第三回放送 ~神ならぬ身にて天上の意思にたどり着こうとする大人たち~ ◆j1I31zelYA
円形の広間。
その中心に、巨大な玉座があった。
見上げれば天井が見えないほどに高く、見下ろしても床はなく奈落の底がある。
その中間を浮遊する玉座に、座るものはいない。
空っぽの玉座を囲むようにして、『彼ら』は無秩序に騒ぎ、おしゃべりをしていた。
さながら、主君が不在にしていることを利用してさぼりを決め込んだ小間使いたちのように。
――否、『彼ら』に性別があるのかどうか定かではないが、便宜上は『彼女ら』と言い表すべきだろう。
「うおーい、そっちの漫画は、まだ読み終わらんのかー?」
「今、いいところなのじゃ!ムルムル6がテレビを占領しておるから、原作で話を追うしかないのじゃ!」
「わからん……この『びでおてーぷ』とやらは、どうやって操作するのじゃ?
これでは、録画してもらった『黒の章』が再生できんではないかー」
「ほいっ! これであがり。ジジ抜きはワシの十連勝なのじゃ!」
「くそっ……もしやお主、トランプに刻まれたミリ単位の傷跡まですべて記憶しておるな」
「なぁ、その弁当は本当に美味いのか? グロテスクな触手の丸焼きにしか見えんのじゃが……」
「トウモロコシよりずっと美味いのじゃ! 森とかいう奴は料理上手なのじゃ!」
第三十六因果律大聖堂。
その中央に座しているべき運命神の姿はなく。
ぐるりと配置された十二の謁見席を占めるのは、くつろいでいる同じ外見をしたムルムル達だった。
その数合わせて、八匹。
別のムルムルの位置におしかけてトランプに興じるようなムルムルもいるから、謁見席はまばらに空いている。
それぞれに思い思いの手段で、退屈しのぎに熱中していた。
「おかしいのう。オリジナルのムルムルによれば、女子とは『少女漫画』なる異性との恋愛ロマンスを好むらしいのじゃが……この漫画、ちーっとも恋愛する女が出てこぬではないか」
額に『7』という数字を表記したムルムルが、寝そべりながら両手に持った漫画のページをめくる。
その脇には既刊らしき単行本が十冊ばかり積まれていて、様々な属性の美少年たちがずらりと勢ぞろいした表紙絵を晒していた。
とある平行世界から取り寄せた人気漫画で、タイトルを『ラブラブ王子様』という。
帯には『無限の輝き、無二の個性派』というキャッチコピーが書かれ、原作者である男性が気取ったポーズをとる写真が掲載されていた。
「それを言うなら、こっちの漫画だってちーっとも男との恋愛が出てこないのじゃ。
どころか、この漫画だと女同士で恋愛することについて語り合っておる」
その隣、『8』の字を冠されたムルムルのとなりにも、同じく漫画が山と積まれていた。
タイトルは『百合男子』『きものなでしこ』『恋愛彼岸~猫目堂こころ譚~』『ふ~ふ』『飴色紅茶館歓談』『レンアイ女子課』などなど。
タイトルや作風は異なるけれど、ジャンルとしては同じものを取り寄せている。
「そう言えば、オリジナル……ムルムル3がためこんでいた少女漫画はどこにいったのじゃ?」
そう尋ねたのは、小型テレビとビデオデッキにむかって格闘していた『6』のムルムルだった。
「おそらく、ムルムル3が大東亜共和国にまで持ち込んでおるのではないか?
殺し合いの経過報告で忙しいとはいえ、休憩くらいは欲しいところじゃからの」
答えたのは、トランプ遊びに興じていた『9』のムルムルだ。
その相手をしていた『10』のムルムルが、カードを切りながら会話に加わる。
「『オリジナル』も大変じゃのう。ワシらより長く生きているというだけで、仲介役まで押し付けられるのじゃから」
「その点、末妹のムルムル『12』は羨ましいのう。今頃は前線で殺し合いを眺めながら、我妻由乃あたりでも焚きつけておるのではないか?」
「わしらにも記憶を共有するスキルがあれば良かったのじゃがな。元ネタの『妹達』みたいに」
「それは無理というものじゃ。あのネットワークは超能力あってのものじゃから。
悪魔を脳力開発する方法など、まだ確立されておらんしのう」
「しかし、こうして『複製(クローニング)』には成功したではないか。悪魔の超能力者出現だって、そう先のことではないはずじゃ」
悪魔の遺伝子の成り立ちを解明することは、学園都市から輸入した遺伝子研究をもってしても難しいブラックボックスだった。
しかし、性別無しの無性生殖をする生命体と仮定することで、『神』と桜見市はその生き物を複製することに成功する。
もちろん単に複製しただけでは成長速度をはじめとした色々なところで無理が出てくるものだから、『学園都市』の『複製人間(クローン)を急速に成長させ、かつ長持ちするように維持する方法』が利用された。
同じ手段を使って大量生産された少女達のように、情緒面が未成熟に育ってしまうのではないかとの危惧はあったけれど、元よりムルムルは人間らしい感情を持たない悪魔だったので問題視されなかった。
複製することにこだわったのは、『何周もの平行世界からムルムルを連れてきて手駒にする』よりも手間がはぶけると踏んだからだ。
ムルムルはどの世界でもデウスの支配下に置かれている生き物だし、基本的には異なる世界の介入者からちょっかいをかけられるなんて良しとしない。
別世界のデウスを敵に回すよりも、よく手懐けられたムルムルを一から生み出す方がリスクが少ないと、ジョン・バックスは『ムルムルシリーズ』の量産を提言した。
自分たちの世界のムルムル――『3週目の世界』を意味する『ムルムル3』をオリジナルとして、12の数字まで続く、10匹のムルムルを。
「もっとムルムルの数を増やしてもよかったと思うのじゃがなぁ……」
「それはしょうがなかろう。ワシらはいちおう不死身じゃし、人間より強いのじゃ。
あまり『桜見市』側の戦力を強化しすぎては、大東亜から難癖をつけられる」
「それは共和国の方が神経質すぎるのじゃ。因果律大聖堂にさえ、坂持の私兵が見回りに来るなんて聞いてなかったのじゃ」
「まったくじゃ! おちおち予備の支給品でサボ……遊ぶこともできん」
ぶうぶうと不満を漏らすムルムルたちだったが、かの国との関係にも『大人の事情』があることは理解している。
理解した上で、それを面白がってすらいる。
たとえば、安易に考えれば『市』である桜見市の方が『国』である大東亜共和国に対して、ヘイコラと阿るかあるいはビクビクとへりくだる関係になりそうだが、決してそうはならないということだ。
むしろ、坂持の護衛にしては多すぎる私兵が動員されたことなど、かなりの部分でその国の裁量に委ねている。
それは相手に逆らえないがゆえの低姿勢ではなく、むしろ相手から信頼を買おうとする余裕に近いものだった。
ともかく、今の桜見市は使おうと思えば使える大きな発言力を、強力な一国家に向けて持ち得ている。
「のう……前から気になっておったのじゃが」
空飛ぶミニチュアバイクにまたがって玉座のてっぺん周りをドライブしていたムルムル11が、エンジンを停めた。
カワサキ750RSZⅡという名前の二輪車から排気が止んで、中空で動きをとめる。
「あの国の連中は、ちょっとワシらのことを警戒しすぎておる気がするのじゃ。
坂持は友好的にしてくるから分かりにくいが、どうも兵士たちがワシらを見る目が感じ悪いというか、トゲがある気がするのじゃ」
高所からの問いかけに、他のムルムルたちが一斉に呆れ顔で見上げた。
「お主、オリジナルや11thたちの話を聞いておらんかったのか?」
「連中がワシらに目を光らせるのは、当たり前なのじゃ」
「そもそも、別の世界に時空移動できるのは、今のところ『神』やワシらだけなのじゃし」
「そうなると、異世界と繋がる主導権はどうしてもこちらにあるのじゃから」
「ワシらが縁をきった場合、仮にあの世界のアメリカにでも情報を売られたりすれば、連中はマズイことになるからの」
「そうならぬように、監視しつつ友好的にするしかないのじゃ」
たくさんのムルムルから口々に反論されても、ムルムル11は納得していない風を見せる。
「殺し合いのことなんかを暴露されたらマズイのは、桜見市も同じではないか?
それにこっちだって、あの国以外にいいスポンサーは見当たらなかったのじゃ。
裏切られたら後がないのは、お互いさまだと思うのじゃが……」
「分かっておらんのう、お主は」
同じムルムル同士の間にも優劣があったことが嬉しかったのか、ムルムル4が得意げに『やれやれだぜ』という仕草をする。
「違うのじゃよ。
『ワシらの世界』で『ワシらの交流』が世間に知れわたることと、
『大東亜共和国がある世界』で『それ』が明るみになることは、全く意味が違ってくるのじゃ。
あいつらは、『マズイ立場に追い込まれる』ぐらいではすまん。
おそらく国家の開闢以来、最も恐れていることが起こるぞ」
それでも理解が追いついていない同胞に向かって、
そのムルムルはため息をひとつ。
そして、こう言った。
「オリジナルによれば、な。
ワシらが住む『別世界』のことを詳しく知った時、あの国の要人どもは狂乱した。
なぜか分かるか?」
◆
並行世界など、存在してはならない。
坂持金髪にとって、同僚にあたり上司にあたり、主君とその取り巻きにあたり、神様よりも恐ろしく尊い立場にあたる人々は、そう結論づけた。
(得られるものが多いってのは、ゲームを見てるだけでもよーく分かるんだけどなー。
やっぱりマズイだろ。我が国の……いや、若者の“未来”のためには)
一服してタバコの煙を吐き出すと、坂持は殺し合いの中継映像を漠然と眺めていた。
現在進行形で、戦っている中学生がいる。
疲れ果てて、じっと座り込む中学生がいる。
かろうじて生きている中学生たちが、等しく踊らされて踊っている。
(『こんなに中学生がいる中の、たった二人しか大東亜共和国を知らない』なんてのは、マズイ。マズイんだよ)
大東亜共和国が、どこにも存在しない。
数多ある世界のほとんどがそういう仕組みだと聞かされて、そこにいた高官たちは愕然とした。
世界中のどこを探したってこんなに素晴らしい国は存在しないと、信じていたがゆえに。
かくあるべき理想郷だと確信して、運営してきたからこそ。
おぞましくも、それは事実だった。
自分たちの住む世界と変わらない文明を持つ、二十世紀の現代の世界でも。
あるいは、ずっと近未来の文明を持つ、『学園都市』を抱えた世界でも。
あるいは、『天界』や『霊界』のように、常識で考えても有り得ない領域を抱えこんだ世界でも。
あるいは、『セカンドインパクト』が起こり地球の環境が激変するような、まったく違う歴史をたどっている世界でも。
若者たちは同じように学校に通って、同じように授業を受けて、色々な部活動にいそしんで、友人と談笑して、流行の音楽の話題や恋愛の話題で盛り上がり、変わらない日常を過ごしているのに。
そこで行われている教育に、『大東亜共和国』の名前はおくびにも出てこなかった。
その代わりに居座っているのは、国名にして漢字二文字の、憎き米帝を劣化コピーしたような薄っぺらい自由主義国家でしかない。
どうしてそんな国家体制が生まれたのか、そこに至るまでの歴史を調べた調査員達は吐き気を催した。
にも関わらず。
その国はたいそう発展していた。
それこそ、GNPにおいて大東亜共和国と遜色ない値を叩きだすぐらいに。
それこそ、多くの世界の若者が、この国の中学生とさして変わらない”日常”を過ごすぐらいに。
それらの国では、大東亜共和国のような思想こそが、一時期だけ染まりかけた黒歴史にも等しい扱いを受けていた。
あたかも、大東亜共和国の方こそが『何かの手違いで生じた間違えている国家』だと証明するかのように。
「現在時刻は17時56分……市長はそろそろ放送席に座ってる頃だな」
腕時計を確認すると、ソファに深く身を預けてモニターだらけの部屋でひとりごちる。
静かだった。
”プログラム”を実施している本部に特有の、スーパーコンピューターや大型発電機が駆動する音もないし、兵士たちがせわしなく動き回る気配もない。(もっとも呼べば出現する場所に控えているけれど)
共和国とは文字通りの意味で違う”世界”に来てしまったのだから、ムルムルを呼びつけない限り本国と連絡を取ることもできない。
(……ま。教育長からの電話にビクついたりしない分には、楽なんだけどな。たまーに”もっと大切にしなきゃいけない方々”から問い合わせがあった時なんか、ヒヤヒヤものだし)
当初、見なかったことにしようと高官たちは言った。
存在を容認してしまえば破滅が待っていると、予見した。
現在のところ、共和国を転覆させようと企む不穏分子の活動はごくごくささやかなものだ。
地下でそういう活動を続けている一派はいても、とうてい国民全体にまで波及することはない。
公権力はそういう因子をすぐに特定するだけの能力を持っているし、表に出るやり方で”処刑”したり、表には出ないやり方で”処理”したりと無力化することも容易い。
それならば不満を訴えるよりも、現状の豊かな社会だって悪くない、むしろ最善だと信じきって日々の幸福に甘んじる方が賢いと国民の大半がつつましく暮らしている。
しかし、裏を返せば『クーデターを起こそうとする因子』は常に存在する。
そんな因子を内包している国民たちが、『並行世界のような在り方こそが理想であり、現在の政府が無かったとしても繁栄したまま暮らしていける』と煽られてしまえばどうなるか。
断じて露見させてはならないと、拒絶する方向に流れようとしていた。
(もちろん、そのためにはジョン・バックスやムルムル達を暗殺する計画だって検討された)
たしかに異なる世界から得られる技術革新はたいそう魅力的なものだったけれど、それらの新技術の出どころを、永久に諜報員の目からごまかし続けることなど出来はしない。
ひとたび異世界と外交していることが露わになれば、国際的にも厄介な立場に置かれることは言うまでもなく、国内では革命家を自称する集団が爆発するだろう。
そうなれば、あとは暗黒の未来しか待っていない。
しかし、それらの動揺を見越していたように『神』の意向を受けた桜見市長は提示してきた。
そんな未来は、永劫に実現することはない。
そのための”バトルロワイアル”だと。
「しっかし、殺し合いの監察と、同盟者の監察……両方やらなくっちゃあならないってのが監察官の辛いところだな」
座ったまま、背筋をのばして腕をぐるぐると回し、凝りきった肩をほぐしていく。
仕事の『量』そのものは圧倒的にそれまでのプログラムより楽だが、『質』という点においてのハードさはさほど変わらなかった。
しかもゲーム開始から十八時間もぶっ通しで監視を続ければ、相応の疲労は溜まる。
(『プログラムの担当官が誰にでもできる仕事じゃない』ってのは難儀だよなぁ……俺みたいな薄給の公僕に、現地での全権を任せちまうんだからさ)
今頃は本国でも、坂持をこの場に派遣した人々が、ムルムル3による『アカシックレコード』を使っての殺し合い実況中継に見入っているのだろう。
(余談になるが、過去にムルムル1が同じ方法で『2週目の天野雪輝』に『1週目の世界』の再現映像を上映してみせたことがあったらしく、ムルムルはそのやり方に手馴れている)
きっと最終局面まで生き残りそうな中学生の当てっこだとか、未来日記の思いがけない活用方法についての発見だとかで盛り上がっている。
それも、こんな十八時間ぶっ通しのリアルタイム実況ではなく、エンタメ向きにほどよく編集されたダイジェスト映像を楽しんでいるに違いない。
(『下手に偉い人をおおぜい出向させれば、それだけ秘密を守りにくくなる』のは分かるんだけどさ)
『異世界の都市と結託して大規模な”プログラム”を開催している』などという秘密を守るには、その分だけの金も手間もかかる。
バトル・ロワイアルを開催するにあたっての密談が、おおむね『共和国の役人をジョン・バックスの元に出向させる』という形になっているのも、他世界を開催地に指定することで、それだけ秘密を守りにくくなるからだった。
「おい、加藤。ムルムル3からの定時連絡は途絶えてないか?」
ドアの向こうに声を投げれば、「届いている」と無愛想な兵士の返事がする。
『目を通しますか?』ぐらい聞けよ、と坂持は思ったが、この元教え子はだいたいいつもこういう態度なので、いちいち腹を立てるのも面倒だった。
「じゃあ放送が終わったら見せてくれ。その後はしばらく仮眠取るからな。きっちり三時間たったら起こせよ。あと、ゲームに急展開がありそうでも起こせ」
「ああ」
加藤はともかくとして、急を要する連絡があれば検閲役の兵士が伝えてくるだろう。
ならば、今回もおそらく『異常なし』という報告に、トトカルチョの中間予想。
まずは放送を聞いてから連絡文に目を通し、その後はゲームのクライマックスに備えて仮眠する。
頭の中で予定を組み立てると、モニターの視聴から目を休めるためにまぶたを閉じた。
別世界にある本国に、電話や通信が繋がるはずもない。
だから、連絡を取るためにはムルムルの行き来に頼るしかない。
開催場所の都合をかんがみれば致し方ない事情とはいえ、それが現地スタッフにとってはストレスと緊張感を担わせる一端になっている。
(ただ、あちらさんに情報を握り潰される恐れは無いな。
文書の封入には『目印留』を使ってるから、ムルムルにすり替えられたりの危険は無いし。
それにムルムルはともかく、市長の方は信用ができる)
目的のためにはおよそ手段を選ばないジョン・バックス市長だが、しかし別の一面ではとても寛容かつ、紳士に徹することは、これまでの監察から理解している。
ムルムルは胡散臭いし『神様』とやらも得体が知れないけれど、少なくとも市長については同盟者としての信頼関係を築いていた。
思想だけをとれば、彼らは相反する者同士だ。
愛国心と郷土愛。
根っこは似通ったものからできているけれど、目指すものは相容れない位置にある。
全体主義国家の歯車をしている官僚と、地方分権の権力を利用して台頭してきた市長。
全体主義国家と、民主主義国家。
片方は、全体のためには国家による統制が必要不可欠だとする姿勢。
もう片方は、市民に未来日記をばら撒こうとしたように、全体が発展するためならば競争を推奨する姿勢。
そんな二つの勢力には、しっかりと目的を同じくさせる『理想』があった。
(どっち側も、”今よりいい未来”を獲得したいってだけだ。
違う世界にその可能性があるなら、そりゃあ取り入れるさ)
市長もまた、初めて『新たな神』と邂逅した折には困惑したという。
次の神を決めるための『未来日記計画』を中止して間もない頃に、その存在は突如として現れた。
数多ある並行宇宙の中でも遠く離れた世界から侵攻してきたそれは、当時の『デウス』と呼ばれた時空王を排除して、現行の神に成り代わる。
かつての協力者であった神が呆気なくすげ替えられたことに、動揺と警戒心がなかったと言えば嘘だったらしい。
しかし、元よりデウス当人を含めたその世界が『新しい神』を求めていたこともあって、神の交代はその臣下や使い魔たちの間で最終的には受け入れられた。
何よりも、その神が提示してきた新たな『未来日記計画』が、世界にとってはより有益なものだとジョン・バックスを再燃させた。
(死者さえ呼び戻しかねない技術革新……クローン人間やら超能力やら、ATフィールドやら妖怪やら……。
どれもこれもトンデモない代物だけど、うかつに導入したりしたら大混乱になる。あんまりにももったいない。ウチの技術部だってそう言ったな)
可能性は、無限に広がるだろう。
並行宇宙を探せば、まだまだ人知を越えた未開拓地は広がっている。
例えば、科学で支配された世界の裏側には、ひそかに魔術の世界が交差しているかもしれない。
例えば、人間界と天界と地獄界の三界にとどまらず、大昔にその三界から分離独立した新たな能力者の世界が隣接しているかもしれない。
かつて、桜見市長も『未来日記』というシステムを使って現行人類を『進化』させようとした。
二週目の世界で起こったことを知って、一度はその計画を中止した。
自分が敗北する未来を知っただけでなく、桜見市民をより優れた民族にするという野望も叶わないとネタばらしされたのだから。
そして新たな神の元で。
制作されたまま放置されていた『原初未来日記(アーキタイプ)』のひとつを動かして、『このまま異世界へと門戸を開いてしまった未来』を観測したところ、『ALL DEAD END』という未来が示された。
それはそうだろう。
急激な環境の変化に、生物としての人類は耐えられない。
自分たちに役立つ害のないリソースから取り入れようとしたところで、小さな穴をあけられた貯水庫のように、我が身の利益を追求する人々の手で穴を広げられて決壊を迎える。
とあるシナリオの一つでは、世界の多くが『総人類補完計画』もどきの発動によって、生命のスープになってしまうという予測もあった。
たとえ控えめに言っても、かつて別の世界で市民全員に『未来日記』を与えた時の比ではない争いが起こる。
混乱はジョン・バックス市長としても是とするところだが、さすがにヘタをすれば今ある世界が滅んでしまうともなればいただけない。
しかし、ここに一つの希望的観測がある。
未来日記による『DEAD END』は回避することができる、という事実だ。
(人間の手で因果律を捻じ曲げる奇跡ってやつが創れるなら……究極的には『大人が書いたシナリオ通りの未来』だって作り出せる。
『天野雪輝が起こした因果律改変』の話を聞かなきゃ、誰も『できるかもしれない』なんて思わなかったよな)
それが実現する確率を、正確なところを坂持は知らない。
肝心なのは、『できるかもしれない』と信じた人々が坂持の上にいること。
そして、その『実験』を行うにあたって生じる犠牲を、その人々は『ごく軽微なもの』と見なしただけのことだ。
とある最先端都市での『実験』だって、きっとそんな風にして日々進められている。
元より、この国に退路はなかった。
桜見市からの同盟を拒もうとも、『異世界からの侵攻は起こり得る』と政府が知った以上、知らなかった頃には戻れない
とっくに、これからも理想的な未来が続くという安堵は失われている。
ならば。
求めるものは、世界の因果律を掌握する力。
片方は、理想的な管理国家が、永久に滅ばない世界を創る。
もう片方は、愛すべき市民が新人類となり、絶対的な導き手となれるような世界を創る。
理想とする世界の形は異なるけれど、『決められたシナリオ通りの未来を創りたい』という点に置いては一致している。
モデルとしたのは、『戦闘実験第六十八番プログラム』。
ただし、『支給品』という形で『未来日記計画』に使われた多数の日記を貸し与えられる自由をつけた。
そして、とある世界で開かれている、『能力者バトル』をも参考として、対象年齢を中学生に設定する。
『これからの未来を担う中学生に、応用のきく”力”を持たせてバトルロイヤルをさせる』という発想が、今回の企画の主旨に通じると見なされたためだった。
提示するのは、状況だった。
突然に、予知能力を与えられた時。
人を殺さなければ己が殺されるという時。
神にも匹敵する力が手に入ると言われた時。
他人を犠牲すれば、夢が叶うやもしれない時。
死人が生き返る可能性を提示されてしまった時。
異なる世界に生まれた、様々な人間と出会った時。
盤上で、己の果たすべき役割について思い悩んだ時。
そして、大人になれないという未来を与えられた時。
選択肢の幅は、無数にある。
異なる世界との戦いがあり、右も左も分からない大混乱があり、人知を超えた『力』との対峙がある。
『観測者』でさえ追いつかないほど、頻繁に未来が書き換わる。
逆に言えば。
『人間が未来を書き換えるための何か』が、そこにはある。
「デモンストレーションですよ」と言って、市長は説明した。
それに対して、その計画に耳を傾けた人々は尋ね返した。
あまりにも不確実ではないか、だとか。
行動パターンを解析するには、状況が限定的すぎる、だとか。
中学生に様々なアイテムを持たせたところで、活用法などたかがしれているのではないか、だとか。
しかし、市長の続く言葉を聞いて反応を一変させた。
これはあくまで『第一回目』の企画だ、と。
なるほど、と彼らは頷いた。
そして、すぐさま『二回目から先を行うための話』へと話題を移した。
(その結果、殺し合いを『黒の章』のように副次収入源として霊界に売り出せるか検討しよう等のアイデアが出た)
彼らにとって、平和な別世界の中学生など存在してはならないし、最初からなかったことにする扱いに等しい。
さらに言えば、自らの世界から選出した中学生たちもまた『プログラムで死んでいたはずの者たち』だった。
最初から存在しない者は、殺したことにならない。
理想とする“未来”を手に入れるために、摘み取る“未来”が1人でも2人でも、51人でも。
1万人、2万人だろうとも、さしたる違いはない。
何度も何度も、参加者を変えて、選出条件を変えて、『ALL DEAD END』を繰り返すことぐらいは厭わない。
その代わり、最後の一人として生き残った子どもには褒美で報いてみせる。
現時点では『ALL DEAD END』の未来が待っているけれど。
しかし、『もし優勝者が現れたら願いを叶える』という約束そのものは嘘でなない。
ただし、手に入れた力を使って次の殺し合いを阻止されないためにも、『元の世界には帰さないやり方』で。
デウスの核の力によって作り出した“幻覚空間”で。
『願いが叶った世界』を与えて、そこで永久に暮らしてもらう。
願いは、叶うだろう。
しかし、未来は与えない。
だからこれは、行き止まりのために始められた物語。
◆
坂持金髪は、仮眠を取る準備を始めながらその放送を聞いた。
ムルムルたちは、サボりをやめて殺し合いのモニターを再開しながら、その放送を聞くために電話を取った。
そして、舞台上にいる者も、舞台の外にいる者も、全員がその音声に耳を傾けた。
『では、第三回目の放送を始めよう。
今回は死者の名前を告知した後に、諸君らにとっても有益な情報を開示する。
死者の名前を記憶したからといって、ゆめゆめ聞き漏らしの無いようにしてほしい。
この6時間で新たに舞台から退場した者は、8名。
吉川ちなつ
御坂美琴
神崎麗美
遠山金太郎
高坂王子
宗谷ヒデヨシ
船見結衣
竜宮レナ
前回よりも死亡した人数が少ないことに、安堵した者もいるかもしれない。
あるいは、苛立ちを覚えた積極的な者もいることだろう。
そんな諸君の双方に、ここまで生き残った褒美となるものを授けたい。
この通話が終わったら、まずは携帯電話のプロフィール画面を開くことを勧める。
そこには、君たちが持つ携帯電話の番号とメールアドレスとが記されているはずだ。
ゲームが開始された時点では、プロフィールを確認しようとしてもエラーが出る仕様になっていた。
『交換日記』を搭載した電話のように二台でひとつの例外を除いて、他者の連絡先をあらかじめ手に入れることはできなかったはずだ。
しかし、この放送が終了しだい、会場における参加者同士の通話、メールの遣り取りを解禁しよう。
アドレス交換をすることで、いずれ殺し合う人物の動向を把握するか。
あるいは残り半数をきった競争相手を捕捉するために、他者のアドレスを奪い取って利用するか。
いずれにせよ、自らが生き延びるための選択肢として活用してくれることを願っている。
告知することは以上となる。6時間後にまた会おう。
――もっとも、6時間後には何人が生きて会えるか分からないがね』
【一日目午後六時】
【残り18人】
最終更新:2021年09月09日 20:08