解答:割り切れない。ならば――。(後) ◆Ok1sMSayUQ


 この世で一番の呪いがあるとするなら……それは、きっと言葉だ。
 言葉がどこまでも自分を苦しめる。いつまでも体内の奥深くに沈積し、毒を生み出して痛みを与える。
 俺は、ひたすら苦痛だった。頭の底がひりつくように熱い。どんなに忘れようとしても浮かんできてしまう。

 たるんどる。

 亡霊の言葉。未だに聞こえる……、いや、『ここ』を自分の居場所と定めたときから、より鮮明になって聞こえてくる言葉だった。
 副部長。分かってるんですよそんなことは。俺だってガキじゃない。人間を殺しても副部長が戻ってこないなんてとうの昔から知ってますよ。
 でもあんたはもう戻ってこないんだ。殺しをやめたってあんたは戻ってこない。あんただけじゃない、手塚国光も跡部慶吾も。どんなことをしても戻ってはこない。
 ならせめて殺しはやめろって? 冗談じゃないですよ、俺の一番大切な宝物をブッ壊されて黙ってたら負けでしょ? 怨みぐらい晴らさせてくださいよ。
 それに……、そんな俺を、きっと、これから殺しにいく『悪魔』達は誰も分かっちゃくれないんですよ。殺そうとしてますからね、そりゃそうでしょ。
 だから俺はあいつらにとっちゃ『悪』でしかないし、それで上等っすよ。俺もあいつらは血も涙もない最低野郎どもだとしか思ってないですからね。
 耳を貸してくれるかって期待した連中も、結局俺を置き去りにしやがった。綺麗事を言いたいことだけ言って、残される俺のことなんか考えもしないで。
 じぶんを信じろって? 悪魔じゃないからって? なら生きててくれよ。生きて俺の味方を、なんでしてくれなかった。
 俺を救う言葉を吐くくらいなら、なんで俺に殺された。できないなら最初から吐くんじゃねえ。ただの言い逃げだ。俺にとっちゃ最悪の呪いだ。

 こんなのがただの感情だなんてことも、分かっている。
 でもこうすることでしか――、この無茶苦茶な感情を俺だけは正しいと思わなきゃ、俺は発狂する。
 狂って、野たれ死んで、怨みも晴らせず負けて死ぬよりは、このまま全部殺しつくしてから死ぬ方がマシってもんだ。
 そうさ、だから、俺は、俺は……。

     *     *     *

「どうした! 反撃しないのかァ!? ほら、今なら俺はまだ無防備だぜ! 俺がワンゲーム取ったから、次はお前のサーブだ。俺を止めてみろよ、前も、それにさっき言ったみたいにさぁ!」

 哄笑する赤也。持っていたラケット、それにデイパックを無造作に地面に放り、挑発するかのように手をぶらぶらとさせる。
 丸腰の完全なノーガード。絶好の攻撃チャンスだというにも関わらず、目の前のツーテール女は歯をギリッと噛みしめるのみで何もしてこようとはしない。
 どこまでも汚い女だと赤也は思う。奪ってやったのに、あの女から奪って、置き去りにしてやったというのに。
 性懲りもなく「あなたを、止めます」という言葉が出てきたとき、赤也はこの女をいたぶって苦しませてから殺してやると決意した。
 物陰から機を伺い、最も油断したと思われるタイミングで、弱そうな方から不意打ちをかけて殺したという、悪役の見本のような真似までしてやったというのに。
 反吐が出る、と赤也は思った。

 怒れよ。憤れよ。嘆けよ。お前は今俺と同じになったんだ。こんなどうしようもないクソみたいな世界に置き去りにされたんだ。
 醜い心を出せ。何もかもが間違ってるこの世界で、正しいのは自分だけなんだと言え。全てを呪え。そして殺しあって、忘れようぜ。
 俺達はただの敵同士なんだから。敵を倒す自分は正しい。そうだろ。俺達は殺しあっているときだけ正しさを実感していられるんだ。
 倒すべき敵と戦っているときだけ――、俺達は苦しみから解放されるんだ。そう、これは……これは、戦争(テニス)だ!

「理屈じゃ、ない」
「……は?」

 赤也は言葉を待った。どんなことでもいい、自分を悪かどうか確かめようとする言葉でもいい。何かを言えば、赤也は徹底的に神経を逆撫でするような口を叩くつもりだった。
 だが女の口から飛び出てきたのはどれでもない、まるで独り言のように呟かれた「理屈じゃない」という言葉だった。
 話す気がないのか、それとも錯乱でもしているのか。しかし「あなたを止める」という台詞も耳にしていた赤也は、そうじゃねえな、と思い直す。
 哄笑を吹き消し、つま先を、落としたラケットの柄にかけながら赤也はその次を待つ。
 つまらない事を宣うのならば、すぐにでも痛めつけてやる。錯乱させる暇なんて与えない。

「理屈じゃ自分は切り離せない。私が私でしかないように、あなたもあなたでしかない」
「はっ、なぞなぞのつもりか?」
「だから、たとえ間違っていたとしても。自分を裏切らないために、正しいと信じるために、自分で自分を殺してしまわないために。あなたはそれをなさるのでしょう?」

 話す価値はないか。そう思いかけていたところから、懐に隠されていた鋭い刃を喉元に突き付けられたように赤也は感じた。
 一瞬息が止まる。心臓の鼓動が跳ね上がる。頭の髄を揺さぶられ、鷲掴みにされた感覚があった。
 心を読まれた、などという生易しいものではない。識られている。ネットを飛び越えて、こいつは赤也のコートに踏み込んできたのだ。
 敵……いや、違う。ランクが一つ違う。ただの敵ではない。同じ目線に立ち、同じ地平に立つこいつは――真実の敵だと、赤也の感覚が告げていた。
 吹き消したはずの表情が再び笑いに戻る。しかしそれは侮る哄笑ではない。歓喜の笑みだった。

「分かったような口を利くじゃねぇか」
「私は先程、あなたのような方とお話しておりましたから。
 人を恨みもするし、信じたくもなる。そんな自分を捨てられない、愚かでどこにでもいる当たり前の方と」
「……なぁるほど、さっき殺したのがそいつか。そうかそうか、俺みたいなのが死んで良かったな? 道理で動じてないわけだ」
「いいえ、置き去りにされたと思ってます。あなたの言うように。私に危険を知らせるくらいなら、逃げるなり隠れるなりすれば良かったのに……」

 女が拳を強く握り、震わせる。怒っているのだと分かる。だがそれは赤也が当初意図していたのとは違い、怒りの対象は殺した獣に向いているようだった。
 意外な成り行きではあった。先程殺した二人のようになるかと思えば、今度は赤也が自分の知る全ての知り合いに対して思っているように、この女は怒っている。
 それはそれで、赤也には喜ばしいことだった。先程感じたことは正しかった。同じ地平に立っている。同じ場所に墜ちた同類がいる。嬉しかった。

「ヒトなんかまだまだ信じられないみたいなことを言ってたくせに、結局こうして庇って。竜宮さんや船見さんと同じ。同類です。本当に……」
「そういうこった。最後には誰も彼もが自分勝手に置き去りにしていくんだ。俺達のことなんか考えもしねぇ、テメェの論理だけを押しつけてな。だから――」
「――それでも。私は、白井黒子は、あなたを止めます」

 赤也の言葉を遮り、凛とした姿勢、強い口調、そして真っ直ぐな思惟を伴って、女――、黒子はは赤也を見返して言い放つ。
 あなたとは同類だ。だがあなたとは違う。だから止める。放たれた矢のような視線に射竦められ、赤也は次に言うはずだった言葉を失う。
 代わりに出てきたのは「なぜ」という困惑の呻き。
 お前が俺と同類なら、お前は強くなんかないはずだ。強がってんじゃねえ。お前は何を信じている。
 困惑はやがて、強い反抗の思惟へと変わる。赤也はつま先でラケットを蹴り上げ、空中に浮かせ、利き手で掴み、同時に礫を宙に放っていた。

「何も信じられないような『俺』が! いい子ちゃんぶってんじゃねェぞ!」

 ラケットを振り抜く。『悪魔』の超人的な膂力によって打たれた礫は殺人的な加速力を得て一直線に黒子へと向かう。
 この距離で視認してから動いたところで回避する暇はない。しかし黒子は全く身を動かすことなく、フッとその場からかき消える。
 瞬間移動。先の戦闘でも使われたことを思い出した赤也は、ちっと舌打ちして、木の幹に当たって跳ね返ってきた礫を器用にキャッチする。

「分かってんだろうが。そんな綺麗事が無意味で何の力も持たねェってことくらい。そう抜かす奴から死んでくんだ。
 綺麗事で俺達を否定する奴も、肯定する奴も平等にだ。言いたいだけ言って俺達を苦しめる。死んで勝ち逃げだ。俺はそれが許せねぇんだよ。
 お前だって、何人から言われた? 何人に勝ち逃げされた? さっきの放送じゃ何人知り合いが死んだ? 言ってみろよ?」
「……っ、放送……?」

 声は真後ろから。すかさずバックハンドで礫を放つ。手応えはないが、黒子が赤也の真正面に移動してくる。
 その表情に焦りがあったのを、赤也は見逃さない。

「なんだ聞き逃したってか? それともバッグの中にでも入れてて気付いてなかったか? まあいい、俺が教えてやるよ。さっきの放送で死んだのは――」

 滑らかな口調で死者の名前をひとつずつ挙げてゆくと、そのうちの一人に大きな反応を黒子が示した。
 明らかな動揺。明らかな隙。それを見逃すほど切原赤也というテニスプレイヤーは甘くない。
 すかさず礫を取り出しラケットで打ち出す。黒子は赤也の正面にいたため動作は見えていた。しかし能力の行使に精神の影響でも出たのか、
 回避の瞬間移動は少し横にズレただけで先のように大きな距離を移動していない。そうなることを赤也は分かっていた。
 テニスでもメンタルは試合運びに大きく影響するからだ。ワケの分からない超能力であってもそれは同様。そして、次の一手は既に打ってある。
 『取り出した礫は二つあった』。移動した後の黒子がまだ宙に浮いているもう一つの礫に気付いたようだが、遅い。
 二射目。間を置かず放たれた二射目の礫は、黒子に能力行使の暇も与えず右手に直撃させた。まずは利き手を潰す。
 違っていても今度は反対を潰せばいいだけの話だった。
 プロのテニスプレイヤーの打球を受け、なおかつ打球が硬い礫であれば甚大なダメージは免れない。
 黒子は右手をやられた上に球威に耐えられず吹き飛ばされ、無様に地面を転がる。

「ヒャハハハハッ! ビンゴォ! やっぱりいやがったみたいだな。さあ言ってみろよ、ミサカミコトって奴が死んだ感想をよォ!」

 赤也はゆっくりと、倒れた黒子に近づいてゆく。
 あの動揺の走り方からして、相当親しい間柄であったことは想像できる。普通に放送を聞いていれば、ショックで崩れ落ちるくらいには。
 止めようなどとほざいている黒子の知り合いだ。同じように綺麗事を言うような奴で、さぞ立派な奴だったのだろうと赤也は想像する。

「俺も一人死んでたよ。遠山金太郎ってガキでな。そんなに知ってる仲じゃねえが、能天気でバカほどテニスが好きな、いいプレイヤーだった」
「うっ、ぐ……」

 ダメージは思いの外あるらしく、起き上がろうとするが上手く力が入らないようだ。
 赤也は周囲に警戒を払いつつさらに黒子に近づく。

「いい奴から先に死ぬ。でも悲劇なんかじゃねえ。勝利宣言して逃げてっただけだ。こっちから何もできないのを良いことにな。
 正しいことをして死ねば残った奴が魂を引き継いでくれるとか思ってやがるし、改心してくれるとか思ってやがるんだ。副部長も、あの女どもも」
「……そう、でしょうね。正しく受け止めてくれるとばかり思ってる……」
「はっ、やっぱ分かってんじゃねぇか」
「……正しいからって、それがひとを救うとは限らない……。いえ、それが却って毒になってしまうようなひともいる」
「そうだ。後を継いだって、どうしたって……もう取り返しがつかない。俺は別に自分の志なんてなかったんだ……。
 こんなゲームなんてどうだっていい。俺はただ、皆でテニスがしたかっただけなんだ……。テニスの試合をして、勝ちたかった……」
「……そんな『過ち』を、あの人達は認めてくれないと思ったから」
「俺は俺だけを正しいと思うことにした。お前の考えてる通りだ。間違ってる俺を正しいと。
 お前なら分かるだろ? 誰も守れねェ矛盾した正義を抱えたお前なら。そして、俺に残された道はただ一つだ」
「ぐうっ!」

 倒れた黒子の、礫を直撃させた右手。赤也は容赦なくそれを踏みつけた。くぐもった声に合わせて黒子の体が跳ねる。
 相当の激痛であることは容易に想像がついたが、構わず靴底をぐりぐりと擦りつける。

「立海大付属は常勝不敗。俺に残されたものはそれだけだ。勝って勝って勝ち続けて、間違った俺が最後には絶対に勝つんだってことをどいつにもこいつにも分からせる」
「……かはっ、それ、で、勝って……どうする、んですの」
「喋れる余裕があるのか、ちっ」

 横腹を思い切り蹴飛ばす。頭でも良かったが、それでは気絶してしまう恐れがあった。
 気絶なんてさせない。逃げさせない。ボロボロにして、痛めつけて、抵抗の口も利けないくらいにしてから殺す。
 蹴られた黒子は何度か地面をバウンドし、いくらか転がった後に止まった。

「言ったろ、それしかないって。勝った先なんてねぇ。終わりなんてねぇんだ。勝つ俺を示し続ける。俺の未来なんてとうに死んじまってんだよ」

 空っぽの立海大付属テニス部。そんなものでも、赤也は縋ってしまう。黒子が言うように、いまさら自分を切り離すことなんてできないのだ。
 違う、間違ってる、まだやり直せる。分かり切っている。それでも――自分は自分でしかないから。
 だから俺は、大人になれない。

「……ひとりで勝ち続けて……全部振り払って……でも、それは」

 まだ減らず口を叩けるのか。
 転がった先で黒子が掠れた声を出すのを聞いて、赤也は少し早いと思いながらも左腕を潰すために礫を取り出す。
 骨を狙って、折れるまで球を叩きこんでやる――。

「……寂しい、ですわよ」

 そう考え、礫を宙に放った赤也は、しかしそのまま硬直した。
 寂しい。間違ってるではなく、そのように考えるのは寂しいと。白井黒子は投げかけたのだ。
 大切な人、が、『どっか』にいるって、それだけ、信じて、くれても――。
 突然反芻されるあの時の言葉。嘘吐きの言葉。勝ち逃げした奴の言葉。未だに俺を苦しめようとする言葉……!

「だったらなんだってんだ!!!」

 ざわりと、まとわりつく虫を払おうとするように赤也は礫をラケットで打ち出す。
 しかし狙いをロクにつけていなかったためか、礫は明後日の方向へ飛んでいき、黒子には掠りもしなかった。

「本当は、それだけじゃないかもしれない……。正しさだけを伝えようとしたんじゃない……。生きて、欲しかったから出した言葉だってことも、あるかもしれない」
「……そんなワケがあるかよ! だって、それなら、なんで俺に殺され……俺より強いんなら、俺を止められるはずだ! 弱いから、正しいことしか言えないから俺が殺した!」
「そうじゃない……。たとえ殺されるかもしれなくても……、そうとしか生きられなかったから……! 当たり前の人間として、当たり前のことをしようとしたから……!」

 血を吐くように論理を紡いで、白井黒子は立ち上がる。当たり前のこと。礼儀を守る、困っている人がいれば助ける――。
 誰もが持っている道徳。こんな殺し合いの場でも無意識のうちに出してしまう、手を差し伸べる優しい気持ちのこと。
 普通に生きていれば、どうしようもないくらいに奥底に根付いてしまっているもの。
 人を愚かにもしてしまう、憐れで尊い、ただ一つのもの。

「正しくはないです。それどころか無価値で、無意味で、何の力も持たないかもしれない。
 人を救わないかもしれないし、悲しませもする。空っぽで中身のない正義も同然かもしれません。
 でも、それを信じて、従って、行動しているひとがいるから……! 竜宮さん、船見さん、テンコさんのように、最期まで信じてたひと達がいるから!
 私は、その『正義』を守る、《風紀委員》ですの!」

 凛として咲く花の如く。力強く《風紀委員》の腕章を握りしめて告げる黒子は、赤也の目から見ても間違いなく――正義だった。
 そうか、だからコイツは……。
 黒子の信じるものの正体を知った赤也は、薄く緩やかに納得の吐息を出した。

「弱者の側に立ち、弱者を守る。……なるほど、正義の味方だ」

 もう少し早くお前に出会えていたらどうだっただろうな。赤也はその言葉は飲み込む。
 所詮は仮定の話。置き去りにされた自分を救ってくれたかもしれないということも、自分で自分を殺さずに済んだかもしれないということも――。

「じゃあ俺は、やっぱお前が何も守れないし救えないってことを証明しなきゃなァ!」

 全ての空想を掻き消し、赤也は地面に落としていた礫を、地面ごとすくい上げるようにしてラケットで打つ。
 礫と共に黒子に飛来する無数の土と砂塵。殆ど指向性地雷のように前方広範囲に撒き散らされたそれを避けるには瞬間移動しかない。
 果たして赤也の予想通り、黒子の姿がフッと消える。その瞬間に赤也は、お辞儀をするように頭を下げた。

「なっ!?」
「読めてんだよバーカ! 格の違いを知れ!」

 読みは単純。殺さずに戦闘力を奪おうとするなら脳天に強い打撃を加えての打撃しかない。手をやられているのだから、足で打撃を行うしかない。
 ならば蹴りだ。しかし小柄な黒子が赤也の頭に蹴りをぶち当てるためには、高さが足りない。届かせるためには。瞬間移動しかないということだ。
 そして赤也は天才的テニスプレイヤー。ただ回避しただけではない。既に次の攻撃は放たれていた。

「そら、戻ってきたぜ!」
「っ!?」

 黒子の視界には、『木の幹に当たり跳ね返ってきた礫』が映っているはずだった。
 元々初撃で当てるつもりなどない。跳ね返した第二射こそが本命だ。土を派手にめくったのもそのために過ぎない。
 赤也はさらに礫を取り出しながら、さあどうすると黒子にサディスティックな問いかけをする。
 また瞬間移動して逃げるか? したとしてもたかが距離は知れている。即座に見つけて第三射。それで今度こそ左手を潰してやる。
 受けても結果は同じ。ふわふわした空中姿勢でロクにガードもできるとは赤也は思っていない。無駄と分かっていても逃げるしかない。
 ここで逆転する手段などあるものか。そう考え、黒子がどこに逃れても追撃できるようにラケットを構えようとしたところで、
 赤也の培われてきたテニスプレイヤーとしての勘が一つの可能性を告げた。

「……っとォ!」

 高く跳躍し、器用に側転を繰り返しながら、『赤也に向かってきていた銃弾』を回避していく。
 銃弾など所詮は変化球のかからないテニスボールに過ぎない。打ち返すのも容易いが、避けることなどもっと容易い。
 勢いを殺さないまま地面を滑りつつ、赤也は挑発するように、発砲した主へとラケットを向ける。

「まーたやられに来たのか?」
「借りを返してもらいに来たんだよ。……白井、無事か?」
「……すみません、不覚を取りましたわね、七原さん」
「全くだ、間一髪だったぞ」

 瞬間移動を使って、黒子は助け舟を出した七原へと合流する。
 どうやらこの二人はまだ行動を共にしていたらしい。或いは男の方――七原――が、銃口を向けて牽制しつつ黒子に態勢を立て直させている。
 二人には以前にはなかった繋がりが生まれているように思えた。息の合ったダブルスには程遠いが、形にはなっている。
 関係ない。勝つだけだ。手を差し伸べさせてたまるものか。お前達なんかに、負けてたまるものか。

「……助けられておいてなんですけど、しばらくあの方のお相手は私に任せていただけませんか?」
「助けられておいて、随分な言い草だな……。お前、まさかアイツを止めるとかいうつもりじゃないだろうな」
「そのまさかですけど」
「……正気を疑うな。いいか、アイツは」
「竜宮さんと船見さんを殺した。そのうえテンコさんまで殺しました」
「な……」
「だから――、だからこそなんです。あの方はどうしても私が止めなきゃいけないんです」
「……オーケイ」
「ほー、ご相談の結果はシングルスか。いいぜいいぜ、俺はそっちのが得意だ」

 七原が下がったのを確認して、赤也は黒子を見る。
 タイマンで勝負してくれるというのだ。赤也としても願ったりかなったりではある。
 この女は。白井黒子という女は、切原赤也がこの手で始末しなくてはならない。あれは先程殺した二人以上の、真実の敵であるから。
 同じ場所に立っているのに、正しさを認めきれないことを知っているくせに。それでもと言うこの女だけは、自分が殺さなくてはならない。

「七原さん。手出しはしてくれて構いません。やれると思ったら、やってしまっていいです。それも正しいと私は思いますから」
「お前に俺は止められねェし、そっちも俺は殺せねェよ。勝つのは俺なんだからな」
「あなたにも、七原さんにもやらせないつもりではありますけど。どうでしょうね、分かりません。でも私は結局、私でしかありませんから」

 赤也は悪魔のように舌なめずりをし、天使のように笑った。
 俺は俺でしかないし、お前はお前でしかない。
 同じだったはずなのに、可笑しいね。

「さあ――。試合を始めようぜ。俺が勝って、お前のちゃちな幻想をぶっ殺してやる!」
「……想いは、死なない!」


【テンコ@うえきの法則 死亡】




【B-5 森/一日目・夜】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本、瓦礫の礫(不定量)@現地調達
    燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達
基本行動方針:立海大付属は常勝不敗。残されたものはそれだけだ。

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり――
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:黒子にある程度は任せるが、いざとなったら自分が赤也を殺す。
2:白井黒子の行く着く先を見届ける。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる? 研究所においてきた二人分の支給品の回収。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:全身打撲および内蔵損傷(治療済み)『風紀委員』
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:レナや結衣が守ろうとした『正義』を守る。その上で殺し合いを止める
1:七原よりも先に赤也を止めてみせる。
2:初春との合流。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。





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解答:割り切れない。ならば――。(前) 七原秋也 ――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。
解答:割り切れない。ならば――。(前) 白井黒子 ――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。
解答:割り切れない。ならば――。(前) 切原赤也 ――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。


最終更新:2021年09月09日 20:14