天体観測 ~或の世界(後編)~ ◆j1I31zelYA



たった一日だけれど、今まで会ったこともないような人間と何人も出会った。
世界は広い。
否、並行世界だから、世界は多いと言うべきなのか。
宇宙の星の数くらい、それらは存在するのだろうし。



最初に出会った少女は、自分は特別なんかじゃない、何もやるべきことなんかないと言っていた。
そして、彼女が知っている同じ世界の少女たちも、非日常など知らないただの女の子達だったとも。
会話をしていくうちに、彼女の世界を察することは容易だった。
きっと彼女たちは、
そして、今になって振り返ると彼女たち『だけ』が、
出会った者の中で、彼女たちだけが、誰とも戦ったことなど無かったと言っていた。
あってせいぜい、青春らしい胸ときめかせる同級生との痴話喧嘩だとか、部活動でのゲーム対決だとか。
しかし、それはそれでトクベツだ。
奇跡的に平和な日常。時の止まらない永遠のように、ずっと変わらない毎日。
秋瀬のいた世界にも平穏なスクールライフを送る少年少女はいたけれど、そんなものはゴスロリ服を着た国際テロリストが爆弾をひっさげて襲来すればあっさり壊れてしまう、たいそう脆いものでしかなく。
すべてがキレイな、何の痛みもない、ハッピー『エンド』でさえも存在しない世界なんて、希少なものだ。
彼女――船見結衣もまた、秋瀬或を特別なものであるように見ていたけれど。




船見結衣とともにいた少女は、違っていた。
助けを求めている人を助ける、『ヒーロー』でありたいと答えを出した。
彼女はおそらく、戦いを知っていた。
眼が違っていた。
彼女は人が死んだことを嘆いていた。おかしいと、こんなはずじゃなかったと、言っていた。
しかし、戦うことを拒んでいなかった。
目の前に『人を助けた結果として死体になった少女』がいながら、そのことに涙を流していながら、『人を助けたい』と言うことを恐れを抱いていなかった。
助けられることを、知っていたのだろう。
助けることを、知っていたのだろう。
少なくとも、人が死ぬなんておかしいと言える世界であったことは間違いなく。
だからきっと、彼女たちのいた物語は、『ハッピーエンド』だ。
仲間と力を合わせて助けて助けられ、誰かが死なないように大きな理不尽を打倒する。
そんな世界だろう。




次に出会った少年は、それとも少女だったのかは。
最初から、『バッドエンド』を定められた存在だった。
既に、文字通りの意味で『デッドエンド』を経験していたと言うべきだろうか。
次代の神を選定するためでもなく、未来ある中学生の『才能』を競い合わせるでもなく。
ただ、大人たちの安寧と余興のためだけに、日常を破壊されて殺し合いをさせられる中学生。
将来なりたい夢は、とても限られていて。
大好きだったはずの仲間は信じられなくなり。
大人たちが身勝手に作り上げたレールの上を歩き、少しでもレールを外れたら処分された。
心のどこかで引け目を感じて、なるべく災厄をこうむらぬように、日陰に身を寄せて暮らしていたという。
一方で、そんな世界をクソッタレだと断じながら、自由を手に入れるために足掻いて、戦っていた少年たちもいたという。
永遠に続けばいいと願うようなスクールライフも確かに存在しながら、
どこかで崩れ落ちるという諦めが混在していた世界。
そういう意味では、『先に出会った二人の少女』とは極めて近く、限りなく遠かったのだろう。
そんな世界で死んだ後に、奇跡的に第二の人生を手に入れて、
『遺志を継ぐ者』になると宣言した彼――月岡彰は、その六時間後に放送で名前を呼ばれた。




そのカノジョとともに歩いていた男は、『反逆者』志望だった。
月岡彰が言うところの、キラキラ輝いている世界の人物。
彼らにとっての戦場は、縦78フィート横27フィートのテニスコートの上だった。
望まない強制された戦争ではない、自ら望んで立つことができる、自由なフィールド。
話によれば決して呑気なスポーツではなく、なぜか命を賭けることもあったらしいが。
それでも、根本的に賭けるものは青春であり、プライドであり、硝煙の臭いも腐った死体の臭いもしない競争だった。
だから己の力で何かができるはずだと信じるし、負けん気も発揮する。
彼ら――真田弦一郎にせよ、遠山金太郎にせよ、勝利することがすなわち『ハッピーエンド』であり、仮に敗北したとしても、その悔しさの中でも何か生まれるはずだと、『バッドエンド(行き止まり)』だとは考えていなかった。

――その叛逆が敵わなかった時に、彼らが何を思ったのかを、察することはできないが。




その一方で、本当の意味での『戦場』と『日常』を行き来する少年もいた。
彼のいた世界はおそらく、集められた中でも最も強い世界だろう。
戦場にいた時はまさに地獄と天国の境界であり、人間を糧にして食らうような妖怪も、人間を審判するあの世の使いもゴロゴロいたという。
強い者はどこまでも思うがままに振る舞い、弱い者は奪われても仕方がない。
それでも、皆がみんな、悪い者ばかりでも決してない。
鮮血も死体の山もある。ただし、意地と誇りを賭けた男同士の決闘だってある。
そんな戦場に、時には『霊界探偵』の任務として関わり、時には大切な者を守るために関わり、
そしてある時は『戦いたい』という欲求を満たすためだけに飛びこんでいく。
そんな戦場の厳しさを味わいながらも、最後には必ず日常の世界へ、幼なじみのいる帰る場所へと戻っていく。
そんな、代わり映えのしないようであり、でも少しずつ変わっていく日常へと帰ることが、彼にとっては『ハッピーエンド』だったのだろう。

彼――浦飯幽助のなりたいものは何であるのか。
案外、なりたいも何も、今も昔も未来も浦飯幽助でしかないと、そう答えるのかもしれない。




浦飯幽助とともに出会った彼女は、『日常』こそが『戦場』そのものだった。
暴力問題だとか、非行だとか、いじめだとか、異性問題だとか。
どこの学校にも皆無だとは言えない日常の闇が、彼女たちのいた場所では極端に集中していたと、それだけのことかもしれないが。
後になって、彼女たちのクラスメイトだった菊地善人が言っていたそうだが、ここに呼ばれた者もみんないじめていた側だったりいじめられた側だったりで、
時には死人や殺人者が出そうになったこともあったらしい。
しかし、ある教師がジャーマンスープレックスのごとき力強い辣腕を振るったこともあり、今では傷つけあったこともひっくるめて、大切な仲間になったのだとか。
少なくとも彼女たち――常盤愛も、神崎麗美も、その中にいた一人で、
そして常盤愛には、なかったことにしてはならないと意地を張るだけの過去があり、
そして神崎麗美には、失ってはならない白紙の未来があったはずで、
彼女たちは、一歩を間違えた先にある『バッドエンド』の味を知っていた。
『なりたいものなんてない』と答えた彼女にも、『なんにでもなれる』と思っていた頃があったのだろうから。




『戦場』で戦うことこそが存在意義だったと、名乗った少女がいた。
明確な理由を得られないままに戦場に送り込まれたという意味では、それはプログラムのように過酷だったかもしれないけれど。
世界や人類を守るという大義の元に戦わされていたという意味では、それは雪輝たちの経験した戦いとも似ていた。
だからなのかもしれない。
彼女――綾波レイは、自分のこともさほど好きそうじゃないという点において、雪輝とは意気が合ったように話していた。
定められた戦いの他には何もないと思いながら、
もしかしたら、他に何かがあるのかもしれないと感じながら。
ハッピーエンドの形を知らないままに、ただバッドエンドに値する終わりを迎えないために、戦っていた。
『求められたいから』だとか、『一人で生きていくため』だとか、きっとそれぞれ存在意義に関わる理由を抱えて。




すでにゲームから退場し、なりたい自分にもなれずに死んでいった者達がいる。
まだ生き残り、どこかに散っていたり、ともに行動している者達もいる。

戦って何かを為そうとする者がいた。何もできないと嘆く者もいた。
死なせようと戦う者がいた。死なせまいと戦う者がいた。
戦う力を持つ者がいた。力を持たない者もいた。

――違う。戦う力を持たない者の方が多かった。

秋瀬はそう、己が思考を訂正する。
確かに、一般的な中学生とは言い難い能力を持った者も相当の数がいた。

直接に対面した者を除いても、高坂は時間を操る能力を持つ傭兵少女と戦ったと話していたというし、
菊地たちや月岡たちを襲ったバロウという少年は、身体を兵器のように変形させたというし、
浦飯とその知り合いが人間離れした力を持っていたことは言うまでも無く、
また能力者とまではいかずとも、一般人とはかけ離れた者なら何人もいたけれど。

『本来ならばもっと強い人間だけを集められたはず』ということを踏まえれば、その数は少ない。

聞けば浦飯のいた世界には、とても人間の手には負えないB級ランク以上の妖怪たちがゴロゴロと暮らす魔界があり、そういった妖怪たちと雇用契約を結んでいた権力者も数多くいたという。
また人間界の中にも、ある日能力に目覚めた若者たちや、修行を積んだ霊能力者がいたらしいことがうかがえた。
浦飯のいた世界に限ったことではない。
たとえば菊地がバロウ・エシャロットとの戦いを経た後に、バロウに匹敵する『植木耕助』なる参加者を呼んでくると言っていたこと。
また、主催者が第二回放送の時点で『人間になりたいという願いを持つものは、それを叶えられる』と発言していたこと。

おそらく主催者には、『人間をはるかに超えた能力者がごろごろと存在する世界』に、いくつもの心当たりがある。
しかし、これまでに秋瀬が確認できた八つの世界のうち、その半数以上がそういった世界ではなかった。
戦いを知らない船見結衣とその友人や、それなりに格闘技をかじっているだけの常盤愛たち。
我妻由乃のように、常人離れはしているが、あくまで神としての能力などを封じられた『人間』として戦わされる中学生。
それだけでなく、浦飯幽助のいる世界からも、雪村螢子のような一般人が参加させられている。

よって、この会場にいる中学生たちは、純粋な『強さ』や『能力』を基準として選考されたわけではない。
未来日記が支給品として配られたように、『何かの能力を持ったものを参加させてみよう』という試みとして浦飯たちが拉致された可能性はあるにせよ、それは根本的な選考基準ではない。

むしろ、数々の『世界』に目をつける個性があったとすれば、彼らを培ってきた環境の差異だろう。

そもそも最初に殺し合いを宣告した人物は、『全員に必須アイテムとして携帯電話を支給する。
ただし、携帯電話を知らない者にも、その使い方が分かるように調整している』と説明した。
逆に言えば、携帯電話が普及している時代から参加者を連れてくればいいという発想はなかった。
つまり、子どもたちは『その時代、その社会に生きている中学生』でなければならなかった。

現代の日本に生まれて、戦場を知らない中学生たち。
少し昔の、携帯電話にも疎い世代の、日本という国さえ知らない、戦場を知っている中学生たち。
この二つはあまりに大雑把な分類だとしても、秋瀬の出会ってきた彼らは、一つとして同じ『戦い』を経験していなかった。
戦いが違うから、戦場と日常が違う。
戦場と日常が違うから、なすべきことが違う。
なすべきことが違うから、なりたいものが違う。
なりたいものが違うから、『ハッピーエンド』と、『バッドエンド』の形が違う。
世界が違うということは、『ハッピーエンド』と『バッドエンド』の定義が違うと言うことだ。
違うから、皆が違う『願い』のために戦って、殺し合ってここまで来た。

単に、強力な能力を持った者と、能力を持たないものを同じ舞台に放り込んだ、
余興としての殺し合いを見せるためだけの舞台ではなかった。
なぜなら、神の仲間は『願いを叶える』と言ったのだから。
もっとも強い『願い』を持つ者がいれば、それを叶えるという条件を出したのだから。

元はと言えば『未来日記計画』が生まれたのも、『さまざまな人間が神の力を手にした時にどのような選択肢が生まれるのか』という可能性の探究だった。
それは、高坂王子が見つけてきた『未来日記計画』の文書にも記されている。

そして、未来日記があらかじめ指定した最終到達地点は、全員が願いを叶えられないという『ALL DEAD END』だった。
だとすれば。



――『ALL DEAD END』を覆し、最後まで勝ち残って『HAPPY END』を獲得する者はいるかどうか。

この舞台に降ろされた50人は、それを試されているのではないか?

死に絶える未来を予期していながら生き残ってみせろとは、ずいぶんと人を嘲笑するかのようなやり口だ。

思索の海から一瞬だけ現実へと浮上した秋瀬は、助手席に身を預けたまま苦笑を浮かべた。
左手は絶えず動かし、その思索を書きとめることに費やされていた。

そして次の瞬間、自覚する。
はて、と首をひねる。

『50人』と、結論づける時に、秋瀬はそう数えた。
そう、51人とはあまりにも半端な人数だ。
50人ならばとてもキリの良い人数になるが、果たして秋瀬或は、ついさっき、無意識にいったい誰を除外したのか。
時間をかけて、考えるまでもない。
仮に、中学生が例外なく実験されているのだとすれば。

――『ただ観測していればいい』と神の小間使いから示された秋瀬或とは、何を為す者か。

当初は、欲求の赴くままに、謎を解きたいという気持ちにしたがって、歩いていたつもりだった。

謎と事件のあるところに、秋瀬或あり。
参加者と次々に接触しては別れてを繰り返したのも、一つでも多くの『謎』を収集するためだと自覚していた。

しかし、『自分がいる意味についてどう思う』と問いかけながら、
秋瀬自身がいる意味について、疑念を抱き始めたのは、遅れてのことだった。

疑念が決定的となったのは、『パラドックスの日々』を思い出してきた時から。
思い出したきっかけは何だと問われたら、雪輝と再会した後に、『我妻由乃は世界を二周させていた』という真実を聞かされたことだったのだろう。

ともあれ、少しずつ蘇ってきた記憶の中でも、秋瀬或は未来日記のサバイバルゲームに関わっていた。
最初は、雪輝がやってきたことを代行するだけの埋め合わせとして。
しかし、結果的には秋瀬の望んだ形で事件を解決する、ただの探偵として。
だからこそ。
数日間のパラドックスワールドで、ムルムルはすっかり秋瀬或を警戒していたと記憶している。
パラドックスが終わる頃には、因果律に関することには近づけないようにと妨害を怠らなくなっていた。

そんな秋瀬或が、なぜ、日記所有者でもなくなった身分で、殺し合いに関われたのか。
天野雪輝のクラスメイトになったとはいえ、10thの事件が終わった時点でムルムルからそれとなく追いやられるなり、関われない程度に記憶を改ざんされるなり、有りそうなものだったのに。
秋瀬或は、神に連なる誰かの手によって、殺し合いに関わり続けられるように、ひそかに保護されていたのではないか。

謎と事件のあるところに、秋瀬或あり。
秋瀬或はいた。いることができた。

誰のために?

ムルムルとは敵対する動きをして。
所有者に対しては、天野雪輝を除いて中立的に観察し。
天野雪輝を神にするために、彼の敵を排除するように動く。
これらの行動は、誰にとって益になったのか。
ムルムルや我妻由乃ではないことは明らかだ。
かといって、天野雪輝の望みに叶った行動でもない。
天野雪輝は生き残ることを望んだが、両親のことが無ければ神になることを望んでいなかったし、
何より、我妻由乃を殺すぐらいなら死を選ぶような少年が、我妻由乃と秋瀬或の殺し合いを望むはずがない。
では、誰にとって有益な行動となったのかと結論を出せば。

――月岡彰は言った。
――それはまるで、神様の使い走りとして戦場を観察しているかのようだと。

秋瀬の行動によって助けられたのは、デウス・エクス・マキナしかいなかった。
デウスが期待したことは、雪輝の保護だったのか。あるいは所有者を色々な角度から観察する観測者がいることで、何らかの中立性が保たれると読んでいたのか。

ムルムルが言うには、このたびの殺し合いにデウスはいない。
『神』を名乗る、しかしデウスとは別の、それに匹敵する存在がいると、契約の電話は示唆していた。
そして、『The rader』を渡されて自由にされたということは、新たな神もまた『観測者』として秋瀬或を連れてきたということなのか。

50人の実験動物から『願い』を言葉として聞き出すための、観測者として。
そして、もしかすると何らかの事情で参加させた天野雪輝を、最低限は中盤まで保護することさえも期待して。

全て、推測だ。

暫定的にそう結論して、秋瀬は現実の車内へと意識を戻した。
秋瀬自身のことについて立証する手段は現時点で見当たらないし、立証したとしてもすぐに好転させる何かができることではない。
『そういう可能性がある』ことを気に留めておくぐらいしか、対処はできないだろう。
決して精神衛生上プラスにはならない、むしろぞっとしない話なのだから。

それに、誰かの手のひらの上のことだったとしても、変わらないし、変えられないことだ。

「雪輝君、今のうちに訊いてもいいかな」

天野雪輝の、力になりたいということだけは。
これから迎えに行く彼女に、嫉妬や羨望なんて無いと言えば、大ウソになるけれど。

「我妻さんと仲直りするのは良い。
殺さずに彼女を無力化することも、彼女とよりを戻してから主催者の手を逃れて脱出することもね。
でも、その後はどうする?」
「その後?」

だから、問いかけなければいけない。
天野雪輝が、この先も生きていくために。

「我妻さんを連れて一万年後――君にとっては現在か。二人でそこに帰ることはできないんだよ。
我妻さんが元いた場所に、君と殺し合っていた元の時系列に戻らなかったら、『雪輝君が我妻さんを殺して神になった』という歴史に反してタイム・パラドックスが起きる。
平たく言えば、我妻さんが過去に戻ってやり直した時のように、並行世界が生まれるだけの結果になるよ」

それは、かつて神崎麗美にも問いただされ、答えを返せなかった問題だった。

仮に、我妻由乃を生還させることができたとしても。
彼女は、もといた、『雪輝と殺し合っていた時点』に帰さなければならない。
そうしなければ、その時点からイフの世界が生まれてしまう。
それは、『天野雪輝と我妻由乃が殺し合っている最中に、我妻由乃がどこかに消えてしまった』ことになる四周目の世界だ。
四周目の天野雪輝は、我妻由乃を失ってしまう。
天野雪輝は、自分を犠牲にすることになる。

しかし、我妻由乃を、『雪輝と殺し合っていた時点』に帰したとして。
殺し合ってどちらかを死なせなければ、神様は決まらず、二人ともひっくるめて世界に居場所を失くす。

どちらを選んでも、天野雪輝にハッピーエンドは訪れない。
秋瀬或は、その時点で行き止まりに突き当たっていた。
行き止まりを、今こうして雪輝に突きつけなければいけないことが、ひたすら歯がゆかった。

しかし。

「別に、由乃と一緒に一万年後に帰ればいいんじゃないかな?」

秋瀬が訊ねてから、たった五秒のことだった。
雪輝は、あっさりと答えた。

「もし、並行世界の僕が由乃を失いたくないって言い出すようなら
……その時は、由乃を取り合って喧嘩すればいいんじゃない?」

さも、何でもないことのように。
喧嘩をすればいい。
以前の雪輝からはあまりにもかけ離れた台詞を口にした。

「そうじゃなくても、その四周目ってところに行って事情を話せば、四周目の僕だって納得するんじゃないかな。
少なくとも『由乃を神にするために死のうとしてた頃の僕』だったら、折れると思うよ。
由乃がどこかで居場所を見つけて生きていてくれたら、それだけでも良いって思うようなヤツだったから。
最終的に喧嘩になったとしても、昔の僕が相手だったら負ける気はしないし」

笑みさえ浮かべて、そう言った。

「少なくとも、由乃と戦うよりはずっと楽だと思う」と照れたように付け足して。

あまりに即で返答されたアンサーには、あっけにとられるしかなかった。
秋瀬はよほど間抜けな表情をしていたらしく、雪輝が何かおかしなことを答えただろうか、と不安そうな顔をした。

しかし、数瞬の驚きが通過してしまえば、その場所は理解がとってかわるしかなく、

「なるほど」

秋瀬にも、笑みが伝染した。

雪輝が笑って答えたことを喜ぶ笑みでもあり、そして自分自身に向けた呆れの笑みだった。
一人でぐるぐると考察して、勝手に限界を感じていたことが滑稽でおかしかった。
本当に死者の蘇生が可能なのだとしたら、それにすがろうとか考えていた自分が、とんでもない馬鹿みたいに思えてきた。
いや、『みたい』ではなく立派な馬鹿者だった。
その発想に行きつかなかっただけでなく、天野雪輝を、舐めていた。

「だから僕は由乃にもそう言って、彼女を連れて帰る。
由乃を殺さずに止めて、しかも他の人が怒って由乃を殺さないように守らなきゃいけないから、大変なことに変わりないけどね」

その挽回というわけではないのだが、
せめて少しぐらいは良いところを見せたいと、秋瀬は人差し指を立てた。

「そのことについてだけど……安全策とは言えないけど、一つ手を打ってあるよ」
「え?」

いつの間に、と言わんばかりの雪輝の顔。
それはそうだ。前回の戦いは凌ぐだけで精いっぱいで、秋瀬自身も右手を持って行かれたのだから。

「――とは言っても、狙って成ったことじゃない。
僕は戦っている間に、我妻さんとそれなりに会話をしたんだ。
ほとんど僕が一方的に話すだけだったけどね。
その中で、君と我妻さんの間にある『ズレ』を説明したんだよ。
雪輝君は、我妻さんより一万年も先の未来からやってきたこと。
ムルムルと一緒に、救いのない一万年を過ごしたこと。
そして、ついでに『そのムルムルも、今は主催者の側にいるらしいこと』にも触れたんだ」

元はといえば、我妻由乃の勘違いと押し付けを指弾するための説明だった。
しかし、戦いが終わった後に、その勘違いを是正したことが、また別の意味を持ってくると気づく。

「まず違和感を持ったのは、支給品を確認した時だね。
高坂君が持っていた、NEO高坂KING日記は致命傷を受けた時に壊れてしまっていたけど。
僕の未来日記にはあった『契約する電話番号のメモ』が荷物の中に無かった。
高坂君の性格から考えて、電話番号を隠滅するために破いたとも考えにくいし、
綾波さんたちの前でも、まるで最初から自分の持ち物だったみたいに使っていたというし。
だいいち、壊れた携帯電話の機種も色も、高坂君がいつも使っている携帯と同じものだった」
「それって……高坂は最初から、自分の未来日記を携帯ごと支給されていたってこと?」
「そう。高坂君が、というよりも『自分の未来日記を支給された人は、契約するために電話をかけるような回りくどいことをしなかった』と考えたほうがいいね。
きっと、高坂君の日記だけじゃなく、雪輝日記もそうなっていたはずだよ。
殺し合いに乗って暴れる可能性が高い我妻さんだけをひいきするならともかく、高坂君だけを特別にひいきする理由はどこにもないからね」

とはいえ、この仮説が通るとすれば、見えてくる事実もある。

「つまり、由乃は、雪輝日記の所有者になっているけれど、
『電話をかけて、ムルムルと会話した』わけじゃない……」
「そういうこと。むしろ、それこそが『我妻さんたちに電話番号を配らなかった理由』だろうね。
新たな神が主催する別の殺し合いに呼ばれたと思ったから殺し合いに乗ったのに、
雪輝日記は使えなくなっている。再契約するために電話をかけてみれば、小間使いにしていたはずのムルムルが主催者側にいる。
これで主催者に疑念を持たないほうがおかしいし、そうなったら最悪、我妻さんが『願いをかなえる』という言葉を信じなくなってしまう」
「でも……ムルムルの存在を隠したって、そのうちばれるんじゃない?
たとえば、由乃が殺した相手のディパックを回収して、その中に電話番号のメモが入ってたりしたら、電話しようとするだろうし」
「最終的に露見する分には構わないと思うよ?
『新たな神には願いを叶えられるだけの力がある』と我妻さんが信用した後なら、むしろ向こうからムルムルの存在を明かして、誠意をアピールする振りをした方がいいぐらいだと思う。
ほかの参加者と戦えば支給品なり能力なりを見て、主催者の力は知れるだろうし。
盗聴なり監視なりしているなら、それぐらいのタイミングは図れるだろうしね。
ムルムルに殺意ぐらいは向けるかもしれないけど、『やっぱりムルムルならその立場にいてもおかしくないか』ぐらいで済ませてくれると思うよ」

我妻由乃自身、一週目のムルムルを従えていたことはあったが、決して信頼する主従関係などではなかった。
使い魔が主催側にいたところで、裏切られたとも感じないだろう。

「えっと……つまり。
主催者はもともと、タイミングを見て自分から由乃のところに電話するなりほかの方法なりで、接触するべきだった。
でも、結果的に秋瀬君が『ムルムルが主催者側にいる』ことをばらしてしまった」
「ネタばらし……というほど大げさでもないよ。
僕と我妻さんが接触することは充分に想定できるしね。
ただ、ムルムルとしては『接触するならこのタイミングだ』と考えるはずだ。
我妻さんの性格上、『電話をかければムルムルと話せる』ことを知ってしまえば、
彼女の方からムルムルを捕まえかねないからね。
『自分が優勝したあかつきにはこうすると確約してくれるなら、殺し合いを盛り上げるための何かをする』と取引を持ちかけるとか。
ただでさえ我妻さんは一週目の世界で『願いがかなう』と信じて裏切られているから、隙あらば主催者を出し抜いてやるぐらいの覚悟はある。
つまり、接触をするなら主催者の側から先に仕掛けたほうがいい」

雪輝が後を引き取って、結論を言った。

「なら、今頃はその接触が行われているはず、だよね」

肯定して、しかし秋瀬或は首を傾げた。

雪輝が、すぐ結論にたどり着いている。
秋瀬が知っている彼は、確かに機転だとかとっさの判断などに極めて優れていた。
だがしかし、たとえば過去に8th陣営への対抗策を議論していた時だとかに、ここまで雪輝と打てば響くような会話だとか、積極的な応酬をしたことがあっただろうか。

そんな違和感を胸中で転がしながら、秋瀬は会話を続ける。

「我妻さんは、既に主催者――少なくともムルムルと接触している可能性が高い。それも、契約の電話以外の方法で。
正直、半分以上はハッタリだけどね。こう言えば、たとえ『殺し合いに乗っている人間には容赦しない』という方針の人物でも、彼女を生かしてもらう交渉材料くらいにはなるんじゃないかな」
「うん、すごく助かるよ……でも、手札としては弱い感じがするよね。
あるかわからない情報より、身の安全のほうが大事だって言われたらそれまでだし。
ただ、由乃と話すことができれば、主催者と接触したことが聞けるかもしれないっていうのは僕らにとってもメリットだと思う」
「本格的に牙城を揺るがそうとなれば、もっと決定的なアプローチは必要だろうね」

この雪輝が不愉快なのかと聞かれたら、むしろその逆であり。
かわいいだけでなくカッコいい側面が見られたようで喜ばしいような、子離れの寂しさにも似た気持ちさえあるぐらいなのだが。

「アプローチって言えばさ。僕からも秋瀬君に頼みたいんだけど」

ひそかに浸っている秋瀬の方をちらりと見て、雪輝が話題を変えた。

「秋瀬君に預けてる僕のディパック。そこから携帯を取ってくれる?」
「これかい?」

運転の邪魔になるからと、雪輝のディパックは秋瀬の膝の上にあった。
左手でチャックを開けて、その左手で該当の携帯電話を取り出す。
ハンドルを握り、それを横目に見ていた雪輝は言った。

「僕の電話番号とメールアドレスを、読みあげて僕に教えてほしいんだ。
『雪輝日記』でも予知されるぐらい、はっきりとね」
「それは……」

正気か、と問い返していたかもしれない。
雪輝が、笑みだけでなく、頑固そうな眼と、かすかな冷や汗を見せていなければ。

「それが何を意味するのかは、分かるんだね」
「分かってる、つもり。二週目で秋瀬君と最後に会った時だって、由乃がかけてきた電話に騙されて、日向たちを殺すことになったし」

それは、好きな人に、雪輝日記を通して電話番号とメールアドレスを教えるということ。

それは、最大の脅威に、生命線である直通の連絡手段を、一方的に晒すということ。

雪輝の顔は、ごく真剣だった。
教えてしまえば、我妻は一方的に電話を利用したブラフを仕掛けるなり罠を張るなりすることが可能となり、一方でこちらは相手の連絡先を持っていない。
それがどれほど危険なのかを分からないわけではない。
それでも、我妻由乃へ信号を送ると言う。

「由乃だったら…………昔、僕の作戦参謀をやってた頃の由乃だったらって意味だけど、ここは連絡先をあえて公開するべきだって僕に指示するんじゃないかな。
ここで消極的になったら、ジリ貧で追い詰められていくだけだとか何とか言ってさ」

考えながら喋るようにたどたどしく、しかしはっきりとした声で。
彼女はこうしていた、と。



ああ、そうか。



心のうちで、そんな呟きが漏れていた。

我妻由乃のことを想像しながら語る雪輝を見て、何かが腑に落ちた。

「それに、由乃から電話なりメールなりが来たら、由乃のアドレスは確実に分かるってことだよね。それだけでも収穫になると思う。
ただでさえ、こっちは由乃がどこまで迫ってるか分からなくて緊張してるんだし」

さっきから、良い意味での違和感があった。
秋瀬の知っていた雪輝は、『ここまで』ではないと感じていた。

やっと、その理由が分かった。
なぜなら、ここにいる雪輝君は、『秋瀬或が知らない時』の天野雪輝だったから。

秋瀬は、10thから差し向けられた犬たちに襲われて、おびえていた雪輝なら知っている。
秋瀬は、日野日向と友達になるために泣きながらでもがんばった雪輝なら知っている。
秋瀬は、由乃の監禁から逃れたところを8thの手先に狙われて、『助けて』と言った雪輝なら知っている。
秋瀬は、両親を生き返らせるために泣きたいのを我慢して11thや8thと戦っていた雪輝なら知っている。
秋瀬は、日向やまおや高坂を殺してしまい、後に引けなくなった眼をした雪輝なら知っている。
秋瀬は、枯れ果てた顔で一万年ぶりに再会した雪輝なら知っている。
けれど、秋瀬が知らない雪輝がいることだって、知っている。
知っているけれど、知らなかった。
見られなかった。

「あの由乃に『必ず迎えに行く』って言ったからには、連絡先を教えることさえ出来ないようじゃ、どのみち出し抜けっこない、と思う」

秋瀬は、崩れ落ちる崖を血塗れた手でがむしゃらに這い登りながら、『君を救う』と言った雪輝を知らない。
復活した9thに向かって『僕はすべてを救う』と宣言した雪輝を知らない。
神も同然となった『彼女』を相手に一歩も退かずに戦いながら、『愛してるからだ!』と叫んだ雪輝を知らない。
『彼女』の名前を大声で呼びながら、しあわせな幻覚空間を打ち破った雪輝を知らない。
神崎麗美に向かって、そこを退けと啖呵を切った雪輝を知らない。

話には聞いていても、
雪輝は秋瀬に守られている時に、その顔を見せたことがなかった。

「それにさ、彼女が電話したくなった時のために連絡先も寄越さない奴が、何を言ったって本気が伝わらないと思うんだ」

だから。
『この』雪輝は、秋瀬或にとって、とてもまぶしい雪輝だった。

「きっと、僕の知ってる人だったら、そんな『愛(ラブ)』はなっちゃいねぇって怒るところだし」

だからこそ、がむしゃらで、真剣で、かっこいい姿のように映る。
秋瀬或ではないヒトのために、覚悟を決めた顔だった。

「だから、リスクがあることは承知で由乃に伝えたいんだ。
もちろん、秋瀬君たちの危険度も引き上げちゃうから、一存では決められないけど」

優しい目で、少し不安そうにほほ笑むところは変わらない雪輝だった。
そこにいるのは、間違いなく、天野雪輝だった。
だとすれば、

「構わないよ」

敵わない。

何が敵わないかって、もう色々なことが敵わない。

『彼女に敵わない』とは言いたくないから、『雪輝には敵わない』ということにしておいて。

「雪輝君が、決めてくれ」

『彼女』よりもずっと、雪輝を大切にしてきた自信ならあるのに。
雪輝を「愛していない」と言い切るような少女に、彼を任せておけないと激しい怒りに駆られたりもしたのに。
秋瀬には決して引き出せない『男』の顔をする雪輝を、ここにきて見せるなんて、ずるい。

『僕では絶対に作り出せない君の顔』を見て惚れ直してしまうのだから、もうどうしようもない。

「きっと――勝てるか勝てないかは、君が決める」

――どうして君は、こんなにも片思いのしがいがあるんだろう。

「「『君たちが』、じゃないの?」」

まぜっかえす少年の声がふたつ、運転席と後部席とで、ぴったり重なった。
その二人が、ハモりを披露してしまったことに極めて嫌そうな顔をするタイミングも、これまたぴったりと同時であって。

可笑しかったけれど、噴き出してしまうと恨みがましげに睨まれそうだったから、聞こえなかったふりも兼ねて視線をそらし、車窓へと向いた。

夕刻から闇の色へと落ち始めた空は、星の光をひとつふたつと増やしつつあるところで。
満天の星がよく見える、夜が始まろうとしていた。

【H-5/一日目・夜】

【天野雪輝@未来日記】
[状態]:中学生
[装備]:運動服(ジャージ一式)@現地調達、スぺツナズナイフ@現実 、シグザウエルP226(残弾4)、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記、クレスタ@GTO(運転中)
[道具]:携帯電話、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実、学校で調達したもの(詳しくは不明)
基本:由乃と星を観に行く
1:やりなおす。0(チャラ)からではなく、1から。
2:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、由乃に備える。

[備考]
神になってから1万年後("三週目の世界"の由乃に次元の壁を破壊される前)からの参戦
神の力、神になってから1万年間の記憶は封印されています
神になるまでの記憶を、全て思い出しました。
秋瀬或が契約した『The rader』の内容を確認しました。
秋瀬或、綾波レイ、越前リョーマとアドレス交換をしました。

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:右手首から先、喪失(止血)、貧血(大)
[装備]:The rader@未来日記、携帯電話(レーダー機能付き、電池切れ)@現実、マクアフティル@とある科学の超電磁砲、リアルテニスボール@現実、隠魔鬼のマント@幽遊白書
[道具]:基本支給品一式、インサイトによる首輪内部の見取り図(秋瀬或の考察を記した紙も追加)@現地調達、セグウェイ@テニスの王子様
壊れたNeo高坂KING日記@未来日記、『未来日記計画』に関する資料@現地調達
基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。
1:天野雪輝の『我妻由乃と星を見に行く』という願いをかなえる
2:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、我妻由乃に備える
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。
『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません
『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。
天野雪輝、綾波レイ、越前リョーマとアドレス交換をしました。(レーダー機能付き携帯電話ではなく、The raderを契約した携帯電話のアドレスです)

【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:疲労(中)、全身打撲 、右腕に亀裂骨折(手当済み)、“雷”の反動による炎症(ある程度回復)
[装備]:青学ジャージ(半袖)、テニスラケット@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実
[道具]:基本支給品一式(携帯電話に撮影画像)×2、不明支給品0~1、リアルテニスボール(残り3個)@現実 、車椅子@現地調達
S-DAT@ヱヴァンゲリオン新劇場版、、太い木の棒@現地調達、ひしゃげた金属バット@現実
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
1:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、我妻由乃に備える
2:バロウ・エシャロットには次こそ勝つ。
3:切原は探したい

[備考]
秋瀬或、天野雪輝、綾波レイとアドレス交換をしました

【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:傷心
[装備]:白いブラウス@現地調達、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記、ベレッタM92(残弾13)
[道具]:基本支給品一式、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)、心音爆弾@未来日記 、
基本行動方針:知りたい
1:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、我妻由乃に備える
2:落ち着いたら、碇君の話を聞きたい。色々と考えたい
3:いざという時は、躊躇わない
[備考]
参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
碇シンジの最後の言葉を知りました。
秋瀬或、天野雪輝、越前リョーマとアドレス交換をしました。



最終更新:2021年09月09日 20:17