少年御手洗と六人の可哀想な少女 ◆j1I31zelYA


「――分かったわ。デパートに向かいましょう」

御坂美琴がそう決定をくだすと、相馬光子と吉川ちなつは、ほっとして肩の力を抜いた。
吉川ちなつの安堵は、単純に『休息場所が決まった』という安堵。
相馬光子の安堵は、『御手洗清志を籠絡するに当たって、有利になった』という安堵。

「その前に、このラジカセは黙らせておいた方がいいわよね」

相も変わらず荒野の真ん中で『ゆっりゆっらっらっらっらゆるゆり(ry』と歌い続けるラジカセを『じろり』と睨む。

バチン!

美琴が指先で軽く触れると、どこかの回線がショートしたような音がはじける。それきりラジカセは静かになった。

「手品、ですか?」

不思議そうに、ちなつが尋ねた。

「ああ、これ? 私は、『学園都市』の学生でね……要するに、こういう電気製品の扱いには強いのよ」

両腕は少年を背負っていてふさがっているので、ラジカセはその場に放り捨てて歩きだす。
ものすごくおおざっぱな説明に、ちなつは分かったような分からないような、という顔をしている。
詳しく説明しないのは、先に移動してしまいたい、という理由がひとつ。
もうひとつは、詳しく説明すると、御坂美琴が、『単独で軍隊と渡り合えるレベルの超能力者』だと明かすことになるから。
べつだん、隠すつもりなはない。しかし、今説明すると『じゃあ病院に行っても大丈夫なんじゃ……』という切り返しをされるかもしれず、
そうなると、遠まわしな言い方で『あなたたちがいなければ病院に向かうところだった』と教えなければならなくなる。

なるほど、本来の美琴にはそれだけの力がある。
しかし、怪我人をのぞいた3人の中で、戦力らしい戦力が御琴しかいないのは問題だった。
美琴の能力は基本的に、周囲を巻き込みやすい。
普段は電撃を集束させる為にゲーセンのコインを使っているのだが、それを身体から直接放電するとなると、背負っている怪我人をも巻き込みかねない。
かといって、それほど体力があるようには見えないちなつや光子に、彼女たちより体格の大きい男子を担がせて移動するのも、負担が少ないとはいえない。
2人の体力を消費させるだけでなく、有事の際に素早く避難させることが困難になる。
少なくとも現時点では、殺し合いに乗った人間の集まりそうな場所に向かうのは、賢明ではないと言えた。
それに、物資のありそうなデパートならば、いつものコインの代用になる金属を、調達することができるかもしれない。

(どうにかして私の『能力』で首輪を解除したいところだけど……まずは、眼の前のことから片付けて行くしかないわね)

誰かを守ることにためらいはないが、それでも美琴一人が守りきれる人間には限りがある。
まとわりつく焦燥を振り払うように、美琴はずり落ちかけた少年の体を背負いなおした。




未明にさしかかったデパートは、本来の開店時刻でもないのに、煌々と全ての窓に照明をつけていた。
無数のガラス窓から漏れるLED照明が、デパート横に大きく設けられた駐車場にも届く。
一台の高級車がその駐車場に停まると、バタンバタンと乱暴な音を立てて、運転席と助手席、後部座席のドアを開けた。
降り立ったのは、園崎魅音、相沢雅、式波・アスカ・ラングレーの三人。
三人は目的地であるデパートをまぶしそうに見上げると、すぐさま『それ』に目をとめた。
白亜の壁面に貼りついた、大きな垂れ布に。

「何。この意味不明で集客力に欠ける宣伝文句は?」

アスカのコメントはきわめて辛らつなものだったが、この時ばかりはほかの二人も同意見だった。


『終末記念セール・中学校フェア、全国の学生服揃い踏み』


『歳末』の誤字かとも思ったが、おおきな垂れ布にはデカデカと『終末』と書かれていた。
殺し合いと『終末』をかけているのだとしたら、悪趣味というレベルじゃない。

そして、そのキャッチコピーの後半の趣旨は、デパートの洋服売り場で明らかになる。

全て、制服。
学ラン、ブレザー、セーラー服、イートンスーツ、ワンピース。

色とりどり、形も様々なフォーマルウエアが、フロア一帯を占拠していた。
どこでも見かけるオーソドックスな学ランから、派手な赤色のボレロまで。
よくよく見れば、見覚えのあるデザインもちらほら目にとまる。
雅が通っていた私立吉祥学苑のブレザーや、アスカが着ている第壱中学の制服もある。
あたかも、日本中の学校の制服が集められているようだった。
服吊りの一台ごとに、制服の学校名を記したネームプレートが架かる。
常盤台附属中学。城岩中学。青春学園。七森中学。氷帝学園。
他にも、不動峰中学。繚乱家政女学校。忌野中学。聖ルーチア学園。神戸市立第二中学。関所中学。邪馬台中学。山吹中学。鬼ヶ島学園。長点上機学園……とにかく、名前も知らない中学校がたくさん。
3階から6階にかけての衣類売り場は、丸ごと制服で埋め尽くされていた。

「うーん、メイド服のフェアだったらおじさん大喜びするとこなんだけど。いったい、どういう層を相手にしてるんだろうね」
「さぁ……」

興味深そうに歩きまわる魅音と、呆れたように返答する雅。
ともかく2人は、ランジェリーショップで下着類をカバンに詰め、制服を選びにかかった。
これだけのフロアを借り切って学生服『だけ』を売る意図は理解できないものの、とにかく替えの服に困らないのは有難かった。
どんな衣服であれ、魅音たちが着ている、浴衣に白装束の取り合わせよりはよほどマシに見えたこともある。

一方、アスカはというと、

「あたしは下の中央管理室にいるわ。監視カメラがあるから、誰かデパートに来たらすぐ分かるだろうし」

ランジェリーショップに入るより前、2人に提案した。

「それもそうだね。じゃあ、アスカにお願いしようかな」
「じゃ、あんたのトランシーバーもらってくわよ」

同意を待たずに、魅音のディパックから最後の支給品を持ち出していく。
何かあったらそれで連絡する、ということなのだろうか。
悪いね、と声をかける魅音に答えず、さっさとエスカレーターを降りていった。
なにアイツ、という顔をした雅を魅音がなだめる。

高慢とも取れる一方的さだったが、『信用できない』という態度を隠そうとしなかった当初と比べれば、だいぶ軟化した方だろう。
見張りを買って出てくれたことから、協力してくれる意思もあるはず。
それに、真っ先に監視カメラによる見張りを思いつくあたり、頼れる人物であることも間違いない。

こうして、魅音たちは2人でじっくりと制服選びをするに至った。

「どうせだから、普段は着ないようなのを選びたいかな。ウチの学校、ブレザーだったからそれ以外で」
「うーん。うちはド田舎の学校だから、制服ってだけで、けっこう新鮮かな。
服装の規定はなかったけど、前の学校の制服着て通ってる子はいたし」

普段は――スカートを改造こそすれ――おしゃれの手段としては考えない制服だけれど、ここまで豊富なデザインがずらりと並べば、やはり『選ぶ楽しみ』は味わえる。
最終的に雅が選んだのは、『七森中学』という学校の、スカートとセーラー服が一帯になった制服だった。
魅音の方は、東京の私立中学の区画で、長いこと立ち止まっている。
視線の先を見れば、青いセーラー服に白い襟、赤いタイを蝶ネクタイのように結んだ、なかなか可愛らしいデザインだった。
可愛い制服を眼の前に、渋い顔で葛藤する魅音。
雅は、すぐさま葛藤の正体を察した。なので、近くまで行って助け舟を出す。

「へえー、園崎はそれにするんだ? いいんじゃない、似合いそう」
「そ、そうかな。ちょっと可愛すぎるっていうか、おじさんのキャラじゃないっていうか……」

案の定、雅が予想した通りのことで悩んでいたらしい魅音。

「そんなことないって。この区画の制服の中じゃ地味な方だし。
だいたい、制服は皆が着るものなんだから、可愛すぎるも何もないわよ」

強気で保証すると、園崎は「そうかな……じゃあ、そうしようかな」と恥ずかしそうに乗り気になる。
女の子同士の会話なら、女友達ばかりとつるんでいる雅の方が慣れていた。
制服が決まったところで、下着入りのカバンを抱えて試着室にイン。
カーテンを閉めると、長時間の乗車でしわだらけの浴衣をするりと脱ぐ。
ディパックを開けて、替えの下着を手早く身につけた。

「そういえばさ、園崎」
「どーしたの、雅?」

雅は着替えながら、隣の試着室へと話を振る。
最初は『雅ちゃん』と呼んでいた魅音だったが、気づけば呼び捨てするようになっていた。
田舎育ちだということも関係しているのか、人懐っこさなら魅音の方が上だった。

「このデパートもそうなんだけど……『学生』っていうのには意味があるのかな?」
「ん……どういうこと?」

セーラー服にするりと袖を通す。
着なれていない新品の制服が、サラサラと肌に触れた。

「ほら、私も園崎もクラスの仲間が呼ばれてるし、式波だって、見たとこあたしたちと同じか少し下ぐらいでしょ?
それに式波を襲った2人組だって中学生だったって言うし」
「あー、言われてみれば。51人の内、もう13人の名前が分かってるんだ。
……うん、その全員が中学生っていうのは、こりゃ多すぎるね」

そこに来て、会場のデパートに展示された『学生服』のフェアだ。
『学生』という括りに何らかの意味があると、否が応にも連想される。

「仮に『中学生』を基準に参加者を集めたとして……どうしてなんだろう」
「う~ん。大人より学生の方が拉致しやすいから、とか?」
「でもわたしたち、どっちも『気が付いたらあそこにいました』って感じだったよ。あんな簡単に攫えるなら、相手が大人でも変わらないんじゃないかな」

『中学生』が重要らしいと考察できたものの、それ以上の発展は望めなかった。
例えば何かの儀式として殺し合いを開いたとして、その対象が『中学生』でなければならない理由など思いつくはずがない。

もやもやと悩みながら、2人は試着室を出て、


『すぐ降りてきて。侵入者よ』


アスカの切羽詰まった声が、魅音の持つトランシーバーから聞こえた。




高層ビルの中央管理室は、通常は地上に通じる階か、その直下階、直上階にある。
このデパートも例にもれず、2階の『STAFF ONLY』な空間に、防犯装置を全て取り仕切っている区画があった。
監視率の隣には台所つきの仮眠室もあり、防犯会社の人間が止まり込みできる仕組みになっている。
こういう空間なら、作戦会議を行うにも、仮眠をとるにも、侵入者を見張るにも、同行者を見張るにも、全てに最適と言えた。

「ずいぶん楽しそうじゃない」

ずらしと並んだブラウン管を前にして、アスカは呆れたと言わんばかりに呟いた。
監視カメラが写す映像のひとつには、明るい顔で制服の比べっこをしている、アスカの同行者たち。
監視カメラからは、声までは聞き取れない。
でも、どういう話をしているのか、予想はつく。
こういう顔で、黄色い声でおしゃべりに興じる女の子は、あの東京の中学校にもいた。
アスカからすれば、何が楽しいのか分からない、低俗でありきたりな会話だった。
例えば、ファッションの話とか。
あるいは最近発売したCDの話とか。
もしかしたら、気になる男の子の話とか。
要するに、変わり映えしない話。

「くっだらない……」

自分の考えもなく、ただ『女の子はそうするものだから』という大衆思考に流されて、没個性な会話に興じる女の子。
自分の生活や人類が、『誰か』に守られているなんて考えもしない――せいぜい英雄扱いして騒ぐだけで、危機意識や意見を持たない――平和ボケした連中。

やっぱり、こいつらなんかよりあたしの方が、生き残るべき人間なんだ。
その考えを、アスカは確かなものとする。

制服をあれこれ見比べていた少女たちは、ようやっと試着室で着替えを始めた。
アスカもその間に、『手当て』を始める。

トランシーバーとともに持ち込んだ救急箱を開けた。使えそうな薬品と包帯、そして仮眠室のダンボールで作った添え木を取り出す。
もともと、救急箱を支給されたのは相沢雅で、着替えを探す前に手当てを申し出たのが園崎魅音だった。
自分でできるからとすっぱり断り、救急箱だけを借り受けた。
その言葉の通り、応急処置は迅速に完了する。
傷薬のいくつかは見たことのない薬品だったけれど、効果のほどは確かだった。
チューブ状の容器に入っていたジェルを塗るだけで、急速に左腕の痣が冷却される。
簡単な添え木をして包帯で固定すると、アスカは監視カメラに視線を戻した。

見張りを買って出たのは、決して仲間意識からの行動ではない。
デパートを訪れる誰かが現れたときにいち早く察知できるし、その後の行動で主導権を握ることができる。
侵入者が不審人物だった場合は、トランシーバーで魅音たちに指示をして迎撃に向かわせる。
監視カメラを見て敵の動きを伝えると言えば、アスカがリーダーシップを取ることは容易い。
仮に魅音たちの手には負えないような手練れだったとしても、魅音たちを盾にして、アスカが逃げる時間を稼ぐことぐらいはできるだろう。
そう、魅音と雅は、あくまでアスカの『駒』として利用させてもらう。
少々頼りない人材ではあるが、車内で簡単に情報交換したところ、魅音には合気道の心得があり、また銃器の扱いも教わっているとのことだった。
あの綾波レイよりは、幾分かマシな駒になるだろう。


「…………来た!」


主に1階の正面入り口を警戒していたアスカは、自動ドアを通過する複数の人影を即座に発見した。

3人――違う、4人。1人は背負われている。

欧打されたような傷だらけの少年を背負い、怯えた様子も見せずに先頭を歩くのは、勝ち気そうな茶髪の少女。
その少女のすぐ後ろから、不安そうにきょろきょろする少女が2人。
その内の1人、桃色の髪をした少女は、なれない手つきで釘バットを抱きしめている。
握っているというより、抱きしめているという格好が近い。
自衛のつもりらしいが、見るからに怯えているのにぶっそうな形の武器を持っているせいで、ホラー映画に似たそら恐ろしさがある。

乗っている人間、ではなさそうだ。
少なくとも、茶髪の少女はほぼ間違いなく乗っていない。
警戒心の強いアスカでも、それぐらいの想像はつく。
怪我人を背負った少女が1人と、その少女の背後に隠れるようにしている少女が2人。
どう見ても、“リーダーシップのある少女”と、“保護された怯える少女たち”と、“同じく保護された怪我人”という関係だった。
つまり、強者1人と、足手まとい3人。
殺し合いに乗った人間が、足手まといばかり3人も抱え込むはずはない。
アスカが綾波レイに持ちかけたような同盟関係でもなければ、園崎魅音らに対するような利用関係ではありえない構図。
少なくとも、他の参加者を見つけしだい殺していくというタイプではないだろう。

魅音らは、ちょうど着替えを終えたところだった。トランシーバーで呼ぶ。


『すぐ降りてきて。侵入者よ。怪我人を連れた四人組』


接触は、魅音たちに任せることにした。
万が一という可能性もあるし、相手方の警戒を解くには、お人好しの魅音の方がいい。




殺し合いに乗っていない人間が、七人も集まった。
そのことに一同は安堵し、デパートの2階廊下は、ほっとした空気につつまれつつあった。

「いやー、あなたたちが乗ってない人で良かったわ。いくら私でも、怪我人かかえて複数の人に襲われたら、ちょっとやりにくいしね」
「おじさんたちも安心したよ。一気に仲間が増えるとはね。これはかなりさい先いいんじゃないかな」
「そうね。乗ってる人は少数派なんじゃないかって気がしてきた……うん、そっちはそうして怪我人がいるんだし、こっちもこっちで、一人襲われたんだけど」

廊下で穏当に鉢合わせし、簡単に名乗り合う。遅れてやってきたアスカがそれに合流。
そして一通りの名乗りを終えると、既に会話は雑談に移行しつつある。
何せ、4人もの集団で行動している上に、1人は怪我人だ。
これで『乗っていない』と言えば、よほどの人間でない限りは信じるだろう。

しかも、吉川ちなつ、相馬光子と名乗った両名のスカートは、黄色っぽい染みでじっとり濡れそぼっている。
どうしてそうなったのかは分からないが、殺し合いの恐怖からそうなったことは簡単に想像できる。

そんな少女たちを見て、魅音と雅は、いたたまれないなと思った。
そんな少女たちを見て、アスカは、汚いものを見たと不快な気分になった。

その次にアスカが思ったのは、『大人数だと、やりにくくなるな』ということ。
『集団にまぎれこむ』という方法は、当面を生き延びる上では有効だ。
しかし、あまり肥大化した集団は、動きが鈍重になる。特に足手まといが多いようでは、なおさらアスカが駒を動かす上で、邪魔になる。
アスカとしては、自分がリーダーシップを取って、他の参加者を駒や盾として使う関係がベスト。
他の人間は信用しない。自分の力で勝ち上がる。
足手まといを抱えれば、どうしても『足手まといに合わせて動く』格好になってしまう。
何よりアスカは、強者に媚びをうって、庇護されて生きるタイプの人間が、大嫌いだった。
そういう連中は、あの“えこひいき”や“七光り、そして小うるさい学校のクラスメイトたちを思い出させる。

削れるものなら、削りたい。

でも、今この場で同行を断っても、取り合われるはずはないだろう。正当な理由がない。
だから、最低限のクレームだけはつけておく。

「念の為聞いておくけど、ここでゆっくり手当する余裕はあるの? まさか、あんたたちを襲った奴が、この近くにいるなんてことはないわよね」

失禁した2人の少女と怪我人。そして、怪我人さえいなければ、アスカたちを撃退する自信があるらしい御坂美琴。
他の3人が襲われているところを、御坂美琴が助けた。アスカはそんな状況を想像していた。
しかし、美琴の答えは違った。

「その心配はないわ。この人を見つけた時、襲った奴はもういなくなってたから。
広い砂地の真ん中で倒れてたから、間違いないわよ」

少年が1人で気絶していたところを拾った。
美琴の話は、つまりそういうことらしい。
そういうこと、か。
削るべき理由が――あった。

アスカは、管理室から持ちだしてきた救急箱を見下ろす。
これを、美琴たちに使わせるわけにはいかなくなった。

「あんたたち……バカァ?」

今までで一番の軽蔑と呆れをこめて、アスカは4人組に言った。

「どうしてそんな奴を助けようと思ったのよ。そいつ、殺し合いに乗った奴に決まってるじゃない」

温かかった場の空気が、さっと冷たくなった。

美琴は、見ないようにしていたものを見せられた苦い表情。
ちなつと光子の2人は、何かの間違いで毒蛇に触ってしまったような表情をつくる。
反論したのは、雅だった。

「どういうことよ。この人は殺し合いに乗った奴に襲われて、それで怪我して倒れてたんでしょ?」
「じゃあ聞くけど、乗った奴に襲われたのに、どうしてそいつは生きてるの?
見たとこ、そいつ死ぬような傷じゃないわよね。気絶するほどボコボコにされたのに、殺されずに済んでる。
殺そうとした人間のすることじゃないわ。つまり、襲われた側じゃなくて、襲って撃退された側ってことでしょ」

「ちょっと……それだけで決め付けることないんじゃないの。殺されかけたけど、どうにか逃げ切って、そこで倒れたのかもしれないじゃない」

反論したのは美琴だった。しかし、代らず表情は苦い。
やはり、この少女は他の2人とは違う。
早計に決めつけてはならないとする冷静さがあるし、すぐにアスカの指摘を正しいと認める頭もある。

「ふーん。血だらけで気絶するほどだったのに、走って敵を振り切る余裕はあったってわけ。身を隠す場所もない砂場で。
殺し合いに乗ってないヤツを襲って返り討ちにされたと考えた方が、よっぽど自然じゃない」

少年は火種だ。この場で殺すことは無理でも、いずれ排除しなければ。

アスカに、『殺し合いに乗っている少年と手を組む』という選択肢はなかった。
その場合、少年が殺し合いに乗ったことを暴露する必要はない。
魅音たちに仲間の振りをする一方で、少年が目覚めたら『乗っている』という秘密を共有し、利用することになる。
殺し合いに乗っているのはアスカも同じなのだから、互いに弱みを握りあうことになる。
それでは、アスカがコウモリになってしまう。
他の参加者は、盾や隠れ蓑として利用するもの。
その『駒』相手に、人によって態度を変えたり、対等の同盟を結ぶという発想がなかった。
アスカのプライドとエリート意識が、それを許さなかった。
そういう自分の切り売りこそ、アスカが嫌悪する行為なのだから。

「治療なんてすることないわよ。回復したらいつ寝首をかかれるか、知れたもんじゃないわ。
殺すのは無理だとしても、拘束しておきましょう」

誰もアスカに反論できなくなったのを見て、アスカはトドメをさすように突きつけた。


「ダメだわ、そんなの」


反論したのは、御坂美琴ではなかった。
その後ろにいた少女――相馬光子。


「こんなに傷だらけになってる人を拘束するなんて、ダメよ」

名前を名乗った時のしおらしい自己紹介が嘘のように、はっきりとした声を出す。

「何よそれ。こいつが起きた時に、あたしたちを襲わない保障はあるの?
こいつは間違いなく、一度は人を殺そうとしたのよ」
「そんなの、証拠がないじゃない! それに、たとえ殺し合いに乗った人だとしても……どうしようもない理由があって、仕方なくそうしたのかもしれないわ。
きっと説得の余地だってあるわよ」

美琴とちなつも、意外そうに光子を見ている。
相馬光子は、誰がどう見ても、心の底から真剣に少年を庇おうとしていた。

「ずいぶん幼稚な考えね。日本人は平和ボケして頭がお花畑だっていうのは、本当だったのかしら」
「できるわよ。一度殺すのに失敗したなら、この人だって皆殺しは難しいって分かるはずでしょう?」
「あのねぇ……一度殺人を決意した奴が、そんな簡単に意見を変えるはずないでしょ。犯罪心理学を知らないの」

光子はとうとう、少年と美琴を庇うように前に進み出て叫んだ。

「私だって! ……一度は、殺し合いに乗りかけたもの。あんまり怖かったから。
でも、御坂さんに叱られて、ちゃんと目を覚ますことができたわ!
だから、私が説得する。私、この人の気持ちが分かると思う」

殺し合いに乗りかけた、という言葉に魅音と雅が目を見開く。
まさか、という顔。しかし、決して不快なものを見る眼ではない。
アスカは眉をひそめる。こちらは、不快なものを見る眼。

「どういうことよ。つまりあんたも信用でき――」
「そこまでよ」

パン! と乾いた音。
美琴が、少年を背負ったまま手を打ち鳴らした。
話がこじれる前に、口論のジャッジを告げる。

「もし目覚めたこの人が暴れたら、私が止めるわ。それじゃダメ?」
「何の根拠があって止められるって言い切れるのよ」
「私、『学園都市』の“電撃使い(エレクトロマスター)”だから。スタンガンの代わりぐらいはできるわよ」
「エレクトロマスター? 何なのよ、それは。電気の技師か何か?」
「あの、御坂さんが強いのは本当です! その力で私を助けてくれましたから」

吉川ちなつも援護射撃を始めた。
こうなっては、大勢は決している。
雅と魅音も、慌てて仲裁に入った。

「式波も、そんな神経質にならなくていいんじゃない? いくら男子だからって、六対一なら襲いかかったりしないわよ」
「ごめんね、相馬さん。この子、さっき殺し合いに乗った人に襲われた分、警戒してるだけだからさ。分かってあげて」

こうなってしまっては、もう火種を潰すことはできない。

……リーダーシップを取ることが、できなくなった。
アスカは内心で、ギリギリと歯噛みする。
そんな内心を知らず、美琴がまとめに入った。

「目覚めた時に問いただすのは必要だろうけど、まずは、落ちついてからにしない?
ほら、相馬さんたちもまずは洋服売り場に用があるだろうし……」
「あの……御坂さん、この人も上に運んでもらえませんか?
私が説得するって言ったし、この人が目覚めた時、そばにいたいから」
「いいわよ。じゃあ、今後の相談は、着替えと手当が終わってからにしましょう」

場の主導権は、完全に美琴に移っている。
そうなるように仕向けたのは、相馬光子だ。

(何なのよ、こいつら……)

気に入らなかった。
御坂美琴と、相馬光子。
相馬光子のお花畑理論も反吐が出そうだったけれど、より切実な脅威は御坂美琴にあった。
リーダーシップがあるだけでなく、戦闘力も高いらしい。
だから、短時間の間に、頼りになる格好ができつつある。
このままでは、集団を駒として動かすことが、難しくなる。
無能な駒も苛立たしいが、有能な敵はそれ以上に厄介だ。
確実なやり方で、陥れるか、排除するかしなければ。

綾波レイと越前リョーマにしたように誤報を撒くというのも手だが、それでは時間がかかり過ぎる。
天使メールは、定時の放送前に一回しか送れない。
第一放送が終わってから天使メールを送ったとして、御坂という少女の悪評が触れまわるのは第二放送以降。
それでは遅い。

(どうにかして、あの女を排除する機をうかがった方がいいわね……できれば、園崎たちにばれないような方法で)


アスカは自覚していない。
直接邪魔された相馬光子よりも、間に入った御坂美琴に感じる憎悪。その本質に。

それは、『アスカの方が生き残るべき人間なんだ』という自己正当化を、揺るがしうる存在だからだということ。




(演技やポーズなら、あそこまで必死に庇ったりできないわよね)

美琴は相馬光子への信頼度を、格段に上げていた。
初対面の人間に、殺し合いに乗っていたことを自ら明かした。
そうまでして、殺し合いに乗ったかもしれない少年を庇おうとしたのだ。
他者を蹴落とそうとする考えを持つ人間に、できることではない。

だからこそ、美琴は考えていた。
今の仲間は信用できる。
正直、アスカという少女の言動には苛立ったけれど、園崎魅音らがいさめてくれると期待したい。
山積みになった問題が、ひとつ、解決した。
だから、ここで一つ、脱出に向けて次のステップに進みたい。
首輪解除の為に、あることを試してみたい。
信頼と拠点を得た美琴は、そのことを考える。

それは、己の『電撃使い(エレクトロマスター)』としての能力を、首輪解除に役立てること。
電撃を支配できる御坂美琴は、あらゆる電子計算機に強い。
世界最先端の技術力を持つ、学園都市のセキュリティさえも突破できる。
いきなり首輪の解除を試みるのはリスキーだとしても、首輪の機能を動かしている『セキュリティ』へのハッキングは試したかった。
いや、首輪に限らずとも、この殺し合いを企画した連中が、自らのデータをどこかに保存している可能性はある。
そして仮に保存場所があるとすれば、堅固なトラップや錠で守られているだろう。
そこに侵入できる能力を持った人間は、限られている。
ただ、メインコンピュータに侵入するといっても、道具も何もなしにできるわけではなかった。
どこかのコンピュータからデータを盗み見るには、盗んだデータをアウトプットする端末が必要になる。
つまり、情報端末。できればパソコンが欲しかった。
支給品の携帯はネットワークに繋がっていないし、何より閲覧できる容量に限りがある。

学校。
確実にパソコンがあるだろう施設。

そこが、次に立ち寄りたいと思っている場所だった。

(ぞろぞろと大勢で学校に行っても却って危ないし、今の相馬さんなら、吉川さんと別行動させても大丈夫そうね)

ちゃんと情報交換をしたら、チーム分けを提案してもいいかもしれない。
美琴は、デパートに向かう前より、いく分か前向きな気持ちを手に入れていた。




相馬光子は、苛立っていた。
藪をつついて蛇を出すような真似をした、アスカという少女に苛立っていた。

相馬光子には、プライドはなかった。
いや、ひとつだけプライドはある。
それは、『奪う側に回ってみせる』というプライド。
そのプライドを守る為なら、彼女は手段を選ばない。

だから、怪我をした少年には『恩』を売っておく。
彼が目覚めた時に、『拘束されようとしていたあなたを助けたのは私だ』と言えるように。

救急箱が持ちだされたことで、光子は少年の治療阻止を断念した。
少年が回復する見込みができた。つまり、光子は別の要素で、少年より優位に立たなければならない。
その為に『借り』という形で、少年の情に訴えておきたかった。

それに、少年が拘束されると困るのは、何より光子だった。
あの場にいた7人の中で、男性は気絶した少年しかいない。
だから、少年を籠絡させて、集団を切り崩す時に役立てたい。

相馬光子にとっても大人数の集団は厄介だった。
光子の特技である情に訴えるという手段は、集団が大きくなり、人間関係が複雑になると、どうしても効果が薄れてしまう。
隠れ蓑にする上では便利だけれど、下手にぬるま湯が続いてしまうと、優勝に向けて動き出すタイミングを御失う。
それに、もしこの集団が終盤まで生き残ったとしたら、この集団の中で殺し合いに発展するかもしれない。
そんな乱戦になれば、光子の生存率はぐっと下がる。

どうにかして、この集団を切り崩す方法を考えないと。
相馬光子の知謀は、その問題に対して真剣に取り組んでいた。


【F-5/デパート 2F中央管理室/一日目・早朝】

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み)
[装備]:青酸カリ付き特殊警棒@バトルロワイアル、『天使メール』に関するメモ@GTO 、トランシーバー(片方)@現実
[道具]:基本支給品一式 、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。他の連中は知らない
1:相馬光子らの着替えが終わったら、情報交換。(越前、綾波の誤報を撒く)
2:御坂美琴のグループは、どうにかして排除したい。
3:魅音、雅を盾に立ち回る。
4:他の参加者は信用しない。1人でもやっていける。
[備考]
参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。

【相沢雅@GTO】
[状態]: 健康
[装備]: 七森中学の制服@現地調達、
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2、剃刀@現地調達、濡れた制服、浴衣@現地調達
基本行動方針:みんなを助けたい
1:相馬光子らの着替えが終わったら、情報交換。
2:デパートで物資を調達する。
3:クラスメイトと合流。今までのことを許してもらう。
[備考]
※23巻、登校直後からの参戦です。

【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]: 健康
[装備]: 青春学園の女子用制服@現地調達、トランシーバー(片方)@現実
[道具]:狂言誘拐セット@GTO 、濡れた私服
基本行動方針:みんなで殺し合いから脱出
1:相馬光子らの着替えが終わったら、情報交換。
2:デパートで物資を調達する
3:部活動メンバー、詩音と合流。
[備考]
※『罪滅ぼし編』、少なくともゴミ山での告白以降からの参戦です。(具体的な参戦時期と竜宮レナに対する認識は、次以降の書き手さんに任せます)
※内山田教頭のクレスタGTOがデパートの駐車場に駐車しています。

【F-5/デパート 4F 洋服売り場/一日目・早朝】

【御手洗清志@幽遊白書】
[状態]:左手首から出血(血液300ml消費)、全身打撲、気絶
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式(ペットボトル全て消費)、不明支給品(0~2)、鉄矢20本@とある科学の超電磁砲
基本行動方針:人間を皆殺し。『神の力』はあまり信用していないが、手に入ればその力で人を滅ぼす。
1:やはり水が欲しい。ペットボトルだけじゃ足りないことを痛感。
2:エリア西部を中心に参加者を狩る。第二放送の時間に、ロベルトと中学校で待ち合わせ。
3:皆殺し。ただしロベルト・ハイドンと佐野清一郎は後回しにする。
[備考]
※参戦時期は、桑原に会いに行く直前です。
※ロベルトから植木、佐野のことを簡単に聞きました。

【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3、ナイフ、スタンガン
基本行動方針:仲間と一緒に生きて帰る。人殺しはさせない
1:御手洗らの手当てが終わったら、情報交換と今後の相談
2:学校行きを提案したい
3:佐天さんと初春さんを探す。黒子はしばらくは大丈夫でしょ

【吉川ちなつ@ゆるゆり】
[状態]:健康、スカートと下着が濡れている
[装備]:釘バット@GTO
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2
基本行動方針:皆と一緒に帰る。
1:着替える。 それが終わったら、皆で話し合い。
2:相馬さんはもう信用していいんだよね…

【相馬光子@バトル・ロワイアル】
[状態]:健康、スカートと下着が濡れている
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~1(武器じゃない)
基本行動方針:どんな手を使っても生き残る。
1:着替えた後に今後の相談。
2:集団を崩壊させたい。その為にも御手洗を籠絡して手駒にしたい。
3:美琴を殺す隙が見つかるまでは仲間のフリを続ける。

【特定小電力トランシーバー@現実】
園崎魅音に支給。
二機一組み。
受信距離は最大で500メートル。(周囲の環境によって変化)

【釘バット@GTO】
吉川ちなつに支給。
3年4組生徒の村井国男が、母親の再婚(勘違い)を阻止する為に、夜なべして制作した釘バット。

【風紀委員(ジャッジメント)の救急箱@とある科学の超電磁砲】
相沢雅に支給。
風紀委員の任務中にしばしば名誉の負傷を負う白井黒子がお世話になっている救急箱。
中には『冥土返し(ヘブンキャンセラー)』の異名を持つ医療研究者が開発した医療キットも入っており、市販の救急セットより治癒力がはるかに高い。

【七森中学の制服@ゆるゆり】
相沢雅がデパートで現地調達。
デパートで販売されていた制服の一つ。七森中学は女子高なので、制服は女子用のみ。
えんじ色のワンピースと、セーラー服が一体になったようなデザイン。

【青春学園の制服(女子)@テニスの王子様】
園崎魅音がデパートで現地調達。
青いセーラー服とスカートに、リボンの形をしたタイ。
女子がほとんどいない作品にも関わらず、女子用の制服は無駄に可愛い。
ちなみに、アニメと原作で色や細かいデザインが違う。(アニメはうす緑。原作は青)




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\アッカヤ~ン/\みずのなかにいる/ 御手洗清志 不自由なEmotion
\アッカヤ~ン/\みずのなかにいる/ 御坂美琴 不自由なEmotion
\アッカヤ~ン/\みずのなかにいる/ 吉川ちなつ 不自由なEmotion
\アッカヤ~ン/\みずのなかにいる/ 相馬光子 不自由なEmotion
アンダースタンド 式波・アスカ・ラングレー 不自由なEmotion
アンダースタンド 園崎魅音 不自由なEmotion
アンダースタンド 相沢雅 不自由なEmotion





最終更新:2012年09月12日 19:22