天国より野蛮 ◆j1I31zelYA
夕闇が、なぎ倒されたたくさんの木々に淡い影を落としていた。
その木々は、人ふたりが通れるぐらいの道を作るように左右に切り開かれて続き、
やがて少しだけ開けた場所へと行き当たる。
オレンジ色の夕焼けを顔に浴びて、人殺しの少年と人殺しの少女が座っていた。
少年は、どこを見ているともしれない虚ろな目をしていて。
少女は、そんな少年のことをじっと見ていて。
口を開こうとしてはパタリと閉じて。
酸素を求める金魚のような動きで、言葉を作ろうとしては黙りこんでを繰り返す。
「もしかして、死にたい……とか、考えてる?」
しばらくの時間をおいて、言葉は弱々しく放たれた。
切り株に座して放心した浦飯幽助に向かって、常盤愛はそう切り出す。
失敗した。
生き地獄に堕ちた。
ただの最低人間になってしまった。
そういう目に遭った人間が、次にどんな行動を取るのか。
かつて病院のベッドに寝たきりでカウンセリング漬けになっていた常盤は、すぐに『自殺』という選択肢を想像する。
「どうなんだろうな。俺、頭が良くねぇから、”自殺すれば楽になる”って言われてもよく分かんねぇしよ。
死んだら死んだで、コエンマの部下とか出てきて色々面倒なことになるんだろうし。
それに、俺が死んだらプーに悪い。アイツ死んじまうしな」
能天気な答えだ。しかし、浦飯らしい答えでもある。
地獄巡り真っ最中みたいな顔をしている今でさえ、この男はそんな風らしい。
常盤はそれを笑おうとしたけれど、「ハッ」と乾いた吐息が漏れただけだった。
「そう。一回死んでるヤツも大変なんだね。
……あたしは、死んだら全部終わると思ってたのに」
以前にも、こんな風に絶望したことがある。
自分自身がひどく汚れた、みじめな生き物に思えてきて。
それなのに、己を哀れむ気持ちだけは、あさましくも残っていた。
そんな自分が可愛い人間だったから、きっと自殺しようとしても死にきれなかったのだろう。
「本当は、あたしも浦飯と少し似てる。
一回、死んで生き返ったことがあるんだ」
過去のことなんか語るつもりはなかったのに、口は動いていた。
浦飯が、驚いたようにこっちを見る。
「あの時、付き合ってた男に仲間たちと輪姦(まわ)されてね。
その頃はテコンドーとかできなかったから泣き寝入りしたんだけど。
それがきっかけで自殺未遂して、一命を取りとめて。
運ばれた病院で、カウンセリングを受けたのよ」
こんな話を聞けば、いくら浦飯でもぎょっとした顔をする。
悪いなと思ったけど、語り始めると止まらなかった。
言語化するにつれて、記憶にもありありと蘇る。
生まれ変わった、あの日のこと。
「そのカウンセラーの先生が、あたしの恩人で……。
あの頃は、『もう死ぬしかない』って思ってた。
そしたら、その先生から『もう死んだんだと思いなさい』って。
一度、死んだと思って、強くなりましょうって。
新しい命をあげるから、生まれ変わりなさいってその人は言ってた」
――今からあなたは天使よ。天国からこの間違った世の中を正すために遣わされた、神さまの遣いなのよ。
その言葉に導かれたから、ここまでやって来た。
強くなるために努力して格闘技を身につけて、強くなるために涙を封印して。
『天使』として、間違ったことを正すつもりで。
それが。
「バカみたい……本っ当にバカみたいよ。
やり直して……強くなるつもりだったのに。
人を傷つけて、脅して。ここに来てからも、悪いことして。
男に復讐したつもりで、自分の痛みを紛らわしてただけ。
被害者から、加害者に変わっただけだった!」
握り締めた拳を、膝上へと力いっぱい振り下ろす。
バシン、と打ち付けられた両の脚は痛みを生んだけれど、黒く濁った感情はどこへも動かなかった。
「そうか。……常盤も、大変だったんだな」
曇った顔のまま、しかし神妙そうに、浦飯がつぶやく。
いい先公じゃねぇか、と。
常盤も、うんと頷く。
「俺にも目をつけられてた生活指導の先公がいてよ、もっとまっとうに生きろとか何とかうるさかった。
けど、まっとうな人間らしく生きるって、難しいな」
まるで浦飯は人間じゃない、みたいな言い方だ。
ずいぶんと妖怪だか幽霊だかと関わってきたせいで、麻痺しているのかもしれない。
「でも、常盤は冷静なんだな。俺と違ってどこがどう悪かったのかしっかり分かってるし。こうやって話しかけてくれるしよ」
「ちょっと違うかな。あたしがしっかりして見えるとしたら……それは、苦しいのと同じぐらい、ムカついてるからだよ」
「ムカつく?」
「そう、ムカついてるの」
ミニスカートの裾を、破けんばかりにギリギリと握りしめる。
いつも隠し持っていたシンナーが、殺し合いで没収されていて良かった。
もし気晴らしに吸い込んでいたら、浦飯でさえみさかいなく殺しかねない、今の常盤愛はそんな気分だった。
「ムカついてるのよ。あんなげすい猿男の狙いが読めなかったことも。
戦ってる途中なのに、あんな挑発に耳を貸したことも。
大口を叩いておいて、あんなヤツにてんで歯が立たなかったあたしのことも!
あたしがアイツを逃がしたせいで、浦飯が手を汚すハメになったことも!
よりによって菊地に見られて、完全に誤解されたことも!
あの野郎にも、そんな結果をつくったあたしも、さいっこうに、さいっていに、ムカついてるの!!」
「おいおい、それは全部が全部常盤のせいじゃねぇだろ。
俺が霊丸を撃ったんだし、あいつが庇いに現れなくても、植木ってヤツを撃ってたんだ。
だいいち、アイツだって悪人じゃなくて洗脳されてたかもしれな――」
常盤は半目になり、言った。
「あのさぁ。浦飯は絶対に負けたくない喧嘩で負けちゃったときに、
『お前が負けた後にカバーできなかった俺だって役立たずだから気にすんな』とか言って慰められたい?」
「すいませんでした」
「分かればいいの」
武闘派の性格をした少年は謝り、同じく武闘派の少女はそれを許す。
「だいたいねぇ。洗脳だかなんだか知らないけど、あたしが『ああいう考え方』が大っきらいだってことは話したじゃない」
そう、浦飯幽助はともかく、常盤愛が気づかないはずがない。
浦飯幽助や宗屋ヒデヨシとは違って、常盤愛には不思議な能力を持つ相手と戦った経験などなかった。
だから、あの場で『もしかしたら宗屋ヒデヨシは洗脳ないし思考誘導されたのかもしれない』という発想には至れないこともあった。
しかし、浦飯幽助とは違って、常盤愛がまだ『怒りの感情』を失っていない理由は別にある。
――お前らは生き返るって知ってて、選ばなかったのか?
なぜなら常盤愛は、知っている。
――全部チャラにした方が、誰も傷つかずに済むじゃねぇか。
それが洗脳された結果であれ何であれ、アイツが『優勝することでみんなを生き返らせて、すべてをチャラにする方針で殺し合いに乗っていた』ことを知っている。
もちろんその言葉は、浦飯幽助もその場で聞いていた。
しかし浦飯はいったん喧嘩を始めるとそれしか見えなくなるような少年だったのだから、植木なる少年と戦ううちに記憶から抜けてしまっても仕方がない。
だけど、常盤愛からすれば忘れようもない。なぜなら、戦いを始める前にわざわざ尋ねたのだから。
「あたしは怒ったから、言い返したのよ。でもアイツ、答えなかったじゃない」
――百歩ゆずって、みんな生き返らせてチャラにするとしても、殺し合いに乗る理由は無いよね?
聞いたのに、答えなかった。
『どうせ全員生き返らせるんだから殺したっていい』とか『もう手を汚してしまったのだから、今さら後戻りできない』とか、そんな反駁さえなかった。
『答えられなかった』わけではないとしたら、常盤視点での可能性はふたつだ。
『聞かれなかったことにした』のか、もしくは『答えは出ているけど、教えてやる価値もない』と見なされたのか。
戦っている時からして、そうだった。
口八丁を使って、常盤の未熟さを馬鹿にしたり。常に余裕を崩さなかったり。
そして、言うにことかいて『オレの願いのために消えてくれ』と、そう言った。
『願いを叶えるために殺す必要は無いはずだ』と言ったことには答えずに、お前は願いのために邪魔だと言った。
『宗屋ヒデヨシは絶対的正義のために戦っているけれど、常盤愛は気に入らない人間を見て癇癪を起こしているにすぎない』という論旨に擦り替えた。
擦り替えられていた常盤も褒められたものではないけれど、それが策略の一環だったにせよ侮られたことに変わりはない。
それが宗屋ヒデヨシの意思だろうと、背後で操っていた何者かの意思だろうと、『そいつ』は常盤愛なりの信念と『許せない』という想いを、『かわいそうな少女』の妬みにすぎないと決めつけた。
「あんなの、勝ち逃じゃないわよ。勝ったヤツが逃げることを勝ち逃げって言うのよ。
あいつは……あたしを相手にすることさえ、しなかったもの」
怒りを向ける対象のは、逃げきって霊界とやらに旅立っている。
それも、仲間を庇って死ぬという、最高にかっこいい死に方で。
べつに、あの男がそうしたことは驚かない。
浦飯と違って、冷静になった常盤はヒデヨシの狙いが『やり直し』だと気付けるのだから。
それに、悪事をする人間だって身内を思いやる心を持っていることを、『天使隊』にいたから知っている。
それこそ『天使隊』には、大門校長のためとなれば命も捨てられる過激派が何人もいた。
あの男が外道だったことと、仲間想いだったことは矛盾しない。
だとすれば、あの結末は確かにあいつにとっての最良だった、と常盤は結論づけた。
「……そうよ。アイツの勝ちだったかは別として。どっちみちあたしは、負けたのよ」
怒りを吐き出して空っぽにすれば、そこは真っ暗に侵食される。
仲間を殺した殺人鬼だと糾弾してくる菊地に、何も言い返せなかった。
浦飯が菊地の仲間を殺しかけたことは真実だし、常盤の敗北がその暴挙を招いてしまったことも真実だ。
それに、常盤が本当についさっきまで、殺し合いに乗ったも同然だったことも、真実だ。
もはやどう取り繕ったところで、否、取り繕うつもりも無く、この命は許されざる罪人だった。
どうしようもないし、どこにも行けない。
「常盤」
浦飯が、名前を呼んだ。
常盤をまっすぐに見つめて、言葉を――
――ぐうぅぅぅぅ、と。
ウシガエルの鳴くような音が、常磐のお腹から大きく響いた。
そう言えばずっと何も食べてなかった、と思う。
浦飯がきょとんとして、少女のお腹を見下ろしている。
だんだんと頬が紅潮してゆくのが、顔の体熱で分かった。
「…………あーもうっ!!」
よく分からない苛立ちがほとばしって、乱暴に立ち上がった。
浦飯に背を向けて、どかどかと、乱暴な足音をたてて歩いていく。
「おい、どこに行くんだ?」
「食べるのよ! なんでお腹すかせてヘコまなきゃいけないわけ!?
ヘコむなら、ご飯食べてからシリアスなことでヘコむっつーの!」
ちょっと自分でも何を言ってるのか分からなかった。
なぎ倒された木でできた道をもと来た方向へと、常盤は歩き出す。
「食料ならリュックの中にあったんじゃねえのか?」
「どうせパンか何かでしょ? そんなもん一日経ったら固くなって食えるかも分かんないじゃん」
とはいえ、その言葉で落ちているリュックサックを回収しなければと思い出した。
拾い集めるために引き返しながら、捕捉説明する。
「ちょっと、元の場所に戻る。東屋で話してたときに、ちらっと土手の下に見えたんだよね」
◆
土手を降りれば、南方の入江から海岸線がのびている。
砂浜に打ち捨てられたようにひっそりと、『それ』は停まっていた。
木製の車体は、年季が入っているらしく色褪せたものだったけれど、外装はしっかりしたものだ。
車内をのぞきこめば、業務用の巨大な鍋があり、それを煮るための業務用のガスコンロ(お祭りの飲食屋台で見かけるようなもの)があり、食材を収納するための小型冷蔵庫や、食器や食材を洗う簡易水道もある。
屋根から吊りさがった赤いぼんぼり提灯には、黒くて太い毛筆で『ラーメン』と書かれている。
「こんなもん、よく見つけたな」
「だって今時、屋台のラーメン屋なんてめずらしいじゃん?」
「そうかぁ?」
屋台の中へと入り込んで冷蔵庫を開け、麺をはじめとしてチャーシュー入りのタッパーやらかつおぶしやらスープやらの存在を確認する。
業務用のものとはいえ、使い方は家庭用のものと大差ないはず。楽勝、とたかをくくって腕まくりをした。あぁ、今のあたし逃避に入ってるなぁ、という自覚ならある。
底の深い寸胴鍋は持ちにくかったけど、どうにか目分量で水を注ぎ終えて、コンロにセット。
鉄鋳物製ガスコンロとプロパンガスをあれこれいじって着火すると、鍋の中に麺の束を――
「おい、沸かす前に麺入れんのかよ」
「え、違うの?」
浦飯は分かりやすく呆れた顔をした。
まるで某週刊少年誌でいつものごとく休載をしているやる気のない漫画家が手を抜いて描いたディフォルメ顔のように、見ていて気まずくなる呆れ顔だった。
「常盤、おめーもしかして、料理したことねーの?」
「べ、べつに無いわけじゃないよ。こう見えても一人暮らししてるんだから」
「じゃあ、麺類を作ったことがねーんだな?」
「そんな目で見ることないでしょ! 女の子だから料理が上手なんて偏見よ、男女サベツ!」
「へいへいゴメンナサイ。もういいから代われ」
ラーメンなんてスープの素にお湯をいれて、茹でた麺をぶっこめばいいだけじゃんと思ってた、とはさすがに言えない。
少なくとも常盤の作り方は意気消沈していた男でさえも見ていられないものだったらしく、追い立てられるように調理場をゆずってしまった。
「普通の醤油ラーメンでいいんだな?」
「え? なに? まさか浦飯、作り方分かるの?」
「男だから料理ができないと思いこむのは偏見じゃねーのかよ」
「ううん。あんたの場合、『男だから』じゃなくて『浦飯だから』」
「るせー。文句あるならコショウ特盛りで入れるぞコラ」
口を動かしながらも、浦飯はじつにテキパキと手を動かしていた。
元からあったスープを味見するや、それを煮込むところから始めて、沸き具合を見ながらかつおぶし(常盤はトッピングに使うものだと思っていた)を加えて煮こんでいく。
「ずいぶん慣れてるじゃない。浦飯、料理得意なの?」
「おふくろが悪酔いすると三日は起きてこないダメ女だったからな。
生きるために覚えたんだよ、生きるために」
「ふーん、なんか大変な家だったんだね」
あっという間……というほどではないが、ぽつぽつと話をするうちに調理工程は終わりに近づいていった。
ラーメンを茹でるための穴あきお玉(麺てぼという正式名称を常盤は知らない)を鍋から取り出し、さっさと水切りを済ませる浦飯の手つきは意外なほどサマになっていて、じっと動きを目で追ってしまう。
「へい、お待ちどー」
ドンと威勢のいい音がして、湯気をたたえたどんぶりがカウンターに差し出された。
上から覗き込めば、まずは湯気が顔を火照らせる。
そして醤油ラーメンならではの半透明さがあるスープに、薄黄色の細麺がなみなみと漬かっていた。
トッピングとして使われているのは、チャーシューとメンマと青海苔。
薄切りにされたチャーシューは五枚、大きく開いた花びらのように浮かんでいる。
女子中学生が食べるにしては、かなりのボリュームだった
体重を気にするお年頃のことも考えてよ、といつもなら文句が出ていたけれど、飢えている体は違う言葉を言わせた。
「いただきます」
屋台には椅子がなかったので、立ち食いになる。
割り箸を割り、少量を掬うとぱくりと咥えてちゅるちゅると流しこむ。
「……美味しい」
スーパーで安売りされているひと袋いくらの粉末スープ付きラーメンとはぜんぜん違うことが、ひと口目からすぐに分かる。
専門店の味……というには大げさかもしれないが、家庭料理として作るラーメンよりもはっきり抜きん出ていた。
浦飯もまたどんぶりに自分のラーメンを盛りつけ、屋台の中でずるずると食べ始める。
続けて、れんげでスープをひとすくいして口に入れた。
あっさりしているのに、深さみたいなものがあるスープだった。
作るところを見ていたはずなのに、「ちょっとこれ隠し味に何を入れたの」と聞いてみたくなる、そんな味がする。
美味しい。
飲みこんでから、改めてそう思った。
「あ――」
ぽとりと、涙が頬をつたってラーメンに落ちていった。
『あれ?』と理解が遅れた。
箸を持った手とは逆の手で頬をなぞると、たしかに濡れている。
まず思ったのは、どうしてだろうということ。
今までどんな男と対峙した時も、神崎麗美の言葉で打ちのめされた時も、菊地たちから誤解を受けた時も、涙は出てこなかった。
しかし、今は泣いている。
そう自覚した瞬間に、『何か』が来た。
「どうしてよ」
「常盤?」
『何か』が一瞬にして胸を突き上げ、体の外側へと爆発する。
「どうして、こんな時なのに、美味しいのよっ!!」
叫んだ。
箸を持った手がぶるぶると震えた。
涙で視界がくもって、ラーメンの器がぐにゃりとした。
「美味しいよ。めちゃくちゃ美味いよ。今までに食べたラーメンの中で、いちばん美味しいよ」
美味しいのに、あたたかいのに。
そのことがひどく理不尽で、身の丈に合わないもてなしを受けたかのようだった。
「あたし、苦しいのに! 自業自得なのに! サイテー人間なのにっ!」
こんなに美味しく(やさしく)してもらえる資格なんて、ないはずなのに。
それなのに浦飯は、ここまで褒められると思ってなかったみたいに目を丸くしている。
「ラーメン食べたくても、食べられずに、死んだひと、いっぱいいるのに。
あたし、なんで、まだ、生きてるんだろ、って、思って……でもっ」
涙はぼろりぼろりと、顔から何かを引き剥がしていくように後から後から流れる。
「生きてると、ラーメンが、美味しいんだもん……」
浦飯は、常盤の言葉を否定しなかった。
ただ、このままだと麺がのびるぞ、と言った。
◆
「もっかい、生まれ変わったらいいんじゃねぇか?」
「……ん?」
先に食べ終わった浦飯に話しかけられて、常盤は顔をあげた。
麺も具もほとんど食べきったラーメンから、れんげを動かす手を止める。
「さっきの話だよ。てめーは一回死んだら二回は死ねないとか言ってたけど、
そうやって生きてるなら、もう一回死んだ気になってみればいいじゃねぇか。
やり直せるのは一回だけなんて、誰が決めたんだよ」
「あたしが悪いことした連中……菊地とか、中川典子の知り合いとかはそうもいかないでしょ。
『今までの常盤愛はもう死にました』で済まないもの」
「かもな」
「でもね、『全部チャラにして、なかったことにする』ってやり方だけは選ばない。
ここまできたら、もうあたしの意地だから」
「そーか」
れんげを置いて、常盤は空を見上げる。
もうほとんど紺色をした夕空があった。
ラーメンの湯気に当てられていたせいで、額には汗がにじんでいる。
「……自分のことは棚にあげるけど。あたし、浦飯にはやり直してほしいと思ってる」
目線を下げると、視界にはラーメンの器が戻ってきた。
「だって、こんなに美味しいラーメン作れるヒトが生きていけないなんて、もったいないよ」
「オレの価値はラーメンかよ」
浦飯はぼりぼりと頭を書いて、ふいと目をそらす。
「今だから言えるけど、人生やり直せても螢子と桑原がいないんじゃ張り合いねぇしな」
オレは元から鼻つまみ者だったからよ、と浦飯は言った。
「けど、オレと違ってあいつらは、まっとうに地に足つけて生きてる奴らだったよ。
なんだかんだ、オレを学校に通わせてたぐれぇだからな」
所属する群れを失って、途方にくれた一匹狼。
そんなふうに見える横顔だった。
不良学生として社会に馴染めていなかった浦飯幽助という少年を、常盤は想像する。
煙草を吸ったり喧嘩をしたり学校をフケたり、そんな少年でも『してはいけないこと』にあたる悪事が『人殺し』だったのだろう。
それが最悪の形で人殺しを重ねてしまっただけでなく、少年の足を地につけてくれていた少女たちはもういない。
失われた命は、取り返しがつかない。
「残念。ラーメン屋の浦飯、似合うと思ったんだけどなー。
こんなふうにヘイヘイ言いながら酔っぱらいの愚痴とか聞いてくれてさ。
さっき言ってた先生とか、妖怪の友達とかも常連になったりして……」
軽口を叩いているうちに、屋台の提灯に火が入った。
薄闇の海岸に、針で穴をうつような明かりが灯る。
他に、光は無い。
土手からのびた海岸は東に向かって水平線があったので、日没に向かおうとする太陽の光なんてどこにも無かった。
鈍色をした波がゆっくりゆっくりと、穏やかな音で打ち寄せる。
これが夕日の沈む海岸だったら、ドラマでよく見かける『青春する若者たち』が似合ったのだろう。
例えば。
水平線に夕日が半分だけ沈んだ海岸で、6、7人の男女がじゃれあうように遊んでいる。
波打ち際を走って、ひざ下まで波に浸かって、笑顔で水をかけあって。
その中には、海水で髪とシャツを濡らした数年後の浦飯もいて、そんな浦飯を指差して笑っている髪の長い女性がいて。
(……なんてね)
そんな幻が、一瞬だけ見えた。
ディパックを背負い直し、海へと背を向ける。
「もう、いいのか?」
「うん。できるだけ『更生』ってやつ、やってみる。
そのうちあたしも裁かれる時が来るかもしれないけど、それまでは」
「更生か……どこに行くんだ?」
「やっぱ秋瀬との合流になるのかな……あれ? 御手洗とかいうヤツを追ってたんだっけ? とにかく来た道、もどろ」
『もどろ』と口に出してから、そもそも浦飯を付き合わせる義理があるのかな、と気づく。
今まで一緒にいたのは、ほとんど『女一人を放っておけない』という浦飯のお節介みたいなものだ。
しかし当の彼はというと、どんぶりを雑に片付けて出発の準備を始めていた。
「ねぇ」
「なんだ?」
「あたしたちって、結局、どういう関係なんだろ?」
一緒にいるための、これと言った理由はない。
しかし、浦飯はすぐに答えた
「友達(ダチ)じゃねぇか?」
その答えは、常盤の想像を外れていた。
「男と女で、友達?」
「おかしくはねぇだろ。俺にも、螢子は別にしても、ぼたんとかいたしよ」
「ふーん。男友達、か」
まさか、男から”友達”呼ばわりされるなんて思わなかった。
男友達、とその言葉を反復する。
悪くなかった。頼もしい響きがするけれど、しかし近すぎてベタベタしたニュアンスでもない。
「じゃあ、”友達”からの命令。あたしより先に、死なないで」
「おう。てめーより長生きするだけならな」
最初に出会って、殺し損ねて追いかけられた時は、頼ることをよしとしなかった。
他に相手とする女性がいる男に、寄りかかることなんてできないと思っていたから。
でも”友達”なら、少しだけ許せるかもしれない。
「あたしがいなくなったら、その時はよく考えて。
自分のこととか、どうしたいか考えて……その後は、浦飯の好きにしていいよ」
「不吉なこと言ってんな。裁きだかなんだか知らねぇが、てめーはそこまで悪いヤツにも見えねぇよ」
失ったものの代わりにはなれないけれど、せめて前くらいは向いていてほしかった。
彼が諦めかけている地に足のついた幸せを、
常盤が諦めてほしくないと望むのも、”友達”としてのわがままだろうか。
そこから太陽は見えなかったけれど。
会場のどこかではきっと、沈む夕日が茜色に輝いていて。
それは同時に、夜が始まるということでもあって。
ちょうど、地獄の催しが始まってからきっかり十八時間を知らせるコール音が鳴った。
◆
死んでもやりなおしがきく人生を。
しかし、死んだらとりかえしがきかない人生を。
天使の翼を持たない人間は地を這いずって、死ぬまで生きていく。
【E-6/F-6との境界付近/一日目 夜】
【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]: 基本支給品一式×6(携帯電話は逆ナン日記を除いて3台)、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、 『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0~6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:なかったことにせず、更生する
1:足掻く
2:浦飯に救われてほしい
3:秋瀬と合流する
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。
【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1~3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1: ――――。
2:常盤愛よりも長生きする。
3::秋瀬と合流する
最終更新:2021年09月09日 20:11