Hello Little Girl ◆7VvSZc3DiQ
エリアC-6に位置する高級ホテル――その玄関ホールで、殺し合いの場には似つかわない会合が行われていた。
出席者は二人と数十頭。白井黒子とテンコ、赤座あかりと彼女がアカ、アオ、アイと名付けた三頭をはじめとした数十頭の犬たち。
革製の椅子に腰を下ろした黒子とあかりの二人を取り囲むように犬たちがおすわりをしているその光景は、微笑ましいというより異常といっていい様相を示していた。
「なるほど……この犬たちは、赤座さんが契約した未来日記によって貴方と意思疎通が出来るようになっていますのね」
「うんっ! あのね、あかりね、わんわんたちとお話するの、ずっと昔からの夢だったんだ~」
何の迷いもなく未来日記との契約を交わしたというあかりののほほんとした表情を見て、契約の保留を選んだ黒子は苦笑いをする。
とはいえ、黒子の所持する正義日記とは異なり、あかりの飼育日記は比較的所持者の主観が混じりにくい未来日記のようだ。
契約の上書きも可能であるようだし、このままあかりに持たせておいても問題はないだろうと黒子は判断する。
むしろ、早くも未来日記の使用例をこの目で確かめることが出来るようになったことは幸運だといえるだろう。
「赤座さん……もしよろしければ、その飼育日記を私にも見せていただけませんこと?」
「うん、いいよっ! 黒子ちゃんもわんわんのこと好きなんだね~」
あかりはにこにこと笑顔を浮かべながら黒子に携帯電話を渡す。
もしこの携帯電話を黒子に壊されでもすれば、未来日記所持者であるあかりはその場で死んでしまう。
ムルムルと通話をし契約を交わしたというなら、当然その死のリスクについても聞いているはずだが、あかりは臆した様子もなく黒子に携帯電話を渡した。
(……殺し合いにおいて、真っ先に脱落するようなタイプですわね)
あかりは人を疑わない。己の中に悪意を持たないからこそ、他人の悪意というものに対して、想像さえもかなわない。
その心の美しさは讃えられて然るべきだが、ここぞという時に貧乏くじを引かされるのは、あかりのような人間だ。
ましてあかりには、危害に対抗するような力もない。
(まったく、心配で放っておけませんわ)
ジャッジメントとしての正義感だけではない。
白井黒子という一個人としても、赤座あかりという少女を守らなければという気持ちが芽生え始めていた。
とは言っても――と、黒子は自分たちの周囲を取り囲む犬たちを一瞥する。
この数十頭の犬たちは、飼育日記の所持者となったあかりを新しい主人として忠誠を誓っているらしい。
いざとなればその身を盾にしてでもあかりを守るという犬たちの忠誠心が、飼育日記の画面に映しだされている。
「この飼育日記は、赤座さんが持っていなくても予知を表示しますのね。
犬たちのステータス表示や命令を送信する機能を『予知』と呼べるかどうかは多少疑問が残りますけれども」
所持者の主観しか予知出来ないらしい正義日記と、主観の持ち主が所持者ではなく使役される犬のほうにある飼育日記ではその性質はかなり異なっている。
どちらが優れていると単純に比較することはできないが、いざという時にはあかりではなく黒子が飼育日記を操作することも可能であることは重要なポイントだろう。
よしよし、とアカの頭を撫でながら黒子は犬たちも戦力として計上する算段を立て始めた。
その黒子の横で、今度はあかりとテンコの会話が始まっている。
「へぇ~じゃあテンコちゃんは、植木くんたちを探してるんだね」
「おう、コースケたちは頼りになるぞ。あいつらがいれば、どんな相手が来たって大丈夫だぜ!
ただ、今のコースケは神器の力を俺に預けっぱなしだからな……早く合流してやりてーんだ。
あと、テンコ『ちゃん』はやめろ、『ちゃん』は。こう見えてもオレはお前よりずーっと年上なんだからな?」
「えぇーっ、テンコちゃんってそんなに可愛いのにわたしより年上なの!?」
「お前、意外と人の話を聞かないヤツだな……」
呆れ顔であかりを眺めるテンコだったが、決して悪気があってやっているわけではないということは分かっていた。
ここまで純真無垢な人間は、今までに見たことがなかったなぁとテンコは感慨深げに頷く。
植木も単純で純粋なヤツだが、純真無垢というのとはまた少し違っていた。
植木チームの他のヤツらも根はいいヤツらなんだが、ちょっとでも隙を見せようものならすーぐにちょっかいや悪戯を仕掛けてくる悪ガキどもだ。
こうやって猫っ可愛がりをされ続けるのは辟易モノだが、このくらいは許容範囲だろう。
なんせテンコのほうがずっと年上なんだし。このくらい大目に見てやれるのが年上の威厳ってやつだ。
「んで、アカリが探してる友達ってのはどんなヤツらなんだ?」
「ごらく部のみんなと、生徒会の杉浦さんの四人だよ~」
あかりは親指だけ曲げた右手を上げて、よにんっ!とジェスチャー。
続いて、ひとりひとりの紹介をしていく。
「歳納京子ちゃんはいつも怠けてばっかりなんだけど、ホントはすっごく頭がいいし何でも出来ちゃう人。
船見結衣ちゃんは頼れるお姉さんって感じで、いつも冷静なんだけどたまにドジなところがあってすっごく可愛いの!
吉川ちなつちゃんはわたしのクラスメイトで、結衣ちゃんのことが大好きみたい。たまに怖いところもあるんだけど、基本的にはいい子だよ~
この三人がわたしと同じごらく部のメンバーで、杉浦綾乃さんだけわたしの学校の生徒会の人なんだ。
いつも京子ちゃんと喧嘩してるんだけど、ふふっ、ホントは京子ちゃんと仲良くしたいだけなんだって、杉浦さんの友達の人が言ってたよ」
楽しそうに友達の紹介をするあかりの様子から、彼女たちが本当に仲が良い友達同士なんだということが伝わってくる。
「そういえば、クロコもお姉様ってやつのことを話してたよな?」
「ええ、お姉様――御坂美琴といえば我が常盤台中学のエース、学園都市の超能力者の頂点に立つレベル5のうちの一人。
私が今までに出会った方々の中でも最高の人物といっても差し支えありません」
まるで自分のことのように美琴の自慢をする黒子だった。
いや、彼女にとっては本当に自慢のお姉様なのだろう。
へぇ、と感心するあかりが、黒子に話しかける。
「じゃあ黒子ちゃんも早く御坂さんと会いたいよね」
それだけ自慢の人物なら、少しでも早く合流したいだろう。
そう思ってのあかりの発言だったが、対する黒子の返答は、
「いいえ。私はまだお姉様と合流するつもりはありません」
「えぇっ、どうして!? 早く会いたくないの?」
「正確には、優先順位は低いといったところですの。
確かに私もお姉様には早くお会いしたいですが……そして、お姉様分を補給したいところですが。あの慎ましくも可憐な身体に……」
「おいおいクロコ、また話が脱線するぞ……」
「おっほん! 失礼、お姉様分の不足で禁断症状が出始めたようですわ。
ええ、会いたいのはやまやまですが、私たちがやらなければならないことを考えれば優先すべきことは他にもあるはずですの」
「でも黒子ちゃんは、御坂さんのことが心配じゃないの?」
「心配ですか……そうですわね、私は全人類の中で誰よりもお姉様の心配をしている人間だと自負していますわ。
けれど、お姉様に限って言えばこちらがいくら心配したところで関係ありませんの。
常盤台の“超電磁砲”は、こちらの心配以上の面倒に自分から首を突っ込んで、それでも最後には全て解決してしまうお方なのですから」
黒子の言葉には、美琴に対する確かな信頼があった。
御坂美琴ならばこの事態においても間違いなく常盤台のエースの二つ名に恥じぬ働きをしてくれるはずだ。
ならば白井黒子がやるべきことは、御坂美琴と合流し、彼女と共に行動することではない。
黒子自身の正義に則り、謂れなき悪意に巻き込まれた人たちを守ることが、黒子が為さねばならぬ行いだ。
「そっかぁ……すごいんだね、黒子ちゃんたちは。
わたし、ちょっとでも早くみんなに会いたいって、そのことばっかり考えてたよ……」
「いいえ赤座さん、それも決して間違いではありませんわ」
黒子は言う。友情や信頼の形は、ひとえに決まってしまうものではない。
信頼しているから別行動を選ぶというのも、信頼しているから一緒にいたいというのも、どちらも間違いではない。
どちらが強く、どちらが弱いというような話でもない。だからあかりが早くみんなに会いたいと思っていたそのことを恥じる必要など、どこにもないのだと。
「現に、私も早く合流したいと思っている人物はいますの。
初春は訓練こそ行なっているものの前線に出るタイプではありませんし、佐天さんともども私が保護したいと思っていたところですの」
黒子は言葉を続ける。当面の目的は、自分たち三人の友人を探しつつ、戦闘力を含む問題解決能力に優れた人物を仲間に引き入れることにしたい。
理想としては実働部隊として会場の各所を調査する戦闘力の高いチームと、非戦闘員を集め少数の警護要員と共にどこかを根城に引きこもるチームの二組を作りたい。
あかりたちのような非戦闘員を連れたまま歩き回れば、いざ危険人物と交戦した時に必ず守り切ることが出来るとは限らない。
それならば、拠点を決めておいて非戦闘員はそこに集まり、脱出の術が見つかるまで自衛に専念することが一番生存率を高めることになるだろう。
「あの、わたしあの山の上でみんなを呼んじゃったんだけど……」
「確かにそちらのほうがどうなっているかも気になりますわね。
ですが、ほとんど丸腰の私たちが危険人物と出会ったとき対抗できるかといえば難しいと言わざるを得ませんの。
私のテレポートがあれば赤座さん一人くらいなら連れていけますが、この犬たちまで同時に離脱することは出来ませんし……」
「う、うう、アカちゃんたちを見捨てるなんて、あかり出来ないよう……」
「だからといって、赤座さんを一人にするわけにもいきませんわ。
誰にも会わずにホテルまで転がってこれたから良かったものの、もし誰か悪意のある人間に会ってしまっていたら赤座さんなんてイチコロですわよ?
誰か信頼出来る人物に預けられるまで、私はあなたから離れるつもりはありませんのでご覚悟くださいましね?」
などなどの話を進めているうちに、ホテルのロビーに備えられた大きな柱時計が六時を指そうとしているのに気付いた二人は、間もなく始まるという放送に耳を傾けることにした。
放送ではゲームの進行状況――つまり、死者の名前が告げられるという。
ばくばくと心臓が鼓動を刻む音が気持ち大きくなってきたような気がする。
大きく、早くなる鼓動に重なるように柱時計が音を立て、そして――携帯電話が震え始めた。
【C-6/ホテル内ロビー/一日目・早朝】
【赤座あかり@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:わんわん日記(飼育日記)@未来日記、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則、着ぐるみパジャマ(わんわん)@ゆるゆり
[道具]:基本支給品一式
基本行動方針:みんなと協力しておうちに帰る
1:ドキドキ
2:京子ちゃん、結衣ちゃん、ちなつちゃん、杉浦先輩と会いたい。
[備考]
数十頭の犬と一緒にいます。一応あかりの言うことを聞く模様。
【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:テンコ@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式 、正義日記@未来日記、不明支給品0~1(少なくとも鉄釘状の道具ではない)
基本行動方針:正義を貫き、殺し合いを止める
1:放送を聞き、今後の行動を考える
2:しばらく時間がたったら、再度ムルムルに電話をかけて未来日記の制限を確認する。
3:鉄釘を入手する為、ホームセンターに行ってみたい。(いったん、調理室のナイフ類で代用する)
4:初春、佐天さんとの合流。お姉様は機会があれば。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
最終更新:2012年06月19日 21:25