「正義」「夢」どんな言葉でも   ◆j1I31zelYA


バロウ・エシャロット。中学一年生。
好きな言葉は、『お母さん』。

「うわぁ……」

GPSで言うところのエリアH-6地点で電光石火(ライカ)を止めると、バロウは感嘆のため息をこぼした。
静かな湖畔の森の陰。
言葉にすれば単純な景色だったけれど、バトルに参加するまでろくに遠出をしたことも無かったバロウには、ごく新鮮な光景だった。
もうずいぶんと高い位置にのぼった太陽が、鏡のような湖面にまぶしい光を落とす。
それは決して、写真家が時間帯を吟味して撮影した写真のような、きらきらと水面が輝くたぐいの美しさではなかった。
けれど青とも灰色とも形容しがたい色をした水面が空を鈍く映してのっぺりと広がる素朴さは、ささくれ立った心を癒してあまりある。
母が健康だったならば、こういう風景を絵画におさめていただろうに。
きれいなものや珍しいものを見るたびに、バロウはいつもそのことを思っていた。

「インクじゃなくて、絵の具があれば良かったんだけどな……」

岸辺に座り込んでディパックを開きながら、そんな愚痴がこぼれてしまう。
食料を取り出すついでに目に入ったのは、『同人誌制作セット』なる支給品だった。
確かに紙はあるし色を塗る筆もカラーもあるけれど、使い慣れていない漫画用の道具では景色を上手く描き出せない。
そんな考えをしている自身に気がついて、もしここに普通の絵筆があれば、いつものように絵を描いたのだろうかと苦笑する。

この殺し合いから生還する時に、バロウは人間になっている。
人間になって真っ先にしたいのは、バロウの描いた絵を母に見せることだった。

わざとじゃなかった。押し込み強盗かと思った。傷つけるつもりなんてなかった。
言い訳を重ねても、異形の力で母を傷つけた罪が消えるはずなかった。
心を閉ざしているから、介護しても応えない。耳が聞こえないから、話しかけても通じない。回復する見こみもない。
そんな母親に、どうやって償いをしたらいいのか。
『本当に良い絵には、人の心を動かす力がある』と。
画家だった母親は、常日頃からそう言っていた。
母がどれほど絵を描くことが好きか知っていたから、幼いバロウはその言葉を信じた。
だから、償いをするなら絵を見せるしかないと思った。
外に出かけられないなら、絵にかいた色々な景色を。
言葉が届かないなら、絵にこめられたバロウの想いを。

ほら母さん、今日はいい天気だよ。外の景色を描いたんだ。
じゃーん、『晴れ』。

毎日毎日そんな言葉をかけながら絵を見せ続け、反応の無い母に少しだけ落胆して。
それでも、虚ろな目をした母がまた笑顔になるところが見たいから、いつかを夢見て呼びかけ続ける。
今は無理でも、時間が母を癒してくれるかもしれない。
今は絵を見てもらえなくても、がんばり続ければ母の心を動かせるかもしれない。
『過程』を積み上げていけば、いつか届くと信じたい。
その頃は、こんな自分でも人間のふりができたらと希望を持っていた。



――お前は『ただの人間』になれる。その力があろうとなかろうと……お前は、なれるんだ……



「無理だよ。『あんな目』で僕を見る母さんと一緒に、どうやって人間らしく生きたらいいのさ」

水面に映る自分の姿に向かって、バロウは言い聞かせるようにつぶやいた。
気を取り直すように「そうだ」と声に出して、携帯電話に目を落とした。
いそいそと指を動かし、支給品チェックの時にたまたま見かけた機能を呼び出す。

「えっと……真ん中のボタンを押すだけでいいんだよね」

パシャリと音を立てて、景色が四角く切り取られる。
母の介護生活をしていた都合から、バロウの絵はどうしても近場の景色に限定されてきた。
しかし、景色を写真に記録して、それを頼りに絵で再現するという方法は試したことがなかった。
人間になった時に、母に見せられる景色が増えた。
がんばれば手に入る幸せを思い、口元が笑みの形にゆるんできた。
辛い記憶もたくさんあるけれど、本来のバロウは絵を描くことの大好きな少年だった。




バロウが能力者バトルの存在を知る、少し前のことだ。
深夜の家に、二人組の強盗が侵入した。
母が危ない。その一心で、バロウは神器を使った。
本当は使いたくなかったけれど、とにかく母を守らなければという一心で“鉄(くろがね)”を撃って、強盗を気絶させた。
母が寝ているベッドから小さな悲鳴が聞こえて、我に返った。
ずっとうつろな目をしていた母が、その時だけは何年かぶりに感情を取り戻した。

母は恐怖に染まった目で、息子の持つ自分を傷つけた異能を見ていた。

音をたててバラバラと、積み上げてきたものが崩れ落ちた。
積み上げてきた『過程』には、何の意味もなかった。
『結果』のともわなわない『過程』など、無価値でしかなかった。
バロウという『化物』の存在そのものが、母親を傷つける危険要素でしかなかったのだ。




「うわ、血までついてる……殴られた時のかな」

改めて己のダッフルコートを見下ろし、その有り様に眉を寄せた。
破壊した図書館の壁や倒れた本棚から舞い上がったホコリで、薄茶色をした上着はずいぶんと汚れていた。
こんな恰好のままで殺しを続けるのも、『疲れを引きずっている』という感じがしてモチベーションに悪い。
休息をとる前にコートを脱ぎ、なるべく丁寧に汚れをはらった。
襟の下あたりに、赤い血痕が何滴か飛び散っている。



――お前みたいに……自分のために人を殺せるヤツなんかに……



その血を飛び散らせたヤツの怨嗟が思い出される。
コートをギリギリと強く握りしめた。
敵の友人だった、日向とかいうらしい少女を殺した。だから恨まれた。それは理解できる。
自分の目的のために、誰か仲間の命を奪うのだから。恨まれもするだろう。
母親より優先度が低いというだけで、バロウだって元いた世界のチームメイトたちには仲間意識を持ち合わせている。
だから、その言葉が見知らぬ他人の口から飛び出したものだったら、バロウも『もっともだ』と頷いただろう。
しかし、他の誰でもない植木耕助に言われるのだけは虫唾が走った。
何故なら、植木が言うと『仲間を殺されたのが許せない』だけではない意味を持つからだ。

「『なんか』なんて言われたくないよ。アイツにだけは」

己のために他人を切り捨てる者は、植木にとって『なんか』なのだ。
自分だって、《正義》というワガママで他者を潰そうとしている癖に。

「何も切り捨てずに済むと思ってるから、そんなことが言えるんだ……」

犠牲など必要ないと信じていられる幸せな者に何を言われたところで、それはバロウを救わない。
バロウには、他者を犠牲にして幸せになるか、他者の幸せのために夢を諦めるかの二択しか用意されていなかった。

天界の能力者バトルと今回の殺し合いは、叶う『願い』の規模が大きく異なる。
能力者バトルの褒美は、あくまで『優勝者本人』を対象にした願いしか叶わなかった。
ロベルト・ハイドンのように人類を滅ぼす願いを持った参加者もいたけれど、あくまで『優勝者を対象とした才の付与』が前提だった。
つまり何でも願いを叶えてくれるわけではない。
例えば、寝たきりの母親を回復させるとか。壊れてしまった母親の心を癒すとか。
そして、裏取引をして『人間にしてもらう』という報酬を目指していたバロウも、『自らに対する願いしか叶わない』という意味では変わりなかった。
もっとも、才の中には『特殊メイクの才』や『温泉発掘の才』もあるぐらいだから、人を治せる才も探せば存在したのかもしれない。
しかし見つけたところでバロウの母のそれは、医学的な処置でどうにかなるものではなかった。
しかし、今回の殺し合いは違う。
何でも願いを叶えると、説明された。
それこそ、世界をまるごと手中にする願いでも構わないと。
その信憑性は計り知れないけれど、しかし《可能性》は提示された。

だから。
真に母を大切に思うならば。
バロウは≪人間になってお母さんと通じ合えるようにしてください≫ではなく、≪お母さんを治してください≫と願うべきなのだ。

健康な体に戻ってまた絵を描けるようになることが、一番の幸せに決まっているのだから。
もちろん、母親を治すという願いだって叶うかもしれない。
主催者は願いが一つしか叶わないなんて言っていないし、それなら二番目には『母の回復』を願うに決まっている。
しかし、一番の願いにすることはできなかった。
自分の幸せのために、バロウは《幸せな母》ではなく《自分を受け入れてくれる母》を選んだ。

色々な景色を見せてあげたいという気持ちに、嘘はなかった。
しかし。
声と表情を取り戻した母親が、またあの忌避の眼でバロウを見たら。
きっと、そんなことには耐えられない。
『すべてを切り捨てる覚悟がある』と言いながら、そこには捨てられないエゴしかなかった。

『だけど』と叫ぶ。
バロウの内なる声は、それでも叫ぶ。
自分と他人を天秤にかけて自分を選ぶことは、そんなにいけないことなのか。
誰かを犠牲にするなという『正しさ』は、バロウのような者を犠牲にする。
だから、何度だって言いかえす。

「『人が死ぬからなんだっていうの』ってね」

血痕を拭きとるのはあきらめて、青々とした草むらに天日干しをさせる。
せっかくの休息時間なのだからと、バロウ自身も草の上にごろりと寝ころんだ。
携帯電話の目覚ましを、11時55分にセットする。
眠りにおちても、これで放送前にはおきられるだろう。


【H-6/池 西岸/一日目・昼】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷 および全身数か所に切り傷(手当済み)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話に画像数枚)、手塚国光の不明支給品0~1、死出の羽衣(使用可能)@幽遊白書 、同人誌制作セット@ゆるゆり
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
0:仮眠をとる。放送時には起きる。
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:皆殺し。特にロベルト・ハイドンは絶対に生きて返さない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(ただし、使えたとしても制限の影響下にあります。次に使用できるのは6時間以後です)

【同人誌制作セット@ゆるゆり】
手塚国光に支給。
歳納京子が同人誌の締切前に学校に持ち込んでいる漫画制作道具。
原稿用紙、ペン、各種トーン、インクなどひとそろいが入っている。



Back:枯死 ~絶対危険領域~ 投下順 探偵と探偵のパラドックス
Back:枯死 ~絶対危険領域~ 時系列順 探偵と探偵のパラドックス

1st Priority バロウ・エシャロット ルートカドラプル -Before Crysis After Crime-


最終更新:2021年09月09日 19:40