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『少年と出会いました。彼はまだ、こちらを攻撃する意思を見せません』

初春が見つめる交換日記の画面に、新たな未来が記述された。
このまま進めば、初春は誰かしら他の参加者と出会うことになる。
未来の初春自身の判断によれば、その接触は即座に初春を危機に陥らせる類のものではないらしい。
ならば、敢えて予知された未来を変える必要もないだろうと初春は考えた。
初春の未来を完全予知する一人交換日記は確かに強力なアイテムである。
しかし未来を変えようと初春が予定外の行動を取った場合、書き換えられた未来を再び記述するまでには若干のタイムラグがあるようだ。
その空白が【DEAD END】を招くきっかけになるとも限らない。
【DEAD END】の表示がされた未来を変えるとき以外は出来うる限り交換日記の記述に即した行動を取ることを、初春はこの場所における原則として自身に課した。

少年との出会いは、自分に何をもたらすのだろうか。
日記に示された出会いの時刻まであと七分。初春はその時間を、少年との接触についての思考に回すことにした。
交換日記に記されているのは、初春の状況報告のみ。少年に戦闘の意思はないという、ただそれだけ。
少年が何を目的として行動しているのか、初春に対してどのような行動を取るのか、具体的な未来についての記述は何一つとして記載されていなかった。
少年がどのような人物なのかは、初春が自らの目で確かめるしかないだろう。

(でも……相手がどんな『人間』だったとしても、きっとその奥底には)

『黒』が――『悪意』がとぐろを巻いている。そうに違いない。
ほんの一時間前に見たばかりの映像が、脳裏をよぎりそうになる。
反射的に湧き上がる嘔吐感を飲み込み、具体的な映像が頭の中で再現される前に、初春は自身の意識を無理矢理に切り替えた。
滲んだ脂汗を拭いながら、初春は己が為さねばならぬは何かということを再確認する。
それは『人間』であるという罪を、業を、『死』を以って償うことだ。

『人間』は――そう、初春自身でさえも――生まれながらにして罪を背負った生物なのだということを悟った。
『人間』が持つ精神は、その根底に邪悪を抱えている。そうでなければ――あのような行いを、出来るはずがない。許容出来るはずがない。
老若男女を問わない様々なヒトが、あれには映っていた。
そしてそのヒトたちがヒトでなくなる様を――ヒトだったモノに変わりゆく様を見て――諸手を挙げて歓喜する『人間』も、そこには居た。

『人間』は、『死』という罰を受けなければならない。
『死』だけで『人間』の罪が帳消しになるとは思ってはいない。
ただそれだけで償えてしまうほど、『人間』であるという罪は軽くない。
しかし、『人間』がこの世から消えてしまえば――罪と業は、この世界から消え失せる。

少年との出会いを前にして、初春は自身の決意を改めて固めていく。
既にこの手は血に塗れている。後戻りはもう出来ないのだ。
初春は、『人間』を殺す。全員殺し尽くした後に、自らもまた命を絶つ。
それが初春に出来る、精一杯の誠意、償いというものだろう。

 ◇

そして初春飾利とロベルト・ハイドンは遭遇した。
既にロベルトとの遭遇を知っていた初春に、焦りの色は見えない。
唱えたのは――問いだ。

「あなたは、『人間』である『罪』を、どう考えていますか?」
「はじめまして――に、そんな質問をぶつけてくるとはね。でも……面白いよ、君も」
「質問に――答えて下さい」

初春の瞳に光はない。ただ無機的に、問い詰める。
ロベルトに問いをぶつけたのは、ただの気まぐれだ。或いは、自らの罪を自覚させるためのものだ。
ロベルトがどのように答えたところで、初春はロベルトを殺すつもりだった。
既に右手には火炎放射器のノズルとトリガーが握られている。
あとは照準をロベルトに合わせ引き金を引くだけで、ロベルトは死ぬだろう――そう、あの桑原とかいう名前の不良と同様に。
頭蓋は溶け、脳髄の灼ける匂いを周囲に撒き散らしながら、醜く死んでいくだろう。

「答えるよ。『人間』は許されざる『悪』だと、僕は考えている。
 僕は答えた。だから僕も問おう。――君も、同じ考えを持っているんだろう?」
「……ええ。私たち『人間』は、許されざる存在です。
 再び問います。――あなたは、自分もまた『人間』であることに、耐えられるんですか?」
「その質問に答える前に、まず君に認識を改めてもらう必要があるね。僕は『人間』ではない。
 キミたち『人間』とよく似た――しかし、別の種族なんだよ」

相対する少年は、『人間』ではない――?
ロベルトの言葉は、既に決心を固めていた初春の心を迷わせた。
初春が殺そうとしているのは『人間』だけだ。ならば――『人間』ではないロベルトは、初春の対象外の存在なのではないだろうか。
初春の目にはロベルトは『人間』以外の何者にも見えないが、もしもロベルトが本当に『人間』ではないとすれば、初春が為そうとしている行いはただの殺戮だ。
それではただいたずらに罪を重ねてしまうだけだ。何の贖罪にもなりはしない。

「あなたが『人間』ではない証拠は……あるんですか?」
「証拠はあるけれど、君がそれを見て僕の言葉を信じてくれるかどうかはまた別問題だね。
 僕には『人間』にはない異能の力があるけれど――どうやら、この場所には異能を操ることが出来る『人間』も少なからずいるようだ」
「……確かに私の知り合いにも、そんな『人間』がいます。だから私は、あなたの言葉を信じることは出来ない」
「なら、君の質問の前提が誤っていたことは認めてくれるかな? 君が僕の言葉を信じるかどうかは、この際関係がないことだ。
 ただ僕は、僕が『人間』であるだなんて欠片も思ってはいない。だから、『人間』であることの苦しみや苦悩なんて、僕には分からない。
 だから、僕なりの答えを返すよ。僕は――『人間』が、『人間』としてのうのうと生きていることに耐えられない。
 そして問おう。君が、『人間』に対して、いったい何をするつもりなのかを。……聞かずとも、答えは分かっているけれどね。
 それは僕と同じ答えだ。同じ考えだ。取るべき手段まで、等しく同じだ。君と僕は――同志だ」

初春は理解する。目の前の少年がやろうとしていたことと、自分がやろうとしていたことは、全く同じなのだ。
『人間』を憎み、その存在を世界から抹消する。同一の目的のために、二人は協力出来る。

「あなたが何を言いたいのか分かりました。『人間』の殲滅のために――私と、協力関係を結びたい。そういうことですね?」
「理解が早くて助かるよ。……実は既に、同様の同盟を結んでいる人物もいるんだ」

御手洗清志――水を操る能力者という少年の容姿をロベルトから聞いた初春。
彼もまた、『人間』に絶望し、ロベルトや初春と同様の思想を持っているらしい。
続いてロベルトの口から語られたのは、彼の部下だという佐野清一郎の存在だった。
佐野は類稀な戦闘センスを持つ天才――しかし、ロベルトに弱みを握られているために彼のいいなりになるしかない状態だという。
もし交戦するようなことになっても、ロベルトの名前を出せば悪いようにはしないだろうとのことだった。

「さぁ、今度は君が知っている情報を教えてくれ」
「私が知っているのは……」

携帯電話を操作しながら、初春は自身の知り合いである三人の特徴を告げようと――
「あ、れ?」
浮かばない。ぽっかりと穴が空いてしまったかのように、三人のことを思い出すことが出来ない。
まるで脳細胞の一つ一つが、思い出すことを拒否しているかのように――

(ふーん……どうやら、彼女はまだ絶望が定着していないみたいだね)
初春の混乱を眺めながら、ロベルトは内心笑っていた。
『人間』に対する悪感情ばかりが募り、自らを律することが出来ない状態に、初春は陥っている。
まるで、過去の自分を見ているようだ。時間が経てば落ち着きを取り戻し、澱み沈んだ憎悪が心を覆う。
しかし今は、非常に不安定な状態である。いつ爆発するかも分からない。
今度引き入れる人物は自らの傍らに置き、代わりに戦闘までこなしてもらうつもりだったが、今のまま手元に置いておけば、不意にロベルトに牙を向けかねない。
初春の知り合いの情報については惜しいが、ここは同盟関係を保ったまま、別行動を取るのが正解だろう。
『人間』への憎悪を律して殺戮機械になるも良し、暴走させ、周囲を巻き込み破滅への道を進むのもまた良し。

ロベルトは初春に優しい言葉をかけ、自分と別行動を取ることを勧める。
最後に見た少女の後ろ姿は、震えていた。ぶつぶつと、何かを呟きながらロベルトから離れていく。
――どうやら、新しいロベルト十団は、前のものよりも期待できそうだ。

「さて……そろそろ僕も、一人くらいは殺しておかないとね」

少年は口の端を歪めたまま、闇の中へと消えていった。

 ◇

『周囲に誰もいません。ここは安全です』

精彩を欠いた瞳を浮かべながら、初春は歩く。日記の予知は平穏を示している。
歩きながら考える。さっき、思い出すことが出来なかった三人のことを。
ぽっかりと空いた穴は埋められ、今は代わりに薄靄がかかっている。時折、靄が晴れ、思い出すのだ。
晴天――街なみ――輝いていた――違う、信じてはいけない。
如何に思い出が輝いていても――そこにいる彼女たちが、陽気な笑顔を浮かべていたとしても――その腹の底にあるのは。
信じてはいけない。信じられない。――何が?
何が信じられない? 彼女たちのことが?
いや――彼女たちにも闇があるんだということを、一皮剥けばそこにはドス黒い残忍な本性があるのだということを――信じられない?
――信じたくない?

「……分かりません。あの人たちも……『人間』なのに……なんで……なんでこんなに……」

胸が、苦しくなるのか。


【E-5/市街地/一日目・早朝】
【ロベルト・ハイドン@うえきの法則】
[状態]:健康
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~2)、
基本行動方針:人間を皆殺し。『神の力』はあまり信用していないが、手に入ればその力で人を滅ぼす。
1:エリア東部を中心に参加者を狩る。第二放送の時間に、御手洗と中学校で待ち合わせ。
2:能力を節約する為に、殺し合いに乗っている手ゴマは増やしておきたい。
3:皆殺し。ただし、寿命を使い切らないように力は節約する。
[備考]
※参戦時期は、ドグラマンションに植木たちを招く直前です。
※御手洗から浦飯幽助、桑原和真のことを簡単に聞きました。
※初春とは特に待ち合わせの約束をしていません。

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:肉体的には健康、『黒の章』を見たため精神的に不安定
[装備]:火炎放射器@現実、交換日記(初春飾利の携帯)@未来日記、交換日記(桑原和真の携帯)@未来日記
[道具]:基本支給品一式×2 、宝の地図@その他、ホームセンター内で調達した品物(大量)@その他
     桑原和真の不明支給品1(確認済み) 、火炎放射器の予備のボンベ(二つで十回分の液体燃料と噴射に必要なガスボンベ一つ)
基本行動方針:『人間』であることの罪を償う
1:『人間』は生きてちゃいけない
2:左天さん……御坂さん……白井さん……。この三人は………
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。



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痛みなど感じない世界 ロベルト・ハイドン 化物語 ―あかやデビル―
後戻りはもうできない 初春飾利 Dear My Friend


最終更新:2012年08月05日 22:02