痛みなど感じない世界 ◆j1I31zelYA



人間は、殺す。
ロベルト・ハイドンがそう決めたのは、必然のことだった。

 ◆◆◆

スタート地点である中学校の校庭で、ロベルトはさっそく人間を見つけた。

年齢はおそらく15歳前後。
黄色いパーカー。
さざなみのようにウェーブした少し長めの髪。
おそらく能力者ではない。
天界の最新式モバイルで調べた限りの“能力者”にはいなかった。

まぁ、仮に能力者だとしても同じことだ。
ロベルトがすることの、過程と結果が変わるわけではない。


すぐ殺す。


「やぁ。初めましてだね」

月の見える校庭で、ロベルトは奇術師のように両腕を広げて挨拶した。

「あなたは、誰ですか……?」
「僕はロベルト・ハイドン。キミを含めた、全ての参加者を殺す者だよ」

相手が苛立ったような、しかしどこか怯えたような顔をした。
素早くその手に持っていたディパックを探りだす。

ロベルトもまた、己の支給品から道具を取り出していた。


男が取り出したのは、基本支給品のペットボトルだった。
ロベルトが取り出したのは、テニスラケットだった。


そんなものを、いったい何に使うのだろう。
自分の武器を棚に上げて、ロベルトはそう思う。

しかし、ラケットはラケットで、便利な用途があるのだ。


――ふぅ。


先手はロベルト。
パカリと大きく口を開け、『それ』を口から放出する。

『それ』――シャボン玉が、とんだ。



「“理想”を“現実”に変える能力(チカラ)!」



『AをBに変える』という能力の中でも、ロベルトのそれはシンプルにして最強。
そして、掲げたラケットが役に立つ。
生まれたばかりのシャボン玉が無数の網目をくぐり、幾多の小さなシャボン玉へ。

「青い……シャボン玉?」

つまり、たった一度の能力使用で、無数のシャボン玉を生みだせるということだ。
何せ、ロベルトの能力は、最強である分だけ代償が大きい。乱発を避ける為の工夫だった。
幾多のシャボン玉はロベルトの“理想”にしたがってそのまま膨張。
人ひとり包めるほどの“青い”シャボン玉が、いくつも少年を取り囲む。

「なんだこれ……! あなたも“領域(テリトリー)”の持ち主か!」

360度から無数に飛んでくるシャボン玉に、男は体をこわばらせ――


――ボフン


男は、青いシャボンの中へと取り込まれた。
あらゆる方向から襲い来るとはいえ、シャボン玉はシャボン玉。
回避される可能性を考えて“絶対命中”を理想としたのだが、彼はあっさりと捕まった。
やはりこれと言った能力は持っていないらしい。


「――さようなら」


さようならは、『はじめまして』を言ってから三十秒後に言い放たれた。
みるみるうちに高度を上げる、少年を包んだシャボン玉。

『赤い』シャボン玉には、物体を重くする能力があり、
『青い』シャボン玉には、物体を軽くする能力がある。

「良かったね。最初に会ったのがぼくだったおかげで、苦しまずに死ねて」

ロベルトが割れて欲しい時に、シャボンは割れる。
高いところからひゅっと落ちて、一瞬でおしまい。


――そのはずだった。


少年は、手に持っていたペットボトルをひっくり返していた。

水だ。

己を運んでいるシャボンへと、ドバドバ水をこぼしている。
水をかけて、シャボンを脆くしようという狙いだろうか。
無駄なことをしている。
愉快だった。
そんなことをしても、シャボン玉はもろくなったりしないのだ。
その“シャボン玉”は、ロベルトにとっての“理想的なシャボン玉”。
“絶対命中”のみを理想としたために強度では劣るが、ほとんどの能力を受け付けない強固な“想い”の産物だ。
ロベルトが“割れろ”と思った時まで、崩壊することはない。

しかし男は、動きを止めていなかった。
ペットボトルの水を全て使い切ると、別のものを握っていた。
細く短い、鉄の矢じりだった。
あろうことか、その矢じりで手首をザクザクと斬りつけはじめる。

(狂ったか……?)

どんどん高度を上げるシャボン玉の中で、手首を血に染めてシャボン玉になすりつける男。

理解できない。
男の目的が、ロベルトには分からない。

眉をひそめていたロベルトの表情が、驚愕に変わるのは次の刹那。

シャボン玉が、弾けた。

割れたのではない。変形した、と言った方が正しい。
男を包んでいたシャボンの膜が風呂敷き状にのっぺりと広がり、瞬時に形を変える。

(生き物……?)

等身大の、爬虫類に似た姿をしていた。
さながら水の生き物(シーマン)と形容するしかない何かが、落下する男を空中でキャッチ。
軽々と、音も立てずに着地する。

(原因は……あの水と奴の血か?)

シャボン玉とは、水溶性だ。理想的なシャボン玉だったとしても、それは同じこと。
すなわち、『水をかけたシャボン玉』とは、『シャボンを溶かした水』ということでもある。
『水』と『血』が男の能力下にあり、『理想的なシャボン玉』を、『操った水』の中に取りこんだ――

とっさに思いついた分析は、その程度。
男を地に降ろした水兵(シーマン)は、ロベルトに向けてファイティングポーズをとっていた。

「水兵(シーマン)! アイツ本人を狙うんだ!」
「それはこっちも同じだ。“鉄(くろがね)”!」


ロベルトの腕がねじれるように変形し、すぐさま巨大な砲身が現れる。


――ドォォン


『絶対命中』の理想だけでは敗れるなら、懸ける理想は『絶対粉砕』。
あの水兵(シーマン)がどんな能力を持っていようと、『理想的な粉砕』の前では無力。

理想的な弾速、理想的な軌道、理想的な破壊力。
『水の能力者』へと鉄(くろがね)は唸りをあげる。

「くそっ、水兵(シーマン)!」



――たぷん



「鉄(くろがね)が……呑まれた?」


水兵(シーマン)が、男を庇って鉄(くろがね)の前に飛び出した。
それは、無意味のはずだった。
『理想的な鉄(くろがね)』は、相手がどんな防御を講じようと『粉砕』するのだから。


膨張した『水兵』の中に、鉄(くろがね)が浮かんでいる。
鉄(くろがね)は、『水兵』の中でギュルギュルと回転運動をしている。
『水の空間から出ようとしているけど出られない』とでも主張するように。

『水兵を粉砕できなかった』のではない。
『その空間を通り抜けることができなかった』とでも、説明するほかない現象。



「でも……水切れみたいだね」



“鉄(くろがね)”の砲身は、しっかりと男に狙いを定めていた。

「ちくしょう……」

男が二本目のペットボトルを取り出すのが早いか、
“鉄(くろがね)”の二発目が男を粉砕するのが早いか。
その優劣は火をみるより明らかだった。

パーカーの男は、悔しそうに歯噛みした。
それが、とても情けない顔に見えると、ロベルトは気づいた。
男は言った。

「お前、本当に人間か? ボクが見たところ霊力はなさそうだが……」
「いいや、人間じゃないよ。君たちみたいに、臆病で醜い人間と違ってね」

この断定は正確ではない。
何故ならロベルトもまた、この男が人間なのかどうか、判断ができないからだ。
『神候補に選ばれた能力者』ではない以上、本物の天界人だという可能性もある。
だからこそ、『醜い人間』と侮蔑した。
反応を見ることによって、人間なのかどうか、その探りを入れることが目的だった。

「醜い人間、だと……。お前、人間の何を知ってるって言うんだ」

情けない顔をしていた男の眼に、ぎらぎらとした光が宿った。
なんだ、この男もやっぱり、人間だったのか。

「だって本当のことじゃないか。少なくとも、その臆病さと弱さなら、僕はよく知っているよ。
自分より強い奴が現れると、怖がって遠巻きにするんだ。
1人じゃ何もできないから、みんなでよってたかってそいつを迫害するんだ」

「何だよそれ!たったそれだけで、お前は人間を憎んでるのか!?」

男の声が、ヒステリックに跳ね上がった。
口調も、だんだんと荒っぽいものへと変わる。

怒りをあらわにした男に、ロベルトは軽く失望する。
あの『特殊な能力』を見た時は、かすかに期待していたのに。
いつも相手にする、自分の欲望しか頭にない愚かな『能力者』と、違う戦いを楽しめるかと思ったのに。
なんだ、この男も、通りいっぺんのことしか言えないのか。
人間は本当は強いだとか、お前みたいなやつは悪だとか。
そういう『正義』の言葉を予期していたロベルトは、


続く言葉に信じられない気持になった。


「お前……子どもの死体を見たことあるか?」

「は?」

「明日殺されることがわかっててオモチャにされてる人間を見たことがあるか?

それを笑顔で眺めてる人間の顔をよ!

目の前で子供を殺された母親を見たことあるか!? その逆は!?

殺ってる奴らは鼻歌まじりで いかにも『楽しんでます』って顔つきだ!

あれは『臆病だ』とか『弱っちい』とか、そんな簡単な言葉で言えるようなもんじゃねえ!

あれは地獄だ! あいつらは悪魔だ!

ボクは、そういうものをいっぱい見せられた!

人は笑いながら人を殺せるんだ!!

人 間 は み ん な そ れ が で き る ん だ ぜ!! 

気 が つ い て い な い だ け で な !!」

毒を吐き出すように、血を吐き出すように、男は顔を歪めて訴えた。

鬼気せまる形相で叫び尽くす。
そして、どっと疲れが来たようにドロリとした目をした。

まるで、今日食べるものがなくて路頭に迷っている男が、食べかけのアイスを落として『不幸だ』と泣いている子どもを見るような、羨望と憎悪の入り混じった目だった。
自分よりずっとマシな境遇にいるのに、不幸ぶっている人間を見る顔だった。

ああ、そうか。

こいつも、なのか。

その眼に、ロベルトは理解する。
彼もまた、自分と同じなのだ。
自分と同じで、人間の本性を理解させられた身の上だ。
人間がどれだけクズかを見せつけられて、絶望してしまったのだ。
しかし、彼の場合は、己もその『人間』であるからこそ、その絶望がより深いのだ。

「すまなかったよ。どうやら君は、僕なんかより、よほど人間のことを理解しているようだ。
――君の名前を教えてくれるかな」
「御手洗、清志」
「そうか、御手洗くん……ひとつ提案がある。僕に協力してくれないかな」
「どういうことだよ。お前、ボクを殺すんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけどね……でも、君が人間を憎悪しているというのなら、話は別だ。
なぜなら、僕も人間が嫌いで、人間を滅ぼそうとしていたからさ」


◆◆◆


ロベルト・ハイドンの『理想を現実に変える能力』には、大きな『代償』が存在した。
それは、『能力を一度使うたびに、自分の寿命が一年削られる』というもの。

その能力があるからこそ、ロベルトは最強の能力者と謳われた。
しかし、その能力があるからこそ、うかつに戦いを挑むことができなくなった。
ロベルトの望みは、全ての人間を消し去ること。
それが叶った後ならば、己はどうなっても構わないが、志半ばに寿命を使いはたして死ぬのはごめんこうむりたい。

だからロベルトは、『ロベルト十団』という部下を作ることにした。

ロベルトの為に他の能力者を蹴落とし、十団とロベルトだけになれば、ロベルトを勝ち残らせる為に最後は自滅するという、ロベルトへの奉仕を目的とした組織。
しかし、この殺し合いの場に呼ばれている『ロベルト十団』のメンバーは、佐野清一郎ただ一人。
ロベルトと佐野の二人だけで、この殺し合いを勝ち進むというのは気が重い。

御手洗のような特殊な能力者が多数参加しているとなれば、なおさらだ。
先ほども、御手洗を殺す為に『能力』を(神器を含めて)三度も使うことになった。
これが他に数十人いるとなれば、『寿命』という代償は極めて深刻な問題となる。

だからロベルトは、この殺し合いの場でも、なるべく手ゴマを持つことにした。


「ぼくたちが最後の2人にまで残ったら、その時はどっちが生き残っても恨みっこなしだ。
神候補の戦いとは無関係そうなのに『神の力』と言われてもうさん臭いけど、それを使って人間を滅ぼせると言うのなら儲けものと考えるべきだろう」
「分かったよ……1人でも多くの人間を殺せるっていうのなら、ボクはそれでいい。
それに、拒否権なんてなさそうだし」
「よく分かってるじゃないか」

御手洗清志との出会いは奇跡的な幸運と言えた。
何故なら、同じ様に人間を憎んでいる。
同じ様に人間に絶望している。
同じ目的を持っている。
人間を信じたことのないロベルトだったが、その一点で、御手洗は信用に値した。

「僕たちは単体で充分に強力な能力を持っているから、別々に殺して回った方が効率が良いだろう。
第二放送がある頃にここに集合して、互いの成果を報告し合うというのはどうかな。
強力な能力者がいた場合の、情報交換も兼ねて」
「分かった。ボクらが今いるここは、だいたい地図の真ん中だから……それぞれ東西に散ろうか。陸地が南に偏ってるから、南北に散ると不公平になる」
「なるほど。じゃあ、御手洗君は西側を頼むよ。そっちの方が海が近いから、すぐ“水”の補給ができるだろうし。
そうだ、佐野清一郎という参加者に会ったら、よろしく言っておいてくれないかな。
彼はボクの部下なんだ。反抗的な性格だけど、ボクに弱みを握られてるから、殺し合いに乗れと言ったら従うと思う」
「わりとえげつない手を使うんだな……そうだ、こっちも、浦飯幽助と、桑原和真って奴らには気をつけろよ。
ボクたちの人間を殺す計画を、妨害しようとした奴らだ。もっとも、桑原の方は能力を失ってるらしいけどな」
「浦飯くんと桑原くんだね。こっちも、植木耕助って中学生には気をつけるよう言っておくよ。僕の部下のほとんどを倒してしまった男だからね」

効率を優先して分担を持ちかけたのは、方便だった。
御手洗と一緒に動けば、関係に亀裂が入るかもしれないというのが、本音。
ロベルトは能力を節約して殺そうとしている。
御手洗と共に戦えば、手を抜いているんじゃないかと疑われて、険悪になる可能性がある。

そう、確かに信頼には値するが、あくまで彼は手ゴマでなければならない。

「御手洗くん。できれば、最後の2人になるまで、死なないでね」
「言われなくても、そのつもりだよ。
……殺すぐらいしか、『人間に生まれた』という罪を償う方法はないからな」

だから、こうやって応援するのだって、上っつらの『同盟相手の振り』をしているだけだ。
――人間である彼が、『自分も含めて』人間を憎んでいるところには、同情するけれども。


  ◆◆◆


人間は、殺す。
彼らがそう約束したのは、必然のことだった。


【E-5/中学校前/一日目・深夜】

【ロベルト・ハイドン@うえきの法則】
[状態]:健康
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~2)、
基本行動方針:人間を皆殺し。『神の力』はあまり信用していないが、手に入ればその力で人を滅ぼす。
1:エリア東部を中心に参加者を狩る。第二放送の時間に、御手洗と中学校で待ち合わせ。
2:能力を節約する為に、殺し合いに乗っている手ゴマは増やしておきたい。
3:皆殺し。ただし、寿命を使い切らないように力は節約する。
[備考]
※参戦時期は、ドグラマンションに植木たちを招く直前です。
※御手洗から浦飯幽助、桑原和真のことを簡単に聴きました。

【御手洗清志@幽遊白書】
[状態]:左手首から出血(血液100ml消費)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式(ペットボトル1本消費)、不明支給品(0~2)、鉄矢20本@とある科学の超電磁砲
基本行動方針:人間を皆殺し。『神の力』はあまり信用していないが、手に入ればその力で人を滅ぼす。
1:水が欲しい。海に向かう。
2:エリア西部を中心に参加者を狩る。第二放送の時間に、ロベルトと中学校で待ち合わせ。
3:皆殺し。ただしロベルト・ハイドンと佐野清一郎は後回しにする。
[備考]
※参戦時期は、桑原に会いに行く直前です。
※ロベルトから植木、佐野のことを簡単に聞きました。


【越前リョーマのラケット@テニスの王子様】
ロベルト・ハイドンに支給。
作中では数々の超常現象を起こしているが、材質はあくまで普通のラケット。

【鉄矢@とある科学の超電磁砲】
御手洗清志に支給。
白井黒子が『風紀委員(ジャッジメント)』の仕事で武器にしている、小さな鉄製の矢。
足にバンドでとめる仕様になっている。矢の数はバンドひとつにつき10本×2。
黒子はテレポートで壁や地面に縫い止めているので、矢じりはそこまで鋭いわけでもない。




Back:闇に舞い降りた美少女-ミコト- 投下順 神様ゲーム
Back:闇に舞い降りた美少女-ミコト- 時系列順 神様ゲーム

START 御手洗清志 \アッカヤ~ン/\みずのなかにいる/
START ロベルト・ハイドン Smile


最終更新:2021年09月09日 19:17