐに小さな箱を掘り当てました』

小さな箱ということは、あまり大きな武器ではないのだろうか。
用心のために運動場の真ん中ではなく端の方を横切りつつ、考える。
そう労力を使わなくても見つかりそうなのは、インドア派の初春にはありがたい。
次の予知は、そう間をおかずに画面に現れた。

『中には、小さな石ころみたいなカケラが入っていました。何なのかは分かりません』

…………宝物が、石ころ?

不可解な予知に、首をかしげて呟く。

「石って、何でしょう。もしかして、都市伝説にあった『シャドウメタル』とか……」

すると、ザザッとテレビの砂嵐のような音がした。
予知画面がゆっくりと書き変わる。

『私は『宝物』に触っています。
「金属ではなく普通の石みたいです。
内部に何かが埋め込まれている可能性は否定できませんけど。
かといって壊して内側を見ていいのかも、判断がつきません」』

しかも、初春の疑問に答えるような予知だった。
予知を見たことで、初春は箱を開ける前に中身を知ってしまった。
それが原因で、中身を見た時に言う台詞が変わったのだろう。
書き変わる未来を利用して、初春は未来の初春と相談をする。

「とにかく、すぐに役に立ちそうなものではないんですね。持って行っていいんでしょうか?」

――ザザッ

『迷いました。でも、捨てる理由もないので、ディパックに入れておくことにしました』

どうやら初春は、その謎の物体を持って行くことに決めたようだ。
ならば現在時点の初春も、予知に倣って行動するまでである。
予知通りに、杉の木の根元を探す。
ちょうど、木の根っこの間に、ものを埋めるのに手ごろそうな大きさのうろがあった。

『[05:57]
「放送まで時間がないので、そのままこの場所で放送を待つことにします」』

どうやら、掘り返す頃には放送までちょうどいい時間らしい。

ディパックを地面に降ろし、その中から穴掘りに適した道具を探す。
ホームセンターの商品全てを詰め込んだディパックの中には、こぶりなスコップも何本か入っていた。
自分の手に合ったサイズのスコップで土を掘っていくと、予知通りに時間はかからず、固い感触に突き当たる。
なるほど、小さなアタッシュケースのようなデザインの、長方形の箱が形をあらわした。
指先を土で汚しながらも、その箱をすくい上げて中身を開く。
カチャリと金属音がして、紫の布地を敷き詰められた中身が露わになる。
その中央に、灰色の石片がちんまりと収まっていた。

本当に小さなカケラだった。
整った正八面体に近い形をしていて、体積はビー玉よりも小さいぐらい。
どうにもはっきりとしない素材で造られたそれは、何かの結晶みたいにも見える。
交換日記の時みたいに、説明書をつけてくれれば良かったのに。
これを『宝物』として隠した主催者に疑問を覚えながらも、箱ごとディパックに収納した。

『宝』が全部こんなものだとしたらがっかりするけれど、他の『宝』もいちおう確認するぐらいはしておきたい。
万が一、この『宝』に有効な使い方があったとして、それを知っている他の『人間』に先取りされても困るだろうから。

土で汚れた手を洗わなきゃと思いながらも、放送が近いことは知っているのでまずは日記を確認した。
既に放送時の予知は表れている。

『[06:00]
放送が始まりました。私は、放送の内容を反復します。
「死亡者の名前が発表されるようです。
最初の名前は、桑原和真」』

放送では、誰が死んだかも発表されるらしい。
桑原和真を殺したのは他ならぬ初春だから、この情報に間違いはないだろう。

『「次の名前は――』

けれど、二番目に呼ばれる名前の時点で、予知は不自然に終わっていた。
もしかして、誰かに襲われて、それで放送を聞いている場合ではなくなったのだろうか。
しかし、そうなった時にあるはずの『DEAD END』の予知はない。
とにかく用心しようと、それまでいた杉の木の下から離れた。
いったん予知の画面を閉じ、時刻を確認する。

5時59分を教えていた携帯のデジタル時計は、その時刻が6時を指すと同時にコール音を鳴り響かせた。
自然と、動悸が速くなる。

『――これより、第一回目の放送を始める。
 その前に一つ注意をしておくが、この放送は一度しか行われない。
 内容を聞き逃してもこちらから再度情報を提示することはない――それを踏まえた上で、心して聞くが良い』

たくさんの名前が呼ばれた方がいいのか、それとも少ない方がいいのか、初春には分からない。
たくさんの人が死ぬということは、それだけ『人間』が惨劇を起こしたということだ。
けれど、それだけ殺し合いが終わりに近づいていることでもある。
どっちにしても、人を殺した『人間』がそれなりにいるだろうとは疑っていなかった。

『まずはこの六時間で死亡した者の名前を読み上げる』

「死亡者の名前が発表されるようです」

予知通りの言葉を発声して、その呼ばれる名前を記憶すべく、意識を集中させた。

 『桑原和真』

桑原和真。
ゲームセンターで、初春が焼き殺した『人間』だ。
炭になった『人間』の頭部をまた思い出しそうになり、嘔吐感と共にせりあがってきた生つばを飲み下す。

「最初の名前は、桑原和真」

殺した人間の名前を、声に出す。
そして、次に呼ばれる名前を聞きとろうと、言葉を続ける。

「次の名前は――」



『――佐天涙子』



え、とか、あ、とか。

そんな音に似た吐息が、口からこぼれた。

予知通りに、言葉はそこで続かなくなった。
言葉が途切れたのは、初春が絶句したからだった。



佐天涙子。



サ  テ  ン  ル  イ  コ



鼓膜に反響した音が、はっきりした意味を持って全身を駆け抜けた。

その六文字を、意味をなす固有名詞として認識した時。
記憶の奔流が、初春の防衛本能を決壊させて流れだした。
初春飾利のパーソナルリアリティが、一瞬にして書き換えられる。
浮かんでは消滅した断片の記憶が、はっきりと音声を伴って再生される。

――おっ。君、オリエンテーリング回る班、まだどこも入ってないのかい?

中学に入って、最初にできた友達だった。
最初に出会った時から、引っ込み思案な初春の手を引いて、輪の中に引き込んでくれた。

――うーいーはーるっ!

どうして忘れていたのだろう。
一番近くにいて、そばにいるのが当たり前になっている人なのに。

――ま、初春は初春。危なっかしくて放っておけないわ。やっぱあたしがついてないとダメね。

能力もなければ役職についているわけでもない一般人だったけれど、一番に頼りにしていた人で、
彼女がどんなに素晴らしい友人だったか、初春が一番よく知っているはずなのに。

佐天涙子。
それは、私の親友の名前だ。

佐天さんが、死んでしまったんだ。

ああ。















――佐天さんが死んで、良かった。















……………………………………え?





「あれ……? あれ……?」

ただ、愕然とした。
心が吐きだした感想が、信じられなかった。
心に生まれた感情を、疑うしかなかった。

「佐天さんが死んで、良かった」

その言葉は、何かを思惟するよりもまず、最初に言葉を形成した。
無意識の言葉であり、だからこそ本音であるはずの想いだった。

佐天涙子が死んで良かったと、そう呟いた。
呟くと同時に、安堵という感情が全身を支配した。
佐天さんが死んで、安心した。
体じゅうの力が全部抜けそうになるほどの、安心感だった。
重荷になっていたものが外れたような、そんな解放感があった。

「どうして? だって、佐天さんなのに……佐天さんのことなのにっ」

『人間』は殺そうと決めていた。
けれど、だからと言って親友を――佐天の死を願っていたとは、思いたくなかった。

出会ったら、殺すつもりだったけれど。
殺すつもりだったし、その時のことを考えたくないから、思い出さないようにしてきたけど。
それでも、彼女のことは大切に思っていたはずだった。
初春飾利と佐天涙子の友情は、上っ面の偽物ではないと否定したかった。
どんなに『人間』が醜くても、そこだけは本物だと信じていたかった。

親友だったのに。
大好きな人だったのに。

『死んで良かった』と、そう思ってしまった。

分からない。
自分という『人間』が、分からない。

『人間』だからなのだろうか。
自分の中にも恐ろしい醜悪さがあったから、だからあの絆もまた、偽りだったのだろうか。




もし、初春飾利をよく知っている人間ならば。
例えば今は亡き佐天涙子や白井黒子ならば。
初春に起こったことを知れば、正しい答えを彼女に与えることができただろう。

初春は、『佐天をその手で殺さずに済んだ』ことに対して、安堵したのに他ならないと。

初春飾利の抱えている思いは二つあり、その二つは矛盾している。
『人間は殺さなければいけない』という植えつけられた義務感と、
『それでも友人たちは殺すべき人たちには思えない』という、本来の初春が持っていた感情。
黒の章によって与えられた影響も、元から持っていた友情も、どちらも初春には強固に根付いていた。
その矛盾は、初春が自力で向き合って解決するには、あまりにも重すぎた。
ロベルト・ハイドンの言葉を借りるならば、『定着』していなかった。

だから初春は、『友達を殺したくない』という思いを抑圧した。
佐天涙子を始めとする友人の名前や記憶を、思い出すまいと懸命になっていた。
その抑圧は、無意識のものであり、初春にとって負担を強いるものだったから。
だから、『友達を殺したくない』という想いの先にある『友達を殺さずに済んでよかった』という本音に、気付けなかった。

目をそむけていた矛盾から、向き合わずに済んだ結果の安堵だったから、気付けなかった。




無人の校庭に、初春飾利はたった一人へたりこんでいた。

初春の悩みをいつでも半分ずつ請け負ってくれた親友は、既にこの世界にいない。
とても心細かったけれど、初春はそんな親友の死を『喜んだ』のだから、寂しく思う資格などあるはずなかった。

自分の心が知りたいと、交換日記の予知を読んでも、未来予知は非情な答えしか返してくれない。
それは、未来の初春が発言する言葉でしかないから。
初春に答えられない答えを、導き出すことはできないから。


『「きっと私も『人間』だから、友達を大切に思う気持ちも欺瞞だったのでしょう」』


【E-5/中学校/一日目 朝】


【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:肉体的には健康、『黒の章』を見たため精神的に不安定
[装備]:火炎放射器@現実、交換日記(初春飾利の携帯)@未来日記、交換日記(桑原和真の携帯)@未来日記、小さな核晶@未来日記?
[道具]:基本支給品一式×2 、宝の地図@その他、ホームセンター内で調達した品物(大量)@その他
     桑原和真の不明支給品1(確認済み) 、火炎放射器の予備のボンベ(二つで十回分の液体燃料と噴射に必要なガスボンベ一つ)
基本行動方針:『人間』であることの罪を償う
0:…………。
1:『人間』は生きてちゃいけない
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。


【小さな核晶@未来日記?】
初春飾利が学校で現地調達。
島に存在する10個の『宝物』のうちの一つ。
『未来日記』作中にて、デウスの体を構成する『核』となっていた物質と酷似した物体。
ムルムルや我妻由乃は、このデウスの『核』の力を用いて、巨大な球体をぶつけて攻撃したり、球体の内部に幻覚空間を作り出したりした。
その他、アニメ版未来日記では、由乃が3週目世界で小学六年生として入れ替わる際にも『核』の力を用いれば年齢の改ざんが可能だったような旨の発言があり、
神であるデウスの力とあまり遜色ない範囲で万能の力を行使できると思われる。
……とはいえ、この支給品が本当にその『核』と同一物質であるかどうかは不明。
また、今のところ発動条件や使用法などは一切不明。




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Smile 初春飾利 「希望は残っているよ。どんな時にもね」


最終更新:2021年09月09日 19:03