1st Priority ◆7VvSZc3DiQ
異音が図書館内にいた四人の耳に届く。
自動ドアが開閉する音――来客を知らせる音だ。
誰かが図書館の中へと入ってきた――恐らくその誰かは、そう遠くないうちに四人と接触するだろう。
脱出に賛成する、平和的な人物だったならば協力関係を結ぶことも出来るだろう。
しかし、この殺人ゲームに乗った側の人間だったとしたなら、接触ののちに始まるのは互いの命を懸けた殺し合いとなる。
緊張に身を固くする四人。
その中でいち早く対応したのは、この中でもっとも場慣れしていた植木だった。
両手を握りしめ拳を作り、いつでも”能力”を行使できる臨戦態勢をとる。
植木は今、四人の中で戦えるのは自分一人だから――という責任を、知らず知らずのうちに背負っていた。
戦う力を持ったヤツが、戦えないヤツを守るのは当たり前だ。
それが『仲間』であるということなんだし、植木にとっての『正義』でもあった。
だがその思想が、植木を惑わせていた。いや、正確にいうならば、思想そのものではなく。
植木にとっての理想の『正義』が、『仲間』に理解されないという現実が、植木の心に似合わぬ迷いを生んでいた。
植木と同様に『正義』を貫いていたはずのシンジは、周りに流されていただけのただの少年だった。
誰かと自分の命を天秤に掛けたときどちらを選ぶのか聞いてきた綾乃は、迷わず自己犠牲を選んだ植木に絶句した。
四人のリーダー役になっていた菊地は、植木の主義にはおかしいところがあると、諭そうとしてきた。
どれもこれも、植木にとっては初めての経験だった。
確かに植木の正義を否定する相手は、これまでにも何人も存在していた。
そんな正義を貫いたところで、その正義はいずれ破綻し、救われないモノに成り果てると言われたこともある。
だが、それを言ったのは植木と同様の『力』を持ち、各々の信念のもとに『力』を使う者たちだった。
『力』を持つ者同士だからこそ、その『正義』はぶつかりあうこともあるのかもしれない。
しかしシンジたちのように、植木の『正義』に守られる立場の人間が、植木の『正義』を理解してくれないだなんてことは、今までには一度もなかったのだ。
だが――植木にとっての『正義』は、その程度で揺らいでしまうような脆弱なものではない。
『自分がどれだけ傷つこうとも、仲間だけは絶対に傷つけさせない』『何も見捨てない覚悟』は、既に植木の根幹となっていた。
だから、今は何も考えずに、後ろの三人を守る。
それが今の自分がやるべきことなのだと、植木は考える。
――守りきれなかった友達を、日野日向のことを思い出しながら、強く思う。
(もう……誰も傷つけさせたりなんかしねぇ!
オレがみんなを守るんだ!)
植木に遅れて、後ろの三人も各々の武器を握りしめ、五人目の到来を待ち構える。
果たして、四人の前に現れたのは――
四人と同様の年頃の、しかし少しだけ背丈の低い、小柄な少年。
だがその体格に対して、その表情に少年然としたあどけなさは存在しなかった。
茶色の髪の下、その瞳は――殺人ゲームという舞台に相応しい冷たさで満たされていた。
植木は、知っている。その少年の名前を知っている。
「……っ! バロウぅおおおおおおおおっ!」
バロウ・エシャロット。このバトルロワイアルに巻き込まれる直前まで対戦していた少年。
植木の目の前で、もう動けなくなっていた佐野を痛めつけた少年。
――友達を、日野日向を殺したのが、バロウ・エシャロットだった。
「植木くん……か。あの布の効果でこっちに飛ばされてたんだね。
どうやら、キミを助けようとしたあの女の子の努力も、ここで無駄になるみたいだ。
――ここでキミたちは、ボクに殺されるんだから」
直後。バロウは小さく、“鉄(くろがね)”の四文字を呟く。
天界人の持つ能力――神器。その一つ目の力である一ツ星神器“鉄”が一瞬にして生成され、砲筒が植木たちへと向けられた。
人間大の、あまりにも巨大な鉄球が発射される。出会い頭の一撃に、反応できたのは植木ただ一人――
残る三人に、この鉄球は避けられない。当たった瞬間、彼らの命はそこで終わる。
だが――鉄球はその途中で大きく軌道を変え、四人から大きく離れていきながら大型の本棚を二つ、まとめて吹き飛ばした。
撃った本人であるバロウが意図しなかった、鉄球の軌道変更。
それを為したのは、木製のレールであった。
植木が持つ、“ゴミ”を“木”に変える能力――それによって植木はバロウの攻撃を逸らすことに成功したのだ。
「なるほどね。なかなか上手い使い方だ」
バロウは、植木の機転に素直に感心する。
植木が使った“ゴミ”を“木”に変える能力は、次期神様を決めるバトルにあたって、神候補から中学生たちに与えられた能力のうちの一つだ。
それらの能力も、神器と同じく天界人が持つ天界力を元にしている。
だが、ただ単に木を生成するだけの植木の能力には大した攻撃力も防御力もない。
だというのに、その応用だけでまさしく桁外れのパワーを持つはずの“鉄”をいなしたという『結果』には、さしものバロウも感心するしかなかった。
しかし、ここでバロウの中で一つの疑問が浮上する。
「でも――どうして神器を使わないのかな?
確か植木くんは、既に天界人として目覚めているはずだよね?」
植木耕助もまた、自分と同じように赤ん坊の頃に地上に落とされた天界人であることを、バロウは知っている。
神候補を決めるバトルが始まった当初は植木自身も天界人であることを知らなかったようだが、戦いの中で己の生まれを知り、同時に神器にも目覚めたはずだ。
その成長振りには目覚ましいものがあり、多対一だったとはいえ最強の能力者と評価されていたロベルトを打ち破るほどに、その力を成長させた。
(ロベルトくんと同じように、ボクよりも過去の時点――彼が神器に目覚めていない頃から連れてこられた?
いや、それだとボクの姿を見ただけで『バロウ・エシャロット』だと判断することは出来ないはずだ)
バロウがその姿を見せ始めたのは、第三次選考が始まってからだ。
この殺し合いに巻き込まれてから一度も会っていないはずの植木がバロウの外見を把握しているということは、植木が連れてこられた『時間』が、第三次選考開始後だということを示している。
(植木くんは“ゴミ”を“木”に変える能力を媒介にすることで神器の強化と同時使用に成功していたはずだ……
単純にボクの神器に対抗するだけなら、“威風堂々”と攻撃系の神器の同時使用がもっとも利にかなっている。
それをしないってことは……神器を、『使わない』? それとも、『使えない』のかな?)
どちらにしても、
「ボクが『目的』を果たすには――好都合ってことだね!」
バロウの推測は、ほぼ正解している。
植木耕助は今、神器を使えない状態に陥っていた。
神候補から与えられた能力――実はそれには、隠された『レベル2』が存在する。
能力がレベル2へと進化することで、その能力の利便性、破壊力は飛躍的に向上し、それまでとは比べものにならない力を手に入れることが出来る。
そのレベル2へと進化する条件――それは、レベル1の能力を完全にコントロール出来るようになり、その上で「強くなりたい」と心の底から願うことだ。
植木は、強敵に勝てる力を得るために、レベル2へと進化する方法を模索した。
しかし、ここで一つ問題が発生する。
条件の内の一つ、レベル1能力のコントロールだが――これはつまり、能力のベースとなっている天界力をコントロールすることと同義である。
しかし植木は、天界人として元々持っている天界力――神器と、後天的に与えられた天界力――レベル1能力の二つを持っていることになる。
二つの、まったく性質の異なる天界力を、同時に、そして完全に扱うことはよほどの天才――それこそ、ロベルト・ハイドンのような戦闘の天才でもない限り至難の業だ。
実際、神の座を巡る中学生バトルには何人かの天界人が紛れ込んでいるが、レベル2へと進化した天界人はロベルトただ一人。
神器という力を持ってしまったが故にそれが足かせとなり、植木がレベル2へと進化できる可能性は、極端に低くなってしまったのだ。
この問題を解決する手段――それは、一時的に神器の力を捨て、レベル1能力のコントロールの修得に専念することしかなかった。
植木は天界人としての力を手放し、更なる力――レベル2を修得することを選んだのだ。
だが、神器を手放したその時、植木はこの死亡遊技に召還された。
故に今の植木は神器を使えず、かといってレベル2の能力にも目覚めていない、凡百の能力者の一人となってしまっている。
その植木が、八ツ星の力を持つ天界人バロウに勝つ可能性は――
そう、かつて日野日向が所持していた友情日記が予知したとおり、そんな未来は訪れない。
バロウの“鉄”が、次々と植木たち四人へ向けて発射される。
圧倒的な質量と速度を以て迫る鉄球に対処できるのは、植木しかいない。
“ゴミ”を“木”に変化させ、“鉄”の軌道を変えることで再び防御をするが――
バロウが放った鉄球を上方向へ逸らした瞬間。まったく別の軌道から、もう一つの“鉄”が飛来してきた。
「……くっ!」
能力を発動し、鉄球を受け流すだけの時間的猶予は既にない。
瞬時に判断した植木は、自らの身体を後ろの三人の前へ投げ出し、盾となることを選んだ。
天界人の頑強な肉体をもってしても、神器による攻撃を受け止めることは容易ではない。
結果、植木は血反吐を吐きながら床を転がり――しかし、バロウの追撃が来る前に、再び立ち上がった。
「くそっ、佐野のときと同じだ……!
二つの方向から、同時に鉄が来る……これがバロウの能力なのか!?」
バロウの能力――それは、“過去の映像”を“現実”に変える能力。
バロウが能力を発動させれば、過去に行ったバロウの攻撃が再び現実となり、本来なら不可能であるはずの神器による多角的な攻撃が可能となる。
本来なら佐野が見破り、植木に伝えるはずだったバロウの能力だったが、今ここに佐野はいない。
植木はバロウの能力の見当もつかないまま、戦い続けるしかない。
だが、このまま戦いを続行する前に、やらなければならないことがある。
「シンジ、みんなを連れてここから逃げてくれ。
ここはオレが足止めしとくから、出来るだけ早く、出来るだけ遠くへ」
「そ、そんな……植木君だけ置いていくなんて、そんなことできないよ!」
「ダメだ。……今のオレには、みんなを守りながら戦う力がない。
このまま戦っても、四人ともバロウにやられるだけだ。
……だけどオレ一人だけだったら、足止めに専念すればアイツを止められる。
それに、オレに一つ考えがあるんだ。これが上手くいけば四人とも助かるだけじゃなくて、アイツをぶっ倒すことだって出来る!」
自信満々の笑みを浮かべ、植木はシンジたちに早く逃げろとけしかける。
“ゴミ”を“木”に変える能力を使って図書館の壁に横穴を開け、三人の脱出路も作った。
こうしている間にもバロウの攻撃は続く。更なる“鉄”の連射を前に、植木は叫んだ。
「早く行ってくれ、みんな!」
「……行こう、碇。どちらにしろオレたちがここに残ったところで、あの二人の戦いの中じゃ足手まといにしかならない。
オレたちに出来るのは、植木の言葉を信じて、アイツに任せることだ……そうだろ?」
「でも、菊地さん……っ!」
「早くするんだ! オレたちが言い争いなんかしている暇はない。違うか?」
いつも軽口混じりで飄々としていた菊地が、初めて見せた強く荒い口調。
それに圧され、シンジと綾乃の二人もここから離脱することに渋々ながらも了承する。
だが――シンジは、植木の口振りに、疑念を抱いていた。
植木が言っていた、『正義』――それは究極の、自己犠牲だ。
本当に、植木にはこの場を切り抜ける策があるんだろうか?
そんな切り札なんてないのに、シンジたちを逃がすために嘘をついてるだけなんじゃないのか?
もし、そうだとしたら――いや、そうだとしても。
菊地が言ったように、シンジにはこの状況をどうにかする力はない。
植木が言ったように、四人まとめて殺されるのがオチだろう。
仕方がない。仕方がないんだと自分に言い聞かせて。
シンジは菊地たちと共に、図書館から逃げ出していった。
「逃げられちゃったか……でもいいや。植木くんを殺してからでも、“電光石火(ライカ)”があればすぐに追いつくだろうしね。
それにしても……キミといいあの男の人といい、どうしてすぐに誰かを逃がそうとするんだろうね?
どうせみんな死んでしまうんだ。ボクだったら苦しまずに殺してあげるのに」
「……殺させねぇよ。オレが、みんなを守るからな」
「フフ、どの口がそんなことを言ってるのかな。
キミだって……あの関西弁の女の子に助けてもらって生き延びたくせに」
植木をかばって死んだ少女、日野日向について、彼が殺した少女について、バロウは何の感慨もなく、ただ冷たく事実だけを述べる。
その、バロウの口振りを聞いて――植木の怒りが、爆発した。
「お前が……お前が日向のことをっ!」
植木の作った木が、弾丸のようにバロウへと伸びていく。
しかし、今の植木の最大火力であるそれは――バロウの神器“威風堂々”に阻まれ、バロウへと届かない。
「ダメだよ、植木くん……攻撃ってのは、こうやるんだ」
“威風堂々”が姿を消し、代わりに現れたのは巨大な歯を以て相手を噛み砕く神器“唯我独尊(マッシュ)”だ。
カチカチと歯を鳴らしながら、植木へと接近する。
肉薄する”唯我独尊”を、すんでのところで回避する植木――しかし、直後に“鉄”の追撃が迫る!
直撃――転倒。
「天界人の頑強さのおかげでなんとか保っているようなものだね。
その調子だと、ボクを倒す策があるなんてのも嘘っぱちなのかな。
確か、マリリン戦のときにも似たようなことをやっていたよね?」
能力者バトル第三次予選においても、植木は自ら足止め役となり、仲間を逃がすために尽力した。
そのときも対戦相手のマリリンたちを倒す算段があるとでたらめを言って仲間を説得したようだが――
まさかここでもまったく同じことをしているのだろうか?
だとすればあまりにも愚策だと言わざるを得ない。
あのときは結果として上手くいったが、もしあそこで植木が倒れていれば植木チームの勝利はありえなかった。
『チームの勝利』という『目的』のためには、選んではならない案だった。
『仲間を傷つけたくない』などという理由で『目的』を犠牲にしようとした植木を、バロウは嫌う。
「それは違うぞ、バロウ……今度は、本当にお前に勝つ方法を用意してある。
オレのレベル2で、お前をぶっとばす!」
「レベル2だって……? ボクたち天界人がレベル2になるのは……
ああ、そういうことか。重荷になる神器を手放して――キミは、レベル2になろうとしているのか。
でも、バカだね。なれるかどうかも分からないレベル2のために、この『力』を手放すだなんて――さ!」
“鉄”。鉄球、鉄球、鉄球、鉄球。
四方向からの連続砲撃。
対し植木は、木を下方向に生成し、棒高跳びの要領で跳躍。横方向ではなく、縦方向の動きで回避に成功する。
「オレは、みんなのために――力が、もっと強い力が欲しい。
そのために必要なことは、なんだってやってやる!」
握り込んだ“ゴミ”を“木”に変え、横に薙ぐ一閃。
狙いは、バロウではない。図書館中に狭しと並んだ本棚が、植木の狙いだった。
「う・おおおおおおおおおおおっ!」
木によって本棚が散乱し、中身の書籍類が宙に舞う。
それでもなお、植木は巨木を振るうことをやめない。
宙に舞った本が、更に細かく破れ、紙吹雪を作り出す。
「どうだ! これだけ足場が悪くなればもう“電光石火”は使えないだろ!」
「そしてこの紙吹雪は、キミの能力に必要な“ゴミ”になる……考えたね、植木くん」
「“ゴミ”を……“木”に変える能力ァ!」
隆々と伸びる木をバロウへと向けながら、植木自身もバロウへ向かって走り出していた。
遠距離戦、中距離戦をいくら続けていたところで、植木の能力とバロウの神器では元々の地力が桁違いであり、しかもバロウの持つ能力も未だに不明のままである。
ならばどこかの時点で近接戦に持ち込む必要があると――植木はそう考えたのだ。
そしてこれは、植木一人で考えついた作戦ではない。
かつての敵だったマリリンたちが、天界人である植木に対する作戦として採用したのも近接戦闘に持ち込む、というものだった。
(神器は強いけど、その分近距離での取り回しは苦手……!
このまま一気に勝負を決めるぞ、バロウ!)
バロウの近接戦闘技術は未知数。しかし、活路があるとすれば近接戦しかない。
舞い散る紙吹雪を手に掴み、連続で“木”を産み出していく。
右手でバロウへの牽制を、そして左手は後方の地面へと向けて、反動を生かした加速源とする。
しかし、それでも。
さみだれのように降り注ぐ“鉄”を前に、一瞬植木の足が止まってしまったその瞬間。
捕縛系神器“旅人(ガリバー)”が、植木を閉じこめ、捕まえた。
植木の起死回生の奇襲は、失敗に終わった――
「……不様だね。所詮神器のないキミなんて、ボクに指一本ふれられない矮小な存在なんだよ」
植木に、神器があれば――などという仮定をしても、まったく意味がないことだ。
現実として、植木は神器を持ってはおらず。
そして植木は、完膚なきまでに、バロウに敗北した。
「くそおおおっ! オレに、オレに力があれば……『正義』を貫き通せるだけの、力があれば……っ!」
「うるさいんだよ。『正義』、『正義』って……馬鹿の一つ覚えみたいにさ」
「お前みたいに……自分のために人を殺せるヤツなんかに……」
「へぇ……じゃあキミの言う『正義』は、いったいどんなものなのかな。
――ボクは知っている。キミたちが声高に叫ぶ『正義』には、何の意味もないってことを」
植木が口癖のように叫ぶ『正義』という言葉がバロウにはたまらなく嫌なものに聞こえた。
だから、思ったのだ。植木の言う『正義』を、叩き壊してやりたいと。
その上で殺さなければ、バロウの気が済まなかった。
誰をも救う『正義』――そんなものが、本当に存在するというのなら。
どうしてバロウは、今まで救われることなく生きてこなければならなかったのか。
「キミは、その力を『正義』のために使っていたつもりかもしれないけど――それは違うよ。
力は、何も生み出しはしない。キミは、また別の『正義』を潰しただけだ。
キミの言う『正義』は、確かに他の『正義』よりも強かったのかもしれない――
だけど。
それは決して、キミの『正義』が正しいのだという証明にはならない」
植木が正しかったから、周りに受け入れられたのではない。
植木が強かったから、周りは受け入れざるを得なかったのだ。
バロウは、そう主張する。
「だって、キミの『正義』は既に破綻しているじゃないか。
誰も見捨てない? 全員オレが守る?
もうキミは、仲間を失ってしまったし――仲間どころか、自分自身さえ守れない。
力が無ければ貫けない『正義』なんか、歪んでいるよ」
バロウの言葉を聞いてもなお、植木は何も言い返すことが出来なかった。
元より舌戦が不得手だというのもあるが――植木自身、己の『正義』に、絶対の自信を持てなくなっていたのだ。
シンジたちは、植木の信じる『正義』を受け入れてくれなかった。
守るべき仲間が植木のことを信じてくれなかったら――いったい、植木はなんのために戦えばいいのか。
あまりにも自然に植木の根幹となっていた『正義』が、今の植木にとっては呪縛となっていた。
「ボクは、そんな『正義』を認めない」
天界人としての目覚めが遅かった植木には経験がないことだろうが、幼少の頃から天界人として異能の力を持っていたバロウやロベルトは、いわれなき迫害を受けてきた。
バロウは、愛する母から――ロベルトは、周囲の人間全てから。
彼らもまた、彼らの信じる『正義』のもとに、異物であるバロウたちを拒絶したのだ。
すべてを救う『正義』など存在しない。
『正義』は、それにそぐわない者を徹底的に拒絶する。
そこにあった、ささやかな幸せも。夢も。今ではもう、叶わない。
「ボクは、そんな『正義』を……許さないッ!」
衝動のままに放った“百鬼夜行(ピック)”が、“旅人”ごと植木を吹き飛ばした。
ごろんごろんと転がったまま、もう立ち上がれない植木。
意識の半分はうすらぼんやりとした闇の中に沈み、目の前にいるバロウの姿さえ目に入らないほどだ。
天界人の頑強な肉体がなければ、既に数度死んでいてもおかしくないほどのダメージを受けて。
今の植木が考えるのは、先に逃げた三人のことだった。
(みんな、もう逃げ切れたかな……)
綾乃。険悪な雰囲気になりそうだった植木とシンジの間に割って入ってきて、場の雰囲気を取り直してくれた少女。
彼女がいなければ、シンジとの関係は余計にこじれていたに違いない。
礼も言えなくて、ごめんな。
菊地。少ししか話してないが、彼の頭の良さは植木チームの参謀だった佐野に勝るとも劣らないものを感じた。
きっとその頭脳を駆使して、ここから脱出するための方法を見つけてくれるだろう。
頼んだぞ、菊地。
シンジ。落ち込んでいた植木を立ち直らせてくれた、友達だ。
……ぶっちゃけ、今でもシンジには言いたいことが残ってる。
でも、バロウが言ったとおり、間違っていたのはシンジじゃなくてオレの方なのかもしれない。
だけど、シンジがオレを助けてくれたことは事実だし。
きっと、シンジはシンジなりのやり方で、みんなを助けてくれるヤツだって、オレは信じてる。
だから頑張ってくれよ、シンジ。
再会出来なかったチームメイトたちのことも、思う。
佐野とヒデヨシには、コバセンと犬丸を助けるためにオレがいなくなった分の穴を埋めてもらわなくちゃな。
森と鈴子の二人だけじゃ心配だから、あいつらには何が何でも生きて帰ってもらわないと。
「……天界人だってことを差し引いても、凄い生命力だね。
でも、これでもう終わりだ。さよなら、植木くん。
ボクの『夢』のために――死んでもらうよ」
バロウの声だけが聞こえる。もう、視界が霞んで、何も見えない。
何かが、風を切る音。これに当たって、オレはきっと死ぬ。
「……ごめんな、コバセン。オレは――オレの『正義』を、守れなかった」
どん、と衝撃が植木の身体に走り。植木の意識は、沈んだ。
◇
はぁ、はぁと。酸素を求めて大きく呼吸をする。
図書館から離れて十数分――その間ずっと、全力で走っていたのだ。
普段から運動をやり慣れていないシンジにとって、久々の全力疾走。
心地よさの欠片もない、ただのどんよりとした疲労が、シンジの全身を包んでいた。
しかし、身体の疲労以上に。
心が、重く粘性を持った黒っぽいなにかに囚われていた。
「……よし、これだけ離れれば、ひとまずは大丈夫だろう。
……あとは、植木がちゃんと追いついてくれることを信じるしかないな」
道端に座り込み、額に垂れる汗を拭いながら菊地は言う。
自分たちにやれることはやった。生き残る――それが、今の菊地たちに出来る、精一杯だ。
だが、しかし――自分たちの認識が、あまりにも甘すぎたことを痛感する。
菊地は、どこかこの殺し合いをゲーム感覚で捉えていたところがあった。
各自に与えられたアイテムを使い、最後の一人を目指すサバイバルゲーム。
だから、己の知略を尽くせば、必ずクリアは出来るはずだと――そう考えていた。
それが甘かったのだということを、あの二人の戦いを見て思い知らされた。
あれは、菊地たちがどう足掻いたところで立ち入ることは出来ない領域の戦いだった。
(……あんなヤツらまで連れてくることが出来るこのデスゲームの主催者から、本当に逃げ出すことが出来るのか?)
今の菊地に、それを判断することは出来ない。
情報が不足していた。他の世界の情報も、戦力も、何もかも。
焦燥ばかりが募るものの、今はこの歯がゆさを噛みしめるしかないということだけは、分かっていた。
「あっ……!」
驚きを含んだシンジの声が、出口のない思考の渦に巻き込まれつつあった菊地を現実へと呼び戻した。
いったいどうしたんだとシンジに問うと、シンジは黙って支給された携帯電話の画面を菊地へと見せた。
そこに書かれてあった文言は――
『友情日記の所有者、植木耕助はバロウの攻撃を受け、死ぬ』
「これは……」
「僕が契約した、探偵日記です。日記所有者の未来を予知する――」
「おい、じゃあ植木は……!」
このまま探偵日記の予知が成就すれば――植木耕助は死ぬ。
菊地たちを逃がし、足止めをして、バロウに殺され、植木が語った『正義』のままに死ぬ。
それで、いいのだろうか。だが、
「……今さらオレたちが戻ったところで、やれることなんて何もない。
犠牲者が更に増えるだけだ。アイツが……そんなこと、望むと思うか?」
菊地の言うことはもっともだ。植木とバロウの二人に比べれば、菊地たち三人の戦力など微々たるもの。
支給品の中に、銃器はあった。だがしかし、それを、敵――バロウに向けて撃てる人間は、三人の中にはいない。
戦闘経験の有無――それは、単純な戦闘時の技量のみならず、相手を傷つける覚悟の有無、という問題になっていた。
「でも……そんな理由で、彼を見捨てていいんですか!?
僕たちを守ってくれた、彼を……!」
シンジの心は、揺れていた。
エヴァンゲリオンもない今では、シンジはただの非力な男子中学生だ。
ケンカも弱い、頭も良くない。出来ることなど何もない。
それでも、植木のために何かをしたかった。
シンジは、誰かに助けられることの嬉しさを、知っているから。
守られるだけはもう嫌だ。僕も守りたい。
そう、思ったのだから。
「未来日記の予知を変えられるのは、日記所有者だけ……だったよね」
確認するように、一人呟いた。
探偵日記に記載された予知は、植木のものだけ。
周囲の日記所有者は、植木の他にはシンジしかいない。
今、植木の死を覆すことが出来るのは、シンジしかいない――!
怖い。震えている。
多分、このまま逃げ出すのが、一番楽だ。
自分を犠牲にしてシンジたちを助けてくれた植木を、ヒーロー扱いして。
悲しんで、少しだけ傷ついて。
仕方がなかったんだと、無力だった自分を納得させて。
でも。だけど。それでも。
逆説が、次から次へと浮かんでくる。
本当に、それでいいのかと、自問する。
――それでいいわけ、ないだろっ!
「……逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……っ!」
シンジは立ち上がった。ついさっき、逃げてきた道を睨みつけて。
そして、走り出す。疲れて棒になりかけていた足で、しかし逃げ出したときよりも、速く。
後ろで菊地たちが止める声も聞かずに、一直線に図書館へと戻っていく。
植木の『正義』は、確かに異様だった。
普通の人間は、自分のことを度外視して他人を助けることなんか出来ない。
あの人間味がなかった綾波でさえ、次第にエヴァに乗ること以外にも、自分の価値や目的を探し始めたのだ。
自分よりも他人のほうが大事だという人はいても、自分を蔑ろにする人なんて、おかしい。
シンジはそう思うからこそ、植木のことを薄気味悪く感じ、荒い言葉を吐いてしまった。
シンジは植木の『正義』に、共感することなど出来ない。
だが。
シンジたちを守って戦っていた植木の姿に、『憧れ』は感じていた。
自分には到底出来ない行動を迷うことなくやってのける植木は、ある意味で理想ともいえる存在で。
かつてアスカを守れなかった自分と比べてしまうと、植木の愚直さが、とても眩しかった。
それが現実的に可能かどうかは抜きにしておいても、植木のようにみんなを助けられる男になりたいと、そう思った。
いつも怖がってばかりで、大事なところで失敗してしまうシンジにとって、植木こそ『本物のヒーロー』になれる人間だったのだ。
「僕だって……僕だって!」
身体が追いつかないうちに、気持ちが急いていた。
突っ張った足がずるりと地面を滑って、シンジは派手に転倒した。
顔から地面に突っ込み、あごのあたりをすりむいた。
じわりと血と痛みが滲む。ぐぅ、と声にならない声を出して、それでもなお立ち上がった。
このくらいの痛みがなんだ。今、植木はもっと痛い思いをしてるんだ。
よろめきながら、走った。
――見えた。図書館が。あと、少し。
植木が開けた横穴から、館内に滑り込む。
そして、シンジの視界に入ってきたものは。
もう立ち上がることさえ出来ない満身創痍の植木と、その植木に向かって巨大な柱による攻撃をしようとするバロウの姿だった。
◇
どん、と衝撃がした。植木の意識が沈む。
しかし――また、浮かび上がった。
どの程度意識を失っていたのだろうか。数秒? 数十秒?
視界が回復する。
植木の上に、誰かが覆い被さっている。……誰だ?
「……シン、ジ?」
「ぐっ……ううっ……」
“百鬼夜行”に身体を貫かれ、息も絶え絶えのシンジの姿がそこにあった。
どん、とぶつかった衝撃は、植木をかばってシンジが植木を突き飛ばしたときの衝撃だったんだと、ようやくここで理解する。
「せっかく植木くんが逃がしてあげたのにまた戻ってくるだなんて、理解できない行動だね」
冷たく、バロウの声だけが響く。
シンジは今や苦痛の声を出すことさえもままならない様相となっていた。
当たり前だ。頑強な天界人でさえも一撃で失神しかねない“百鬼夜行”による攻撃を何の鍛錬もしていないひ弱な男子中学生が受ければ、それこそ即死していてもおかしくはなかった。
「バカ野郎……! なんで戻ってきたんだよ、シンジ!」
「だっ……て……コースケ、だって、……僕の立場だったら、そうした、でしょ?」
「……! もうやめろ、シンジ! しゃべっちゃダメだ!」
シンジがしゃべるごとに、命の灯火が弱くなっていく。
元気づけるために握った手から熱が奪われていく。
顔色から、赤が失われていく。
ごほり、と肺腑から血を吐き出しながら、シンジは言葉を絞り出した。
「聞いて、コースケ。僕はやっぱり、今でも君の『正義』は、間違ってると思う」
「お、おう……」
「コースケの『正義』が、何も捨てない、全員を救う『正義』なら……最初に救われるべきは、コースケ自身なんだ。
自分自身守れやしない『正義』が、誰かを守れるはずがない。
もし、守れたんだとしても――それは、その『正義』が正しかったんじゃなくて。
コースケが凄かったから、なんだよ。うん、コースケは凄いヤツなんだ。
僕は……怖いよ。人を助けるのが怖い。そんなことが自分に出来るのか、考えるのが怖い。
でもコースケは、違うでしょ。誰かを助けるときに、迷わない。
僕は、そんな人が『本当の、正義の味方』になれると思うんだ。……僕は、なれなかった。
でもきっと、コースケならなれるよ」
「だから僕と約束して。誰かのために使うその『正義』を、少しだけでいい、自分と、助けられるその誰かのために、回してほしい。
そうすればきっと、コースケは本当の意味で、みんなを助けられる……ヒーローになれるはずだから」
「そして、僕の代わりに……綾波と、アスカのこと、助けてやって欲しいんだ」
そこまで言い切って、シンジは口を閉ざした。
もうこれ以上何もしゃべれないというように。
告げられた言葉を、自分の中でもう一度噛みしめて植木は、
「やめろよ、シンジ……自分の代わりになんて、言うんじゃねぇよ……
生きて、オマエ自身が! 守ってやればいいじゃねぇかよ!
怖くても、どんだけ怖くても戦ったシンジが、本当のヒーローなんじゃねぇか!」
もう、植木の叫びに対して答える気力さえ、シンジには残されていなかった。
ほんの少し残された、最後の力を振り絞って、握られた手を、握り返した。
その微かな力を、植木はしっかりと感じた。シンジからの、最後のメッセージを。
「……もう、お別れはすんだかな?
でも心配しなくていいよ、植木くん。もうすぐキミも、お友達のところに送ってあげるからね」
バロウが、もう一度神器の照準を植木に合わせた。
思わぬ邪魔が入ったものの、結果としてバロウのキルスコアが一つ増えただけにすぎない。
植木の死が、ほんの数分遅くなった――たったそれだけのことだ。
むしろ、最後の一人になるというバロウの『目的』に、一歩近づけた。
ここはバロウにとっては何の意味も持たない『過程』に過ぎない。
こんなところで手こずっている時間はない――バロウは、“百鬼夜行”を撃つ。
もう、植木はさっきまでの戦闘でボロボロだ。これで、終わりだ。
「“ゴミ”を――“木”に変える能力」
瞬間――バロウの放った神器が、植木に当たる直前で、消失した。
驚愕――同時に、能力を発動し、今度こそ植木の息の根を止めるべく“過去の攻撃”をリプレイする。
しかし。その二撃目も、植木に当たることなく消滅する。
二度の失敗。それがバロウを激しく動揺させる。
(――どうしたんだ、いったい何が起こった!?
まさか……これが彼の、)
焦りが、更なる攻撃の理由となった。
バロウは過去に行った攻撃を、次々と“現実”に変え、高密度の猛攻を植木に放つ。
しかし、それらの攻撃もまた、先ほどと同様に植木に当たる前にかき消される。
(間違いない……! これは、植木くんの――レベル2能力!)
そう。バロウとの戦いが、最後の引き金となったのだ。
更なる能力を得るために天界人としての力を捨て。
その『力を捨てる』という選択のために、二人の友を亡くしてしまった植木が。
ついに今、レベル2の能力に覚醒する――!
(絶対防御……? いや、そんな感触じゃなかった。
あれは……植木チームと戦うときに使われていたあのシステムによく似ている。
能力の無効化――それがキミのレベル2か、植木くん!)
バロウの推測通り、覚醒したばかりの植木のレベル2能力は、相手の能力の無効化だ。
中学生たちが神様候補から与えられた能力は、すべて“A”を“B”に変える能力である。
しかし、植木のレベル2は――“B”を“A”に変える能力。
全ての能力に対するアンチ・カウンター。バトルの法則を根底から変えかねない能力が、植木のレベル2だったのだ。
そして、同じく天界力を元にする神器と能力は、バロウの中で密接に絡み合ってしまっている。
植木のレベル2がバロウの能力を解除するのなら、連鎖的にバロウの神器まで消滅してしまうのだ。
天界人を含めた全ての能力者の天敵ともいえる植木のレベル2能力――これに対して、バロウが取った戦略は。
植木がまだレベル2能力を使いこなしてしまう前に、殺しきってしまう、というものだった。
なにせ自在に使われるようになってしまえば、全ての攻撃が天界力頼りのバロウは手も足も出ない。
レベル2に覚醒したばかりで神器も取り戻していない今の植木をここで仕留めておかなければ、のちのち最大の脅威となりかねないのだ。
既に無効化された“過去の攻撃”を再度仕込むべく、バロウは攻撃を再開する。
直接植木を狙えば、またレベル2能力で無効化されかねない。
相手が能力を使う必要がないほどに的が外れた攻撃を重ねることが最重要となる。
“鉄”、“唯我独尊”をばらまきながら――バロウは、自分の能力のことを考えた。
“過去の映像”を”現実”に変える能力。
バロウを能力者バトルに導いたマーガレットが提示した幾つかの能力候補の中から、わざわざこの能力を選んだのは何故だっただろうか。
それは、その能力がバロウの『夢』を、そのまま具体化していたからだ。
“過去”を――母と二人、苦しくも美しく、優しかった生活を、再び“現実”のものにしたい。
バロウの『目的』が、そこにはあった。
だからバロウは、その『目的』を、『結果』を出すためだけに戦う。
その『過程』など、どうであってもいい。『過程』がどれだけ酷かろうと、『結果』さえあれば、良いはずだから。
だって、そうだろう?
『過程』が『結果』に影響を及ぼすなんて、あってはならない。
『過程』なんて、どうだっていいはずなんだ。
たとえ、ボクと母さんの間に五年間の空白が――そんな『過程』があったとしても。
このバトルに優勝した先にある母さんとの未来に、『結果』に、そんな『過程』は、何の影響もないはずなんだから。
ボクにとっては、『結果』だけが全てだ。
“過去”を“現実”にするために。
ボクは、戦うんだ。
植木を全周囲から追い込めるだけの仕込みが完成。
今度こそ、これで全てを終わらせる。
バロウは、能力を発動しようと意識を集中させ――
直後。バロウの眼前に、植木が突然現れた。
「これは……日向の分だ!」
神器も能力も使わない、ただの右ストレートがバロウの頬を打ち抜いた。
植木との戦闘が始まってから、初めての被弾――
ただのパンチだったそれは、バロウにさほどのダメージを与えない。
しかし、どうして植木は突如としてバロウの眼前まで接近できたのか?
今の植木は神器を使えないはず。ならば移動用神器“電光石火”を使っての接近も出来ないはずだ。
つまり、単純な身体能力だけで高速移動をしたということになるのだが――あの速度は、バロウが知っている植木のデータをはるかに上回るものだった。
突然の植木の身体能力の向上――それは、天界力による身体強化。
植木のライバルの一人、季崩が開発した戦闘技術である。
天界力には、能力を発動し、神器を生成するほどの大きな力がある。
その天界力を、東洋伝来の『気』の要領で丹田から全身へ流すことにより、身体を流れる気力は数倍にも跳ね上がり、強大な力を得ることが出来る――という。
植木はかつて季崩にこの技術を伝授され、実践した。
そのときは能力と神器の二つの天界力が暴走を招き、戦闘力は向上したものの制御不能の状態に陥ってしまった。
だが、今の植木は――神器を手放し、扱わなければならない天界力の量は減っている。
そして残った分の天界力は、レベル2になるための条件として、既に完璧なコントロールを手に入れていた。
つまり今の植木は、完璧な形で天界力による身体強化を行うことが出来る。
神器の有無という、絶対的な戦力差を限りなく縮めることが出来るほどに――!
レベル2への覚醒、天界力による身体強化。
この二つをもって、植木はバロウへと迫る。
バロウの“鉄”が植木を狙えば植木はレベル2を使いそれを消し、植木の作る巨木がバロウへ伸びるとき、“電光石火”による回避は既に成功している。
しかし――ここに来て、植木が撒いていた布石がじわりじわりと効いてきた。
植木の攻撃により、今、図書館内には至る所に本と棚がばらまかれており足場の状態はかなり悪い。
身体能力を強化した植木は、その上を跳び回ることが出来る。
しかし、バロウが操る“電光石火”に出来るのは、足場の悪い床を無理矢理に走ることだけ。
元々の小回りの利かない性質とあいまって、機動力という点では完全に植木に分があった。
とはいえ、植木に神器というフィニッシュブローがない以上、互いに決定打に欠けるというのもまた事実。
まして植木には、覚醒前にバロウからつけられた手酷い負傷もある。
植木が着実にレベル2を使いこなしつつあるという現状を鑑みても、バロウの攻撃を捌き損ねれば一撃で終わりかねない状態である以上バロウ有利であるのは間違いないだろう。
だが、ここで。バロウ有利の状況を変える、新しい要因が割り込んできた。
「植木、シンジっ! 無事かっ!?」
「……っ! そんな、碇くん!?」
シンジの後を追ってきた、菊地と綾乃の二人だ。
その手には、小型拳銃と突撃銃が握られている。
バロウは、己の不利を悟った。
単純な戦力の総和で考えれば、非戦闘員であろう菊地と綾乃の援軍は誤差の範囲内に過ぎない。
しかし、多対一の状態になるのがまずかった。
神器は、その殆どが一対一の戦闘を想定した能力となっている。
バロウはその弱点を、”過去の映像”を”現実”にする能力によって神器の同時展開をすることで解消していたが、植木のレベル2が相手だと”過去の映像”のストックが溜まる前に次々消されていくのがオチだ。
多人数を同時に攻撃するに特化した神器がないまま、植木たち三人を相手にするのは――不可能ではないが、確実でもない。
バロウが達成しなければならないのは、最後の一人になるという『目的』だ。
故に、ここは一旦退く。『過程』での敗走など、いくら重ねてもかまわない。
「……最後に言っておくよ、植木くん。
ボクの『夢』は、誰にも汚させない。
キミの、歪みばかりの『正義』でボクの『夢』を潰すつもりなら、今度こそキミを殺す」
“電光石火”に乗り、バロウは図書館を離れた。
植木が追ってくる様子もないようだ。
(植木くんの覚醒は誤算だったけど……でも、一人は殺せた。
大丈夫。ボクは、『夢』に近づいている)
だが、このゲームが始まってから、少し派手に動きすぎた。
消耗も激しい。そろそろ小休止をしてもいい頃合いだろう。
先はまだ、長いのだから。
◇
バロウが立ち去った図書館で――植木たち三人は、呆然と立ち尽くしていた。
三人の前にあるのは、碇シンジだったもの――少年の亡骸だ。
誰よりも怖がりで、だけど優しかった少年が、四人の中で真っ先に死んでしまった。
三人とも、シンジに出会ってから数時間も経っていない、時間だけでいうならとても浅い仲だった。
だが、時間では計れない絆が、四人の中では生まれつつあったのだ。
その矢先の悲劇に――
「……植木。先に言っておくけどな、これはお前のせいじゃない。
お前の言うことを聞かずに戻ったシンジのせいでも、そのシンジを止められなかったオレと杉浦のせいでもない。
悪いのは全部、こんな殺し合いを開きやがったヤツだ。
だから……お前が一人、背負い込んだりなんか、絶対にするな」
植木が、シンジの死に責任を感じて、また暴走してしまうのではないか――そう危惧しての菊池の言葉だった。
しかし、その言葉を受けた植木は、怒るでも、悲しむでもなく、神妙な面もちでぽつぽつと自分の言葉を語り始めた。
「……オレは、今まで助けられるヤツらの気持ちを考えたことがなかったんだ。
だってオレにとっちゃ困ってる人がいれば助けに行くのなんて当たり前で、それ以外の選択肢なんて最初からなかった。
だからシンジたちにそれはおかしいって言われて――オレはオレが分からなくなっちまったんだ。
もしかしたらオレがやってたことは、ただの自分勝手な押しつけだったのかもしれない。
選ばなかった選択肢に、本当に正しい答えがあったのかもしれない」
菊池は、頷いた。
それが植木に一番伝えたかったことだったからだ。
植木は、自分の『正義』を盲信しすぎる。
そしてその『正義』は、おおむねにおいて正しいが――全ての状況において、正しいとは限らない。
それを理解していない植木が、この法など何もない無法地帯で己を貫こうとすれば、遠からず大きな衝突が起きていたに違いない。
だが、植木は気付いてくれた。
それを教えてくれたのは――きっとシンジだ。
命を懸けて、シンジが植木を『本当の正義の味方』に変えてくれたのだ。
「でも、いくら考えたって、どれが本当に正しい『正義』かなんてオレには分からなかった。
……あのさ、せっかく、シンジが教えてくれたのに……オレはやっぱり、オレでしかないみたいなんだ。
オレはみんなが悲しむところなんか見たくない。
誰かが傷つくところなんて見たくない。
だからきっと、オレはこれからも無茶をすると思う。みんなに心配をかけると思う」
だけど、
「これからはもう、一人で突っ走ったりしないぞ。
オレも『みんな』で、『誰か』なんだ。オレも含めて、みんなを守れる――それがオレの、新しい『正義』だ」
「……ブラボー、99点ってとこだな」
「む、あと1点はなんなんだ?」
不満そうな顔で、植木は菊地に聞く。菊地は、
「だって100点満点なんかやっちまったら、またお前は自分の道に突っ走っちまうだろ。
あと1点は、いつだってお前以外の誰かが持ってる。そいつに耳を傾けるのを忘れないってのが、最後の1点の在り処だ」
にやり、と解答を出す。
何はともあれ、菊地先生の補習授業の第二回は、始まる前に終わってしまった、というところだろうか。
そういえば、第一回目の生徒は――と、菊地は綾乃の様子を伺う。
綾乃の大きな瞳と、視線が合う。綾乃のほうも菊地のほうをずっと見ていたらしい。
意図せずして見つめあう形となってしまった二人。先に目を背けたのは綾乃のほうだった。
気恥ずかしさからか、頬を少し赤く染めながら、
「菊地さん。……宿題のことなんですが――私、決めました。
人が死ぬのって、すごく悲しいことなんです。今私たちが感じてる悲しさや苦しさだけでも、すごく辛いのに……
もし碇くんの死を知ったら綾波さんたちも、悲しむはずなんです。
私は……悲しいのは嫌だから。いつもみんなで笑っていられるほうが、好きだから。
だから私は、人を殺さない――殺さないですむ方法を見つけます。絶対見つけます。
今はまだ、その方法がどこにあるのかさっぱり分からないけど――でも、絶対」
見つけます、と自分に言い聞かせるように。綾乃は菊地に、はっきりと宣言した。
(……碇先生。お前のおかげで……こいつらは一回り大きくなったよ。
オレも、お前に教えられた。ありがとな、シンジ。お前のことは――忘れない。オレたちは、必ず生き抜いてみせる)
三人は、シンジの亡骸を埋葬すべく彼を担いで外へ出た。
日の光は、もうすっかりと昇っていて。空は、悲しくなるほどに、青かった。
植木の能力で、図書館の近くにあった公園の片隅に、シンジの墓を作った。
大きな、桜の木の下だった。
「……あとで綾波さんにも、この場所を教えてあげないといけませんね」
ぽつりと、綾乃が呟いた。ああ、と菊地が応えた。
あのさ、と前置きをして、植木が二人へと振り返る。
「オレは――もう、絶対に誰にも負けない。バロウにも、ロベルトにも、他の誰にも。
だからさ――だから。今だけは、泣いてもいいかな」
ハッとした――そうだ、あまりにも強かったから。あまりにも正しすぎたから忘れそうになっていたけれど。
植木はまだ、ただの中学一年生でもあったのだ。菊地よりもさらに二つ年下の、ついこの間まで小学生だったような少年なのだ。
友達をなくしたヤツに――泣くな、だなんて言うことは出来なかった。
何より、自分自身。涙を、こらえられそうになかった。
「……いいんだよ、植木。友達がいなくなったとき、そんなときに泣かないでどうする。
今、オレたちは――泣いてもいいときなんだよ」
う、と植木の口から嗚咽がこぼれた。それは次第に大きくなっていき――
うわんうわんと確かな声に変わっていたとき、三人とも、大きな涙を流して子どものように泣き喚いていた。
【碇シンジ@エヴァンゲリオン新劇場版 死亡】
【残り 34名】
【G-7/図書館付近/一日目 午前】
【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、AK-47@現実、不明支給品×0~2、図書館の書籍数冊
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:誰も殺さずにみんなで生き残る方法を見つけたい。
2:学校を経由して、海洋研究所へ向かう。
3:と、歳納京子のことなんて全然気になってなんかないんだからねっ!
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:デリンジャー@バトルロワイアル
[道具]:基本支給品一式、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊
基本行動方針:生きて帰る
1:学校を経由して、海洋研究所へ向かう。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
【植木耕助@うえきの法則】
[状態]:全身打撲
[装備]:友情日記@未来日記
[道具]:基本支給品一式×3、遠山金太郎のラケット@テニスの王子様、よっちゃんが入っていた着ぐるみ@うえきの法則、目印留@幽☆遊☆白書
ニューナンブM60@GTO、乾汁セットB@テニスの王子様、探偵日記@未来日記
基本行動方針:絶対に殺し合いをやめさせる
1:自分自身を含めて、全員を救ってみせる。
2:皆と協力して殺し合いを止める。
3:日記を使って佐野とヒデヨシとテンコも探す。
[備考]
※参戦時期は、第三次選考最終日の、バロウVS佐野戦の直前。
※『友情日記』の予知の範囲はは自身がいるエリアと周囲8エリア内にいる計9エリア内に限定されています。
※日野日向から、7月21日(参戦時期)時点で彼女の知っていた情報を、かなり詳しく教わりました。
※碇シンジから、エヴァンゲリエヴァンゲリオンや使徒について大まかに教わりました。
※レベル2の能力に目覚めました。
【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷 および全身数か所に切り傷(手当済み)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2、手塚国光の不明支給品0~2、死出の羽衣(使用可能)@幽遊白書
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
0:どこかで休息を挟みたい。
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:皆殺し。特にロベルト・ハイドンは絶対に生きて返さない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(ただし、使えたとしても制限の影響下にあります。次に使用できるのは8時間以後です)
最終更新:2021年09月09日 19:28