悪魔の証明  ◆Ok1sMSayUQ


 雪のように降り積もった記憶も。拵えた傷という名の栄光の残滓も。
 全て、全て。朱で塗りつぶせてしまえばいいのに。

     *     *     *

 歩く。
 歩く。
 まるで幽鬼のように。

 ホテルから続く、舗装された道路。
 山の麓にあるホテルは一本道で街と繋がっており、そこを歩いていかなければ目的地にはたどり着けない。
 森を切り拓いて造られた道だからか、切原赤也の左右には等間隔で揃えられた杉の木が並んでおり、威圧的に赤也を見下ろすかのようにそびえ立っている。
 まだ午後に差し掛かるか否かという時間帯であるにも関わらず、森の奥は薄暗く、どうなっているかも窺い知れない。
 昼間でも幽霊が飛び出てきそうな、そんな不気味な道であった。車で駆け抜けるならいざ知らず、人の足で歩くには怖いくらいに沈黙を帯びた道――。

「……うるせぇ」

 打ち破るかのように、ではなく。
 苛立たしそうに、心底腹に据えかねているかのような、低く、敵意の篭った声色で、赤也は『言い返して』いた。
 赤也の覚束ない足取りの原因。全てを殺し、全てを無に返そうと決めて歩き始めた瞬間から。
 世界を全て朱で染め上げてやろうと絶望した瞬間から、赤也の耳には、亡霊の声が聞こえていた。

「うるせぇってんだよ!」

 誰ともつかない……いや、見知った人間全ての声色でなにがしかを囁くそれは、亡霊以外に表現しようのないものだった。
 何を言っているのかすら判別はつかず――、しかしその時には、置き去りにしたはずの顔たちが、過ぎってしまうのだ。
 赤也にはそれが我慢ならなかった。亡霊の言葉の中身が分からないことよりも、自分が一番知っているものをちらつかせる事の方が腹立たしい。
 まるで「思い直せ」とでも言われているようで。「間違いはまだ正せる」と言われているようで。
 そんなに……そこまでして、自分を否定したいのか、と赤也は目を血走らせて、握ったテニスラケットを振るった。

「ネチネチ言ってんじゃねぇよ! いるんなら出て来い! 俺がテニスでブッ殺してやる!」
「俺がそんなに憎たらしいってか!? そんなに俺がおかしいかよ! ヒト殺して叶える夢なんか夢じゃないってか!」
「なら力づくでも止めてみろよ、出来ねぇよなぁ! テメーらは俺を見下ろすだけだ! 降りてくるつもりもない傍観者だ! 俺はそんなの恐れねぇ!」
「そうだよ、テメーらは副部長でも、手塚国光でも跡部景吾でもねぇ! だからそんなツラ見せんじゃねぇ! 声を聞かせんじゃねぇよ!」
「だから!」

 人に見つかっても構わないとばかりに赤也は大声で怒鳴り散らし、感情を発散させ、

「だから……! 俺を間違ってるなんて言わないでくださいよ……! 俺を置き去りにして、行っちまったくせに……!」
「自分勝手に死んじまったくせに、俺に強くなれって言うのは、勝手過ぎるんだよ!」
「そこまで言うなら……俺を救ってくれよ……」

 最早涙も出なかった。悲しみさえ流し尽くした赤也の体には紅く流れる悪鬼のような血潮しか残っておらず、
 それでいて尚、腹の奥底に沈殿する哀しみが、赤也を鬼ではなく人たらしめていた。
 故にこそ――、火で体を炙られているかのような苦しみで、喘ぐことしかできないのだ。

「どうせ出来やしない」

 それが分かっているから、赤也は悪魔という仮面で蓋をする。
 償却されない思いを、暗黒の深淵に落とし込んで、自分にはもとより希望などというものはなかったと結論をする。
 絶望が苦しいなら。克服するためには。自らが『それ』になるしかなかった。
 虚無と言う名の狂気に身を委ねたのだ。

「俺は、『悪魔』なんだからなァ! 誰にも俺は救えねェよ!」

 死んでいった仲間たちに、合流できていればという後悔も。
 出会った人間全てに裏切られたという失望も。
 自分だけが残された苦痛も。
 全て押し込めて、忘却する。

「『悪魔』じゃねェならさァ! 俺が『悪魔』じゃないって証明してみろよ!」

 天を仰ぎ、哄笑を撒き散らす。
 赤也の歩く道の後ろには、ラケットで殴られ薙ぎ倒された木々がある。
 悪魔化した赤也ならば容易いことだった。彼は一流のテニスプレイヤーでもあるのだから。
 もう車は通れないだろう。ホテルに戻り、野ざらしのままの『副部長』の遺体を改めて埋葬するという考えも消した。
 ――聖域を、赤也は自ら閉ざした。

「見とけよ」

 亡霊のいるそこに。黙して動かないそれに、赤也は凄絶な天使の微笑みを投げた。

「俺は常勝無敗、立海テニス部の切原赤也だ」

 踵を返す。
 誰もいない方へ。
 敵のいる方角へ。
 もう、戻れない道へ。




【C-5/一日目・日中】


【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態 、強い決意、『黒の章』を見たため精神的に不安定、ただし殺人に対する躊躇はなし
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様、燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:人間を殺し、最後に笑うのは自分。誰にも俺は救えない
1:全員殺して願いを叶える
2:敵のいる方角へ向かう
[備考]:余程のことがない限り元に戻ることはありません。



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限りなく純粋に近いワインレッド 切原赤也 7th Direction ~怒りの日~


最終更新:2021年12月14日 11:00