「希望は残っているよ。どんな時にもね」 ◆j1I31zelYA
その物語は、天野雪輝の失敗譚であるだけでなく、秋瀬或の失敗譚でもあった。
二週目の世界で、まだ経験していない未来で。
秋瀬或は、天野雪輝を幸福にすることができなかった。
高坂王子や日野日向は、他ならぬ雪輝の手で殺され、
或の『探偵日記』は我妻由乃の『雪輝日記』に敗北し、
我妻由乃の秘密を突きとめたのは、命が消える最後の最期であり、
その秘密を伝えてもなお、雪輝は『我妻由乃を救う』ことを選択した。
その為に雪輝が選んだ手段は『我妻由乃に殺される』という或の望まない結末であり、
しかしその望みさえも叶わず、雪輝の手には何も残らなかった。
サバイバルゲームに優勝した雪輝はただの空っぽになり。
無責任な神様になって、元いた世界を滅ぼした。
「ごめん、秋瀬君。僕は、君が忠告してくれたことを無駄にした」
涙も枯れた乾いた瞳で、雪輝は或に頭を下げた。
公園の芝生の上で、膝をついて座る両者を、遠山金太郎が少し離れた位置から見ている。
「いや、雪輝君のせいじゃない」
辛そうに顔を歪める最愛の人を見ては、そんな言葉をかけずにはいられない。
「君を孤独に追いやったのは、僕の責任だ。
君の我妻さんに対する想いを読み違えていなければ、そんな結果は起こさせなかった」
「そんな、秋瀬君の責任じゃ……」
「第一に、高坂君や日向さんたちを巻き込んだのは僕だよ」
未来にしでかす所業とはいえ、謝罪をせずにはいられない。
天野雪輝が、我妻由乃を死なせて神になって。
その結果として絶望したというのなら、
由乃と雪輝を引き離し、雪輝を神に据えようとしていた秋瀬或は一番の愚か者ではないか。
どこかで過程を狂わせてしまった。
狂わせたのだとしたら、当然のように『雪輝が神になるべきだ』と思い込んでいた自分しかあり得な――
ぽこん、と。
「それはあかんやろ、秋瀬の兄ちゃん」
少量の水が入ったペットボトルで、或の頭が叩かれる。
遠山金太郎が、両者のそばに立っていた。
口をへの字にして、簡単なことを言い聞かせるように。
「天野は自分のしてもうたことを考えて、悪いことしたなーって反省して、謝ったんやないか。
それなのに『謝らんでいい』とか言うたら、あかんやろ」
螺旋を描いて沈もうとした後悔の堂々巡りを、せき止める。
単純な、道理の言葉だった。
なるほど真田君の知り合いらしいな、と脈絡のないことを思う。
「うん、君の言う通りだね」
改めて、暗い顔の雪輝と向き合って。
こういう時はどうすればいいのかと少し迷った。
しばらく考えて心情をまとめあげると、躊躇いながら行動に移す。
「こういう叱責は、高坂君の方が向いているんだろうけど」
ぱん、と平手で天野雪輝の頬をはたく。
他でもない雪輝を欧打したことに後悔したけれど、感情を発散する手段としては適しているなと感じた。
男女問わず魅了するテクニック(ただしイケメンに限る)に精通している秋瀬或だれど、
――『叱る』のは不慣れなのだ。
「僕が知らない未来の話だから、怒るのは理不尽かもしれないけど。
でも、我妻さんの言葉だけじゃなく、僕たちの言葉にも耳を貸してほしかった。
ご両親が死んだ時だって、暴走する前に僕たちに相談してほしかった。
我妻さんがいないなら、世界なんてどうでもいいなんて考えないでほしかった。
他にもこまごまと言いたいけれど、要約するとこんなところかな」
「うん……本当にごめん」
乾ききった雪輝の顔が、少しだけ緩んだ。
◆
佐天涙子が死んだことに、良かったと思ってしまった。
初春飾利にとっては、よりどころの喪失に等しかった。
友人との関係無くして、初春飾利というパーソナリティはあり得なかった。
誰もが一度は羨望や焦燥や嫉妬に身を焦がし、結果としてアイツより上位の能力が欲しいと蹴落とし合うのが常である『学園都市』に住んでいながら、
初春はそういった競争とは無縁な日常を楽しんでいた。
『情報処理』という自分だけの取り柄に身を助けられていたことも大きかったけれど、最たる理由は友達がいたからだ。
『友達との日常が楽しい』というだけで、学園都市に来て良かったと思っていた。
だから低能力者(レベル1)の初春飾利でも、劣等感を感じずに毎日を過ごせていた。
情報処理以外に取り柄のない半人前の風紀委員でも、胸を張ってこれた。
これが自分の日常なのだと、当たり前に信じてこれた。
友達と笑いあっていた時間が幻想だというのなら、初春飾利の人生は否定される。
ならばもう死んでしまっても構わないのではないかと静かな諦念がこみあげたものの、
ならば桑原和真は何の為に殺されたのだという疑念が首を絞め続けている。
簡単に自殺を選ぶぐらいなら、どうして桑原和真を殺さなければならなかったのか。
同じ死を選ぶなら、この地獄から人間を掃討してから死んだ方がまだ有意義じゃないか。
そんな考え方を、お前の友人たちは許さないはずだと経験則が告げていた。
けれど、その『友人』との絆にはどれほどの価値があったのか。
今の『自分』の姿を彼女たちに見られたくないという恐怖と、
そうまでして執着する『絆』だって偽物に違いないという疑心が際限なく葛藤を生みだす。
終わりのない相克でうずくまる初春に、ひとつの天啓が降りて来た。
今の汚れた初春飾利を、あの人たちに見てもらおう。
白井さんたちに会いたくない、思い出したくないと抑圧するぐらいなら、
あるかどうかも分からない『絆』を壊したくないとびくびく怯えるぐらいなら、
自分から壊してしまう方が楽じゃないか。
機械的に、初春飾利は歩みを再開した。
殺そう。
『人間』という恐怖を、消してしまう為に。
そして、白井さんや御坂さんに、何人殺したかを教えて、失望してもらうんだ。
彼女たちの顔が絶望に染まれば、それを見た初春は本当に心を殺せるだろう。
穏やかになった心持で歩き続ける初春を、応援するように。
交換日記は、新しい予知を寄越した。
『児童公園の芝生の上に、三人の少年がいます』
◆
それは、絶望へのカウントダウンであり、くつがえす手段の見えない予知だった。
「『The rader』という名前の未来日記だそうだよ……ムルムルが教えてくれた」
「レーダー……?」
雪輝は、茫然と手渡された携帯を見下ろす。
主催者の側に、神の下僕であるムルムルがいること。
未来日記が、『支給品』として契約するシステムに組み込まれていること。
その日記が、聞いたことも無い未来日記だということ。
雪輝を驚かせている原因は、色々と多すぎる。
「11thの使っていた『The watcher』とネーミングが似ているね。
11thとデウスに繋がりがあるのは分かっているし、もしかしたら『The watcher』と同時期に考案された未来日記なのかもしれない」
秋瀬の雑談めいた考察を聞きながら、雪輝は携帯電話を操作し、その予知画面にたどり着いた。
「これは……」
数時間前の船見結衣には、最後の予知だけを見せた。
天野雪輝は、その予知を最初から見ることになる。
決して他者に教えるまいとしていた予知だが、天野雪輝ともなればその限りではない。
秋瀬或のスタンスを決めさせた、その未来予知を。
と言っても、情報量はさほど多くない。
むしろ、秋瀬或がこれまで目にしたどの日記よりも、予知情報は少ない。
従来の日記がそうだったように、90日先の未来まで分かる仕組みでもない。
予知が刻まれる間隔にも、大きな開きがある。
『六時間おきに一度』なのだから。
Day:the first quarter of the first day
最初の放送が始まった。
この放送で名前を呼ばれたのは9人。残り42人。
Day:the second quarter of the first day
第二放送が始まった。
今回名前を呼ばれたのは■人。残り■■人。
Day:the third quarter of the first day
第三放送が始まった。
今回――
「そんな。犠牲者の数が、あらかじめ……」
それは、誰もが絶句せずにいられないものだった。
だからこそ、秋瀬或は船見結衣を除いて日記のことを伏せてきたし、これからも伏せるつもりでいる。
「なんや、何が書いてあるん?」
日記を覗きこもうとする金太郎に、雪輝が「放送の予知」だということを教える。
金太郎の目元がやや赤いのは、或から『真田から頼まれた話』を伝え聞かされたためだ。
手塚国光とはそこまで接点がないそうだが、それでも熱く涙を流したのは人の良さがなせることだろう。
「次の放送で、何人呼ばれるか知りたい?」と雪輝が尋ねると、「やっぱええわ。後で当たったか教えて」と首をぶんぶん振る。
占いやおみくじの類ならば、良い結果が出た時だけ参考にするタイプなのだろう。
しかし絶望に浸かりきった雪輝の目は、その日記を最後まで追いかける。
そして最後の予知を目にした時、乾いた瞳がひときわ大きく見開かれた。
Day:Last
全て終わった。
みんな死んだ。
僕も殺される。
~ALL DEAD END~
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箱庭世界の終末を告げる宣告。
その文面を見た雪輝の顔に宿るのは、『ああ、やっぱりなのか』という諦観と、
『じゃあここにいる僕たちも死んでしまうのか?』という意味合いだろう、寂しげな顔。
その『僕たち』の筆頭にいるのは我妻由乃だろうが。
自分も入っていれば嬉しいなと或は思う。
はぁ、と息を重く吐き出して、雪輝は疑問を言葉に表した。
「この通りに人が死んでいくなら……結局、殺し合いは完遂されるってことなの? 前のゲームと同じで……」
悲観的な言葉を、或は打ち切って答える。
「いや、まだ断定するのは早いよ。それに、この予知の通りなら一つおかしなこともある」
事件を語る『探偵』の顔で言い切る。
聞き手の2人は珍しいものを見るような顔をした。
自分の推理を語って聞かせるシチュエーションは或にとって馴染んだことだけれど、
そう言えば雪輝にとっては一万年ぶりなのだ。
「おかしなことならずいぶんあるけど……それは?」
「最後の予知に書かれている状況だよ。
僕が最後の2人まで生き残り、もう1人に殺されるとしたら、それは優勝者が出るということだ。
『ALL DEAD END』という予知とは矛盾する」
あっ、と雪輝は驚いた声をあげる。
『ALL DEAD END』。
その意味するところはどう訳しても『全滅』にしかならない。
「でも……この『ALL』が、『参加者全員』を指すとは限らないんじゃないかな。
『秋瀬君とその仲間はみんな死んだ』とか、『殺し合いに乗っていない仲間はみんな死んだ』とか、そういう意味かもしれないよ?」
その推測も予想されることだった。そして、その反証も存在する。
「それなら、例えば僕が『残り人数が少なくなったら殺し合いに乗る』だとか、『もう誰とも組まない』と、そういう意志を持つだけで、予知が変わることになるよ。
未来日記が主観に左右される仕組みは、ここでも変わらないだろうから」
未来日記は、所有者の主観に左右される。これは全ての日記に共通する法則性である。
つまり、所有者が『こう行動しよう』と強い意志で決めてしまえば、それに従って予知は変わるのだ。
そして或は、ひとたび『誰とも組まずにやっていこう』と決断したら、最後までそれを実行し通すだけの思い切りの良さを持っている。
しかし前述のことを試してみても、日記の文面は変わらなかった。
「秋瀬君ともう一人の人が、『相打ち』になって全滅とか?」
「その予知だと、『僕も殺される』という書き方ではやや違和感があるね。
だいいち、相打ちなんて状況はそう起こるものじゃないよ。僕が『最後の二人になったら諦めて自殺しよう』と意志を持つだけで回避できるんだから」
「だとしたら……」
雪輝の瞳に、結論を得た気配が宿る。
それはおそらく、或の推測と同じことだろう。
「そう、優勝者が決まっても、生還者は出ない。
つまり『神』――便宜上『主催者』は、優勝者を生還させるつもりがないことになる」
「そんなん酷いやないか! 生き残りたかったら殺し合えって言うたのに」
いまいち論理展開についていけずに首をかしげていた金太郎だったが、結論を聞いてはたまらないと怒りの声をあげる。
しかし、直後に首をかしげた。
「あれ? でも勝ったヤツは神様になれるとか言うてたで?」
「正確には『神にも等しい力が手に入る』だね。
もっとも、その発言にしたって生還を約束してくれるものじゃないよ。
例えば優勝者が『神の権限で大金持ちにしてほしい』と願いを叶えたとして、
巨万の富をプレゼントした後に、後ろから背中をぐさり……とか」
陳腐な例えだと思わないでもないが、金太郎にはこのぐらいの方が分かりやすいだろう。
「ずっこい……めっちゃずっこいわ」
報道番組を見て、悪辣な詐欺の手口を知った子どものような反応だった。
いや、年齢からしても充分子どもなのか。
雪輝には、別視点の考え方もあった。
「神の決定が目的じゃないなら……『ムルムルが僕に愛想をつかして神の代替わりを計画した』ってわけでもないんだね」
記憶がないとはいえ、雪輝にとってのムルムルは一万年を共にした付き合いでもある。
『とりあえず遠山金太郎を手伝う』という程度の対主催だとしても、その真意を知りたいには違いない。
「『神を決める』ではなく、『神に等しい力を与える』と曖昧な言い方を使っているしね。
それに、放送のこともある。『最後の一人となる以外に、ここから解放される術はない』なんて……まるで、優勝の褒美は二の次みたいじゃないか」
『生き残りたければ殺し合え』という脅迫で駆り立てておきながら、優勝しても生還できないとしたら。
この『ゲーム』は恐ろしい茶番になる。
『ALL DEAD END』のことは、主催側も承知しているはず。
その為にこそ、或は船見結衣に自らの日記を見せたのだから。
以前のサバイバルゲームで、ムルムルとデウスは全ての所有者の動きを監察していた。
ならば、今回の殺し合いでも監視は行われているだろう。
意味ありげな言葉と共に日記を翳したのは、主催者の注意を引いて『日記に面白いことが書かれているぞ』とアピールする為でもあった。
日記からは、ザザザッとノイズが走った。
第一放送の箇所が。
別の文字に書き変わりかけて、しかし再びノイズが走って、元の文面に戻る。
一瞬で元に戻ったからには、内容は失われた命の変動ではない。
放送を行う側の都合から、何かが変わりかけた方が自然。
つまり主催一派は、全滅という予知を知ってもなお、それまでどおりに殺し合いを続行している。
「以上のことから、主催者が求めているのは『結果』ではなく『過程』だろうね。
『神にも等しい力』という褒美だって、そういう願いのある人たちを乗せる為の餌だろう」
「そうか。由乃はその餌に釣られたから……」
雪輝が、小さな声で呟いた。
そこに悲しげな響きを感じた或は、どうしても知りたいと尋ねる。
「雪輝君は、今の我妻さんをどう思う?
彼女のことを、まだ救われるべき人だと思えるかい?」
「『救われるべき』って……『救いたい』じゃなくて?」
不思議そうに問い返されるのは、予想外だった。
我妻由乃が救われるに値する人間かどうかは、そもそも問題にしていない。
救えなかったことを嘆きながらも、その気持ちは『救うべき』ではなく『救いたい』だった。
つまり、無気力なりに『我妻由乃への愛情を捨てる』という選択肢だけはないらしい。
だからこそ『愛』と呼べるのだろうが。
なればこそ、雪輝の道は険しい。
「彼女は、この場においても人を殺し続けることになるよ。
もしかしたら、既に何人か犠牲になっているかもしれない」
冷たいものを押し当てられたように、2人の顔がこわばる。
「前のサバイバルゲームならともかく、今回は我妻さんだけが加害者で、雪輝君は共犯者じゃないんだ。
我妻さんが人を襲い続ければ、多くの参加者から恨みを買うことになるだろう。
我妻さんに、報いを与えようと言い出す対主催派だって――」
「それは違う! 罰を受けるなら、僕が……」
ひときわ大きく響きわたり、そして途切れた声。
「あ」と間の抜けた短音を漏らしたのは、一時だけ烈火の感情を取り戻した少年だった。
「思い出した……」
はっきりと、雪輝は言った。
「あの時の僕は、『由乃の分まで背負えるなら、どんな罰も受ける』って思ってたんだ。
結局、由乃には殺してもらえなかったけど。
でも、代わりに背負えるものがあるならここでも……いや、それじゃ根本的解決にならないかもしれないけど」
慌てたように「それに遠山を手伝うって決めたからには、由乃の犠牲者だって増やしたくないし」と付け足した。
その変貌が、或にとっては意外で、どう言葉をかけたものか迷う。
――ザザザッ……
『The rader』を、予知変動のノイズが駆け抜けた。
雪輝の手から日記を取り、画面をのぞく。
そこに記されたことを読み取って、叫ぶ。
「2人とも、この場から離れるんだ……!」
新たに表れた予知は、所有者の『DEAD END』フラグ。
すなわち、襲撃を意味していた。
◆
火炎放射器の欠点は、何よりもその重さにある。
初春は、腕立て伏せも数回がやっとの女子中学生でしかない。
総重量28キログラムを背負って動くのは、あまりに過酷だった。
しかも、被弾すれば爆発を起こしかねないものだから、野戦ともなれば銃器には敵わない。
少年3人と正面から戦うのはリスクが大きすぎた。
だから初春は、気取られぬように接近して、最初の火炎放射で終わらせるつもりだった。
悟られずに接近するルートは、交換日記を使えば知ることができた。
どう接近するか頭の中に思い描けば、日記が更に先の未来を予知して、『気付かれる』と教えてくれたのだ。
万一に備えて、日記を含めた荷物一式は付近に隠してきた。
どのみち、放射器で手がふさがれてしまえば、戦闘中に日記を使うことはできないからだ。
公園内からは死角となる、緑の垣根の隙間から放射器を差し込む。
放射器の射線上には、20メートルほどの距離をおいて話しこむ少年3人がいる。
あとは引金さえひけば、燃え盛る液体燃料が少年たちに降り注ぐはずだった。
ただし、初春はひとつだけ失念していた。
相手もまた、未来日記を所持している可能性を。
「2人とも、この場から離れるんだ……!」
灰色の髪の少年が叫び、初春の潜む垣根の方向を指さす。
その時点で既に、初春は引金を握りこんでしまっていた。
『火炎』の放射というより、『燃える液体』の放射だった。
ホースから放たれた水のようにオレンジ色の炎が放物線を描き、公園の芝生にのびる。
標的たちはその軌道を見てから、横っ跳びに放物線を回避。
中にはひょろりとした体格の少年もいたのに、3人とも動きは機敏だった。
灰色の髪の少年は右に。黒髪の少年と赤髪の少年は左に。
炎は細長く芝生を燃やし、轟々と燃え立つ壁がその両者を仕切るように分断する。
「なんで……!」と初春は焦り、発射口を左の2人へと向ける。
野戦に持ち込まれては不利である以上、少年たちが反撃に移る前に仕留めるしかなかった。
燃え盛る液体燃料が再び公園に着弾し、2人がそれを後方に飛んで回避する。
このまま公園中を燃やして、逃げ道をふさいでしまおうか。
そんな攻撃的な思いつきが閃いて、しかし今の初春はそれを実行しようとする。
「熱いわボケェ!!」
しかし、その前に赤髪の少年は飛んでいた。
「…………え?」
高度数メートルという高さへ、トランポリンも何も無しに。
くるくるくるくると、『それは必要なのか?』と聞きたくなるような、鮮やかなバック転を決めながら最高高度まで到達する。
それは、炎の壁よりも、その炎が吐き出す黒煙よりもより高い高度。
少年はその最高点で、少しの時間だけ滞空すると。
すぅうううううううと息を吸い込み、ひと息で吐いた。
※
初春は知らないが、かつてこの少年が、袴田伊蔵という高校生テニスプレイヤーと対戦した時のことである。
彼はコート上を覆い尽くした土煙を『吐息のひと吹き』だけでぶわっと吹き払ってしまった。
ごく短い時間だったけれど、広いテニスコートで、『息を吸って吐いた』だけで、それを実現したのである。
もし、土煙よりももっと風に流されやすい火煙ならばどうなるか――
※
上空へと立ち上りつつあった黒煙が、ひとかたまりに地上へと吹きつけられて充満した。
大量の煙幕に襲いかかられ、初春は体をのけぞらせる。
ゲル化ガソリンとガスの燃焼によって生み出された黒煙は、濃度しだいで呼吸困難を呼ぶ排気ガスにひとしい。
「きゃっ……ぇほっげほっ!!」
ガスを吸い込み自身の咳き込む音にまぎれて、その少年の叫び声が届いた。
「逃げたもん勝ちや!」
その声がしっかりしていたのは、ジャンプした際におよその位置取りを把握していたからか。
遠ざかる足音に焦りながらも、眼を開けられない初春に追撃は許されていなかった。
まさか、こんな、反撃が来るなんて。
しゃがみこんで煙を避けながら、悔しさに唇をかむ。
幸いというべきか、屋外だったこともあって、煙が晴れるまでは早かった。
そろそろと何度も瞬きして、視界をクリアにする。
垣根の隙間からは、人気のない公園と、ボヤ程度の大きさになった芝生の燃焼が見えていた。
失敗してしまったと、下を向いて溜息を吐きだし、
その首筋に、『トン』とツボをつかれたような衝撃が走り抜けた。
◆
漫画やドラマなどで行われている『手刀』で首筋を叩いて気絶させる、という方法。
実は正確なツボを突かなければ脊椎や頸椎が損傷する、たいそう危険な行為なのだそうだ。
ただし、秋瀬或はその正確な叩きどころを知っている。
「公園を回り込んで君を探したおかげで、雪輝君たちとは離れてしまったけどね」
ぐったりと意識を失った少女の背中から火炎放射器を取りあげて、己のディパックに収めた。
遠山金太郎は武器の知識がないからこそ逃げを打ったのだろう。
しかし或には知識があり、その武器が野戦では脅威にならないことを知っている。
したがって、制圧することはたやすい。
しかし、こんな危なっかしい火器を持たせたままにする理由もなかった。
かと言って、少女まで抱え込む真似はできない。
秋瀬或も多忙な身の上であるし、セグウェイだって一人乗りなのだ。
せいぜい通りがかりのマーダーに殺されないよう、付近の民家にその体を運び込んだ。
「今この子を止めたことで、少しでも『The rader』に影響があるといいんだけどね……」
もっとも、そんなに簡単に未来は変わらないだろうね、とひとりごちる。
殺し合いの犠牲者が減れば、放送で呼ばれる名前は少なくなる。それは喜ばしいことだろう。
しかし、そんなにやすやすと犠牲者が変動するなら、第一放送までの間に何度も未来が変わっていたはずだ。
しかし、或の聞いたノイズは先ほどの音で二回目。
一度目は、船見結衣に日記を見せた時。
二度目は、或自身の身に危険が迫り、『DEAD END』フラグが立った時。
『The rader』の性質が悪いところは、呼ばれる人数が分かっていても、誰が呼ばれるかまでは予知されないところだ。
もしも次の放送で呼ばれる名前が分かれば、その人間をどうにか死守するだけで予知は変わる。未来は変えられる。
しかし、この日記は人数が書かれているだけで、誰が呼ばれるかまで分からない。
日野日向の名前が呼ばれることも、予知できなかった。
これでは、誰のどの行動が未来に影響を与えて、『ALL DEAD END』を覆すのかが読めない。
『ALL DEAD END』を見届ける或だけは、終盤まで生き残ることがはっきりしている。
だから或が死ねば間違いなく予知は変わるのだろうが、
その可能性のためだけに自殺を図るのはどう考えてもリスクが大きい。
だいいち、一時の放送で呼ばれる人数が変動したところで、最終的な『ALL DEAD END』が覆らなければ。
「そう言えば、彼らには『役割』を聞きそびれたな……」
ここに呼ばれてから、出会う人間にたびたび聞いていたこと。
雪輝たちには尋ねていなかった。
今のところ、得られた答えは『未回答』と『ヒーロー』と『反逆者』と『意志を継ぐ者』。
とても全滅エンドになるとは思えない回答だと、苦笑する。
――ここでは選択肢を間違えると死ぬんだよ、人は簡単に。君も、僕もこの世界では役目を終えたら、ね。
船見結衣ともう一人の少女に言った言葉は、真理だった。
世界は、終わりに向かっている。でなければ、こんな未来など予知されるはずがない。
ヒーローも、反逆者も、殺し合いを止めようとする人間だって数多くいるはずなのに。
それでも『ALL DEAD END』の未来には、少しもノイズが走らない。
ならば、もうどうにもならないのではないか。
殺し合いを止めようとする人間が表れることも、主催者は予測していて、
その上で、全ての中学生を等しく全滅させるつもりでいる。
ならば、『殺し合いに乗った人間を止める』などという正攻法で、争いは止まらないのではないか。
だからこそ、秋瀬或は『意味』を探求する。
皆を等しく潰し合わせる『過程』で、神に等しい存在は何を見たがっているのか。
ここに呼ばれた人間の果たす役割から、どんな脚本を描きたいのか。
その『見たいもの』が分かれば、『殺し合い』以外の手段でそれを提供しようと、交渉ができるかもしれない。
あるいは、いち早く『見たいもの』を探り当てた人物がいれば、主催者は関心を持って接触を仕掛けるかもしれない。
理由を知ることで、殺し合いからの『抜け道』を探る。
それが、或にとっての事件解決だった。
「その過程で雪輝君を守りたいところだったんだけど……そういうわけにもいかなくなってきたな」
『今の雪輝』を見てしまっては、もう『雪輝を生還させよう』という次元の問題ではなくなった。
既にして生きる希望を失った雪輝を、何も無いひとりぼっちの世界に帰せというのか。
――『友人』を生かし、勝ちあがらせる為に必要な『歪み』だったとしても、歪みは歪みだ。その歪みが、そいつ自身を追い詰めない保障など、どこにもない。
今になって。
真田の言葉が、意外なほどに響いていた。
天野雪輝は、元より神になることなど望んではいなかった。
それでも神を目指したのは、優勝すれば死んだ両親を生き返らせられるという甘言に釣られたからに過ぎない。
にも関わらず。
誰かが『神』の座に据わるなら、それは天野雪輝だと刷り込まれたかのように思い込み、
愛する雪輝が簡単に人を殺せるようになってしまった時も、その変貌を悲嘆することはなく、
雪輝と由乃が既にして愛し合っていることを察しながらも、由乃さえ始末すればどうにでもなると見込んでいた。
その結果が『今』なのだ。
天野雪輝は否定するかもしれないが、秋瀬或には破滅を招いた一端の責任がある。
だからこそ、天野雪輝を救う手段を見つけなければ。
「今までの僕なら、すぐに雪輝君に追いついて守ろうとしたんだろうけどね……」
秋瀬或は、常に我妻由乃という少女を警戒してきた。
しかし、雪輝の側に張り付いてさえいれば問題はなかった。
我妻由乃が雪輝に危害を加えようとしたところで、常に傍にいれば護ることができるのだから。
けれどそれは、雪輝以外を守らなくていいならば、という前提なのだ。
――『由乃の分まで背負えるなら、どんな罰も受ける』って思ってたんだ。
今の天野雪輝は、我妻由乃が他者を傷つけることを良しとしない。
その罪を背負いたいと言い出すほどに。
彼をそうしてしまった理由は、まだ分からなかった。
友人を殺してしまった、かつての罪の意識がそうさせたのかもしれない。
一万年ぶりに最愛の人と再会したことで、熱情が徐々に芽吹いたのかもしれない。
あるいは、彼と共にいた遠山金太郎が、変化を与えたのかもしれない。
ただ一つ確かなことは、天野雪輝を救うためには、我妻由乃の犠牲者を増やしてはならないということだ。
「『恋敵』としては、とても損な役回りになりそうだけどね」
いつものニヒルな笑みではない、悲しげな笑みを浮かべて。
或はセグウェイを発進させた。
【E-4/児童公園付近/一日目・午前】
【秋瀬或@未来日記】
[状態]:健康
[装備]:The rader@未来日記、セグウェイ@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~1)、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実
基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。
1:雪輝君を追う? 我妻由乃を探す?
2:越前リョーマ、跡部景吾、切原赤也に会ったら、手塚の最期と遺言を伝える。
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。
『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません
『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。
【遠山金太郎@テニスの王子様】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:携帯電話
基本:殺し合いはしない
0:逃げる
1:圭ちゃん、どこに行ってもうたんやろ…。
2:学校に向かう?
3:知り合いと合流したい
[備考]
秋瀬或から、手塚国光の遺言を受け取りました。
【天野雪輝@未来日記】
[状態]:健康
[装備]:スぺツナズナイフ@現実
[道具]:携帯電話
基本:金太郎に協力する 。自分のすべきことを考えてみる。
0:逃げる。
1:金太郎と一緒に行動する
2:圭一が逃げたことに困惑と警戒。
3:学校に向かう……はずだったが、桜見タワーとツインタワーが気になる?
4:高坂に会えたら、二週目でしたことの謝罪をする
5:由乃を死なせたくないが、だからどうするという方針もない
※神になってから1万年後("三週目の世界"の由乃に次元の壁を破壊される前)からの参戦
※神の力、神になってから1万年間の記憶は封印されています
※秋瀬或が契約した『The rader』の内容を確認しました。
【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:気絶、肉体的には健康、『黒の章』を見たため精神的に不安定
[装備]:なし
[道具]:荷物・装備一式は、ディパックごと付近に隠しています。
基本行動方針:『人間』であることの罪を償う
1:『人間』は生きてちゃいけない
2:白井さん、御坂さんに会ったら、今の自分を見せる
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。
【The rader@未来日記】
秋瀬或に支給。
ジョン・バックスが考案し、デウスと共に試作した『原初未来日記(アーキタイプ)』の一つ。
周囲の出来事を予知する、という指向性を持たされており、無差別日記や逃亡日記の雛型とも言える日記である。
とはいえ、作中では名前(および12巻の裏・未来日記)のみでしか登場しておらず、
『放送およびALL DEAD END』の予知という機能は完全に本ロワオリジナルのものである。
最終更新:2021年09月09日 19:31