「部活がしたいです」 ◆j1I31zelYA


船見結衣は、神様がどんな姿をしているのか、知らない。
存在を信じているかどうかすら、疑わしい。

だから、秋瀬或が言うところの『神様』を想像しようとしても、それらしい姿を想起できなかった。
最初に聞いた声の主がそうだとすると、たぶん性別は男。年齢は中年から壮年期ぐらい。
それだけしか分からない。
だから、そんな訳も分からない人物が企んでいることなんて、推測しようもない。
何を深謀遠慮して、『殺し合い』なんて行うのか。
どうして、結衣のような何もできない人間が選ばれたのか。
どうして、真希波という少女が死ななければならなかったのか。

簡単に死んでしまった女の子の、安らかで冷たい死に顔は、死ななければいけない必然があったとはとうてい思えなくて。

はたして神様は、こんなものが見たかったのだろうかと。
私たちが、こんな風に死んでいくのを見たがっているのだろうかと。
そう問いかけても、やっぱり答えなんかが貰えるはずはなく。

だから結衣が『日常に帰して』と泣き叫んだところで、きっと神様は嘲笑うだけなんだろう。


  ◆   ◇   ◆


さっきまで一緒に行動していた人が、死に逝こうとしている。
『死』が、こんなに近くにある。
そのことが理解できてしまったから、涙があふれてきた。
それは、純粋に同行者が死んでしまって悲しいという気持ちじゃなくて、
例えば、結衣が人質になってしまったせいで、こんなことが起こってしまった罪悪感だとか、
初めて『死』と直面させられるパニックだとか、
そういう不純な気持ちが混じっていた涙だった。
けれど、真希波は『いいって』と言った。
厳密には、もう一人の少女の方に。
他人の都合に巻き込まれたつもりはなく、自分のやりたいようにやった結果だから、謝罪はいい、と。
どこまでが本音だったのかは分からないけど、自分が死のうとしているのに、見送る側の2人を気づかってくれたことは確かで。
だから、やっぱり真希波という少女は、強い人だったのだろう。
そして、真希波だけでなく――。

「あの……」

秋瀬或がどこかへ去っていって、再び訪れた気まずい沈黙を、茶髪の少女の声が破った。

「船見さん、っていうんだよね」

瞳には涙が浮んだままだけれど、声はしっかりしていた。
名前を名乗っただろうかと、結衣は首をかしげて。
そして思い出した。
秋瀬或が、さっき結衣のことを『船見さん』と呼んでいたことを。
泣きくれ、動転しながらも、会話の内容をしっかりと記憶していたらしい。
やっぱりこの少女は、結衣よりしっかりしていた。

「うん。私は船見、結衣」
「うん、私は、竜宮レナ。……呼ぶ時はレナでいい、かな」
「……私も、下の名前で結衣って呼ばれることの方が多い」
「うん、じゃあ結衣ちゃん」

名前を教え合う。
何だか、始業式で同じクラスになった子との自己紹介みたいで、場違いさがおかしかった。

「ありがとう。さっき、助けてくれて」

何のことを言われてるのか、とっさに分からなかった。
のろのろと記憶をたぐる。
そう言えば、さっきレナを、緑髪の少女のナイフから庇っていた。
いや、庇ったと言えるほど、ちゃんと考えてのことじゃなかった。
緑髪の少女がナイフを突き立てようとするのが見えて、とっさに手を引いていた。

「うん……」

「どういたしまして」も「お礼なんていいよ」とも言えずに、曖昧に頷く。
あの時の行動ひとつで、真希波だけでなく、レナも死んでいたかもしれない。
ひとつ分岐を間違えれば、失われる命が増えていたんだと、今さらに実感してぞっとする。
日常が変化することを、結衣は恐れていた。
けれど、どんな風に変わってしまうかまで、読めていただろうか。

「この人も……名前、分かるかな。謝るだけで、お礼も言えなかったから」
「真希波さん。フルネームは、真希波・マリ・イラストリアスって」

とても怖かったし、最初に秋瀬と会った時は、襲われるかとびくびくしていた。
けれど、ここまで簡単に、人が死んでしまうなんて知らなかった。
覚悟なんてできていなかった。最悪を考えることすら、怖くて拒んでいた。
日常が変化するどころじゃない。
死んでしまって、全部終わってしまうかもしれないのに。

「そうなんだ。……結衣ちゃんの、お友達?」
「違うんじゃ、ないかな……少しの間、一緒にいただけだから」

結衣は死ぬかもしれない。
友達が死ぬかもしれない。
京子が死ぬかもしれない。
あかりが死ぬかもしれない。
ちなつちゃんが死ぬかもしれない。
綾乃が……。

「帰りたい、な……」

『友達』という言葉が、呼び水になった。

「結衣ちゃん?」
「あのさ、レナ」
「なぁに?」
「レナはどうして、『正しいこと』をしたいと、思ったんだ?」
「え……?」

唐突な問いかけに、レナは眼を丸くしている。
自分で言って何だけど、少し恥ずかしい。

『帰りたい』と思うだけではいけないのだろうか。
秋瀬或が言うところの『理由』がないと、存在してはいけないのだろうか。
正しいことをしたいと、レナは言っていた。
この殺し合いで、人を助けられる人になりたいと、秋瀬或に宣言していた。
ちゃんと自分のすべきことを分かっていて、それを実現するだけの決意だって伴っていた。
ことここにおよんで自分と身内の心配しかしていない、他のことを考える余裕もない結衣とは違う。

「私も助けてもらったから、かな。
真希波さんもそうだけど、私をいつも助けてくれる仲間も、ここに呼ばれてるから。
他にも、この場所では、助けてほしい人がいっぱいいるはずだから……」
「そっか。レナは、強いんだな。私は、『帰りたい』としか、考えてなかった」
「ううん! ……違うよ。私も、帰りたいよ」

しかし、レナは強く否定した。

「私も、帰りたい。また、みんなで部活がしたい。
圭一くんも、みぃちゃんも一緒に帰りたい。
ジジ抜きとか、水鉄砲対決とか、罰ゲームでみぃちゃんたちをコスプレさせたりとか。元の毎日に帰りたい」

まっすぐに結衣を見つめて、ゆっくりと言葉にしていく。
それがどれほど切実な願いなのか、今度は結衣にも分かった。
その言葉は、結衣の中にもあったものだったから。

帰りたい。こんなはずじゃなかった日常に帰りたい。
また、ごらく部のみんなで遊びたい。
旅行に行ったりとか、京子の持ってきた玩具で遊んだりとか、生徒会の皆と一緒にゲームをしたりとか。

「でも、元の生活に戻りたいから、間違ったことをして帰りたくない。
例えば、私が人を殺したとしても、部活動の仲間は見捨てないでいてくれると思う。
でも、だからって桐山くんみたいに『邪魔する人間は殺して脱出すればいい』なんて考え方はしたくない。
そんな考え方をする人間は、もう皆が『仲間』って言ってくれた『竜宮レナ』じゃないと思うから。
そんな風になって帰ったって、きっと『元の生活』に戻ったとは言えないよ」

レナの涙は、もう止まっていた。
まっすぐ向けられる視線が痛くて、でも不思議と引きつけられるものがあった。
自分と何も違わない。
『部活』という日常を恋しがっている、女子中学生なんだと、分かったからだろうか。

自分の場合に立って考えてみる。
京子、あかり、ちなつちゃん、綾乃。
そうならなかった仮定で、さっきの桐山という人のグループに入ったとして、
桐山という男の方針に則って、人を殺したとして、あるいは見殺しにしたとして、
自分は彼女たちの前に立てるだろうか。
たぶん、立てないんじゃないかと思う。
そんな状態で、彼女たちと顔を合わせたくなんかない。
まして、そんな罪とトラウマを背負って元の日常に帰って、
何事も無かったように『元通り』の生活ができるほど結衣は厚顔にはなれない。
なれるとしたら、それはもう元の『船見結衣』という人間像から、かけ離れている。
そのやり方では、結局『元の生活』に帰ることはできない。

なら、結衣がすべきことはきっと、自分勝手なやり方じゃなく、
なるべくおおぜいが助かる方法なんだろう。

「レナ……」
「なぁに?」
「ついて行っても、いいか……?」

レナは嬉しそうに、結衣の手を握ってくれた。

「うん、一緒に来て」

きっと結衣にできることなんてほとんどないはずで、
だから、こうしてついて行こうとするのも、手伝いたいというより、きっと打算なんだろう。
けれどレナは、ぎゅっと手を握って、本当に嬉しそうにしてくれた。
だから、それでもいいやと思った。
もう一度、立ち上がってみたい。
レナを手伝う。
そして、京子たちと再会してみせる。

それはたぶん、『諦めたくない』なんて、そんなカッコいい決意じゃなくて。
願うのを、やめたくない。
帰りたいと、願い続けていたい。
無くなってしまうかもしれない日常だけど、恋しがるのをやめたくなかった。


◆   ◇   ◆


「この人を、野ざらしにしておくのはよくないと思うんだ」

出発する前にレナが始めたことは、真希波の埋葬だった。
ディパックからするすると、支給品らしいシャベルを取り出す。
(よく考えると物理的におかしいはずなのだけど、色々とあって頭が麻痺していて、この時は気にならなかった)
レナはシャベルを地面に突き立て、サク、サクと地面を掘り返しては土を持ち上げる。
見た目よりも力持ちらしく、手慣れたように掘り進んでいった。
手伝おうにも、結衣の支給品には穴掘りに使えそうな道具がない。
ならせめてもと、埋葬に邪魔そうなディパックを、真希波の背中から降ろさせた。
入っていた支給品は、自分のディパックへと移し替える。
(果物のような形をした変なものに、指を噛まれそうになった)
作業をしながら、レナが話しかけてきた。

「結衣ちゃんは、これから行きたい当てとか、どこかある?」
「特にないけど……」

当て、と言われると難しい。
友達に会いたいというのは希望であって、どこに行けば会えるかという当てじゃない。
あかりが既にあの場所からいなくなったという情報だけは、真希波が残してくれた。
かなり時間が立ってしまっている以上、あかりを探す当てはもうないに等しい。
その他の会話は聞き取れず、桐山の人物像については不可解なままだった。
けれど、引き返しても好ましい結果にはなりそうもない。
どこかで他の情報を聞いた覚えはないだろうかと思い返し、真希波に声をかけられた時の記憶が呼びだされた。

「強いて言えば、地図の南の方。真希波さんの仲間が、そっちに行ったって聞いてる」

桐山和雄が危険人物だと聞いたことがある、という会話でそう言っていた。
手塚国光と、月岡彰という学生の2人と、南北に別れて人探しをしていたらしい。
そうだ、出会った当初は、その探している仲間と会わなかったかも聞かれた。

「越前遠山真田……あとは、切原、跡部、だっけ」

時代劇に出てきそうな名字が多かった、という風に覚えていた。

「月岡くんと手塚くんか……桐山和雄が危険だっていう情報は本当だったんだし、信用できそうな人と考えていいかもね」
「いいのかな。けっこう曖昧な情報だけど」

真希波の経緯を伝えた方がいいかもと義務感はあるけれど、それだけを行動指針にされるのも責任が重い。

「でも、大きな施設はだいたい南の方にあるし、どっちみち南の方が人に会えそうだよね」

それもそうか。

さほど時間はかからず、レナは穴を掘り終えた。
深く掘るのではなく、浅く縦に長く、ぎりぎり横たわれる大きさにした為だ。
後で掘り返しやすいようにする為、だろう。
殺し合いを終わらせることができたら、できれば親族とか、しかるべき人たちのところに帰って、ちゃんとした場所で眠れるように。

硬直が始まりかけた死体を、2人でどうにか持ち上げて、穴へと降ろす。
掘り返したばかりの土をかけて、(結衣はシャベルがないので空になったディパックで土をすくった)簡単に埋めた。
話した時間は短かったけれど、命を助けてもらった。
無駄にしたくないなと思って、盛り土の前で、2人で黙祷する。

「行こうか」
「うん」

どちらからともなく顔を上げて、頷きあっていた。
一人じゃないのが分かって、嬉しくなった。


【B-5/山中/一日目・早朝】

【船見結衣@ゆるゆり】
[状態]:疲労(小)
[装備]:The wacther@未来日記
[道具]:基本支給品一式×2、眠れる果実@うえきの法則、ワルサーP99(残弾12)、奇美団子(残り4個)、不明支給品(0~2)
基本行動方針:友達と一緒に、元の日常に帰りたい
1:レナと行動。互いの友達をさがす
2:南下してみる。
[備考]
『The wachter』と契約しました。

【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:疲労(小)
[装備]:裏浦島の釣り竿@幽☆遊☆白書 、穴掘り用シャベル@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~1)
基本行動方針:知り合いと一緒に脱出したい。正しいと思えることをしたい。
1:結衣ちゃんと行動。互いの友達を探す。
2:南下してみる。

[備考]
エリアB-5(山中)に真希波の遺体が埋葬されました(浅く掘った穴に横たえて土をかぶせただけなので、探せばすぐ見つかるようになっています)

【穴掘り用シャベル@テニスの王子様】
竜宮レナに支給。
U-17合宿の裏コーチ、三船が『穴を掘らせて、それをまた埋めさせる』という謎の練習の為に用意したスコップ。
ちなみに、第二次大戦時の拷問に、『囚人に深く穴を掘らせ、その穴を再び自分たちで埋めさせる』というメニューがあったとか。




Back:Hello Little Girl 投下順 Next:少女には向かない職業(前編)
Back:Hello Little Girl 時系列順 Next:少女には向かない職業(前編)

World Embryo 船見結衣 竜宮レナ(船見結衣)のじょーじょーゆーじょー
World Embryo 竜宮レナ 竜宮レナ(船見結衣)のじょーじょーゆーじょー


最終更新:2012年08月03日 21:54